第19話 反抗期になったら注意が必要になる

反抗期になったら注意が必要になる



アルマイト王の壮大ないたずらに疲れ果てた三人は、町の酒場で昼食を取っていた。

お腹が満たされていくと、だんだんと調子も戻ってくる。


「私は、しばらくこの国に来なくて良いと思うわー」


セレンがジュースに挿してあったストローを口に咥えながら、椅子の上で足をバタつかせている。

おそらく、今回の一番の被害者がセレンだろう。

アルマイト王のいたずらに乗せられた挙句、さんざん頭を悩ませて新しい魔法まで作ったのに、それが不発に終わってしまったのだからどうしようもなく、この行き場の無いモヤモヤ感をどうすればいいのか、その矛先が決まらない。


実は、この事についてアルマイト王には話さなかった。

なぜなら、それを言ったら余計に大笑いされそうだったからだ。


「さて、セレンはしばらく放っておけば元に戻るでしょうから、そろそろベークライトに戻りましょうか。セレンの事をお父様にお話ししなければいけませんし、お部屋も準備しなければいけませんから」

「何よー! もう少し私を心配しなさいよ! …って、え? 何? 私もお城に住むの?」


セレンが驚いているけど、普通の感覚ならそうなるのは当然だろう。

なにせ、これまで自分のお金なんて持った事なんてかったし、カイルとセシルに会うまでは、住むところも無ければ頼れる仲間すらいなかったのだ。

なのに、今は心から信頼し合える仲間がいて、バッグの中には大金が入っている。

そして今度は住むところまで用意してくれると言う。


さすがにここまでくると、嬉しさを通り越して何が何だか分からなくなってしまった。

ちょっと間抜けな顔で呆けていると声を掛けられる。


「セレン、いろいろと覚悟しておいた方が良いぞ?」


カイルがニヤニヤしながら自身の体験を元にセレンに忠告する。

城に住むこと自体がそうなのだが、何かと一般常識が通用しないところもあるので、柔軟に受け入れる心のゆとりが必要なのだ。


「セシル、お手柔らかにお願いするわ。カイル、何かあったら相談させて」


結局は、妥当な事をお願いすることしかできなかった。

その後、ベークライト行きの船のチケットを用意し、三人で船に乗り込んだ。

ここから三日くらいの行程だから、ゆっくりしていこう。


「セレンと出会って、まだ十日くらいなんだな。もう何年も一緒にいるような感じだよ」

「あら、そう言う私とカイルもまだ出会って一月ちょっとくらいですわよ? もう、それこそ何十年も一緒にいるような感じですけど」

「それだけ関係が深くなってるんだろうね。何度も死にかけたりしてるもん。そんな死線を何度も潜り抜けてくれば、ちょっとした家族以上の関係になるんじゃない?」


確かに、平和に過ごしてる時間よりも、何かに巻き込まれて死闘を繰り広げる事の方が多いような感じだ。

だからこそ、そんな状況で力を合わせて戦っていれば、お互いの信頼関係も大きくなり、繋がりも強いものになる。

のんびりと暮らしている時と比べれば雲泥の差だろう。


「それで、お城に戻ったら今度は何かするの? 今回の件はアルマイト王が調べてくれるって言ってたけど」


そうだった。

アルマイト王国の城で謁見の間を出ようとした時に、アルマイト王から今回の旅の目的を聞かれたので事情を話した。

すると、城の図書室で遺跡について調べてくれることになったのだ。

結果は手紙で知らせてくれるらしい。


「そうですわね。またお城の図書室に籠るような感じでしょうか。気分転換に訓練とかしながら情報を探すことになりますわね」

「ふーん。できるならギルドの冒険者ランクを上げるのも良いかもね。情報は多角的に見れた方が良いんじゃないの?」

「それも検討しようとは思ってたよ」


船室でのんびりしながら、いろいろな話をしていると、外が騒がしくなってきた。

船員がバタバタと走り回っているようだが、呼びに来ないところを見ると他に冒険者がいたか、冒険者が必要無い出来事が起きたんだろう。


「これは、様子を見に行った方が良いのか?」

「別に良いんじゃないの? 私としては二人がここにいるんだから、別に外はどうでも良いわ」

「私も出る必要はないと思いますわ」


女性二人は結構ドライだと感じたが、それもそうだろう。

進んで面倒事に巻き込まれるのは御免だ。

そう言う意味ではカイルも自粛しなければいけないと思い、今回は何もせずに見守ることにした。

