第14話 新しい仲間はライバルにもなる

新しい仲間はライバルにもなる



無事にベークライト王国所属の冒険者になり、城に戻るとプリンセスナイトの称号を授けられた。

ここでアルマイト王国行きの話しができればよかったのだが、陛下も別件があったらしく、

いそいそと玉座の間を出て行ってしまった。


国王も忙しそうだし、アルマイト王国行きの話しはまた後にしよう。


その後、クラウスから専用のハーフプレートの鎧とマントを渡された。

今後、セシルの公務が入った場合はその装備で護衛する事になる。

もちろん、正式に婚約したことを全国の国王宛に書状を出した後は、セシルと共に表舞台で公務に出る事になる。


つまり、ハークロムを倒し、狙われる心配が無くなるまでの期間限定の護衛ってことになる。

まぁ、しばらくはセシルの公務も無い事だから、この装備も身に纏うことは少ないんじゃないか? そう思いながら部屋の人型に、プリンセスナイトの装備を付けていく。


「なかなか格好良いじゃないか。公務以外で着ちゃいけないのが残念だよ」

「気に入ってもらえて嬉しいですわ。実はその装備は私のデザインですのよ?」

「!? ホント? これ、セシルのデザインなの? なら、俺の普段の装備もデザインしてくれないか?」

「ええ、構いませんわよ。むしろ、喜んでさせていただきますわ。 …改めての確認なのですが、本当に私のデザインでよろしいんですの?」

「何か引っ掛かる言い方だけど… 何かするにしても常識の範囲内で頼むよ」

「分かりましたわ。うふふふ、楽しみに待ってて下さいね」


正直、プリンセスナイトの装備は本当に洗練されたデザインだで、セシルも冒険者として実戦も経験しているから、機能美が素晴らしかった。

魔法銀で作られているのとマントがついているを除けば、間違いなくカイル好みの装備だ。

そして、今の装備をセシルがデザインから一新してもらえるのだから、本当に楽しみだ。


さて、そろそろ良い頃合だろうと、陛下にアルマイト王国行きの話をしに向かった。


「父上、今少しいいですか?」

「いいぞ、どうした?」

「実は…」


真偽は定かではないが、行商人から得たハークロムの情報を元に、アルマイト王国へ行く事を報告する。


「アルマイト王国か、あそこの国王はアルフランと言うのだが、我がベークライト王国と仲が良い訳ではないのだ。だから、あまりベークライト王国の名は出さない方が良いかも知れないな」

