第15話 鉱山国家は想像してたのと異なる
鉱山国家は想像してたのと異なる
敵の船内へと続く階段を三人で降りていると、セシルとセレンが物騒なことを言い出す。
「ねえカイル。こんな船、撃沈しちゃいけないの? 燃やしちゃえばすぐなのに…」
「そうですわね。それなら手間もかかりませんし、特大の落雷ならすぐですわ」
「二人とも物騒な事を言わないの! いいか? こう言うのにもルールがあるんだよ」
そう言って、カイルが「海上での襲撃について」と言うギルドのガイドラインを説明する。
簡単にまとめると、内容はこんな感じだ。
・確たる証拠があり、対象を敵と認定した場合、その対象は排除しなければならない。
・認定した敵に対して温情をかけてはならない。
・素材としての利用価値があるため、魔物であれば可能な限り持ち帰ること。
・海賊船は盗品などが含まれていることがあるため、船内はくまなく探索すること。
・奴隷などがいた場合は保護すること。
・船体は行動範囲を調査に使用するため、可能であれば最寄りの港に入港させること。
・やむを得ず戦闘より離脱、または排除に失敗した場合はギルドへ報告すること。
指折り数えながらカイルが説明する。
「なるほど、分かりましたわ。セレン、あまり船を破壊してはいけませんよ? それと、盗品を回収した後のことは記載されていないようですが、基本はギルドへ提出ですのよ? セレン、よろしいですの?」
「!? えっ!? なに? 私なの? 「危ない!!」 わわっ!!」
突然カイルに腕を引かれ、転びそうになるのを堪えてカイルの腕にしがみついた。
すかさず、床に何かが突き刺さる音が複数音聞こえた。
そして、さっきまで自分のいたところを見ると、矢のようなものが数本突き刺さっていた。
「罠、ですの? これは… ボウガンの矢ですわね。しかも、何か塗ってありますわよ?」
「この場合は毒だろうな。セレン、大丈夫か?」
「う、うん。 …ありがとう。助かったわ」
改めて、セレンは自分が今いるところは敵地のど真ん中で、今は命の取り合いをしているんだと再認識した。
気を引き締めて通路を進む。
通路には左右に幾つかの扉があり、ひとつずつ注意して中を確認していく。
ここは敵の居住区のようで、どの部屋も生活感まる出しの状態で放置されていた。
「襲撃するなら、せめてベッドメイクをしてから行って欲しいですわ」
「海賊なんてガサツなヤツの集まりなのよ? 誰もそんな事しないってば」
女性二人は、だらしなく散らかされた部屋を見ながらため息をついている。
そして、突き当りの扉の前で足を止める。
中にいる人はカイル達を待ち構えていたかのように、部屋の中から扉の外まで感じるほどの殺気を漲らせている。
自分の存在を隠すような素振りは見せず、正面から叩き伏せるタイプのようだ。
「私でも感じるくらいの殺気だわ。よっぽど反撃されたのが頭にきたのかしら? でも、ここまで強い殺気を出すくらいだから、中の人も相当強いんじゃない?」
セレンの意見は正しいだろう。
反撃されるのは当然だとして、ここまでの殺気を放っていながら扉を開けていないのは、中の人の攻撃準備が終わってるということだ。
「俺達が扉を開けるのを待ってるのか? …いや、誘っているのか」
どうやら頭に来ているのではなく、待ち構えているようだ。
冷静に自分が優位になれる環境を作っていると言う事は、相当な実力者かも知れない。
「セレンの言う通りだろう。中の人は相当な実力者だと思…」
言い終える前に、カイル達の後ろで大きな爆発音が鳴り響いた。
三人が条件反射で一斉に後ろを振り返るが、何も無い。
「罠かっ!!」
「おりゃあああっ!!」
その瞬間、扉が勢いよく開いた。
敵は扉を蹴破り、大きく振りかぶっていたグレートソードを三人目掛けて振り下ろす。
カイルは何とか視線を戻すことはできたが、この状態では誰を狙っているか分からないし、それ以前にこの斬撃が止められない。
― まずいぞ! どうするっ!?