と思った時、ドアがノックされ、ついに呼び出しを受けてしまった。


「冒険者様、よろしいでしょうか? 申し訳ありませんが甲板までお越しください」

「何事か分かりませんが、行かなければいけないでしょうね。でも、気が進みませんわ」

「同感だわ。なら早めに終わらせましょう。ほら、行くわよカイル!」


気乗りしない女性2人に連れられて、カイル達は甲板へと向かった。

甲板に出てみると、船の乗組員が甲板の真ん中あたりに集められており、冒険者らしき人物が数人で周りを囲んでいた。

何事かと、カイル達が甲板に一歩踏み出そうとすると、横から首元に剣が突き付けられた。


「…どう言う事なのか、事情くらいは説明してくれるんだろう?」

「黙ってろ!! 動くと首と体がおさらばする事になるぞ!」

「イヤですわ」

「イヤに決まってるよ」

「お前らは黙ってろ!!」


脅しに対し、女性二人が露骨に嫌そうな顔をする。

脅迫が十分に伝わってないと勘違いしたのか、カイルの首に突き付けた剣を少し動かすと、カイルの首から一筋の血が流れる。

すると、カイルの後ろからは、強烈な殺気と魔法力を感じた。

おそらくは、セシルとセレンが我慢の限界に来たのかも知れない。


セシルとセレンも後ろから同じように剣を突き付けられているが、女性二人から発せられる、素人でも感じるレベルの殺気と魔法力に押されているようだ。

そんな女性二人を好きにさせながら、カイルは辺りを索敵してみるが、この船の周りには他の船舶はいないようだ。

そして、再びカイル達に剣を向けている相手を見てみると、彼らは冒険者の格好をしている。


「これって、冒険者の格好をした海賊ってことなの? あ、それとも追い剥ぎかな?」

「もしくは、冒険者崩れの海賊、冒険者の成れの果て、冒険者のなりそこない、冒険者になりきれなかった軟弱者。まぁ、一言で言えば腰抜け、ですわね」

「うるさいぞ! 刺されたくなければ大人しく歩け!!」


女性二人の言葉にはかなりのトゲがあったが、相手はそんなことを気にすることも無く、三人を甲板の真ん中まで歩かせる。

ざっと見たところ、相手は全員で五十人くらいいるようで、どこから集まって来たのかは分からないが、なかなかの大所帯だ。


どうやら、また面倒事に巻き込まれたようだと思ったカイルは、セレンの言うように早めに終わらせようと、歩きながら行動に出る。


「お前ら、冒険者なのに海賊行為をする事が、何を意味してるのか分かっているのか?」

「お前には関係ないだろ!」

「海賊行為は重罪だぞ? しかも、即刻対処しても誰も文句は言わない。証人もいるしな」

「下手に動いたら船員たちを殺すぞ」


カイルは冒険者ギルドの規約について話を切り出してみたが、当然の事ながら取り合う気は無いらしい。

分かっていたことではあったが、あまりにも予想通りの展開に、カイルが思わず溜め息を吐くと、それが気に障ったのか、人質の首に突き付けた剣をグイッと押し付けるような素振りを見せる。


「カイル、先ほどからコイツ等の言ってる事が気に障って仕方ありませんの。こんな奴らは、細切れにして魚の餌にすべきだと思いますわ。 …命じていただければ、私が一瞬の内に全てを終わらせてみせますわ」


セシルが落ち着くためなのか「ふぅ、ふぅ」と荒い呼吸を繰り返しているが、漲る殺気を抑え切れていないようだ。


「ね、ねぇ、カイル。セシルが怖いんだけど、何とかしてくれない? そこの玩具を好きにさせたら大人しくなると思うんだけど…」


セレンがセシルの醸し出す空気に怯えながらも、相手を挑発することは忘れていなかった。

仕方無いと思ったカイルが思考を巡らせる。

この状況で仕掛けるなら、他の船員が集められているところに行ってからだな。


「セシル」

「大丈夫ですわ」

「セレン」

「大丈夫ですわ」

「セレン、私の真似をしないでください。貴女も一緒に絞めますわよ?」

「ご、ごめんなさい」


さすが、頼りになる最高の仲間だ。

セシルはまだご立腹中だけど息がぴったり合っている。


そして船員たちのところまでやってきたその瞬間、セレンが腕を天にかざした。


「オセル・ウル・アンスール・ギューフ・エオロー・マン・アルジス・オセル・ダエグ・ナウシズ・イサ!<大地の力よ我が声を聞け、愛と友情の元に、我が仲間を守護せよ。大地よ今日1日の苦痛を防げ>『金剛石のベール』」


