第43話 脱出するために確かめる

脱出するために確かめる



建物の扉を挟んで、カイルと二人の女性が対面している。

ディアとミリアは警戒を孕んだ表情を崩していないが、まだそれぞれの武器に手を掛けることもしていない。

どちらかと言えば、状況が飲み込めずに何をしたらいいか迷っているようだ。

表情がグルグルと回っているのが見て取れる。


「とりあえず、中に入ったらどうだ? この状況を他に見られたら、二人にとってもいろいろとマズいんじゃないのか?」


ディアがハッとしたように辺りを警戒したと思うと、いそいそとミリアを伴って中へと入る。

扉を閉めると、二人は大きなため息を吐き、ディアが一歩前に出てカイルを睨んだ。


「どうしてアンタがここにいるの!? どうやってここに入ったの!? 何をやってこっちへ来たの!? 目的は何なの!? そもそも、私たちは…! アグッ!!」


カイルの鼻先に顔を近付けながら、矢継ぎ早に質問を投げ付けてくるディアの頭が、急に後ろに引っ張られ、ディアが変声を出した。


「ミ、ミリア… アンタ、何て事すんのよ! おかげで変な声が出ちゃったじゃない!」

「私の目の前で、まるで引っ張って欲しいかのように揺れていたの。だから引いてみたの。でも、あれは全然変な声じゃなかったから大丈夫なの」


ミリアの手には、ディアのポニーテールがしっかりと握られていた。

それを振り解きながらカイルに背を向け、今度はディアがミリアの鼻先に指を指して責め立てる。


「アンタねぇ! 目の前で揺れてるからって引っ張るんじゃないわよ! だいたい、何でアンタは私の邪魔をするのよ! 私はねぇ…! アガッ!!」

「ああ、ゴメン。やっぱり、目の前で揺れてると、引っ張ってみたくなるもんだな。ミリアの気持ちが良く分かるよ」

「アンタはコイツと同類かーーーっ!!!」


カイルの握るポニーテールを奪い取ると、ディアが大声で吼えた。

それを慌ててカイルが制する。


「お、おいおい、そんなに大きな声を出したら、そこで眠ってる俺のお姫様が目を覚ますだろ?」


それを聞いたディアとミリアの顔が一瞬にして青くなり、辺りはシンと静まり返った。

この前の仕打ちを思い出したのだろうか、二人とも肩が小刻みに揺れている。


「だから、静かに話をしよう。 …で、まずは俺の話を聞いてくれると助かる。その後で二人の言いたいことを聞かせてもらいたいんだが、それで良いか?」


ディアとミリアはお互いに顔を見合わせると、小さく頷いた。

カイルはホッとした感じでここまでの経緯を話し出す。

フェライト王国からベークライト王国への船を見つけて乗せてもらったが、船室には眠りを誘う奇跡が施されており、間抜けな事にカイルたちは罠に嵌ってしまう。

それから気付くまでの間は何日経過したか分からない。

気付いた時には既に船は浸水していて沈没しかけており、荷物を持って甲板へ避難。

外に出ると辺りは漆黒の闇で、空には分厚い雲で覆われていたのか、月も星も見えないために方角も分からず、仕方なく上空へと飛んで沈没に巻き込まれるのを免れた。

雲を抜けて、星から方角を確認すると、差し当たって西へと飛んだ。

かなりの時間雲の上を飛び、高度を下げて雲を抜けると、大きく広がる森が見えた。

その中央付近の岩山を目指し、そこへ降りた。

すると、大量の魔物が押し寄せてきたので、迎撃しながら移動した。

ひたすら戦いながら発見した森の切れ目から森を抜けると、今度は草原に出た。

森を背にひたすら進んで、この建物を発見した。

休憩するために、悪いと思いながらも借りて今に至る。


「まぁ、ざっと話したけど、こんなもんだ。で、二人から何かあるか?」


ディアは難しい顔をして、首を横に振りながらこめかみを押えている。

ミリアは「有り得ない」って顔をして大きく引いてしまっている。

そして、ディアが再び大きなため息を吐くと、カイルの顔を見てゆっくりと話しだした。


「言いたい事は山ほどあるけど、今の質問の答えとしては、何でアンタ達は生きてるの? でしょうね」

「ここから少し長いけど、説明が入るの。だから、お茶でも淹れてくれると助かるの」

「ああ、そうだな。お茶でも淹れよう。それと、何かつまめる物も用意するから、ちょっと待っててくれ」


カイルは立ち上がると、キッチンへと姿を消し、何やら作り始める。

しばらくすると、お茶とお菓子を持って来てテーブルに並べると、お茶を飲みつつ、ディアとミリアに目で続きを促した。


ディアはお茶を一口飲み、「ほぅ」と息を吐くと、カイルの方を向いて話始めた。


「まず、ここはアンタたちの言うところの人間界。で、その中にある魔族だけが暮らす魔族国家と言えば分かりやすいかしら? 位置は… そうね、アルマイト王国から遥か南南東の付近かしら?」

