第10話 いろいろと思った通りで反省する

いろいろと思った通りで反省する



「だぁー! かぁー! らぁー! アンタじゃ話になんないって言ってんのよっ!!」


検問官の詰所にエレナの大声が響き渡る。


―数時間前―

マルテンサイト城に入るためには、入国の時と同じように検問を通らなければいけない。

検問は、城へ続く橋にある大門で警備隊が行うようになっている。


今朝、ステラの家で朝食をとり、昨日の約束通りエレナに付き添ってもらうため、セシルとギルドに向かった。


「おはよう! 昨夜はよく眠れた?」

「おはようございます。おかげさまでぐっすり眠れましたわ」


エレナとセシルは微笑みながら挨拶を交わしている。


「ふふん! どう? これがギルド副長の私よ!!」


見ると、エレナはいつもの冒険者スタイルではなく、兜に剣と盾の紋章がついたマントを羽織り、シャツの胸元もキチンと締めてリボンを結んでいる。

下は黒のスカートといったギルドの制服に身を包んでいた。

しかも、口紅を塗りしっかりと化粧もされている。


これだけで見ると、エレナもビシッと決まった仕事のできるお姉さんで、いつもの乱暴そうな雰囲気は全く無い。


「うん、まるで違う人みたいだ」

「アンタは一言余計なのよっ!!」


正直に感想を述べたら怒られた。

セシルが隣で笑って見ている。


「ふんっ! さあ、時間がもったいないから行くわよ。私が大人な対応ってもんを見せてあげるわ」


鼻息を荒くしたままエレナが先頭を歩き、その後ろをカイルとセシルが並んで歩く。

マルテンサイト城は大きな堀で囲まれており、城に入るには橋を通らなければ行けない。

橋の入り口には大きな門があり、その隣に入城の受付と検問を行う詰所がある。

カイル達3人は検問官に入城の目的を話し、受付の用紙に名前を記載する。


「カイル、この方ですわ」


名前を書いていると、セシルが隣から名前の書いてあるリストの一人の名前を指さす。

どうやら、この名前がベークライト王国からの使者らしいのだが、見ると入城の記録はあるが、出城の部分が空欄になっている。

となると、まだ城にいるみたいだ。


「何だ、どうした?」


検問官が何か気になったらしい。

リストをじっと見てるカイルとセシルに声をかけてきた。


「いえ、何でも無いです。それよりも名前は書きました。これで入城できますか?」


リストから視線を離し、何でもない素振りをすると、セシルが困惑した顔でこちらを見てくる。

「なぜ聞かないの?」って顔だ。


「この検問官は入国の時と同じで信用できない。今聞いたとしても有耶無耶にされてしまう。だから今はこの件は追及せず、国王に会った時に直接聞いてみよう」


小声で話すとセシルも小さく頷いた。


「入城は許可するが、この手紙の持ち込みは許可できない。中身を確認できれば話は別だが」

「何言ってんのよ。ベークライト王の封蝋がされてるでしょ? 開けられるわけないじゃん」

「それこそが罠かも知れんと言っておるのだ。何もないと誰が保証するのだ?」

「この国でも有名なステラの確認済みよ? それで十分に保証されてるじゃない」

「確認してから今までの間は保証されていまい? その間に何かあるかも知れん」

「じゃあ、ステラを連れて来て、ここで確認すれば保証できるでしょ?」

「いいや、やはり中身の確認は必要だ」

「ベークライト国王の親書よ? 何でアンタが中身を確認しなきゃいけないの?」

「本当にベークライト国王本人のものか、それを証明するものは無いだろう?」