大きな声で魔法を唱えると、セレンを中心に薄い膜の防御壁が現れる。

セレンの壁ができたのを確認すると、カイルとセシルが飛び出した。

見張りをしていた冒険者たちは、カイル達が動く事を想定していなかったのだろう。

セレンの魔法に気を取られ、反応が遅れてしまった。


カイルが船員達の周りを一瞬で一周し、見張りをしていた冒険者たちを吹き飛ばすと、セシルは雷となって縦横無尽に走り抜け、甲板上の他の見張りをしていた冒険者を感電させ、その場に崩れ落ちさせる。


あっと言う間の出来事に、誰も何も言えなかった。

あれだけいた敵が、ほんの一瞬の間で全滅したのだ。


「何よー! 私の出番が無かったじゃない!!」

「でも、そのお陰で他の人達は何事も無く無事だったじゃないか」

「この程度では、物足りませんわ」


セレンが自分は何もしてないと憤慨してるが、セレンの防御壁があればこそ、カイルもセシルも船員を気にすることなく、攻撃に専念できるのだ。

それとは別に何かが不満そうなセシルだったが、今はそっとしておくのが良いだろう。


「いや、助かりました。冒険者殿」


船長が歩み寄ってきたので話を聞くと、先ほど襲ってきた冒険者は、この船を狙って来たようだ。

積み荷ではなく、船そのものを手に入れようとしていたらしい。

それにしても、冒険者のくせに海賊行為に手を染めるとは…


倒れた敵を縄で縛っていると、リーダー的な人物が目を覚ました。


「何をしているんだ、急いで縄を解け!!」

「何をしているんだとはこちらのセリフだろ。お前らこそ何してたんだよ」


海賊行為をしたくせに、自分たちを縛っている縄を解けと言ってくる。

彼等は、自分がしたことを理解しているのだろうか?


「早く俺達を開放しろ!! さもないと取り返しのつかないことになるぞ!!」


だが、血相を変えて訴えてくる。

しかも、この表情はもしかして… と、カイルの顔色が一瞬にして変わる。


「セレン! 発動無効化の魔法だ! 急いでくれ!!」

「え? え? わ、分かった」


セレンが慌てながらも腕を天に掲げ魔法を紡ぎ出す。


「ソウェイル・アルジス・アンスール・サガズ・カノ・イサ・ウィン・ギューフ<生命を守護するものよ、我が声を聞け、変革の始まりを妨げ、調和を贈り給え>『魔力喰らい』」


そして、セレンを中心に光り輝く魔法陣が姿を現し、捕らえた冒険者をもその範囲に入れると、間もなく冒険者たちの体から夥しい量の光の粒子が溢れ出した。

後から後から止めどなく溢れてくる光の粒子は、その全てがセレンの光の魔法陣に取り込まれて消えていく。

やがて、光の粒子も現れなくなったのを見計らい、セレンが魔法を解除する。


「これで大丈夫だと思うわ。それにしても凄い魔法が掛けられていたようね」

「凄いですわセレン。見事に無効化できたじゃありませんの」


セシルも目の前で起きた光景に驚きつつも、効果があったことを素直に喜んでいる。

捕らえられていた冒険者たちは、自分に何が起きていたのか分からず、ポカンとした顔をしていた。

これで彼らに掛けられていた罠は解除できたはずだ。

それにしても、一体誰がこんな事をしたのだろう?