「大昔、人間と戦った時にこの地を奪って領地としたの。こことは別に、魔族の世界として魔界と言うところが人間界とは異なる別の世界にあるの。でも、人間界での活動拠点としてここが存在しているの」

「へぇ、じゃあ魔界ってトコには、ここと同じような人間の活動拠点となる領地ってのがあるのか?」


ミリアがフルフルと首を横に振った。

聞けば、魔界の大気中にある魔素にはと魔毒と呼ばれる物質が大量に含まれており、それは人間にとって猛毒らしい。

だから、魔界に人間の住める場所はどこにも無いのだそうだ。

逆に、魔族は魔毒が無くても特に問題なく生きていけるため、多少は行使する力が弱くなる程度で生活に支障は無い。

だから人間界でも平気で活動できているのだが、魔族の吐く息には魔毒が含まれるため、魔族の多い地域では空気中の魔毒の量が多くなり、人間が住めなくなるらしい。

その辺りが、人間と魔族が長年いがみ合っている理由の一つなのだろう。


「なるほど。じゃあ、魔族から魔毒が吐き出されなければ、人間とも共存できるのか?」

「一人二人の魔族が吐き出す魔毒程度なら、人間には全然問題ないわ。現に、魔族と人間の間に生まれる子供もいるくらいだしね」

「本当か? それは凄いじゃないか! でも、その話っぷりだと、かなり数は多そうだな」


ディアが大きく頷く。

そして、魔族と人間との婚姻について話し出す。

それは、ある魔族の女性がきっかけで大きく広まり、今でも多くの夢見る魔族が、その女性に憧れを抱いているのらしい。

その話の内容は、戦闘職の適正から外された女性が、廃棄処分を選び執行を待っていると、一人の人間の男が現れ、颯爽と女性を連れ出して逃亡した。

その半年後、男は女性を伴って戻って来る。

当然、魔族側の怒りは激しく、二人とも殺そうとしたが、逆に女性の手によって魔族側は大敗を喫してしまう。

戦闘職の適正から外されたはずなのに、見事なまでの戦闘技術と力の強さに、戦いを見ていた当時の魔王は称賛した。

そして、男は女性との婚姻を魔王に認めさせ、二人は幸せに暮らせるようになった。


「いつか、まだ見ぬ未来の旦那様が私を迎えに来てくれて、そこで私は見違えるほどの強さを身につけるの。そして、みんなから祝福されるのよ!」


やけに自信満々に話すディアと、うっとりとした表情で話を聞いていたミリア。

この二人の反応を見ても、その男と女性の存在が大きいのだと分かった。


「まぁ、ちょっと話がズレてしまったけど、ここは魔族が多く住むから魔毒が多いはずなの。これくらいの濃さなら、人間はほとんど動けなくなるはずなのに、どうしてアンタが普通に動いてるかが謎なのよ。本当にアンタは人間なの? って疑いたくなるわ」

「どうしてって言われてもなぁ… で、俺以外に、セシルとセレンが含まれないのは何か理由でもあるのか?」

「その二人は神の刻印を持ってるの。だから、魔毒があっても問題無いの」


誰に付けられたか分からない傷。

この、望まない傷を付けられてしまったために、二人は過酷な道を歩ませられている。

試しにと思い、ディアとミリアに傷の事を聞いたが、何も分からなかった。


「それと、貴方達が下りたと言う岩山と森だけど、あそこは無限に魔物が湧いて出る場所なの。私達でも滅多に入らない場所で、領地で罪を犯したり、追放になった魔族が入れられて処分される場所なの。誰も帰って来ないような所なの。更に、その中心の岩山からここまで来てると言うのに、どうしてみんな無事なの?」

