第9話 久し振りに故郷へと帰省する
久し振りに故郷へと帰省する
翌朝、出発前に行商人のところに行ってみると、既に出発した後だった。
切っ掛けは、もし行商人の向かう先がベークライト王国の城下方面なら、護衛も兼ねて一緒に行こうかと、今朝方セシルと話をしていたからだ。
それ以前に、あの恰幅の良い行商人以外、宿屋にも酒場にも護衛らしき人物がいなかった
と言う事も、護衛をした方が良いと思った理由でもある。
村の人に聞いても誰も行き先は聞いてないと言うし、いついなくなったかも分からないと言うことだった。
だが、ここから先は村もなく、国境の大きな壁があるだけだから、普通に考えれば、ここから近いカーネイト村に行ったのかも知れない。
「見つかるか分からないけど、俺たちも出発しよう」
そして、カーネイト村へ向けて出発してお昼過ぎに到着した。
ナロイ村からここまでは街道を通ってきたが、途中どこにも行商人を見つけることはできなかった。
護衛も付けない行商人が街道を外れて歩く事は絶対に無いはずなのにと、村で行商人のことを聞いても、来ていないと言う。
とは言え、これ以上時間を割いてまで行商人を探す理由も無いため、陛下の依頼を優先させることにした。
そして夕方近くにミルア村到着した。
今夜はここに泊まり、明日はベークライト城に到着する予定だ。
ほとんど戦闘もしてないため、道具屋で補充する必要もない。
酒場で夕食を取りながら何となく行商人の事を尋ねてみるが、やはり来ていないという事だった。
「本当に、どこへ行かれたのでしょうか? あんなに荷物もありましたのに、この道中で見つからないのが不思議でなりませんわ」
「そうだな。普通、護衛を連れてない行商人は必ず街道を通るはずだけど、いくら馬車を使っているとは言え、途中の村で行商をしないはずが無いと思うんだよ。それに、他に寄り道するところなんて無いはずなんだけどな」
「でも、不思議ですわね。こんなに気になるなんて、それこそ普通じゃありませんわ」
「ん? セシルが行商人を気に入ったからじゃないのか?」
「いえ、それもあるのでしょうが… 何と言いますか… 何かが引っ掛かりましたの」
ただの行商人をこれほどまで気にしてしまう理由について、自身の胸の辺りを手で押さえながらセシルが困惑した顔をする。
おそらく、言葉にはできないまでも何かを感じているのだろう。
だが、優先事項を間違えてはいけない事も理解しているようで、
「でも、今は城へ帰る事を優先しましょう。お父様もきっとお待ちですわ」
「ああ、俺がミスったせいで二日ほど行程を過ぎてしまったからな。きっと気にしているだろ? これ以上遅れたら捜索隊が編成されそうだ」
「うふふ、お父様ならやりかねませんわ」
もともと探索を含めた行程は六日を予定してたが、カイルが罠にかかってしまったため、
日程が二日も延びてしまったのだ。
「だけど、無事に帰る事こそ、お父様の望みだと思いますわ。だから、あまりご自身を責めて欲しくありませんの」
たぶん、このやり取りはしばらく続くだろうとセシルは思いつつも、カイルのフォローを入れてしまうのだった。
翌日、朝食を取ってから準備を整え、城に向かい出発する。
今日は天気が良くないらしい、と宿屋の人が言っていた通り、空はうす曇で、所々に黒い雨雲が浮かんでいる。
もしかすると雨に遭うかも知れないと思いながら街道を歩いていると、遠くで雷の鳴る音が聞こえた。
「あら、雷ですの?」
「そのようだ。まだ遠そうだけど、雨雲もあるしどこかで雨にあたるかも知れないな」
まだこの辺の天気は落ち着いたままだが、雷は徐々にこちらに向かってきているようで、
雷光と雷鳴の感覚が段々と狭くなってきている。
やがて、辺りが暗くなり始めると、吹く風も冷たさを感じるようになり、とうとうポツリポツリと水滴が落ちてきた。
