第13話 新しい冒険が始まる

新しい冒険が始まる



ベークライト城の大広間には、純白のテーブルクロスを敷いたテーブルが並び、所狭しと美味しそうな料理が並んでいる。

立食スタイルで行われているカイルとセシルの婚約披露パーティーは、城の関係者のみで開かれていた。

一角には音楽隊が心地よい演奏を奏でており、人々は思いのままに有意義な時間を過ごしている。


カイルは白銀のタキシードに身を包み、履き慣れない革の靴を履いている。

コーディネートはもちろんセシルで、鏡の前で着せ替え人形のように何度も服を合わせ、やっとこのスタイルになった。


セシルは既に決めてあったらしく、自身のピンク色の髪と合わせた薄い桃色のドレスで、

多めのフリルがまだ子供らしさを残しつつも、胸の部分は大胆に開けられていて大きなリボンも付いている。

絶妙なバランスの取れたドレスは、見るたびに目を止めて見惚れてしまうほどだ。


「カイル、そんなに見つめられると、さすがに恥ずかしくなりますわ。でも、そんなに見たいのであれば、後でゆっくりと鑑賞していただきたいですわ」


セシルが頬を赤らめてモジモジしている。

今回の主役ともいえる二人は、一緒にテーブルを回りながら食事をしたり、参加者と話をしたりしている。

カイルは、初めて着る衣装に窮屈さを感じながらも、ベークライト王国の暖かさを感じていた。


「さて、諸君。楽しんでいるかね? 今宵は我が娘セシルと、新たに家族として迎えるカイルとの婚約披露パーティーだ。結婚については、今抱えている問題が解決してからになるが、私個人としては既に夫婦として認めている。皆もその認識で、二人を暖かく見守ってやってくれ。城下町での祝いは別途時期を見て行うが、結婚披露宴として盛大に催したいと考えている。その時はいろいろと頼むぞ」


随分と長い時間行われていたパーティーも、そろそろ終わりを迎えようしており、国王が最後の挨拶をした。

次は結婚披露宴を盛大に行う事も宣言したので、これも確定事項となった。

カイルとセシルは顔を見合わせて微笑みながら、今夜参加してくれた人たちにお礼を述べた。

これでお開きかと思ったところで、不意に声を掛けられる。


「よぉ、久し振りだな。俺を覚えてるか?」

「覚えてますよ、もちろん。ベークライト王国の冒険者ギルドのギルド長のニーアムさんでしょ?」

「ああ、そうだ。覚えててくれて何よりだ。ところで、お前に聞きたいことがあるんだが、今ちょっとだけ良いか?」


隣を見ると、セシルも不思議そうな顔をしていることから、王家絡みのことでは無さそうだった。

だとすれば、冒険者としての話になるのだろうから、素直に話を聞いてみる。


「ええ、構いませんが… 何です?」

「いや、そんなに身構えなくて結構だ。なに、お前は姫さんと婚約したんなら、ほぼ結婚もしたようなもんだろ? って事は、ベークライト王国に身を置くって事だよな? なら、所属も変えた方が良いんじゃないか? って思ったんだよ」


ニーアムから話を受けて、その事で明日ギルドに行こうとしていた事を思い出した。

ちょうど良いから手続きとかを聞いてみる。


「その事で、明日ギルドに行こうかと思ってたんです。所属の変更はかなり面倒だと聞いてますが、結構な手間ですか?」

「そうだな。前の所属ギルドから変更の書類を貰うのと、その理由とかの調書を作り、最後に変更後に所属する国王の承認が必要だ。まぁ、手間と言えばそうなのだろうが、お前の場合、義理の父親がすぐに承認するだろ?」

「なるほど。じゃあ、マルテンサイト王国のギルドに行かないといけないですね?」

「俺が取り寄せたら、ウィルに作為的だって言われそうだろ?」

「それならば、もちろん私も一緒に行きますわ」


と、話の流れでマルテンサイト王国の冒険者ギルドで書類を貰わなければいけなくなった。確かに、ニーアムが冒険者ギルド経由で書類を取り寄せでもしたら、ウィルにカイルを唆したなどと言われかねない。