「だから封蝋がしてあるんじゃないの!! ベークライト王が! 直々に!!」

「それが本物かどうか、どうやって証明するのだ?」

「…もう、アンタとじゃ話にならない! 誰か代わりを連れてきて!」


エレナと検問官のやり取りを聞いてると、こちらの揚げ足ばかり取ってきて何だか頭が痛くなる。

エレナも段々と声が大きくなってきた。

この検問官と話をしても無駄だと思ったエレナはそれ以降一切話さなくなった。

顔も背け、いまだにあれこれ言ってくる検問官を無視し続けている。


そして、とうとうブチ切れた。


「だぁー! かぁー! らぁー! アンタじゃ話になんないって言ってんのよっ!!」


検問官の詰所内に響き渡るエレナの怒声に、検問官も思わず目を丸くする。


「騒がしいぞ、何をしている?」


詰所のドアが開き、ダークグレーの甲冑に身を包んだ騎士が中に入ってきた。

マントには朧月のような紋章が入っていて、甲冑の腕には赤のラインが二本入っている。


「…何でファントム部隊の大隊長がこんなトコにいるのよ。暇なの?」


エレナが入ってきた騎士を睨む。


「見回りの途中だ。周りを気にせず大声で怒鳴るガサツな女ほど暇では無いんでな。で、何が起きているのだ?」


大隊長と呼ばれた人物がエレナを侮蔑した後、検問官に問いかける。


「これは、ストルス大隊長。実は…」


検問官が、事の成り行きを説明しているのだが、やはり聞いてると違和感を感じる。

こちらが話した事を、自分達の都合の良いように解釈しているため、聞いている方も、この手紙は怪しいと感じてしまうのは当り前に思うだろう。


「やはり、中身の確認は必要だ」


案の定、ストルスがさも当然のように言い放つのだが、よくよく考えてみるとおかしい。

なぜベークライト王直々に用意した親書の中身を確認する必要があるのだろう?

魔法を使った罠ではないとするのなら、マルテンサイト王からしてみれば、自分あての手紙を誰かに先に読まれる事になるのだが、そんな事は許されるのだろうか?

それに、ベークライト王にしてみれば、親書であることも封蝋でさえも信用されなかった事になるわけだ。


「これって、問題にならないもんなの?」

「なに?」


疑問を声に出したら、ストルスが反応した。

そこで、さっき感じたことをストルスに投げかけてみた。


「ベークライト王が、お前らのような冒険者に親書を託すこと自体が信じられんのだ」

「これでも俺達はベークライト王に信用されてるんだけどな。ここじゃあ、国王に信頼されてる冒険者はいないのか?」

「あー… そう言う意味では、信頼される冒険者はいないかもね」


ストルスの話はもっともだが、カイル達の話もまた真実だ。

それよりも、エレナの言葉が気になったのだが、冒険者が国の依頼を受けるってことは無いのだろうか?


「カイル、お父様とあなたが特別なんですわ」


セシルが耳打ちする。

考えればそうかも知れない。

窮地の娘を救い、城を救ったのだし、救国の英雄とも言われたことを思い出した。


(でも、ギルドと国も仲が良かったと思うんだけどな)


この様子だと手詰まりだろうか? じゃあどうすれば良い? カイルが何か策が無いか考えていると、エレナの声がした。


「やっぱり、国王に直接見せなさいよ」


ガタっと音がして、エレナが立ち上がる。

そして、ストルスの前に立ち、睨み付けた。


「ダメだと言っているだろう?」

「この事は国王もご存じ無いんでしょ? いいの? ベークライト王にこの話をしたら国家間の問題になるわよ? その時アンタ、責任取れるの? アンタのクビひとつじゃあ解決しないよ?」

