26 古代の叡智は読めますか?
「それでは、いよいよ刀を装備できますね」
定時会議で嬉しそうに笑うのは、すあまさんだ。
桜色の美和猫、そこに侍仕様ですと? ……属性が盛り過ぎになってるよ。
目を合わせた紬さんは、きっと私と同じようなビジョンを見ている。絶対紫系の着物に袴を着せたがってるよね?
これから神殿を探索し、古代の叡智を探すと言ったら、また山程心配された。
主に、私が……。そんなに信用ないかなぁ。もう戦闘レベル25なのに。
「サクヤの場合はレベルでなくて、性格的なものが色々な……」
ロキさんにしみじみと言われてしまうと、返す言葉がない。
ロキさんのお世話があってこそ、ゲームが続いてる私です。カー君とともに、大事な友人だ。
会議が終われば、薄闇の朝。
本当に寒くて、ケインさんに火力を上げてもらって、みんなで暖を取っていた。
「さて……最後の大冒険だ。気合を入れていこう」
「家に帰るまでが冒険じゃないの?」
「慣れた道を戻るのは、冒険とは言わねえよ」
立ち上がり、改めて朝日の中で神殿っぽいものを見る。
港町の建物と違い、だいぶ砂にやられてる。乾いて埃っぽく、積み上げられた石の角も、丸く削れてしまっていた。
その隙間からこぼれるのは、砂、砂、砂……。
昨日は穏やかであったが、現実の砂漠同様に砂嵐が有るのだろうか。
正門っぽい所を潜ってみても、外壁の中は砂だらけ。
ギリシャ風の柱みたいのが数本、倒れて半ば砂に埋まっている。
神殿っぽいのは外壁だけで、中にあるのは小さな祠のようなものだけだ。
「本当に、ここで良いのかな……」
「地図には、ここの絵が有ったろう?」
「実は別の目的の場所で、古代の叡智は違う所で得るとか?」
「うんうん、砂鉄取りの場所の目印とかね」
私の悲観的な感想に、ピノさんまで同調するし。
(仮称)祠の扉は閉まっているけど、あまり奥行きも無さそうだし……。
別のゲームの旅の扉のイメージの方が、しっくり来る。
しっかりした古びた壁のイメージとは、違って中身はちんまり。最近のサイレント値上げのお菓子のようだよ。
カントリーマアムもちっちゃくなっちゃった上に、数まで減るなんてあんまりだ。
「開かないねぇ……」
(仮称)祠の扉を調べたピノさんが肩を竦める。
本当にここで古代の叡智が得られるなら、これが鍵のはずだけど……。
お金持ちの婚約指輪のような、3カラットのラウンドブリリアントカット・リングを持ち物欄から出してみる。
「それを押し込むような、穴は空いてないよ?」
「倒れてる柱にも、無さそうだな」
ピノさんも、ケインさんも首を傾げる。
ほら、やっぱりここは砂鉄取りの場所の目印で、叡智は違うのかもしれない。
何か反応するのかもしれないから、指輪を持ったまま(仮称)祠に近づいてみる。
ほら、反応しない!
と、胸を張ったら、意外なものが反応した。
キャトル君が勝手に動き出して、私の手から指輪を奪うと、かつてコントロールの指輪が嵌まっていたスロットに、それを差し込む。
すると、祠のレリーフが金色に光り始めた。
「あぁ……そういえば、御神体を連れていることも条件にありましたね」
おっとりと紬さんが、手を叩く。
それよりも避けて! (仮称)祠の前の地面が沈んでいくよ!
すっかり砂に埋もれちゃってるけど、そこには石畳があったらしく、順番に沈んでいって地下への階段が出来上がった。
キャトル君が、少し満足げに横に立っている。
「……少し古代の叡智が、有りそうな気がしてきた」
「有るだろ、どう見ても」
さっきまでみんな懐疑的だったくせに、手のひら返しが早いよ。
一応いつものフォーメーションを組んで、石の階段を降りてゆく。埃っぽいし、空気が悪いよ。袖を口元に当てて歩く。
ここが開く時も、大量の砂が一気に流れ込んでいたものね。砂埃が凄い。
……あ、待て。何だか嫌な予感がしてきたよ?