絶体絶命だ。
と、その時、驚くほど大きな声が響き渡った。
「アルジス!<守れ!>『障壁っ!!』」
そして、振り下ろされたグレートソードは途中で軌道を変え、床を斬り割いた。
まるで、球体を切ろうとして剣の刃がたたずに滑ったかのようだった。
「何ぃ!?」
自分の振り下ろした剣が、思いがけず反れたことに対して敵が驚く。
だが、このタイミングを逃す手は無い。
「セレン! 助かった」
カイルが剣を抜いて攻撃に出ると、敵はグレートソードをその場に捨て、新たに抜いた片手剣で応戦する。
だが、この通路は狭い上に天井も低い。
二人並んで歩ける程度で、剣を振り上げたら切先が天井に当たってしまいそうだ。
だから、カイルやセシルが得意とする高速移動での攻撃ができない。
今も、カイルは足を止めて敵と斬り合っているが、どうにも部が悪い。
敵は巨漢で見るからに力がありそうだ。
この体格差は大きなハンデとなり、敵の剣をさばき切れず、カイルの装備や体がだんだんと傷付いていく。
「カイル!!」
セシルの呼び掛けと共にカイルが大きく後退し、セシルが入れ替わるように攻撃を始めた。
腰を落とした前傾姿勢での二本の剣による回転攻撃だ。
敵も見慣れない攻撃に動きを合わせ切れず、動きが鈍くなっている。
チャンスなのだが、援護しようにも狭い通路では、セシルの攻撃に巻き込まれてしまうため、迂闊に近付けない。
敵の思惑通りに戦っていれば、必ず先にセシルがスタミナ切れになってしまう。
(なら、これしかないな)
カイルは一瞬で風を纏い、突きの構えで攻撃のタイミングを待つ。
だが、セシルに呼び掛ける必要はない。
なぜなら、セシルは既にカイルの考えに気付いているからだ。
そして、回転の連撃後に二本の剣で横薙ぎを放つと、動きを一瞬止めた。
(そこだっ!!)
突如、疾風が吹き荒れ、一陣の風がセシルの背中の上を通り過ぎたと思うと、敵の胸元に剣が突き立てられていた。
前にゴーレムとの戦いでコアを貫いた時と同じ技だ。
だが、金属音とは違う不快な音が聞こえ、敵の鎧に剣を突き通すことができなかった。
「くそっ! 貫けなかった! だが、このまま吹き飛ばす!!」
更に風の魔法を乗せて、カイルは敵と一緒に部屋の奥へと飛び込んで行った。
二人は部屋の家具や壁に盛大に激突して倒れ込む。
「ぐ、うぅ… 今のは効いたぞ… だが、お前の技ももう通じない… 終わりだ!」
さすがにこの体格だとダメージにも差が出るのか、カイルよりも先に動けるようになった敵は、落としていた剣を拾い上げると、まだ激突のダメージから抜け切れてないカイル目掛けて振り降ろす。
「そんな事、させませんわ!!」
続いてセシルが雷を纏って敵に向かう。
狭い船内で雷を作ったせいで、いつもより規模が小さいが、そんなことは言ってられない。
カイルの斬撃が効かなかったのを見ていたから、斬撃では無く両足蹴りに切替えると、敵を物凄い勢いで蹴り飛ばした。
「がっ、ぐああああっ!!!」
物凄い勢いの飛び蹴りをまともに受けた敵は、凄まじい速度で部屋の壁に激突し、文字通り壁にめり込んだ。
「ぷっ、うふふっ ふふっ」
人が部屋の壁にめり込むなんて初めて見た。
その光景にセレンが思わず笑ってしまう。
「セレン、楽しむのは後だ。今はコイツを仕留めよう。コイツは危険すぎる」
カイルがセシルに肩を貸し、二人がよろよろと立ち上がる。
敵は気を失ったみたいで壁に埋まったまま動かない。
確かに、大人しくなっている今がチャンスだ。
「分かったわ。私に任せて」
セレンは敵に手をかざし、魔法を唱える。
「ティール・アンスール・ナウシズ・イス・エイワズ!<軍神よ、わが声を聞け。彼の者に苦痛を与え、氷結の死を与えよ!>『氷像棺』」
「うぅっ、あ、が、ぐああああああああぁーーっ!!!!」
ビキビキと音を立てて、敵が凍り付いていくと、絶叫を撒き散らし、血を吐きながら、徐々に動かぬ氷像と化していった。
対象以外に魔法の影響は出ていない。
本当に不思議で、とても強大な力だった。
