第12話 相手が王族だと責任も大きくなる
相手が王族だと責任も大きくなる
ハークロムが無責任な事を言い放って姿を消した後、カイル達も解散となった。
ストルス達に迷惑をかけた礼をしたいと、酒場で奢るとの話を持ちかけられたが、そんな気分になれなかったので丁重にお断りした。
後はベークライト王国に帰るだけなのだが、その間にカイルにはやるべき事があった。
それは、落ち込んだセシルを励ますことだ。
その原因はハークロムの最後に言い放った言葉にある。
カイルは魔法剣士と呼ばれたが、これはそのままの事を言われたのだからまだ良いだろう。
問題はセシルだ。
見たままを言葉にしたのだろうが、事もあろうに隻眼の姫と呼んだのだ。
カイルですらこれは許せず、怒りが込み上げてきた。
そしてセシルが落ち込むのも当然だった。
宿への帰りも元気が無く、カイルのやや後ろを俯いてとぼとぼと歩く姿を見て心が締め付けられた。
宿の主人はストルスたちに事の顛末を聞いていたので、宿泊費は無料となり、部屋もダブルの部屋を用意してくれた。
おまけに、今夜の宿代もサービスしてくれるらしいので、せっかくだからと今夜も泊まる事にしたのだが、正直、カイルは助かったと思った。
セシルとベークライト王国へ戻る前に少しでも心の痛みを取り除いてあげたかったのだ。
自分にできことをしてあげたい。
セシルを元気にしたい。
その想いだけがカイルを動かしていた。
セシルの様子を見ると、部屋のベッドの上で黙ったまま膝を抱えている。
よほどショックだったんだろう。
戦闘中はあんなに元気だったのに、ハークロムからの無神経な言葉を聞いて以降、ほとんど喋らなくなり、元気も無くなって今では目も当てられない。
こんな悲しそうなセシルを見るのは辛い。
だけど、自分以上にセシル本人が辛いだろう。
何せ、自分の心を殺しかけた原因を二つ名とされたのだ。
カイルは心を決めると、行動に出る。
セシルが話したい時に聞いてあげるべきだと思い、何も言わずにセシルの隣に腰掛けた。
そして、お互いに一言も話さず、しばらく一緒に座っていると、
「…私、隻眼の姫なんて呼ばれてしまいましたわ」
「ああ」
「…カイルに生きる希望をもらってからは、それなりに頑張ってきたつもりでしたが」
「ああ」
「…やっぱり私はダメですわね。 …片方の眼が見えない事、顔に消せない傷がある事、それらを一気に再認識させられましたわ。あんなにハッキリと言われたのは初めてですの」
「……」
「…カイルの前では気丈でありたい、明るくありたい、 …美しくありたい。そう思ってましたわ」
「……」
「…でも、事実を突き付けられた瞬間、急に自信が無くなりましたの。情けない事に、周りの目が気になり出したんですのよ。 …どんな目で見られているか。どう思われているか…」
「……」
「…そうしたら、急に怖くなって… カイルがずっと私の事をどう見ているのか、どうしていつも一緒にいてくれるのか。 …もし、それらが全て義務感からのものだったら、私、私は… どうすれ… !?」
セシルの話を余計な事を言わずに聞いていたが、だんだんと目に涙が溜まっていき、一筋の涙が頬を流れたのを見て、話の途中だったが思わず抱き締めてしまった。
セシルが目を丸くして言葉を失っている。
「…もういい、それ以上話さ無くていいんだ。俺はセシルに感謝はしても、義務感なんてもった事は一度も無い。それに、俺がセシルと一緒にいたいから一緒にいるんだ。今までもそうだし、これからもずっとそうだ。変えようの無い事実なんだ」
セシルが気にするところは事実を伝え、安心させるように優しく言葉をつなげる。
すると、セシルの目から大粒の涙がポロポロと零れ始めた。
そして、失わないように、自分の手元に寄せ集めるように、必死にカイルを抱き返す。
「う、うぅぅぅ… どうして私は片眼なんですの? どうして顔の傷が消えませんの? どうして普通にお洒落をしてカイルの前に立てませんの? …どうして一緒にいてくれると言ってくれてるのに、こんなにも不安で悲しいんですの? どうして私ばかり… こんな、こんな… うぅぅ… うわあぁぁぁぁん」
