第16話 油断してなくとも痛い目は見る
油断してなくとも痛い目は見る
翌日、カイルが目を覚ますと、セシルとセレンが既に起きていた。
見ると、セレンが顔を赤くして「信じられない」と言うような顔をしている。
「セレン、どうしたんだ? 朝からそんな顔して」
「まさかとは思ったけど、ホントにしちゃったの? 私が寝てる時に? 何考えてんの?」
何の事を言っているのか分からないけど、セレンがぷりぷり怒っている。
どうしたものかとセシルの顔をみると、なぜかニコニコと満面の笑みを浮かべている。
そうか。
と、カイルが合点がいった。
夕べ、セシルが眠りにつくまで髪を撫でていたから、今も超ご機嫌なんだろう。
そして、セレンは眠る前のやり取りを聞いているため、セシルが朝からご機嫌だから勘違いしているのだろう。
「セレン、お前がどんな想像をしてるのか何となくわかったけど、俺達はそんな事してないぞ? セシルの機嫌が良いのは別問題だ」
「あら、カイル。別に誤魔化さなくても宜しいんですのよ? 周知されたのなら仕方ないのですわ。ならば、これからは隠す必要はありませんわね」
「な? 本当にそうだったら、セシルがこんな事を言うと思うか?」
「…そうね。私の誤解だったみたい。セシルが朝から超ご機嫌だったから、つい…」
たぶんだけど、本当にそうなったら、セシルはセレンと顔を合わせられず、ベッドに潜り込んで一日は出て来ないような、そんな気がする。
「ほらほら、そんな事言ってないで、朝ご飯を食べてマネリさんのとこに行こうよ」
「はーい」
「やれやれ、これはいつまで続くのかしら…」
超ご機嫌なままのセシルを連れて、朝ご飯を食べに町へ出ると、その足でマネリの元に行き、依頼を受ける事を伝えた。
すると、依頼を受けてくれることを喜んだマネリの好意で、店の売り物を格安で譲ってくれる事になったのだが、やはりこの流れはおかしい。
冒険者に出した依頼を受けてくれるからと言うだけで、格安販売をするだろうか?
そんなことを考えているカイルなどお構い無しに、売り場を作るからと馬車の裏に行き、マネリが鼻歌混じりにガチャガチャと売り物を広げ始める。
予め決められていたかのようにお膳立てされているのを見ると、仕組まれたこととしか思えないし、こちらの必要と思われるものを準備してくる時点で、カイルたちの事情など始めから知っていたのだろう。
(このマイトネリと言う女性は、何者なんだ?)
そんなことを考えていると、セレンが話しかけてきた。
「ねぇ、この人の売り物って、そんなに良いものなの?」
「ああ、別格だよ。セシルが身に付けてるネックレスがあるだろ? あれは魔法じゃなくて奇跡が付与されてるんだ。だから人に寄るんだけど、セシルの場合は常時発動してるんだよ」
カイルがセレンに説明をするが、あえて気になっていることは伝えない。
今、この場に広げられている物は、恐らく全てが奇跡を付与されているはずで、間違っても行商人が売るレベルの物ではない。
しかも、信じられないことにマネリは護衛も雇っていないのだ。
凄まじいまでの価値を持つものを、護衛も無しに馬車に入れて行商をしているなんて、まともな者のすることではない。
だが、今はこのことを言うべきではないと判断した。
「うーん、よく分からないけど、カイルが言うんだから相当な代物なんだろうね」
「そうですわね。もしかすると… と言うか、確実にセレンに合うものもがあると思いますわ」
「さて、準備ができたよ。アンタらはお得意様だから、今回はウチの店の物を全部出したんだ。ちゃーんと見てっておくれよ?」
案内されて馬車の裏に行くと、凄い量の品物が並んでいた。
武器、防具、服に日用品の雑貨、アクセサリ、そして食糧まである。
しかも、一見しただけでカイルたちに必要なものばかりが並んでいて、その品物自体はどれも素晴らしく、珍しいものばかりだ。
カイルの心にある疑念が無ければ、時間をかけてでも見る価値はあると思ったし、不謹慎ながらワクワクしていた。
そして、マネリによる臨時販売が始まり、三人は宝探しをするように売り物を見ていった。
「おいおい… ホントか? これ」