「それにしても、こいつの防御力は一体なんだったんだ? 俺の剣が通らないなんて、相当なもんだぞ?」
「うーん。これ、鎧に魔法付与されてると思う。見た感じでは、防御力向上かな。多分、かなり特化させてると思うんだけど、これって普通に売ってるレベルのものじゃないよ?」
氷漬けになった敵の鎧を見ながら、セレンが分析する。
あれほどの戦闘力を持つ敵のボスが、防御力向上に特化した装備を身に付けているとなると、並大抵の冒険者では刃が立たないだろう。
やけに戦い慣れした奴らだと思ったが、ボスが上級の装備を身に付けている恩恵で、この海域を縄張りにしていたに違いない。
「それにしても、そんな装備をどこから調達してきたんだ?」
「盗んだんじゃないの? さっきも言ったけど、まともな商人のところでも見たこと無いヤツだよ?」
「これは想像なのですが、そこの身の程を知らない愚か者に対して、無謀にも戦いを挑んだ冒険者風情が哀れにも敵に討たれてしまい、無駄に装備品まで奪われてしまった。と言うのが、可能性として高いと思われますわ」
確かに、セシルの想像した内容の可能性が高いだろう。
冒険者は、常に自分の中で最強の装備で依頼に臨む。
どんな簡単な依頼でも、予想もしない敵との遭遇は否めないし、薬草採取や調査の依頼でも、町の外に出れば魔物や盗賊の類はどこにでもいる。
そんな時でも生き残れるように、装備品だけはしっかりとしたものを身に付けておくのが、冒険者としての常識だ。
「セシルの言葉の端々にトゲがあるのは何でなの?」
「まぁ、そのせいで余計な戦いを強いられた上に、やたらと硬くて面倒な相手だったから、文句の一つでも言いたかったんだろう?」
「でも、最終的にはいくら高い防御力を持ってしても、加速度を伴った衝撃には無駄だったようね。それに、剥き出しの生身の部分を仕留めれば鎧が優秀でも関係ないもんね」
「だからと言って、何も壁にめり込ませたまま氷像にしなくても良いと思いますわ」
「最初にセシルが笑える状態にしたんでしょうが!」
「でも、おかげで助かったよ。コイツは稀に見る強敵だったし、俺とセシルだけじゃ危なかったと思う。今日はセレンに助けられてばかりだな。ありがとう」
「っ!? そ、そんな事… ないよ。それに、私の方がずっとずっと助けられたから…」
自分が助けた事に対し、カイルたちが感謝してくれる。
そんな当たり前のことが今のセレンにはとても嬉しく、顔を赤くしながら思わず顔を背けてしまった。
「では、邪魔者もいなくなりましたし、船内の探索の再開ですわ」
そして、船内を隅々まで探すと… 出てくる出てくる。
戦利品と言う名の盗品で、ここまで多いとまるで博物館だ。
セレンじゃないけど、笑いそうになる。
と、セレンが怪訝そうな表情で床を睨んでいるのに気付いた。
「セレン、どうかしましたの?」
「たぶんこの船、まだ下があると思うの」
「他に船倉があるって事か。通路を隠してるなら、怪しいのはアイツの部屋だろうな」
そして、壁にめり込んだ氷像の部屋にやってきて、意外と大きい部屋の中を探していると、
「見つけましたわ」
セシルが少し色の違った床板を見つけた。
その板を外すと、そこにはスイッチが隠されていた。
罠じゃない事を確認し、慎重にボタンを押すと「カチリ」と音がして壁の一部が開き、
下へ続く階段が見えた。
明かりも点いているようなので、そのまま下に降りてみると、そこには人が1人立てる程度の高さのある空間が広がっていた。
そして、所々に何か箱のようなものが置いてあり、一番近いところの箱に近付いてみると、それは何と檻だった。
しかも、中には人が入れられていて、弱っているのか苦しそうに呼吸をする音が聞こえる。
声を掛けても返事が無い。
とりあえず治癒の魔法をかけてみると、苦しそうにしていた呼吸音が、落ち着きを取り戻したかのように安定したものになった。
一先ずは大丈夫そうだ。
そして、周りを確認すると全部で六つの檻があり、その内二つは空で、残り四つに人が入れられており、男が二人と女が二人だった。