それに、前にマルテンサイト王国に言った時にはウィルに会えなかったから、セシルの紹介も兼ねて挨拶に行くべきだろうと思った。


ならば、そのことを陛下にも伝えておく必要があるため、辺りを見渡す… と、見付けた。 

執事長のクラウスさんと騎士隊総隊長のホルエルさんと一緒に飲んでるようで、上機嫌なのが伺えた。


「陛下。ちょっと良いですか?」

「…………」


おかしい、聞こえてないのか? と思い、もう一度声をかける。


「陛下。よろしいでしょうか?」

「…………」


これは、明らかに無視されてるような気がする。

何だろう? と考えてると、セシルが袖をクイクイと引っ張る。

顔を近付けると、ある事を耳打ちされた。


「ホントか? それ」

「ええ、間違いありませんわ。とてもお喜びになると思いますので、是非にお願いしますわ」


こちらも上機嫌なセシルに自信満々に言われたので、意を決して言葉にしてみる。


「ち、父上、ちょっと良いでしょうか?」

「なんだ息子よ?」


国王が満面の笑みでこちらを見る。

本当だった。

まだ婚約だってのに、陛下は既に家族として迎えてくれたようだ。

だから、よそよそしい呼び掛けには答えなかったのかと分かると、ちょっと気恥しいが嬉しくなった。


「明日、マルテンサイトのギルドに行ってこようと思います」

「ほう、なぜだ?」

「はい、私の所属はマルテンサイト王国ですが、婚約を機にベークライト王国に所属を変えようと決めました。これからはベークライト王国にも尽力したいと考えてます。そのための手続きに必要な書類を貰いに行くのです」