「それでもダメだ!!」

「あのねぇ! 何の権限があってアンタはダメだって言ってんのよ!!」

「ファントム部隊大隊長としての責務だ!!」

「その肩書は責務だけで、そんな権限あるわけないでしょ!! アンタ何隠してんのよ!!」

「…! な、何も隠してない!!」

「…いいわ。そこまで言うんなら、アンタの言う権限とやらを見せてあげるわ」


エレナが言い合いの途中で一呼吸おくと、雰囲気を変えた。

まるで、勝ち誇ったような顔をしているのを見ると、話の途中で何かを思い付いたようだ。


「あなたは大隊長でしょ? 私はギルドの副長なのよ? 世間一般ではあなたよりも階級は上って事ね。この事は変えようもない事実よ」


ストルスが「しまった」と言う顔をしている。

どうやらエレナの役職を忘れていたようだ。


「冒険者ギルド、マルテンサイト支部副長、エレナ=テルセレンの名において命じます。今すぐマルテンサイト国王にこの手紙を見せなさい」


胸を張り、ビシッとストルスに指を指して命令した。

格が上の相手から命令されれば、ストルスは受けざるを得ない。


「ぐ…く、わかりました…」


誰が見ても怒りに震えていると分かる表情で、ストルスが先導し、皆がそれに続く。


「エレナさん、素敵でしたわ!!」

「エレナさんも、怒鳴る前に最初からこうすれば良かったんじゃないの?」

「せっかくセシルに褒めて貰ったってのに、アンタは一言余計だって言ってるでしょ!!」


また正直に言ったら怒られた。


マルテンサイト王国、謁見の間。

カイル、セシル、エレナ、ストルスの四人が跪いている。

目の前は一段高くなっており、そこには重厚な椅子が置かれていて、その椅子に座る男性が口を開いた。


「余がアルネオン=サース=マルテンサイトだ。まずは顔を上げよ」


四人は顔を上げ、目の前の男性を見上げる。

紫を基調とした豪華な装飾が施されたローブを纏い、頭には見るものも圧倒するような王冠をかぶり、白くなった口ひげを携え、顔には年齢を思わせる皺が刻まれている男性が座っていた。


だが、その眼光は鋭い。

四人を見据えると、低いがしっかりとした声が聞こえてくる。


「そなたらはベークライト王の使いで来たと聞いたが、用件を申してみよ」

「は、ベークライト王より、これを預かりました」


カイルが親書を見せると、傍に控えていた侍女が受け取り、封蝋を確認して国王に手渡す。


「うむ。確かにあやつの封蝋だ。ご苦労だったな。しばし待て、中の手紙を読もう」


慣れた手つきで封蝋を切り、手紙を読みだした。

だんだんと表情が明るくなっているように見える。


「おお、おお! やったか! あぁ、待たせたな。いや、ご苦労だった。して、その水はどこにあるのだ?」


国王が辺りを見渡す。


「陛下、実は数日前にベークライト国より使者が来ているはずなのです。入城のリストには名がありましたが、出城のリストには名がありませんでした。水はその使者が持っているのですが、行方不明なのです。だから、私たちが再度ベークライト王の命を受け、ここに来たのです」

「!? 何だと!! ストルス!! お前、何の事か知っているな!!」

「は、はい… ですが、陛下…」

「今すぐここに連れて来い!! 持ち物も含めて全てだ!! 良いな!! 急げ!!」

「か、畏まりました!」


カイルが国王の前で使者の追及をしたことで、有耶無耶にされること無く、無事に使者を帰せることになった。

マルテンサイト王が話の分かる人で良かったと、カイルが胸を撫で下ろす。


「やりましたね、カイル」


セシルも自国の使者が無事だったのだから嬉しそうだ。

やがて、謁見の間の重厚な扉が大きく開かれ、赤い絨毯の上をベークライトの使者が歩いてきた。

だが、その顔は痣だらけで、頬もはれ上がっている。

どうやら拷問でもされたようだ。


(…それにしても、治癒すらせずに開放するとは、どこまでも頭にくる奴らだ)


