41 レベル10はゴールですか?
「サクヤ、ここで新しく読ませる石板は無い」
「え……でも、次はレベル10だよ? 職能レベルカンスト……」
「そうだよ……」
意味深に呟いて、カーバンクルのカー君は、宝石のような瞳で私を見つめた。
四角形をモチーフにしたサファイアの指輪が完成した時、予想通りにレベルアップの音が聞こえた。
だから、カラコロと宝石工房に来たのだけど……私に読ませる石板が無いと?
職能レベルは、次で最高レベル……レベル10になる。
その為の課題が、そんなに簡単で良いの?
石板を読まず、新しい知識を得ずに進める次のステップなんて、一つしか無い。
ダイヤモンドの加工。
原石自体は、鉱山に行けば採取できるはず。
カットの仕方なんて、他の鉱石と違うわけではない。
ラウンド・ブリリアントカットの輝きが最も似合うくらいのものだ。
でも、本当に良いの?
ただ、ダイヤモンドを加工するだけで、最高レベルになってしまっていいの?
不安になって、カー君としばらく見つめ合ってしまう。……愛は生まれない。すでに師弟の絆で結ばれているから。
「サクヤ、レベルってなんだろうね?」
私の帰り際に、カー君はそれだけ教えてくれた。
「もうレベル9まで行ったか……」
坑道まで一緒に行ってくれるケインさんは、呆れ顔だ。
あまり周りを気にしていなかったけど、ケインさんとピノさんはレベル6。紬さんがレベル7らしい。……私だけ突出してる?
しかもおそらく、坑道から帰って加工を終えると、最終レベルまで上がる。
……その後、どうするんだろうね?
ゴーレムのキャトルくんと、ケットシーのリルが先陣争いをするように敵を倒していくものだから、ケインさんも暇そうだ。
柄や鍔、鎧などの飾りに使いたいからと、金の鉱石を採ってケインさんにあげる。
レベル的にまだ採れないんだそうな。
プラチナは……色的に飾りには向かないらしい。完全に宝飾品専用だね。
宝石鉱山に入ると、様々な宝石に混じって、やはりダイヤモンドが採れた。レベル8から9の間の唯一の変更点だ。
「本当にそれを加工するだけで、最高レベルまで上がるのか?」
不審そうに、ケインさん。
私だって、半信半疑だよ……。もちろん、ベストのカットで仕上げなければならないと解っている。
それすら……今更な気もするんだ。
とはいえ、他に目新しい情報も、知識もない。……うーむ。
『サクヤ、レベルってなんだろうね?』
ふと、昨日のカー君の言葉が頭をよぎる。
レベルは……職工技能の限界だよね? 高ければ高いほど、いろいろなことが出来るようになる。最高レベルになったら、作れないものが無くなる……。わけ、無い!
ダイヤモンドを加工したからって、あの『叡智の鍵』のような指輪が作れる? そんなわけがないよ……。
でも、カー君の言い方からも、ダイヤモンド加工で最高レベルにまで到達するのは確実だ。
……最高レベルって、何だろう?
アトリエに戻っても、なんとなく落ち着かない。
採掘してきた鉱石から原石を取り出す、魔法のサムシング。さすがにダイヤモンドともなると、そうそう大きな結晶は出ない。
細かな原石もきちんと磨いてやると、ルビーやサファイアなんかの色のある石の引き立て役として、名バイプレーヤーになるんだよ。
破片みたいなのも、大事に取っておく。
ダイヤの結晶は歪みや変形もあるけど、正八面体が嬉しい。上下で切り離すと、ラウンド・ブリリアントカットを2個作れちゃうから。ソーヤブル……切断できる原石。
魔法光で原石をチェックしても、さすが宝石の王様。傷をつけられる素材が無い。
正八面体を構成できるほどの原石なら、曇りや歪みが有るはずもなく、色のダイヤモンドらしい無色透明。
あ、一応ダイヤにも虹の七色、それぞれのついたファンシーダイヤがある。
でも、ゲーム内では、無色透明で統一されてるみたい。
「ウォーターカッター」
これだけは、私のオリジナル。
自分の限界まで細く絞ったウォーターカッターの魔法で、固定した原石を切る!
敵は、モース硬度10のダイヤモンド。がんばれ、私!