「ここまで来るのに何時間、全開で戦ったと思ってるんだよ? 全然無事じゃないだろ? この様を見てくれよ?」

「あのね。ミリアの言ってる無事ってのは五体満足で、って事。魔力切れとかスタミナ切れなんて、そんなの生きてりゃ可愛いもんでしょ? そして最後に、ここは私達の家なの! これで分かった!? だからアンタたちは…! アガッ!!」


また、ミリアがディアのポニーテールを引っ張り、ディアが変な声を出した。

愉快そうに笑うミリアを見て、カイルも釣られて笑ってしまう。

顔を真っ赤にして震えるディアが大声で吼えた。


「ミリアーーーっ!! アンタは少し学習しろーーーっ!!!」


つい、言う事を聞かないミリアに、ディアが大声を出してしまう。

カイルが「あちゃー」って顔をすると、ミリアが何かを見つけて硬直する。

ミリアの視線の先に何を見たのか、確認する事すらできないディアも、その場から動けない。

それほどの濃密な殺気が部屋の中に充満していた。

いつの間にか目を覚ましたセレンも歯を鳴らして怯えている。


「ああ、おはようセシル。よく眠れたかい?」

「おはようございます、カイル。おかげ様で、ぐっすりと眠れましたわ」


カイルがさわやかに声を掛けると、セシルがにっこりと笑って答えてくれる。

すると、辺り一面に充満していた殺気が一瞬にして霧散した。

ミリアはぐったりして、ディアはその場にペタンと座り込む。

セレンに至っては寝台の上で脱力していた。

当のセシルは微笑みを崩さないまま、辺りを見渡すと、何事も無かったかのようにカイルの隣に座る。


しばらくして、セシルを除く女性三人が復活し、セシルとセレンは服を着てテーブルに着く。

カイルが状況の説明をして、今後の話をしようとすると、ミリアが恐る恐る手を上げる。


「最初の話に戻るけど、おそらくフェライト王国で見つけた船は、人身売買の商人が使う船だと思うの。それは、高価な眠りを誘う奇跡を付与してるって聞いたことがあるから、間違いないと思うの」

「でも、アンタたちが引っ掛かるくらいだから、相当なやり手なんでしょうね。 …でも、途中までは順調だったと思うけど、それから何かあって失敗したんだわ。だから、アンタたち以外、誰もいなくなったのよ」

「それは、俺もずっと考えてたんだよ。で、行き着いた先がハークロムだった。もしかしたら、今回のトラブルはヤツの思惑から外れてたんじゃないか、ってね。だから、船の持ち主はヤツに始末されたのかも知れない。 …まぁ、俺の単純な推測だけどな」

「でも、それはあり得ない話では無いと思うの」


ミリアがカイルの想像を肯定するかのように頷いた。

だから、カイルたちが目覚めた時に船の持ち主がいなかったんだと今なら思える。

それにしても、今回のトラブル自体がハークロムの思惑じゃなければ、ここにも来る可能性があるかも知れない? 

カイルがハッとして顔を上げると、ディアと目が合った。

その目は大きく見開いており、その可能性を見逃していたと言った感じだった。

同じように、残りの三人にも緊張が高まる。


「それは… ありえますの? 仮に来たとして、何をどう修正するつもりですの?」

「セシル。これは私の憶測なんだけど、今のこの状況を新たな舞台にするんじゃないかしら?」

「なるほど。いわゆる脱出劇ってところか。なら、ディアとミリアも舞台に上がらなくちゃいけないぞ?」

「何でよ!? これ以上、私たちを巻き込まないで!! ただでさえ、前回の失敗で目を付けられているのよ!? これ以上失敗したら、私たちは確実に処分されてしまうわ!!」