「おぉ、カイル殿、セシル… 殿、この度はご迷惑をお掛けしました」


冒険者の装備に身を包んだセシルを見て、使者は姫ではなく殿と呼ぶ。

さすが、空気を読める人だ。

深々と頭を下げる使者に、治癒魔法をかけと、見る見るうちに傷が治り、元の顔に戻る。


「あなたが謝ることなんて無いでしょ? ねぇストルスさん。何か言う事があるのでは?」


ストルスを睨むと、顔を背けられた。


「その方、この度は申し訳ない事をした。せっかく届け物を持って来てくれたと言うのに、散々な目に合わせてしまった。今度改めて、正式に謝罪させてもらうぞ」


何と、マルテンサイト王が謝罪すると言ってきた。

その発言に、周りにいた者たちからざわめきが起こるも、マルテンサイト王が手を軽く上げて黙らせる。


「いえ、陛下。私にも至らないところがあったのでしょう。御身をお守りする騎士殿は自分の仕事をしたまでです。どうか、謝罪などと仰らないで下さい」


何て人の出来た使者だろう。

自分の立場を十分に理解した上で、マルテンサイト王にもベークライト王にも迷惑が掛からないように配慮したのだ。


「そうか、すまなかったな。そして感謝する。そなたの働きのお陰で、余の依頼は達成された。ベークライト王に感謝の手紙を持たせよう。しばし待て」


マルテンサイト国王が使者に聖水の入った水入れを見せて、依頼が達成された事を証明する。

後は、マルテンサイト国王が手紙を書き、それを使者がベークライト国王に渡して完了となる。

しばらくして、侍女が手紙を使者に渡すと、受け取った使者は懐に手紙を入れた。


「では、マルテンサイト国王陛下、私はこれでベークライト国へと戻らせていただきます」


深々と頭を下げる。


「うむ、ご苦労だったな。ベークライト王によろしく伝えてくれ」

「畏まりました」

「マルテンサイト国王陛下、私達もこれで失礼します」


カイルとセシルも一礼してその場を後にした。

謁見の間を出る時に、ふと微かな殺気を感じ、その方向を向くとストルスと目が合った。

随分といやらしい目をしている。

まさかとは思うが、使者を狙ってるのかも知れない。

これは、船に乗せるまで護衛をした方が良いと思いながら城を後にした。

そして、退城の手続きを終えると、港へと向かい使者を船着場まで護衛する。


「カイル殿、セシル殿、ここまでで充分です。後は危険は無いでしょう。私はこのままベークライト国へ戻りますので、お二人はゆっくりして来て下さい。陛下には私からお伝えしておきます」


使者が手を上げて船に乗り込んでいくのを見送って、カイルとセシルは港を後にした。


「さて、これからどうする? 何かしたいことは無いか? それとも、次の船でベークライトに戻る?」

「そうですわね… せっかく他の国に着たんですもの、もう少し見て回りたいですわ」

「わかった。じゃあ、帰りは明日の朝にしよう。まずは宿を取りに行って、その後でゆっくり町を見て回ろうか」

「はいっ!! 私、とても楽しみですわ」


セシルはすっかり観光気分だ。

お使いも終わったし、後は帰るだけだから問題は無い。

カイル達は宿を取りに向かうことにした。


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ファントム部隊の詰め所では完全武装したストルスが、同じく武装した部下10人と

何かの準備をしていた。

部下は全員一言も口を開かず、黙々と何かの作業をしている。


「さっさとベークライトに帰れば良かったものを… まぁ、その方が好都合だったがな。その不運を後悔させてやろう。ククク…」


ストルスの手元で光るのは投擲用のナイフで、その刀身には猛毒の液体が塗られている。

部下は毒草をすり潰し、毒薬を作っている。

そして、大量の投擲用ナイフに塗りこんでいく。

それは、今夜の襲撃に使われるものだ。


ストルスはカイルにアレス毒殺未遂の罪を着せ、そのまま処刑するための準備をしていたのだった。

町を巡回させている部下からカイル達の宿を突き止め、部屋も両側を押さえた。


後は夜が更けるのを待てば良い。

乗船場と町の出口も見張りをつけているし、当然あの二人に尾行も付けた。

もはやストルスの魔の手から逃げられる術はないだろう。


「もう少しだ。これでアレスも始末できて、私の邪魔をするヤツも始末できる。そうすれば私はファントム部隊の部隊長になれる。その次は総隊長の座だ…」


自分の計画を再確認し、口元を歪めるように笑う。


「手駒も準備した。この闇の力は素晴らしい。心に闇を持つ人間であれば操れる。この力があれば思いのままだ! さぁ、見ていろ! 私の力を見せ付けてやるぞ!!」


声高く笑うストルスの後ろで、部下達は皆うつろな表情をしていた。


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「ああ、私、とても堪能しましたわ!!」

「食べたし遊んだし、買い物もしたし、俺も久し振りに楽しかったよ」


宿の部屋で両腕を上に伸ばし、満面の笑顔で微笑むセシルに、カイルもつられて微笑む。


「お父様にもお土産が買えましたし、明日は早めにベークライト国に帰りましょう」

「そうだな。じゃあ寝ますか。でも今夜のベッドは狭いから、寝惚けて落ちるんじゃないぞ?」

「それは任せて欲しいのですわ」


何をどう任せるのかは分からないが、明かりを落とすと、二人でベッドに入る。

今夜の宿は残念ながらダブルベッドが無い上に、ツインも無いときた。


シングルしかないのなら、狭くて二人一緒には寝れない。

他の部屋は全て塞がっていて、シングルしか空いてないのです。

と言う宿の話を聞いて、腰に手を当てたセシルが即決する。


「シングルでも構いませんわ。それこそ望むところですの」


それが、どんな事を意味するのか知ってるのか聞いてみたけど、


「私だってそれくらいは知ってますわ。要は密着すれば良いだけの話ですのよ? 今更何を言っていますの? そもそも別々の部屋なんて論外ですわ。それならば、すぐさま城へ帰ります」


