第11話 二つ名は希望しない名になる

二つ名は希望しない名になる



目の前のカイルは血に塗れ、早く治療しないと危険な状況だ。

しかも敵は無礼者を含めて三人もいて、決して簡単な数字じゃない。

でも、やらなければいけない。


決して失ってはいけない命が目の前にあるのだ。


(…なら、私には何ができるの?)


その時、セシルの直感が働いた。

カイルが自分を省みず、状況を打破するために致命傷に繋がるかも知れない深い傷を負ってしまう事。

そして、そのまま戦闘が終わるまで無理を通してしまう事。


自分が守られている事は痛感できている。

だが、それはセシルを信用していない、と言う事にも繋がってしまう。

お互いに命を捧げあう誓いを立てたのに、それは許し難い事だ。


だから釘を刺しておこうと決めた。


「カイル、言っておきますが、私と貴方はお互いに命を捧げると誓い合いましたわ。ですが、それはあくまで二人が生き残る事が前提ですのよ? 残された方は、なぜ止めなかったのか、物凄く後悔しますわ。私なら迷わず貴方の後を追います。 …私が何を言いたいのか分かりますの? 間違うことだけは絶対に許しませんわよ!!」


今の状況を打開するためには、無礼者を除く二人を瞬時に叩く必要がある。

どちらか一方を相手にしていたら、たちまち挟み込まれてしまうからだ。

そうならないよう、無礼者を牽制しながら二人を瞬時に叩ければ、最終的に二対一に持っていける。


理想は、高速移動で二人の前に出て攻撃を開始する。

無礼者の正面で戦闘するため、無礼者は二人が射線上に入り邪魔になるから、物理攻撃も魔法攻撃もできない。

その間に二人を叩き、無礼者への射線を空けたと同時に高速移動で正面から叩くことができれば勝てる。


だが、前提は「セシルも高速移動ができる」ことだ。

でも、それはまだできないから、カイルが無理を通してやるしかないと考えていた。


しかし、セシルがそれを許さないと言った事で、一つだけ作戦が出来上がる。

セシルを危険に晒す作戦だが…


(…それを選べと言うのか。 …だが、お互いを信じているのであれば、決して無理な事ではない、か。自分が逆の立場なら、同じ事を言うんだろうな)


思わず微笑んでしまう。


「セシル、あの前の二人を頼む。終わったら合図をくれ。 …力を合わせてこの状況を打破するぞ」


振り返らず、背中でセシルに二人の相手をしてくれと頼んだ。

そのお願いがセシルにはとても嬉しいことで、カイルには見えないが満面の笑顔になる。


「望むところですわ」

(…私を信用してくれた!! 絶対に期待に応えてみせますわ!!)


腰の二本の剣を抜き、逆手に構えて大きく息を吐く。

そして、自分の周りに浮遊している光の魔法を剣に纏わせ、光り輝く魔法剣を発動すと、腰を落として前傾姿勢で武器を構える。

 

(…準備はできた。後は私の想い一つ)

「行きますわっ!!!」


力強く大地を蹴る。

そしてカイルの横をすり抜け、目の前の敵に向かって全速力で駆け出すが、多少距離があるため敵は既に迎撃体制をとっている。


「舐めないでいただきたいですわっ!!」


二本中一本の魔法剣を解除し、纏わせていた光の魔法を敵に向けて打ち出すと、予想外の攻撃に敵の二人は対応しきれず、一人がその場に倒れる。

鎧を狙ってはいるが、加減するつもりは更々無いため、重傷になったら運が悪かったと諦めてもらおう。

一人が倒れたのを、もう一人が反射的に見てしまう。


「その隙が命取りですのよっ!!」


残り一人の懐、間合いに入り込んだ瞬間、セシルの回転による攻撃が始まった。

一瞬にして剣を折られ、盾を吹き飛ばされると、最後は海に向かって蹴り飛ばされた。 

すると、次の瞬間、セシルの左眼の死角を狙い、槍の穂先が伸びて来る。

反応が遅れたセシルは動こうとするが、間に合いそうにない。


(動け!! 諦めるな!! 私の体、私の想いに応えろっ!!!)