「何!? それは本当か?」


陛下が勢いよく立ち上がった。

なにかマズい事でも言ってしまったかと思ったのも束の間、


「クラウス! ホルエル! 聞いたか!? カイルが我が国の戦力になってくれるぞ!」

「はい、確かに聞きました。心強い事です」

「陛下、御恐れながら、騎士隊に迎え入れてもよろしいのでは? 騎士でもギルドには所属できますから、問題無いと思います」


聞き違いではないが、騎士隊への所属も決まりそうだ。

隣りのセシルもニコニコして聞いている


「ほう? ホルエル、カイルを騎士隊に入れて何をさせるのだ?」

「もちろん、姫様の護衛です。栄えある栄誉の一つ、プリンセスナイトなどいかがでしょうか? そして、ご結婚された暁には騎士団長でもよろしいかと存じます」

「おお、ホルエル殿。それは素晴らしい。それなら対外的にも問題はありませんし、それこそがあるべき姿なのでしょうな」


プリンセスナイトに任命されそうだ。

確かにこれは、姫を守るために常に側に随伴しなければいけない。

そのため、国王からの信頼も厚く、人間としても高い評価を得ていなければできない役職でもある。

そして、結婚したら騎士団長と言う話も聞こえてきた。

これも、カイルはベークライト王国に尽力すると宣言しているし、セシルと結婚すれば次期国王となるため、それまでの役職としては文句なしだ。

隣りのセシルもニコニコして聞いている。


「なら決まりだ。息子よ。そなたは本日付でセシルの護衛、プリンセスナイトに任ずる。次期騎士団長の件は結婚後に任命するぞ」

「お父様、クラウスにホルエル、さすがですわっ!!」


酒の席の勢いで、カイルの今後の身の振りがサクサクと決まった。

いつの間にか騎士になり、セシルの護衛と言うプリンセスナイトに任命されると、セシルが腕に抱きついてきた。


「さぁ、私のナイトさま。もう護衛は始まってますのよ? しっかりと私を離すこと無く守っていただきますわよ」


その光景を見て、目の前で楽しそうに大きな声で笑う新しい父親を見てると、本当に楽しそうだと思った。

長かったお祝いも無事に終わり、二人もくたくたになりながら部屋に戻ると、タキシードを脱ぎながら開放感を満喫する。


「ふう、やっと開放された気分だよ」

「うふふっ、これからはそう言った服を着る機会も多くなると思いますわ。だから、今の内に慣れていた方がよろしくてよ?」


セシルがおかしそうに笑いながらドレスを脱ぎ始める。

いくら未来の旦那とは言え、人前だと言うのに気にしないのだろうか? と、セシルの顔を見ると真っ赤になっていて、ちょっと頑張っている感じがした。


「セシル、初日から頑張りすぎると疲れるんじゃないか? 俺達は俺達にあった方法で進んでいければ良いと思うんだ。これから先、ずっと一緒なんだぞ?」

「ふう、 …確かにそうですわね。それが私達ですものね。なら、私はカイルが誘ってくれるまで気長に待つことにしますわ」


セシルにも思うところがあるのだろう。

「ほぅ」と息をついて柔らかく微笑むと、寝巻きに着替える。


「じゃあ、明日はマルテンサイトだから、今夜は早目に寝ようか」

「そうですわね」


そして、大きすぎるベッドに入ると、隣で小さなあくびをしたと思ったら、すぐに寝息をたて始めていた。


「おやすみ、セシル」


そうして、カイルも目を閉じて眠りにつくのだった。



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マギーの部屋


侍女達は城の一角に個室を設けられ、任期中は常駐する事になっている。

部屋自体の広さはそれほど大きくなく、シングルサイズのベッド、簡易テーブルに椅子、本棚、クローゼット。

風呂とトイレは共有だが、お風呂は掃除をする前に順番製で入るようにしているから、特に部屋に無くとも問題ない。

一日の仕事を終えて自室に戻り、一息ついたところでテーブルの上に手紙が置いてあることに気付く。


(誰からでしょう? とてもイヤな予感がしますねぇ)


だが、机の上に置かれている以上、到底無視できるものでもないので、意を決して手紙を読んでみる。


「― 指令 ― 同志マギーよ。本日の婚約披露パーティーも無事に終えた事で、次の段階へと進めようと思う。そのためにも、もう少しセシルを焚き付ける必要がある。手段は問わないが、カイルには注意せよ。そして、その状況を逐一報告すべし  ~A~」


(また、指令ですかぁ。陛下… おっと、Aでしたねぇ。彼も随分とお暇なようですねぇ。いえ、これがこの国が平和な証なのでしょう。なら、私も楽しむことにしますかぁ)


カイルが城に来てから始まった計画。

その目的は至ってシンプルで、カイルとセシルをくっつける、と言うものだ。

ただし、計画に加担している人物が増えるほどに情報が漏れる危険性も増えるため、本計画は少数での実行となる。

手紙の内容は、セシルをもっと急かせと言っているのだが、意外とカイルが勘繰っているから注意が必要だ。

そんな中で、セシルだけを焚き付ける。


「ふう、難しいですねぇ。仕方ないから明日はまた、姫様に叱られに行きましょうか」


手紙を見てため息をつくマギーは、やれやれと言ってベッドに入るのだった。

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翌朝。

カイルが目を覚ますと、セシルはまだ眠っていた。

スヤスヤと眠るその顔を見ていると自然と笑顔がこぼれてくる。

しばらくすると、セシルが身じろいでぼんやりと目を開ける。


「う… ん… もう、朝ですの…?」

「おはよう、セシル。もう朝だよ」

「ふあぁ… ふ。おはようございます、カイル」


笑顔で挨拶を交わし、着替えをしていると、扉の向こうに人の気配を感じた。

セシルも気付いていたらしく、気配の正体を部屋へと呼び入れる。


「マギー、入りなさい。そんなところに立っていても何も聞こえませんわよ?」

「お、おはようございますぅ。姫様、カイル様。も、もう、よろしいので?」

「おはよう、マギーさん」

「…おはよう。 …マギー、あなた何なんですの? その、よろしいので? と言うのは。

 何を想像してきたのかしら?」

「い、いえ… その、昨晩は… えぇと… アレ… でしたよねぇ? 陛下も仰ってた事ですし… その、お楽しみでしたかぁ?」


真っ赤になりながら、マギーは何かを確認したいみたいだ。

だが、言い切れてないために、何かの謎掛けのようになってしまっている。


(何を確認したいのか分からないけど… マギーさんの事だから、そっちの事を考えて… って、あー… もしかして、そうなのか?)