「お? 降り出したか?」
「そのようですわね。どこかで雨宿りしなくてはいけませんわ」
辺りを見ても雨宿りできそうな場所は無く、段々と雨も強くなってきた。
こんなところでずぶ濡れにはなりたくはないため、雷が来る前に雨宿りできる場所を探す。
セシルと雨の中を走る事数分、雷も段々と近付いて来ている中、街道沿いにある岩壁のところに穴が開いているのを見付けた。
急いでその中に駆け込むと、一瞬の間を空けて、雷光が光ると同時に雷鳴が大きく轟いた。
耳をつんざくような轟音だ。
「きゃあっ!!」
装備が濡れているので、洞窟の入り口近くで火を焚いて暖を取っていると、セシルが悲鳴を上げて腕にしがみついてきた。
これ以上、洞窟内に入る気はないし、入り口近くで服を脱ぐ気にもなれない。
セシルを腕にしがみつかせたまま、火の近くに腰を降ろしていると、雨は土砂降りに変わり、雷はまるで魔法での連続攻撃をしているかのように、雷光を伴って地上へと轟音を轟かせた。
通り雨だから長くは降らないと思うが、腕が気持ちがいいからしばらく降ってて良いとも思ってしまう。
雨が止むまでは特にやる事も無いので、しがみつかれる感触を楽しむことにした。
雷が遠くに離れて行き始めた頃、やっとセシルが動き始める。
「どうも、雷は好きになれませんわ」
「電撃の魔法は使うのにな」
最近だと、ゴーレムを仕留めたのはセシルの電撃の魔法なのだが、雷は怖いらしい。
「電撃の魔法は使い手の意思で落とせますけど、自然の雷は全てが予測不能ですのよ? 落ちる場所もタイミングもそうですわ」
確かに。
今回は運よく洞窟を見付けたけど、非難できる場所が無かったらすごく危険だった。
いつ、どこに落ちるかが分からないから、雷だけは要注意なのだと話していると、セシルが何かを考え始める。
「うん? …何か思い付きそうですわ…」
「セシル? どうした?」
「…………………」
難しい顔をして、ずっと考え込んでいる。
この雰囲気は邪魔しちゃいけないと思い、カイルが黙ってみていると、待つこと十数分、閃いた様に声を上げる。
「!? そうですわっ!!」
が、なぜか頬が赤くなっているようにも見える。
「カ、カイル? 私、考え事をしていても視線くらいは感じますのよ? 別に見て欲しく無いのではありませんわ。ただ、ずーーっと見つめられると、さすがに恥ずかしくなりますの」
セシルが考え事をしている最中、ずっとその顔を見ていたのがばれてしまったようだ。
ちょっと怒った風に頬を膨らませているが、それがまた良い。
「はは、ごめん、考え事をしてる真面目な顔につい見惚れてしまったよ。それで、何か思い付いた?」
「もう! お父様と同じようにからかわないで下さい! …で、雷を見て閃きましたの。城に戻ったらちょっと実験したいから手伝っていただけます?」
雷をヒントに何か思い付いたようだ。
もしかしたら、前に話していたセシルのオリジナルを作るためのアイディアだろうか。
ならば、手伝わない理由なんて無いため、当然のように二つ返事で了解する。
すると頬を赤く染めたままセシルがにっこりと微笑んだ。
その後、天気も回復すると、城には午後過ぎに到着した。
すぐに陛下への報告のため玉座の間へと向かう。
「陛下、ただいま戻りました。予定より二日ほど遅れてしまいましたが二人とも無事です」
「お父様、ただいま帰りましたわ」
「おお、戻ったか。無事で何よりだ。旅の話はあとでゆっくりと聞かせてくれ。まずは依頼の件だがどうであった?」
二人が戻ると国王は玉座から立ち上がり、いつも通りに温かく出迎えてくれた。
そして、本題に触れる。
「泉の水を汲んできました。効果も確認済みです」
「なに? 確認もできたのか?」
カイルが大きな水入れを差し出すと、脇から侍女が現れてきてそれを受け取った。