全員が人間で他の種族はおらず、着ているものも普通の服で、靴は履いていない。
体にキズがあるか見てみたが、外傷としては見えなかった。
考え過ぎかも知れないが、念のために罠ではない事と、操られていない事を確認すると、
檻を開いて中の人を助け出す。
全員衰弱していたので、治癒の魔法をかけてから食事を用意する事にした。
「カイル。私は、久し振りにカイル特製の野菜スープが飲みたいですわ」
「何それ? 私も飲んでみたい」
「じゃあ、ここのキッチンを使ってスープを作ろうか。その方が早そうだし、彼らもスープくらいなら飲めると思うんだ」
この船は大人数を受け入れていただけあって、調理用設備は充実していた。
そこで、定番の野菜スープを多めに作って鍋ごと持って行く。
先ほどの場所では、捕虜になっていた四人が起き上がれるくらいまで回復していたので、お椀にスープを分けてスプーンと一緒に渡すと、セシルとセレンにも渡して、みんなで簡単な食事をとる。
「あぁ… やっぱり沁みますわね…」
「やだ。意外に美味しい。って言うか、かなり美味しい。カイルは料理もできるの?」
ちょっとだけ昔話をして、料理には自信があることを伝えた。
セレンが目を輝かせてリクエストしてきたが、それはこの仕事が終わった後にしてもらう。
他の四人も、少しずつだけどスープを飲んでいる。
ここではゆっくり休めないだろうから、食事が終わったら向こうの船に移動して、そっちで休んでもらう事にした。
そして、四人を無事に船へと送り届け、敵船の探索も終える頃には既に空が白んでいた。
敵の船舶はこちらの船と係留し、アルマイト港に近くなったら人による操船で入港させることにした。
「じゃあ船長、申し訳ないが俺達は一休みさせてもらうよ。何かあれば起こしてくれ」
「分かりました。ゆっくりと休んでください。お疲れさまでした」
「うー… お風呂入りたい…」
「そうですわね。汗も掻きましたし、流さないと気持ち悪くて眠れませんわ」
セレンがポツリと言葉を漏らすと、ポンと手を叩いてセシルが思い出したように言う。
確かに動き回ったせいで体がべた付く。
しかも外は海だから余計にべた付く。
このべた付きをきれいに洗い流してベッドに潜り込みたい。
今だけは彼女らの気持ちが良く分かった。
「じゃあ、最初に二人で入って来なよ。俺は後でいいからさ」
「イヤよ!! セシルにお風呂で沈められるじゃない! いいから、カイルはセシルと入りなさいよ。いつもの事なんでしょ? 変な気を使って私の死期を早めないで!」
「その通りですわ。カイル、貴方は何を言っているのかしら?」
「いや普通、こう言う場合は女性同士で入るもんだと思ったからさ… ゴメン、俺が間違ってた」
腰に握り拳を当ててセシルが胸を張っている。
セレンがげんなりしながら、早く行けと言わんばかりに手を振ってきたので、仕方無くカイルはセシルを伴って風呂場へと行くのだった。
「船のお風呂は思った以上に狭いですわ」
「何言ってるのよ。船にお風呂があるだけでもありがたいじゃない。水は貴重なのよ? 知ってるの? …本当は狭い方が良かったくせに」
「そんなことは知ってますわ。それに、狭くても広くても寄り添って入る事には変わりありませんわ。常に密着してますもの」
「うわぁ… そうなの? カイル。ごちそうさま」
二人は、部屋で風呂上がりの牛乳を並んで飲みながら、お互いに思ったことを口にしていて、見ていて飽きない。
「さて、カイル。新しい邪魔が入る前に寝ますわよ」
「そうね。じゃあ、おやすみ」
「ああ、お疲れさん。ゆっくり休んでくれ」
あっと言う間に二人は寝息を立て始める。
今日はいろいろあったから疲れたのだろう。
「二人ともおやすみ」
カイルもゆっくりと目を閉じて眠りについた。
翌日。
それからは順調な航海を続け、カイル達は敵船に捕らわれていた四人の聞き取りをしていた。
多少は歩けるくらいに体力が回復した四人は、マルテンサイト王国に所属する冒険者のチームらしい。