「…マギーさん、言っておくけど、マギーさんの想像してるような事はしてないぞ? 昨晩のが結婚披露宴ならまだしも、婚約パーティーだからね? もしかして父上が焚き付けてるのか?」


誤解の無いように言葉を選んでマギーの想像を否定した。

隣では案の定、顔を真っ赤にしたセシルがあたふたしている。


「えー… そうなんですかぁ? せっかく陛下が直々に夫婦だとお認めになりましたのに… 私だったら速攻ですよぉ? そして朝まで眠らせませんねぇ。って、はっ!? もしかして、カイル様は…」

「マギーっ!!」


マギーはつまらないように眉を下げ、とんでもない爆弾を投下すると、その直球すぎる発言に堪え切れなくなったセシルが、マギーの話を遮って声を上げた。


(直球で来たな。それにしても、俺を何だと思ったんだ?) 


そう聞き直したかったが、ちょっと怖かったからやめた。


「マギー、私達は身の丈にあった進め方をするのです。背伸びはしないと決めたんですから。だから、お父様にはカイルがその気になるのを待っている、と伝えなさい」

「分かりましたぁ。…では、カイル様、陛下も心待ちにしておりますので、早めにお願いしますねぇ。カイル様、お世継ぎは早い方が良いですよ? ちなみに、姫様は何人くらい欲しいのですか?」

「マギー、あ、あなた何を言ってますの? …で、でも、カイルが望むのなら、私は…な、何人でも構いませんわよ? 頑張りますわっ!!」

「君らは…」


セシルも天然なのだろう。

そして、マギーは変換能力が凄い。

この二人の組み合わせが話をとんでもない方向に捻じ曲げるんだと思った。

やれやれとカイルが首を振る。


その後、マギーが出て行くのを見届けてから着替えを済ませ、マルテンサイト王国へと出発する。

ストルスが正常になったためか、入国の審査は非常にスムーズになり、イライラすることは無かった。

そして、その足でギルドへと赴く。

相変わらず賑やかなギルドの内部を受付に向かって進んでいくと、後ろから声をかけられた。


「カイルじゃないか。ベークライト王国に戻ったと聞いてたが、またマルテンサイト王国に来たのか?」

「あれ? フェルローレムさん。 …ええ、まぁ事情がありまして…」


ランサー部隊の部隊長フェルローレムさんがギルドで何をしているんだろう? と思っていると、エレナがやってきて、ギルド内に騎士がいることの背景を説明してくれた。


「こういう光景は珍しいでしょ? 彼とストルスが最近良く来てくれるのよ。やっぱり国とギルドの関係は近い方が良いって、陛下が仰ってくれたのよ。ベークライト王国を見習ってね。あ、そうそう。ウィルはまだ戻って来てないわよ?」


どうやら、ハークロムの一件以降、ギルドとの距離を縮めようと国が努力してくれているらしい。

しかも、ベークライト王国をお手本にしてくれているのが、とても嬉しかった。

国とギルドが協力関係にあれば、有事の際もスムーズに対応できるし、何より町の人にとっても安心できることだからだ。


「ああ、話が逸れてしまったな。で、何か困りごとか? お前には恩もあるからな。喜んで協力するぞ?」

「困り事じゃないんだけど、所属地を変えようと思って、変更の書類をもらいに来たんだ」

「何、アンタ所属地を変えんの? 何でさ?」


一月くらい前は即断でマルテンサイト王国を拠点に選んだと言うのに、すぐに所属地の変更をするってことは、何かあったと思うのが普通だろう。

エレナの顔つきが変わったのを見逃さなかった。


(これは、ちょっとご立腹のご様子だ)


「セシルと婚約したんだよ。だから所属地をベークライト王国に変えるんだ。当然でしょ?」


隣で頬を赤く染めてセシルがぺこりと頭を下げる。


「へぇ、婚約したんだ。 …え!? な、何? 婚約ぅ?? アンタが?」

「ほう、おめでとう! 良かったじゃないか。一国の姫君を落すとは、さすがだな」


エレナがうろたえる中、フェルローレムは普通に祝福してくれた。


「だから、変更の書類が欲しいんだよ、エレナさん」

「え? あ、うん。分かった。ちょっと待ってて」


エレナが受付の奥に書類を取りに行くのを見送っていると、セシルが話してくる。


「カイル。せっかくマルテンサイト王国まで来たのです。久し振りにご両親にお会いした方がよろしいのでは? そ、それに私もお会いしたいと思いますの」

「あ、そうか。父さんと母さんの事忘れてたよ。 …でも家にいるかな?」


ガゼルとマリアは急用で仕事に出ているはずだ。

時間も掛かると言っていたから、もしかするとまだ仕事が終わって無いかも知れない。


「カイル、これ書類ね。必要なとこは書いといたから、後はベークライト王国のギルドに渡してね。それと、婚約おめでとう。この件は改めてお祝いしましょう。追って連絡するわ」