「ああっ……やっぱりぃ?」
気が急いて、先頭を歩いていたピノさんが頭を抱える。
石壁が続き、先が有るはずなのに……。そこから先は砂に埋まってしまっている。
かろうじて扉一つが開けそう。
開くと、ぼんやりとした灯りに照らされた部屋の中に、いくつもの石板が浮かんでいる。……この光景って。
「各工房の二階かよ……?」
「たぶんあれも、古代の叡智なんじゃないかな……。カー君たちは、その管理人で」
「納得するしか無いね、この光景は……」
「何でっ? 読めないわ……」
感慨もなく、スタスタ石板に歩み寄った紬さんが、悲鳴を上げる。
職種によるのかな? と思い、みんなが代わる代わるに全ての石板を覗き込んでも、誰ひとり読めなかった……。
「レベルなの? まだ、これでもレベルが足りないって言うの?」
「ピノはまだ良いだろう? 見慣れたルーンは読み取れるんだし、初めて見るルーンを検討すりゃあ良いんだから」
「ルーンを刻む場所だって、問題になるんだよぉ!」
私の方はと言うと……水晶が問題なんだよね。
あれの使い方を知ることが、次のレベルへのステップだって、カー君がそれとなく教えてくれた。
でも、それの足がかりとなる知識なんて、どこにもなかった。
ゴーレムコントロールの指輪だけでは、あんなに数の多い水晶の使い方なんて、想像すらつかないじゃないか。
他に何か見落としはなかったかな?
うん、無い。
深く考えない私が、ここまで進めたのだから、ちっちゃな見落としくらいで引っかかるはずがない。運営さんは意地悪っぽいけど、カー君がそんな意地悪にヒントを隠しているとは思えない。
私のカー君への信頼は、海より深いんだから。
よし、読めるものなかどうか、帰ったらカー君に訊いてみよう。
「こら、サクヤ! お前何を……あ?」
ケインさんが呆れるが……私は石板を掴むと、片っ端から持ち物欄に放り込む。
あはっ。ちゃんとアイテムになって、『石板①』とかの名前になった。
珊瑚と真珠くらいしか宝石は拾えなかったから、私の持ち物欄は、カー君へのお土産とモンスターのドロップ品のみ。意外に余裕が有るんだ。。
「普通は、それを持って帰ろうと思うか?」
「持って帰れるなら、それに越したことはないじゃん」
「そりゃあ、そうだが……」
納得いかない顔をしているけど、持って帰れるなら持って帰ろうよ。
レベルが足りないなら、必死にレベルを上げれば良いし、何かが足りないなら探せば良いんだから。
今は何が足りないのか解らないから、解りそうな人(?)に訊いてみてから考える。
お土産持って帰るから、そんな邪険にするカー君じゃないと思う。
「よくそこまでNPCを信頼できるな」
「NPCにだって、AIが仕込まれてるもん。ちゃんと感情も有るんだよ。私なんか、カー君にどれだけ助けられてきたのか……」
「わかったわかった。持って帰って調べられるなら、それに越したことはない」
「そだね。こんな砂っぽい所で悩むより、ずっといいね」
あっけらかんとした、ピノさんの一言で、この旅が終わった。
地上に戻って、キャトル君から指輪を返してもらう。また来ることになるかもしれないから、指輪は大事に持ち物欄に入れておく。
ゆっくりと階段がせり上がり、きれいな石畳になった。
意味はないけど、(仮称)祠に『ちゃんと読めますように』と手を合わせて祈ってみる。
ケインさんは呆れるけど、紬さんもピノさんも私派だ。
もうやり残したことは無さそうだ。
私たちは前線の拠点、テイタニアの町へと帰路についた。
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