無理矢理体を動かし、致命傷になるであろう部分を逃すことができたが、それ以外のどこかにはダメージは受けてしまうだろう。

死ななければ大丈夫と覚悟を決めた瞬間、左側からカイルが抱き付いてきて、槍の穂先はセシルでは無く、カイルの左肩に深々と突き刺さった。

カイルの表情が激痛に歪む。 


「甘いぞ! その程度なのか? もっと私を楽しませろ!!」


そしてストルスが槍に魔法を通すと、穂先で爆発が起きる。

これは、槍特有の魔法攻撃だ。


「!! ぐ、あぁぁっ!!」

「まだだっ!!」


カイルの左肩の一部が吹き飛び、激痛に短く悲鳴を上げるが、まだ終わらない。

その隙を逃さず、ストルスが槍での連続突きを出してくる。


「くそっ!! が、ぐ、おぉっ!!」


治癒魔法をかける余裕は無い。

すぐにカイルが右手の剣で連続する突きを捌くが、痛みのせいで捌き切れずにカイルの体に傷を付けていく。

さすがに槍には毒を塗ってないようだが、大隊長と言うのは名前だけではないようで、一撃が重く鋭い。


(どうする? このまま消耗戦になると俺達が完全に不利になる)


と、その時、カイルの横をセシルが駆け抜け、ストルスの懐に入った。


「貴様ぁ!! よくも! よくもカイルを!! 貴様だけは絶対に許さない!! 殺してやるっ!!!」


そして、セシルの回転技が始まるが、ストルスは槍を器用に使い、うまく捌いている。

やはり一度見られているのは大きいが、ストルスも槍の間合いではないため、攻撃はできない。


「防御に徹してセシルの疲れを待つつもりなのか!」


セシルが作ってくれた時間を有効に使うべく、治癒の魔法を使い左肩を治す。

そして、来たるべき一瞬のタイミングを逃さないよう、風の魔法を纏い、魔法剣を発動して待つ。

目の前で戦っているセシルを見ると、そろそろ疲れが見え始めている。

ただでさえ回転しながらの連続攻撃だけあって、体力の消耗は予想以上のはず。

それを、あえてカイルのために時間を作ってくれたのだ。


(ありがとう、セシル。その期待には絶対に応えてみせる!!)


