第18話 楽しみのために全力を出す事がある

楽しみのために全力を出す事がある



翌朝。

朝早く目が覚めたカイルは、そのまま起きて荷台から降りると外で大きく伸びをした。


「全く、アンタらはここが町の外で、魔物がうろついてるってのを知ってるのかねぇ?」

「ああ、昨夜は騒がしかったか? すまなかったよ」


挨拶もそこそこに、昨夜の騒がしかったことをからかわれる。

外でマネリと話をしていると、二人が起き出してきた。

朝食を食べ、後片付けを済ませるとアルマイト港へと向かう。

およそ半日の距離は魔物も盗賊も出ることは無く、無事に港へ到着した。

そして、マネリと別れると魔物を山積みにして道具屋へと向かう。


「こりゃあ… 凄ぇなぁ。 …ホントに山積みかよ。いや、でも助かった」


と、驚きの声で魔物の山を見上げる道具屋の店主。

そして、目の前に山積みにされる革袋。

その中は全て金貨だ。

ちょっと以上の金額にセレンのニヤニヤが止まらない。

その内の一袋をセレンに持たせる。


「これはセレンにやるよ。無駄遣いしないで大事に使うんだぞ?」

「え!? 良いの!? 本当に? これ、私がもらっちゃって良いの!?」

「ええ、もちろんですわ。残りのお金は旅の必要経費ですから、消耗品などの旅に必要なものはここから出金しますわ。ですから、そのお金はセレンが自由にして良いんですのよ」

