45 朗報ですか? 悲報ですか?

 指輪の制御で重要になるのは、平らな面を持つ上部……クラウン部よりも、裏面になるパビリオン部の形状と配置だ。

 着用者側から伝えられた魔力を、それぞれの宝石の力を加えながら、主石に最も影響を与える位置と角度から、照射してやること。


 ……言葉にすると、簡単なんだけどね。


 ピノさんにお願いしてあった魔法定規が出来上がったんだけど、なんとピノさん。用途を考えてガラス工房にも発注し、透明なガラス製の物と金属製の2種類を納品してくれた。

 有り難い……状況に応じて、使い分けられる。


 ベジェ曲線の設計台から印刷(できる事を知った)側面図と正面図に、主石から逆に魔力線を引きながら、メレー・ダイヤモンド小粒のダイヤの配置を考える。

 今回は0.1カラットのを使う予定。

 私としては、疑似3Dの設計台で魔力線も加えられた方が楽な気もするんだけど、平面で図を描いて、魔力を平行に整える方が混乱しないらしい。

 これは、そういうものだと思うしか無いだろう。


 指輪の外周に片側2つ。上から見て正方形なプリンセスカットルビーの側面に辺に沿って2つづつ。合計8個のメレー・ダイヤが必要っぽい。

 位置や角度が決まったら、原型を蝋で出力しよう。


 出来上がった鋳物を見て、けっこう派手な指輪になりそうだなぁと思う。

 上手くいったら物理攻撃プラス4という、そうでなくても一撃が重いロキさんには、まさに鬼に金棒の代物になるはず。……駄目でもプラス3だから、鬼に棍棒。


 目の端で、リルが伸びをしたり、腰を捻ったり、体操しているのが見えた。

 今はレベル4を目指して、各カットに挑戦しているから、そうとう根を詰めてるみたい。

 ケットシーだけに猫背だから、肩が凝りやすいのかな?


「リル~。屋台でも冷やかしに行く?」

「……行く」


 まあ、気を張りすぎても良くない。

 カラコロと連れ立って出かけようとしたら、珍しい人がキラキラ飛んできた。


「サーヤ、どうしたの? 前線を空けちゃって大丈夫?」


 人族の間では、『双剣』と恐れられているそうな。

 本人は至って素直な、シルフなのにね。


「短剣が二本とも寿命っぽいから、ケインさんに作ってもらいに来たんだ。実践中に折れたら、困っちゃうもん」


 それは一大事。サーヤの戦闘スタイルは、二本の短剣を剣にも盾にもして、相手の攻撃を弾きながら懐に飛び込むんだ。一本折れただけでもお手上げなのに、二本とも危ういのでは、戦場になんて出せません。


