第20話 高い餌に釣られる

高い餌に釣られる



船に戻ってくると、既に水平線から朝日が顔を覗かせていた。


「また夜通し戦ってしまいましたわ」

「そう思ったら眠くなってきたわ …ふわ」

「セレンの場合は力を使い過ぎたからな。さぁ、戻ろうか」


カイル達が船内で戦っている内に定期船と横付けしてくれていたので、定期船へ戻るのは全く手間がかからなかった。

そして、既にあくびをし始めたセレンを連れて定期船に戻ると船長に状況を簡単に報告し、カイル達は部屋へと戻った。


「お風呂は先に入るわよ?」

「ああ、いいぞ。俺とセシルは装備の手入れをしなくちゃいけないからな」


先の戦いで、影に斬り付けられた武器や防具などは、修繕をする必要がある。

ちゃんとしてないと、損傷した箇所の内部から腐食するからで、これは魔法銀の装備でも同じことが言える。

通常の金属と違うとは言っても、もともとが金属である以上は放置しておくと腐食していくために、手入れだけはまめに行わなければいけない。

そのため、セシルの装備もカイルが毎回修繕をしている。

船室の一角で作業をしていると、タオルを被ったままのセレンが牛乳を片手にお風呂から上がってきた。


「出たよー」

「ああ、分かった。セシル、先に入っててくれ。俺は後ちょっとだから、これを終わらせてからいくよ」

「分かりましたわ。では、カイルのタオルも持っていきますわね」

「ああ、ありがとう」


ベッドの上でうつ伏せになり、楽しそうにカイルの修繕作業を見ていたセシルは、立ち上がるとカイルの分のタオルを抱えてお風呂へと向かう。

セシルがお風呂場に入るのを見計らって、セレンが声を掛けてきた。


「ねぇ、聞いて良い?」

「なんだ? 急に」

「二人でお風呂に入る時は、もちろん裸で入ってるのよねぇ?」


思わず動揺してしまい、持っていた防具を取り落としそうになる。


「…それを聞いて、どうするんだ?」

「ん? ただの興味本位ね」

「じゃあ、ノーコメントだ」

「えーー! いいじゃん、教えてよ? ねぇねぇ、セシルは胸大きいの? お尻は?」

「そう言うことは本人に聞いてくれ。じゃあ、俺もお風呂に入ってくるから、何かあれば言うんだぞ」


これ以上セレンと一緒にいたら違う方面の質問もされそうだと思い、そそくさと修繕を終えると、いまだに文句を言っているセレンを背に、セシルの待つお風呂へと向かった。


「セシル、入るよ」

「はーい」


カラカラと引き戸を開けてカイルが浴室に入る。

ちょうどセシルが背中を向けて体を洗っているところだった。


「ちょうど良かったかな? 背中、流してあげるよ」

「ありがとう。お願いしますわ」


スポンジに石鹸を泡立ててセシルの背中を洗う。 

この華奢に見える体であんな高速移動をして、更に剣で斬り付けてるんだから凄いものだ。

肩幅だってそんなに広いわけじゃないし、体には戦闘による傷は一つもなく、不思議なほど色白だ。

背中も綺麗で思わず見とれてしまいそうになる。

腕はほどよく筋肉が付いているが、力だけではなく技術を使って戦っている事が良く分かった。

全体的に引き締まった体は、セシルの戦闘技術の高さを物語っているようだ。


「カイル? 今日は随分と丁寧に洗って下さいますのね。何かありましたの?」

「いつもと変わらないよ。ちょっと背中に見惚れてたくらいかな。相変わらず綺麗な肌だよ」


セシルは髪が濡れないように、頭の上に上げているので首元も見えるのだが、見る見る耳まで赤くなっていく。

心なしか体も熱くなってきたようにも思えた。


そして、シャワーで洗い流したら今度はセシルに背中を流してもらう。

毎晩、こうして二人でお風呂に入っている。

セレンには言わなかったが、もちろん最初からお互いに裸でお風呂に入っていた。

ただ、積極的に見ないようにしているだけで、セシルのやや大きめで形の良い胸や、引き締まった腰、大きめの丸いお尻だということは知っているが、そんなことは絶対にセレンには教えられない。