「ディア。私達は道案内なの。彼らを無事に元の場所へと戻さなきゃいけない役割なの」


ディアが憤慨するが、ミリアの言葉にハッとする。

それこそ、ありえない話ではないからだ。

だが、まだブツブツ言っている辺り、まだ納得はできないのだろう。

部屋の空気がピリピリしてきたと思ったら、セレンのお腹が可愛い音を鳴らした。


「…ひな鳥。ちょっとは空気を読みなさいよね。我慢って言葉を知らないの?」

「仕方無いでしょ? 私はいつでも正直なのよ、ポニ子」


二人の睨み合いが始まった。

お互いに一歩も譲らない状況だったが、またディアの頭が後ろに引っ張られる。

ただ、話をしている最中じゃなかったので、変な声は出なかった。

ディアの後ろで、ミリアが楽しそうに笑う。

それに釣られ、カイルも笑っていると、セシルとセレンも我慢できず、つい笑い出した。

ただ一人、犠牲になったディアだけはムスッとした顔をしていたが。


「ありがとう。ミリア。おかげで場の空気が和んだよ」


カイルがミリアに微笑むと、うっすらと頬を染めてミリアも微笑んだ。

セシルの目付きが変わってしまったが、ここは我慢してもらおう。


「さて、空気も和んだところでセレンが空腹らしいから、食事を用意しても良いかな?」

「なんで私に聞くのよ? ミリアもいるでしょう?」

「ミリアなら、良いって言ってくれるだろ? ディアの答えが聞きたいんだよ。ここは二人の家だって言ってたじゃないか」

「ふんっ! 好きにすればいいじゃない。基本的にミリアが良いって言えば、私も同じなのよ! 覚えときなさい!」


鼻息を荒くして、腕を組んだディアがカイルから顔を背ける。

カイルは小さく微笑むと、立ち上がってキッチンへと向かった。

女性四人が難しい顔をしながら、一言も言葉を交わさずに無言を貫いている。

せっかく場の空気が和んだのに、これ以上悪くする事はできないと、カイルも急いで食事を作る。

それらをテーブルに並べると、先ほどの険悪なムードは無くなり、それぞれが夢中で食べ始めた。


やがて食事も終わり、食後のお茶を飲みながら、これからの事を相談する。

結論としては、ディアとミリアがカイル達をベークライト王国へと送り届けることで一致した。

だが、問題はそのルートになり、船を出すためには港に行かなければならないが、どの町を経由するかが最大の問題となった。

テーブルに大きめの地図を広げ、ミリアが説明を始めた。


「ここが現在地なの。そして… ここが目的地の港なの。もちろん、可能な限りまっすぐに進むけど、選択肢は二つあるの」

「ここから森を通らずに、王都に入って港町へ続く街道に出るのが最適なルートだけど、人間は奴隷として魔族の主と一緒でしか入れないし、無事に通り抜けられるかも分からないわ。他の誰かにその奴隷が気に入られたら、その場で奪われる可能性もあるのよ」

「人間の奴隷? さっき二人は人間はここには住めないって、言ってなかったか?」


この魔族国家には多くの魔族が暮らしているため、他のところに比べると空気中の魔毒が濃い。

それは人間にとって毒である事から、人間は魔族国家には住めないのだと、確かに二人はそう言っていた。


「便利なマスクってのがあるのよ。人が誰一人住めないなら、捕らえた捕虜も情報を聞きだす前に死んじゃうでしょ? だから、そう言った対策もしてるの」

「マスクを付けてないとダメなはずなのに、カイルが何も付けずに動いているのが信じられないの。 …もしかして、カイルにも神の刻印があるの?」

「いえ、カイルの体には、どこにもそのような刻印はありませんわ」


可能性の話だろう。

ミリアはカイルにも神の刻印があるのではないかと推測した。

確かに、それなら魔毒の濃い環境下でも普通に動けるだろう。

だが、カイルにはそんな覚えも無い。

もしかしたら、知らない内に刻まれた可能性もあるのか? と考えていると、セシルが平然とそれを否定する言葉を言い切る。


「そうね。セシルならカイルの体の隅々まで見てるから、よく知ってるもんね」

「セレン。それ、知らない人が聞いたら誤解しそうだぞ? …すまない。話が脱線した。続きを頼めるか?」


ディアが咳払いを一つして、続きを話し始める。

つまり、奴隷を装って王都に入ったとしても、街道へ抜けるための道中で、他の魔族に奴隷を奪われるかも知れないと言う事だ。

実際にも頻繁に起きているらしいし、そのような戦いの最中に、他の魔族に奴隷を奪われる事もあるそうだ。

欲しいものは奪ったり、力で勝ち取るのが魔族のやり方らしく、力の弱いものは虐げられるしか無いらしい。


「それは世知辛いねぇ」

「何よ! 人間が甘過ぎるのよ! 欲しけりゃ力で奪いなさいよね!」

「これだから野蛮人は…」

「ひな鳥は良い度胸してるの。なら、今から外で私とやり合うの」

「話がちっとも進みませんわ。私がまとめて黙らせましょうか?」


さっきまで騒がしかった部屋が一瞬にして静まる。

そして、セシルがミリアを見て先を促した。


「も、もう1つの選択肢は、森を突っ切って海岸に出るの。そうしたら、海沿いに進んで港町へと抜けられるの。もちろん、人間は奴隷じゃないと町には入れないけど、王都とは違ってそんなに好戦的じゃないから、ここは大丈夫だと思うの。問題は森を通るのと、港までの距離が長いって事なの」