「こんなのも見付けましたわ」
「ねぇねぇ、何を見つけたのよ?」
その商品を見て、カイルの疑念が確信に変わる。
やはり、このマイトネリと言う女性は、カイルたちの事情を知っていて、今必要なものを取り揃えて来たのだ。
つまり、新たな戦力であるセレンの装備だ。
その証拠に、まずカイルが見つけたものは、魔法使いなどが重宝するローブだ。
淡いグリーンのツーピースタイプのもので、上着のパーツには超軽量のハードレザーが使われており、防御力が格段に高くなっていて、当然のように奇跡の付与が施されていた。
内容は魔法力吸収と治癒、祝福だ。
次に、セシルが見付けたものが杖だ。
セレンの身長とほぼ同じくらいの長さで、ただのうねったような木にしか見えないのだが、触れると感じる凄まじいほどの霊力は、どこかの神木か霊木をそのまま使ったとしか思えない。
こちらも当然のように奇跡の付与が施されていて、内容は魔力増強と守護だ。
この二つだけで大きな屋敷が建てられるほどの価値があるだろう。
「ねぇ、よく分からないから聞くんだけど、これって市場に出して良いものなの?」
「完全にアウトだな。見付かったら現物は没収、製作者は国に保護と言う名目の監禁状態で、王族にのみ供給させるために隷属化させるだろうな」
「それほどの価値のあるものが、なぜここにあるのかが分かりませんわ」
「良いじゃないか。とあるルートで仕入れちまったんだから。 …で、その二つで良いのかい? もう少し選んでみなよ? せっかく広げたんだ。滅多にやる事じゃないよ?」
これは絶対に仕組んでいる。
それも、カイル達に有利になるようなものを渡そうとしているのが見え見えだ。
目的は分からないが、何かしらの協力をしてくれているのは間違いないだろう。
それなら、とカイルがセシルとセレンに声をかけた。
「分かった。もう少し見させてもらうよ。セシル、いい機会だから装備を一新しても良いと思うんだ。だから、俺のも含めて見繕ってくれないか? あと、セレンと一緒にアクセサリも見ておいた方が良いね。あり得ないものが絶対あるはずだからさ」
「分かりましたわ。セレン、一緒に見ましょう」
「うん、ありがとう。私は付与が良く分からないから、セシルに見てもらえると助かるわ」
女性二人は、楽しそうに目を輝かせて品物を選んでいるのを、カイルとマネリが並んで見ながら小声で会話を始める。
「男前な上に随分と太っ腹じゃないか。ウチとしては嬉しい事だけどねぇ」
「これは俺の独り言だが、支払いは別にいくらでも良いんじゃないか? 貴女は恐らく俺たちと利害関係が一致していて、表立って力を貸すことができないから、こんなやり方で俺たちを誘導している」
「へぇ、どうしてそう思うんだい? 何か根拠はあるのかねぇ?」
実際のところ、本当の偶然にとんでもないものを仕入れてしまい、下手に処分するよりは顔見知りに格安で譲った方が安全だった、と言う選択肢もあるが、どうしても違和感を感じていたことがあった。
「根拠はない。ないけど、付与が全て奇跡って言うのが腑に落ちない。魔法の付与ならあり得たかも知れないが、魔法では足りないから、人を選ぶけど強力な奇跡の方を付与したんじゃないか、ってね」
それに、これもあえて言わないが、奇跡を付与できる者などいない。
今現在、この大陸にある奇跡が付与された武具は、古に行われた神々の戦いにおいて、神の装備した武具が取り残され、戦いの後に神によって回収され忘れたものが現代で発見されていると言われている。
つまり、奇跡を付与できるのは人の外に理を置く者となるのだ。
「ほぉ? 以外に賢しいじゃないか。だけど、回答はノーコメントだよ。だけど、アンタらはお得意様だからねぇ、よし! サービスだ。何か一つだけ質問に答えてあげるよ。さぁ、どうする?」
カイルの考えを読んだように、ニヤリと笑みを浮かべると、マネリがサービスとして一つだけカイルに問いを許すと言う。
だから、カイルは考える。
ハークロムを追ってここまで来たのは良いが、そもそもハークロムが大本の元凶なのか?
他にも何かがいるんじゃないか?
そして、選ばれたのがなぜカイルたちなんだ?