しがみつくように抱き締められ、カイルの胸に顔を埋めて子供のように泣きだした。
前にステラの家でも泣かれてしまったが、これはあの時の比ではない。
本当に不安で、心配で、悲しくて、悔しくて…
でも、どうしようもなくて泣いているのだ。
この泣き声を聞く度に、泣き顔を見る度に、悲しみに流す涙を見る度に、カイルの心が痛む。
だが、今は何を言ってもセシルの心には届かない気がする。
ずるい事だが、今はセシルが泣き止むまで、黙って抱き締めてあげる事しかできない。
セシルが落ち着いたら、ちゃんと自分の想いを伝えよう。
これまでは、セシルが王族だと言う事もあって、身分の違いから自分の想いは曖昧にしてきた。
それもセシルを不安にさせていた要因のひとつだろう。
これ以上セシルの心を不安定な状態にしていたら、いずれまた心が折れてしまうかも知れない。
だから、ちゃんと正直に自身の想いを伝えて安心してもらう必要があった。
やがて、セシルの泣き声も止み、しばらくすると寝息をたて始めた。
徹夜で戦っていたし、気持ちも高ぶっていた上に、大泣きして疲れたんだろう。
そのままベッドに寝かせて、目に残っていた涙をやさしく拭いてあげる。
カイルのシャツを掴んだ手は、絶対に離さないと言わんばかりに握り締められていたので、カイルもそのまま一緒にベッドに横になった。
「おやすみ、セシル。今はゆっくり休んでくれ。起きたらいろいろと話をしよう」
そして、カイルも目を閉じて眠りについた。
自分の中で渦巻いていたどす黒い感情が、光り輝く暖かさに触れて少しずつ氷解していくのを感じる。
セシルが薄く目を開くと、隣にはカイルがいて寝息をたてていた。
良かった、いつもの光景と一緒だ。
しばらく、寝起きのハッキリしてない状態でカイルの寝顔を見ていると、だんだんと意識がハッキリとしてきて、眠る前の事を思い出す。
「ああ、私ったら、また言いたい事を言って大泣きしちゃったんですのね… でも、まだ気分が晴れませんわ… どうしてなのでしょう…?」
そして、いまだにカイルのシャツを握って離さない自分の手を見て、大きなため息を一つ付いた。
「この幸せを、 …失いたくない、 …ですのね」
これは本心で、絶対に失いたくないし、そのためなら何でもする。
(…でも、カイルはどう思っているんだろう。 …いえ、ダメです。まずは城に帰ってお父様にこの度の事をご報告しましょう)
余計な考えを無理矢理意識の外に追いやる。
「…でも、今はまだ良いですわよね?」
もう一度、カイルにしがみつくようにして寝直すことにした。
そして、2人が目を覚ましたのは午前の半ばくらいだった。
前日、あんなに汗を掻いたのに、それをまだ流してない事に気付いたので、まずはシャワーを使う事にした。
それから予備の服に着替え、装備を整えてから宿を後にすと、港へ向かう途中、ジェイクやステラ、エレナに挨拶をしてから船に乗り込んだ。
「初めての国外でしたが、最後が締まりませんでしたわ」
航海も半ばくらいに差し掛かったとき、まだ暗い表情でポツリとセシルがつぶやいた。
さすがに声をかける事ができず、そこからしばらくは沈黙が続いてしまう。
「大変です!! 魔物が現れました!!」
空気を読まずに登場する魔物だが、今は気を紛らす事ができるから助かる。
見ると、沖合いから大量の魚型の魔物が押し寄せてきているところだ。
他に同船している冒険者達が戦闘準備に入る。
「セシル、どうやら魔物のようだ。いけるか? もしダメそうなら…」
「い、行きますわ!! 大丈夫ですわ!! だから… お、置いて行かないで!!」
突然、血相を変えて腕にしがみついてきた。
何事かと、周りの冒険者達もこちらを見る。
「…分かった。だけど、無理だけはしないでくれ」
本調子じゃないセシルを連れて船首の方へ向かうと、大勢の冒険者が戦闘準備を終えて出撃の号令を待っているところだった。