捕まった場所はマルテンサイト王国からオーステナイト王国へ行く途中の船で襲われた。
捕らわれてからは、別に何かされるでも無く、ずっと檻に入れられていたらしい。
「うーん… つまり、なぜ捕まったのか理由も分からない、と」
氷漬けにしたアイツと話をしてないから、どんな理由があって拘束したのかは分からない。
だが、何かの実験に使う生餌として売るために拘束したと考えた方が良いかも知れない。
最近は、そう言った理由で行方不明になる者が多いとギルドで聞いたことを思い出した。
いずれにしても、情報が少なすぎるから、あとはギルドに任せるしかないだろう。
四人に今後の話をして、もっと食べてもっと休むように伝えると、笑顔で手を振り、船内へと入っていった。
翌日の午後。
船長がやってきて、あと少しでアルマイト王国に着くと言う事を教えてくれた。
さすがに三日間の航海は長かったが、やっと地面を踏みしめられると思うと嬉しくなる。
やがて、見えてきたアルマイト港は、マルテンサイト王国やベークライト王国の港に比べると、やや小振りな感じがした。
停泊している船も少なく、露店も少ないようだ。
入国審査を終え、アルマイト王国の城下町に入ると、さすが鉱山国家と言われるだけあって、辺りは大きな山々に囲まれていた。
でも、町並みはきれいで賑わいもある良い感じの町だ。
町の人に聞いてみると、ここのギルドは城に近いところにあるらしい。
三人で町を歩き、露店で買い食いをしながらギルドへと向かうと、ひと際大きな建物が視界に入る。
グレーを基調とした落ちつきのある建物で、出入り口は多くの冒険者が行き来している。
マルテンサイト王国と同じくらい賑やかなギルドだ。
早速中に入り、受付に認識票を見せて掲示板以外の情報が欲しい旨を伝えると、
「ギルドから提供できる情報は、ランクA以上となっておりますので、残念ですがランクDの方には… ちょっとお見せできません」
「!? え? そうなの?」
周りから失笑が聞こえる。
どうやら、これは常識のようで、知らなかったとは言え、かなり恥ずかしい。
カイル達はギルドを出て、近くのオープンカフェに入る。
作戦を立て直さねばならない。
「まいったね。全然知らなかったよ。せっかくここまで来たのに」
「良いではないですか。来たからこそセレンを仲間にできたのですわ」
「私にとってはラッキーだったわ。運命ってあるのね。 …ところで、何を探しているの?」
セレンが興味を持ったようで、カイルたちが何を知りたかったのか聞いてくる。
カイルとセシルは概要を掻い摘んで説明すると、セレンはある程度理解したようだ。
「知らないから聞くけど、冒険者のランクって上げるの大変なの?」
「ランクを一つ上げるのに、何年もかかってる人がいる」
「私達の状況としては、地道にランク上げしてる余裕が無さそうなのですわ」
セレンは次に、ランクAの人に頼んで情報を集めてもらうのはどうかと聞いてくるが、残念な事にランクAの友人がいない。
と言うより、友人そのものがいないことに気付く。
今から友達作りも大変だし、全てのギルドで情報を集めたいなら、全国に友達がいないと無理だ。
「何よー、友達くらいすぐに作りなさいよ。簡単なことでしょ?」
カフェの椅子で足をバタつかせながら、セレンが膨れている。
とは言え、困ったのも事実だ。
何せ、やることが無くなってしまったからだ。
正直なところ、国王にからかわれるのが目に見えてるから、すぐにベークライト王国には帰りたくない。
と、思っていると、セシルがパンっと手を叩いた。
「ああっ!! そうですわ! 方法ならありますわよ。私たち特有の方法ですわ!!」
「…ん? …そうかっ!! それだっ!! すっかり忘れてたよ。いいぞセシル。後でいっぱい抱き締めてやるからな!」
「はわわっ! 本当ですの? 嬉しいですわ!」
「はいはい、ごちそうさま。 …で、どんな方法だって?」
カイルとセシルを繋いでいる力だ。
信じる力、とでも言うべきか?