考え始めると際限が無い。
ならば、始まりに戻ってみることにした。
「じゃあ教えてくれ。セシルを襲った犯人は誰だ?」
その質問を聞いて、マネリの顔が緊張したのを見逃さなかった。
いつものにこやかな表情が消え、真剣な顔つきになっている。
そもそも、この一連の出来事の始まりはカイルではなく、恐らくはセシルだろう。
セシルの声が初めにカイルに届いたところから全てが繋がっている。
そう感じていた。
だから、それを聞いてみたのだ。
「ふぅ、驚いたねぇ。いきなりその質問をしてくるのかい。でも、今はまだその時じゃないから答えられない。 …安心しな、時が来れば全てを語ろう。それまでは陰ながらアンタらを応援してやるよ。今みたいにね」
「そうか。だが、俺たちは貴女の駒じゃない。俺たちは俺たちの意思で行動する。それは譲らないぞ?」
「あぁ、それで構わないさ。だが、アタシの邪魔だけはしないでおくれ」
マネリの目を見て理解する。
この関係は、お互いの利害が一致している間は継続されるだろう。
そして、敵の敵は必ずしも味方にはならないと言うことだ。
だが、今はそれでいいと思い、カイルは手を差し出し、マネリはその手を取って握手する。
お互いにこれ以上言う必要は無く、協力関係だけを結んだことで、マネリはいつもの笑顔に戻る。
「カイルー、ちょっと来て下さらないー?」
向こうでセシルが呼んでいる声が聞こえたので、カイルはマネリに金貨の入った袋を渡すと、セシルのところに向かった。
「でもねぇ… ここに用意した程度の力じゃ、まだまだ全然足りないんだよ…」
マネリが悔しそうな表情を作り、空を見上げた。
そして、時間をかけて探し回った結果、セレンは着替えを含めた服を数着と、下着などを一週間分、それらを入れるショルダーバッグ、装備品としてカイルの見つけたローブと、セシルが見つけた杖。
そして、ネックレスとブレスレットにも祝福の奇跡が付与されているので当然購入した。
セシルは通常の片手剣二本で、敏捷性向上の奇跡が付与されているものを購入。
カイルはセシルが見立ててくれた片手剣とベルト付きの投擲用ナイフを十本で、これらにも祝福の奇跡が付与されていた。
「ざっと、これくらいですわね。日用品以外には全て奇跡が付与されているところが驚きですが、これだけの祝福が揃うとどう言う効果になるのか楽しみですわ」
「セレンの日用品も一式揃うとは、ここの品揃えは相変わらず凄まじいな」
「これ全部買うの? 支払いって大丈夫なの? 素人の私から見ても高額だと思うんだけど?」
「実は既に支払い済みだ。ちょっと多めに払ってるから、また今度どこかでマネリさんを見かけたら、その時にはまた安くしてもらう事にしてある」
「まぁ、そう言うことさね」
「どれだけお金を持ってるのよ…」
早速、購入した装備を身に付け、探索の準備を始める。
本当ならセレンの髪も切ってやりたいのだが、それは後からでも良いだろう。
今は遺跡内の調査に集中だ。
「よし、準備完了だな。じゃあ、これからファルクロム遺跡の探索に出かけよう。現地まではマネリさんが送って行ってくれることになった。帰りは歩きだけどな」
それからマネリの馬車に揺られ、約半日かけて遺跡に到着した。
道中の襲撃も無かったお陰で、体力も消耗品も消費しなかったのは助かった。
「ありがとう。助かったよ」
「じゃあ、頑張りなよ。アタシは港で待ってるから無事に帰って来たら顔を出しな」
手を振ってマネリと別れ、みんなで遺跡を見上げる。
外観的にはそんなに大きくない石造りの建築物で、ところどころ崩れ落ちている。
屋根は無事らしいので、建物の中に雨などは入り込んではいないだろう。
周りには草が茂っており、好き放題に伸びているような感じからして、ここ暫くは誰も訪れていないことが伺えた。
正面には入り口があり、両開きの扉は片方が外れていて、中は光が届いていないため暗闇だ。
「じゃあ、入ろうか。 …セレン、頼む」
「はいよ。じゃあ、物理防御の魔法をかけるね。これは効果が長いから今日一日は大丈夫だと思うわ」
セレンはカイルとセシルの真ん中に立ち、手を空に掲げて目を閉じる。
「オセル・ウル・アンスール・ギューフ・エオロー・マン・アルジス・オセル・ダエグ・ナウシズ・イサ!<大地の力よ我が声を聞け、愛と友情の元に、我が仲間を守護せよ。大地よ今日一日の苦痛を防げ>『完全物理防御』」
カイル達には見えないが、何かに包まれた感じがする。
相変わらず聞いたことも無い言語を使った魔法のようなものだが、これで一日は物理防御が展開されるのは凄いとしか言いようが無い。
「よし、行こう。昨日決めた通り、セシルはアタッカー。セレンはバックアップ。俺はマッピング。そして、セレンと俺はセシルのサポートも務める。それで良いね」
二人が頷く。
そして、遺跡の入り口に向かい、片方が外れた扉の所から中へと足を踏み入れる。
中は暗闇だが思った以上に汚れて無く、崩れてもいない。
内部は、ちょっとしたパーティーが開けるくらいの広さがあり、その中央付近に地下へ続くと思われる扉があった。