「そうなんですか? まぁ、父上がそう言うなら気を付けましょう」

「では、お父様、私達は明日出発しますわ」

「十分に気を付けて行くが良い。それと、必ず帰ってくるのだぞ」

「わかりました」


国王同士が不仲なのは珍しい事ではない。

このリルブライト大陸は6つの国が存在する。

もともと一つの王家が大陸全土を治めていたのだが、いつの時代か詳しくは分かっていないのだが、王の息子達6人がそれぞれ分家して治めるようになったらしい。

当然息子達の相性もあるだろう。

それが今日まで続いているという事だ。


何にしても陛下の言うとおり、ベークライト王国の名前は極力出さない方がいいだろう。

そもそも城に立ち寄る予定は無いから大丈夫だとは思うが、十分に注意しよう。


アルマイト王国までは、各国を回る定期船で3日くらいの日程らしい。

目的地までは直行で行けるし、船では食事も部屋も提供されるから、荷物は着替えと消耗品くらいだろう。

万が一、町の外に行く機会があれば現地調達すればいいし、余れば帰りに売ってくれば問題無しだ。


「じゃあ、明日は午前中に出よう」

「またしばらくは、この寝心地の良いベッドともお別れですのね」

「そうだな。だから今夜は十分に寝心地を堪能しようじゃないか」

「でも、私はカイルと一緒に眠ることができるなら、別にどこでも構いませんわ」


そう言って、セシルが抱き付いてきた。

確かに、こんな無防備で寝れるのはここ以外には無いだろう。


「あぁ… 落ち着きますわ…」

「おやすみ、セシル」


セシルが「ほぅ」とため息をつくようにつぶやいて目を閉じた。

カイルも抱き返すと、二人は眠りについた。


翌日、朝食を済ませ、装備を身に付けた二人は国王陛下に挨拶をしてから港へと出発した。

港でアルマイト王国行きのチケットを買い、船に乗り込む。

今回の船旅は船室がついているので、早速船室へと行ってみる。


安い作りのドアノブを引くと、正面に小さなテーブルがあり、それを挟むようにベッドが二つと小さなクローゼット。

そして驚くことに、この船室にはバス・トイレ付きだった。

普通こう言う船には浴槽は置かないと思ったのだが、船長が言うにはこれで客足が増えたとの事。

やはり、旅にシャワーだけでは物足りないらしい。


「さすがに三日間、どこにも寄らず船に揺られるだけと言うのは飽き飽きしますわね。何か気を紛らすものがあればいいのですが」


港を出て約1時間で、さっそくセシルが飽きてしまったようだ。

つい先日もマルテンサイトに行ったばかりだし、短い期間で何度も船に乗っていれば当然飽きる。


「じゃあ、ありきたりだけど船内を見て回ろうか? それとも、人目を集めるかも知れないけど甲板で俺と訓練でもするか?」

「なら、両方したいですわ。船内もそんなに広くないのですから、すぐに終わるでしょうし、訓練でもそんなに人目は無いと思いますわ。乗客そのものが少ないんですもの」


と、言う事で、まずは船内の探索だ。

船長室と他の客室以外なら、船倉に入っても問題は無いとの事だった。

なぜなら、結局はみんなヒマだから探索くらいしかする事がないらしく、そのためにある程度は開放しているらしい。


セシルと二人並んで船内を歩いていると、厨房の方から怒鳴り声が聞こえてきた。


「コイツ、いつの間に潜り込んだんだ?」

「縛って船倉に押し込めとけ! いや、海に捨ててしまえ!」

「捨てるのはダメだ! まずは縛り上げてから船長に報告だ。そして指示を仰げ!」


密航者か? そんなに珍しい事ではないが、厨房に入るとは、よほど腹を空かせていたのだろう。

カイルたちの前に突然、ドンっ! と言う音と共に、何かが厨房から転がり出てきた。

見ると、それは縄でグルグル巻きにされたオレンジ色の髪をした子供だった。


「あうっ!」


壁に頭をぶつけて、やや高い声が短い悲鳴を上げる。

次に、料理人らしき服装をした体格の良い男が出てきて、床に転がる子供を掴み上げた。

子供はぐったりしているようでピクリとも動かない。


「ち、ちょっと待ってくれ。その子をどうするんだ?」


カイルは思わず声を掛けてしまう。

と、言うのもカイルの直感が「助けろ」と言うのだ。


「これは冒険者殿。見苦しいところを見せてしまいました。コイツは密航者でして、どこから乗り込んだか分からないんですが、チョロチョロとすばしこくて、捕まえるのに苦労したんです。これから船倉にブチ込むんですよ。では、失礼します」