「やったーーー!!! ありがとう!!」


金貨の入った袋を抱きかかえながら、セレンがその場で飛び跳ねている。

よほど嬉しかったんだろう。

その喜んでる姿を見ると本当に子供のようだ。


そして、お金の袋をショルダーバッグに入れると、くるりと二人の方へと向き直る。


「私、自分のお金を持ったのは初めてなの。だから、とても嬉しい! 二人ともありがとう!」

「何言ってんだよ。これはセレンが自分の力で稼いだものだ。当然の権利ってヤツだぞ」

「それでもだよ。私が自由に力を使えるのも二人のお陰なんだから」

「うふふ。子供服は値段が高いから、ちょうど良いくらいだと思いますわ。あとで一緒に可愛い服を見に行きましょうね」

「むー! 子ども扱いするなー!!」


ポカポカと叩きながらセシルに絡むセレンを見ていると、和やかな気持ちになる。


「さぁ、次はギルドへ行こう。受理票を出して来なきゃいけないからな」


そして、みんなでギルドへと向かった。

受理票を提出して報酬を受け取り、ギルドから出ようとすると、受付の奥から出てきた人に呼び止められる。


「すみません。ベークライト王国所属の冒険者、カイルさんとセシルさんですよね?」


セシルと顔を見合わせ、間違い無い事を告げると、一枚の手紙を手渡された。

ギルドの待ち合わせエリアの一角を借り、渡された手紙を開けると城への招待状だった。

内容としては、都合の良い時で構わないので、アルマイト城に寄って欲しい。

との事だった。


出掛けに、ベークライト王からあまり仲が良くないと聞いていたので、正直に言えば行きたくない。

だが、こうして手紙を渡された以上、行かなければならないだろう、と言うのがセシルの意見だ。


「この手紙はカイル宛ですわ。だから冒険者スタイルで良いと思いますの」

「何か面倒くさそうだから早く行こう?」


カイルは「ふぅ」と息を吐くと、アルマイト城へと足を運ぶ。

ここも、ベークライト王国と同じで、城下町に港があるので、城まではすぐに到着する。

城門の警備兵に手紙を見せると、聞いていたと言わんばかりに中へと案内された。

謁見の間で控えていると、アルマイト国王が姿を現した。


「私がアルマイト王国国王のアルフラン=ファイ=アルマイトだ。そなたらがベークライトから来た冒険者か? セシル姫も一緒のようだが…」


白髪かと思ったら銀髪のオールバックで、ベークライト国王よりもちょっと若い感じだ。

いかにも悪そうな顔をしているが、こう言う人に限って絶対にいたずら好きの良い人が多い。

その代表例がベークライト国王だ。

血筋だけあって雰囲気がどこと無く似ていた。


やはり、豪華としか言いようの無いローブを身に纏い、指には多くの指輪。

首にはゴールドのネックレス。

宝石をこれでもか、と言わんばかりに散りばめた王冠。

見ていて胸焼けのするような豪華さだ。


「はい。こちらがセシル姫ですが、今は冒険者として私達と行動を共にしております。私がカイル。こちらがセレンです。ギルドで城に立ち寄れとの手紙を受け取りました。私達に何かご用でもおありでしたでしょうか?」


カイルが表情を消して丁寧に説明をしている。

質問された事の答えを示し、必要以上のことは語らないのは、相手の出方を伺っているからだ。


「当然ながら警戒しているようだな。 …まぁいいか。実はな、頼み事があるのだ」

「お言葉ですが陛下、この国には騎士団がいますし、冒険者ギルドもあります。なのに余所者である私達に依頼してもよろしいのでしょうか?」

「ほぉ? …国王からの頼みを断るのか?」

「いえ、違います。私達を指名する理由。これを明確にしていただければ考えない事もありません」


そもそも、自前でできそうなのに、なぜわざわざ余所者に頼むのか。

その辺が明確にならないと、こちらも対処に困る。

国が戦力を割きたくないと言うのは分かるが、その場合は冒険者ギルドに頼めばいいのに、それすらしてないようだ。


「まぁ、良いだろう。実は何の事は無い。ただのお使いだ。これは、城の者ともギルドの者とも関係の無い者に頼みたいのだ。なにせ相手が警戒心の塊だからだな。 …これで良いか?」


理由としては有り得る話だ。

だが、なぜかキナ臭い感じがするのは気のせいだけではなさそうだ。

セシルの顔を見ると、緊張したような表情をしているが、コクリと頷いた。

セレンも同様に、諦めたような表情をしながらも、コクリと頷いた。


「分かりました。陛下。この話はお受け致します」

「おぉ、やってくれるか! ならば、必要な話は私の執事に聞いてくれ。報酬も彼がやってくれる。では、吉報を待つぞ」


そう言って手を軽く上げると、脇に控えていた執事がカイル達の前に歩み寄る。

手には小脇に抱えられる程度の小包を持っていて、どうやらこれを届けるのが仕事のようだ。


「私が執事のレオニムです。皆様にはこの度、陛下のご要望にお応えいただき、誠にありがとうございます。依頼と言うのは、この小包をロウム村の村長に届けて欲しいのです」


そして、小包と依頼書を手渡される。

カイルは小包を受け取ると、その軽さに驚いた。

中には何も入ってないような感じだが、動かすと微かに中からカサカサと音が聞こえる。 


紙が入ってるのか?