おそらく、これが迷宮の入り口だろう。
注意しながら扉を開けると下への階段があり、驚くことに通路の両側には明りが灯っている。
さらに、どういう仕組みか分からないが、中の状態は温度も湿度も適度な状態になっていて、とても歩きやすい。
と、降りている階段の進行方向から、咄嗟的に何かを感じた瞬間、目の前に薄い膜のようなものが現れて、パラパラと床に落ちる。
それは、よく見ると針のようで、先端の色が変わっていることから毒物が塗り込まれていると想像できた。
「どうやら大丈夫のようね。ちょっとだけ心配したわ」
「相変わらず凄いな。こんな針すらも止められるのか」
階段を降りかけて早々、毒針の罠を食らってしまったが、セレンの防御があったから無事だった。
通路の明かりといい、内部の快適さといい、何かしらの力が働いていると思うのだが、それが何か分からない。
いずれにしても、細心の注意が必要だと感じた。
慎重に階段を下りていくと、迷路の入り口に辿り着いた。
通路自体は直線になっていて、天井は見上げる程度に高く、壁にはポツポツとに灯りが灯っているため、暗くはないが視界は悪く、これで罠を見つけて躱すのは至難の業だが進むしかない。
三人はゆっくりと慎重にマッピングしながら進んでいくと、不意に目の前の曲がり角から大型犬の魔物が数頭襲い掛かってきた。
すると、カイルが気付いた瞬間にはセシルが一瞬にして前方へ駆け出し、剣を抜いて魔物を瞬殺した。
そして、魔物を倒したセシルの真上、天井から黒い塊が落ちようとしている。
「ウィン・ユル!<光の弓よ>『光破弓』」
セレンの声が聞こえたと思ったら、セシルの頭上で小規模の爆発が起こり、黒く太い蛇が落ちてきた。
「ふぅ、大丈夫? それにしても、ここの魔物は油断できないわね」
「ありがとう、セレン。助かりましたわ」
買ったばかりの杖をかざして、セレンが大きく息を吐く。
倒した魔物は後で持ち帰るため、通路の邪魔にならないところに山積みにしておく。
そして、通路を進んでいくと、大きな部屋に入った。
部屋の中ほどまで進むと、途端に入ってきた通路の下から壁がせり上がり、部屋に閉じ込められた。
カイルは方向が分からなくなる前に、せり上がってきた壁に剣で傷を付ける。
これで目印は付けた。
少し時間を空けて、正面と右の壁の一部が下りていき、一つの通路が顔を出した。
すると、その通路から勢いよく魔物の群れが部屋に入り込んで来た。
大型犬と熊、イノシシの魔物で、数はざっと見て十数匹だ。
犬の魔物は部屋の左右に分かれて走り出し、イノシシの魔物は直線的に向かって来る。
熊の魔物は後ろから横に並んで進んできた。
これは、機動力を活かした殲滅で、包囲した敵をかく乱し、各個撃破していく戦法だ。
「まずい! 包囲されるぞ! 部屋の角を背にして敵の襲撃範囲を狭めよう!」
「セレン、急いで! 囲まれますわ!!」
「もーっ! 次から次へと!!」
魔物が攻め込んでくる前に、部屋の隅に移動して迎撃態勢をとる。
これで、ほぼ正面からの攻撃しか行われないが、逆に逃げ道は無い。
スタミナを考えれば先手必勝だろう。
「セレン、広範囲攻撃だ!」
「分かった!!」
「セシル、俺たちは時間稼ぎだ」
「はいっ!!」
カイルとセシルが前に飛び出して戦闘を開始する。
セレンは二人が時間を作ってくれている間に攻撃のための準備を行う。
意識を集中して両腕を広げると、セレンの周りに真紅の炎の球体が無数に現れる。
浮遊するそれは何かの合図を待つように、上に下に動き回る。
「アンスール・ギューフ・エオロー・マン・アルジス・ティール・カノ・エイワズ!<我が言葉を聞け、愛と友情の元に、我が仲間を守護せよ。戦士の炎よ彼の者に死を!>『爆炎塵!』」
魔法を唱えると同時に、広げた両腕を前に突き出すと、浮遊していた火球達が一斉に魔物に向かって襲い掛かる。
それは、カイルとセシルを器用にかわして魔物にだけ向かっていき、火球に貫かれた魔物はその場で爆発を起こすと、誘爆するように爆発の炎で周りの魔物も燃え上がる。
襲い掛かってきた十数匹の魔物は、一瞬にして灰と化してしまった。
魔法を唱え終わった後、セレンの着るローブが薄い緑色の光を放ち、部屋に充満している魔法力を吸収し始めた。
「自分で放出した魔法力も回収できるのか… 本当に何でもアリだな」
「セレンの独壇場ですわね。ちょっとだけ悔しくなりますわ」
思えば本当にセレンの魔法は万能で、攻守に長けているし瞬発力もあるのだが、こんな魔法は今まで見たことも無い。
セレンが黙ってる理由もそこにあるのだろうが、カイルたちは無理に聞き出すことはせず、話したくなるまで気長に待つ事に決めていた。
魔物が全滅すると、さっきまでせり上がって閉じていた壁が開いた。
どうやら魔物を使った罠らしい。
それからだいぶ進み、魔物もかなり倒してきた。
地上はそろそろ夜になる頃合いだろう。
「今日はもう遅い、様子見は終わりにして外に出よう」
