33 不穏な噂が有るんですか?
砂鉄採取隊の第1陣が戻って来たらしいので、頼んでいたライチを受け取りに行く。
経験者ということで、なっちょさんと、トロさんも参加してた。お久し振りです。
みんな手ぶらなのが不思議だったけど、持ち物欄に入っているのね。
「荷車引いて、砂漠で戦闘ができると思うか?」
と、ケインさんに馬鹿にされた。ちょっと悔しい。
武器を付けて……と考えてみたけど、どうやっても砂漠の砂に車輪が嵌まるんだよ。残念ながら言い返せない……むぅっ。
「それより、あのネットニュース……本当かよ?」
「さあ、まだ噂の段階ですし……詳しい方は誰かいませんかね」
深刻そうに話しているけど、何かあった?
訊いてみたら、教えてくれたのは、飼育用に砂漠の砂を貰いに来た紬さんだ。
「少しはニュースも見ようよ。……あのね、このゲームの運営元の会社が、アメリカのゲーム会社に買収されるって噂が有るの」
「本当? VRユニットを懸賞の賞品に出せるくらいには、儲かってるんじゃないの?」
「半年くらい前の話だろ、それは。今でも黒字のはずだけど、別に赤字だから売るわけじゃなくて、利益が上がってるから買収の話が来るケースも有る」
「何で? ちゃんと儲かってるのに」
「この先儲けられる以上の金額を提示されるとか、海外展開するのにパートナーを求めたり、権利を買いたがったり、いろいろ有るんだよ」
うーん……海外展開か。
アメリカの人とかと一緒に、ゲームしたりすることになるのかな?
今はリアルタイム会話が出来てるけど、英語なんて喋れないよ、私。
「俺も無理だ。……使用言語でサーバーを分けてくれると助かるんだけどな」
「今のこのキャラクターとか、スキルとかってどうなるんだろう?」
「それを知りたいから、情報を求めてるんだろ? ゲーム環境が変わらなければいいけど」
「はっきりするまでは、不安ですね」
そんな話が出てるなんて、知らなかった。
……ちょっと真面目に、ネットニュースを読もう。
ロキさんがいたら
「何だ、サクヤはすぐに辞めるつもりだったから、問題ないだろ?」
なんて、からかわれちゃいそう。
何だかんだで、愛着を感じちゃってるからね、もう。
運営が変わっちゃって、今までのようにのんびり遊べなくなっちゃったら、嫌だなぁ。
こればかりは、もうカー君の解る範囲じゃないか……。
「まあ、先の事はともかく……これだけ大量の砂鉄をありがとうよ」
ケインさんは、あっさりしたものだ。
今から、変に悩んでいても仕方ないっか。
紬さんの砂漠の砂は、サンドクローラー君用なのかな?
「餌はいらないけど、定期的に砂を替えてやる必要が有るらしいの。何を食べているのか知らないけど……あとで、替えた砂を調べてみると面白いかも」
「紬さんらしからぬ発言……?」
「イモムシは苦手でも、姿を見なければ、ただの謎生物だもの。何を食べているのか、興味が有るわ。砂漠の生き物とはいえ、水分も必要無いみたいだし」
紬さんが、うーんと首を傾げる。
水分もいらないって、それは本当に生物なの?
