42 目指せ職工マスター?

 レベル10到達ということで、みんながお祝いしてくれた。

 少なくとも、精霊族での職能レベル10到達は、私が初めてらしい。けっこう盛大。照れる。


「その割には、浮かない顔をしてるじゃないか?」


 ケインさんが、ビールをがぶ飲みしながら訊いてくる。……酔っぱらい。

 嬉しいことは嬉しいんだけど、手放しでは喜べないのよ。


「レベル10は、本来の古代の叡智を受けるに相応しい技術の持ち主って言うだけで、どっと流し込まれた知識の方が、これまで学んだものより多いんだよ? それも多岐多様にわたっているから、うっかりすると知識の迷子になりそう……」

「本当かよ、それ」

「嘘だったら、私……こんな顔をしてないよ?」


 免許皆伝。鑑定もバッチシ!

 だけど、大きな魔法のサムシングが得られたわけでもない。唯一増えた『メレー・ダイヤモンド』の加工。……0.2カラット以下の小粒のダイヤのことね。

 それを一瞬で、ラウンド・ブリリアントカットに仕上げる機械だけは、本当に助かる。

 この先は一つの石だけで作るソリテールよりも、多数の石を組み合わせて作ることが多くなりそうなの。だから、メレー・ダイヤは重宝するんだ。

 無色透明で、煌めきの豪華な小粒のダイヤは癖が無くて、どんな石を相手にしても引き立ててくれる。

 それに、このゲームではもう一つ。……大事な役目も有るんだから。


「ケインさんは、クローラー君のアレ、何だか解った?」

「金属っぽいのは確かだが……良く解らんな」

「何で? 鍛冶屋さんでしょ?」

「まだ、量が少なすぎて鍛冶に使えんからな。ピノが言うには、素通しくらいに魔法を良く通すらしいが……」

「早く調べてよぉ……」


 ピノさんがキラキラふらふら飛んでくる。……酔っぱらい2号。


「どちらかといえば、錬金術師の仕事じゃないか?」

「ケインさんの方が暇じゃん。砂鉄待って、来たら刀を打つだけなんだから」

「まだ需要に供給が、追いついていないからなぁ。ピノの方こそ、今は何をやっている?」

「相変わらず、ルーンと宝石の連動中。……難しいよ」

「あ、ピノさん。ひょっとしたらのアドバイスできるかも」

「本当、サクヤ? 古代の叡智っていう奴?」

「はっきりとは言えないんだけど、関係しているかも。あと、こんなの作って欲しい」


 知識の中から引っ張り出して、鋳型じゃないけど、型剤で形だけ作ったものを渡す。金属じゃないと、使っている内にすり減っちゃいそう。


「何? このスリットの嵐……」

「……魔法定規?」

「何だよ、そりゃあ……」


 ケインさんが苦笑する。

 いや、笑い事じゃないんだってば。これは、私には必須の物になりそうなの。

 ダイアモンドの中に入る光の屈折を、模した定規だもん。


「何だか、面倒臭いことを言い出してないか?」

「でも、重要そうだよ?」

「重要なの! 水晶を使う以外の宝石の制御は、光の屈折で行うらしいから」

「その……らしいっていうのは?」

「知識としては有るけど、昨日の今日で実際に確かめてないの」

「そういう事か」

「待って、サクヤ。さっき言っていたアドバイスって……?」

「多分、宝石全体に魔力を当てずに、必要な角度で当てるべきなのよ」

「……そこまで細かいの?」

「だから、定規必要!」


 まさか光だけでなく、魔力で宝石を輝かせるなんて思わなかったよ。

 二世代前の人達、無茶しすぎ!

 その角度を調整するためにも、小さなメレー・ダイヤがお役立ちなの。複雑怪奇な魔力の流れをそこで整えて、主石に誘導してやると制御しやすい。

 ね? 今までやってきた事が、本当に基本に過ぎないって解るでしょ?

 ソリテールでそれをやっていた、あの『知識の鍵』のダイヤモンドリングが、伝説級の名工の技だと納得できちゃう。指輪の石座や爪の開口部分のデザインだけで、中に入る魔力を調整して、あれだけの機能をもたせたのだから。


「レベル10がとんでもないレベルだって実感した。……そこから始まる道も」


 酔いが醒めたように、ピノさんが唸った。

 ケインさんも眉間に皺を寄せる。


「刀ばかり打ってる場合じゃないな……。ジュエラーにそこまでの世界が有るなら、俺達にも有るって事だろう? それを見てみたいと、生産職なら痛切に思うぜ」

「その為に、出島じゃなくて、テイタニアに工房を開いたんだもんね……」


 二人共、真面目な顔になっちゃった。

 気持ちは解るんだけど、まだパーティ中なんだから、ちゃんと祝って!


「お前がとんでもないことを言い出すから、酔いが飛んじまったんだ」

「私もちょっと、胡座をかいていたかも。このゲーム、深いわ……」

「ピノ、お前はレベルアップの伝手はあるのか?」

「多分、サクヤがアドバイスしてくれたルーンと宝石の連動。それで1ランク上がれると思うんだ」

「こっちは刀を打っても上がらねえ。何が足りないんだ?」

「鍛冶工房の案内人は、イフリートでしょ? 話を良く聞いてみると良いよ」

「お前とカーバンクルみたいには、なかなかいかねえよ、サクヤ」

「聞き逃してるだけだよ。案内人はその為にいるんだから」

「うーん……」


 あら、難しい顔になっちゃった。

 イフリートって、そんなに気難しいの? 私の方はカー君で良かったよ。

 あ……ひょっとして。


「ケインさん、イフリートに打った刀を見せた?」

「いや、すぐ買い手が持っていくからな。……見せなきゃ駄目か?」

「時には、そういうものもあるよ? 私は必ず、カー君に見せるもん。鑑定してもらわないと、どのくらいの出来かわからないし」

「お前は、変な所が律儀だからなぁ……。後で持って行ってみるか」

「有るの? 有るんだったら、呑んだくれてないで持って行かなきゃ。レベルが上ったら、一緒にお祝いだ」


 案の定、レベルが上った。……面倒くさがりの酔っぱらい。



       ☆★☆



「これで、このアームの先から魔力が照射できるはずだけど……」


 ピノさんの工房。

 前の実験で使った円盤の中心にパーツが付いて、そこから4本の細いアームが突き出してる改良版。今回は提供したフルオライトは、しっかり固定されてる。

 微妙に位置を調整する。

 石のカットは単純な飴玉状だし、もともと光るだけの石。

 きちんと魔力が照射されれば、作動すると思うんだ。宝石はステータスアップの物ばかりではなく、いろいろな反応を示すものが有る。

 それらを使えれば、魔道具も進歩するというのが、ピノさんの考えだ。

 だから、フルオライト君。……とにかく光ってくれ。


「……じゃあ、行くよ」


 ピノさんの魔法のタクトが、盤面に触れた。

 何周も描かれたルーン記号が、外周から順番にぼんやりと青い光を放ち始める。外周から次第に内側へ。そして、4本の爪を駆け上がる。


「キャァ!」


 カメラのストロボを、まともに見てしまったみたいに目が眩んだ。

 実験は大成功!

 だけど眼の前に、青い星が散っていて視界を塞ぐよ。

 目薬って無いよね。


「ピノさん……今度は先にサングラスを作ろうよ」

「もしくは溶接で使う、アレみたいなのね」


 二人で目を擦りながら、大笑いする。

 念願の、宝石とルーンの連動に目処が着いたね。

 キョトンとしたピノさんの顔が綻んだ。


「レベルアップできたよ!」

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