国王は怪訝な顔をしているのは、どうやって効果を確かめたのかが分からないからだろう。
「泉の脇に石碑の罠があったのですわ」
セシルは自身が経験した内容を国王へ報告する。
もちろん、泉の水を飲ませるシーンについては、口移しで水を飲ませたとは言えるはずも無く、カイルを泉に突き落としたと誤魔化した。
「なるほど、カイルもとんだ災難だったな。だが、そのおかげで効果の確認もできた、と言うことか。なるほど、それなら納得だ」
「我ながら情けない話ですが、その通りです。セシルがいなかったらと思うとゾッとします」
「でも結果が全てですわ。最終的にはこうして無事に戻り、効果も確認できたのですから何の問題もありませんわ」
一連の報告を聞き、国王は笑顔で納得してくれた。
反省すべき点はあったが、結局はみんなが無事に戻ることができた。
それが結果だ。
「セシルよ。いろいろと役に立ててよかったではないか。特に、カイルを泉に落として水を飲ませるのは大変だったであろう? なぁ?」
「っ!? お、お父様は何を言いたいんですの?」
「いやぁ、大変だったのではないか? と聞いただけだ。何もどうだった? とは聞いてないぞ? なぁ? セシル」
「し、知りませんわ!!」
事情を聞いた国王が何かを感じ取りセシルをからかうが、ニコニコしながら問い詰めていくと、最後はセシルが耳まで真っ赤になったままそっぽを向いて終了した。
「ふぅ。 …では、マルテンサイトへ使いを出すとするか」
ひとしきり笑って満足すると、国王が手を叩く。
すると、一人の侍女がスッと国王のそばに控えるが、その所作がどうにも一般人のそれではない。
カイルもあえて聞くことは無いが、ここの侍女たちは、どこか普通の侍女とは何かが違うような感じがしていた。
「マルテンサイトへの使者を準備せよ。これから書状を用意する。済んだら、それとこの聖水を持ち、すぐにマルテンサイト国王直々に手渡すよう、使者へと伝えるのだ」
侍女が聖水を受け取り、一礼して去っていくのを見送り、カイルが陛下に問い掛ける。
「陛下、マルテンサイトへの使いなら、別に俺達でも良かったんじゃ?」
身軽な冒険者だからこそ、依頼されれば何でもする。
特に陛下からの依頼であれば、喜んで受けようと決めている。
「いや、そなたたちは旅から帰ったばかりだ。それに、今夜の夕食の時には旅の話も聞きたい。何より疲れているだろう? まずはゆっくり休むと良い」
国王は柔らかく微笑んで労ってくれた。
そして、またいたずらっぽく笑うと、
「ところでセシルよ。随分と良い指輪をしているではないか。そのことも夕食の時に、詳しく話すのだぞ?」
わはは、と豪快に笑うと、セシルは赤くなり、ふいっと顔を背ける。
夕食時には、国王から根掘り葉掘り聞かれたことで更に赤くなり、みんなから微笑ましい笑顔を向けられていた。
そして…
「ああ、やっぱり部屋のベッドが一番ですわぁ…」
隣で横になりながら大きく伸びをしている。
まぁ、確かに宿屋とか野宿に比べれば雲泥の差であることは確かだ。
そう思いつつも、同じように伸びをする。
「そうだなぁ、何も警戒せずに安心して眠れるのは良い事だよな。それに… 壁も厚いしな」
「もうっ!! からかわないで下さいっ!!」
いたずらっぽく笑うと、隣で「ぼんっ」と音が聞こえそうな勢いでセシルが真っ赤になり、ポカポカ叩いてくる。
やはり、平和が一番だと思いながら、二人は眠りについた。
翌日から、調べものの合間にセシルの閃きの実験を始める事にした。
セシルは前もってイメージを固めていたらしく、まずはその正当性の検証はから始める。
セシルの閃きの理屈はこうだ。
雷は電荷の高いところから低いところに向けて移動する現象なのだが、それならば人為的に電荷の高低差を作り出せれば、高い電荷を持つ者はその高低差間を雷と同じように高速で移動できるかも知れない。