「すみませんが、待っていただけます? その子の身柄を私達にいただけませんか? もちろん、それなりのお金は払いますわ」


男が向きを変え、船倉へ向かおうとするその背中に、セシルが声を掛ける。

このまま連れて行かれたら、もう会えなくなるような気がしたからだ。


「良いんですかい? そりゃ俺らは損失分を補填してもらえれば、何事も無かったことにできますが…」

「構いませんわ。そちらの言い値で支払います」


と、セシルがバッグから、パンパンに金貨の詰まった皮袋を取り出す。


「では、こちらの金額ですね… はい、確かにいただきました」

「じゃあ、ついでで申し訳ないが、三人分の食事を用意してくれないか?」


子供の身柄の支払いを済ませると、ベークライト港からアルマイト港までのチケットをもう一枚購入する。

そして、腹を空かせているだろうこの子のために食事も用意してもらった。

それを持って三人で部屋に戻り、食事をすることにした。


「船内の料理とは思えないくらい普通の料理ですわね」

「観光目的の客船ならもう少し美味いと思うけど、この船なら良い方だと思うよ」

「.........」


意外と口に合う料理を食べながら、いつも通りの会話をしているが、さっき助けた子は無言のまま食事に手を付けようともせず、訝しむような眼でカイルとセシルを睨んでいる。


「別にどこかに突き出したりしないぞ? それよりも料理が冷めると美味しくないんじゃないか?」

「そうですわ。お腹が空いていると思ったのですが、違いますの?」

「.........」

「…なぁ、事情はどうであれ、俺達は君を助けたと思うんだが、一応礼ぐらいは言うもんだぞ? まぁ、強制はしないけどな」

「あのまま、縛られて船倉に入りたかったとは思えませんわ。それに、あなたがどう思っているか分かりませんが、少なくとも私達は敵ではありませんわよ?」

「…ありがとう」


素直じゃないところを見ると、本当に子供のようだ。

敵じゃないと言われた瞬間に、少しだけ警戒が解けたのが分かった。

おそらくセシルも感じたのだろう。


「じゃあ、食べなよ。俺達だけじゃあ食べきれない」

「…いただきます」


途端に食べ始める。

余程お腹が空いてたのか、凄い勢いだ。


「あらあら、うふふっ 余程お腹が空いていたのですね」


そして、あっと言う間に完食してしまった。


「もう良いのか? 足りないならもっと注文するぞ? 遠慮なく言ってくれ」

「もう良い。ありがとう」


大きくなったお腹をさすりながら満足げな顔をしている。


「ついでと言っては失礼ですが、デザートも準備してもらいましたの。どうぞ、召し上がって下さい」

「美味しそうだ。ありがとう」

「…どうして助けたの? 無関係だし、普通なら見捨てる」


食後のデザートを食べながら、なぜ助けたのかを聞いてくる。

お腹がいっぱいになったら警戒心も戻ってきたようで、カイルとセシルの顔を交互に見ている。

何歳かは分からないが、子供にしか見えないその子は、手入れすらしていないボサボサの髪をしている。

服と言うかローブのようなものを着ているが、ボロで汚れ過ぎていて性別は分からない。

その格好で事情はある程度察した。


「簡潔に言うとだな、俺達は助けるべきだと思ったから君に手を差し伸べた」

「逆に助けて欲しくなかったのなら、その手を振り払いますわ」

「そ、それは…」

「まぁ、気持ちのどこかでは助けて欲しかった。そういう事だ。何かすべきことがあったんだろ?」

「別に、恩を売るつもりはありませんわ。私達を利用すれば良いんですのよ?」


オレンジ色の髪から覗かせるクリクリした大きい目は、何かを言い出したいようにカイルとセシルの顔を交互に見ている。


「俺達はアルマイト王国に用事がある。まぁ、とある情報を探してるんだ。もし君の目的地がアルマイト王国なら、そこまで俺達と一緒に行かないか?」

「ホント!? 良いの?」


ガタッと、勢いよく立ち上がる。


「さっき、セシルも言ったが、俺達を利用すればいい。だから事情も聞かない」

「とりあえず、アルマイト王国まではご一緒しましょう。申し遅れましたが、彼はカイル。私はセシルと言いますの。数日の間とは言えご一緒するのですから、よろしくお願いしますわ」

「…私はセレン。 …よろしく」


おずおずとだが名前を教えてくれたことで、性別も女の子だと分かった。


「では、セレン。貴方もこの部屋を使ってください。ベッドはそちらですわ」

「分かった。セシルと一緒に寝ればいいのね?」

「いいえ、貴方は一人で使ってくださいませ。もともとそのベッドは使うつもりは無かったので、問題はありませんの」

「え...? もしかして、カイルと一緒に寝てるの?」

「もちろんですわ。こう見えても私たちは婚約してますのよ?」


もともと二人で予約していた部屋だ。

ツインになっていて当然だったが、セシルはどこに宿泊してもカイルと一緒に寝るというスタンスは崩さないため、ここでもベッド一つが使われない状態になっていた。


だから、セレンが使っても何の問題も無い。

セレンは持ち物も無さそうで、着の身着のままと言う感じだ。

アルマイト王国で何をするのかは分からないが、事情があることは間違いないみたいだし、この後、カイル達の直感がどう働くのかは分からないが、今は旅の仲間が一人増えたことにしておこう。