もしかすると、セレンも同じような力があるのかも知れない。
あの絶妙なタイミングでの出会いと言い、セレンの置かれていた環境と言い、セシルとセレンはどこか似ていると感じていた。
「へえ… そう言うのってあるのね… でも、何だろ? それは信じられると思うわ。根拠は無いんだけど、私の心がそう言うのよ」
「それと同じですわ。やっぱり、貴女と私達は似た者同士だと思いますの」
「じゃあ、ギルドの掲示板に行ってみようか」
カイルがセシルを探した時のように、ギルドの掲示板に期待を求める。
あの行商人の言う事も何故か信じることができるからだ。
ギルドに到着して掲示板の前に立ち、早速試そうとした時、カイルの左の袖がクイクイと引っ張られる。
「どうした? セシル」
左に顔を向けるとセシルと目が合った。
「わ、私ではありませんわ… 残念ですけど…」
「私よ。私。セシルもカイルに見られただけで赤くならないで」
頬を赤く染め、恥じらっているセシルに、やれやれとした表情をするセレン。
カイルの後ろにいたために、カイルは隣にいたセシルが袖を引っ張ったのだと勘違いしたのだ。
「セレンだったのか。で? どうした」
「あのね… お願いがあるの。 …掲示板の件だけど、私にやらせてくれない?」
「何かありますの?」
やけに真剣な表情でセレンが頼み込んできた。
どうも、これは自分がやらなきゃいけないような気がした、と言う事らしい。
セシルが言っていたように、カイルもセレンが自分達と同じでは無いかと感じている。
ならば、それを信じない事はあり得ない。
「もちろんいいぞ」
「やったー!! ありがとう!」
セレンは自分が言い出したことを、すぐに信じてくれたことが嬉しかった。
だから、思わずカイルに抱き付いてしまうのは普通の流れだろう。
抱き付いてきた少女は、外見が十歳くらいの子供だ。
カイルの腰のちょっと上くらいしかない。
だから、自然とセレンの頭を撫でてしまうのも普通の流れだ。
モサモサしてるオレンジ色の髪を撫でてやると、セレンが嬉しそうに目を細める。
だが、実際の中身はセシルと同じ十七歳の少女だ。
「…セレン、貴女は何をしているのかしら?」
「ご、ごめん。嬉しくて… その… つい…」
実体化しそうなくらいの殺気を纏い、セレンの首根っこを摑まえてカイルから引きはがす。
「カイル、貴方にはセレンにした事を、後で私にも再現することを要求しますわ」
ビシッと指を指されて頭を撫でろと言われてしまった。
これは大人しく頷くしかない。
「さて。じゃあやるわよー」
今の出来事を無かったかのように、セレンが掲示板に向かう。
そして、胸の前で手を組み、静かに目を閉じた。
すると、掲示板の中央辺りに薄く光る依頼書が見えた。
「これって、ホントにどんな力が働いてるんだろうな?」
「そうですわね。他の人には見えないと言うのも謎ですわ」
「でも、そのおかげでこうして情報が手に入った… と、はい、これ」
セレンが掲示板から剥がしてきた依頼書を持ってきた。
内容を確認すると、
<依頼者:マイトネリ>
<依頼場所:アルマイト王国、ファルクロム遺跡>
<依頼内容:素材収集>
<希望期日:要相談>
<報酬:要相談>
<その他:アルマイト港の西の外れに来られたし>
何となく、「やっぱり」と感じてしまう。
それと同時に「アタリ」とも分かった。
「何これ? こんな感じなの? つまり、聞きに来いって事でしょ? 危なくない? って言いたいとこだけど、これ絶対にアタリだよ」
「ああ、俺もそう思う」
「私もですわ」
三人とも意見が一致したので、この依頼を受けることを決めると、受付に依頼書を持っていき、受理票を受け取った。
