02 そのスキル必要ですか?

「出たな、ベジェ曲線……」


 次の課題にと、製図台に向き合った途端に出てきた。ハンドルを引っ張ったりして曲線をうにうに変化させるドロー系ソフトのアレ。

 次のスキルレベルの課題が、手にある瑠璃ラピスラズリを錫メッキの台で固定して、ペンダントヘッドを作ること。

 ジュエリーの基本形だよね。

 下書きの先に合わせてベジェ曲線で描き、作った型を使って溶かした銅の鋳物を作り、磨いて、メッキして、これまた磨いた瑠璃とドッキングする。

 型紙に合わせて、ジュエリーを作るようなものだ。

 一気に本格的になった気がするけど、増えた工程は設計図描きと、鋳物だけ。何とかなるなる。

 幾多のアニメのロゴを、ドローソフトでトレースしてきた私だ。今更、ベジェ曲線で悩んだりはしない。文字の跳ねや、キャラのシルエットをなぞってきたのに比べれば、大雑把なラインだもん。石に縁と、鎖を付ける輪を一体化した金具を作るだけ。楽勝。

 万能工作機に読み込ませると、鋳型が出来た。

 ペンダントの下側の裏側になる部分に汎用の湯口(金属を流し込む所ね)をくっつけて、邪魔にならない場所の斜め2箇所に細いピンをセットして、型製造機にセット。

 スイッチオンで、型材が充填されて型ができる。

 上下に分かれているから、一度バラして鋳型を取り出して……ピンを差し込めば、正しい位置でもう一度合わせられる。……賢い人もいるものだ。

 上下の型を固定して、溶かした銅をゆっくりと流し込んで、固まるのを待つ。冷めたら型を外してやれば……わ~い、できてる。


 鋳物だから表面はザラザラだし、型の隙間に薄く金属が広がってる所もあるけど、そこはこれからヤスリで削って仕上げて、磨いてやるのさ。

 使った型も取っておこう。

 初期デザインとはいえ、金属や宝石を良い品で作れば高値になるはず。

 金鋸で湯口を切り落として、ヤスリで隙間に伸びたのを削って形を作る。ヤスリの目も段々細かくして、最終的にはなめした皮に磨き粉と水で磨いてやる。

 それから石も磨いて……結局二日がかりだよ。

 金属部分をメッキして、磨いた石を乗せて、傷つかないように台座の爪を曲げて抑える。

 出来た~っ。

 結構、気の長い作業になるんだね、ジュエラーって。


「ふむ。いい出来だ……買い値と経験値に色を付けてあげるよ」


 カー君も大喜びさ。

 職能レベルが、また上がった。


「これで一通り、ジュエラーの仕事の流れは覚えたね? 2階で新しい知識を仕入れておいで。売り物になる宝飾品を作る為のね」


 ピッとカーバンクルの尻尾が、2階を差した。

 足取り軽く、2階へ行って石板を読む。

 金属と宝石の種類。鉱石状態での特徴。品質の見分け方。こんなにいっぱいあるんだ。

 詰め込まれた知識はスキルブックに記録されるから、後で確かめることも出来る。

 ……そうでないと、困ってしまうよ。

 気合い充分で降りてきた私に、カーバンクルが示した次の課題は……。


「次の課題は銀のアクセサリーだ。使う石は、少し硬度を高めた翡翠。指輪でもペンダントでもデザインは自由だから。採掘した石に合わせて作って欲しい」

「しつもーん。銀と翡翠は井戸では掘れませんよね?」

「もちろん。鉱山に行って採掘するか、誰かから譲ってもらうかだね。先々の為に、自分で採掘する方をお勧めするけど」


 澄ました顔で言うけどさ、カー君。

 鉱山って、精霊の里の外だよね? 外って、魔物が出るよね? 戦わなきゃ駄目だよね?