と言うものだ。
カイルも同じように風の魔法を使っているため、その屁理屈のような現象はイメージできる。
さて、ここまでできていれば後は実験するだけだ。
移動する区間をつなぐ電荷の高低差を作り出すのは、電撃の魔法の強弱で対応してみる。
自身の体に闘気を纏うと、高電荷を作るために電撃の魔法を自身に放つ。
そして、移動先に小さめの雷の球を作り出し、移動する瞬間にそこへむけて小さい電撃を放った瞬間、セシルの体がフッと消えて目的の場所へと高速移動した。
「…よしっ!! やったっ!! やりましたわ!! 思った通り!! さすが私!!」
「おお! こりゃすごい! 実験は成功だな!」
実験に成功した自身も驚きを隠せていないが、練習を繰り返していくうちに、更に効率よくできるかも知れない。
これは、今後に期待だと二人が感触を掴んでいた。
その後、図書室で「希望の光」「精神体」について調べていた合間にはセシルの訓練を重ねて行った。
だが、相変わらず調べものは進展する気配は無い。
二人は一息吐くために、お茶を入れて休憩していると、図書室の扉が控え目にノックされる。
「…姫様、カイル様、…入ってもよろしいでしょうか?」
マギーだろう。どうやらまだ国王の言い付けを守っているようで、扉の向こうから部屋の中を探っているような気配を感じた。
「マギー、探りなど入れず、入りなさい。間を開けず、今すぐに」
セシルが間髪を入れずに指示すると、すぐに図書室の扉が開き、慌てた様子のマギーが姿を現した。
すぐに目だけで部屋の内部を確認したらしく、その結果に表情が変わる。
「どうしたの?」
「へ、陛下がお呼びです。玉座の間までお越しくださいませ」
カイルがマギーに尋ねると、いつも通りに端的に用件を伝え、一礼すると部屋を出ていった。
「…つまらない、って顔をしていましたわ」
セシルが鼻息を荒くするが、マギーはどうやらセシルの慌てふためいた顔を見たかったらしい。
だが、カイルもその気持ちは痛いほど理解できた。
「…カイル。貴方、今何を考えましたの?」
「いやいや、何でもないよ。それよりほら、陛下のところに行こう」
今日のセシルは突っ込みが冴えてるようで、カイルは一瞬にして釘を刺されてしまった。
仕方無く、未だに納得しないセシルを連れて、二人は国王の待つ玉座の間へと向かうのだった。
「依頼ですか?」
前にも同じような事を言った覚えがある。
だが、今回は内容が違い、聞くとマルテンサイト王国へ送った使者が、数日経った今もまだ戻らないそうで、カイルたち二人にマルテンサイト王国へ行き、使者の行方を調査するというのが依頼の内容だ。
「分かりました。では、セシルと一緒に行ってきます。目的地はマルテンサイト王国で、船なら半日程度ですので、この後、準備を終え次第向かいます」
「助かる。いつも済まないな」
「いえ、少しでもお役に立てるなら、俺も嬉しいです。お任せ下さい」
快く依頼を受諾すると、二人は旅の準備に取り掛かる。
「私、ベークライト王国から出るのは初めてですのよ?」
「そうか。マルテンサイト王国も良い国だから、セシルも気に入ると思うよ」
セシルが嬉しそうにニコニコしながらショルダーバッグに荷物を詰めていく。
今回は冒険と言うよりは「お使い」だから、持ち物も着替えとポーションくらいにして、最小限に抑える。
そして、準備を終え、国王に出発の挨拶を済ませると、二人はマルテンサイトへ行くために港へと向かうと、港は活気づいていて、至るところに露店が並び、たくさんの海産物を調理している匂いが空腹を誘う。
『くぅ…』と、隣から可愛らしい音が聞こえてきた。
見ると、セシルが顔を赤くしてお腹を押さえている。
「カイル、私お腹が空きましたわ」
