第17話 どんな状況でも笑える強さがある

どんな状況でも笑える強さがある



地上に出るまで何度か魔物と遭遇したが、さっきのような人型の魔物は現れなかった。

やっと入り口に到着し、外に出ると辺りはすでに薄暗くなっていた。

今日はここで休息を取り、明日の朝に港へ向かおうと考えていると、不意に声をかけられる。


「アンタ等、ちょっと出てくるのが遅いんじゃないか? 待ちくたびれちまうよ」


見ると、マネリがランタンを掲げて入り口のところで待ち構えていた。


「なんだ? もしかして迎えに来てくれたのか?」

「え? いつ出てくるかも分からないのに?」

「私達が出てくるのを知っていたんだと思いますわ。なぜかそんな気がしますもの」

「アタシはね、お得意さんがどこにいるのか分かっちまうのさ。便利だろう?」


カラカラと笑い、馬車に乗るように手招きする。

もちろん、断る理由などは一切無い上、この申し出は正直なところ非常に助かった。

カイル達は馬車に乗り込むと、マネリはこれから夜が訪れることにも気にせず馬車を出し、夜明け近くに港へと帰還した。


「…またあそこに戻るって顔をしてるねぇ? なら、いつでも良いから準備ができたら港に来なよ。アタシはまだアルマイトで商売をしてるからね。依頼の期限はまだ大丈夫だから安心しな」


宿屋の前まで送ってもらい、マネリが手を上げて港の方へと馬車を走らせて行った。

カイル達は宿に入り、お風呂に入って体の汚れを落としてからベッドに入と、久し振りの柔らかい寝心地と疲労感に、すぐに睡魔に襲われる。


セレンはお風呂から出てきてからずっと船を漕いでいたから、ベッドに入るなり寝息をたて始めていた。

セシルも同じようなもので、カイルの寝巻きを握りながら既に寝息を立てている。


カイルは部屋の天井を眺めながら考える。

本当にあの遺跡には泉があるのだろうか? 

マネリの目的は何だろう? 

なぜカイル達の手助けをするのだろう? 