「ありがと、エレナさん。ところで、父さんと母さんは家にいるかな?」

「まだみたいだよ? 昨日かな、ジェイクが届け物に行ったけど、戻った気配は無かったって言ってた」


書類をヒラヒラと動かしながらやって来たエレナに聞いてみると、ジェイクが昨日ギルドに来て、ガゼル達がまだ戻ってない事を伝えていったらしい。

まぁ、これまでも両親が1ヶ月以上家を空ける事も珍しくは無かったので、別に驚く事でもない。

その間の家の手入れなどは、ジェイクやステラに任せているらしい。


「そうか、まだ仕事が終わらないんだね。 …じゃあ、仕方ないから帰ろうか」

「もう帰りますの?」

「特に用事も無かったからだけど、セシルは何かしたいことある?」

「そうですわね… カイルのご両親にご挨拶できれば良いと思ってましたので、それ以外となりますと… 特にありませんわね」


それなら、用事も済ませたことだし、セシルも特にやりたいことも無いようだ。

なら、帰って訓練とか調べものをした方が有意義だろう。


エレナやフェルローレムに別れを告げると、ベークライト王国へ帰るべく港に向かうが、港も相変わらず人混みが凄い。


「!! カイル、見てください。あの行商人ですわ!!」


セシルが指さす所には一際大きな人だかりができており、その中心にはナロイ村にいたおばさんが声を張り上げて商売をしている。

セシルと二人、引き寄せられるように行商人に近付くと、おばさんと目が合った。


「おや、アンタ達、久し振りだねぇ。元気だったかい?」

「いろんなところで行商しているようだな。もしかして、世界各地を回っているのか? なら、ちょっと聞きたいんだが、ハークロムって名前をどこかで聞いた事は無いか?」


世界各地を回っている行商人なら、もしかすると聞いた事があるかも知れない。

そう思って聞いてみた。


「聞いた事があるかも知れないねぇ。初めて聞く言葉じゃないような気がするよ。どこだったかねぇ…」

「え!? 聞いた事があるんですの? ど、どちらですの?」

「ちょいとお待ち。 …えぇと… あれは… そうだ。アルマイト王国だよ!」

「アルマイト王国? …確か鉱山国家、だったか?」

「その通りですわ。リルブライト大陸で採掘される鉱石などは、そのほとんどがアルマイト王国のものですの。何でも大地の精霊の加護で鉱石が豊富なんだとか…」


行商人のおばさんから意外なヒントをもらい、カイル達は次の目的地をアルマイト王国に決めた。

どう言った理由でハークロムの名を知っているのかは分からないが、実際に行ってみる価値はありそうだ。


「よし、次はアルマイト王国だな。マルテンサイト王国の隣の国で、ベークライト王国から行くには海路しかないから、準備はしっかりとしておこう」

「はい! 決まりですわね!」

「ち、ちょっとお待ち! ねぇ、アンタ等、まさかこのまま何も買わずに行くってのかい? アタシの情報はタダじゃないんだよ?」


目的地も決まり、準備のために城へ帰ろうとしていると、行商のおばさんが何か買って行けと言う。

ハークロムの情報はタダじゃないらしい。

さすがは行商人だけあって商売魂は凄い。


「分かった。また何か選ばせてもらうよ。 …セシルは何か欲しいものは無いか?」

「そうですわね。前はリングでしたから、今度は… ネックレスが良いですわ」


それ、良いかも。

セシルは胸の開いた服を好んで着てるから、胸元のおしゃれは絶対に似合うと思う。


「良いね。じゃあ… これなんてどうだろ?」


細めのゴールドチェーンで十字架が付いている。

そして十字架の中央には宝石が埋め込まれていて、本体は磨きのかかった魔法銀で作られているものだ。

しかも、この十字架は…


「おいおい、ウソだろ? これ、奇跡が付与されてるのか? 治癒と… 祝福か?」

「アタリだよ。よく分かったねぇ」

「魔法じゃなくて奇跡の付与ですか? ある事は知ってましたが、私初めて見ましたわ」

「俺だって初めてだよ。こんなのが作れる事自体信じられない」


通常、付与は魔法のみだ。

武具に魔法を待機状態で刻み込み、使用者の魔法力を使って起動させる仕組みで、魔法銀で作られているため、魔法力さえあれば誰でも使える。


一方、奇跡の付与は祈りの言葉を刻み込み、使用者の心で起動させる。

奇跡自体は教会の祈りの言葉を使うため、信仰心が強ければ強いほど効果も大きくなる。

魔法力ではなく信じる力のためか、気持ち次第では起動しない事もある。

だから奇跡の付与されたものはあるものの、市場には全く出てこないのだ。

性能的には魔法の付与よりも絶大なだけに、お宝と言っても間違いではないだろう。


「ウチの目玉商品だね。でも、アンタ達になら安くしてやるよ?」

「どうしてだ? 希少価値があるんじゃないか。逆に怪しくなってきたぞ?」

「アタシはね。アンタ等を気に入ってるんだよ。特にアンタの若奥様はあのリングをとても喜んでくれて、今も付けてくれている。商売人にとってこれほど嬉しい事はないのさ」


確かに、セシルの喜びようは凄かったし、気に入って肌身離さず身に付けている。


「だから、このネックレスも価値の分かる人に付けて欲しいってのが本音なのさ」


と、言うことは、価値の分からない人には売らない、もしくは法外な値段を付けるって事だろうか?