「さて、と。じゃあ俺達は甲板で訓練してくるから、セレンは休んでていいぞ。疲れただろ?」

「…私が物を盗んで逃げるとは考えないの?」

「そうなったら、私達は次から気を付けますわ。そうならないようにね」

「本当に物を盗むヤツは、絶対にそう言う事は言わないんだ。覚えといた方が良いぞ」

「…じゃあ寝てる」


セレンが顔を赤くしてベッドに潜り込んだ。

カイルとセシルはその光景に微笑みながら甲板へと出ていく。



― どうして私が追い出されるの?

― どうして私の話を誰も聞いてくれないの?

― どうして私にこんな力があるの?

― どうしてお父さんもお母さんもみんなも私を無視するの?

― や、やめて! 来ないで!! いやぁぁぁぁ!!!


「はっ!!」


無意識に何かを掴もうと手を伸ばしたが、空を掴むだけだった。


「…夢? どうしてあの時の光景が… いまさら」


そして、自身がひどく汗を掻いていて、呼吸も荒くなっていることに気付く。

全ては、自分が村の外で何者かに襲われて大怪我をしたことが始まりだ。

突然、自分に降って湧いた災難。

力の覚醒に恐れた村人が有無を言わさず自分を村から追い出した。

父も母も姉妹も友達も、誰も味方になってくれなかった。


村を追い出されて、しばらくは一人で頑張って生きてみたが、寂しさには敵わない。

たまに道行く人が声を掛けてくれたりすれば喜んでついて行った。

でも、ちょっと仲良くなり、自分の事を話した瞬間に恐怖で逃げられたり、怒りの余りに殴られたりした。

中には見世物にしようとした人もいたが、そんな時は返り討ちにしてやった。

それぐらいでしか、この力の恩恵は無い。


それからセレンは心を閉じ、何も求めずに目的も希望も持たず生きてきた。

今回の彼らもこれまでと同じだろう。

アルマイト王国に行ってもやることは無いけど、その間だけは仮初でも温もりを感じることができる。

全ては生きるためのことで、絶対に力のことは話さない。


(…でも、それから先は… どうしよう…)


と、思った矢先、船が大きく揺れるほどの衝撃を感じた。

周りはバタバタと走り回る音が聞こえ、何事かと思ってたら急に扉が開いた。


「セレン! 良かった、無事だったか」


カイルがセレンの顔を見てホッとしたような表情を見せた。


― やめて、そんな表情を見せないで…


セレンの胸の奥で何かが疼きだす。


「よかった、無事でしたのね。セレン、今この船は魔物の襲撃を受けてます。これから私達が迎撃に向かいますの。貴女は安全なところにいてください」

「ベッドの中が良いだろうな。衝撃も少なくなる。じゃあ、いい子で待ってろよ?」


戦闘中にも関わらず、2人が心配して様子を見に来てくれた。

そして、にっこりと笑うと、まるで買い物にでも出かけるような軽さで船室から出ていった。


(…この2人と話をしていると、どうして胸の奥が疼きだすの?)


それから、爆発音が聞こえるたびに船が大きく揺れた。

だが、セレンはそんな事よりも、自分の心と葛藤していた。


― 随分と激しい戦闘になってる。あの2人は大丈夫かな?

― いいえ、ダメ。あの二人だって、これまでの奴らと一緒だ。絶対に心を開いちゃダメ。

― でも、だったら戦闘を抜け出してまで、私の心配をして様子を見に来るの?

― そんなの。これまでも同じような事で失敗してきただろう? もっと学習しないと生きていけないよ。

― でも、でも…


そして、ひと際大きな爆発音がとどろき、ベッドに横になっているにもかかわらず、体が転がりそうになる。


「あぁっ! もうダメっ!!」


がばっとベッドから飛び起きると、二人の元へと走り出した。


― また、見捨てられるよ… また、一人ぼっちになるよ…


黒く弱い自分が捨て台詞を吐く。

だから思いっきり言ってやった。


「セシルだって言ってた! 次はそうならないように気を付ければ良いって!! だから、私は今度こそ信じたいのっ!! …もう、一人はイヤだから…」


二人に会って、ほんの少しの時間しか経ってない。

なのに、ここまで彼らを信じることができるのはなぜ?