そんな事を考えている内に、やがてカイルの瞼も落ちてきて、眠りに落ちた。


翌朝、食事を済ませて、遺跡への再突入の準備をするために買出しに出るが、まずは資金調達をしてからだ。

道具屋へ行き、遺跡内で倒した魔物の換金を頼むと、しばらくして大きな革袋がドンッと目の前に置かれる。

中身を確認するととんでもない金額が入っていたので、ついでに毒消しを多めに購入した。


「あの遺跡内の魔物って、何でこんなに高価なんだ? ほとんど持ち帰らなかったのにこの金額って…」

「ぼろ儲けじゃないの。持ち帰らなかった分がもったいないわねー」


道具屋に聞いた話では、あの遺跡に出る魔物の素材はとても優秀らしく、遺跡内の環境なのか分からないが、素材としての性能は他のものと比べても大きく違うようだ。

物凄く軽い上にかなり頑丈で、その上簡単に加工できるらしく、品薄が続いているらしい。


当然ながら遺跡内には罠が多く仕掛けられているし、人型の魔物もいる。

ちょっと油断するだけで致命傷になることから、冒険者も滅多に入らないという話も聞いた。


だから、カイル達が遺跡に戻ると話したら、いくらでも買い取るから持って来て欲しい。

と言われたのである。


「もっと山積みにして持って行った方が良いと思いますわ」

「ねぇ、搬送用のシートをもっと買った方が良いんじゃないの?」


どこまでが冗談なのかは分からないが、素材が不足しているようなら供給の手伝いをしてもいいだろうと、カイルが考える。

良い素材を使った装備品があれば冒険者が集まってくる。

そこで、資金調達のために魔物討伐でもしてくれれば、この辺もより安全になるだろう。

そんなことを考えながら歩いていると、港に到着する。


「おや、早かったねぇ。昨日の今日で出発するとは思わなかったよ」

「気になる事があるから、早めの方が良いと思ったんだ」

「じゃあ、他に無ければ出発しようかねぇ」


そして、昼過ぎに遺跡に到着すると、三回目の遺跡探索が始まった。

あくまでも目的は泉の水の回収であることと、マッピングはそのついでに行うから未完成でも構わない、と改めて認識を合わせる。


「よし、行こう!」


マネリに手を振って別れを告げると、セレンに物理防御の魔法をかけてもらい、カイル達は遺跡の入り口の建物に入る。

そして、慣れたように迷路への入り口の扉を開けて中に入ると、急に違和感を感じた。


「!? カイル、どうかしましたの?」

「気を付けてくれ! 何かがいるぞ!」

「あっ!! 正面のトコ光ってる! たぶん攻撃!! よ、避けてっ!!」


セレンの言葉を合図に左右に展開する。

そして、さっきまでいたところに太い光が走り抜けると、入り口の扉が吹き飛んだ。


「扉が破壊された!? なんだ、あれは?」

「この暗さでは不利ですわ!! 一先ず外に出ますわよ!!」


セシルの判断でカイル達は一斉に外へと飛び出すと、入り口を挟んで左右に分かれる。

そして、カイルとセシルは素早く風と雷を纏うと、魔法剣を構える。

セレンは杖を持ち、入り口を睨む。


だが、いくら待っても中から何かが出てくる気配は無い。


「ねぇ、まさかとは思うけど… 中で待ってるのかな?」

「そうだろうな。俺達に有利な場所には出てくるつもりは無いんだろう」

「なら、突入するまでですわ。念のため、部屋の中に光の玉を幾つか入れますわ。でも、相手が何なのか分からないと、攻めるにも難しいですわね」


敵が中にいることは間違いないが、肝心の姿は誰一人見えていなかった。

いつでも内部に飛び込めるのだが、迂闊に飛び込めば敵の思うつぼだ。

更に、建物の中ではうまく風を使えないし、雷も作りにくい。


「じゃあ、私が建物内に大規模な攻撃魔法をブチ込むわ。そしたら中に入れるでしょ?」

「それしかありませんわね」

「遺跡ごと破壊するんじゃないぞ?」

「加減は難しいのよ。だから、この程度は耐えなさいよ、って遺跡に言ってよね」


そう言って、セレンが最初に光源となる光球を幾つか作って建物内に入れていく。

それだけでは敵からの攻撃は行われない。

もしかしたら、ある程度近付かないと反応しないのかも知れないと、建物の入り口正面に立ち、両手を前に向ける。

そして、セレンが魔法を唱えようとした瞬間、入り口の奥が煌いて一筋の光が迸る。

それはセレンの手に当たると爆発を起こた。


「ぎ、あぁっ!!」


セレンが悲鳴を上げ、後ろに吹き飛ばされる。

すかさずカイルが疾走し、セレンを抱えるとセシルの下へと駆け込んだ。


「セレン! 手を見せなさい!」


セシルがセレンの手を見ると酷く血塗れになっていたが、ローブに付与されている治癒の奇跡が働いたのだろう、傷は治り始めていた。


「あ、危なかったー。 …手に魔法力をこめてたのと、ローブの治癒の奇跡が無かったら、指が何本か飛んでたわよ」


手をにぎにぎしながらセレンが息を吐く。

だが、これで敵は相手を視認した段階で攻撃してくることが分かった。

それに、あの光の攻撃は厄介で、いくら直線的な攻撃だとは言え、破壊力がありすぎるため、まともには受けることはできないだろう。


しかし、セレンは攻撃を受けた時に閃いた事があった。

だが、問題はそれには時間がかかるため、二人に守ってもらわないと魔法を紡げない。

それは、敵の前に身を晒してしまうことになる。

非常に危険なことなのだが、勇気を振り絞って声に出してみた。


「カイル、セシル。あのね、あの攻撃は光を収束したものだと思うの。だから試したい事があるんだけど、魔法を紡ぐ間、私は無防備になっちゃうから… その…」

「セレン。俺たちは何をすれば良い? 指示してくれ」

「遠慮は要りませんわ。私たちは仲間ですのよ? もっと頼って欲しいのですわ」

「っ魔法を唱える間、私を守って!!」

「任せろ!! セシル、行くぞっ!!」

「はいっ!!」


二人はさっきセレンが吹き飛ばされているのを見ているはずなのに、攻撃から守って欲しいとお願いをすれば、一切の悩いも無く「分かった」と言い、すぐさま敵の前にその身を晒してくれた。