「くれぐれも開封されませんよう、お願い致します。必ず、村長に手渡してください」


小包を気にし過ぎたのを勘付かれたようで、改めてクギを刺されてしまった。

国王は相変わらずニヤついている。


「村は町の北門を出て、道なりに進んでいただければ2時間くらいで着きます」

「くれぐれも村長によろしく伝えてくれよ? ふはははは」


カイル達は無言で頷き、いまだに続いている国王の高笑いを背に、謁見の間を後にする。


「ねぇ! これ、ぜーーーったいに怪しいよっ!! これっ!! ヤバいヤツだよっ!!」

「セレン、それは分かってますわ」

「でもなぁ、それでわざわざセシルを巻き込むか? 下手したら国家間での戦争だぞ?」


気持ちの良い風がそよそよと吹いている、のんびりとした午後過ぎ。

ぷりぷり怒るセレンを先頭に、ロウム村へと続く街道を歩いていた。


話題は当然、例の小包だ。

中には紙のようなものが入っているはずで、これを直接手渡ししろと依頼されている。

依頼書も渡されているからサインは貰わないといけない。

だから、怪しくても村長には必ず会わないといけないのだ。


「でも、中身は紙なんでしょ? 絶対に魔法が仕掛けられてるわよ。広域破壊に精神汚染でしょ、魔物召喚と、それから局所事象変位もあるか、それとも…」


物騒な単語を指折り数えながら、仕掛けの内容を予想している。

この単語がセレンの口から出ると言う事は、実際に使えるんだろう。

普通の魔法よりも威力が高い分、想像しただけでも恐ろしい。


「セレン。そんな物騒な内容を数えるんじゃありません」

「でもさぁ、備えるに越したことはないでしょ? カイル。ホントにこれ持ってくの? 

村が無くなったら戦争になっちゃうよ?」

「持って行かなくても戦争になるよ」


持って行って村に危険が迫れば、持って行った奴が犯人と言う事になるし、持って行かなければ約束を守らない、と責められる。

そして、アルマイト王国はベークライト王国に「どうしてくれる?」と詰め寄って戦争を始める。

どちらに転んでもそういう結果になってしまう。


「じゃあ、どうすんのよ」

「前者は何かが起きる前提で成り立っている。なら、何も起きなければいい訳だな」

「つまり、仕掛けが発動した瞬間に、発動そのものを無かった事にするんですの?」


そして、三人で考え込む。

仕掛けが発動した瞬間に、発動そのものを無かった事にする方法。

もしくは発動したものを無効化する方法だ。


「ふぅ、考え付きませんわ。と、言うより、私の知識の中にはありませんわ」

「そんな方法、あるわけ無いじゃない! 聞いた事も無いわよ!」


未だにご立腹のセレンが吼えるが、その方法が無い。

カイルもそれは十分に分かっているのは、自分の使える魔法には当てはまらないからだ。


「そうだな。俺も聞いたことが無い。そして、こう言う困った時のセレンだな」

「へ? わたし? なに?」


突然話を振られて困惑するセレン。

その様子を見てセシルがポンと手を叩く。


「そうですわね。セレンなら何とかしてくれるはずですわ。ねぇ、セレン」

「ねぇ。じゃないわよっ!! 何よ、それ!? 私にそれを考えろって言うの!?」

「その通りだ。セレン、良く考えてみてくれ。お前の魔法の中にそれと似たものは無いか? 

もしくは何かの組み合わせでできたりしないのか? 俺たちの使う魔法に該当しない今、お前だけが頼りなんだ!」


責任を押し付けられたようで憤慨するセレンの両肩を掴み、真剣な顔で目をじっと見てカイルが問いかける。

ポイントは「お前だけが頼り」と言うところだろう。


カイルが言い切ると、顔を真っ赤にしたセレンが「もぅ」と言って目を閉じ、何かを考え始める。


どうやら効いたようだが、セシルは涙目になってしまったから、後でちゃんとフォローしなくてはいけない。


「ちょっと待ってよ? えーと… これが… …ん? こうなって… あれ? …うん。え? ちょっと待って? …うん。そう。 …これならいけそう? …お? いいねぇ」


何やら自問自答が始まったと思ったら、パチッと目が開いて急にその場に座り、近くに落ちてる木の枝を使って何かを書き始める。

カイルとセシルも覗き込んでみるが、何を書いているのかは全然分からない。

少なくとも文字では無い事は間違いなく、どちらかと言えば模様みたいなものだった。


(なるほど。意味を持つシンボルの組み合わせで魔法を行使するのか)


今は見ないものだから、大昔のものか他の国が独自に開発したものだろう。

とは言え、これまでのセレンを見る限りでは、他の国で魔法を学んでいたとは正直なところ考えにくい。

自国のもの、と言うことも考えられるが、その場合は他国への流出を恐れ、国の管理下に置かれていてもおかしくはない、と思えるのがセレンの魔法だ。

だとすれば大昔のもの、つまりは古代魔法なのかも知れなかった。


古代魔法(エンシェントマジック)は、文字通り古代に使われていた魔法だと言う事しか

分かっていない。

文献にも名前と簡単な内容だけ登場するレベルで、力のある言葉を繋ぎ合わせて作る汎用性の高い魔法と、言霊を乗せることでより大きな力を発揮する。

と、書いてあったのを思い出した。


「ふんふん… なるほど。 …で? …うん。ここをこうして… ほら… え? ええ!? 