城を出る前に食べてきたはずなのに、と思ったが、堂々と空腹を訴えられた。
それならそれ相応の対応をしなければいけないだろう。
隣で美味しそうにイカの串焼きを食べているセシルと並んで歩く。
港独特の石畳を歩いていくと、船着き場に到着した。
そこには、行商人や冒険者など多くの人が往来している。
「迷子になるなよ?」
「こうすれば大丈夫ですわ」
こういう人の混雑したところでは、はぐれてしまうと探すのも大変だ。
離れないように注意すると、嬉しそうにセシルが腕に抱き付いてきた。
もちろん、カイルも満更でもない様子で切符を買い、二人は船に乗り込んだ。
間も無く船は出港し、一路、マルテンサイト王国へと出発した。
穏やかな天気で、海も荒れてない絶好の航海日和だ。
今回は定期船に乗船しているため船室が無く、航海中は甲板で過ごすことになるが、そんなことは関係無さそうだ。
セシルも船で海に出ること自体が久し振りだったらしく、珍しそうにずっと海を眺めていて、船酔いする気配もないようだ。
マルテンサイトまでは半日程度の行程で、昼前に出発したから到着は午後過ぎだ。
間もなく到着するため、二人は下船の準備をすると、セシルが何かを見付けた。
「カイル、海に魔物がいますわ。大丈夫なんですの?」
セシルが海を指さす方向を見ると、海の波間に黒く大きな背びれが幾つも見える。
見渡す限りの魔物の群れだ。
「ああ、入国の検問は海上で行われるんだ。その時、密入国者とか犯罪者なんかが海に逃げないように、ギルドが魔物を放ってるんだよ。落ちたら骨すら残らないから、落ちないように気を付けてくれよ?」
昔は海に逃げるヤツが多かったから、こんな処置をしているらしい。
もちろん範囲は決めてあって、魔法で包囲してあるから魔物がそこから逃げることは無い。
なかには、海の真ん中あたりから飛び込んで、泳いで海岸へ行こうとする者もいるらしいが、潮の流れが速く、ほとんどが途中で力尽きるそうだ。
それでも頑張った者だとしても元が罪人だったりするため、結局は捕まってしまうから無駄な努力で終わる。
そうやってセシルに説明している内に、海上検問所に着いた。
カイルたちは船に乗り込んでくる検問官に持ち物やギルドの認識票を見せ、入国許可をもらった。
「この手紙は、ベークライト国王の封蝋がしてありますが、念のため魔法による検査をさせていただきます。後ほど詰め所まで同行してください」
ここで言う魔法による検査とは、手紙を開封した人に対しての攻撃魔法が施されていないかを確認する検査だ。
一歩引いて考えれば、自国の国王に対する安全策だから納得するが、言い方を変えれば遠回しに公文書偽造の疑いを掛けているようなものだ。
(…封蝋の意味が無いじゃないか)
と言い掛けたが、今は一冒険者だからグッと我慢する。
その後、船は港に入港してカイルたちは詰所へと誘導され、ドアが閉まったと同時に相手の態度が急変した。
とてもイヤな感じがするが、今は大人しく相手の出方を見る。
「で? お前ら、その手紙はどこで手に入れたんだ? 入国して何をするつもりだったんだよ? 怪しいぞお前ら」
やけにニヤニヤして、カイルたちを威圧してくるが、カイルはその程度の威圧を気にすることも無く、さらりと流す。
このような程度の低い威圧など、カイルの両親からの威圧に比べれば子供の遊びのようなものだ。
「どこ…って、本人から直接手渡されました。だから私たちが持っている。そんなこと当然でしょ? 考えなくても分かることだ」
「国王ともあろうお方が、一介の冒険者に手紙を託すのが信じられんと言っておるのだ!」
「ベークライトの国王陛下は国民に愛されており、ギルドからの信頼も厚い。ならこの話も不思議なところなど何一つ無い。早いとこ魔法での検査をしてもらえないか? 俺たちは急いでるんだよ」