「俺の仲間が、お前らに掛けられていた魔法を無効化してくれた。当然何があったかぐらいは話してくれるんだろうな? 命の代償よりは安いはずだろ?」

「あ、ああ。助かったよ。だが、これで本当に罠は解除されたのか…?」

「当然でしょ? 誰がやったと思ってるのよ」


まぁ、普通に考えれば、自分に掛けられた魔法が無効化された、なんてにわかに信じられる話ではない。

なにせ、見た目が十歳くらいの女の子が使った魔法だし、そもそも効果の確認のしようが無いからだ。

それでも、さっき見たように自分たちの体から零れ落ちる光の粒子を見れば、何かが起きたと言う事は理解できるだろう。


「これは… 信じるしかないだろうな。 …分かった。全てを話そう」


そう言って話し始めた彼らの話では、ここ最近マルテンサイト王国では冒険者の誘拐が増えているらしい。

ギルドにも捜索の依頼が来ており、彼らもその依頼を受けた冒険者だと言う事だった。


そして、マルテンサイト王国内にある廃墟となった砦に、誘拐された冒険者が集められていると言う情報を聞き、現地に駆け付けたところで意識が途絶えた。


次に気付いた時には牢の中で鎖に繋がれており、順番に魔法を掛けられていったそうだ。

誘拐犯は組織のように命令系統があって、その指示のもとに動いている。

全員が仮面を付けていた為、素顔は見ていない。

見た感じでは百人を超える人数がいたと言う。


そして、自分たちは船を奪う事を強要され、この船に乗り込み、行動を始めて間もなくカイル達によって鎮圧されて今に至る。

と言うことらしい。


「大規模な人数ですわね。すぐにギルドへ報告しなければいけませんわ」

「それは我々で行おう。それぐらいはさせてくれ。自分たちでけじめを付けなければな」

「ああ、分かった。じゃあ、頼むよ」


組織に対しては組織で対応する。

彼らは自分たちでギルドへ報告し、対処することにしたようだ。

カイルは彼らを捕らえていた縄を解いて開放すると、解放された冒険者たちはそれぞれ船員に謝罪していた。


「とりあえず、ここでの問題は解決かしら?」

「そうだろうな。後はギルドに任せよう。それにしても冒険者を誘拐するとは…」


単に即戦力が欲しいからだろうけど、それでギルドを敵に回すのはどうかと思った。

各国にあるギルドは、上の方で繋がりがあるため、言い換えれば世界を敵に回すようなもので、まともなヤツの考える事ではない。


「ふ、船がこちらに接近してます!!」


船の見張りをしていた船員が大声を上げると、その声にみんなが同じ方向を向く。

すると、水平線に黒い点のようなものが見え、だんだんと近寄ってきているのが分かった。

時刻は既に夕方になり、辺りも段々と暗くなり始めていて、狙ったかのような襲撃だ。


「もしかして、アンタらを攫った相手か?」

「分からない。だが、それもあり得る… ちょっと待て」


リーダーが双眼鏡を除き込み、向かってくる船の確認をする。


「い、いや、あれは違う。だが、信じられないものが乗ってるぞ。見てみろ」

「なに? どれ…」


渡された双眼鏡でカイルが見たものは、船の甲板いっぱいに乗せられた魔物の大群だった。


「カイル、何が見えましたの?」

「…ああ、魔物が満載の船だ。ざっと百以上はいると思う」

「ふーん。突撃用の魔物だよね? さっきの船の略奪の後に投入して、証拠を隠滅しようとしたのかな?」

「な、なぁ、アンタらは何でそんなに緊張感が無いんだ? 魔物の大群だぞ?」


リーダーが取り乱しているが、カイル達にしてみれば魔物の群れなんて、アルマイト国の遺跡調査でイヤと言うほど味わってきたのだ。

あの終わりが見えない状態で戦わなければならなかったことに比べれば、今回の群れは大群だろうけど終わりは見える。

それだけでも全く違うのだ。


「どうする? やりにくいのなら俺達だけで行くぞ?」

「何!? あの数相手にか? そりゃあ、いくら何でも無理ってヤツだ」