セシルらしい回答が帰ってくるが、シングルベッドでの二人寝を甘く見てるんじゃないかと思った。

しかし、堂々と宣言してしまった以上、セシルの希望に沿うしかない。

早速寝る事にするのだが、想像通り密着の度合いが全然違ったようで、当のセシルは耳まで真っ赤になると、顔の半分を掛け布団で隠す。

カイルも心臓のドキドキが聞こえてきそうだ。


二人並ぶと、どちらかがちょっとベッドからはみ出てしまう。

さすがにセシルと対面で寝たら違う自分が出てきそうで、理性を保てる自信は無い。

かと言って背中を向けたら泣かれそうだし… どうしたものか… と考えていると、微かに魔法力を感じた。

昼間の事もあり、もしものためにと索敵をしていたのだが、本当に掛かったようだ。

念のため、ちょっと索敵の範囲を広げてみる。


(…嘘だろ? 何だよ、囲まれてるじゃないか。 …数は …十五人くらいか?)


ここのギルドなら、間違ってもカイルを狙うはずが無い。

なら誰だろう? いや、まず配置はどうなっているか?


(…ここを中心に囲んで… 町の出口も、港の入り口も塞いでる。…逃がす気は無いって事か。さて、どうする? いや、まずは準備からだ。部屋の両隣にもいるから気付かれないように注意しなきゃだな)


「セシル…」


セシルに危険を伝えようと、体勢を変えてセシルの方を向くと…


「わわっ!! カ、カイル!? あ、あの、何もこんなところじゃなくても、城に戻ってからゆっくりと… あ、あぁ、でもでも、カイルがどうしてもと言うのであれば… 私は… 別にここでも…」


真っ赤になったセシルが、しどろもどろになって勘違いしている。

まぁ、この状況では仕方ないと思うが、今はそれどころではない。


「セシル。落ち着いて聞いてくれ。どうやらここは囲まれてるようなんだ」


小声で伝える。


「え…? …また邪魔者ですのね。 …くそっ、今度こそ… 許しませんわ…」


静かな怒気を放っている。

言葉遣いが一部品の無いものに変わっていることからも、相当お怒りのご様子だ。

正直、敵が気の毒になった。


「約十五人、この両隣にもいて俺たちを包囲している。迎撃するぞ」


必要な情報だけを小声で伝え、準備に入ろうとベッドから出た瞬間、周りの魔法力が動き出した。


「っ!! 武器だけ持って、部屋から出るぞ!!」


叫ぶと同時に剣を掴む。

セシルが二本の剣を持つのを確認し、セシルを抱き上げると窓を割って外に飛び出る。

そして、風を纏うと一気に飛び上がった。


「っ!! こっちだ!! 逃げたぞっ!!」


下から声が聞こえ、何かを投擲してきたのを見たが、それが何なのかを確認してる余裕は無い。

セシルを庇うように抱きかかえ、当たらないように祈りながら上空へ距離を取るが、突然腕に鋭い痛みを感じる。

見ると、投擲されたものが右腕に刺さっていて、良く見るとナイフだった。

武器しか持ち出せなかったから、身に付けているのはシャツとズボンだけで、セシルも同じような格好だ。

防具が無いために、ちょっとした攻撃でも大ダメージに繋がってしまう。


「カイル!!」

「大丈夫だ!! まだついて来るからもう少し飛ぶぞ!!」


セシルが下を見ると、何人か追ってきているのが見えた。

しっかりと訓練されているらしく、相手の動きもなかなか素早く、連携も見事だ。

だが、カイルはセシルを抱えている分、いつもよりスピードが落ちている。


それに、右腕が焼けるように痛むのは、おそらくは毒が塗ってあるからだろう。

だが、今は治療をしている余裕は無いから、体に悪いが我慢するしかなさそうだ。

即効性の毒でないことを祈るばかりだが、こういう状況で使う毒とすれば、標的を動けなくするために間違いなく即効性の毒を使うだろう。

カイルは覚悟を決めなければいけなかった。


(カイルの動きが悪くなっている。私が足枷になっているの...?) 