「つまり、高確率で魔族同士の戦いに巻き込まれるか、無限に魔物を生み出す森を突っ切るか、その二択しか無いんだな?」


ミリアとディアがお互いに顔を見合わせて大きく頷く。

カイルがセシルとセレンを見ると、二人は複雑な表情をしていた。


「体調が万全なら、森を突っ切る方が良いと思いますわ。戦力としては二名増員ですし、カイルが指示すれば問題無いと思いますの」

「私もセシルの意見に賛成するわ。町中の戦闘より、こっちの方が断然やりやすいもの」


次にディアとミリアを見る。

不本意とは言え、今回の騒動に巻き込まれたと言う事は、結果として二人の立場を危うくしてしまうだろう。

その顔には、まだ迷いの表情が見られた。


「私とミリアも、森を突っ切る方を選ぶわ。王都では戦いたくないから…」

「だから、無限に湧くとしても、魔物を相手にする方がずっとマシなの」

「動くなら早い方が良いけど、残念ながら俺がまだ回復しきってない。すまないが、出発は明日以降にさせてもらうよ」


最後に、カイルが自分の回復状況を確認し、みんなに出発について話をする。

誰も反対はせず、頷いてくれた。

その後、カイル達は回復に専念するため早めに休む。

寝台を1つ貸してくれたので、いつも通りカイルは暖炉の前に座って体を休め、セシルとセレンは寝台で眠った。


その夜、深夜を過ぎた頃、カイルは気配を感じて目を覚ます。

誰かが息を殺しながらゆっくりと近付いてくる。

そして、カイルの肩に手を乗せて耳元に口を近付けて囁いた。


「…カイル。もう、眠りましたの?」

「いや、今目を覚ました。 …それよりも、どうした? 何かあったか?」


どうやら眠りにくいらしい。

カイルの元に来て、いつものようにカイルの懐に潜り込むと、カイルの右肩に頬を乗せて目を閉じた。


「ああ、やっぱり、この方が落ち着きますわ」

「暑いんじゃないか?」

「この暑さも、私には心地良い暑さですわ。 …ふわ… じゃあ、おやすみなさい」


そう言うと、小さなあくびをして、セシルはすぐに寝息を立て始めた。

カイルはいつもの心地良い重みと、鼻孔をくすぐるような甘い匂いを感じながら目を閉じた。

当然、信用できるかどうか分からない人間と同室では、ディアとミリアは眠る事ができず、もぞもぞとしていた。


「そろそろ寝ないと、明日が辛くなるぞ? まだ俺達を信用できないかも知れないが、今だけは特別に信じてくれないか?」


しばらくして、聞き慣れた寝息以外のものが聞こえてきて、やっとあの二人も眠りについたと安心することができた。

それは、ここに来て、カイル達が安心して眠れた初めての夜となった。



翌日。

カイルはまだ回復しきれてなかった。


「昨日の話っぷりだと、今朝ぐらいに全快になってると思ったんだけど? どうしたのかな? ん? 私の聞き間違いだったのかな?」


ディアが責めるようにカイルの鼻先に顔を寄せてくる。

今朝方、起き出してきたディアに事情を説明してからずっと絡まれていた。


「仕方ないだろ? で、相談したいんだが、いいか?」

「だから、何で私に聞くのよ!」

「それも仕方ないだろ? ならミリアを起こしてくれよ」

「むー… まだ眠いから起きたくないの… 話ならディアと進めて欲しいの…」


寝台から聞こえてくるミリアの声に、ディアが唖然としてしまう。

そして、カイルの方に向き直り、キッとした目付きになって問いかける。


「で、何を相談したいのよ! 早く言いなさいよね!」

「何で俺が怒られなきゃいけないんだよ!? …まぁ、いいか。でな? 相談ってのが…」


カイルがディアに相談したのは、森を突っ切る際に必要な人員配置に関する事だった。

カイルたちは、ディアとミリアの協力を貰えることになったので、戦力は三人から五人になったのだが、ここで重要になるのが、誰をどこに配置するかだ。

基本的にセレン以外は全員が剣を携えているからアタッカーだろう。

だが、そのアタッカーにもいろいろあるために、配置する前に実力の確認をしたかったのだ。


「なるほど。それは分かったわ。で、具体的には何をするの?」

「話が早くて助かるよ。で、実力を確認するなら模擬戦闘をするのが一番だ。これで基礎が分かる。それから実際に陣形を使っての実践だな。それで最終的な戦略を組み上げる」