もしかしてホントに出来ちゃったの? 私、すごい!!」


自問自答しながら地面にいろいろと書き込んでたと思ったら、急に立ち上がって驚いている。

どうやら魔法が完成したらしい。

今も「やったー」と喜ぶセレンを見ても、どう凄いのかが分からないから反応に困る。


「カイルっ! テストよ! すぐに準備して!! 早くっ!!」


喜んでると思ったら、今度は急にカイルに向き直してテストをすると言い出す。

カイルも慌てて準備に入り、今回と同じような箱の中に魔法を隠すと、開けたら炎がボンっと発動するように組み込んだ。


カイルが仕掛けの箱を持っていると、セレンが歩み寄ってくる。

そして、カイルから数歩離れたところで立ち止まり、片腕を上げると手を開いて天にかざす。


「ソウェイル・アルジス・アンスール・サガズ・カノ・イサ・ウィン・ギューフ<生命を守護するものよ、我が声を聞け、変革の始まりを妨げ、調和を贈り給え>『魔力喰らい』」


魔法を唱えると、かざした掌に周囲から光が集まってくる。

それは掌から腕を通り、セレンの体を辿って足元に到達すると、十数人が入れるくらいの光の魔法陣が出来上がる。


「さぁ、いいわよ。開けてみて」


かざしていた手を下げ、カイルに仕掛けを作動させる。

箱に手を掛けて開いた瞬間、淡い光の粒子が箱から零れ落ち、まるで霧が晴れるかのように霧散し、実験は成功した。


「やったー!! 成功だー!! やっぱり私ってば凄い!!」

「これは凄い!! イメージ通りだ!! さすがはセレンだ!! なぁ、セシル!!」

「そうですわね。さすがにこれは驚きですわ。まさか新しい魔法を作り出すなんて…」

「ふふん! もっと褒めても良いのよ?」


歩きながら胸を張ってアピールしているが、実際に凄いことをやってのけたのだから、これくらいは容認してあげよう。


これで、心配事もなくなり、自然と足取りも軽くなる。

やがてロウム村が見えてきた。

そんなに大きな村には見えないが、大きな山を幾つも背負っていて、その山々はところどころから煙を噴き上げている。

どうやら火山のようだ。


村の入り口近くで足を止め、セレンとセシルが村長のところに事情を話に向かう。

カイルは小包を持ち、村長が来るのを待っていた。

村に入らなかったのは、万が一の時に被害の拡大を防ぐためだ。

そして、待つこと十数分。

セシルとセレンが村長と思われる初老の男性を伴って村から出てきた。


「私がこの村の村長です。なんでも、国王が私に贈り物を用意したと聞きましたが?」

「その通りです。これがその小包なんですが、心当たりがあったりしますか?」

「いいえ、特に何もありませんな」

「この箱、すごく軽いの。何も入ってないみたいに。だからちょっと心配になったのよ」

「…何か、仕掛けがある… と?」


急に村長が「まさか」と言う顔をして、表情を強張らせる。

それを見たカイル達は疑問が確信に変わった。

間違いなく、この小包は中に仕掛けが施してある。


しかも、村長に手渡せと言った時点で狙いは村長だろう。

それと同時に村を壊滅させれば、仕掛けに使用した紙などの証拠は何一つ残らない。

主犯は村が壊滅した時のアリバイがあるため、疑われることは一切無いだろうし、運び屋となったカイルたちがいくら無実を訴えたとしても、国王と余所者の冒険者では言葉の信頼性が全く違う。