「カイルが言ってた、助けたかったから助けたって。それと同じ、私が信じたいから信じる。いえ、それ以前に、自分の心が信じろと言ったから!! だから信じるの!! だって、こんな気持ち初めてだもん!!」


セレンの頭には、二人が血を流して倒れている光景が浮かぶ。

お互いを庇い合い、傷だらけになりながらも戦う光景など、イヤな場面が幾つも幾つも浮かんでくる。


(待ってて! カイル、セシル! 今行くから! 私が行くまで持ちこたえててっ!!)


息を切らしながら階段を掛け上がる。

そして、甲板に出る扉を思いきり開け放った。


「カイル!! セシ… ル…? えぇっ!?」


心配した2人の名前を叫び切ることができなかった。

なぜなら、その途中でセレンの目には信じられない光景が飛び込んできたからだ。

なんと、人よりも大きな魚の魔物が幾つも甲板に打ち上げられてビチビチと跳ねていた。

しかも、魚とは言え魔物としての凶暴さを表すように、鋭い牙も無数に覗かせ、体中のヒレも鋭い刃物のような鋭さを見せていた。

そして、海面には数えるのが嫌になるほどの死骸が浮いているが、まだ生きている魚の魔物は諦めること無く船を襲撃しようと、背びれを水面に出して機会を伺っている。


「いくぞー」

「良いですわよー」


そんな緊張感が漂う戦場の中、二人の気の抜けるような掛け声の後に、海面ギリギリで凄まじい爆発が生じる。

その上では風が渦を巻いており、爆風は全て上空へと抜けるようになっていた。

そして、爆発により生じる気圧の変化で、海面が急上昇して大きな水柱が立ち上る。


次に、その水柱に向かって凄まじい雷が幾つも降り注ぐと、魔物たちが感電死して降り注ぎ、海面は魚の魔物の死骸で埋め尽くされる。


それを、カイルとセシルが流れ作業のように淡々と行っているのだ。

今回も、二人以外に冒険者はおらず、その他の商人や旅人は呆気に取られてその作業を見ていた。


何とも気の抜ける光景だ。

ここに来るまでの心の葛藤を返して欲しいとさえ思った。

セレンは開いた口が塞がらないまま、その光景を眺めていた。


(それにしても、凄い力。あの2人が別格なの? それとも、これくらいが普通なの?)


何がなんだか分からなくなってしまった。

やがて、魔物の大群もいなくなった頃、人の気も知らない二人が、のんきに声を掛ける。


「お? セレン、来てたのか。あんまり寄ると危ないぞ?」

「大丈夫ですの? 信じられないものを見たような顔をしてますわよ?」

「……のに…」

「え? 何ですの??」

「心配したのに…! 二人が危ないって思ったから! いっぱい、いっぱい走ってきたのに! いろいろ考えて勇気を出して、やっと決めたのに! 何で、何でそんなに余裕で魔物を狩ってるのよぉっ!!」


理不尽な怒りが込上げてきて、感情が抑えきれなくなってきた。


「もしも二人がやられちゃったら、私はまた一人ぼっちになっちゃうじゃないの! そうしたら、私はどうすれば良いのよっ!! もう、一人はイヤなの!! 寂しいのはイヤなの!! 悲しくなるのもイヤなのよっ!! うわぁぁぁぁん!!」


― 情けないことに、会って間もない人の心配をして、感情のタガが外れちゃって、二人の目の前で子供のように泣いちゃいました。


生きていてくれたことも嬉しかった。

一人ぼっちの悲しさと、二人が無事だった嬉しさが入り混じった、そんな不思議な涙が止まらなかった。


― でも、今は気持ちが晴れるまで大泣きしたい気分なんです。


「心配を掛けて、申し訳ありませんでしたわ。でも安心して欲しいんですの。私達は貴女を置いていなくなったりしませんわ。絶対、一人にしないと誓いますわ。だって、私も一人ぼっちの悲しさは身に沁みていますもの。だから、セレンの気持ちは痛いほど分かりますわ」