地上に戻りながら、倒してきた魔物を大きいシートに乗せて外まで運搬する。
セシルに教えてもらった方法で浮かせているため、運搬もやりやすい。
無事に外へ出ると、シートの下に結界を張って外界から遮断する。
こうしておけば死体は腐りもしないし、盗まれたりもしない。
そして、入り口近くの大きな岩の側でキャンプすることにした。
隠しておいた荷物を出してきて、かまどを作ってカイルが料理を始めた。
今夜はいつものスープと、倒した魔物の肉を使った料理にする予定だ。
「水汲んできたよー」
セシルとセレンが近くの川から水を汲んできてくれた。
もうひとつかまどを造っていたので、飲み水にするために汲んできた水は一度沸騰させる。
そうこうしている内にスープも完成し、肉料理もできた。
焚き火を囲んで食事をしながら初回の探索結果について共有する。
「やっぱり、魔物が攻めて来た時の対処方法は、ある程度決めてた方が良いと思いますわ」
「そうね。もたもたしてると囲まれちゃうもん」
「でも、後ろも警戒しないと不意打ちされるかも知れないからな」
「そう考えると、味方がいても使えるセレンの広範囲魔法は優秀ですわね」
本当にそう思う。
事実、混戦していてもセレンの魔法は味方をかわして対象のみを攻撃することができる。
カイルとセシルの使う魔法ではそのような事は出来ないため、安心して戦闘に集中することができるのだ。
「じゃあ、さっきまでと変わらないけど、セシルと俺が攻撃に出て時間を稼ぎ、セレンには状況に応じた攻撃を頼む、と言うところか。広い部屋での戦闘は角をうまく使おう。逃げられないってリスクはあるが、消耗は確実に減らせるはずだからな」
「そうね。それが妥当だと思うわ。 …ふわ」
「あらあら。では、そろそろこの辺を片付けて、寝る準備をしましょう。セレンも手伝ってください」
セレンがあくびをしたので、夕食もお終いにして寝る準備をすることにした。
水を汲んできてもらってたから、食器を洗い、鍋は蓋をして置いておく。
「ねぇ、野宿する時はどうやって寝てるのか、一応聞いても良いかしら? 火の番とかあるんでしょ?」
「もちろん、私とカイルはいつでもどこでも誰が見てても一緒に寝てますわ。私たちは常時索敵をしているから、敵が近くにいればすぐに目を覚ましますの」
セシルの言う通り、二人は冒険者として活動するようになってからは、敵からの奇襲に備え、常時索敵を行うようにしている。
そのため、敵意には敏感に反応し、すぐに目が覚めるようになっているのだ。
だが、それはあくまでも火の様子を確認する必要の無い屋内での話で、野外の場合は火を絶やすことができないため、敵への備えとは別に火の番は必要なのだ。
「それは屋内での話だな。セレンの質問の答えとして、野宿の場合は俺が火の番をしてる。そして、セシルはその近くで毛布に包まって寝てる。これで良いか?」
「分かったわ。じゃあ、私もその近くで毛布に包まって寝れば良いのね?」
セレンは理解したように毛布を1つ掴むと、火を挟んだセシルの対面でコロンと横になる。
「おやすみ」
そして、毛布を被って動かなくなると、少しして小さな寝息が聞こえてくる。
「よほど疲れたんでしょうね。もう寝ちゃいましたわ」
「迷路の探索は気を遣うし、あの魔法は思った以上に力を使うのかも知れない。それに見た目はあんな子供なんだ。体力は俺たちよりも少ないんじゃないか?」
「そうですわね。 …ふあ、私もそろそろお先させていただきますわ。おやすみ、カイル」
そして、セシルもその場で毛布に包まる。
「おやすみ、2人とも」
そう言って、カイルは火の番を続けるのであった。
それから二日、三人は遺跡に潜り、探索を続けていた。
「ねぇ、そろそろマッピングも完了するんじゃないの? かなり探索したわよね?」
「ああ、あともう少しだ。このままなら、今日中には終わるんじゃないか?」
「目的の泉もそこにあると良いのですが…」
カイル達は、依頼の元である泉をまだ探していたのだが、迷路内をいくら歩いても見付からないのだ。
そして、歩き回るわけだから、魔物との遭遇も自然と増える。
「!? 通路正面、敵の反応があるぞ! …一つか? うーん… よく分からないな」
「また? …今度も熊の魔物ですわ」
「獣系の魔物が多過ぎなのよね。もう、飽きてきちゃったわー」
今日も、既に数えるのが面倒になるほどの襲撃を受けていた。
さすがに、熊の魔物が延々と続いてしまうと多少飽きてくる。
だが、向こうは襲う気満々だし、勢いよくこちらに向かって来ている。
セシルが腰の剣を1本抜いて魔物の襲撃に備えると、あっと言う間に間合いが詰まり、お互い剣と爪を振り上げる。
また同じ作業の繰り返しだと、油断していたのかも知れない。
セシルが剣を振り下ろす、その瞬間を見計らったかのように、熊の魔物の腹部を破って中から何かが飛び出してきた。
既に攻撃動作に入っているセシルは、途中でその動作を止めることができない。
咄嗟にセシルの目に入ってきたのは黒い剣で、しかもそれはセシルの左胸を狙っている。
― 間に合わない!