「マジかよ、斬った中身はずいぶん水っぽかったぜ?」
デリカシーのないケインさんの発言に、思い出しちゃったのか紬さんが顔を顰めた。
でも確かに、薄皮みたいのを斬ったら、ぶちゅって体液が吹き出したよね。
意外に、謎な生物だ。
「初めての砂替えだもん。いろいろ調べてみなくちゃ。……糞とかも調べれば、食生活も解るでしょ」
「美人の口からは、あまり聞きたくのない言葉だな」
これだから、オジさんはやーね。
そう言えばピノさんが出てこないな。まだ悩んでいるんだろうか。
ピノさんがいないと、ケインさんイジリは捗らないよ……。
紬さんはおっとりしていて、軽口でも他人を悪く言わない人だから。
トロさんたちは、数日テイタニアに滞在して装備を整え直した後に、また砂金採取に行くらしい。
対人戦を好まない人を探して、採取隊に採用すれば良いのに。
「そういうタイプは、最初から別のゲームを選んでいるだろう?」
ケインさんのツッコミに、ぐうの音も出ない。
対人戦が好きでは無いのに迷い込んでいるのは、懸賞当選の私くらいのものか。
プレイヤー対プレイヤーが、大前提のゲームだもんね。
持ち回りで、メンバーを組んでいくみたい。
思っていたより、どっさりとライチを採ってきてくれたので、代金も弾んじゃう。
ライチ好きの紬さんにもお裾分けして、私はカラコロと宝石工房に向かった。
食べ飽きるくらいにライチがいっぱいだよ、カー君。
「僕がライチを、食べ飽きることはないよ」
不敵に笑うカー君は、きちんとお礼も忘れない。
何やら、ハンカチサイズのゴムシートのようなものをくれた。
「ナニコレ……?」
「魔力を遮断する資材だよ。あまりジュエリーでは使わないけど、道具的なものを作るには便利かな」
「そんなものが有るんだ……。これ、いくらなの?」
「売り物じゃないから、値段は付けない。友達の錬金術師に見せて、レシピを研究してもらうと良いよ」
「ありがとう! また何か相談に乗ってね」
「答えられる範囲なら」
相変わらず澄ました顔をしているけど、これはちょっと特別扱いしてもらった気がする。
通信機の腕輪の改造にも、使えるのかな?
その前に、魔力の遮断は、ピノさんの方に重要な気もする。
今日は、カラコロ忙しい。あっち行ったり、こっちに行ったり。
ピノさんは忙しいのかな? さっきも、野次馬に来なかったし……。
入口の脇から、顔の上半分だけ出して覗いてみる。
忙しそうだね。帰ろうとしたら目が合っちゃった。
何で、そんなに驚くの?
「サクヤさんは色白なんだし、一人和風なんだから……ちゃんと声をかけて入ってきてよ。私が幽霊の類を苦手なの、知ってるでしょう?」
「えーっ。私って幽霊っぽい?」
「様子を窺う時には、妙に存在感を消すし……和風だし……」
「今度、黒髪の前髪ぱっつんロングにして、赤い口紅塗って後ろに立とう……」
「やめてったら! 冗談じゃ済まなくなるよ」
本気で唇を尖らせてるけどさ……。
私からすると、他所様の家に「やあ!」とか言いながら入るスキルは無いんだよ。こっそり様子を窺って、大丈夫そうな時に遠慮がちに入るのでやっとなんだから。
そんな事より、カー君に貰ったこれ見てよ。
魔力遮断シート(仮名)を見て、丸眼鏡越しの目がマジになった。
「どうしたのさ、これ? どこで手に入れたの?」
「さっき砂鉄採取隊が戻って、ライチをいっぱい採って来てくれたから、カー君にプレゼントしたの。そうしたら、お礼にもらった」
「これって、魔力を遮断するシートだよね? 実在するんだ……」
「やっぱ、掘り出し物?」
「とんでもないものだよ、これは……」
「カー君曰く、作り方はピノさんに分析してもらえって」
「借りちゃっていいの?」
「だって、私が見ても作り方が解らないし、できれば大量に有った方が良いでしょ?」
「本当に、欲のない娘だねぇ……」
ピノさんは呆れ顔だけど、それっぽっちじゃなくたくさん欲しいもん。だからピノさんに託すのに、私が無欲なわけがない。
「作り方、解りそう?」
「そんなすぐには無理だって」
ピノさんは、苦笑した。
でも多分それ、私がやってる無線機腕輪の改良にきっと必要になるやつ。
そうでなければ、ここでカー君がくれる理由がないもん。
期待には、応えなくっちゃ。
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