ふわりと抱きしめられ、耳元で優しく囁かれた。


― もうダメです。セシルを抱き返して、またボロボロと大粒の涙を流し、大声で泣いちゃいました。

仕方無いですよ。

嬉しかったんですから。

救われたんですから。

そして、胸の辺りが暖かくなるのを感じながら、いつの間にか眠っちゃいました。


翌日。

セレンが朝早くに目を覚ますと、カイルとセシルはまだ眠っているようだった。

そして、昨日の自分を思い返してベッドの上で悶えていると、カイル達が目を覚ましたようだ。


「おはよう、セレン。随分と早起きだな」

「おはようございます、セレン。気分はどうですか?」

「おはよう、二人とも。ありがとう。気分はだいぶ良いし、何だかスッキリしたわ」


三人で顔を見合わせて微笑む。

セレンも随分と久し振りに自然な笑顔ができたと思った。

すると、セレンのお腹が空腹を訴える。

心地よさも空腹には敵わないらしく、セレンは顔を赤くしてうつむいてしまう。


「あぅ… お腹が空きました」

「昨日はあれから寝ちゃったもんな。そりゃお腹も空くよ」

「では、ちょっと早いですが食事にしましょう」


三人で厨房へ食事を取りに向かう。

廊下を並んで歩きながら、昨日の魔物騒動を詳しく聞いたけど、やっぱりこの二人は普通と違う、と言うのがセレンの印象だった。


普通なら百を超える魔物の群れを見たら逃げ出したくなるに決まっている。

相手は人よりも大きい巨大魚で、間違って海に落ちたら確実に命がなくなる。

だから、流れ作業で魔物を狩るってどういうことなのよ! と無性にツッコミを入れたくなったのは当然のことだと思った。


そして、厨房で三人分の食事を貰い、天気が良いからと甲板で食べる事にした。


「セレン、もう一度言ってもらっても良いですか?」

「何度でも言うわよ。私は十七歳」

「ホントかよ… 俺より年上なのか。そうは見えないけどな」

「…私は、同い年ですわ。 …信じられませんわ。その見た目ですのに…」


セシルが驚くのも無理は無い。

セレンの身長はカイルの胸の辺りくらいしかない。

二人の中では、セレンの年齢は大体八歳辺りだろうと思っていたのだが、その予想を大幅に超えてきたのだ。


「私もビックリしたわ。セシルはともかく、カイルはもっと年上かと思ったし。それに私の見た目は… とある事情によるものなの。それは聞かないでくれるんでしょ?」

「言いたくなったら言えば良いさ。じゃあ、お互いに気兼ねしなくても良いって事だな」

「でも、カイルからしてみれば、私はお姉さんなのよ? うふふ、特別にお姉ちゃん、って呼ぶことを許しちゃうわよ?」

「…考えとくよ」


初めて会った時に比べれば、言葉遣いもだいぶ素になっているようだ。

食事をしながら聞いたセレンの年齢と見た目の違いは、何かしらの事情があるのだと言う。

もちろん、本人が言いたくも無いのに言わせるつもりは無い。

ただ、カイルよりも一つ年上でセシルとは同い年だというのは、なぜか複雑な感じがする。

お姉ちゃんと呼んでもいいと言われたが、事情を知らない人から見れば、カイルがセレンをお姉ちゃんと呼ぶのは違和感しか感じないだろう。

だから、その件については曖昧に誤魔化しておいた。


「で、セレンはアルマイト王国に着いたら何かするのか?」

「え…? そ、それは…」

「特に無いのなら、私達と一緒に来ませんか? その… 何と言うか縁と言うものを感じますし。それに、こう見えても私はあなたの気持ちが分かりますのよ。ほら」


セレンに自分と同じ何かを感じているようで、セシルが左の前髪を持ち上げて左眼を見せる。

一瞬、セレンの顔が強張ったように見えたが、すぐに微笑みに変わる。


「うん、ありがとうセシル。何となく理解したわ。 …じゃあ、私の気持ちを言うよ」


そう言うと、セレンは空を見上げた。

それから、カイルとセシルの顔を見ながら真剣な表情をする。