二人の想いに、セレンの胸の奥から温かいものが溢れ出してくる。

絶対に二人を傷付けさせるものか。

私がこの危機的状況を打破してみせる。と、セレンの口元に笑みが零れた。


カイルとセシルが扉の正面に立つなり、奥から閃光が走る。

それをギリギリでかわし、扉の前を離れずに、右へ左へと動いて敵を攪乱してくれている。

セレンは大急ぎで魔法を唱え始めると、その周りに溢れんばかりの魔法力が集まってきて、腕を大きく開くと、水色に輝く水の球体が無数に現れる。

唱える魔法にも自然と力が入り、水の球体がその数を増やし、みるみる大きくなっていく。


「ラーグ・アンスール・カノ・ウルズ・エオロー・アルジス!<水よ、我が言葉を聞け、炎の力を借りて霧を作り、仲間を守れ>『霧の迷宮』」


開いた腕を遺跡の内部に向けて魔法を唱えると、セレンの周りを飛んでいた水の球体が建物の入り口を目指し、カイルとセシルをかわしながら次々と飛び込んでいく。

そして水の球体全てが建物内に入ると、次に炎の塊が建物内に出現し、入り込んだ水を一気に蒸発させていく。

すると、建物内部が濃い霧に包まれた。


「カイル、セシル。ありがとう、もう良いよ!」


セレンが扉の正面に移動すると、カイルとセシルが左右に展開する。

すぐさま、奥から閃光が走り抜けるが、差し出したセレンの掌で光が止まった。


「よしっ! 思った通りだ!! カイル、セシル、光の攻撃は封じたわ! 当たってもダメージにはならない! もう中に入れるけど、霧が無いと効果が無いから気を付けて!!」

「セシル!」

「はいっ!」


カイルとセシルが警戒すること無く、建物内に飛び込んでいく。

そして中で見たものは、前にも見たような、岩を集めて無理矢理人の形にしたような体で、手のところに指と言うものは無く、頭部と呼ぶ場所には岩が乗っているだけののっぺらぼうで、胸には深紅の丸いコアが不気味に輝いていた。


「ゴーレムか!」

「私から行きますわっ!!」


そして、セシルが纏っていた雷を使い、ゴーレムの側を斬り付けながらすり抜けると、多角的に向きを変えて何度もゴーレムの側を斬り付けながら高速移動している。

相変わらず、霞むような速度の中、敵に斬り込むことができるセシルの動体視力と反応速度には驚かされる。

既に、凄まじいほどの斬撃を入れられているにも拘らず、ゴーレムはダメージを受けているように見えない。


「なら、これはどうだっ!!」


次にカイルが間髪を入れずに、ゴーレムのコアを目掛けて疾風の速度で剣を突き立てると、鈍い音がしてゴーレムのコアに剣が深々と突き刺さった。

カイルは剣を手放し、そのままゴーレムを蹴り飛ばすと、物凄い速度で床を転がり、奥の壁に激突してゴーレムは動かなくなる。


「次はこれですわ!」


ゴーレムに突き刺さったままのカイルの剣に向け、セシルが雷の魔法を落とす。

ゴーレムの体がビクビクと動き、体のいたるところから煙を上げた。


「本当に蹴り飛ばすのね。確かに、あの速度で蹴飛ばされれば壁にだってめり込むわよ」


セレンが可笑しそうに肩を震わせながら中に入ってくる。

そして、横たわるゴーレムの近くに行き、まじまじと観察を始めた。


「ふぅん… これがゴーレムかぁ。始めてみたけど、かなり醜悪な感じね。でも、これを設置した人はここにはいないみたいだわ」

「セレン。そう言えば、貴方はどうやって光の攻撃を封じ込めましたの?」

「ん? あぁ、あれね? あれはこの建物内に濃い霧を発生させたのよ。あれは収束された光だって言ったわよね? つまり、その光を照射される量が多く、浴びる時間が長いほどに効果が大きくなるの。でも、光の通り道に細かい水がたくさんあると、そこで光が乱反射して威力そのものが落ちるのよ」


