29 ステップアップしましょうよ?
「ええっ……自分で読まなきゃいけないのぉ?」
この世の終わりのような顔をしたのは、紬さん。
だってね……。絶対書かれているのはサンドクローラー君……イモムシの育て方とかだもん。大の虫嫌いの彼女には酷としか言えない。
定時会議を『石板の書写をしたいから、今日はパス』と断りを入れたら、職人たちがみんなして集まってきた。
実際に石板を見せて、職能レベルに達していないと文字がぼやけることを確認しての、紬さんの嘆きだ。
ちなみに自分がヒーラーであることを思い出したので、頭のタンコブは治療済み。
実は、この文章そのものに魔法がかかっているらしく、書写したものさえ技能レベルが達していないと読めないという、衝撃の事実が明らかになった。
……徹底してるよ、運営さん。
つまりは紬さんは、自分でサンドクローラー君を育てなきゃいけない?
この心の傷は、いかにヒーラーでも治療できないよ。
それぞれが読める範囲の石板を引き取り、余ったのは別の職種の人にいずれ読んでもらうことにする。
書写の順番は、もう始めている私。砂鉄が手にあるケインさん。ピノさん。何とか後進を育てて、イモムシ飼育を回避しようと目論む紬さんの順番。
ダイヤモンドが1つしか無いから、しょうがない。
文書の書き写しくらい、サラサラいけるとお思いでしょうが……。これが後に残って、いろいろな人が読めることが前提にされてしまうと、スマホ世代としては辛い。
誰かマス目の有る用紙を作ってよ……。
文字がうねったり、文字数がメチャメチャだと、凄く目立っちゃうのよ。
自分で覚えなきゃいけないことだから、頑張るけどさ。
なんだかんだで、石板5枚に6日かかったよ……。
「じゃあ、あとは頑張ってね。ケインさん」
「やべえな……俺もしばらく、まともに文字を書いてない気がする」
はいはい。順番に苦しもうね。
自分で読み書きして覚えた分は、スキルブックの方に記載されてる。清書した文章は補給チームにお願いして、出島の方の工房のチュウミンさんに届けてもらう。
時間を見てレベルアップはして欲しいし、こっちで開発した分の量産をお願いしたい。
私は考えた末、ファントムクリスタルを磨き始めた。
レベル6へのスキルアップをする為、だけに作るジュエリーになりそう。毎度お馴染みのワープ石、ムーンストーンと組み合わせてみようと思うんだ。
相性の良い宝石の能力をアップさせる水晶。
たぶん、この組み合わせで作ると、2つ前のセーブポイントにワープできるはず。
……笑わないでよ。
白色のムーンストーンと、スノードームのようなファントムクリスタルでは、色の取り合わせも悪いし、ジュエリーとしてはどうか? という代物なのは解っているんだから。
とにかく、水晶の特性を活かしたジュエリーを作るという目的は、達せられてるはず。
手持ちの石で、一番早いのがこの組み合わせなんだ。
2つの石を磨いて、その程度の結果で潰してしまうのでは効率が悪すぎる。
だから、二度と作らないよ。絶対。
更に面倒なのは、指輪にするつもりなんだけど、2つの石を使う指輪の原型なんて作ったことがない……。
今後の為に、マスターピース的なデータを設計機に残しておかないとね。
キャトル君のコントロールリングの形状を、完コピする感じでベジェ曲線を操る。
それを蝋で原型を作って……といういつもの鋳物手順。
基礎データを残しておくと、いざという時に流用できるし、この苦労もきっと報われる日が来るさ……。
鋳物で作った金の指輪を、湯口を切り落として磨く。
現場で使い潰すものなら、裏に鋳物の肌が残っていても気にしないんだけど、これはたぶん、カー君の目で評価されそうだから、きちんと磨かねば……。
デザインや、色の組み合わせの悪さは、機能と仕上げで補うんだ。
今回は、石は爪でなくベゼル・セッティング……複輪留めする。宝石の周囲に金属の縁のような輪をかけて、リングに固定するの。
2つの石の色が似てるから、せめて縁取りのように金を配して、アクセントを着けておかなくちゃ。
よし……っ!