それでも信じられないと言う検問官に、カイルも早くしろと訴える。
押し問答のようになり、どちらも引く様子は無い。
検問官たちはなかなか引かないカイルたちに、話題を大きく変えてきた。
「お前たちは怪しい。他にも何かを隠していそうだ。だから身体検査をさせてもらうぞ」
「海上の検問で既にやっただろ? それに、ここまで来る間はずっと一緒だったろ? なら、ここでもう一度検査する必要なんてないよな?」
実にいやらしい目でこっちを… 正確にはセシルを見ている。
カイルはセシルの前に立ち、検問官からの視線を遮る。
「俺たちには俺たちのやり方があるんだよ」
ヘラヘラと笑いながら、カイルを避けるようにセシルに向けて手を伸ばしてくる。
このあまりにも低俗なやり方に、カイルはもう限界だった。
「お前ら、ふざけるなよ?」
こいつ等は、よりにもよってセシルに手を伸ばそうとした。
それだけは絶対に許せない。
抑え切れなくなった感情が殺気になって溢れかえると、セシルがやれやれとため息をついた。
「ひ、ひえぇ…」
だらしなくその場に尻もちをつく二人。
後ろに後ずさりを始めたが、カイルの怒りはまだ収まらない。
「いつまでも調子に乗ってるなよ!! この子は俺のだ!! 指一本触れてみろ…」
更に殺気を纏いつつ、一歩踏み出す。
「…お前たちを生きたまま…」
「ひぃぃぃぃぃっ!!!」
威圧を掛けたまま一歩踏み込み、壁際まで追い詰める。
二人は恐怖で動けない。
カイルが二人に向けて手を伸ばそうとしたその時、勢いよくドアが開き、一人の女性が入り込んできた。
「何事ですかっ!!」
新手か? と開いたドアの方を向くと、入ってきたのは完全に戦闘態勢に入っているステラだった。
「あ、あれ? カイル??」
「へ? ステラさん??」
お互いに変な声を出しながら確認し合うと、カイルの纏っていた濃密な殺気が一瞬にして霧散した。
「…私は、カイルのもの…」
そして、セシルはうっとりとしたように頬を染め、恥ずかしがっていた。
その姿を横目に、カイルはステラに事情を説明する。
すると、ステラはその話を聞いて、怒りに震え始める。
「なるほど、それはあなた達が悪いでしょう。何を考えてるのですか! これは、一歩間違えたら国家間の問題にまで発展するんですよ!! この件は、上に報告しておきます」
カイルたちから事情を聞いたステラが検問官二人に厳しく言い渡す。
こんなステラは初めて見たが、彼女からの説教はまだまだ続く…
後から聞いた話では、ステラはこの詰所で魔法を使った検査の手伝いをしているらしく、いつもはステラのところの誰かが来てるみたいだけど、今日はたまたまステラが来たらしい。
(…ステラさんじゃなかったら、大変なことになっていた。気を付けよう…)
「あなた達には迷惑を掛けました。魔法での検査も問題ありませんので、このまま入国となります。今日はもう遅いですし、まだ宿も取られてないようでしたら、ウチに来ませんか?」
入国を済ませ、詰所を出たところで、ステラが提案してきた。
確かに、あいつらに時間を取られたから宿も取ってないし、今はもう夜になってしまっている。
これから宿を探すのも面倒だし、ここはステラの好意に甘えよう。
いまだに自分の世界に入っているセシルの手を引き、カイルたちはステラの家に向かった。
「カイル、夕食の準備をお願いできますか? 久しぶりにあなたの料理を食べたいし、私はこれから買い出しと、他のメンバーを呼び出してきます」
ステラはカイルに微笑むと、出かけていった。
「仕方無いなぁ」
カイルは腕まくりをして台所で手を洗い、買い置きされている食材を物色しながらメニューを考える。
ふと、セシルが近くにいない事に気付く。
いつもならすぐに寄ってくるはずなのに、どうしたんだ?