セシルの表情が曇りかけたその時、


「セシル!! これは用意された襲撃で、俺達は誘導されているだけだ!! お前が気にする事なんて何も無い!! そんな顔するな!! 抱き心地が悪くなる!!」

「!? な、カイル!! 貴方こんな状況で何を言ってますの!? …にこやかにしてれば抱き心地も変わりますの…?」

「そうだ!! 俺の気持ちが和らぐ!!」


セシルが「ほぅ」と息をつくと、頬を赤らめてにっこりと微笑んだ。 

やはり、強い女性だ。

その心遣いと、ぎこちないけど柔らかい微笑に、カイルの心に力が漲ってくる。


「そろそろ下に降りるぞ!!」


港の近くに来た。

ここからは開けた場所になり、周りには一般市民もいない。

戦闘に入っても誰も巻き込まれないだろう。


大通りの真ん中に降りると、一気に周りを囲まれた。

数は十五人で全員が完全武装しているが、あの鎧はつい最近見たことがあった。

どうやらファントム部隊だ。


「鬼ごっこもここで終わりか?」


輪の外側からストルスが歩いてくる。


「その鎧には見覚えがある。国の機関であるファントム部隊が何の用事だ? 俺達は一応は外国の者だぞ? 何をしてるのか分かってるのか?」


右腕に刺さっていたナイフを抜き取ると、黒く染められていた。

どうやら、投擲されていたのは普通のナイフ以外に、暗闇では見辛い黒色のものも投擲していたようだ。

このナイフとダークグレーの鎧を見る限り、全うな部隊では無いのだろう。

恐らくは国の暗部組織か、と敵を認識し直して、手に握っていたナイフを放る。


だが、右腕から体全体に熱が回り始めたようで、変な汗も出てきてる。

やはり、ナイフの毒は即効性だったようで、カイルの視界が歪み始めた。


「カイル、顔色が悪いですわよ? !? まさか、毒を受けましたの? …今、回復しますわ」

「助かる」


セシルがすぐに気付いてくれて回復の魔法をかけてくれると、徐々に体のだるさが取れてきた。

だが、完全回復したわけではないので、いろいろとまずい状況に変わりはない。


「貴様は、我らの部隊長アレスの毒殺未遂の容疑者として手配させてもらった。おとなしく我らの裁きを受けろ」

「毒殺未遂? 裁き? …何の話をしている?」

「私達に… 罪を着せて… 処刑しようと… しているのですわ…」


セシルがやや俯き加減で、心なしか震えているように見える。

完全武装の騎士に囲まれた事で怯えているのだろうか?


「物的証拠もここにあるぞ。これが使われた毒薬だ。そして貴様が毒を混入させたと言う証言もある。言い逃れはできない、と言う事だ。フフフ… 観念しろ」


でっち上げも、ここまでやられると清清しさを感じる。

細かいところまで突き詰めれば穴だらけの捜査だが、国の連中は彼らの方を信用するだろう。


「まだ罪を認めないつもりか? なら、ファントム部隊の部隊長代理の権限により、これより貴様等の処刑を執行する。これは正当な措置であり、反撃はマルテンサイト王国への攻撃とみなし、外患罪も適用するぞ? フハハハ、どうだ? 何もできまい!!」