セシルは無傷で切り抜けることを諦めると、逆に攻撃を受ける覚悟で目の前の敵に斬り掛かる。
セレンの魔法もこの距離では間に合わないと、恐れの表情に変わるが、本能的に違和感を感じていたカイルは既に動いていた。
咄嗟に飛び出し、セシルを横から抱くと、その勢いのままセシルを敵の間合いの外に押し出す。
そして、敵の切っ先は間合いの中に残っているカイルを新しい標的と捉え、その腹部に深々と突き刺さる。
「ぐあっ!」
短く叫び、セシルと共に通路の床に倒れ込む。
「セレン!!」
「わ、分かった! ウィン・ユル!<光の弓よ>『光破弓』」
セシルが大声でセレンを呼ぶと、意味を察したセレンが手を前にかざし、魔法を唱えると光の矢が十数本現れ、次々と射出されると敵に突き刺さる。
最後の一本は、刺さった矢が爆発を起こし、現れた敵は形も残らず消し飛んだ。
― それにしてもこの敵、魔物を囮にして攻撃してきたの?
魔物に敵味方の区別ができないのは知ってるけど、まさか魔物を利用するなんて…
「カイル! カイル! しっかりして!!」
セシルの声にセレンが我に返り、カイルの方を見ると、うつ伏せになったままで、腹部からはまだ出血が続いており、血だまりができている。
額には脂汗を掻いていて、顔面は蒼白だ。
刺されていた剣が抜けたために、大量出血しているのだろう。
これは、誰が見てもまずい状態で、早急に治療が必要だ。
だが、セレンは攻撃の手段はあっても、治療や回復などの魔法は使えない、と言うか知らない。
こうなれば、セシルに聞くしかないのだが、そのセシルはかなり取り乱しているようで、カイルにしがみついて必死に声を掛けている。
「セシル! 落ち着きなさい! カイルを揺らしちゃダメよ! 大切な人なんでしょ? このままだと死んじゃうわよ!? セシルは治癒の魔法は使えないの?」
セシルがハッとしたように顔を上げる。
その大きな瞳からは大粒の涙がポロポロと零れていた。
そして、セレンの言葉に何かを思い出したように、カイルに向けて治癒の魔法をかける。
その魔法のおかげでカイルの傷は塞がったが、顔色の悪さは一向に収まる気配が無い。
それどころか、震え始めているようだ。
「何これ? もしかして毒なのかしら? 毒消しも使いましょう!」
セレンがカイルの投げ出した荷物を引き寄せて、中から毒消しを取出す。
小瓶の蓋を開けて中の液体をカイルの口に注ぐと喉が動いた。
「よし! 飲んだわ」
「ねぇ! 大丈夫なの!? これでもう大丈夫なの!? ねぇ! 教えてよっ!!」
セレンは両肩をセシルに掴まれ、余裕の無い表情で何度も問い掛けられる。
こんなセシルは初めて見た。
もはや婚約者だから、と言う次元の話しでは無い。
一体、セシルとカイルの間には何があると言うのだ?
でも、まずは落ち着かせなければいけない。
「いい加減にしなさい! 落ち着けって言ってるじゃないの!」
パンッと乾いた音がして、セシルは驚いた表情でセレンに叩かれた右の頬を押えながら、ペタンとその場に尻餅を付く。
そして、再びその大きな瞳に涙が溜まり、ポロポロと涙を零しはじめる。
「カイルが…」
「うん?」
「カイルがいなくなっちゃったら、 …私はまた一人ぼっちになっちゃうの…」
泣きながら、消え入りそうな声で膝を抱えている。
セシルはお城のお姫様で家族がいることは聞いている。
なのに、一人ぼっちになる…?