すると、セシルの体が必要以上に下がるのが見えた。

カイルが絶対に見てくれていると信じて、あえて隙を作ったのだ。

当然、カイルは見ていたし、それを待っていた。


「!! 行くぞっ!!」


渾身の力で地面を蹴り、疾風となってストルスに突撃する。

セシルの見せた隙に誘われるように、ストルスはセシルの背中を狙い、振り上げた槍を下ろそうとした瞬間。

ストルスは自分の鎧の胸のところに、青白く光を放つ剣の先端が刺さったのが見えた。


「くそっ! 防御力も高いのかよ!! なら、そのまま吹っ飛べ!!!」


刺さりきらなかった剣を横薙ぎに変え、ストルスごと振り切る。

しかし、ただ振り切るだけじゃない。

魔法剣にしていた青白い炎の魔法もおまけに付けたので、凄まじい轟音を立てて大爆発が起きた。


「ぐ、あぁぁぁ!!!」


短い悲鳴を上げ、ストルスが吹き飛んでいく。

カイルは追撃をせずにセシルのすぐ隣に立つ。

今は距離が取れただけで充分だ。


「見ていてくれましたのね。私はカイルを信じておりましたわ」

「あぁ、お陰で助かったよ。後で抱き締めさせてくれ」

「望むところですわ。思う存分、抱き締めていただきますわ」


お互いに微笑んで、武器を構えなおす。


「ぐうぅ、くそぉ!」


十メートルくらい先まで転がっていったストルスが何とか立ち上がるが、目に見えてダメージがあるようで、膝をガクガクさせていた。


「凄いな彼ら、あのストルスを追い込んでる」


国王より命令を受けたフェルローレムが、小隊を引き連れて現場へと急行すると、渦中の二人がストルスの部隊を沈黙させていたところだった。

武器以外は何も装備していないところから、宿で襲撃された事が伺える。

そして、防具を着けていない以上、完全武装の相手をしていれば無傷では済まない。

だが、彼らは負傷をものともせず、ストルス以外を沈黙させた。

それから、女性を庇って負傷はしたものの、結果としてはストルスを吹き飛ばした。

フェルローレムはその戦い方に、思わず見入ってしまったのだ。


だが、これ以上戦闘を継続すれば、必ず死人が出てしまう。

そろそろ止めるべきだろう。


「ストルス!! 陛下からの命令だ。今すぐ戦闘をやめろ!!」

「な、フェルローレム? 貴様、何をしに来た!! それに、そいつらは犯罪者だぞ!?」

「その件も含めてだ!! 女性の方はベークライト王国の姫君だぞ!! 犯罪者にはなり得ない! 陛下が保証されている」

「なんだと!? そんな訳が… それでも認められない!! いや、認めない!!」


カイルがストルスを吹き飛ばしてくれたお陰で、仕切り直しのようになった。

そのタイミングを逃すことなく、フェルローレムとランサー部隊の小隊が姿を現して戦闘をやめるように通達するが、ストルスは聞く耳を持たない。


「味方が来たようだけど、効果はなさそうだな」

「ですが、チャンスですわ。今の内に治療できますもの」


セシルが回復魔法をかけてくれたお陰で傷はほとんど回復した。

そして、突如現れた味方らしき人物とストルスのやり取りに注視する。


「くそ… ここまでなのか?」

「そう言う事だ。だが、陛下もお前の事を心配されている。さぁ、これを飲んで城に帰るぞ。今なら俺達の力で何とかしてやれる」


ストルスが諦めるような素振りを見せると、フェルローレムが聖水の入る水入れを差し出しながらストルスの元に向かう。

周りの連中は、事態が収束したと思っているようで、皆一様に表情を緩めているが、カイルとセシルはストルスが水を飲むまでは信用しない。

念には念を入れ、武器を構えて戦闘態勢のままだ。


やがて、フェルローレムが差し出した水入れが目の前に来た瞬間、


「やはり、私はまだ諦めんぞ!!!」


ストルスが引き絞るように槍を引いた。

フェルローレムは突然の事に動きが遅れてしまった。

このままでは聖水の入る水入れを破壊されてしまう。


その瞬間、一陣の疾風がフェルローレムの横を吹き抜けたと思うと目の前で火花が散り、甲高い金属音が辺り一面に響く。

そして、ストルスの槍が持ち主の下から弾き飛ばされると、続けざまに一つの影が飛び出し、ストルスの鎧を蹴飛ばして仰向けに倒した後、動けないように鎧を踏み付ける。


「ここまで想像通りですと、無様としか言いようがありませんわね」

「まぁそう言うなよ。お陰で今度こそ事態を収束できそうだ」


セシルがストルスの鎧を右足で踏みつけるように押さえ込むと、カイルは右腕を踏みつける。


「さて、今なら水を飲ませられるよ?」

「あ、あぁ、済まない。助かったよ。 …じゃあ飲ませるから、もう少し押さえていてくれ」


首しか動かせないストルスが抵抗を試みるが、すぐに取り押さえられ水入れを口に突っ込まれる。

やがて、盛大にむせ返りながら大量の聖水を飲み込んだ。


「ここからどうなるんだ?」

「カイルのときは気絶して、その後は普通に戻りましたわ」

「ほう? では、君が被験者だった、と言うことか。納得したよ」


飲ませたはいいが、その後をどうするか分からないフェルローレムはカイルに問いかける。

しかし、カイルも罠に掛かった方だから分からない。そこにセシルが経験談を語った。


