40 ファンタジーですよ?

 7ミリ四方のクッションカットのサファイアを1個仕上げたら、満足した。

 だいたい2カラットくらいかな?

 石を磨くだけじゃなく、そろそろ本格的にジュエリー部分もやらないとね。

 会心の出来のキャッツアイは勿体ないから、このサファイアで作ろうかな?

 ……所詮、まだ基礎の段階だもんね。


 前にまとめて作っておいた、大雑把に指輪の形だけの蝋型を引っ張り出す。

 ちょっと手抜きだけど、この原型と出来上がった石を並べて、デザインを考えよう。

 サファイアの機能は防御だから、防御のモチーフ……記号的には四角。

 指輪の肩……リングの上部ね。そこを階段状にして石を強調しようかな。

 階段なら、四角がいっぱいになる。モチーフ的にも悪くないでしょう。

 眼の前に10インチのタブレットくらいの大きさの拡大鏡をセットして、デザインナイフを手に、モデラー気分で蝋を削っていく……地味。

 本当に、根気と集中力の作業が多い。職業レベルが上っている分、リアルに比べると、ずっと手先が器用になっているんだよ。

 できるかな? と、リアルできゅうりの飾り切りに挑んで惨敗した。リアルでは、タコさんウインナーが限界です。

 手先をレンズで拡大して、蝋を削って指輪の原寸大模型を作る。それを蝋型にして鋳物を作るのが、主な仕事。その後、金属磨きが待っている。

 はぁ……宝石の嵌まったジュエリーは派手だけど、それを作り出す作業の、地味で気長なことよ。


「相変わらず細かいことをやってるね」


 一息ついたタイミングで、急に声をかけられた。

 丸眼鏡のシルフ、ピノさん。いつの間に来たんだろう?


「本当は、ベジェ曲線の設計機で作った方が楽なんだろうけど……。たぶん私、モチーフのジュエリーを作るのは、最初で最後になりそうだから」

「何で? せっかく覚えたのに」

「だって『叡智の鍵』の指輪だって、デザインはシンプルでモチーフとか無いもん。それでいて、宝石を制御する方法を覚えたら、たぶん私はそっちばかりになると思うから」

「なるほど……じゃあ、これをあげよう」


 キュッと、頭に斜めに被せられる。

 ナニコレ……赤いリボンのついた白猫のお面? リルには黄色い電気ネズミのお面。

 浴衣ガールを、より完璧にしてどうするのよ!


「サクヤだって解るでしょ? 行き詰まった時には、全く関係ない作業をしたくなる気持ちを」


 半ば八つ当たり的に言われる。うん……その気持は良く解っちゃう。

 私なんて、脱線しまくるもん。

 これ、材質は木?


「アルミニウムだよ。ぶつけると痛いから、気を付けて」

「マジックアイテムじゃ……無いよね?」

「まさかぁ。ただのお遊びだもん」

「今は何に詰まってるの?」

「この間、サクヤが持ってきた、魔力遮断シートだよ。多分私の手持ちの素材じゃ、足りないんじゃないかと思っちゃって……」


 ピノさんは渋い顔。

 でも、このタイミングでカー君がくれたものだから、きっと不足は無いはず。


「相変わらず、サクヤの信頼が凄いね」

「うん、何度も導いてもらってるから。カー君は無理は言わない。だからきっと、手札は全部揃ってるんだけど、それに気づいてないだけ……のはず」

「手札と言っても、ルーンを刻むモノでもないし……ただの調合だからなぁ」

「ピノさんでなく、私が持ってるのかも。宝石の削りカス、持ってく?」

「宝石は魔力を通しちゃうから、あまり関係ない……あ、待てよ。あのタイミングで、謎素材を持って帰った人がいたな」


 何か閃いたかな? 急に目つきが変わる。

 でも、そんな人いたっけ?


「紬さんだよ。サンドクローラーのイモムシ君。糸なのか何なのか、あのイモムシ君素材の使い道は、紬さんが糸を悩んでいるだけだ。私の方でも使えるものがあるかも」


 くるりと踵を返す。即断即決だね。

 私も、あのイモムシ君の飼育環境は見ていないから、カラコロついて行こう。

 紬さんの工房は、中央広場にほど近い所にある、円錐のトンガリ屋根のついた石造りの建物。最近、南側に増築された形跡あり。そこの低い屋根がガラスっぽいから、きっとイモムシ君用だね。


