31 美しき猫侍ですね?

 レベル7になって、新たに採掘できるようになったのは、金属ではいよいよプラチナ。

 そして宝石は、硬度8のクリソベリル、トパーズにスピネル。

 スピネルも、虹の7色で黄色以外は存在する石だから、ちょっと厄介そう。

 宝石が硬くなると、それだけ研磨に時間がかかる。こっちもそろそろ、魔法のサムシングが欲しくなってきた。今のところ、影も形もないけど……さ。

 石板の方はまさに、光の屈折や反射のお話だった……。マジで幾何学。次のステップで魔法のサムシングが出てきて欲しい。


「お前ら、揃いも揃って何を湿気た顔をしてるんだ?」


 一人だけ、晴れ晴れとした顔のケインさんが見下し顔。

 私は幾何学に頭を痛め、ピノさんは順番で石版の書写中。紬さんは、ほぼ確実に、自分でサンドクローラーのイモムシ飼育をしなければならないらしい。この世の終わりの顔を続行中である。

 ……やっぱり、後進は育ちきらなかったか。


「服飾関係は女子が多いから……みんな嫌がってるのよ」


 最近はすっかり、残念美人になりつつある紬さんの、悩みは尽きない。

 また、溜息を吐いてるし。

 石板の書写を終え、憂さ晴らしの刀製造をも終えたばかりのケインさんは、一人にこにこ顔だ。


「それが、刀ですか?」

「おうよ……すあまの注文通りに仕上がっているはずだぜ」


 黒塗りの鞘に収められた日本刀を、持ち上げる。朱糸を配した柄の拵えなど、ケインさんの作とは思えないほど、細やかな仕上がりだ。

 今日集まっちゃったのは、この刀を受け取りにすあまさんたちが来るから。

 日本刀の試し斬りは、ちょっと見てみたい。


「それはともかく、サクヤ。レベル6,7と一気に上がったけど、レベル8には、どうなんだ?」

「う~ん……。他は解らないけど、ジュエラーはピョンと行ける所と、なかなか進めない所が有るのよ。レベル8はちょっと時間がかかりそう」

「課題になるものが見つからんのか?」

「想像がつくから、時間がかかるの……。たぶん原石からベストのカットで宝石を研ぎ上げる事が求められているの。……幾何学の世界よ?」


 紬さんのイモムシと、同じくらい相性が悪いと思う。……私と幾何学。

 横から見て、上面に向かって角度を狭める部分……クラウンと、下部に向かって尖らせてゆく部分……パビリオンとの比率が違うだけでも、輝きも変わってくるから。

 それにラウンドブリリアント・カットなら、全58面。バラツキ無く面を作らないと、綺麗に輝かないんだな、これが。

 作業する時にガイドみたいな物を付けるとか、いろいろ考えなきゃいけないかも。

 気長に研磨しながら、作業環境を整えていくしか無い。

 当分はレベルアップとかは、急ぎ過ぎないようにしなくちゃね。

 純粋に、職人技を磨くべき時なのかもしれない。

 ケインさんも、刀を作ってレベルアップしたものの、その先は見えてこないみたいだ。

 ピノさんは、どうなのだろう?


「宝石とのコラボの仕方の初歩が書いてあったから、書写が終わったら相談に行くよ」


 それは私も気になる所。

 紬さんについては、イモムシ君次第と解ってるから聞かずにおく。

 私も『ミジンコでも解る幾何学入門』を買うかどうか、悩んでいる所だから。


「あら、皆さんお揃いですね」


 涼やかな声に振り向くと、ニャンコの団体……じゃなくて、すあまさん率いるケットシー・オンリーのギルド『猫飯店』の中核を成すパーティーだ。

 朱のヘビーレザーの鎧を纏ったすあまさんは、美猫っぷりが上がった感じ。

 受けるタイプの壁役以外は、すべてこなすと言われるケットシーのパーティらしく、職業はバラエティーに富んでる。猫種も様々……私も混ざりたかったと未だに後悔してる。

 この可愛らしい集団が、人族の間では相当恐れられているそうな。


「注文の品は、上がってるぜ」


 ケインさんから受け取った刀をスラリと抜き、桜色の毛並みの美猫が目を細める。

 なぜ、肉球の手で刀を握れるんだろう? 不思議。

 仕上がりには、本当に満足している様子。あとは切れ味。


「あ、すあまさん。刀を装備するなら、防具もこれに着替えて下さい」


 久しぶりのニコニコ顔で、紬さんが紫がかった絹を差し出す。

 それは予想外と首を傾げながら受け取り、一瞬で装備変更を行う。

 おぉ……白と赤味を帯びた紫のグラデーションの着物と海老茶の袴。ホワイトレザーの足袋風のブーツがなかなかの力作だ。

 紬さんのイモムシ飼育の恐怖からの、現実逃避の作と見た。


「これは……少し派手な感じが恥ずかしいですが、日本刀には合いますね」


 照れながら礼を言うが、ちょっとした仕草が色っぽい。……猫なのに。

 中の人はひょっとして、着物を相当着慣れている人なのかもしれない。私もプロの着物ガール(母のお弟子さん)を見慣れているから解るけど、袖や裾の捌きが美しすぎる。

 刀の方が得意と聞いていたから、剣道ガールかと思ってたけど、違いそう。


「試し斬りはどうする? サクヤなら一度くらい斬っても、身代わり石を持ってるから大丈夫そうだが?」


 大丈夫なわけ無いでしょ! ケインさんの馬鹿ッ!

 すあまさんは苦笑いをして、たちの悪い冗談をいなした。


「もうっ。……あまりサクヤさんをからかっちゃ駄目ですよ。切れ味を見るだけなら、竹や藁で充分です」

「そう思って、準備はしてある」

「だったら、趣味の悪い冗談を言わないでよ!」


 ケインさんは、肩を竦めて笑ってるし……もうっ!


 町の外周部の、剣の練習場になっている所に移動する。

 戦闘職の人は、ここで練習してから前線に出てるのか。みんなで木刀持って、殴り合っていたりする。場所によっては、パーティ単位で対人線の練習もしているよ。

 戦闘レベルが高いからといって、実際の戦闘で役に立つわけでないことは、この私が一番はっきりくっきり証明している。

 対人戦の練習、きっと大事。

 派手なお着物のせいか、すあまさんの雰囲気のせいか、さっと注目を集める。

 そこにいるのが『猫飯店』のトップパーティーだと気がついたのだろう。すべての練習が止まったよ!

 初登場の日本刀に、みんな注目している。


 地面に立てた太い竹に、藁が巻かれたものが4本。

 その前にすあまさんが立つと、すっと空気が変わった。


「……では、参ります」


 軽く前屈みになったすあまさんが、すっと走り抜けたようにしか見えなかった。

 立ち止まり、ニッコリと振り返る。


「期待通りの切れ味です。さすがですね」


 斜めに斬られた竹が、4本落ちる。……居合ってやつですか?

 刀を抜いたことさえ見えなかった。


「チッ……期待通りかよ……」

「初めて打った刀で、これなら上出来ですよ、ケインさん。最初から名刀が打てるようなら、誰も苦労はしないでしょ?」


 涼しい顔で、美猫が笑う。

 むしろ、仲間たちの方が激変する戦い方に、フォーメーションで悩み始めちゃった。

 こっちの方が、圧倒的に強くなるそうな。

 これって多分、中の人のリアルスキルじゃなかろうか?


 美猫侍が、人族の間で恐怖として語られるのは翌日からのことだ。

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