セレンは説明しながら周りを見渡しているが、他に魔法力は感じない。

ゴーレムこそ他の人が設置しなければ存在する事の無いものだ。

しかも、昨日迷路を出る時にゴーレムはいなかったことを考えると、カイル達が昨日出てから今日入るまでの間に、誰かが設置した事になる。


「つまり、誰かが俺たちをずっと観察してたってことだな」


不意に、カイルの脳裏にマネリが思い浮かんだが、今は確認する術も無い。

頭を振って余計なことを考えないようにしながら、ゴーレムに突き刺さる剣を抜こうとした時、急にコアが光を取り戻し稼動を再開した。

体を起こし、片腕でカイルに殴りかかる。


「下がれ! まだ生きてるぞ!!」


カイルの声に、セシルとセレンが急いで距離を取る。

次の瞬間にはゴーレムは立ち上がり、とても岩でできているとは思えないほどの軽い動きで、セシルに襲い掛かる。


セシルは体を捻ってその攻撃をかわし、後方へと大きく下がるが、ゴーレムもそれに合わせて追尾する。

このゴーレムは見た目とは裏腹に、凄まじく動きが速い。

建物の内部では高速移動にも制限があるため、なかなかゴーレムの追尾を振り切れない。


「させるかっ!!」


まさに、ゴーレムの振り上げた腕がセシルに届こうかと言った瞬間、カイルが疾走してゴーレムを蹴り飛ばし、再び壁へと激突させると、まるで床を転がるように、壁を転がり、やがて床へと崩れ落ちた。


「今度こそ、これで終わりにしてみせますわ!!」


もう一度、ゴーレムに雷の魔法を落とし込む。

さっきは一度の魔法で効かなかったため、今回は数回の雷の魔法をゴーレムに落とした。

断続的に降り注ぐ雷の中、ゴーレムの体が踊るように激しく動き、さっきよりも多く煙が立ち上ると、焦げ臭さも漂ってきた。


「ハガル・イス・ハガラズ・ウル・エイワズ!<雹と氷をもって作られる雷よ、破壊の力で死を与えよ>『雷の執行』」


そして、セシルが雷を落とし終わったのを見計らい、セレンも雷の魔法を唱えた。

セシルのよりも強力な雷に、ゴーレムの四肢が飛び跳ねるように動いたかと思うと、

夥しい煙を上げてゴーレムは完全に沈黙した。

見るとコアが溶けていて、四肢もところどころ吹き飛んでいる。


「これは… 凄まじいの一言だな。でも、これで完全に動かなくなったか」

「思った以上に手強かったですわ」

「一体で助かったわよ。複数体いたらまずかったね」


カイルがゴーレムのコアに突き刺さった剣を抜きながら、動かなくなったゴーレムを見下ろした。


「その剣は、マネリさんのところで私が選んだ剣ですわよね?」

「ああ、そうだな。割と手に馴染んで使いやすいよ。これまでの剣に比べると物凄く軽いから、鋼鉄を使ってるわけじゃなさそうだけどね」

「あれだけバリバリ雷を落とされたり、コアに突き刺さりながら床をゴロゴロ転がったのに、全然何とも無いのね、その剣。一体何なのよ?」


確かに、あれだけ大量の雷を受けても、ゴーレムに刺さりながら転げ回っても、カイルの剣はダメージひとつ無いというのが信じられない。

あの質量のゴーレムを一部融解されるほどの熱量に耐える金属って、一体何を使っているんだろうと思ったが、マネリに聞いても教えてくれないと分かっているから、そんな無駄なことはしないことにした。