まさに、犯人すり替えによる完全犯罪だと言えるだろう。

邪魔な村を黙らせ、他国の冒険者による侵略だと訴えれば、攻撃しても正当性が認められるだろう。

つまり、狙いはベークライト王国なのか? ならば、絶対に阻止しなければいけない。


「…そんなことはさせない。村長、この小包にはおそらく仕掛けが施してあります。でも、私の仲間が仕掛けを無効化する術を使うことができます。これで国王からの要望である、村長に開けてもらう、と言う依頼は達成できます。後は私達にお任せを」


カイルがセレンに目配せして、セレンが魔法を紡ぎ出す。

さっきと同じようにセレンの足元には光の魔法陣が出来上がり、効果範囲内に全員が入った。


「さぁ、村長。これで大丈夫です。どんな仕掛けがあろうとも、絶対に発動しません」

「わ、分かりました…」


うつむき、震える手で国王に渡された小包に手を掛け、蓋を開いた… 


「うん? 何も起きませんわ」

「光の粒子が出ないから、魔法力は入ってなかったんじゃない?」

「へ? じゃあ何でもなかったってことか? じ、じゃあ、その中身は…」

「ふふふ… うわはははははははは!」


さっきまで下を向いて震えていた村長が大声で笑いだした。

涙目になって、膝をバンバン叩いて大笑いしている。


「? 一体、どういう事だ?」


カイルが今起きている状況についていけず困惑していると、村長が笑いながら寄ってきた。

いつの間にか村の住人も集まってきていて、笑いの止まらない村長と一緒に、困惑するカイルたちを温かい目で見ている。


「いやいや、あなた方、陛下にしてやられましたな。ふぅ、中に入っていたのはこれです」


やっと笑いの収まった村長が、手に持っていた紙をカイルの前に差し出す。

それに書かれていた文字を読むと『この者らは私の大事な客人だ。盛大にもてなしてやってくれ』と大きく書かれていた。


「ロウム村へようこそ。陛下の客人であれば、文字通り盛大にもてなしましょう。さぁ皆、準備だ!!」


村長が村の住人に声を掛け、村人たちがいそいそと準備に取り掛かった。

カイル達はまだ状況を掴み切れていない様子で、信じられないと言う顔をしたまま村の入り口で立っている。


どうやら、国王はカイル達をもてなそうとしていたが、ただもてなすのは面白くない。

ちょっといたずらをしてやろうと、考えたようだ。

ロウム村の村長が言うには前にも一度、同じような事があったらしく、話を聞いてみると、

その時の客人がなんとベークライト王だったと言うのだ。


「…お父様にも同じことをされたのですね」

「その時のベークライト王の顔が何となく想像できるよ」

「つまり、私たちは騙されたって事かー!!」

「そうすると、私たちがアルマイト王国へ行くと言った時点で、お父様が策を講じられたのだと思いますわ」

「父上ならやりかねない」

「私はまだ会ったことも無いんだけど、今どんな表情をしているのか何となく分かるよ」


せっかく魔法まで作ったのに、ここに来るまでの道中の出来事を思い出すたびに、心がむず痒くなる。

たぶん、アルマイト王と執事は今のカイル達を想像して笑っているだろう。

城に帰って報告するのがだんだんとイヤになってきた。

三人が輪になって話していると、一人の女性が近付いてくる。


「お客様。ここは温泉が自慢なんですよ? 本日のお宿は温泉宿になりますので、お祝いの席ができるまで、どうぞそちらでお寛ぎ下さい。これからご案内致します」

「「温泉!?」」


女性2人が素早く反応する。

遺跡の探索が終わってすぐに出てきたし、ここに来るまでの道中の精神的ダメージもある。

温泉に浸かりながら、これまでの苦労を流したい。

カイルでさえもそう思った。


「ぜひ、お願いします」