このように、依頼ではない移動時の、船や乗り合い馬車などで魔物や敵と遭遇した場合、
指揮系統は同乗した冒険者ランク上位者の中から話し合いで選抜される決まりだ。
定期船などの場合は、予め船主が冒険者と契約を結んでいたりするので、そういう時は契約された冒険者が指揮系統を担い、同乗している冒険者はこの指示に従わなければいけない。
今回は契約された冒険者がいないので、ベークライト王国の冒険者ランクAのチームが選抜され、早速作戦が伝えられる。
「諸君、今回は我らから作戦を伝えさせてもらう。やる事はいたってシンプルで、来る敵を倒す。これだけだ。ただ、今回は敵が海上にいるため、氷で足場を作って攻撃する。異論は無いか?」
周りの冒険者たちがお互いに話し合っているようだが、特に異論は無さそうだ。
セシルはまだうつむき加減で顔色も悪いため、カイルは魔物よりもこっちの方が心配になる。
「よし! 行こう!!」
号令をかけて、冒険者達が一斉に海に向けて飛び出す。
それぞれが氷の魔法を使って足場を作り、魔物への攻撃を始める。
その中を、カイルとセシルが遅れ気味に降りていく。
見ると、先陣を切った冒険者達はかなり前へ行っていた。
このままなら、別に自分達が出なくても良いのではないかと思ったが、カイルの直感が行け、と言っているのなら行くしかない。
船から下りて2人で並んで歩く。
セシルを見るとやはり元気が無く、とぼとぼと歩いている。
話をするタイミングも無く、どうしたら良いか分からない自分に嫌気が差し、思わずため息を吐いてしまう。
途端にセシルの肩がビクッと動き、カイルを見るその目に涙が溜まり始めている。
(もしかして、俺のため息を違う意味で取ったのか!? これはまずい!!)
セシルの方を向いて声を掛けようとした時、足元の氷に無数のヒビが入る。
とっさにセシルを抱えてその場を離脱すると、さっきまでいたところの氷の下から、白い塊が飛び出してきた。
(コイツ、白熊か?)
特に寒い地域でもないのに、なぜか白熊が出てきた。
それも見上げるほど巨大なヤツが三頭。
剣を抜いて構えるが、隣のセシルが気になりすぎてどうも調子が出ない。
それでも、襲われているのは間違い無いので、風の魔法を纏い迎撃する。
並んだ二頭の隙間を抜けるように斬り付けると、胴体を魔法剣で両断した。
そのまま体勢を変えつつ、セシルを見るとまだ剣も抜かず、ずっと俯いたままだで、残った白熊一頭がセシルに近付いていた。
「セシル!!」
セシルの元に向かおうとしても、足元が氷だから滑って止まらない。
氷に魔法剣を差し込み速度を落とすと、勢いが弱まるのを見計らい、セシルに向かって再度疾走する。
白熊はセシルのすぐ前に立つと、右腕を大きく振り上げた。
「間に合えっ!!!」
カイルの叫び声が辺りに響く。
そして、腕を振り下ろそうとした白熊を魔法剣で両断し、セシルを抱きかかえると、そのままの勢いで氷の上を滑っていき、数十メートル滑ったところでようやく止まった。
カイルは仰向けになったまま、セシルを胸の上に抱いて空を見ていた。
セシルはカイルの上でうつ伏せになったまま、身動き一つしない。
「セシル。 …無事でよかった。お前の身にもしもの事があったら、俺はどうすれば良い?」
これは本心だ。
もしも、セシルの身に何かあればベークライト王にも顔向けできないし、何よりカイル自身の目的がなくなってしまう。
「カイル… ごめんなさい。私はもう… 何をどうすれば良いのか分からなくなりましたの…」
カイルの胸に顔を埋めてセシルがしくしくと泣き始める。
カイルは氷を背にしたまま、優しく抱き締めるとセシルの肩がビクッと反応する。
「セシル、そのままで良いから聞いてくれ」
「俺は、初めて会ったその時からセシルの事が好きになった。もう、セシル無しでは生きていけない。これは嘘偽りの無い事実だ」
遠回しに言っても伝わりにくい事もあるから、ストレートに言う事にした。
その方が誤解や解釈の違いなどが無くて済む。