「さすがは私たちの見込んだ男なの。なら、模擬戦は貴方が四人全員と戦って実力を確認すれば良いと思うの」

「そうすれば、全員の力量を全員で見ることができますわ」

「基礎以外は実戦で見ればいい事だしね。私もそのやり方に賛成するわ」


いつの間にかミリアとセシル、セレンも会話に加わり、カイルの計画している案について意見を出し合っていた。

目的が一緒なら、団結するのも早いものだと思いながら、カイルはその場所を離れ、朝食の準備をするのであった。


「さあ、ご飯食べたら早速、模擬戦を始めるわよ!! どれくらい時間がかかるか分からないんだから、テキパキ動きなさいよね!」

「ディアは食べるのが早過ぎるの。せっかく美味しい朝食を作ってくれたんだから、もっと味わった方が良いと思うの。だから頭まで栄養が行き届いて無いと思うの」

「何よ! 美味しいからすぐに食べ終わっちゃうんじゃないの! それと、頭の良し悪しは早食いと関係ないからね!」


昨日からずっと見ているが、ディアとミリアの関係性も面白い。

どことなく、セシルとセレンを思わせるような感覚に、思わず頬が緩んでしまう。


「カイル。貴方、何を微笑んでますの? 私たちよりも、そっちと一緒にいる方が楽しそうに見えるのは、私の思い違いですの?」

「まぁまぁ、セシル。落ち着いて。良いじゃないの、ちょっとくらいカイルを貸してあげなさいよ。どうせ、お風呂と寝るのは一緒なんでしょ?」

「そ、そうなのですが、やはり私の独占欲が出てしまいますの」

「はぁ… そんなの、紙に包んでどっかにしまっておきなさいよ」


食後の後片付けも終わり、いよいよ模擬戦を始める事となった。

が、武装してカイルの前に集まった瞬間から不穏な空気が立ち込める。

その空気からは、お互いの手の内をこんなところで見せても良いのだろうか、次に敵として相対した時に不利にならないか、そんな事が読み取れた。


「一応言っておくぞ。今、みんなが思ってる事は正しいだろう。今後、敵対するかもしれない相手に、自分の動きや技を見せて良いのか? って思う事は当然だ。だが、それはここを生きて脱出する、と言う事が前提になっている事も忘れないでくれ」


つまり、ここから脱出するためには、無限に魔物の湧く森を通らなければいけない。

そのためには全力を出す必要がある。

だから、自分の力を見せても良いか、なんて考えている場合じゃないし、そんな甘い考えでは生き残れない。


「それに、だ。今よりももっと強くなれば、そんなのは些細な問題だろ? まさか、今のままで満足しているなんて言わないよな?」


カイルがニヤリと笑ってみんなを見る。

確かにそうだ。

今よりも強くなれば良いんだ。

なら、見せてやる。

今の私の実力を。

四人の表情が柔らかくなり、気力も溢れてきたのを感じる。

そして、これなら良いだろうと、カイルも抑えていた力をゆっくりと開放する。

さっきまで、戦う力がまるで感じられなかったのに、その違和感が溶けるように無くなっていく。

そして、フェライト王国で船に乗り込む前のカイルに限りなく近い形に戻ったのだった。


「セ、セレン。見て下さい! カイルが戻ってきましたわ!!」

「だから、落ち着きなさいってば! …でもまだちょっと足りないみたいね」

「ふん! やっとそれらしくなったじゃない」

「さすがは、私たちが見込んだだけの事はあるの。このゾクゾク感がたまらないの」


よし、準備はできた。

ここからの脱出に向けて、やるべきことをやろう。

誰も置いて行かないし、犠牲も出さない。

全員で脱出するんだ。


(だから、俺のすべきことは…)


カイルは腰の剣を一気に引き抜くと、その切っ先を自分の前に並ぶ四人に向ける。


「さあ、始めよう。俺を殺すくらいの覚悟で臨んでくれ! 手抜きを感じたら手痛い返しをするから、十分に気を付けてくれよ」


四人の表情が戦闘モードに入り、辺りの緊張感が高まる。

その心地良さにカイルの表情も引き締まる。

そして、ここから脱出するための第一歩となる、実力確認が幕を開けるのであった。

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