部屋を見渡すと、部屋の隅で小さくなっていた。
しかも、目に涙を溜めている。
「カイルぅ… あの方は貴方の何ですの…? 随分と勝手知ったるようですし、カイルの手料理も食べ慣れてるようですし、何の迷いも無く家に迎え入れましたし。 …もしかしてカイルは浮気者なんですの? 私は… これからどうすればいいんですの? また一人ぼっちになっちゃうんですの? そんなのイヤですわ! うわぁぁぁぁぁぁん!」
ステラとカイルが妙に仲が良いので、どうやら勘違いしたようだ。
カイルに問い質している内に自分の感情を抑え切れなくなり、やっと手に入れた心の拠りどころを失うかも知れない悲しみがセシルの心を蝕んでいく。
カイルを失うのは絶対にイヤだ、でもどうすれば良いか分からない。
(…もし捨てられたらどうなるの?)
ぐるぐる嫌な考えだけが頭の中で回り続ける。
そしてとうとう泣き出してしまった。
本当に悲しいんだろう。
ペタンと床に座り、大粒の涙を流しながら子供のように泣きじゃくる姿を見ていると、
胸が締め付けられる。
泣きじゃくっているセシルの元へ行き、ギュッと抱きしめる。
「悲しませてゴメンよ、セシル。あの人は俺の父さんと母さんの友達で、元冒険者メンバーなんだよ。だから俺にとっては両親つながりのお姉さん的な人で、家族の一人なんだよ」
「グスっ …本当ですの…?」
「ああ、本当だ」
「…私は、カイルを信じて良いんですの?」
「ああ、信じてくれ」
「…私はカイルにとって何ですの?」
「掛け替えの無い大切な人だ。 …そして、俺が命を捧げる唯一の人だ」
「私も、貴方にこの命を捧げますわ」
抱きしめ合ったまま、お互いに言葉を交わしていると、だんだん恥ずかしくなってきた。
「さぁ、みんなが来る前に食事を作ろう。セシル、今夜は何が食べたい? 誤解させてしまったお詫びだ、何でも好きなのを作ってやるぞ?」
「本当ですの!? 嬉しいですわ、じゃあ…」
すっかり機嫌の直ったセシルが、嬉しそうにあれこれ注文してくるのを、カイルは微笑みながら次々と料理を作っていった。
しばらくして、ステラが帰ってくると、テーブルの上に所狭しと並べられた料理に驚く。
「ただいま帰りました。...って、えぇっ!?」
「ステラさん、お帰り。みんなも来るかと思って多めに作っといたよ」
今もなお、料理を作りながら、カイルが軽く答える。
「いくらなんでも、これは… ちょっと多過ぎはしませんか?」
「なかなか良い匂いだ。おぉ、カイル、久し振りだな」
「わぁ! 美味しそう! さすがはカイルだわ」
ステラはげんなりしてるけど、ジェイクとエレナは喜んでくれている。
「あ、じゃあちょっと良いかな? 彼女を紹介するよ」
少し待ってたけど、ウィルが姿を見せないので、先に話を進めることにした。
皆に声を掛け、セシルを隣に立たせる。
「彼女の名前はセシル。ベークライト王国のお姫様だよ。そして、俺は今ベークライト王国でお世話になってる。と言うか、城に住まわせてもらってる」
「セシル=ルーナ=ベークライトと申します。どうぞ、よろしくお願い致します」
セシルが礼儀正しく挨拶をする。
「丁寧にありがとう。でも、今は公務じゃないからセシルで良いよね? 私はエレナ。このメンバーのサブリーダーを務めてるの。よろしくね。リーダーはウィルって言うおっさんなんだけど、残念ながら今は仕事でオーステナイト王国に行ってるのよ」
「私はジェイクだ。この町で武器防具屋を営んでいる。もし機会があるなら来ると良い。君たちならサービスするよ」
「最後に、私がこの家の主のステラよ。ジェイクと同じようにこの町で魔法屋を営んでるから興味があったら寄ってみてね。ウチもサービスするからさ」
カイルを除く全員が自己紹介を終えたところで夕食が始まった。
「やっぱり、カイルの作る料理は美味しいわぁ~ 私じゃあ、こうは作れないもん」
「だてに三年も母親に特訓されてませんからね。完璧に母親の味になってますよね」
「私も、美味しいと思いますわ。私は料理が得意ではないので、とても助かってますの」