そして、三人は温泉宿へと連れられて行き、到着した宿は外観こそ古めかしい作りだったが、村の風景に溶け込むような優しさを感じる、風情のある建物だった。

入り口を入って正面に受付があり、その左の通路を奥に進むと、通路の両側に二つずつ、

通路の一番奥に一つ、全部で五つの部屋があった。


一番奥の部屋が重要なお客様用として使われる部屋で、主に四人くらいで使うらしい。

他の四つの部屋はいわゆる家族向けの部屋だそうで、カイル達には一番奥の部屋が準備されていた。


部屋は入り口で靴を脱ぐようになっていて、床には薄い緑の絨毯が敷いてあり、椅子は無く座布団が置いてある。


「わーーーっ!! 見て見て! 景色がキレイだよ!!」


部屋に入るとセレンがまるで子供のように奥の窓へと駆けていく。

カイルたちも行って見ると、目の前には高い山々が連なっていて、その下の方には小振りながらも湖があり、とても良い景色だ。


素晴らしい部屋なのだが、更に驚かされるのが部屋風呂だった。

大きめの岩で囲んで作られた露天風呂は、十人くらいは余裕で入れるくらいの大きさだ。

なぜ、こんな温泉宿を準備してくれたのか理由は分からないが、せっかくだからありがたく使わせてもらおう。


「じゃあ、せっかくですのでお風呂をいただいちゃいましょうか」

「なら、私が先に入る! セシル達は入ると長いんだから、後でゆっくり入りなさいよ」


セレンがタオルを持って風呂場へと歩いて行ったので、二人はセレンが風呂から出てくるまで、部屋でのんびりする事にした。


装備品を外して部屋着に着替え、絨毯の上にごろんと横になる。

これがとても気持ちが良く、思わず全身を伸ばしてしまう。


「ああ… これが気持ち良いんだよなぁ… セシルも一緒にやるか?」

「気持ち良さそうですし、せっかくお誘いをいただいたのですが、私は遠慮しておきますわ」


座布団に礼儀正しく座り、カイルの方を見て微笑んでいる。

こうやってのんびりできたのも、随分と久し振りのような気がする。

思えば、セシルとの婚約披露パーティー振りかも知れない。


横になったまま、今回のアルマイト王国での出来事を振り返る。

今回もなかなかの死闘で、何度か死にかけたような気もするが、セレンとの出会いが一番の収穫か。

それらを思い浮かべていると、だんだんと眠くなってきた。


「このまま寝たら気持ちいいだろうな…」

「うふふ、眠っていただいても構いませんわよ。ちゃんと後で起こしますから」


セシルに「ありがとう」と声を掛けて、カイルは目を閉じて眠りについた。

それから一時間くらい経った頃。


「いやぁー、良いお湯だったよぉー。さすが、こういうところのお風呂は違うねぇ」


上機嫌でセレンがお風呂から上がってきた。

子供用の浴衣を着て、頭にはタオルを乗せ、なぜか手には牛乳瓶が握り締められている。


「その牛乳はどこから持ってきたんですの?」

「お風呂の出口のところに箱があって、その中にいっぱい入ってた。サービス良いよねー」


蓋を外して牛乳を飲みだすセレンは、お決まりのように腰に手を当てている。


「あれ? カイル寝てるんだ。じゃあ、セシルが先に入ってきたら?」

「いいえ、カイルが起きてから一緒に入りますわ」

「本当に、二人はいつも仲が良いよね。見てて羨ましくなるわ」

「…私は、城ではいつも一人ぼっちでしたの」


セシルが昔話を始めた。

この二人が自分の過去を語る事はそう多くないため、思わずセレンもその話に耳を傾ける。


「人数としてはたくさんいましたわ。でも周りはみんな大人達ですから、心を許せる、何でも話せる、そんな人はいませんでしたわ。私には兄弟もいませんし、お母様がお亡くなりになってからは、お父様も凄く忙しくなって、ますます私は寂しくなりましたの」