セレンはカイルの額に濡れタオルを乗せながら思考をめぐらせるが、全く意味が分からない。
「ねぇ、ホントにどうしちゃったのよ? いつものセシルじゃないよ? …カイルなら大丈夫。傷は塞いだし、毒消しも効いた。今は体内の毒を消すために熱が上がってるだけ。後は体を休めれば必ず目を覚ますわ」
セシルは未だに膝を抱えたまま、顔を膝にうずめている。
セレンはカイルの額に乗せたタオルを別の濡れタオルと交換する。
カイルの荷物の中に飲み水が多めに入ってたので、それを使わせてもらっていたのだが、水は使えば無くなる。
できれば熱が下がるまでは水が無くならなければいいと思った。
それに、ここはまだ迷路の中で、いつ敵が襲ってくるか分からない。
セシルがこんな状態じゃあまともに戦えないだろう。
「私が踏ん張るしかないのね…」
杖に触れて索敵を行う。
幸い、この近くには魔法力の反応は無いため、しばらくは大丈夫そうだ。
それから暫くして、やっとカイルの熱も下がり、呼吸も落ち着いてきた。
地下に潜ってるから時間の感覚が全く無いため、あれからどれくらい時間が経ったのかは分からないが、これで大丈夫。
後は起きるのを待つだけだ。
セシルを見ると、うずくまったままで動かない。
もしかして寝てるのだろうか?
なら、下手に起こさず、このままそっとしておくことにした。
やっと一息吐けたと、セレンも壁に身を預けると、急激に瞼が重くなってくる。
「あー… ダメダメ。寝ちゃったらマズいでしょ? こんな時くらい力になりなさいよ」
頭をふるふると振って眠気を飛ばす。
すると、カイルが目を覚ますと、ぼーっとしたような顔でセレンを見上げる。
「ん… あ、セレンか… 俺は… どのぐらい意識が無かったんだ?」
「どれぐらいだろ? 私にも分からないわ。でも、何時間ってとこだと思うわよ?」
「そう…か、っと。セレンには随分と迷惑をかけたようだな。で、セシルはどうした?」
「私の事は別に構わないわ。お役に立てたのなら嬉しいだけよ。それと、セシルはそこでうずくまって寝てるわ。泣き疲れたのよ、たぶん」
カイルは体を起こし、壁に寄り掛かると近くにいるセシルを見る。
セレンが言った通り、膝を抱えたまま眠っているようだ。
目元に浮かんでいる涙を指で優しく拭うと、髪を撫でてカイルが悲しそうに微笑む。
「…ねぇ、聞いて良いかしら?」
「…セシルの事か?」
「ええ、そう。 …初めてあんなセシルを見たわよ。あれは普通じゃないわね。一体、何があったの?」
カイルは天井を見上げて「ふぅ」と息を吐き、セレンに掻い摘んで話しはじめた。
自分がセシルの声に助けられた事。
セシルの助けを求める声に呼び掛けた事。
セシルを守るために冒険者になり、セシルを見付けた事。
未知の強敵に名指しでターゲットにされた事。
そして、その敵に対抗するためにいろいろと調べている事。
「まぁ、こう言っちゃあ何だが、生きるための心の拠りどころが俺なんだろう」
死にかけていたセシルの心を救った事で、カイルは生きる証そのものになったのだろう。
カイルがいるから自分も生きていける。
前に進める。
頑張れる。
その証であるカイルがいなくなってしまったら、自分の生きる証が無くなってしまう。
それは、セシルの存在そのものを脅かす事で、それほどまでに、カイルに依存してしまっているのだ。
「でも、俺は義務感で一緒にいるわけじゃない。婚約したのは俺の一目惚れが原因だけどな。初めて会った時はあまりの可愛さに卒倒するかと思ったよ」
「はいはい、ごちそうさま。まぁ、大体は理解したわ。 …じゃあ、やっぱり私も二人の力になるわ。 …いいえ、協力させて欲しいの。 …でも、まだ理由は聞かないで。 …いずれ、必ず話すから」
「ああ、こちらこそ頼むよ。でも、焦る必要は無いからな。セシルのことを話したのも、事情を知る必要があると思ったからだ。 …さて、おかげさまで体も動くようになったし、セシルが目を覚ましたら、一旦ここを出よう。港に戻って体制を整えようと思う」
「私も賛成するわ。お風呂にも入りたいし… セシルも休ませた方が良いと思うの」
「セレンは優しいな」
ぼんっと言う音が聞こえそうな勢いでセレンが真っ赤になる。
そして、ふいっと顔を背けてしまった。
こう言うところはやっぱりセシルと似ている。
微笑みながらカイルが立ち上がり、自分が刺されたところに向かってみたが、当然ながら残骸も残っておらず、爆発した形跡だけが残っていた。
「なぁ、セレン」
「なぁに?」
「お前、俺を刺したヤツを見たか? もしくはその武器を見たか?」
セレンはカイルが何を聞きたいのかが分からなかった。
