05 対人戦が始まりますか? 

「サクヤ~。籠もってないで出ておいで」


 サーヤさんに呼び出されて、いつものレストランに向かう。

 どうやら、私は呼び出さないと、いつまでも工房に籠もっている癖があるのがバレているらしい。

 すみませんね。引き籠もる分には、まったく苦にしない娘で。

 手慣れてくると、柔らかめの石の加工には時間をそれほど食わなくなると言うか……おっかなびっくりやってたのが、大胆に出来るようになる。

 ラピスラズリや、翡翠、トルコ石、オパールなんかはもう全部磨いちゃった。


「今はガーネットに挑戦中だよ」

「ガーネットって、コーラみたいな色した石だっけ?」

「うん……濃い赤だけど、確かにコーラっぽいかも……初めての透明な石」

「よくジュエラーを続けられますね。僕はレベル2の課題中に諦めました」


 今日はサーヤさんの友達らしい、ノームの『レント』さんが一緒。

 ジュエラーを挫折して、今は革細工の職人さんをしてるんだとか。レベル4なのは羨ましいな。


「いえ……物を作るのが早いから、ジュエラーに比べれば早く上がります」

「あと、作った物を売りやすいのが羨ましい。ジュエラーは宝石効果が解らない内は、迂闊に売るわけにもいかなくて……」

「ああ……ただのステータスプラスだけじゃない場合もあるから、下手な値を付けたら大損害になっちゃうかもだね」

「うん……だから、仲の良い人へのプレゼントするくらい。あとは生活の為に、工房に売ったり」

「あの、凄い高値になったという、翡翠のブローチ?」

「うん。未だに効果が不明なのよ……工房から売りにも出されないし。同じものをダリさんにもあげたけど」

「魔防+1らしいけど、それだけじゃさそうだね。ダリ姐はお気に入りでみんなに自慢してるよ」

「今度、ロキさんとサーヤさんにも、何か作るよ」

「レベルが上って、効果が解ってからの方が嬉しいかも」

「ロキさんにも同じ事を言われてる」

「良くそんなに籠もって作業していられると感心しちゃうね。これ、MMORPGだって自覚は無いでしょ?」


 笑って誤魔化すしかない。

 誰かと協力して何かするゲームじゃなくて、ひたすら宝飾師の道を極めるゲームになってるからなぁ、私。

 籠もり慣れてる在宅JKの、本領を発揮してます。


「この人、本気で2ヶ月近く、そればっかりやってるんだよ?」


 あはは……ジュエラー挫折組のレントさんに呆れられた。

 ……それが、面白いのに。

 そんなお喋りをしながら、また一人フレンドリストが増えた。

 サーヤさんは、お友達一杯で凄いねぇ。私は厳選されたお零れをもらいながら、チマチマとリストを増やしてもらってる。

 意味有りげな職業なんだけど、気が長くなくちゃっていけない。そんな噂のジュエラーの道を進んでる私は、かなりの希少種らしいと実感してきた。


「そういえば、夏休みから、いよいよ本気の対人戦がスタートするって聞いた?」

「……ナニソレ?」

「サクヤもちゃんと運営からのメール読みなよぉ……」


 何か来ていたような気もするけど、翡翠研磨で忙しかったから読まずにいた。

 多分未読メールの中に入ってるはず。

 呆れるサーヤさんを執り成すように、レントさんが気を使ってくれた。


「今の場所が特殊地点っていうのにはビックリしたよね」

「そうそう……本来の地形は別なんだとか」

「この場所でも取り合いになったら、基本的なことは何もできなくなっちゃうから、納得かな」


 話をまとめると、今の場所は初期地点という特別な場所らしい。

 本格的に稼働し始めると、私達は別大陸の似たような都市に飛ばされ、そこを拠点の陣取り合戦になるんだとか。

 それまでにはレベルを上げて、宝石の知識をもっと増やしたいもんだ。


「頼むよぉ……サクヤの存在って、意外にアドバンテージになるって思ってる人多いんだから」

「……期待される人間像?」

「それには程遠いでしょ! 他の陣営に、あなたくらい気の長い人がいるのかどうかと訊かれたら、誰もがNOと言うに決まってるもん」

「サーヤさんが意外に酷いよ……」

「まあまあ……ジュエリーを使いこなせそうな人、他にいるような気がしないから」


 ソフトな言い方なだけで、レントさんも割と酷いよね。


「で、どうする? 久しぶりに鉱山で石を補給する?」

「うーん……。翡翠とかをこれ以上磨いても、レベル上がらない気がするんだ」

「ほうほう……どして?」

「手際が良くなって、作業が早くなってきたから。……多分、まだやっていない透明度の高い石を磨いて、全部のカットを一通りこなさなきゃ駄目かなって思うの」

「カットって、磨いた後の宝石の形だよね? 何種類くらい有るの?」

「一般的なのは、大雑把に12種類。ブリリアント・カットが6の、ステップ・カットが4でファセットカットが2?」

「うわ……マジ?」

「そうなのよ……すぐに思い浮かぶダイヤモンドの形。ラウンド・ブリリアント・カットっていうんだけど、あれは58面を作らなきゃいけないんだって」


 何とも言えない顔で、二人共テーブルに突っ伏してしまった。


「とにかく……信じてるから、頑張れ」

「うん、頑張るよ」


 ガーネットやアメシストで試すから、翡翠よりちょっと硬いだけ。何とかなる。


 本格的な対人戦が始まるなら、それまでにレベルを上げておきたいな。

 作り慣れてる石の効果が解れば、アクセサリーで協力できるもん。お世話になった人には、恩返しできる大チャンス。

 カー君の口ぶりからすると、材質だけじゃない気がするんだ。

 カットの仕方や、台座になる金属、ジュエリーとしての種類なんかまで、隠れ性能に絡んでくるんじゃないかって予想している。


「それは僕の口からは言えないな……」


 訊いてもそう誤魔化されちゃうんだけど、多分確実。

 カー君は、意外に大根役者だから。


 妖精の里では、PK被害が深刻になっているらしい。

 前にも新人狩りの話は教わったんだけど、そのおかげで生産職のプレイヤーが、他の勢力に比べて少ないらしい。

 初期に炭鉱へ行こうとして、新人苛めみたいなPKに遭ったら、私だってゲームを辞めちゃうよ!

 だからみんな、生産職保護に躍起になっているんだって。

 私なんて、カモがネギどころか、土鍋や焼き豆腐に、白滝やカセットコンロまで背負ってるようなものだから、みんなに心配されてるらしい。

 鉱山に行きたくなったら、必ず連絡するようにと、念を押されてしまった……。

 戦闘レベル5くらいでは、赤子の手をひねるくらい簡単なんだって。

 みんな、どれだけ戦闘してるんだろう……?


 サーヤさんたちと別れたら、私はまた工房の作業場に戻った。

 蝋のスティックの先を火で炙って、柔らかくしてから、磨きかけの宝石を押し付けて固める。

 小さな石は、こうやって保持して磨くんです。

 色々なカットを試すなら、大きな石よりも小さな石の方が早く研磨できる。

 私だって、工夫くらいはしているんですからね?

 ジュエリーにするのは後回しにして、ひたすら石のカットの種類を熟してます。


 その狙いは正しかったらしく、最後のラウンドブリリアントカットを仕上げた時、レベルアップのファンファーレが聞こえた。


 対人戦開始まで……あと3週間。

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