好きと言う言葉を聞いた瞬間、セシルが勢い良く顔を上げた。
信じられない、と言う表情だが顔は耳まで真っ赤になっている。
「俺は、セシルと毎日一緒にいられる事が何よりも嬉しいんだ。もう一度言うぞ? セシル。俺はお前の事が大好きだ。だから絶対に離れたくないし、離そうとも思わない」
「…初めてカイルから好きだって言ってもらえましたわ。私はずっと、カイルは優しいから私と一緒にいてくださってると思ってましたから… 本当に、本当に嬉しいです」
セシルを抱き締めたまま、カイルは自分の想いを正直に打ち明けると、セシルは嬉しさに微笑みながら涙する。
それは、お互いの想いが重なり、一つになった瞬間だった。
「でも、私はカイルに出会う前から、貴方に恋してましたわ」
「それを言うなら俺もそうだ。セシルの声を初めて聞いた時からずっと想っていた」
「うふふふっ、そうですのね。でも、どうしたんですの? 急に告白だなんて」
「ずっと言おうって想ってたんだよ。ただ、情けない事に、俺が一歩を踏み出す勇気が無かったんだ。そして、今俺の直感が言うべきだと言ったんだ。 …だから、セシル。俺の恋人になってくれないか?」
お互いに声を掛け合ったときには既に恋に落ちていた。
できすぎた話のようだが、これは紛れも無い事実で、まだ見ぬ相手にお互い恋焦がれていた。
だからこそ、出会ってすぐに恋人同士になるのは必然だと思っていたが、やはり言葉は必要で、言葉に宿る力は素晴らしいと、今思い知らされた。
セシルは顔を赤らめたまま、目にたくさんの涙を浮かべ、はにかんだ。
「!? よろしいんですの? 私にはこんなに傷物ですのよ?」
「その傷も含めてのセシルだろ? それに、その傷が無かったら、俺達は出会っていない。言い方は良くないが、その傷が俺達を結び付けたんだと思う」
「ありがとう… 本当にありがとう… 私は… 喜んでカイルの恋人になりますわ」
悲しみの涙ではなく、幸せの涙を零しながらカイルの首に抱き付いてきた。
「大切にするからな」
セシルをしっかりと抱き締めて耳元でささやくと、セシルが無言で頷いた。
「あー… お二人さん。邪魔するつもりは無かったんだが、そろそろ乗船してくれないか?」
すっかり魔物の討伐も終わり、様子を身に来た冒険者に声をかけられる。
大急ぎで立ち上がると、二人顔を赤くしながら船へと戻っていった。
そこからは順調に航海を進めていた。
相変わらず甲板で休憩する二人だが、来る時と違うのはセシルが物凄く上機嫌になっている事だ。
顔をずっと赤くしたまま、ブツブツと独り言を言っては両手を頬に当てて、イヤイヤをするように恥ずかしがっている。
どんな想像をしているのかは分からないが、やはりセシルは元気なのが一番だと思った。
あと少しでベークライト王国の港に到着する。
今回の魔物の襲撃についてギルドに報告しなくてはいけないが、カイル達は三頭しか討伐してないので、特に行かなくてもいいと思っていた。
それよりも、ベークライト王にセシルの事を話さなくてはいけない。
こっちが最優先だから、所属変更とかの用件もあるけれど、ギルドには手が空いたら行く事にした。
「セシル」
「は、はいっ!」
セシルに呼びかけると、何故か緊張したように返事をされた。
「入国したら、すぐに陛下に報告しに行こう。セシルとの事も話さないといけないし。相談しなければいけないこともあるからさ」
「そうですわね。でも、相談事もあるんですの?」
「もちろんだ。セシルはお姫様だろ? それが俺みたいな一般市民が恋人同士になりたいって言うんだ。陛下に相談しなきゃいけないだろ? それに、婚約もせずに恋人同士にはなれないんじゃないか? どっかで聞いたことがあるぞ?」
「!! こ、婚約ですの? …た、確かにそうですわね。私は王族ですもの」
「それが一番の問題だったんだ。正直、陛下には嫌な決断をさせるんじゃないかと思ってね」
一国の姫に一般市民が恋してしまった。
それは許される事の無い、禁断の恋なのではないか?