カイルは剣を腰の鞘に戻し、光球のために明るくなった建物の中を見渡す。

四方の壁には窓も無く、天井は採光用の抜きも何も無い。

入り口から差し込む光以外に光源は無く、床は地下への入り口の扉が存在感を出している。


「ねぇ、カイル。このゴーレムは売れないの? これだって一応は魔… もの… ん?」

「セレン、どうかしましたの?」


セレンが話の最中に何かを見付けたようで、奥の壁をじっと見ている。

そして慎重に壁に近付き、気になるところに手を触れた。


「セシル。ここ、段が付いてる。隠し通路みたいな感じだと思うのよねぇ」

「どれどれ… あら、本当ですわ。 …よ、いしょっ …と。 あ、開きましたわ」


セシルが壁を調べながらセレンの言うところを押してみると、カチリと音がして奥へと動いた。

そして、そこから見えたのは辺り一面に広がる緑の景色だった。


「索敵には反応がないから、大丈夫だと思うけど十分に注意してくれ」


セレンとセシルは開いた別室に入りながら、カイルに向かって手を上げる。

カイルは動かずに、気になっていたことを考えてみた。


― このゴーレムは何でここに置かれてたんだ? 確実に俺達を仕留めるなら迷路内の直線になっているところに置けば良い。あの光の攻撃は逃げ場の無い通路でこそ発揮するんじゃないか?


単に、侵入者への警告も兼ねているのなら納得するが、昨日までの二日間は連日いなかったゴーレムが、三日目にして登場してきた。

しかも、入り口に置くこと自体が不自然でしかない。

もう一度改めて状況を整理しながら考えてみると、入り口にゴーレムを配置していることから、遺跡内に入れたく無かった、と言うのが一番の理由だろう。


当然、迷路を探索し尽して何も無ければ見直しを行う。

特に、この地下への入り口しかない部屋はいちばん最初に見直すだろう。

その時に、あの隠し通路が見付かるのを恐れてゴーレムを設置した。

と言う事なら分かる気がする。


― じゃあ、セレンの見付けた別室が怪しいのか?


「カイル。泉を見付けたわ。来てちょうだい」


セレンが隠し通路の入り口から顔を出して手招きしている。

カイルは余計な事を考えるのを止め、軽く頭を振るとセレンの元に歩き出した。

発見した入り口に入ると、そこは緑色の土の大地があった。

もちろん、遺跡の一部と言うことには変わりなく、壁で囲われているがその広さは一室とは呼べないほどに広く、そして天井が無かった。


そして、その左奥のところには、やや小さめだが確かに泉があった。

ごろごろした岩で形作られたような泉で、かなりの深さがあるように見えるが、透明度が非常に高いため底までハッキリと見える。


泉全体が薄い青に輝いているように見え、ヘリサート洞穴にあった賢者の泉に似ていて、カイルは思わず、石碑があるんじゃないかと見回したが、そのようなものは見当たらなかった。


「カイル、安心してください。ここに石碑はありませんわ」

「ちょうど俺も探してしまったところだよ。 …無くて安心してる」


セシルが微笑みながら近寄ってくる。

カイルは荷物から水入れを取り出すと、早速泉の水を汲み始めた。


「ねぇ、早速汲んでるようだけど、ここで間違いないの?」


セレンが心配して声を掛けてくるのは当然だ。

今日の予定は地下迷路の残りのエリアの探索で、泉もそのエリアにあると思っていたのに、偶然見付けた入り口の隣の部屋で、そこにあった泉の水を何の根拠も無く汲んでいるのだ。


「間違いなく、地下迷路の探索してないところに泉は無いだろうな」

「では、これで依頼は終了ですの?」

「でも、せっかくだから探索はしてもいいと思う。そろそろ日暮れだし、昨日は緊急事態だったからだが、通常馬車は夜に走らせるものじゃない。今夜は外で野宿になるなら、まだ時間はある。それなら魔物を狩って素材を山積みにしても良いんじゃないか?」