浴槽に並んで入り、いろいろな話をしながら幸せな時間を満喫している時が、一番心安らぐことのできる大切な時間だ。


まだ、カイル達にはこれくらいの気恥ずかしさとドキドキ感が心地良いのだろう。

お互いに、今はこれでも十分だし、そこから先の事はその時に考えれば良いと思っている。


「二人とも、やっぱりお風呂長いわよ。一体何をしているのか興味があるわ」

「セレン、貴女にはまだ早い事ですわ」

「…言っておくけど、これでも私は貴女と同い年なのよ? だから教えなさいよ!」

「お断りしますわ。女なら、秘密の一つや二つ、持っているのが当然ですのよ?」

「むーーーっ!!」


セシルは腰に手を当てて牛乳を飲みながら、セレンの質問を軽くあしらっている。


そして、そこからベークライト王国に到着するまで何も無く、出発から三日目の午後には無事に到着する事ができた。

問題の船は、助けたマルテンサイト所属の冒険者が、責任をもってマルテンサイト港へ入港させることになったので、カイル達はそのまま城に戻ることにした。


「カイル。今日じゃなくて良いんだけど、私ギルドで冒険者登録したいの。 …だけど、いろいろと心配なのよね。私、大丈夫かな?」

「年齢で見れば大丈夫だけど、見た目で何か言われそうだな。じゃあ、ギルド長のニーアムさんと話してみようか」

「セレン、それは明日にしましょう。まずはお城へ向かいますわよ」


下船した後、セレンが冒険者登録をしたいと言うのだが、何せあの見た目だ。

中身は17歳です、って言っても誰も信じないだろうから、直接ギルド長のニーアムと話をすることにした。

差し当たり、ギルドへは明日行くことにして、まずは城へと向かうことにする。

そして、歩き慣れた道を通り、しばらく歩くと見慣れた城に到着した。


「父上、ただ今戻りました。これはアルマイト王国のお土産です」

「お父様、ただ今戻りましたわ。それと、アルマイト王がよろしく、と申してましたわ」

「うむ。無事に戻って嬉しいぞ。 …アルフランめ、裏切りおったな? まぁ、その感じだと奴には良くして貰ったようだな。奴もなかなかいい仕事をしよるわ。そして、カイルよ。そのお土産も後で皆でいただくとしよう」


ベークライト王は嬉しそうにカイル達の帰還を喜んでくれたが、アルマイト王との関係を問い質すと、いたずらが見付かった子供のような顔をした。

でも、その楽しそうな顔を見るとやっぱり帰って来たんだと安心できる。

そして、ベークライト王がセレンに顔を向ける。


「は、始めましてベークライト国王陛下。私はセレンと言います。セシル …様にはいろいろとお世話になっております…」

「ふむ…」


国王が鋭い眼光で訝しむようにセレンを見ている。

予想外の反応にカイルもセシルも戸惑ってしまう。

ハッとしてセシルが国王に話しかけようとするが、


「セシル、そなたはちょっと黙っておれ」


セシルの顔も見ずに言い切られると、セシルも次の言葉を出す事ができなくなった。

セレンも、何がどうなっているのか理解できていないようで、ただ立ち尽くしている。


(あの眼差しは、もしかして自分が知らない内に、何か失礼なことでもしてしまったのだろうか? それとも、自分の見た目が気に入らないのだろうか?)


余計な事を考えてしまい、顔は青ざめると、ぐるぐると目が回り、眩暈でも起こしそうだ。

すると、ベークライト王が急ににやりと笑みを零す。


「うわっはっはっはっはっは! すまん、すまん。つい、やりすぎてしまった。許せ!」


膝をバンバン叩きながら大笑いしている。


「この感じは、どこかで…」

「あぁっ!! や、やられた!?」

「お父様!!」


アルマイト王と姿が重なって見えてしまった。

セシルも同じ事を思ったのだろう、すぐさま国王をたしなめる。

セレンはガックリとして、その場にぺたんと座り込んでしまい、目には涙が溜まり始めていた。


「いや、本当に申し訳なかった。そなたがセレンだな。アルフランの手紙で知っておるぞ。そなたがどれほど頑張ってくれたのか、私の娘と息子を幾度と無く守ってくれた事も知っておる。心から感謝するぞ。ありがとう、セレン」