もしかしたら国王にベークライト王国から出て行け、と言われるかも知れない。
もう既に心臓がドキドキしている。
「そのことは心配要りませんわ。詳しくはお父様に聞いていただければ分かると思いますの」
セシルが可笑しそうに口元を手で隠している。
そして、船は午後を少し過ぎたくらいに港へと入港した。
上機嫌でスキップでもしそうなセシルはカイルと腕を組んで隣を歩いている。
このままベークライト城に行くのか? と思ったが、セシルが良いなら良いかと諦める。
ほどなくして、ベークライト城に到着したので、早速報告をしに玉座の間へと向かう。
「陛下、ただ今戻りました。遅くなってすみません」
「お父様、ただ今戻りましたわ」
「おう、待ちかねたぞ!! マルテンサイト王からの手紙を読んだ。いろいろとあったようだが、無事で何よりだ」
ベークライト王はカイル達の姿を見るなり、玉座から立ち上がって出迎えてくれた。
ある程度は使者から聞いているようだったので、話は早かった。
「ふむ、そうか。ハークロムのヤツがまた出てきたのか」
「はい。そして良くないことに、俺達を名指しで狙ってます」
「舞台の幕開けとも言ってましたわ。いずれにしても、強過ぎる相手に違い無いありませんわ」
続いて、マルテンサイトの港の一件を報告した。
これは使者の知らない話だし、ハークロムの事も報告しなければいけないことだ。
幕開けと言うからには、これから何かしらの行動を起こしてくるだろう。
「なら、ハークロムの件は最優先事項だな。城でも警戒をするが、そなた達も十分に注意せよ。まずは、ヤツの情報を集めた方がよかろう」
つまり、これまで通り図書室で情報を集める、と言う事になった。
あれ程の敵だから、何かしらの情報があってもおかしくは無いと思うのだが、調べるのには膨大な時間がかかると言うのが難点だろう。
(ハークロムの件は一先ずこれで良いか。じゃあ次だな)
「陛下。これとは別の報告と相談があります。もう少しいいですか?」
カイルが緊張した面持ちで国王に問いかけた。
「!! カイルよ、皆を呼ぶからちょっと待て!」
何かを感じ取ったのか、呼ぶから報告は待てと言う。
「皆を呼ぶ?」と言うことが分からない。
誰を呼ぶんだろう? と思い、セシルを見ても不思議な顔で首を振っている。
どうやら、セシルも知らないらしい。
それから数十分後、玉座の間にはそうそうたるメンバーが顔をそろえた。
陛下をはじめ、執事長のクラウスはカイル達の正面。
騎士隊総隊長のホルエル、侍女長のテルル、それから各大臣のと貴族の皆、ギルドからのニーアムはカイル達を挟んで両側に。
あとは、今現在城内いる城仕えの皆はカイル達の後方に。
いつの間にか玉座の間は城の関係者で埋め尽くされた。
「皆、忙しいところ良く来てくれた。今日はな、我が救国の勇者から報告があるそうなのだ。これは私だけでなく、皆で聞くべきだと判断したから呼び付けたのだ。さぁ、カイルよ。存分に報告するが良い」
もの凄く満面の笑みを浮かべ、陛下が両腕を広げて集まった皆に集合の理由を告げる。
いきなりハードルを最上段まで上げてきた。
こんな大勢の前で報告するのか? と思ったが、陛下からの命令でもあるし、とても大事なことだ。
ここは男気を見せるところだろうと、カイルが覚悟を決めると、隣にいるセシルも良い笑顔で顔を赤くして、カイルの言葉を待っていた。
カイルは目を閉じ、一呼吸すると、目を開いて想いを言葉に乗せる。
「陛下、並びにご参集の皆様。ご報告させていただきます。本日の事なのですが、私カイルはセシルに対して結婚を前提としたお付き合いの申し込みをさせていただきました。セシルはそれを喜んで受け入れてくれました。この事について、陛下のお許しをいただきたいのです。どうか、私たちの婚約を認めていただきたく、心からお願い申し上げます」
「お願い致しますわ」
二人で陛下の前で跪き、婚約を認めてもらえるよう頭を下げる。
「……」
国王は目を閉じて何かを考えているようだ。
正直なところ、この間が耐えられない。