「なるほど、じゃあ後は待つ… だけ… だよな!?」

「あ、ああ、そのはずだが… これは?」


聖水を飲んだストルスは、カイルの時と同様に大人しくなったが、その動かない体から急

速に黒い影が溢れ出してきた。

それは収まる様子は無く、むしろ段々と大きくなって来ている。


「やっと終わって、これからカイルと宿に戻れると思ったのに、まだ邪魔をするつもりですのね。 …もう絶対に許しませんわ!!」


今のセシルの沸点は低く、多少の事でもすぐにブチ切れるだろう。

その怒号に応えるように、カイル達の周りに黒い影が幾つも出現する。


「総員、戦闘態勢を取れ! 敵は正体不明! 数多数! 開戦は俺からの指示を待て!!」


フェルローレムと小隊が戦闘態勢を取る。

出現した影は二十を越えていてまだ増えている。

しかも、ストルスからあふれる影はまだまだ大きくなりそうだ。


「セシル! 俺達も距離をとって準備するぞ!!」

「分かりました!!」


ストルスに一番近いところにいたカイル達も、出現した影たちに攻撃するために場所を確保する。


「君らはここから離脱してくれ、ベークライト王国の姫君を身内の戦闘に巻き込みたくない!」


フェルローレムがカイル達に引いてくれと叫ぶ。


「気持ちは分かるけど、ここまで来たら最後までやり遂げないと気持ちが悪い」

「同じく、ですわ。それに、まだ私のイライラが収まりませんの」


騒ぎの元凶は大人しくなったと思うんだが、新しい邪魔が入ったのだ。

こんな状況で「ハイ、さようなら」なんてできるはずが無く、セシルに至っては鬱憤を晴らすため、と言うのが最大の理由だ。


そうこうしている内に、ストルスから溢れる膨大な影が人の形になると、徐々に輪郭を形作り衣服も現れ始める。


「カイルとセシル、でしたか…? こんなところで会うとは、本当に偶然とは恐ろしいものです」

「「ハークロムっ!!!」」


落ち着いた初老の老人の声が響くと、同時にカイルとセシルも思わず叫んでしまう。

まさか、こんなところで遭遇するなんて状況が悪すぎる。

こちらは、まだ何の準備もできてないというのに。


「ここにいる目的は何だ? 偶然じゃないだろ?」

「前にも言いましたが、知る必要はありませんね」


ハークロムが薄く微笑んでいる。

その顔を見ると武器を握る手が震えてくるが、当然これは恐怖からくるものだ。

前回は何とか退ける事ができたが、今回はできるのか…?


「それにしても、この道化は全く使えませんね。せっかくの舞台が台無しです。…そうですね、なら後始末がてら、あなた達の実力を確認させていただきましょうか」


最初の襲撃からまだ一月も経ってないと言うのに、早すぎる再戦に勝てる気がしない。


「あいつは何者だ? 見知りのようだが…?」

「約一月前、ベークライトの城を攻撃しようとした連中です。その時は運よく俺とセシルで追い返す事ができました」

「信じられないほど強い。いえ、強さの次元が違う感じでしたわ」

「それほどまでか!」


フェルローレムが近くまで来て尋ねてくるが、カイル達もそこまで知っている訳ではないため、前回の襲撃の概要を説明する事しかできない。

それでもフェルローレムにはある程度伝わっているようで、顔色を変えている。


更に、周りに出現した影達も人型になり、武器を携えている。

まだ動き出さないのは、どうやらハークロムの指示を待っているようだ。


「さて、準備は良いですか? あなた達は何があっても舞台に上がらなければいけません。

自分の立場を良く理解し、与えられた役を演じなさい。さぁ、舞台の幕開けです!!」


ハークロムがカイル達に命令するように開戦を宣言すると、同時に影達も一斉に動き出した。


「総員、迎え撃て!! 捕らえる必要は無い、一体残らず殲滅しろ!!」

「「「了解!!」」」


マルテンサイト王国の戦闘専門、ランサー部隊の小隊が迎撃を開始した。


「フフフ… 楽しませていただきますよ」


ハークロムが笑いながら姿を消していく。


「セシル! 俺達も行こう!!」

「はい!!」


二人も周りの影達を攻撃するために動き出すと、あっと言う間に戦場と化した港は激戦状態になった。

唯一の救いは、影達には実態があり攻撃する事が可能なところだ。

影達の数は数えてないがかなり多く、迎撃してくれているランサー部隊は十五名が出てきている。

ここにフェルローレムとカイル達も入れて十八名。

それでも影達に囲まれていた。


「ここを絶対に死守するぞ、市街地には一体たりとも侵入を許すな!!」


市街地に戦場が拡大すると、一般市民にも被害が及ぶ。

だからこの港で押さえようとフェルローレムが激を飛ばす。


ランサー部隊は、さすがは戦闘部隊だけあって統制がしっかりと取れていて連携も良い。

何よりも戦い慣れしているのが見ていても分かる。


影達に対しても遅れは取っておらず、順調に影の数を減らしている。

大きな違いは、ランサー部隊は常に戦いの状況に合わせてフェルローレムが指示を飛ばし、敵とのバランスが取れるようにしているのに対し、影達にはそのようなものが見て取れない。