「よし、これで受付が完了したよ。じゃあ、早速だけど話を聞きに行ってみようか」
時間的にはまだ夕方だ。
場所も港だし、話を聞いてもそんなに時間はかからないだろう。
「そうですわね。話を聞いたら、明日は準備をしましょう。セレンの準備も必要ですし」
「あ、あははは… ゴメン。そう言えば、私は何も持ってないんだったよ」
「気にするんじゃないぞ? 仲間としては当然の事なんだからな?」
「うん! ありがと!!」
着の身着のままだったセレンは、持ち物と言うものが無い。
常に現地調達だったのかも知れないが、これからはカイルたちの仲間になるため、冒険者装備を一式新調する事にした。
「もちろん、生活必需品も全てですわよ?」
着替えやバッグなど、日用で使用する全ても用意しなければいけない。
セシルの言うように、明日は準備だけで終わるかも知れなかった。
そして、明日のやることを決めたカイルたちは、早速依頼者の話を聞くために港へと足を運んだ。
依頼者が指定した、港の西の外れに向かうと、見慣れた馬車が置いてあるのが目に入った。
「カイル、もしかして依頼者って…」
「ホントにどうなってるんだろうな。危険は無いにしても、絶対に仕組まれた事だと思う」
「何? どう言う事なの?」
「ん? まぁ、見てなよ」
馬車の前に出ると、見慣れた顔がこちらを見た。
恰幅の良さも変わっておらず、豪快な笑顔もそのままだ。
「何だい、アンタら。こんなところで会うなんて、偶然ってのは怖いねぇ」
「な? セレン。こう言う事だ。で、これは偶然なのか? 俺には必然に思うんだが…?」
「アタシはアンタらがここに来るなんて知らなかったんだ。なら、これは偶然だよ」
「そういう事にしておきますわ。今日来た目的はこれの事ですわ」
「なるほど、二人の知り合いって訳ね。確かに、偶然にしては出来過ぎてるわ」
セシルがギルドで受け取った受理票を行商人に見せると、それを見た行商人が、驚きに目を丸くする。
「へぇ、アンタらこの依頼を受けてくれるのかい。こんな情報だけでよく受けてくれたね」
「それは私が選んだの。でも、カイル達の求めるものに間違いないと思ってるわ」
「ん? そっちの娘さんは初めて見るねぇ」
行商人がセレンを興味深そうにのぞき込む。
お嬢ちゃんじゃなく、娘さんと呼んだのも気にはなったが、今は置いておこう。
「つい最近仲間になったんだよ。ところで貴女はマイトネリと言う名前なのか?」
「そうさね。呼び辛いだろうからマネリでいいよ。さて、じゃあ仕事の話をしようか」
マネリからの依頼内容は素材の収集だ。
話を聞くと、その素材とは遺跡の奥にある泉の水だと言う。
泉と聞いてカイルの表情が強張り、なぜかセシルが真っ赤になる。
そして、遺跡の場所はここから馬車で半日くらいのところらしい。
町から近く、水汲みレベルの仕事がなぜ残っているのか、そこが怪しいところだが、更に話を詳しく聞いてまとめてみると、
・遺跡内には強い魔物が群れていて、大抵は群れを成して襲ってくる。
・罠も多数仕掛けられており、魔法によって罠も定期的に作り直されている。
・内部は狭い通路が迷路のようになっている。
・未確認の魔物も多数いるようだ。
・定期的に冒険者が探索に入るが、必ず数人命を落としているため、あまり出入りはない。
・お宝は無いが、遺跡の魔物の死骸は高級な素材として高値で売買されている
これは面倒な事この上ない。
迷路と罠と魔物。
そして冒険者も命を落としているし、未確認の魔物と言うのも気になる。
冒険者を集めるための餌が、高級素材になる魔物なのだろう。
そもそも、この依頼案件はカイル達ランクDで大丈夫なのか?