「私は、あなた達とずっと一緒にいたい。私の事はまだ話せないけど、私の心が一緒にいなさいって言うの。 …だからお願い。私も一緒に連れていって」


カイルとセシルは微笑んで手を差し伸べる。

差し伸べられた手を両手で握り返し、セレンが頬を染めて微笑んだ。


「それじゃあ、今日から俺達の仲間だな」

「頼もしいのかしら?」

「が、頑張るわよ」


夜。

そろそろ寝ようと言う頃、甲板が騒がしくなったと思うと、突然扉をノックされる。


「夜分、申し訳ありません。冒険者殿、夜襲です。甲板まで来ていただけますか?」

「分かった。すぐに行く」


カイルとセシルが武器を装備し、準備を進めている。


「私も行くわ。これでも戦えるのよ?」

「…分かった。だが、夜で視界が悪いと言うのを忘れるな。常に周りに注意してくれ。夜襲はそう言った戦い方がメインになる。セシルもだ。油断してると攫われるぞ」

「気を付けますわ。ところで、セレンは魔法を使いますの?」

「うん。私は特別な魔法を使うの。機会があれば見せてあげるわ」


準備も整ったし、注意事項も共有したので三人で甲板に出ると戦闘音が聞こえる。

見ると、一隻の大きな船が既に横付けされていて、何人かが乗り込んできているようだ。

船員との戦闘中のようだが、敵は黒い装備を身に付けていて、闇に溶け込んでいる。

かなり戦い慣れした敵のようで、船員達だけでは対応しきれない。


「まずいな。敵は戦い慣れしているし、船員達だけでは無理だ。相手は闇に紛れてるから、常に周囲に注意を払ってくれ」

「なら、ここは私に任せて。閃光を使うわ。目に注意して」

「私とカイルはいつでも構いませんわよ」

「じゃあ行くよ!! 光よ! 闇を退けよ!」


セレンが手を真上に上げて魔法を叫ぶと、もの凄い閃光が放たれる。

確かに、これをまともに見たら目がおかしくなるだろう。

だが、カイルとセシルは、セレンの使った魔法に違和感を覚えたが、今はそのようなことを気にしている場合ではない。

今が絶好のチャンスで、敵は閃光をまともに見てしまったらしく、目を押えてその場で動きを止める。


カイルとセシルは既に戦闘準備が完了しており、それぞれ風と雷を纏って剣も魔法剣にしてある。

二人は目も合わせることも無ければ、声も出さず、意思の疎通だけで瞬時に飛び出した。


セシルは雷と化して甲板上の敵を一瞬にして両断していくと、カイルは敵の船へ一直線に疾走して乗り込むと、殲滅を開始する。

閃光を出したセレンは二人のコンビネーションを見て、驚きを隠し切れない。

やがて、甲板上の敵を倒し終えたセシルが、そのまま敵の船に乗り込んでいくと、カイルと共に船の上で大暴れする。

その、想像を絶する二人の戦いを見て、セレンは高揚感を覚えた。

そして、いつのまにか表情が緩み、口元には笑みを作っていた。


(やっぱりあの2人強い! 私と同じくらいか、それ以上に強い! これって、私も行っていいかな!? いや、行こう! 一緒に!!)


セレンが両手を広げると、大小さまざまな真紅に輝く炎の球体が浮遊する。


「アンスール・ギューフ・エオロー・マン・アルジス・ティール・カノ・エイワズ! <我が言葉を聞け、愛と友情の元に、我が仲間を守護せよ。戦士の炎よ彼の者に死を!>

『爆炎塵!!』」


セレンが言葉を紡ぐ度に炎の球体は輝きを増していき、明らかにセシルの魔法とは力の度合いが大きく違うものを生み出している。


そして、魔法名を叫んだ瞬間、無数の炎の球体が凄まじい速度で敵に向かう。

それは、長い尾を引きながらカイルとセシルをきれいに避けて、敵のみを貫き炸裂し、触れるものを爆炎で包み込み塵と化す。


周りにいた敵は全て倒され、跡に残されたのは灰だけだった。

その一瞬の出来事に、甲板にいたカイルとセシルは思わず動きを止めてしまう。

そして、未だに笑みを浮かべたまま、両手を広げているセレンと目が合った。


(あれ? ちょっとやり過ぎたかな…? これって、マズい?)