連携と言うのを取らず、自分に近い相手を数の力で押し切っているような感じだ。

そんな戦い方をしていれば数が減っていくのは当然だろう。


「カイル、腑に落ちませんわ」

「どうした?」

「ハークロムがいたにもかかわらず、あの者達の戦い方は全くなっていませんの。私達の実力を確認すると言っておきながら、これはではあまりにもレベルが低すぎますわ。おそらくですが、何か策があると思いますの」


確かに、手応えが無くあまりにも影達が弱過ぎるため、これは何か裏があるというセシルの意見は納得できる。

それに、フェルローレム達を見ても余裕そうな表情だ。

カイルの心に言い様の無い不安が込み上げてくる。


「うわぁぁぁっ!!!」


その途端、辺りに叫び声が響きわたる。

見ると、ランサー部隊の1人が腕を斬り裂かれていた。

見るからに深い傷を負っている。


「ぐあぁぁっ!!!」

「うが、があぁぁっ!!!」


すると、それを皮切りに、いたるところで叫び声が上がり始めた。

そして、あっと言う間に数人が負傷し、前線から下がる。

だが、決して油断していたわけではなく、敵の動きが急に変わったのだ。

突如連携を取り始め、これまでとは逆にランサー部隊の連携を阻み、追い詰め始めた。

学習とまでは言わないが、戦力を分析していたらしく、それを終えたから攻勢に回った、というところだろう。


「敵も連携してくるぞ! 対戦の想定を変えろ!! チーム戦だ!!」


フェルローレムが状況を把握して指示を出す。

すると、ようやく隊本来の動きになったようで、あちこちで起きていた叫び声は減り、剣同士の激突する金属音が響くようになった。


カイル達も負けてはいられない。

カイルが風を纏って疾走し敵を弾き飛ばすと、セシルが周りに浮遊させている光の玉を使ってピンポイントで狙撃する。

ここにいる者たちの頑張りで、着実に影の数は減ってきている。

増援される様子も見えないため、この戦闘ももう少しだろう。


そして、何体目かの額部分にピンポイントで狙撃した時、セシルの顔に影が落ちる。

反射的に頭を上げると、一体の影が大きく振りかぶった漆黒の剣を、今まさにセシルに向けて振り下ろそうとしているところだった。


(いつの間に私の間合いに入り込んだの?)