「へ、陛下…」

「そなたも私の娘みたいなものだ。今日からそなたもこの城に住むと良い。もう何も心配しなくて良いぞ? 部屋も用意してあるからな。これからは家族として接するが良い」

「あ、ありがとうございます…」


本当の娘を見るように、国王が慈愛の眼差しでセレンを見つめる。

その暖かさに感動したセレンの瞳から幾筋もの涙が流れ落ちた。

こう言う言い方をするのは失礼だが、アルマイト王の計らいなのだろう。

多少、やり過ぎな感じも否めないが、本当に味な真似をしてくれる。


だが、そのおかげで今日、セレンに新しい家族ができたのだから、陛下には感謝しかない。


「さぁ、長旅で疲れているだろう? 今はしばし休むが良い。冒険の話はまた夕食の時にでも詳しく聞かせてくれ」

「ありがとうございます。では、父上。後で報告します」


そして、荷物を置きながら夕食までの休憩をとりに、部屋へと戻ることにする。

歩き慣れた通路を進み、カイル達の部屋の前に着いた。


「セレン、貴女はこの部屋を使ってください」


そう言って、セシルがカイル達の部屋の正面にある扉を開く。


「うわー… カイルの言ってた事が今理解できたわ」


案内された部屋は、前にカイルが使わせてもらった部屋よりも、やや小さめの部屋だったが、床は明るく淡い色の絨毯が敷かれており、部屋の奥にはちょっと小さめだけど豪華な作りのベッドが置いてある。

家具もカイル達の部屋のものに比べると背が低いように感じ、何と言うか… セレンが使ってちょうど良い大きさに見えた。

それでも全てが豪華なのは、城の王族の居住区画のものだからだろう。


「すごい… でも何だろ? 私が使ってちょうど良いくらいの大きさになってる。 …って、セシル? もしかして、この部屋って…」

「そうですわ。私がセレンくらいの時に使っていた部屋ですの」


ここは、セシルが小さい時に使っていた子供部屋だった。

それにしても、その当時の部屋を、家具もそのままで残しているのが驚きだ。


「ちなみに、この部屋は私とカイルの子供が生まれたら使う予定でしたの。でも、セレンが使う方がこの部屋にとっては良い事だと思うので、私達の子供には新しい部屋を作りますわ」


そう言う目的もあって残してたのか。

ニコニコとセシルが楽しそうに話しているのを、セレンが「うわー…」って顔をして見ている。

それにしても、セシルはそこまで考えていたのは初めて知った。

何と言うか、カイルの持つ王族のイメージは割と大雑把で、細かい事は執事とか侍女にやらせているんだと思っていた。

だが、ベークライト王国に来て国王と一緒に暮らすようになると、当然ながらちゃんと考えて、しかも先手を打ちながら事を進めていると言う事が良く分かった。


カイルが感心して頷いていると、後ろで何かが倒れる音が聞こえた。

三人が振り向くと、そこには掃除するための箒を床に倒し、赤い顔をして口元を手で隠し、驚いている様子のマギーが立っていた。


「ひ、姫様。 …今、なんと仰いました? 私の聞き間違いで無ければ、「私達の子供」と聞こえたのですが… はっ! もしや… 既に姫様のお腹の中には… カイル様! そうなのですかっ!! ついに、お世継ぎを授けていただけたのですかっ!?」


ボンッと隣で音が聞こえた。

見ると、セシルがカイルの袖を掴み、真っ赤になってうつむいている。

だが、これはまずい。

このセシルの反応は質問の内容を肯定するリアクションにしか見えない。


「カイル! いつの間に… いくら私が寝たら好きにして良いって言ったからって… そんな。…で、毎日してたの?」


更に、セシルの隣にいたセレンも顔を赤くして驚きに目を丸くしている。

そして、カイルとセシルから一歩離れるように距離を取るのを見計らい、マギーがセレンに近付く。


「あなたがセレン様ですね。陛下からお話は伺っております。私は姫様付きの侍女でマギーと申します。これからは、何か御用があれば遠慮なく申し付けください。特に、姫様とカイル様の事でしたら、たとえ夜中でも駆け付けますので、何なりと」

「分かったわマギーさん。あの二人の事を伝えればいいのね。任せて!」


二人が手を取り合い、悪巧みを考えているような微笑みを交わす。

絶対に組んではいけない二人が組んでしまうとは… 

これからは、城以外でも行動には注意しなければいけなくなった。


だが、まずはこの誤解を解いておかなければ、喜びでいっぱいの国王が今夜は盛大なパーティーを開きかねない。

例え、この話が冗談だと分かっていても、わざと大騒ぎしてカイルたちを追い込む作戦なのだろう。

セシルがその気になってしまったら大変なことになってしまうから、何としても阻止しなければいけない。


「マギーさん、セレン。ホントは知ってて言ってるんだろ? 俺とセシルはまだそう言うことは無いって。この話だけは一人歩きさせちゃダメだぞ?」


カイルは困った顔をして、男としてはヘタレで情けない事実を告げている。

この罰ゲームとも言える事を、この先いつまでやらなければならないのだろう。


そうならないためにも、一日も早くハークロムの問題を解決しなくてはいけない。

いつ、アイツが来るか分からないのに、安心して夫婦生活なんてできないだろう?