でも、カイルが刺されたのは自分の正面で、黒い何かが熊の魔物のお腹を破って出てきて、そいつが細長い黒い棒みたいなのを持ってた。
そして、それがカイルを串刺しにしたのだが、分かるのはここまでで、それ以上の細かいところまでは見えなかった。
「そうか… いや、もしかすると、その敵は見たことがあるヤツかも知れないんだ」
「え? …知り合いだったの? ゴメン、消し炭にしちゃったよ」
「あ、いや。っつーか、何言ってんだよ。そんなはずないだろ? …たぶん、そいつは人型の魔物だと思うんだが、それを確かめたかったんだ。 …それに、仮に人型の魔物だとすれば、そいつは何者かに使役されてることが多いんだよ」
つまり、人型の魔物がいるならそいつを操っている者がいるはずで、これまで二回戦闘を行っている。
一回目はベークライト王国の城の前、二回目はマルテンサイト王国の港だ。
そして、その両方二回ともハークロムが出てきた。
今回は、既に人型の魔物が出ていることを鑑みれば、ハークロムが出てくる可能性は非常に高いと言える。
カイルがセシルの隣りに腰を下ろしながら話すと、セレンもいつに無く真剣な表情になっていた。
「う…ん」
すると、セシルが身じろぎする。
やがて、泣き腫らして赤くなっている目をうっすらと開き、カイルを視界に入れると、目を大きく見開いた。
「カイルっ!! よかった! 生きてる! 生きててくれた!! 本当に良かった… うぅうう… うわぁあああああんっ!!」
まるでタックルされるような勢いで抱き付かれ、また泣き始める。
「セシル、ごめん。心配をかけた。でも、おかげさまで元気になったよ。ありがとう」
優しくセシルを抱き締めて、髪を撫でてあげると、「ほぅ」と息をついた。
それから暫く、セシルが泣き止むまでカイルが抱き締め、セレンは地上へ戻る準備を始めていた。
「見苦しいところをお見せしましたわ」
恥ずかしそうに顔を赤くして一礼する。
ようやく落ち着いたようで言葉遣いも戻っていた。
「まぁ、気にしなくて良いわよ。全員が無事だった。その結果だけで良いじゃない。 …じゃあ、セシルも元気になったみたいだから、港に戻りましょう」
「ああ、油断してなくとも痛い目は見る事もあるんだ。注意して行こう」
「それにしても、ここは長い時間いたような気がしたのですが、敵は現れませんでしたわ」
セシルに言われてセレンと顔を合わせる。
言われてみればそうだ。
今は出て欲しくなかったから都合が良かったが、普通に考えればおかしい。
あれだけ騒いで血の匂いもあったはずなのに、敵の襲撃は一切無かった。
敵は迷路内を徘徊しているからランダムエンカウントのはずなのに、それとは違うとなると、二つの想定ができた。
一つ目は、敵はどこかに留まっていて、ある範囲内に誰かが来たら迎撃に向かう。
二つ目は、誰かが迷路内を監視していて指示を出している。
いずれにしても、カイルが倒れている間は絶好のチャンスだったはずなのに、何も起きなかったと言う事が解せない。
「確かに不自然だな」
「そうね。でも今は港に戻る事が最優先よ。考えるのは休んでからにしましょう?」
「そうですわね。では、参りましょう」
すっかり重くなった腰を上げると、カイル達は地上に向かって歩き始める。
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遺跡内部のとある薄暗い部屋の中、ひとつの壁の一部が光り輝いており、その中にはカイル達が迷路内を歩いている光景が映し出されている。
「やれやれ… このまま諦めれば良かったのに、あの調子だと、また戻ってきそうですね。
…それなら、置き土産でもしておきますか」
男は静かに壁に背を向けると、さっきまで見えていた光景が消え、ただの壁に戻った。
そして、指を鳴らすとひとつの魔方陣が床に現れ、そこから一体のゴーレムが姿を現した。
「貴方に命じましょう。彼らは一度この迷路を去り、再び戻ってくるはずです。その時に備えて入り口に罠を張り、待ち構えなさい。そこで始末するのです。絶対にこの部屋には入れてはなりません」
男がゴーレムに命じると、ゴーレムのコアが赤く輝き出す。
そのコアの輝きに照らされた男は、白髪で口ひげを生やしており、まるで執事服のような黒い衣装を纏っていた。
「大人しく、用意された舞台の上で物語を演じていれば良いものを… 役を超えた動きには罰が必要です。死にたくなければここを見付けない事ですね」
ハークロムが険しい顔をして、じっとゴーレムを見つめていた。
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