「冒険者カイルよ、そなたはこのベークライト王国の王位継承権第一位であり、第一王女のセシルを娶りたいと言っておるが、そなたはこの国の行く末をどう考えているのだ?」
それはそうだ。
自分の後を継ぐ姫をくれ、と言われたのだ。
遠回しに国を潰せと言われてるのと同じことだろう。
だが…
「陛下、私はこの命をセシルに捧げると誓いました。ならば、私のこの命はセシルのためにも、この国に捧げるのが道理だと考えております」
「ほう、ならばヴェルザーク家の名を捨てて、ベークライト家に婿入りすると言うのか?」
「その通りです。もちろん、私はただの冒険者であり、身分としても分不相応であることは十分に理解しております」
「あ、いや、違うのだ。そなたの名だぞ? そんなに簡単に決断できるのか?」
「失礼な言い方ですが、この程度ではセシルとの天秤にもかけられません。」
セシルに命を救われたのは事実だし、セシルにこの命を捧げるとも誓った。
ヴェルザークの名は途絶えるかもしれないが、両親なら許してくれるだろう。
だから後悔はしない。
でも、婿入りがダメだと言われたらどうするか、そこまでは考えていない。
また、しばらくの沈黙が続き、国王が「ふぅ」と息を吐く。
そして、
「皆のもの!!!」
勢いよく立ち上がる。
カイルは内心ドキッとしたが、もう成す術も無く、大人しく沙汰を待つしかない。
「私はこの二人の婚約を認めるぞ! さぁ、宴の用意をせよ!!! 今夜はお祝いだ!!! 盛大にやるぞっ!!!」
「「「「畏まりました!!!」」」」
大声で指示すると皆も大きな声で返答し、慌ただしく動き始める。
思わず、カイルはその場に尻餅を付いてしまう。
「さて、カイルにセシル。まずは立つが良い」
「お父様は引っ張り過ぎですわ。これではカイルが気の毒ではありませんか」
呆気に取られながら、セシルに手を差し伸べられて立ち上がると、セシルがいたずらをした子供を叱るように国王をたしなめる。
これは何かの芝居だったのだろうか?
「おお、すまん、すまん。ここまで引っ張るつもりは無かったのだ。だが、そなたの考えを聞きたかったのは本心だがな。それに…」
国王が笑いながらこの芝居のネタばらしを始める。
まとめると、こうだった。
1.セシルが選んだ相手は無条件で認める事。更にその人物がカイルと言う名であれば絶対に認める事。
2.その相手が望むならば、可能な限り応じる事。
どうやら、この二つはセシルがカイルの呼び掛けで復活してから、国王に対してお願いしていたことらしい。
つまり、カイルが国王の前に現れた瞬間、セシルの願いは聞き入れられていたことになる。
「まぁ、そう言う事だ。それにしても、そなたは自分の名を捨ててでもセシルと共にいたいと言った。これは、私としても嬉しい話だったのだ。だから、望むならそなたを王にしても良い。だが、そなた達にはやるべきことがあるからな。まずはそれに集中するがいい」
「ありがとうございます」
理解力のある方で本当に助かる。
これで当面はハークロム対策に集中できそうだ。
「さて、祝いの宴は夜だ。それまでゆっくりと休むがいい」
「分かりましたわ、お父様。それでは失礼致します」
「ありがとうございます。陛下。では、後ほど」
二人で国王にお礼を言い、部屋へと戻る事にした。
「カイル、そちらではありませんわ」
部屋へ行く通路を歩いていると、道が違うと言われた。
だが、マルテンサイト王国に行ってた期間は三日くらいだから、そんなに短い時間で道を忘れたりはしない。
「そうではありませんわ。私達の部屋に行くんですのよ」
当然のように言われたが「達」と言う言葉が引っ掛かった。
その後、ちょっと歩いてセシルが足を止めた。
「さぁ、ここですわ」
着いたところは、前の部屋よりも豪華で大きい扉の前だった。
扉を開けて中に入ると、その広さはもちろんのこと、内装や家具の豪華さに思わず眩暈を感じた。
なるほど、ここが基準ならば、前に使わせてもらっていた部屋なんて質素なものだ。
ぐるりと部屋の中を見回すと、ベッドは前のより大きいく、部屋の中央のやや奥に鎮座していた。
家具とかも全てが豪勢で、バス、トイレ、簡易キッチンなども凄過ぎる。