「ホントに、カイル様はどうなっているのでしょう? 我慢強いだけなのでしょうか? カイル様、我慢はお体に悪いそうですよぉ? それに、姫様もお待ちでしょうし… いつか爆発しちゃいますよぉ?」

「ねー。私もそう思うわ。あんなに人目も憚らずにイチャイチャしてるってぇのに。 …ホントにどうなってるのかしら?」


…好き放題に言われてる。

今まではマギーだけだったのに、セレンも加わるとは…

今も二人で目を輝かせながら、違う意味で楽しそうに話をしている。

すると、マギーがティーポットとティーカップを二つテーブルの上に置いたかと思うと、セレンがバッグからお菓子を取り出す。


「カイル、セシル。案内ありがとう。後で部屋に行くから、もう戻って良いわよ」

「セレン様の事は私にお任せください。しっかりとお相手させていただきますので、お二人はごゆっくりとお寛ぎください。あ、暫くは呼びに行くつもりもありませんので、何をなさっていても構いませんよぉ?」


マギーが意味深なことを言うと、その場で女子会が始まってしまった。

仕方無く、カイルは未だに真っ赤な顔をしてうつむくセシルを連れて、自室へと戻って行った。

そして、お茶を飲んでやっと回復したセシルが、装備を人型に付けながら鼻息を荒くしているのをカイルが優しく宥める。


「マギーには、後でキツく言っておきますわ。セレンまで焚き付けるのは、今後の冒険をしていく上で、精神衛生上良くない事ですもの」

「まぁ、あの二人も悪気が合った訳じゃないし、それだけセシルを気に掛けてくれているんだろ? 言い返せば余計に返ってくるんだろうから、好きにさせておいた方が良いと思うぞ?」


マギーも、単に焚き付けている訳ではなく、ギリギリのところを見定めているはずだ。

それは、セシルを気遣ってのことで、腫れ物に触るような接し方ではなく、素で相手をしてくれている。

よほどの度量が無いとできない芸当だけに、マギーを責める気持ちにはなれない。

そして、セシルもそれは理解しているようで、ベッドに腰掛けると、視線を下に落す。


「そうですわね。マギーは私が引き篭もっている時も、気遣ってくれました。その時のことを思えば、こんな私でも結婚ができて、子を持ち、幸せな家庭を築くことができる機会が訪れたのだと、不謹慎ながら嬉しくて嬉しくて、仕方が無いのですわ」


本当に嬉しそうに微笑みながら、セシルがカイルに視線を送る。

カイルはセシルの隣りに移動すると、そっと手を握る。


「父上が言ってたよ。俺がセシルに会いに来なかったら、ベークライト王国の国土を狙う他の国が、王位継承権の低い者とセシルを無理矢理でも結婚させて領土を奪おうと動き出していたはずだ、ってね。でも、俺はそんなことよりも、セシルだから探し出したんだ」


握った手に少しだけ力を込めると、セシルも同じように強く握ってくる。

まるで、自分も同じ気持ちだと言わんばかりに、強くお互いを結び付けていた。


「でもさ、セシルは王女だけど、俺は平民だ。父上は認めてくれているけど、それ以外の皆からは何者だと思われているだろうな」

「そ、そんな! カイルはベークライト王国を救ってくれた救国の英雄ですわ!」


魔物の襲撃を阻止し、ハークロムから城を守ったのは事実だが、実際にはハークロムには逃げられているし、そんな功績だけで一国の姫を娶るのは難しいだろう。

カイルとしては、皆が納得する実績を上げた上で、セシルと結婚できればと考えていた。


「だからさ、俺たちがハークロムの思惑を打ち破るまでの過程で、何かしらの見える実績ができると思うんだよ。俺が自信を付けたいのもあるけど、周りの皆に認めてもらいたいんだよ。アルマイト王国の陛下みたいにさ」

「分かりましたわ。では、誰も口答えができないような大きい実績を上げましょう」


カイルの気持ちを汲み取ってくれたセシルが、カイルと向かい合って提案する。

それこそ、カイルの名を聞けば誰でも知っているような、全世界に轟くような活躍をしてみせると、二人の新しい目標となった。

やることが決まれば、後は実行するだけだ。


「さて、やることも決めたし、部屋着になってやっと帰って来たって実感できるよ。後は、もう少し落ち着く要素が欲しい気がする。 …お風呂でも入ろうかな? セシルはどうする?」