「あ、そのお面可愛い。私も欲しい」


 と、開口一番でおねだり。

 よく屋根の上で寝ている犬を、リクエストしてた。

 実は最近、この人も浴衣を着てる。緑色の若竹模様のやつ。

 そんな他愛のない挨拶を交わしたあと、いよいよ本題。シーフードピザを齧りつつ、真面目に話し合う。


「クローラー君の糸は、残念ながら魔法を良く通すわよ」

「紬さんが、そう言うほど?」

「うん、シルクスパーダー君の糸よりも、伝導率が高いわ。通し過ぎても良くないから、両方を程よく混ぜて、バランスを取ろうって話になるくらい」

「それじゃあ、こっちも外れか……」

「糸だけならね……ケインさんに見てもらっている所だけど、ピノさんも調べてみる?」


 紬さんは、中が見えないように目隠ししてある、飼育ケースの下のレバーを引いた。

 ザーッと、飼育ケースの下から音がした。それが消えてから、レバーを戻す。今度はケースの横の綱を引くと、飼育ケースの中にサラサラという音が絶え間なく続き始めた。


「……何の音?」

「ケースの中の砂替えよ。ケースの底は網になっているから、最初に砂を全部落としてから、また底板を戻して、少しづつ砂を加えていくの。一気に落とすと潰れちゃうもの」


 どうやら砂を扱う作業に入るらしくて、残りのピザを3人で慌てて、お腹に詰め込む。

 ケースの底から引き出した砂漠の砂を、シャベルみたいな物で掬って、ザルで漉す。

 あ……何か銀色の円柱っぽいコロコロが出てきた。


「それ、クローラー君の糞だから、心して触ってね」


 つつこうとした指を、慌てて引っ込める。

 そういうのは、先に言ってよぉ!


「でも、全然不潔感は無いわよ。どうやら、クローラー君は砂漠の砂鉄を食べる生き物みたいで、糞はまた別の金属っぽいのよ」

「それで、先にケインさんに見せたんだ」

「ケインさん曰く、ちゃんと溶融するんだって。特性は今、いろいろ試しているみたい」

「生き物だよね、クローラー君?」

「ファンタジーだもん、平気で理屈を超えてきそうだからなぁ」


 諦めていると肩を竦めた。

 ピノさんも納得顔だけど……ジュエラーって、意外にファンタジー要素低いよね。

 基本はパワーストーンの具現化だし、モース硬度に合わせて、ちゃんと加工が難しくなってくる。鉱石から原石を取り出す時とか、鋳型の作り方とか以外で、あまりファンタジーしていないよ?

 加工も、気長に行わなきゃいけないくらいにリアル。

 モンスターの糸から布地を作る服飾師はもちろん、錬金術なんてファンタジーの塊みたいなもの。鍛冶屋の方はどうなのか、今度ケインさんに訊いてみよう。

 魔法の杖の一振りで、物が出来上がらない仕様なら、そうする事に何か理由がありそうじゃない。


「また深読みしてる……」


 ピノさんは笑うけど、ゲーム世界なら、すべてのことに運営さんの意図があると思うの。それをたどっていくのも、問題解決の近道だと思うんだ。


「こっちも外れっぽいなぁ……」


 イモムシ君の糞らしい、謎金属がほぼ魔力を素通しするのを見て、ピノさんがっかり。

 吐き出す糸が魔力を通すなら、排泄する金属も同じ。

 このイモムシ君は、魔力を通すようにする生き物なのかな?

 ピノさんが嘆くのも、無理はない。


「魔力を逆に通さないようにする素材なんて、どこにあるのさ」

「うーん……。大概はレベルが上ってくると、魔力を通しやすい素材が増えてくるものね」

「紬さん、慰めは良いから……何か良さげな素材を思い出さない? サクヤが、もうすでに手に入っている素材だって断言するんだよ」

「何を基準に?」

「いつものカー君」

「あぁ……それなら本当に有りそうね」

「紬さんまで、カー君信者? どれだけ信用されているの?」

「だって、いつもサクヤちゃんがそれで難関突破してるじゃない。信じようよ、ピノさんも」

「お気楽ーっ!」


 ドテンと突っ伏したから、もうもうと砂が舞い上がる。

 ケホケホやってるから、お水を飲ませて……と?


「あ、ピノさん。この砂は? この砂って魔力を通す?」

「どういう意味さ?」

「だって、魔力を通す素材を作るクローラー君が食べないものだよ?」

「む……有り得る」


 慌てて、魔力を通すか確かめてみる。

 そして、ふにゃっと崩れた。


「あはは……本当に有った。まさか、こんな眼の前に大量に……」


 3日後、念願の魔力遮断シートが完成した。

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