考えるよりも早く体が動いて間合いを取ると、先ほどまで自分のいたところに漆黒の剣が斬り込まれる。


「こちらの番ですわっ!!」


セシルが二本の魔法剣を構え、前傾姿勢で斬り掛かると、不敵にもセシルに斬り掛かった影は、回転斬りによって斬り刻まれてその場に崩れ落ちる。

そして回転を終えたと同時に、複数の影が一気に斬り掛かって来た。


「貴様ら! いい加減に… しろぉ!!!」


本日何度目か忘れたが、セシルがブチ切れて、襲い掛かってきた影たちを斬り飛ばした。


「何度も何度も、しつこい!! こっちは早く終わらせたいと言うのにっ、次から次へとっ!! これでは、もうすぐ夜が明けてしまうでは無いかっ!!!」


未だに、宿の件で怒り心頭のセシルの体から、放電されるように雷がほとばしる。

そして、手を広げて左腕を真上に掲げた。


「天より来たる裁きは雷をもって執行される! 己の愚かさを糧にその身を焼くがいい!!」


セシルの言葉に呼応するように、辺りから雷が集まるとセシルの左腕に落ちる。

体に闘気を纏っているセシルが体全体に雷を纏い、二本の魔法剣も金色の雷に変わった。

そして、セシルが影達の近くに幾つかの電荷のポイントを作り出す。


「雷刃の刑、執行!!」


叫ぶと同時に、セシルの体がフッと消え去り、まるで雷のように電荷のポイントをなぞるように金色の光が走る。

それは一瞬の出来事で、セシルの通過した近辺では影が魔法剣で両断され、到着ポイントの影はその身に魔法剣を突き立てられて感電し、消し炭と化した。


それは、比べるまでも無く、カイルの疾走よりも速い雷の雷走だった。


「雷刃の刑の執行は、これで終わりだと思うなよっ!!」


セシルの鼻息はまだ荒く、そこから立て続けに三本の雷が戦場を縦横無尽に駆け抜け、戦局を大きく変化させるのであった。


「よし! 戦況はこちらに分があるぞ、総員、一気にたたみ掛けろ!!!」


セシルの猛攻のお陰で戦闘の終わりが見えてきた。

それに合わせてフェルローレムの指示が飛ぶ。

影はほとんどが倒され、残りはわずかだ。

ランサー部隊が大きな声を上げ、仕上げに入る。


「それにしても… やはり凄いな。あれでお姫様ってのが信じられんよ…」


一国の部隊長が、自身の目の前で繰り広げられる戦闘に目を奪われている。

風を纏う少年と雷を纏う姫。


二人とも、フェルローレムが見た事もない「魔法を使って移動する」と言う荒業を難無く使いこなし、次々と敵を打ち倒していく。

何よりも、この二人の連携が素晴らしい。

通常、どんなに訓練を積んでも、一体の敵に対して二人が縦横無尽に駆けながら、同時に斬り掛かることは無い。

なぜなら、戦闘における想定外は必ず起こり得て、お互いに近い場所で戦闘をすることで味方を斬ったりしてしまうことが稀にあるのだ。


なのに、この二人はそんな事を全く気にすることなく、ほとんど重なるように攻撃している。

これは、お互いを信頼し尽くしていないとできない芸当で、二人の見た目の若さからは決して想像もできないことだった。


そして、最後の一体をランサー部隊が斬り倒し、ハークロムの準備した敵が全滅した。

一斉に勝どきが上がり、辺りはその声が響いていた。

結果として、ランサー部隊は七名が負傷したが、重傷者は出ていないそうだ。

ファントム部隊も全員無事で、ストルスを含めた全員が正気に戻った。


「この度は、貴殿たちには多大なる迷惑をかけてしまった。心から謝罪したい。本当に申し訳なかった。お陰で目が覚めたよ」


フェルローレムがランサー部隊を率いて後片付けを行っている最中、ストルスが近寄ってきてカイル達に深々と頭を下げた。

そして頭を上げると、その顔は憑き物が取れたように晴れやかになっていた。


「そっちも操られて利用されてたんだ、だからある程度は理解するよ。もちろん、謝罪は受けよう」

「カイルが謝罪を受けるなら、私が受けないわけには行きませんわ。だから謝罪は受けますわ。納得はしませんけど」

「それでいい。感謝する。 …これは個人的な意見だが、今後、何かあれば遠慮なく言ってくれ、ファントム部隊は君達の力になろう」

「もちろん、我らランサー部隊もな」


カイルとしては別に謝罪は必要なかったが、こう言う事にはけじめが必要だろう。

セシルは納得しないと言っていたのは、感情は簡単に割り切れないからだ。

ストルスの言うように、今はそれで良い。


今後はファントム部隊もランサー部隊も協力してくれることになったし、マルテンサイト王国も良い方向に向けばいいと思った。


「こちらの後始末は終わったよ。ストルス、お前も疲れただろう? 部隊を連れて城に戻るといい。陛下もお待ちだろうから、お前の無事な顔を見せてやれ」

「そうだな。陛下にも大きな迷惑をかけた。盛大に怒られるとしよう」


フェルローレムが部隊を連れて来てストルスに笑いかけると、ファントム部隊のメンバーもストルスの元に集まってきて、皆で笑い合っている。

本来は、こんな感じで仲良くやってたんだろうなと思った。

それが、何かのきっかけでハークロムに取り込まれてしまったために、こんな事が起きてしまったのだろう。


だが、このようなことは人間であれば誰でも起こりえることで、考えたくは無いが、ベークライト王国でも同様のことは起こり得るだろう。

真面目に考えていると、一斉に動く気配がした。

何事かと思って見てみると、ランサー部隊とファントム部隊の全員がセシルに向かって跪いている。


「…何の真似ですの…?」


セシルの表情が一気に硬くなる。


「この度は、我々の落ち度でベークライト王国のセシル姫に、多大なるご迷惑をお掛けしてしまいました。御身を危険に晒してしまった事に付きましても、一同を代表して謝罪させていただきたいと存じます」


フェルローレムが代表してセシルに謝罪するが、セシルは困った顔をしている。


「フェルローレムさん、申し訳ないけどここには冒険者しかいないよ。彼女はセシル。俺の大切なパートナーだ」

「カイルの言う通りですわ。だから跪かれても困るだけですの。でも、これからベークライト王国に戻りますので、城へ報告に行った時に姫に会ったら伝えておきますわ。正式に謝罪をいただいた、と」