その中でも一番圧巻だったのはクローゼットだった。
何着あるか数える気も失せるほどのドレスを収納し、ゆったりと歩きながら選べるような作りになっているため、ものすごく大きい。
おそらく、カイルの住んでいた家よりも広いだろう。
その中をマギーがいろいろとチェックしていた。
「なぁ、セシル。ここって…」
「はい。ここは以前まで私が使っていた部屋ですわ。初めてカイルの声を聞いた部屋、と言った方がよろしいかしら?」
「なるほど、じゃあ俺の命を救った時もこの部屋だったって事か」
「そうなりますわね」
「そうか。俺達にしてみれば、ここが「始まり」の場所って事か…」
俺達の全ては偶然にもこの部屋から始まった。
お互いに助け合わなければ、出会う事も無かったことを考えると、本当に不思議な話だ。
「う、あぁっ!!」
「セシルっ!!」
突然、小さな悲鳴を上げてセシルが片膝を突くと、左眼を押えて肩で呼吸をしている。
「な、何でもありませんわ… ただ、急に左眼が疼いたんですの… こんな事は初めてですわ」
「どれ、ちょっと見せて?」
セシルの肩を抱き、押さえている左眼を覗き込む。
特になんとも無さそうだが…
「わわっ! 姫様、カイル様、な、何をされているのですか!? あの… 一応、私がまだいますので… その… そう言うのは、私が出た後でお願いしたいのですが…」
え? あぁ、そう言うことか。
部屋が広すぎて、セシルの悲鳴も、俺の呼び掛けも聞こえなかったのか。
カイルがセシルの肩を抱いて顔を近付けていれば、当然見間違いもするだろう。
一人で納得していると、セシルがゆらりと立ち上がり、マギーへと近付いて行くと、マギーは汗を掻きながら後ずさりを始めている。
「マギー? あなた、今見た事をお父様にどう報告するのかしら?」
「ひ、姫様ぁ!? そ、そんな、私は陛下にご報告なんて…」
「するのでしょう? お父様じゃなくても、テルルには言いますわよねぇ…」
ドンっ、とマギーの背中が壁にぶつかった。
これ以上は下がれないのだが、セシルはお構いなくゆっくりと近付いて行く…
「ひ、ひえぇぇぇ… わ、分かりましたぁ! 言います! 言いますぅ…」
「ふんっ! 最初から素直に言えば良いのですわ」
セシルが腕を腰に当てて胸を張り、鼻息を荒くすると、恐怖におののいたマギーは降参し、最後はうなだれた。
「ふぅ… 私は見たままをご報告させていただきますぅ。 …カイル様がセシル様に人目もはばからずにキスしようとしていたと…」
「マギーさん、それ違うだろ!?」
「見られたからには仕方無いですわね。カイル、もうこのことは周知されましたわ。今後は人目をはばかる必要はありませんわよ? いつでもどこでも大丈夫ですわ」
「セシル、お前もそう言うの!?」
「あぁ… やっぱりそうなんですねぇ! ですがカイル様、どうか私がいる時はちょっとで良いので我慢してくださいね」
「はぁ… 分かりました」
この二人は絶妙なところで利害が一致しているのだろうから、これ以上張り合っても仕方ない。
ウキウキしながらマギーさんが出ていったのを見て、なぜか陛下のニヤニヤした笑顔が脳裏に現れるのだった。
「さて、カイル。この部屋は私達二人で使いますので、気兼ね無く、いつも通りにして下さいませ。それと、カイルが気に入ると思って、装備を置いておくための人型も用意してありますのよ?」
と言って、部屋の奥にひっそりと置いてあるものを見せてくれた。
それは、確かに人の形をした置物で、外した装備を付けておくようなものだった。
よく店にあるディスプレイみたいなものだ。
そう言うのが部屋にあるって言うのも凄いと思ったけど、早速身に付けている装備を付け替えてみて、その有用性に驚く。
「おぉ、凄いなこれは… 剣も装着できるんだな。いや、これくらいのものは初めて見たよ」
「うふふ。喜んでいただけると、私も嬉しいですわ」
見事に装備を纏った人型が目の前にあるのを見て、ちょっと感動した。
「さて、陛下の用意してくれるお祝いまで、まだまだ時間があるけど、どうする? 早速図書室で調べ物でもしようか?」