言いたいことを連ねて笑うストルスに呆れていると、隣から凄まじいまでの闘気を感じる。


「下衆共が… よくもカイルに毒なんて… しかも冤罪まで擦り付けようとしているだと…? 絶対に許さない。貴様等の死をもって償わせてやる!!」


我慢の限界を超えたらしく、セシルとは思えないような言葉遣いで敵に向かって吼える。

しかも、その手にはいつの間にか剣を二本逆手に握り、炎の魔法剣を発動していた。

まさに、一触即発の状態だ。


「身の程を知れっ!! 貴様等ぁ!!!」


突如、セシルから放たれる強大な威圧感。

ストルスの部下は操られていながらも一歩引いてしまうほどで、カイルですら体にビリビリと凄まじい威圧感を感じていた。


そして、セシルが腰を落とし前傾姿勢で突進すると、近くにいたストルスの部下に二人に攻撃を放つ。


「ち、ちょ、ま、待て!! セシル!!」


今攻撃をすると、ストルスの宣言を正当化させたことになり、立場的にも不利になる。

だが、セシルの攻撃は止まらない。

二人に対して回転しながら魔法剣を放ち、剣と盾を次々に破壊すると、武器の無くなった二人を続けざまに蹴り飛ばした。


セシル特有の回転による攻撃は遠心力も加わるため、見た目以上に破壊力が高く、しかも今はブチ切れしている真っ最中だ。

普段のリミッターはある程度外れていてもおかしくは無く、蹴り飛ばされた二人はそのまま沈黙する。

殺してはいないようだから最悪の事態は回避され、カイルは一先ず胸を撫で下ろす。


「攻撃したな!? これで、正当防衛が成立したな。なら、こちらも刑の執行を開始する!! 総員、賊二人を殲滅せよ!!」

「これは無許可の包囲と、事実無根の冤罪に対する正当防衛だ!! 殺すつもりは無いが、多少のケガは覚悟しろよ!! その覚悟が無いヤツは大人しく帰れ!!」


ストルスが全員に攻撃指示を出すが、カイルは正当防衛であることから、攻撃の正当性を主張した。

セシルはその間も攻撃を続けており、既に三人が沈黙している。


「貴様等さえっ!! 邪魔しなければっ!! 今頃はぁっ!!!」


宿で邪魔された時の怒りの感情も取り込んで、怒涛の攻撃をしていた。

むしろ、こっちの怒りの方が深そうだ。


カイルも風を纏い、疾走しながら周りの敵に対して攻撃を始めた。

一人、また一人とストルスの部下が倒れ、沈黙していく。


「…くそ、思った以上に強い!! 貴様等、一対一を避けて多対一で押し切れ!!」


ストルスが戦い方を変えてくると、敵も複数で連携を始める。

さすがはファントム部隊だ、連携が始まると今までのように動けない。

見ると、セシルも苦戦しているようだ。

ならば、こちらもコンビネーションで攻撃するしかない。


「セシル!! 場所を変えるぞ!!」


そして、セシルの下に向かい、抱えると上空へと飛び上がる。

すると、また下から投擲が始まった。

幾つかのナイフがカイルの体を掠め、傷口に猛毒を染み込ませる。

すかさず、セシルが回復の魔法をかけてくれたお陰で、落下せずに済んだ。


「よし、あそこだ!!」


カイルは港の奥、桟橋のところに着地する。

すぐに敵が集まってきたが、桟橋の上では両側が海になっているため、包囲することはできない。

これで側面からの攻撃はできなくなったが、前方は完全に封鎖されてしまった。

カイル達は逃げ場を失う代わりに、攻撃の方向を一方向に制限する作戦に出たのだ。


「バカめ、自ら退路を断ったか。構わん、そのまま物量で押し切れ!!」


敵の数はストルスを入れて七人。

カイルは毒を受けているが、戦闘は継続可能だし、隣のセシルに至っては、まだまだ鼻息が荒い。


「もちろん、まだ行けますわ。アイツ等… 私達の邪魔をした事を死ぬほど後悔させてやる!!」


口調が多少戻ってきているが、まだまだご立腹だ。

カイルが魔法剣を発動して桟橋の中央で敵に対峙し、セシルは詠唱を始めて周りに光の玉を無数に出現させる。

防具は一切身に付けていないから、この状態でやつらを迎え撃つため多少の負傷は目をつぶらなければいけない。

だが、セシルだけは必ず無傷で守りきる。

ここが正念場だ。


「一斉に行け!! やつらを殲滅しろ!!」

「行くぞ!! セシル!!」

「分かりましたわ!!」


そして、戦闘は大きな山場を迎える。

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マルテンサイト城の大会議室には、マルテンサイト王とランサー部隊の部隊長フェルローレムが、カイル達の持ち込んだ聖水を前にして難しい顔をしている。