その提案に、女性二人が目を輝かせて何度も頷いている。

狩るのが楽しいのか、換金するのが楽しいのか分からないけど、時間的に港には戻れないなら、素材集めをしても良いかと思った。

カイルは汲んだ水を外に隠し、荷物を抱え直すとセシル達の待つ地下迷路の入り口に向かう。

そして、マッピングで最後に残ったエリアに向けて魔物を倒しながら進み、問題の人型の魔物と遭遇した場所に着いた。

一応、辺りを警戒してみたが、特に何も無いために先へ進む事にする。


そこから最終と思われる場所を目指すと、これまでとは違った広い部屋があった。

目算でこの広さを見ると、ちょうどマッピングの不足している領域と同じくらいの広さだった。


「ここが最終地点で、マッピングが完成したけど…」

「探索する… と、言っても何もありませんわね」

「何も無いなら出るしかないわよね?」


中央くらいまで入り、辺りを見渡してみるが特に何も無い。

何も無いなら長居は無用と言う事で、そこから出ようとした時、床の上に無数の丸い影がカイル達を囲むように現れた。


「セシル、セレン、コイツはたぶん例の影だ。十分に気を付けてくれ」

「分かりましたわ」

「か、影? 影って何? って、まずはこの部屋の出口を目指さなきゃ。 …うん、やろう!」


そこからは返事も合図も不要。

瞬時にカイルとセシルは風と雷を纏い、セレンも魔法力を高めて戦闘準備を整える。

これまでの度重なる戦闘で、セレンもカイルとセシルに合わせられるようになっていた。

セシルを先頭にセレンが出口に向かって駆け出すと、カイルはその場に留まって敵の足止めを行う。


出口に着くなり、セレンは振り向いて魔法を唱え始める。

片腕を正面に出すとセレンの周りに深紅の炎の玉が幾つも現れる。


「ソウェイル・アンスール・イサ・カノ・エイワズ!<太陽よ我が声を聞け、我らを妨げし者に、炎による死を与えよ>『炎の執行』」


セレンが魔法を唱え終えると、炎の玉が敵に向かって飛んでいき、敵付近の床に着弾すると広範囲に渡って炎の絨毯が出来上がる。

これでも、その場に残ったカイルにはダメージが通らないところがセレンの魔法の凄さだ。

出現した影の大半が一瞬にして焼き尽くされる。


その隙を見てカイルが入り口へと駆け出すと、入り口の奥の方から魔物の群れが迫って来ているのが見えた。


「セシル! 後ろから魔物の群れが近付いてるぞ!」

「っ!! 分かりましたわ!!」

「任せて、私も援護するわ!」


セシルが通路を向いて駆け出すのを見届けると、カイルが部屋の入り口の前で止まり、影の襲撃に備える。

セレンも通路を向いて魔法を唱え始める。


「ウィン・ユル!<光の弓よ>『光破弓』」


魔物の群れに向けたセレンの手から、行く筋もの光の矢が放たれると、戦闘中のセシルを避けて魔物に突き刺さり爆発する。

セシルも回転しながらの斬撃で魔物を次々と斬り伏せていく。


カイルは燃え残った影を見付けては、魔法剣で敵を倒す。

だが、影はその後次々と出現し、通路の敵も途切れることなく襲い掛かってくる。

それから1時間以上戦い、やがて通路の魔物も影も全滅すると、肩で息をしながら疲れ果てた三人が通路でぐったりしていた。


「はぁはぁ… やっと… 終わったわ… あー、もー、お腹空いたー」

「ふぅ… ふぅ… こんなに疲れたのも… 久し振りですわ…」

「じゃあ、そこの部屋の安全を確認したら、休憩しながら軽く食事でもしよう」


影を倒し尽くした部屋を見ると、既にセレンの放った炎は消えていたので、カイルは中に入って一回りしてをしたが、影の出現は見られなかった。


おそらくはもう出現しないだろうが、休憩中に襲われるのを心配するのは気が気では無いので、入り口の近くを休憩場所にすることにした。

いつも通りに特製のスープを作り、お腹を満たした後は目を閉じて、ちょっとした体力回復を図る。


今回は敵の物量が凄まじく、初めての長時間戦闘だったと思う。

セシルは剣技をずっと使いっ放しだったし、セレンは幼児体形なのに魔法を連発している。

あのなだ。

二人とも非常に強力な技と魔法を使ったため、体力の消耗はかなり激しく、セシルはカイルの肩に頭を預け、セレンはすぐ側の床で丸くなっている。

二人とも既に気持ち良さそうに寝息を立てていた。

それから暫くして、二人ともすっきりした顔で目を覚ます。


「ねぇ、カイル。聞きたい事がありますの」

「ん? どうした? セシル」


休憩の後片付けの手を止めて顔をセシルに向ける。

セレンも毛布を畳む手を止めているところを見ると、セシルの質問に興味があるようだ。


「この遺跡については、おそらくあの泉が目的なのでしょうが、この迷路は何か目的があるのかと思いましたの。結局、中からは何も見付からなかった訳ですわ」


セシルの言いたい事は分かった。

目で探しても見付からない場合は、隠された魔法力が無いかを探した方が良いのではないか? と言う事だろう。


正直なところ、カイルも同じ事を考えていたのだが、自分の直感が「やめろ」と言っている。

冒険者は冒険すべきだが、それとこれとは根本的な部分が違っているように感じていた。


「セシル。俺もそれは考えていたんだが、もともとここへは依頼として来たんだ。ならば依頼を達成させる事が先決だと思うんだ。 …何より、ここでもっと探索をしたらまずい気がするんだ。情けない話だが、今は避けたいと思う」