「それも良いのですが… せっかくですし… カイルもお疲れでしょうから、その…」
時間がもったいないと思ってるわけじゃない。
告白をしてから、カイルの方が勝手に気まずくなっているだけなのだ。
そう言った冗談でさえ今なら本気で取られそうだし、意識し過ぎて困っているのが本音だった。
だから、気を紛らすために図書室でも、と誘ったのだが…
セシルは顔を赤くして、何かを言おうとするが、言い出せなくてモジモジしている。
「どうした? セシル。何か言いたければ遠慮なく言っても良いんだぞ? 俺たちの仲じゃないか」
「そ、そうですわね。コホン。では、遠慮なく言いますわ。カイル、お風呂にしましょう」
「えぇ? …いきなり!?」
「良いではありませんか。もう私達は事実上の夫婦ですのよ? 誰に気を遣うんですの? カイル。私をその気にさせた責任は大きいんですのよ? 観念なさい」
その気になっているってのが怖い。
いきなりハードルを上げてきた。
「さすがに最初から一緒と言うのは恥ずかしいので、私は後から行きますわ。だから、カイルは先に入っていて欲しいんですの」
背中をグイグイ押されて脱衣所に入ると、その広さにまた驚く。
それにしても、脱衣所がこんなに広いのは何か意味があるのか? と思ったが、よくよく考えてみると、元々はセシルの部屋だったのなら、当然お世話する侍女がいる訳で、お風呂なども色々あるだろうからこんなにも広いのだろう。
そう思うことにした。
カイルは「ふぅ」と息を吐いて覚悟を決める。
服を脱いでカゴに入れ、浴室に入ると想像通りだった。
広さや洗い場などは公衆の浴場よりも凄いのだが、浴槽は個人の部屋に必要なレベルなのか? と突っ込みたくなるほどの大きさで、水を張ればプールとしても使えると思うほどだった。
もはやカイルの知る常識では追い付かないため、これくらいが城では標準装備なんだと思う事にした。
「さて、じゃあ体でも洗いますかね…」
椅子に腰かけて体を洗い始めてしばらくした頃、カラカラと音がしてセシルがしずしずと入ってきた。
「し、失礼致しますわ」
やはり、条件反射というのは恐ろしく、勝手に声のする方に反応して顔を向けてしまう。
「お、お背中お流しいたしますわ… って、カイル。あ、あんまり見ないでくださいませ」
「え? あ、あぁ、ゴメン。つい、見惚れてしまったよ…」
お互いに真っ赤になる。
セシルはタオルを巻いていたが、それでも体のラインはハッキリわかってしまう。
髪は頭の上で丸めており、普段見慣れない姿と髪型にドキドキが止まらない。
言い出したら聞かないので、背中を流してもらい、お返しに背中を流してあげる。
ふと、この細めのキレイな体のどこに、あんな魔物を両断するだけの力があるんだろう?
そんなことを考えながら優しく洗い、流した後で湯船に浸かる。
広すぎるお風呂なのに、二人並んで入っているのもなぜか不自然には感じない。
「あぁ… やっぱり大きい風呂ってのは良いな… 疲れが取れてくのがわかるよ」
「うふふっ これから毎日こうやって一緒にお風呂に入れるんですのよ? これで私の夢が一つ叶いましたわ…」
湯船につかり腕を伸ばす。
ちょっと熱めのお湯が抜群に良い感じだ。
思わず目を閉じてお湯の温かさに身を委ねると、隣のセシルもカイルに気に入ってもらえた喜びに微笑み、目を閉じて想いを馳せるようにつぶやいた。
「夢? こうやって一緒にお風呂に入る事か?」
「そうですわ。だって、私は隻眼の姫ですのよ? 襲われる前までは、普通にお見合いも多かったのですが、私が顔に傷を負ったと言う噂がどこかから漏れたみたいで、お見合いの話は一切、相手側から取りやめにして欲しい、って一方的に破棄されましたわ。ですから、お父様も私の結婚は諦めていたところですの。そう言った意味でも、カイルは救国の勇者ですのよ?」
そう言って腕に寄り添ってくるセシルに、やっぱり想いを伝えて良かったと、心から感じることができた。
そして、二人はのぼせるくらいまでいろんな話に華を咲かせるのだった。
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