「そんなこんなでカイルと出会った、と。しかも強い絆で結ばれているんでしょ?」


セシルが恥ずかしそうに微笑みながら小さく頷く。

その本当に嬉しそうな表情を見ていると、この少女は心から救われたんだと実感することができる。

そして、セシルがセレンの方を向き、


「セレン、貴方もカイルと同じですのよ? 私を救ってくれた大切な人なのですわ」

「へ? 私も?」

「そうですわ。覚えてませんの?」


そして、カイルが遺跡内でセシルを庇い、攻撃を受けて意識を失った時、取り乱した自分を立て直したのがセレンである事。

それ以外でも、いろんな場面でセシルの助けになってくれたことを話す。


「そ、そりゃあ助けるわよ。 …私にとっても …大切な仲間なんだから…」


恥ずかしそうに頬を染めながら、嬉しそうにセレンが微笑む。


「カイルも喜んでましたわ。 …もっとも、私としてはカイルとの二人っきりの時間を、誰かさんが邪魔する事だけが気掛かりなのですけどね」

「もーっ!! セシルは一言多いのよっ!! 素直にありがとうって言ったら良いじゃないの!」


そして、二人で顔を見合わせて笑い合っていると、カイルが目を覚ました。


「お… セレンは風呂から上がったか。いや、良く寝たよ。おかげですっきりした」

「それは良かったですわ。じゃあ、お風呂にしましょうか」

「ほらほら、さっさと入って来なさいよ! それと、あんまり長いようだったら心配して見に行くからね、気をつけなさいよ!」


セレンに追い出されるように、カイルとセシルはお風呂へと向かった。

二人がいなくなり、することも無くなったセレンは、カイルのようにその場にコロンと横になって天井を見上げる。


カイルとセシルに出会ってまだ数日。

なのに、今は一緒に旅をして、何不自由なく生きているし、何よりも、もうこんなに馴染んでいる… 


(出会うまでの約二年間は地獄のようだったっけ…)


セレンは目を閉じて振り返る。

故郷を追われ、放浪の生活。

行くあても、目的もなく、ただひたすらに歩いた。

自分は成長しないし、この力がバレたらみんなが怖がるから、一所には長くいられない。

恐れた人たちが、自分を攻撃してくる。

誰も守ってはくれなかった。

たまには手を差し伸べてくれた人がいたかもしれないけど、みんな同じだった。

知られれば怖がられ、最後には捨てられる。

だから、誰も信じられなくなる。

死ぬ勇気も無く、生きる希望も無い。

今思えば、生きながら死んでいたんだ。


でも、あの二人が差し伸べてくれた手は、これまでの誰よりも力強く温かかった。

胸に広がる暖かさに自然と涙が溢れた。

嬉しいって気持ち、頼られる喜びを初めて知ったような気がする。

だから、絶対に守ろう。2人も、私の居場所も。


そして、セレンが目を開くと、見知った二人が覗き込んでいた。


「…あれ? もうお風呂からでてきたの?」

「私達も結構ゆっくりしてたんですのよ?」


どうやら、セレンも少し眠っていたらしい。

起き上がって伸びをすると、どうやら迎えが来たようだ。


「失礼します。お客様、そろそろお祝いの準備が整いますので、こちらへどうぞ」


カイル達はその後をついていき、村の真ん中にある広場へと足を運んだ。

広場にはすでに多くの人が集まっていた。

そこには大きなテーブルが幾つか並んでおり、美味しそうな料理もたくさん並んでいる。


そして、村長からの挨拶でお祝いがスタートした。

この村の郷土料理は鍋らしく、各テーブルには大きな鍋が用意されていた。

肉やら野菜やらをふんだんにいれた、見た目も豪快な鍋料理だった。

しかも、見た目とは違った繊細な味に、カイル達も箸が止まらなかった。

喰えや飲めや歌えやの大騒ぎは、夜が更けるまで続くのだった。


そして翌朝、村人達から沢山のお土産を貰い、カイル達はアルマイト城へと戻った。


「お疲れ様です!!」


門番に声を掛けられるが、やたらとニコニコしている。

謁見の間までの道のりでも、すれ違う城の人たちに笑顔を向けられるのだが、何か嫌な予感がする。

もしかして、全員今回のことを知っているのか?