「カイル。前にも言いましたが、私はどこまでもカイルに付き従いますわ。今のは気になったから聞いただけですの。だから、それを気に病む必要はありませんわ」

「私は二人と一緒に行くって決めたのよ。だから、私も意見は言うけど決定には従うわ」


二人とも何も言わないが、心のどこかではカイルの話を聞いて、ハークロムを連想したと思う。

確信は無いが、影を差し向けたのも、ゴーレムを配置したのもハークロムだと思っている。

顔を見せないと言う事は、そこに見られるとまずいものがあって直接守ってるからだ。

そして、それを守るためならば、今の舞台を台無しにしても構わないと思っているからこそ姿を見せないのだろう。

だから、警告としてゴーレムを配置したに違いない。

仮に、ゴーレムがいなかったら、最期の部屋で何も発見できなかったら隠された魔法力を探したに違いない。

そして、自ら死地に足を踏み入れていたことだろう。

そう言う意味でも、これは「余計なことに首を突っ込むな」という警告だったと言える。


何の準備もできてない今は、行っても無駄死にするだけだ。

力を付けて、打開策が見付かるまでは下手に手を出さない方が良い。

カイルたちはまだ力が足りないことを痛感しながら、これ以上の探索をやめた。


そして、倒した魔物を回収しながら地上に出ると、とっぷりと夜が更けていた。

だが、遺跡の入り口付近には馬車が止められており、荷台に置かれたランタンが辺りをぼんやりと照らしていた。


「遅かったねぇ。腹が空いてるだろ? そこの彼ほどじゃないが、アタシもスープを作っといたよ。口に合うかどうか分からないけど食べてみな?」


何となく待っているだろうとは思っていたが、夕食まで用意してくれてるとは思わなかった。

それにしても、本当にカイル達が出てくるのを見計らっていたかのような登場だ。

これも余計な詮索はしないが、カイルの中では要注意人物として登録しておいた。


そして、汲んで来た水を依頼主であるマネリに手渡すと、その水が依頼のものか確認した後に、受理表へサインをもらった。


「これだよ、これ。いやぁ、助かったよ。お陰で何とかなりそうだ。ありがとねぇ」


まるで安い芝居でも見てるような感覚に陥るが、今はここで終わりにしておこう。

さて、これで依頼終了だ。

後は、明日マネリの馬車に乗せられて港へ帰り、素材の買取を頼みに行こう。


「…何だい? 何か腑に落ちない、って顔をしてるねぇ」

「なら、俺達が何を聞きたいか分かってるんじゃないか?」


マネリはカイル達の顔を見て、ため息をひとつ吐く。


「…アタシが言える事は一つだけ、『今はここの事を忘れろ』だね。本当なら、アンタ達はあの泉を発見してこの依頼を終えるはずだった。でも、影もゴーレムも出ちまった。だからアンタらは余計な詮索をしちまったのさ。 …でも、何もしなかった。だから生きてここにいる。それが今一番正しい結果さね」