「カー君、こんな指輪作ったーっ」
宝石工房に持っていくと、カーバンクルのカー君はちょっと苦笑いをした。
「機能は充分だが、いろいろ手抜きの跡が見えるよ? 石選びとか……」
「旅が長かったから、手持ちの石が少なかったのよ。磨いた石で、解りやすいのがムーンストーンしか無かった」
「その分、ジュエリー部分の彩りや仕上げに、頑張った跡が見える。実用性は皆無に近いけど、まあ及第点は与えられるね」
カー君のウインクとともに、ファンファーレ。レベル6になれたよ!
「レベル7には、何をすれば良いんだろうね?」
「いろいろ作る内に見えてくるんじゃないかな?」
口は割らないか……可愛いのに頑固。
石板は読めるのかな? それとも、今回は古代の叡智ってやつで終わり?
黙って、尻尾が上を指す。
あれれ……今回は知識が得られるとは思わなかった。
とてとてと2階に上がると、お馴染みの石板が浮いていた。
「ふむ……今回は石ではなく、ジュエリー部分の話だね」
貴金属の合金の話。イエローゴールドや、ピンクゴールド、ホワイトゴールド、スターリングシルバー……。純金よりも、銅などを配合して色を付けたものの方が、映える場合も有るんだね。
それから、宝石の魅力を最大限に引き出す、ジュエリーデザインの構想。
マジックアイテムとしては、美しさより機能じゃないかって思うけど……。
初期にジュエラーレベルの有無で、ジュエリー部分を作成した時に宝石の力が発揮されない事は、実験して知っていた。
でも、それとは逆に、高レベルのジュエラーが技術の粋を尽くして作る物は、宝石の持つ力を最大限に発揮するらしい。もちろん、石の能力が高ければ高いほど、ジュエラーの技術が求められる……のか。
私はやっぱり、こっちを目指したいな。
工業製品よりも、工芸品……できれば、芸術品。
「やる気に満ちた顔をしてるね?」
「うん……何だか、自分のやりたいことが見えた気がするよ」
「それは、結構」
久々の肉球アップ。サムアップで返すしか無いウンディーネの悲しさよ……。
あ、そうだ。もう一つ訊いてみたいことがあったんだ。
「ねえねえカー君。答えられる範囲で良いから教えて欲しいのだけど」
「どうぞ。答えられない範囲は、答えないから」
「澄ました顔で、杓子定規なことを言うし……」
「そういう役目だから、仕方がないよ」
「そだね……じゃあ質問。石板を読むのに、ダイヤモンドの指輪が翻訳機になったのだけど……あれは、ジュエラーの仕事? 祠の石段と、2つの役目を果たすなんて、いくらダイヤモンドでも無理でしょ?」
「……そこに気づいたんだ」
「これって、禁則事項になる?」
首を傾げて見つめる。
元より、ちゃんとした答えが返ってくるとは思っていない。
カー君は真面目な顔をして、慈しむように微笑んだ。
「石板は錬金術師の作で、指輪はジュエラーの作だよ。……あれは伝説級の職人の手によるものだ。高位のジュエラーは石の能力を引き出すだけでなく、石に魔力を付与することが出来る。宝石そのものの持つ力を超えてこそ、本物のジュエラーと言える」
「宝石の力を超えちゃうの……?」
「君の得た、指輪に収められたダイヤの品質は、本来は相応しい持ち主を選ぶレベルのものだ。その力を制御し、目的の為に機能させているからこその逸品だよ。……いつか、サクヤもその凄さを知る日が来ると良いね?」
「どうやったら、そんな事ができるんだろう?」
「それは、まだサクヤに語るべき話じゃないね」
「いつか教えてくれる?」
「教えないよ? たぶん、君自身が気がつくから」
その肉球の手で、ポンと背中を押された気がした。
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