「そんなことはありませんわ。あれくらい私達なら問題ありませんわ」

「そーそー、でもこっちに乗り込まれるのはイヤだから、向こうに乗り込みましょう?」


まぁ、この会話も普通じゃないだろう。

魔物が満載の船にこちらから乗り込むなんて、普通ならあり得ない。

ましてや、敵の船に見えている魔物以外は全くの未知なのだ。

言い方を変えれば、死にに行くようなものだろう。


だが、カイル達も無謀なわけでは無く、それなりに勝算があるからこそ、このような提案をしているのだ。


「なら、すまないが頼みたい。今の俺達では満足に戦えないと思うんだ」

「ああ、構わない。ついでに船内の探索もしておくよ。セシル、セレン戦闘準備だ」

「重ねてすまない。よろしく頼む」

「私達ならいつでも良いわよ」


敵の船の甲板が目視できるくらいに近付いた。

ここまで近づける必要も無かったが、不用意にカイル達の力を見せる訳にもいかない。

この辺がギリギリだろう。


「じゃあ、行こうか。セレン、振り落とされるなよ!」


セシルを抱きかかえ、セレンを背中にしがみつかせると、カイルは風を纏って空に飛び出す。


「え? わわっ、き、きゃああああああ!!!」


セレンの大絶叫を聞きながら、カイルが飛び上がり、敵の船へと接近する。

それを甲板で見送っていた冒険者たちは、信じられないものを見るようにポカンと口を開け、ただそれを見ていた。


「ウソでしょ? カイル、なに飛んでるのよ」


セレンはカイルが疾走するのは何度も見ているが、こうやって空を飛ぶことは知らない。

驚きの方が大きいのだが、この二人なら何をしても不思議では無いとも思っている。


「セレン、貴方のしている事もこれと似たようなものですわ。何を言っているのか分かりませんし、そもそもあれは言葉なんですの?」

「ふん、電気ビリビリ女には言われたくない」


やはり、この三人は似た者同士なのだろう。

普通の人から見ればどれもこれも異常なのだ。


「セレン。そろそろ頼む」

「はいよ」

「行くぞ、セシル」

「はいよ」

「むー! 私のマネするなー!」


口を膨らませているセレンを余所に、セシルがカイルの肩を利用して空に飛び上がる。

そして、次にセレンがカイルの肩に乗り、その場で両腕を広げる。

セレンの周りには真紅の炎の球体が幾つも現れ浮遊している。


「アンスール・ギューフ・エオロー・マン・アルジス・ティール・カノ・エイワズ!<我が言葉を聞け、愛と友情の元に、我が仲間を守護せよ。戦士の炎よ彼の者に死を>『爆炎塵』」


セレンが広げた腕を正面に出した瞬間、炎の球体が一気に敵船の甲板に向かって飛んでいくと、球体の着弾と共に炎が一気に燃え上がり、魔物たちを次々と焼いていく。

その光景を眺めていると、一筋の輝く光がカイル達の横を一瞬で流れていき、そのまま尾を伸ばして甲板上を駆け巡っている。


やがて、甲板上の魔物を全滅させるとセレンの炎が消え、駆けていた光も止まると、中からセシルが姿を現した。

その隣に、セレンを抱えたカイルが着地する。


「信じられない。あの大群をこんな短時間で全滅させるとは… 彼らは何なんだ?」


これら一連の事を、定期船の甲板から見ていた冒険者たちは思わず震え上がっていた。


「セシル。お疲れ様」

「やっぱり、あの遺跡で戦った時よりも手応えがありませんわね」


物足りなそうな顔をして、セシルが剣を腰の鞘に納める。

そして、船内へのドアを開けると、中から凄い勢いで魔物が出てきた。

だが、セシルの真正面でもあったため、あっけなく一撃で両断される。


「ここまでくると、普通の冒険者レベルじゃないよね。こう言う結果と内容も含めて冒険者ランクを査定してくれればいいのにって思うわ」

「まぁ、仕方ないよ。俺らはギルドへの貢献度が低いからな」


大量の魔物を短時間で全滅させられるのに、冒険者ランクが最低のDと言うのも納得できないが、強さだけがギルドにおける上位ランクに分類される訳ではなく、社会的な行動も含まれている。