 そんな呆れ顔で見ないでよ……。


「全てが里の中で収まるわけがないよ? 宝石だって、自分で掘り出せばタダだけど、高品質のをいちいち買っていいたら、儲けは少ないに決まってるじゃないか。……いくらジュエラー専職でも、鉱山くらいは行けるようにならないと」

「……先が遠いよ」

「その為に仲間を集うんだよ、サクヤ。君は一人じゃないんだから」

「じゃあ、カー君も一緒に来てよ」

「全部手近で揃えようとするのは、君の悪い癖だね」


 あう……カーバンクルにジト目で見られちゃった。

 仕方がない。仲間を探しに行こう。

 ……その前に、装備が必要だね。私は回復役兼魔法攻撃だから、念の為の小さな丸い木の盾と魔法のタクトを買っておく。杖じゃないのは理由があるけど、それはまたいずれ。

 あとは魔法回復役と、薬草。

 ……宿代ギリギリだな。また作業場に泊まり込んじゃおうか。

 でも、仲間ってどこで見つけるんだろう?

 チュートリアルでも教えてくれなかったから、とにかく人の多い方、多い方へと歩いてみる。数が多ければ、きっと仲間率? みたいなものも上がるよね?

 大通りに出ると、こんなにいたのかってくらいにプレイヤーばっかり。在宅JKとしては、どう声をかけて良いのか解らない。

 そんなスキルがあったら、普通に学校に通ってるわよ!

 どうしよう……ゲームでそんなスキルが必要になるとは、思わなかった。RPGなんて、NPCの横に立ってボタンを押せば、「ここは〇〇の街だよ」とか答えてくれるものじゃないの?

 ワイワイガヤガヤ、私以外のみんなは楽しそうにお喋りしてる。

 この疎外感、久しぶりだよ。


 途方に暮れて、噴水の縁に座り込んじゃう。

 私、どこに行けば良いんだろう?

 居心地の良かった宝石工房の作業場も、もう次の課題の材料が揃わなきゃいけないし。カー君も冷たくなりそうだし……。

 うう……こんなにいっぱいプレイヤーが居るのに、私一人だけ迷子だよ。

 泣いちゃうぞ……と悲しみに浸りたいのに、この良い匂いは何?

 屋台? 串焼き?

 反射的に買っていた。……食欲は悲しみに勝るのね。

 ナニコレ、美味しい。立て続けに2本食べちゃう。そういえば、プレイヤーはログアウトして三度の食事を済ませてるけど、キャラは何も食べてなかったわ。

 空腹ペナルティは無いとはいえ、やはりお腹は空くらしい。

 一気に3本目に行こうとして……気がついちゃった。


「どうしたの、お姉さん。そんな顔して」

「……つい、勢いで今夜の宿代食べちゃった。どうしよう?」


 串焼き屋台の火トカゲさんは、一瞬きょとんとしてから大笑いだ。失礼な。


「火トカゲじゃなくて、火の精霊サラマンダーだよ! 宿代くらい、雑魚相手に2、3戦すれば稼げるでしょ?」

「戦ったこと無いもん。レベル1の生産職だし……」

「そんなの、ちょっと仲間を集って……」

「引き籠もりJKを舐めるなよ? そんなスキルがあるわけないじゃない!」

「JKかよ? 年下じゃないか。それに、開き直ってどうする!」

「……宿代も稼げず、ビンボーでこのゲームをリタイア?」

「そんなレアな理由でゲームを辞められたら、運営さんが泣くよ?」

「泣きたいのは私の方だよ? 何でゲームでまで、ボッチを噛み締めなきゃならないの?」

「今、ボッチじゃないじゃん。俺と話してるじゃん」

「あ……」


 言われてみれば、そうだ。

 見ず知らずの火トカゲさんと口喧嘩してる。

 ……食欲って、凄いのね。スキルを超えてるよ。


「だから、サラマンダーだって……。俺は『ロキ』だ。アタッカーついでに、調理スキルを伸ばしてる」

「私……『サクヤ』です。腹ペコ、文無し、ジュエラーのウンディーネ」

「このまま見捨てるのも寝覚めが悪いから、レベル上げに付き合ったろうか?」

「いいの?」

「それだけ顔のモデリングに凝って、ボッチのビンボーでリタイヤは悲しすぎるだろう? ちょい待ち、メンバーを呼ぶから」


 モデリングは、すぐに辞めるつもりだったから素の顔のままなんだけど……。

 ロキさんは屋台を畳むついでに、1本串焼きをくれたから、ウマウマと齧る。

 本当に美味しいんだよ、これ。

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