勘ぐる訳ではないし、自惚れる訳でもないが、セシルに持たせるのが目的なのではないかと疑ってしまいそうだ。

だが、ネックレス自体は本物だし、良質な物には違いない。


「分かった。言い値で買うよ」

「そうこなくちゃね」

「わぁ、嬉しいですわ」


買う事に決めるとセシルが満面の笑顔を見せる。

おばさんは指を鳴らして承諾した。

財布の中身は相変わらず増える一方で、減らない状態だ。

贅沢な話だが、そのお陰でこう言うものが買えて、セシルに喜んでもらえる。

父上には感謝しなくちゃいけないと思った。


「さぁ、セシル後ろを向いて」


セシルを後ろ向きにしてネックレスを付けてあげる。

すると、不思議な事にネックレスの十字架がうっすらと光り輝いた。


「何でしょうか? 胸の辺りが温かく感じますわ」

「セシルの信仰心か何らかの心の力に反応して奇跡が起こっているんだろう。常時発動とは恐れ入ったよ」

「凄いじゃないか、アタシも常時発動してるのは初めて見たよ。やっぱり持ち主で変わるんだねぇ」


セシルの状態にもよるのだろうけど、祝福の奇跡が常時発動している事になる。

魔法力で発動する付与とは比べ物にならないほど上位の付与だった。


「ありがとう。お陰でセシルに良いプレゼントができたよ。またどこかであったら買い物をさせてくれ」


カイルの直感が、この行商人とはまたどこかで会うと伝えている。

きっとまた会えるだろうから、その時にはまた買い物をさせてもらおう。


行商人に別れを告げると、カイル達はベークライト王国行きの船に乗り込んだ。

甲板に並んで座り、戻ったらすぐにでもギルドに行って所属の手続きをしようと考えていると、不意に甲板上が騒がしくなった。

隣のセシルはカイルの肩に頭を乗せて寝息を立てている。


そして、カイルの前に船員が一人走ってきた。


「不審船がこちらに向かっているようですので、もしもの場合は鎮圧をお願いします。今現在、乗船している冒険者はお二人のみですので、よろしくお願いします」

「了解した」


船員の話では、結構大きな船がこちらに向かっているようだ。

船籍を示す旗も出さず、黒っぽい船体と言う事は、夜間の戦闘を生業としている海賊船しかないだろうから、遠慮は必要ない。


「セシル、戦闘準備だ。相手は人間。人数は不明。海賊だから容赦しなくていい。だが、戦闘が始まれば対人戦になる。 …やれるか?」

「私も一国の姫ですのよ? こう見えても経験がありますわ。それと、向こうには念のための警告はしますの?」

「一応、そう言うルールだからな。それよりも、実戦を経験していると言うことに驚いたよ。じゃあ問題なしだな」


セシルと二人、船首へと向かい戦闘態勢を取る。

すると、前方には話に聞いた話通りの船が、まっすぐこちらに向かっていた。


「ここからじゃあ、何人乗ってるか分からないな。 …船長! 横っ腹に当てられないように、向こうの船と向きを合わせてくれるか?」

「向き合いますの?」

「ああ、そうだ。横っ腹に当てられると最悪の場合は転覆するし、しなくても乗り込まれた時に左右に分散されてしまう。今は俺達しかいないから、乗り込まれても一方向にしか行けないようにしておきたい」


他にも戦力があればもっと良いやり方とかあるのだろうけど、今は進路を変えてでも犠牲者を出さないようにする事が重要だ。


やがて、向こうの船がだいぶ近付いてきて、乗り込む気満々の十数人が船首に集まっている。

全員が完全武装してるし、既に攻撃用の魔法も展開されていて、射程内に入るのを待っているようだった。

カイルも舳先に立つと、一応は警告する。


「所属不明の船籍に告げる!! 直ちに戦闘態勢を解除し、速やかに撤退せよ!! そちらの航路を見るに、明らかに本船への侵略行為をしている。二度は繰り返さない!! 今すぐ撤退せよ!!」