色々と面倒なのだが、これも決まりなので仕方ない。


「私たちの目的はギルドにおける活動がメインではありませんので、特にランクは気にしていませんわ。そんなことよりも、この船の調査を優先すべきですの」

「そうだな。船内にはこの船を動かしている人がいるはずだから、注意していこう」


そして、三人で船内へと足を踏み入れると、そこは異様な臭いが立ち込めていて、セシルが思わず顔をしかめる。


「セレン、貴女…」

「ち、違うわよっ!! もしそうだったとしても、このレベルは無いでしょ!?」


セレンが言うように、この立ち込める臭いはただ事ではないと思わせるほどのものだ。

だが、要救助者がいるかも知れないし、盗んだものがあるかも知れない。

そして、この襲撃を企てた者が潜んでいるかも知れない。

理由は幾つか上げられるが、そう言うこともあって調査は進めなければいけないのだ。


目の前はまっすぐな通路になっており、通路の両側には三つずつの部屋がある。

突き当りにも同じように部屋があった。


「ねぇ、このレイアウトって船特有なのかしら。奥の部屋にはもしかしてボスがいるの?」

「船のサイズによって部屋数が変わるくらいで、大体はこんな感じですわ。形がほぼ同じなんですもの。まぁ、例によって、手前から中を確認していくしかありませんわ」


そう言いながらも確認を始める女性二人だが、不思議な事に前回の海賊船とは異なり、盗品が一つも見つからない。

それ以前にどの部屋も、もぬけの空で家具すらない。

そして、一番奥の部屋を開けて中に入るが、ここも空だった。

これは明らかにおかしい。

造ったばかりの船とも違うのに、どの部屋にも家具が一つも無く、家具を置いた形跡すら見当たらない。

三人は顔を見合わせるが、どうにもイヤな予感しかしない。


「なぁ、これはもしかして船全体を使った罠じゃないか? さすがに、船内に何も無いのはおかしいと思うんだ」

「私もそう思いますわ。もしかすると、誘い込まれたかも知れませんわね」

「っ!? じ、じゃあ、急いでここを… え? あ、開かない!?」


セレンがドアノブをガチャガチャ回すが、一向に開く気配が無い。

どんな罠か分からない以上、これは本気でマズそうだ。

セレンの発動無効魔法でも、船全体では効果範囲には収まらないだろうし、罠の内容が未知数であれば、物理防御が必要なのか、魔法防御が必要なのか選択できない。


「なあ、セレン。物理防御は魔法に対してどれくらい有効なんだ?」

「魔法力の状態にもよるんだけど、普通は通っちゃうから、魔法への対処はできないと思うわよ?」


やはり、当然の事なのだが、魔法に対する物理防御は効果が無いと言うことが分かった。


「そう言えば、この船には船倉はありませんの? もしかしたら、そこに根源があるのでは無いでしょうか?」


確かに、前の海賊との戦闘の時も、隠していたものは船倉の中にあった。

だとすれば、探す価値は十分にあるだろう。

三人で手分けして、奥の部屋の中を念入りに確認していると、一枚の壁が動かせるのを発見した。


罠ではないことを確認し、注意して壁を押してみると壁が奥へと開き、下への階段が現れる。

壁にはランタンが掛けられており、暗闇ではないため、ゆっくりと階段を下りていくと広い空間に出た。

ここが船倉だと思うのだが、特に何も置かれていない。


だが、異様に広い。

船の甲板くらいの広さがあり、天井も思った以上に高く、床や壁に大小さまざまな傷が無数に付いている。

とてもではないが、荷物を引きずったような傷には見えず、鎧や防具、武器などが接触して削ったような傷だった。


そして、さっきから物凄くイヤな予感がして汗が出てくる。

セシルとセレンを見ても同じように顔をしかめて汗を流していた。

そして、場の緊張感がだんだんと高まっていくのを感じていると、セシルが声を上げた。


「上ですわ!! 離れてっ!!」


その声を聞いて、三人がすぐさまその場を離れて距離を取る。

カイルは離脱しながら天井を見ると、黒い雫のようなものが滴り落ちる寸前のところだった。


「セレン!!」

「分かった!!」


技の発動が一番早いセレンに声を掛けると、セレンがすぐに意味合いを理解し、距離を取りながら黒い雫に手を向けて魔法を唱えた。


「ウィン・ユル!<光の弓よ>『光破弓』」


セレンの掌から無数の光の矢が現れ、次々と黒い雫に向かい光速で射出され、射抜いていく。

そして最後の一本が刺さったと同時に全ての矢が爆発した。

だが、黒い雫にはダメージが見られない。

そのまま床に落ちたと思うと見る見るうちに人型になっていく。


「ウソ… なんであれが効かないのよ」

「あれは… 人型の魔物なのか? でも、セレンの魔法が効かないのは初めてだな」

「あの人型、これまでに見た事の無い形ですわ。纏う雰囲気が別格に感じますわ」


人型の魔物の上位種なのかも知れない。

しかも、セレンの魔法が効かないとなると厄介だ。

いずれにしても、向こうはこちらを敵と認識しているようで、その手には漆黒の剣のような槍のような、判断の付かない武器を握っている。

そして、ゆらりと動いたかと思った瞬間、一気に距離を詰めてカイルの目の前まで来ていた。


― 速い!!


と、思う間も無く、影の蹴りがカイルを襲う。

咄嗟の事で防御しかできなかったカイルが部屋の端まで吹き飛ばされて、壁に激突する。


それは、カイルとセシルが良く使う高速移動による攻撃に非常によく似ており、相手を吹き飛ばすところまでそっくりだった。


「カイル!!」


咄嗟の事でセシルがカイルの方を見てしまい、影から一瞬視線を外した瞬間、影に間合いを詰められた。

影は既に武器を引いており、セシルに向かって武器を突きを出そうとしていた。


― 今のこの距離では避け切れない。でも、何とかしなければ殺される!! それなら!!


