32 常に上手くは行きませんよ?
「磨いた
「有りますよぉ? 逃げちゃ駄目です」
訊くだけ訊いて、あっさり帰ろうとする紬さんを引き止める。
何に使うのかは知らないけど、絶対にイモムシ絡みだね、これは。
「えー、有るんだ……」
残念そうな顔をしないでよ。
何に使うのかを訊いてみよう。
「イモムシ君の孵化から幼虫の間は、暗い箱の中で黄水晶を透した太陽光を当てて育てると、気性が穏やかになるって書いてあったの。本当かどうか……」
それなら、大きめの宝石の方が良いね。
私は16カラットくらい有る、エメラルドカットの
「サクヤさん、それは色が違うのでは?」
「うん。アメジストだけど、これで良いんだよ」
試験管もどきの中に入れて、持ち手に挟む。そして、バーナーで450度くらいで加熱しちゃう。ビックリしてる紬さんの眼の前で炙り続けていると、次第に紫の色が黄色に変わっていく。10分も炙れば出来上がり。
コロンと水を張った桶の中に落として急冷すると、ほらシトリン!
「それでいいの?」
「良いんだよ。このまま加熱を続けると、色が抜けて透明になるから。天然のシトリンは少ないんだ。こんな簡単にできちゃうくらい、自然界での加熱の微妙な加減だからだと思う。きっと紫と透明の間の、微妙な隙間に出来るのが黄色の水晶」
宝石図鑑で覚えたんだけど、知らない人にはビックリ知識かも。天然のシトリンはほとんど無くて、大概はアメジストを加熱して変色させたものなんだって。
その分、天然のシトリンは貴重品だぞ。
石板を一通り読んで、書写しながら育てようとする紬さんは、残念な表情で受け取る。
もう覚悟を決めて、育てて欲しい。
「糸は本当に良いのよ、糸は……」
溜息吐きながら、帰っていく。
でもサンドクローラーって、イモムシ状態で成虫なんだね。
本当に、紬さん泣かせの生き物です。
さて……と……。
私は水晶磨きを再開する。
紬さん用ではなくて、通信機改良の為。
なんとなく行けそうな気もするから、研磨技術向上も兼ねてやってる。
水晶でグループ化できそうな気がするんだ。出島、テイタニア、第2、第3集落と、意地を張ってる別働隊。5種くらいで良いかなと。
成功したら、グループ専用とか出来ると良いかも。
まあ、いつも通りに宝石磨きに時間がかかって、なかなか進まないんですけどね……。
「ねえ、サクヤさん。何か手頃で罪のない効果の宝石無い?」
今度は、ピノさんが来た。
おかしいな? 千客万来は困るからと、キャトル君のポーズを招き猫から、土俵入りに変えたのに……。効果ない?
「そのアバウトな注文は何で?」
「ほら、ルーンと宝石のコラボ。書写を終わって、石板を紬さんに回したから、こっちも始めようかと思ってね」
「ルーンで何をするの?」
「身につけていない宝石に、魔力を流し込めるかの実験だよ」
「できるの?」
「試してみてから、答えるよ」
……それもそうだね。
どんな石が良いだろう? ステータスアップ系は解りづらいし、ワープしちゃったら面倒臭い。ちょっと悩む。
あ、フルオライトでいいかな? 強烈な発光をするから、見てると目が眩むけど。
飴玉みたいに磨いた石を、コロンと渡す。
「光るだけなら、ちょうど良さそうだね」
「これからすぐに実験するの?」
「この石を、上から紐でぶら下げたら始めるよ」
「じゃ、見に行く~」
町中なので、紬さんが作ってくれた黒塗の駒下駄でついて行く。
キラキラ~と飛ぶピノさんと、カラコロうるさい私。
侍キャラが流行ってくれないと、一人だけ和風で目立ってしまう。
すあまさんは第2集落だし……。
初めて来たけど、ピノさんの工房は実験室風味。
いろいろ書き殴ったような紙が散乱していて、散らかってる。
謎っぽい機械が多いのは、錬金術だからかな? あまり見たことがないのが並んでる。
作業机に乗っているのは、ルーンを描かれた円盤だ。
「ルーンは刻まなくていいの?」
「刻んじゃうと修正が大変だから、今日は描くだけ」
「それでも良いんだ?」
「インクが特殊だからね。あくまで実験用で、恒久使用するわけじゃないから」
ちょっと照れたように笑いながら、宝石を紐で縛る。
逆L字型のスタンドに吊るして、ルーンを描いた円盤の中心に持っていった。
「円盤とスタンドは触れてないかな?」
「うん、大丈夫みたい」
スタンドを伝って魔力が流れたのでは、実験にならない。
その辺りは慎重に見ている。
「じゃあ、始めるよ?」
緊張の一瞬。
……ピノさんは魔法のタクトを持って、その先端で円盤の端面に触れた。
同心円状にルーンは描かれているらしく、まず最外周のルーンが魔法の光を浮かべる。
2周目、3周目で……あぁ、途切れちゃった。
「ああっ! 問題どこ? どこか書き損じてた?」
グイと円盤を引き寄せて、ピノさん。
3周目と、4周目のルーンを目で追って確かめる。
丸眼鏡越しの眼差しは、真剣そのものだ。
「ああっ、ここだぁ……同じ記号が二つ並んでるじゃん。私の馬鹿ぁ……」
見につまされるような声を上げて、修正液塗り塗り。
乾いてからじっくりと見直して、書き直してる。
……よく、宙に浮いたまま、綺麗に書けるよね? 私なんか、椅子に座っていても怪しいのに。
書き直して、フウフウとインクを乾かしてから、再開。
もう一度、外周からルーンが光り始める。
2周目、3周目……今度は全部光ったよ!
なのにフルオライト君は、ピカリともしない。
2分ほど粘って、ピノさんは机に突っ伏してしまった。
「何でぇ……何がいけないというのさ……」
あぁ、実験は失敗みたい。
私も覗き込んでみるけど、ルーンを理解できるわけも無し。
念の為に指を触れて魔力を流してあげると、フルオライト君は一瞬眩しく光った。
「石には問題が無いのか……やっぱり」
「カットが酷くても、性能が落ちるだけで、とりあえず反応してくれるから」
宝石君たちは、健気だ。
ピノさんは真剣に悩み始めちゃったから、カラコロと工房を出る。
失敗の有るジャンルの人は大変だね。
研磨中に、割れたり欠けたりしない限りは、宝石たちはちゃんと反応だけはしてくれる。
全然足りてないと解るのは、技術が上がってからだ。
ロキさんじゃないけど、別のサラマンダーさんが出してる串焼きの屋台で2本買って齧る。
歩き食いは行儀が悪いし、リアルの母に見つかったら、きっと大目玉。
うん……ロキさんの方が美味しいな。
ちょっと懐かしくなる。
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