絶対に聞いてないのは分かってるが、一応これもルールで定められているから仕方ない。

と、向こうの船から炎の魔法が放たれたが、これは既に威嚇を超えて当てにきてる。

カイルは風の魔法を使うと、炎の魔法と相殺させた。


「仕方ない、応戦しよう。セシル、向こうの船に乗り込むぞ」

「はい、腕が鳴りますわ」


攻撃をされたので、こちらの攻撃も可能になった。

敵が来るのをじっと待つ必要は無くなったので、向こうの船に乗り込んで殲滅する事にした。

カイルが風を纏うと、セシルは既に雷を纏っていた。


「さすが、その戦闘スタイルも瞬間的に展開できるようになったな。もう抱きかかえて行く事も無いのか…」

「それは一大事ですわ!」


そう言った瞬間、セシルは纏っていた雷を霧散させる。


「あれ? 解除したの?」

「もちろんですわ。カイルとのスキンシップは何事にも優先されますのよ? さぁ、私を抱えて行っていただきますわよ?」


敵を殲滅するよりも、抱きかかえられる方を選ばれた。

こう言うところはセシルらしくて安心する。


「よし、行こう! 船長! 船は俺達が出てから進路を戻してくれ。俺達は自力で戻るから大丈夫だ」


セシルをいわゆる「お姫様抱っこ」して船首に立つと、船長に指示してから風を纏って飛び上がる。

驚く船長達を残し、海賊船を目指して疾風と化した。


そして、海賊船の船首に飛び込むと同時に、一番前にいた敵を遠慮なく蹴り飛ばすと、後ろの敵も数人巻き込んで転がっていった。


「セシル、まずは甲板の上を掃除しよう。向こうは殺す気で来てるんだから、殺される覚悟もあるはずだ。容赦なしで行くぞ」

「お任せ下さい。私たちの平穏な時間をダメにした報いを受けさせてやりますわ」


その瞬間、甲板に轟音がとどろき、セシルに向かって落雷した。

空気が震えるほどの轟音と共に雷を纏い直したようで、逆手に構えた剣の刀身は雷を思わせるような金色に輝いていた。


「良いね。その威嚇を含めたやり方。惚れ直したよっ!!」


カイルが風を纏って疾走すると、その射線上にいた数人が青白い魔法剣で両断される。


「何度でも惚れ直させてみせますわ。 …雷刃の刑、執行っ!!」


セシルが視線を動かし、幾つもの雷の導線を作ると、甲板上に稲妻が走った。

腰を落とし、前傾姿勢のセシルは金色に輝く二本の剣を逆手に構え、雷の魔法剣で敵を感電させ、斬り伏せていくと、甲板の敵はあっという間に殲滅されたのだった。

辺りに気配が無いことを確認すると、まだ体に雷を纏ったままのセシルが一息吐く。


「ふぅ、終わりですわね」

「ああ、そうだな。じゃあ、次は船内の捜索だ。隠れてるヤツもいるかも知れないから甲板には罠を張っておこう」


カイルが甲板全体に爆発系の罠を仕掛ける。

至って単純な仕組みで、足を踏み入れたら発動すると言う罠だ。

幾つか仕掛け終えたところで船内の捜索に入る。


階段を下り切ったところで数人待ち構えていたが、閃光と共にセシルが雷と化して斬り飛ばし、通路の半分まで一気に進んだ。

そこへ、通路の両側にある部屋から数人出てくるが、セシルが回転しながらの剣技で次々と斬り伏せていく。


「不謹慎ですが、手応えが無いですわね」


天井に潜んでいた一人がセシル目掛けて落下してくるが、セシルの纏う雷で感電し、その場に煙を上げながら崩れ落ちる。