セシルが自分の間近で爆発を起こし、その衝撃波で陰の突進力を削ぎ、自身の体をも飛ばして敵の武器をかわしつつ、距離を取る。

自身へのダメージもあるが、そんなことに構っていられない。

その爆発を利用して、自分の周りに炎の渦を巻いて影を焼こうとするが、影はあっと言う間に距離を取った。


影によるカイルとセシルへの一連の攻撃を見ていたセレンが、恐怖に竦んでいる。

あの二人が押されているところを見るのは初めての事で、自分は二人に比べると身体能力が低いため、影が攻めて来ても立ち向かえる自信が無い。

ましてや、自分の使う魔法ですら通用しなかった相手で、これ以上の攻め手が今は思い付かないでいた。

念のためにと物理防御を張ってはいるが、おそらくあの影には気休め程度の効果だろう。


(どうすれば良いの? このままでは… っ!?)


考え事はしていたが、油断したつもりは無い。

だが、気付くと剣を振り被った影が目の前にいた。


― 斬られる!!


そう思った瞬間に、目の前にいた影が物凄い勢いでセレンの視界から消えた。

ハッとして見てみると、そこにいたのはカイルだった。

セレンを守るべく、風を纏って影を蹴り飛ばしたのだろうが、頭から血を流して息も荒い。

壁に激突したダメージがまだ残っているようだ。


そして、床を滑るように流れていく影に向かい、セシルの光の矢が次々と突き刺さり、影が床と縫い付けられたと同時に、影の周りをカイルの作った大きな炎が回り始め、船倉の天井と甲板を一気に突き抜けて空に昇る炎の渦を作り出す。


渦の中は凄まじいまでの高温になっており、中にいるものは焼き尽くされて塵になっていることだろう。

炎の渦も昇り切り、周囲の視界もはっきりしてくると、体と思われるところから夥しい煙を上げながらも、影がまだ立っていた。

だが、想像以上に攻撃の威力があったのか、影は立ってはいるものの動く気配は無い。


「おいおい、嘘だろ? これでもまだ仕留められないとは、信じられないぐらいにタフだな」

「ですが、攻撃するために必要な威力を見出すことはできましたわ。さすがはカイルですの。今夜は大サービスですわ」

「じゃあ、早く仕留めちゃいましょうよ。私だって、いつまでも竦んでいられないのよ」


三人がその気になれば、合図も言葉も目配せも何もかもが、必要なくなる。

それは全て心が繋がっているために、何もしなくとも「分かる」のだ。


始めに動いたのはセシルで、天井に空いた穴から無数の雷を呼び込むと、雷をその身に纏って魔法剣を発動する。

そして、一瞬にして姿を掻き消すと、雷の金色の光が何度も影を斬り付けながら縦横無尽に走り回る。

最後にセシルの二本の剣による左右への横薙ぎが決まったと同時に、セシルの動きも止まると、次はカイルが風を纏い、一陣の風となって吹き抜ける。

その風は雷と同じように何度も影を斬り付けると、竜巻のように激しく渦を巻き、幾度と無く影を斬り付けながら空へと吹き抜けた。


「ティール・アンスール・ナウシズ・イス・エイワズ!<軍神よ、わが声を聞け。彼の者に苦痛を与え、氷結の死を与えよ>『氷像棺』」


カイルが影もろとも上に吹き抜けた瞬間を待っていたかのように、セレンが魔法を唱え終える。

すると、ビキビキと音を立て、影を徐々に動かぬ氷像に変えていくと、氷の彫像と化した影は完全に沈黙した。


「もう大丈夫かな? でも、コイツ相当やばかったね」

「ああ、でも魔法は効かないのに、凍るもんなんだな」


セレンの話では、体と呼べるものの内側から破壊するような魔法は効かなくても、その場に存在する物体に対して凍らせたり、焼いたり、蒸発させたり、分解したりさせる状態の変化は可能らしい。