セシルがにこやかに微笑むと、周りのみんなも表情が柔らかくなった。

そして、一連の騒動に関する後片付けなどが終わり、一同が帰る雰囲気になったところで、またしても空気が変わった。

霧が晴れるようにハークロムが姿を現すと、皆が一瞬にして戦闘態勢になる。


「おやおや、もう幕を閉じるのですか? 私はそんな許可は出してないと思いましたが?」

「貴様がハークロム…!! 私を操ったヤツか!!」

「ふん、道化風情が何を仰いますか。はて? あなたが生き残るような台本は無かったと思いましたが?」


ストルスが感情をあらわにしてハークロムを睨むが、一瞥されただけだった。

そして、ハークロムがカイル達に向き直る。


「あなた達も、なかなかやるようですが、その程度ではまだまだですね。しかも自分たちに害を成した道化を生かしておくとは… 正気を疑いたくなる」


辺りの空気がチリチリしてくる。

それは、闘気でもなければ魔法力でも無い、何か得体の知れない感覚で、いずれにしても、ハークロムはいつ襲いかかって来てもおかしくない状態だ。


「だから… 私が幕引きをしてあげましょう!!!」

「「!! っ!!」」


ハークロムが消えたと同時に、カイルとセシルもほぼ同じタイミングで消える。

そして、物凄い金属音が辺りに響き渡った。

ストルスの左の肩口にハークロムの剣が入ろうとした時、セシルの二本の剣がそれを防いだのだ。

ハークロムの動きが一瞬止まったと同時に、カイルの剣が下からハークロムの下顎を狙って突き上がる。


ハークロムはそれを一歩後ろに下がって」カイルの剣をかわすが、今度は正面からセシルが二本の剣で水平斬り、カイルが上方からの斬り下ろし、セシルの回転斜め斬りが一瞬の間に放たれる。

だが、その打ち込まれる剣技を、ハークロムは全て紙一重でかわす。


そして、反撃に転じようとした時、ハークロムの目には二人の姿が映っており、カイルの風を纏った突きと、セシルの雷を纏った水平斬りを自らの腕で防御する。

腕を斬り落としたとおもったが、ハークロムは執事服に傷が付いた程度だった。

すかさず、カイルとセシルは距離を取って攻撃態勢を整える。


「くそっ!! これすらも止めるのか!!」

「それにしても、腕で止めるなんて、どうなってますの?」


鎧などの防御に特化したものを装着している訳でも無いのに、二人は攻撃の時にもの凄く硬質な何かを斬り付けた感覚を覚えた。

熊の魔物すら一太刀の元に斬り殺すことができる技なのに、服が傷付いた程度で済まされてしまった。

絶対に人の体ではなく、そもそもの体の造りが違うのだろうかと、非常識な出来事に戸惑いを隠せない。


「フフフ… フハハハ… 面白い!! これは面白いぞ!? 不意を付いたとは言え、私に手を出させたなんて本当に久し振りです!! 気に入った!! やはり貴方たち二人は台に必要なようです」


また、舞台の話だ。

一体何を言っているのかが分からない。

何のための舞台なんだと怪訝な顔をしていると、ハークロムが仰々しく両腕を広げる。


「魔法剣士に隻眼の姫よ!! これはあなた達の物語だ! この全世界を舞台に! 全世界の全ての人を観客に! 神々ですらその物語をご照覧下さるだろう!! さぁ、運命と言う名の第一幕を上げようではありませんか!」


誰かに伝えているのか分からないが、盛大に人を巻き込んで世界規模の舞台を始めるかのように話している。


「聞け! 魔法剣士に隻眼の姫よ!! 今をもって幕が上がったのだ!! 心せよ!! そして運命に抗って見せよ!! 期待しているぞ!! フハハハ…」


高笑いをしてハークロムの姿が掻き消えた。


「全くもって意味不明だ」

「同感ですわ」


自分たちに何をさせるつもりなのだろう?

そもそも、なぜ自分たちなんだ?

それに、運命ってなんだ?

挙句の果てには、自分たちのことを魔法剣士に隻眼の姫と言った。


「勝手に名付けるなよな…」

「同感ですわ」


勝手に名前を付けられ、強制的に宣言された舞台とやらに上げられそうになっている。

何がなんだか分からないが、更に用心しないといけないと感じた。


カイルのついた深いため息は、夜明けの光に溶け込んでいくのだった。

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