「やれやれ、攻撃にも防御にも使えるなんて万能な雷だな。俺の出番が無かったよ」

「あら、それは申し訳ありませんでしたわ。なら、後はカイルにお任せしますわ」


セシルに斥候を任せられたので、そのまま通路を奥まで進む。

その途中で甲板から二つの爆発音が聞こえる。

どうやら、どこかに潜んでいたヤツが爆発の罠にかかったようだ。


そして、通路を進むとその奥には一つの扉があった。

開くと部屋になっており真ん中でリーダーらしき人物が武器を構えて震えていた。


「お、お前ら何なんだよ? こんな簡単にここまで突破されるなんて、有り得ねぇだろ!」

「何、って、私たちはただの冒険者夫婦ですわよ? それに、簡単にと仰ってましたが、簡単どころか相手にすらなりませんでしたわ」


事実、カイルもセシルも物足りなさを感じていた。

あまりに不謹慎であるから声に出すことも無かったが、この程度でよく海賊家業が成り立っていると感心したくらいだ。


「どの道、海賊行為は縛り首だぞ? ここで俺達に斬られるか、警備隊に突き出されて縛り首になるか、死に方くらいは選択させてやるよ」

「カイルは寛容ですわね。私なら瞬殺してますわ。私たちを前に剣を向けることの愚かさを、身を持って教えないといけませんわ」

「ふ、ふざけるなぁっ!!! がっ…」


どうやら海賊として斬り殺されるのを選ぶみたいだ。

と、思った瞬間、雷が走り抜けた。


「言ったはずですわ、瞬殺すると」


セシルが纏っていた雷と魔法剣を解除し、二本の剣を腰の鞘に収めた。

その後、船内を捜索したが他には誰もおらず、船倉には戦利品と思われる装備品や装飾品、金品があったので、それらはまとめて警備隊に提出するために甲板へと移動させる。

この後は、ベークライト王国への定期便と合流しなければいけないのだが、移動するための漕ぎ手がいない。

仕方なく風の魔法を使って船を移動させた。

ベークライトの警備隊に行くと結構な額の褒賞金が出たので、それで夕食を済ませ、ギルドへと向かう。

すると、ちょうど受付のところでニーアムと会った。


「おお、マルテンサイト王国から戻ったか」

「はい、書類をもらってきたので、早速変更の手続きをお願いしたいと思って来ました」

「よし、すぐに進めよう。おい、この書類の手続きを早急に進めてくれ。それと認識票を貸してくれ」


書類と認識票を渡すとすぐに取り掛かってくれた。

処理は思った以上に速く、あっという間に終わり、ニーアムが笑顔で認識票を渡してくれる。


「これでお前さんもベークライトを守る一人になったわけだ。良い事じゃないか、妻を守り、父親を守り、国も守る。そして、いずれはお前らの子供とその未来も守るんだ。やりがいがあるだろ? それが俺達の仕事だ」

「誇りに思いますわ」


認識票を受け取るために差し出したカイルの手を、ニーアムが認識票ごと握る。

その顔は真剣な表情をしていた。


「共に戦いましょう」


握られた手からはニーアムの強い想いが伝わってくる。

確かに、カイルには守るべきものがたくさんできた。

だから、誓い通りこの命を捧げて守り抜こう。

カイルの新しい冒険が幕を開けた瞬間だった。

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