魔法は一見、何でもありのように感じるが、本来は複雑な理論の基に成り立っているのだと、セレンが力説する。

ようは考え方の話なんだろうが、この辺は難しくてカイルはあまり理解してない。

そこまで深く理解してなくとも魔法は使えるのだ。


ちなみに、理解して使うようになれば、魔法はもっと威力が上がるらしい。

その分、十分に集中しなければいけないし、魔法を唱えるための時間もかかってしまうと言うことだ


「…ふぅ、なかなかの強敵でしたわ。一体で助かったと言うべきですわね」


確かにそうだ。

三人がかりでやっと倒せるレベルなのに、こんなのが複数体いたら困る。


「それにしても、こいつは一体何なんだ?」 


明らかにいつもの影と違っていて、速さも力も全くの別物だった。

それに、いつもの影は文字通り影から現れるのに、目の前で氷の彫像になっているこの影は、液体のようなものから現れた。

そう考えながら、ふとカイルがある騎士から出てきた影を思い出した。


「セシル。この影だけど、ストルスの時に似てないか? 力と速さは別ものだけど、出現の仕方とか同じように感じたんだ」

「言われてみればそうかも知れませんわ。だとすると、この影も誰かの心の闇を糧に育ったものなのかも知れませんわね」


そう考えてとゾッとする。

どんな方法を使ったのかは分からないが、心に闇を持った者がいれば、影を作り出すことができるのだとすれば、軍隊だって作り出せると言うことになる。


「なるほどね。人の心の闇なんて無限に湧いてくるものでしょ? …失うものが無い分、希望を持つことよりも絶望する方が楽なのよ」

「そうですわね。人は最低でも二人いれば優劣を付け始めてしまう訳ですから、嫉妬や妬みなんて永久に無くなりませんわ」

「人の数ほどの影が存在する可能性がある… ってことか」


セレンが自分の過去と重ねるように、氷像になった影を見ている。

もしかしたら、何かのきっかけで自分もこれほどの影を生み出したかも知れない。

そう考えると人事には思えなかったのだ。


「そうですわね… 私だって… え?」


セシルが影を見ながら言葉を失っている。


「セシル? どうした?」

「カイル、この影… まだ生きてますわ!!」


三人で目の前の氷の彫像に目を向けると、わずかだが氷の中で動いているのが見えた。


「ホント、いい加減にして欲しいわ。あれでダメならこれしかないじゃないの」


セレンがため息を吐きながら、追撃のために両手を広げると、その瞬間、氷の彫像が割れ、中から影が飛び出してきた。

だが、カイルとセシルは既に迎撃の準備を済ませているために、影も前のような不意打ちはできない。

そのため、お互いの武器による攻撃が始まった。


「セレン、この場は私とカイルに任せて、貴方は次の手をお願いしますわ」

「分かった! すぐにやるから、それまで持ち応えてて!!」


セレンが再び意識を集中する。

さっきの場所から一歩も動いていないため、セレンと影の距離は凄く短い。

その間にカイルとセシルが割り込んで来てくれたので、影からの攻撃はセレンには届かないが、その代わりに、カイルとセシルはその場から動くことができなくなった。


影からの攻撃も凄まじく、二人掛りで戦っていても、その体にはどんどん傷が増えていく。

消耗戦になったら、こちらが不利になってしまう。


― 私が2人を守る! 絶対に死なせない!


セレンの集中が一気に増すと、凄まじいまでの高温の青白い炎が左右の掌に出現する。

そして、左右の手を動かし、セレンが空間に箱を描いた。


「カノ・ティール・アンスール・カノ・ウルズ・ナウシズ・エイワズ!<炎を司る軍神よ、我が言葉を聞け、炎の力をもって、我が敵を束縛し、死を授けよ>『炎の棺』」


魔法を唱えた瞬間、青白い炎の巨大な箱が現れて、影を一瞬で囲む。

それはまるで影を捕らえた檻のようにも見えた。

そして、一気に青白い炎が輝きを増していくと、内部の温度を加速度的に上昇させ、中にいる者を無慈悲に焼き尽くしていく。

やがて、炎が治まると影を捕らえていた牢獄が消え、その中から黒い塊がごろりと転がってきた。


「この炎の牢獄は、中にいる者を確実に焼き尽くすわ。だから、これはその残骸ね」

「相変わらず凄まじいな。炭化してるじゃないか、これ」

「セレンが反抗期になったら注意が必要ですわね」

「むー! 反抗期なんてとっくに終わってるもん! 子ども扱いするなー!!」


今度こそ、完全に影が沈黙… いや、炭になったのを確認して、やっとみんなに笑顔が戻った。

最後に、この炭を更に灰になるまで燃やしてから小瓶に入れ、封印を施して海底へと沈めた。

ここまでやれば大丈夫だろう。


三人はやっと船内の探索を終えると、定期船へと戻っていくのだった。

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