「おぉ、お前たち、温泉宿は楽しめたか?」


アルマイト王は愉快そうに肩を揺らしながら、満面の笑みでカイル達の反応を伺っている。


「陛下、これはお土産です。 …まさか温泉宿へご招待いただけるとは思ってもみませんでした」

「そうだろう? 出発前のお前たちの顔は、 …ふふっ 本当に見物だったぞ。さぞかしひどい罠を仕掛けられたと思ったのだろう?」


お土産を受け取りつつ、本当に愉快そうに笑い、カイル達の心境を言い当てる。

策にはまったのが嬉しいようだ。


「仰る通りですね。村までの道中が大変でした。 …戦争も視野に入るように誘導されたのでしょう? 仲間といろんな意味で覚悟しましたよ」


うんうんと嬉しそうに頷きながら話を聞いている。


「だが回避した。それも、誰も悪者にならない方法でな。あれは見事な危機管理対策だったぞ」


急に真剣な表情になり、カイル達の取った行動を称賛する。

アルマイト王の話では、今回のような状況に置かれた場合、大抵は途中で開けるか、知らない振りをして村長にそのまま渡すそうだ。


カイル達のように、言い付け通りに進めて成功したのは過去に一人しかいないらしい。

しかも、それがベークライト王だと言うから驚きだ。

そう言えば、村長も同じ事を言っていたのを思い出した。


「…ベークライト王にも同じ事をしたんですか? 村長さんも同じ事を言ってましたよ」

「あぁ、アイツも面白い顔してたぞ? 帰るなり怒鳴り付けられたけどな。だが、俺にお土産を買ってきたのもお前らとアイツだけだったな」


その時を思い出しているのか、また肩を揺らして笑い始める。

カイルたちにだいぶ馴染んだせいか、言葉遣いが随分と砕けているように感じるが、人懐っこい性格なのだろう。

カイルたちも若干ではあるが、好感を持てるような気がしていた。


「…では、陛下。この度はご招待いただきました事、心より感謝いたします。特に無ければ私たちはベークライトへと帰ります」

「あぁ、喜んでくれればそれで良い。あれは俺からの婚約祝いだからな」


あの温泉宿の宿泊は、カイルとセシルの婚約祝いだと言うが、それを聞いてカイルがピクリと動く。

二人の婚約について、ベークライト王は城内だけで止めるようにと話をしていたはずなのに、なぜ知っているのだろう。

すぐに、最悪のシナリオがカイルの頭に思い浮かぶ。

もしかしたら、内通者がいるのかも知れない。


と、思ったが、さすがにそこまででも無いだろうし、今回は見え見えだった。

ニヤリと笑うアルマイト王。


「ふむ、惜しいところまでいったが、さすがに同じ手に二度は引っ掛からないか… つまらんなぁ。まぁ、良いだろう。本当の事を言えば、俺とアイツは仲が良いんだ。だから、お前らの事も手紙で知ったのさ」

「もしかしたら、とは思いましたが、私たちはお父様にも騙されてましたのね…」

「はぁ… 確かに、ベークライト王もこう言うのが好きだもんな」

「わはははは!! 最後の最後に良い顔を貰ったぞ! 気に入った! カイル、ウチに婿入りしないか? 俺のところにもちゃんと姫がいるぞ?」


ベークライト王もいたずら好きなのを思い出してげんなりしていると、アルマイト王が膝を叩いて大笑いする。

そして、最後に爆弾を投下した。

その瞬間、セシルが困った顔をしてカイルの腕に渡さないとばかりにしがみつき、アルマイト王を涙目で睨み付ける。


「うわっはっはっは!! 良いぞ、やっぱりお前ら最高だよ! またいつでも来い! しっかりと、もてなしてやるからな!!」


疲れた顔をした三人を目の前に、自分が楽しむためには全力を出し切る事を惜しまないアルマイト王は、気持ち良さそうに笑い続けるのであった。

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