「さすがにこりゃあ……寿命だよな。良くここまで使ってきたなぁ」


 短剣を見るなり、ケインさんは苦笑い。

 サーヤは寂しそうな顔で、微笑んだ。


「ケインさんが打ってくれた剣だよ。耐久値プラス1効果で、私には何よりの相棒だったんだから」

「耐久値アップなんて地味な効果、望むのはサーヤくらいのものだろう」

「それでも刃こぼれ多いから、研ぎ直して使ってたんだけど……研師さんに、もう無理って言われちゃった」

「これだけ使い潰されりゃあ、この剣たちも幸せだろう。リアルで明日までに、代わりの剣を打っておくが……サクヤ、宝石効果とか持たせられないか?」

「……黒鉄でも、鋼でも無理って知識が言ってる」


 残念ながら、解ってしまう。

 柄に埋めた宝石を使う方法は知っているけれど、その為の剣の材質にモザイクが掛かってるみたいなもの。


「もうちょいピノと、膝を詰めにゃ駄目か」

「まず、そこからだねえ……」


 レベル10の余裕で、偉そうに言う。

 ケインさんは舌打ちしながらも、言い返してこない。……つまんないの。

 腰が軽いと落ち着かないのか、市販品の短剣を買って、とりあえず腰に差してる。

 町中仕様で浴衣ガール化してるのに、変なの。

 ちなみにシルフの羽根は、浴衣を透過するように普通に突き出ている。器用だ。


「ここは、来るたびに新しい屋台が出てるね」


 サーヤが呆れるのも無理はない。

 盆踊りの夜以来、更に勢いは増しているもん。

 私のログイン時にはなかった屋台が、すでに出ていたりするし。

 ……あ、フルーツサンド。カー君が好きそうだから、持ち物欄にキープ。私はお好み焼きで。サーヤはナンとセットのインド風カレー。リルは焼きうどん……シブい。

 見回したけど、珍しく紬さんがいない。

 お仕事専念中かも知れないので、こんな日もあるでしょう。


「サーヤはこの後どうするの?」

「ケインさんの剣が仕上がるまでは、テイタニアかな。武器が無いとどうにもならないや」

「武器ってすぐ馴染むものなの?」

「ケインさんなら、長さとか重さやバランスも考えて作ってくれるから、一振り二振りすれば、すぐ馴染むよ。無いと淋しいからぶら下げてるけど、汎用の剣だと、使いづらいったらありゃしない」

「サーヤは特に、両手で使うもんね」


 そんな話をしていたら、カラコロと紬さんが駆けてきた。

 珍しく慌ててるけど、何かあった?


「今、リアルの方で遅い晩ごはんを食べていたらテレビのニュースでやってたの!」

「何を? 町中華の名店特集とか?」

「それなら慌てずに、まずネットで調べるわ……じゃなくて、ノリト・ゲームズが、正式にアメリカのVRU社に買収されたって!」

「それ、本当?」

「それ、何?」


 私とサーヤの反応が、ぜんぜん違うのはなぜ?

 多分、間違ってるのは私の方。紬さんが微妙な顔をしているし。


「……ノリト・ゲームズって、運営」


 ……リルはちゃんと知ってたのね。偉い偉い。

 いつぞや噂になっていた、運営会社の買収が正式に決まったと。ああ、なるほど。

 やっと私が話題に追いついたのを見て、話を続ける。


「正式発表がさっきというだけで、話はずっと前に動いていたらしいの。9月から、『ラ・コンキエスタドール VR』の逆ローカライズと言うか、ワールドワイド版がワールドサーバーでスタートするんだって」

「このゲームはどうなるの?」

「吸収合併? ワールドワイドでやりたがってるみたいだし」


 前も心配したんだけど、会話はどうするんだろう?

 まさか全員に、英語を理解しろと? 日本はかなり特殊な言語だけど、ロシア語圏やフランス語圏も少なくないはずだよ?


「それより問題なのは、海外版は3勢力じゃなくて人族のみ。ヒューマンと、ドワーフ、エルフ、ハーフリングだってことよ」

「ケットシーいないの?」

「サクヤ、突っ込む所はそこ?」

「大事だよ、凄く!」


 シルフ派のサーヤ以外は、私の味方だ。

 あれ? でも、人族だけだと……どこと戦うの?

 やっぱり、架空の国同士の勢力争いになっちゃうのかな? それよりも、キャトル君は? 私たちのスキルや、工房なんかはどうなるのよ?


「ワールドワイド版の発表が一緒に行われたけど、こっちの対応はまだ無いわ」

「最悪は打ち切り?」

「全部消えちゃうなんて酷すぎるよ!」


 スキルも、浴衣もお面も工房も……キャトル君だって、ちゃんと盆踊りができるようになったのに。いなくなっちゃうなんて、悲しすぎる。

 ゲームは、所詮ゲームだ。

 遊び飽きたり、時代遅れになったりすると淘汰されていくもの。

 でも、まだ全然遊びつくせてないよ?

 これから、ゲーム世界が広がろうって時に……。


 中央広場に集まった人たちが、ざわついている。

 みんな、不安になるのが当たり前だよ。


 そんな中、運営さんからのインフォメーションメールが届いた。

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