この詳細な情報が無いから、ギルドもランク問わずにしているのかも知れない。
だが、これは既に受けた依頼で、しかも必然的に与えられた試練みたいなものだ。
「とりあえず、情報はもらった。後は検討させてくれ。明日、また来るよ」
マネリに別れを告げると、カイル達はその足で食事を済ませ、宿を探すために店の外に出た。
外の空気は透き通ったようにきれいで、空を見れば満天の星空だ。
鉱山国家と聞くと暗い雰囲気や、インゴットを作るための工房からの煙、金属を鍛えるための槌の音とかを想像してたが、ここはそんな感じは一切しない、自然と調和したように穏やかだった。
そんな街並みを見ながら進むと、割と大きめの宿屋を見つけた。
「いらっしゃいませー」
若い受付の女性が挨拶をすると、いつも通りにセシルが希望を伝える。
「三人一部屋で一泊。ベッドはツインでお願いしたいのですわ」
「畏まりました。少々お待ちください… と、ありました。はい、どうぞ」
「ありがとう」
カイルがキーを受け取り、部屋へと進む。
そして、三人で車座に座り作戦会議を始める。
「今回の遺跡は罠と魔物と迷路で、この組み合わせが最高に厄介だな。これに毒とか麻痺の状態異常も入るだろ? 普通ならお断りの案件だけど…」
「やらざるを得ませんわ。それに魔物も強く、通路の幅も狭いと言ってましたわ。これだと突進しかできないと思いますの」
「やらなきゃ、って感じるのよね。ちなみに、罠なら私がなんとかできるわ。無効化じゃないけど物理防御ならできるから」
あのグレートソードを防御した魔法だろうか。
罠の心配をしなくて良いなら、精神的な疲労が大幅に軽減できるし、魔法力に直結する分の精神的な負担も軽減できるのがありがたい。
「よし。セレン、それ頼めるか?」
「うん、任せて。それと、並行して攻撃魔法も打てるから、もっと頼ってもいいわよ?」
「馬車馬のように?」
「それはやり過ぎ!」
誰かに信頼されることが、こんなに嬉しく感じるのは初めてだ。
セシルの冗談に付き合い、いつの間にかセレンは微笑んでいた。
「それなら、私達は魔物に専念できますわね。カイルはマッピングですの?」
「ああ、そうだ。迷路には必須だからね。俺とセレンも攻撃に入るが、セシルほどの突破力が無いんだよ。だから、セシルは魔物の対処の方を頼みたいんだ」
「分かりましたわ。先陣はお任せ下さいませ」
それぞれ役割を決めると、何となくだけどうまく行きそうな気がしてきた。
後は実際に入ってみて感触をつかめばいい。
「よし、じゃあ明日はマネリさんのところに行って正式に依頼を受けて来よう。その後はセレンの支度を整える必要もあるから、町の道具屋で準備だな」
「ふわ… じゃあ、お風呂に入って寝ようよ」
「そうですわね」
そして、ベッドに入ってしばらくした頃、カイルがおもむろにセシルの髪を撫でる。
「な、ど、どうしたんですの? いきなり」
セシルが驚いて大きな目を見開く。
「約束しただろ? 頭を撫でるって。セシル、明日は頼りにしてるからな。 …それにしても触り心地の良い髪だ。いつまでも触れていたくなるよ」
「うふふ、嬉しいですわ。 …でも、私も貴方を頼りにしてますのよ? それに、この髪だけでなく、私の全ては貴方の物ですわ。いつでも、好きなだけ触れて良いんですのよ?」
セシルが「ほぅ」と息を吐き、頬を赤く染めながら目を閉じて、髪を撫でられる感触を楽しんでいる。
「…デリカシーが無いって言われそうだけど、一応言っておくわ。声は聞こえるんだから、何かするなら私が寝てからにしてよ?」
こっちに顔を向けて、セレンがいたずらに笑う。
セシルにそんなことが絶対にできないと知っていて、わざと言っているのだろう。
それでも、セシルは気にする素振りも見せず、幸せそうな顔をしてカイルに撫でられていた。
さあ、明日はこの鉱山国家での初めての冒険だ。
想像していたのと違った国だけど、着実に自分たちのやるべき事には近付いていると思う。
だから、三人で頑張ろう。
気付くと、セレンもセシルも静かに寝息を立てていた。
「2人とも、おやすみ」
そして、カイルも目を閉じて眠りにつくのであった。
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