女性陣はすっかり打ち解けたようで、今は料理の話をしていた。
「へぇ、じゃあウィルさんはギルド長会議でオーステナイト国に行ってるの?」
「ああ、だから帰りは三日後くらいだぞ?」
男二人はお酒を飲みながらウィルの話をしていた。
ギルド長会議に参加していると言うことは、ちゃんと仕事してたんだなと安心する。
やがて、大量に作った料理も少なくなると会話も落ち着き始め、話題は今日の出来事に触れた。
「ホントにびっくりしました。隣の部屋で書き物をしていたら、突然もの凄い殺気を感じて、何事かと思って隣に行くと、カイルが検問官二人に詰め寄ってたんですから」
「私もびっくりでしたわ。まさかカイルが我慢しきれずに、行動に移すなんて思っても見ませんでしたもの。ステラさんがいたからよかったものの、誰もいなかったらどうするつもりだったんですの?」
ステラから話を引き継いで、セシルが困った顔を向けてくる。
仕方なくカイルも困ったような顔をして「ごめん」と謝っておいた。
「しかし、今の話を聞いていると、カイルがブチ切れる理由も分かる」
「でしょ? なんであんなのが検問官なんてしてるのかが分からない。絶対にトラブルとかあるよ」
ジェイクがカイルの見方になってくれたので、気になってたところを言ってみる。
ステラの話では、やはり検問官のトラブルが多く、苦情もかなり入っているらしいのだが、これは国の内部事情が複雑に絡んでるらしく、簡単には解決できないようだ。
ジェイクもエレナも苦い顔をしている。
「マルテンサイトの闇を見たような気がする。明日は城に行くんだけど、この様子じゃあ、またひと悶着ありそうだなぁ」
カイルがため息をつきながら、明日の予定を話す。
「なに? 城に行きたいの? なら私が同行してあげるよ。カイルだと面倒になりそうだし、そしたらセシルが困るでしょ?」
エレナがセシルに微笑みかける。
確かに、今回のようになった場合でも自分を抑える自信がない。
それは、最終的にはベークライト国王に迷惑がかかる。
それだけは阻止しなければいけない。
「エレナさんが一緒なら心強いですわ」
「あー…じゃあ、お願いします」
「あぁっ、何よ! その言い方! セシル、私がちゃんとエスコートしてあげるからね! 安心してて良いからねっ!!」
エレナがセシルの手を取り、力強く宣言した。
「アンタ!! 明日はちゃんとセシルをギルドまで連れてくるのよ!!」
エレナがカイルに指を差し、大声で命令を下したところで、夕食会が終了した。
「え? 一緒に寝てるの? なんで?」
夕食も終わり、女性二人が入浴を済ませ、カイルが入浴している時のステラの発言である。
ステラの家には来客用としてベッドが一台置いてあるが、今は三人いるためベッドが足りない。
ステラがソファーで寝るから、と枕を持ってリビングに行こうとしたら、セシルが爆弾を投下したのだ。
もともとはカイルが冗談で添い寝をお願いしたのを、セシルが正直に受け取った事がきっかけで二人は一緒に寝るようになった。
それから毎晩当然のように一緒に眠っているのだが、セシルにしてみれば、一人で眠っていた時よりもぐっすり眠れるのだそうだ。
とは言え、こんな事を他の人に話す事なんてできない。
仕方なく自分が受けた襲撃以来、夜が怖いのだと説明し、そう言う理由なら仕方ない、とステラも了解するのであった。
「皆さん、本当に良い人たちでしたわ」
隣でセシルが今日のことを思い返すように小さく笑う。
気兼ね無しに話してくれるというのは、本当に気分が良いらしく、今日は新しく姉と兄ができました、と喜んでいる。
さて、明日が勝負だ。
今日のことを思うと簡単にはいかないような気がするけど、エレナもいるから何とかなるだろう。
隣のセシルを見ると、既に穏やかな寝息を立てていた。
「おやすみ、セシル」
こうして、カイルの故郷への帰省は波乱の幕開けとなったのだった。
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