いつになく真剣な表情で、マネリがカイル達の判断は正しかったと肯定する。

気付きはしたが、そこで何もしなかったからこそ、生きてここに戻ってきたのだと。


「分かった。納得するまで時間はかかるだろうけど、今の俺達にはどうしようもない、と言う事は理解したよ」

「物分かりの良いヤツは仲間を失いにくいのさ。覚えときな」

「何だか、このおばさんが言うと真実味があるのよね」

「こら、セレン。余計な事を言ってはいけませんわ」


カイルが降参するように両手を上げる。

自分たちの力不足を認めるのは悔しいが事実だし、自分の意地だけで仲間を危険には晒せない。

ましてや、セシルとセレンの二人と冒険を天秤に掛けるのは間違っている。

結局、この時点で話し合いは終わり。

マネリの作ってくれたスープをごちそうになり、今夜はここで休む事にした。


マネリが昼間カイル達を待っている間に十分睡眠をとったからと、夜の火の番を買って出てくれたので、今は外の焚火のところにいる。

遠慮なくマネリに火の番を頼み、カイル達は馬車の荷台を借りて寝ることにした。

荷台の入り口からカイル、セシル、セレンの順に並んで横になる。

迷路を出てくる時にも少し休んできたから、そんなに眠くも無い。


だから三人とも起きていて、荷台の幌をただ眺めていた。

それがしばらく経った頃だろうか…


「ふふふ…」


荷台の奥の方から微笑む声が聞こえてくる。


「セレン?」

「よく分かったわね」

「そりゃ当然だ。セシルはもっと色っぽく微笑むんだ。覚えといた方が良いぞ」

「あぅ…」


隣では、顔を見なくても赤くなっているだろうセシルが、毛布で顔の半分を隠す。

それを見たセレンが可笑しそうに笑い、つられてカイルとセシルも笑う。

さっきまでの重くなった空気は霧散したように無くなった。


ひとしきり笑い、セレンが「ふぅ」と息を吐く。


「やっぱり、こう言うのって良いわね」

「どうしたんですの?」

「うん? ほら、私は2人と出会ってまだ数日でしょ? なのに、もうこうやって笑い合えてる。それがもう嬉しくて… また、心から笑えるようになれたんだなぁ… って」

「今じゃあ、何も言わなくても分かりあえてるからな」


確かに、セレンとあったのは本当に数日前の事だ。

それから今まで多くの戦闘を共にしてきた。

もちろん、簡単な戦いだけじゃなく、一歩間違えれば死につながるような戦いも何度もしてきた。

だからこそ、お互いに呼び合うだけで何をして欲しいのか、何をすべきなのかを瞬時に理解し、実行することができる。


この短い時間の中で、3人には確かな絆ができていた。


「そうですわね。出会いと言っても、貴女は船に密航した挙句、厨房で捕まってましたわ」

「あ、あはは… そうだったわ。それは忘れて欲しいのよね…」

「良いじゃないか、今となっては良い思い出だ」

「良くない!」

「うふふっ でも、本当にこう言うのは良いですわね。私も、ずっと続いて欲しいと思いますもの」


心からそう思う。

この心が温かくなるような感じはいつまでも続いて欲しい。

そのためにも、ハークロムの思惑を止めなければならない。

希望の光が無ければハークロムに剣は届かないが、今はまだどうすればいいか分からない。

だから、カイル達はその手がかりを求め、図書室やギルドの掲示板で情報を求めているのだ。


「さぁ、セシル。明日は港に行って魔物をお金に変えたら、それを握りしめて屋台の食べ歩きをするわよ。全店制覇するから覚悟しなさい!」

「そんなのはイヤですわ!」

「えぇー… 良いじゃない。もう少しふっくらしなさいよ。その方がカイルも抱き心地良いんじゃないの? だって更にふかふかするのよ?」

「…カイル、貴方はどうですの? 私は更にふかふかになった方が良いんですの?」


話の矛先がおかしな方に向き始めた。

でも、個人的にはもう少しふっくらしてもセシルは大丈夫だと思う。

その抱き心地、と言う言葉をリアルに想像してしまい、顔が熱くなってきた。


「でも、今よりもふっくらしたら、持ち味の高速移動が厳しくなるんじゃないか?」

「カイル。これは何よりも優先されることですの。戦闘は何とでもしますわ」

「じゃあ、今はこのままで良い。全てが終わったらもう少しふっくらしてくれ」

「分かりましたわ。セレン、残念ですが明日は一人で食べ歩くように」

「えー、じゃあ食べ歩きじゃなくても良いから三人で仲良く何か食べようよー」


荷台の外で火の番をしていたマネリが、荷台から漏れてくる話に思わず微笑む。

緊張感が無いと言えばそうなのだろう。


だけど、この状況でも笑える強さを彼らは持っているのだ。

荷台からの笑い声は、もう少し夜が更けるまで続くのだった。

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