驚きを隠せない二人の顔を見たセレンは、自分はまた間違ってしまったのか心配になった。

すると、二人の顔は微笑みに変わり、とても喜んでくれた。


「やるじゃないか! 驚いたぞ!? って言うか、凄い威力だな!!」

「セレンの援護のおかげで助かりましたわ」



(やっぱり、この2人なら大丈夫だった。嬉しい! やっと見つけた! 私の居場所!!)


長い事、一人寂しく行く当てのない旅をしていたが、やっと見つけた自分の居場所。

あまりの嬉しさに自然と涙が出てきた。

腕でグイっと涙をぬぐい、私達の居場所は絶対に守ってみせると心に誓うと、二人の元に駆けていった。


「聞いた事の無いスペルワードでしたわね」

「ふふん、まだ教えないわよぉ」

「そう言って、本当は聞いて欲しいんだろ?」


乗り込んだ敵の船上で甲板の敵を殲滅し、他愛のない話をしていると、当然の事ながら増援がやってくる。


「あいつ等、なめやがって!!」

「皆殺しだ!」


船内への入り口の辺りに数人立って何かを喚いているが、こちらに向かってくる気配は無い。

誰かを待ってるのかも知れないし、単に仲間がたった三人に倒されたので、警戒しているのかも知れない。

そんなことを考えていると、その瞬間にカイルの脇を雷が走る。

そして、それまで喚いていた数人は一言も発することなく、一瞬でその場に崩れ落ちた。

倒れている敵の真ん中で、セシルが身に纏った雷を迸らせている。


「私達に向かって、殺すとは許し難いですわね。その愚かさは、命をもって償いなさい」

「セシルって意外と怖いのね…」

「怒らせるんじゃないぞ? 慰めるのも一苦労だからな」

「もおっ!! そこの二人っ!! 聞こえてますわよ!!」


セシルが口を膨らませて怒っている。

カイルとセレンはお互いに顔を見合わせ、笑いながらセシルの元へと向かった。


「カイル、セレン、貴方達は何を笑ってますの?」

「そんな可愛い顔をして怒っても効果は無いぞ?」


ぼんっ! と言う音がしそうな勢いでセシルの顔が真っ赤になる。


「毎日一緒に寝てるのに、そんなんで赤くなっちゃうの? どうなってるのかなー」


と、セレンがやれやれと首を振る。


「そ、それとこれは話が違いますの。さて、ここは敵地ですのよ? 気を引き締めて船内を捜索しますわよ!」

「まぁ、そう言うことにしておいてあげるわ。見てらっしゃい! 次のファーストアタックは私がもらうわ!」

「私も負けませんわよ!」


この二人は、いい意味でお互いを刺激して更に強くなっていくんだろう。

そういう意味では、良いライバルなのかも知れない。

強気な女性2人の後ろをついて行きながら、微笑ましく思うカイルだった。


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深い森の奥。


そこだけぽっかりと木が生えておらず、空き地のようになっているところには、

行商人の馬車が止めてあった。

その荷台の中は別空間のようになっており、大広間のような石造りの床と、出入り口の無い白い壁には絵画などは掛けられていない殺風景な場所だ。


その広間の中央にはひとつのテーブルが置かれてあり、その上にはボードが置かれていた。

それは、リルブライト大陸の地図を模した形をしており、

ベークライト王国のところにはゲームに使うような、騎士と姫の形をした小さな人形が立っていた。


「これでまた一人…」


フードで顔を隠した人物が、アルマイト王国のところに魔法使いの形をした小さな人形を置いた。


「だが、まだ足りないか…」


そう言ってボード全体を見ると、いたるところに黒いローブ姿の小さな人形が置かれている。

それは全大陸に及び、数もかなり多い。

そして、オーステナイト王国の中心のところには女神を模した形の人形と、白髪で黒い服の人形が置かれているのだった。


「もっと探さなくては…」


そう言うと、ローブの人物は霧がかかるように姿を消していった。

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