「で、陛下。これが例の聖水ですか? なんでも効果も確認済みだとか…」

「そうだ。 …フェルローレムよ、この水が飲めるか?」


国王は聖水の入ったコップをフェルローレムに手渡す。

コップの中の水は泉から汲み取ったとは思えないほど透き通っている。

フェルローレムは迷わずコップを傾け、中の水を飲み干した。


「陛下、この水は美味しいですね。毎日でも飲みたいくらいですよ。とても泉の水だとは思えませんね」

「だろう? わしも飲んだのだが、美味い以外には特に感じんのだ。だが、ストルスは頑なに拒みよった。しかも理由を聞いても何も答えん」

「それは困りましたね。陛下はストルスに一目置いてたから尚更でしょう」


カイル達が城を出た後、国王はストルスに聖水を飲ませようとして断られた。

理由を聞いても何も答えず、一礼だけしてその場から去ってしまったのだ。

これまで、国王の命令には背いた事など一度も無いストルスが見せた、初めての命令違反だった。


だが、本当は心優しく、城下町で寂しそうにしていた少年がいたから一緒に遊んでいた、

と言って隊長会議に遅刻した時は、


「騎士が国民を第一に考えるのは道理。隊長会議はいつでもできるが、寂しい少年の相手はその時しかできない。どちらが最優先かは議論する必要も無い」


と言い切ったことが有名で、国王もそう言うストルスを気に入っていた。

だからこそ、最近耳に入るようになった素行の悪さや、このような命令違反に対してどう対処すべきか悩んでいた。

断罪するのは簡単だが、本来のストルスのような人材は国にとって必要だ。

そもそも、あの心優しいストルスが悪事を働くなど想像もできない。

可能性として考えられたのが精神操作だった。

できるなら元に戻って欲しい、国王はそう思ってベークライト王に泉の水の採取を依頼したのだ。


「フェルローレムよ、これをストルスに飲ませて欲しいのだ」


そう言って水入れをフェルローレムに渡そうとしたその時、ランサー部隊の一人が大会議室の扉を開け、急いだ様子で入り込んできた。


「失礼します!! フェルローレム部隊長! 報告です!」

「何事だ! 陛下の御前だぞ、控えろ!」

「構わん、知っていて入ったのだろう? なら急ぎのはずだ、申してみよ」


国王の同席しているところに、許可無く入ってくる隊員を咎めると国王がそれを止め、報告するように促す。


「は。報告します。ただ今、港方面で戦闘が行われている模様。対象は、本日来城したベークライト王国からの二名。ファントム部隊が対応しており、町の出入り口が封鎖中。ストルス部隊長代理が指揮を執っております。罪状はファントム部隊アレス部隊長の毒殺未遂と外患罪とのこと。以上です」


報告を聞いたマルテンサイト国王は驚愕し、ランサー部隊長のフェルローレムに代わって命令する。


「このアルネオンの名において命令する!! その戦闘を直ちにやめさせろ!! そしてあの二名への容疑もすぐに取り消せ!! よいか、今日来た二名のうち少女の方はベークライト王国のセシル姫だぞ!! 罪を犯すなど絶対に有り得ん!! フェルローレム! お前も行って止めて来い! そして、ストルスにこれを無理矢理にでも飲ませて正気に戻せ!!」

「畏まりました。陛下、ではこれをお預かりします。 おい! 行くぞ! 小隊を一つ現場に急行させろ!」

「はっ!!」


国王自ら下す命令に、ランサー部隊が対応のために動き出した。

部隊長のフェルローレムが自ら水入れを持ち、小隊を伴って現場へと急行する。


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「はぁ… はぁ…」


息を荒くして、カイルが桟橋の真ん中で三人目を海に蹴飛ばすと、その後ろでセシルが四人目を光の爆発で吹き飛ばす。


「カイル、まだ行けまして? 残すはあの無礼者を入れて三人ですわ」

「はぁ… はぁ… 大丈夫だ。 …それよりも、早く宿に帰って寝たい」

「もう! …でも、大丈夫そうですわね」


残すはストルスを入れて三人だが、カイルは想定どおりに全身傷だらけだ。

治癒魔法をかける余裕が無いため、今はそのまま放置している。

出血は止まらず、カイルの足元に血だまりを作っているが、まだ何とか戦える。


(…あまり時間はかけられない。だが、向こうも迂闊に手を出して来ないだろう。やはり、想定していたなら、それなりの準備はしておくべきだったな)


カイルは思った通りの展開になってしまった事を心の中で反省した。

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