タクトの先から、0.7ミリ幅の水流を出して……おおっ、切れていく。
……途中でMPが切れて、ポーション2本飲んでやり切った。ガクッ……。
翌日、ログインしてからが本番だ。気合も入れ直した。
大きめに取れた上の石を回転台に固定し、回しながら上端を円筒に。これ、ブルーティングという作業。
それから、ブロッキング。円筒にした部分を面付けして、四角錐から上下ともに八面を付けていって、ラウンド・ブリリアント一歩手前まで削る。
バランスを見ながら、上部(クラウン)と下部(パビリオン)のバランスを決め、ガードルと呼ばれる境目の厚みも作る。
ここで、ほぼ最終的な石のバランスが決まっちゃうから、慎重に。この石は、2カラットくらいの大きさになりそうだね。
そして、いよいよブリリアント・ティアリング。
角や頂点を落としながら、全58面を作っていく。
粗仕上げから、中目……そして
ぼんやり曇っていた石が、目を覚ましたかのように輝き始める。
本当に、一週間籠もりっきり。
「できた……かな?」
磨き上げた石に、クリエイトウォーターで作った水を浴びせ、汚れを洗い流してやる。
光に透かすと、七色の分散光がバランスよく浮かび、カットの正確さを教えてくれる。
うん……いい出来だ。重さを測ると、2.1カラット。
レベルアップのファンファーレが聞こえた。
「カー君……」
「おめでとうサクヤ。どんな石に仕上がったか、見せてくれるかな?」
「……うん」
カー君は器用に8ミリ程度のダイヤを肉球の手で摘み、光に翳した。
宝石は、磨かないと……そして、光を当てないと煌めかない。
透明な石の中で、光が反射、屈折して描き出す輝きこそが、宝石工の腕の証だ。
「美しい宝石だ。レベル10になるに相応しい宝石だね」
「でも、カー君。私、あの『叡智の鍵』のような物なんて作れないよ?」
「言ったろう? あれは伝説級の職人の手によるものだと」
「……じゃあ、レベル10の上が有るんだ?」
「無いよ。レベル10は、宝石工の最高レベルだから」
「だったら、何で……」
「2階で、知識を得ておいで」
カー君は、いつものように意味有りげに微笑む。
ずっと信じて、ついて来たんだ。私は2階に駆け上がる。
そこに答えがあるはずだ。
私の思いに反して、浮かんでいる石板はたった一枚だけだった。
「これだけ、なんだ……?」
書かれてある文章は、短い。
『我を額に当て、全ての知識を得よ』
お面を後ろに回して、書かれている通りに石板を額に当てる。ちょっと冷たくて、気持ちが良い。
ふぅ……と息をついた途端、とんでもない量の知識の奔流が流れ込んできた。
「な、ナニコレ……」
砂漠の神殿より、こちらの方が余程『古代の叡智』じゃないか!
そう思ったけど、あの神殿自体が砂に埋もれていたことを思い出す。あの部屋の先に埋もれてしまった知識なのかな?
私が余計なことを考えていても、お構いなく知識は流れ込んでくる。
全く知らなかった事、知っていてもその裏にある真実。面白そうな事、とっても怖い事。
流れ込んでくる知識は、いきなり終わった。
小説じゃないから、クライマックスの盛り上がりとかは無くて唐突。
頭が、くらくらするよ……。
ナニコレ、今までやってきた事の何倍もの知識が有るじゃん……。
「お帰り、サクヤ……」
フラフラと階段を降りて行くと、カウンターの中のカー君が微笑みで迎えてくれた。
その優しい眼差しに、ちょっと文句を言いたくなる。
「ねえ、カー君。ひょっとして、レベル10ってスタートライン?」
「最高位の職工の証だよ。そこまで辿り着いて、ようやく知識の全てを知る権利が得られるんだ」
「……やらなきゃならない事、満載じゃん」
「やらなくても、良いんだよ? 研鑽を続けるもよし、満足して効果的なジュエリーを作るもよし。サクヤの自由だよ」
「言い方がズルい」
「それが独り立ちをするっていう事だよ、サクヤ」
「じゃあ、もうカー君は、アドバイスをしてくれないの?」
一瞬、虚を突かれた顔をした。
カーバンクルは、親しみを込めて私を見つめた。
「もうアドバイスは必要がない。……でも、友達を無くすのは寂しいね」
「そだね。私が持って来ないと、カー君はライチを食べられない」
「それは辛いな……。そうそう、最近は焼きそばという美味が有るとか?」
「今度、持って来てあげるから、一緒に食べよう。焼きそばが口に合わなくても、ピザとか、パスタとか、いろいろ有るんだよ?」
「それは楽しみだ……」
おぉ、久々の肉球アップ。
私はウインクで、友達と約束した。
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