「もちろん、ご一緒しますわ」


セシルがにっこりと微笑む。

船のお風呂では物足りなかったし、やっぱりお風呂はセシルとゆったりと入りたい。

そして、体を洗ってお風呂に入り、湯船の中で十分に伸びをすると、この二週間の疲れがだんだんと解けていくような感じがする。


「ああ、やっと落ち着けたような気がするよ」

「うふふ、お疲れ様でした。次の冒険に出る前に、ちょっとだけお休みしたいですわ。英気を養わなければいけませんの」


隣のセシルがカイルの肩に頭を預けて目を閉じる。

この二人で入るには大き過ぎるお風呂で、二人寄り添っていると物凄くもったいない使い方だと思うが、それも慣れてしまっている。

ゆっくりと長旅の疲れを取った二人は夕食までの間、部屋で穏やかな時間を過ごしていた。


そして夕食時、食堂のテーブルでは国王、セシル、カイル、セレンの四人が今回の冒険の話をしながら夕食を食べていた。

主にアルマイト国王の話がメインになっていたが、随分と長い時間話に華を咲かせていて、周りにいたクラウスやテルル、マギーも一緒に楽しんでくれていた。


「久し振りに楽しい食事でしたわ」


ベッドでカイルの腕に抱き付きながらセシルが微笑んでいる。

セレンは夕食が終わった後もマギーに呼ばれ、セレンの部屋で話をしているようだ。


「贅沢な話だけど、このベッドの良さが身に沁みてしまうと、旅先の宿屋が物足りなく感じてしまうよ」

「だからこそ、この城に帰る理由ができるのですわ」


自分の居場所に戻る理由、そう言う考え方もできるだろう。

それは人によってそれぞれ違うだろうけど、今のカイルにはしっくりとくる理由だった。

隣のセシルが可愛らしくあくびをして目を閉じると、ほどなくして、寝息が聞こえてくる。


「おやすみ、セシル」


そしてカイルも眠りにつくのであった。



翌日、カイルとセシルは目を覚ましてから、しばらくベッドの中でまったりとしていると、勢い良く扉が開かれ、セレンが満面の笑顔で部屋に入ってきた。


「おはよー、お二人さん! いつまで寝てるのかなー!」

「セレン。普通、入室するならノックぐらいしますわよ」

「何よー、別にいいじゃない。裸で寝てる訳じゃないでしょ?」

「そうだけど、ノックぐらいはしてくれ。着替えの最中だったらどうするんだ?」


ポンッと手を叩いてセレンが「それもそうね」と納得すると、物珍しそうにカイル達の部屋を見渡し、感嘆の声を上げている。


「私の部屋は凄いって思ったけど、二人の部屋は別格だね。次元が違い過ぎるわ」

「もちろんですわ。私とカイルの部屋ですのよ? これでも物足りないくらいですわ」

「セレン。お城に住む時点で次元が違うんだ。これくらいで驚いてちゃいけないぞ」


更に驚くセレンを連れて、朝食を取りに食堂へと足を運ぶ。

すでに、朝食が並べられており、国王はクラウスとなにやら話をしていたが、カイルたちが入ってくるのを見て、テーブルに向き直る。


「父上、おはようございます」

「お父様、おはようございます」

「陛下、おはようございます」


国王はカイルとセシルの挨拶にはニコニコした表情で答えていたが、セレンの挨拶には何も返さなかった。


「ん? あれ? 陛下?」


もしかしたら、聞こえなかったのかも知れないと、セレンがもう一度声を掛けるが、国王は聞いてない様子だ。

それを見て、カイルがピンと来る。


(…これは、あれか)


カイルは姿勢を下げると、何が何だか分からなくなっているセレンに、他の人には聞こえない程度の声でこっそりと耳打ちする。


「!? えぇっ!? ホント!?」

「ああ、俺の時もそうだったから間違いはないはずだ」


セレンが顔を赤くして恥ずかしそうにしているのを、セシルがその隣でニコニコして見ている。

国王は期待しているのか、うずうずしているような表情でセレンを見ていた。

セレンは一歩前に出て国王の前に立つと「オホン」と咳払いを一つしてから、満面の笑顔と大きな声で言い切った。


「パパ! おはよう!!」

「セレーーン! おはよう!! 私は嬉しいぞ!!」

「ぅわわっ!! でも、私も嬉しいよぉーー!!」


顔を赤くして、感極まった国王が涙ながらにセレンを抱き締めると、セレンも顔を赤くして戸惑っていたが、やがて国王を抱き返す。

それは、その場で見ていた誰もが癒される光景だった。


「…あれで、中身は私と同じなんですのよ?」


セシルがちょっと冷ややかな目をして抱き合う二人を見ていた。

それから、いつもよりも賑やかな朝食を終えると、今日の予定を国王に連絡する。


「そうか。セレンも冒険者の登録をするのか。なら、わが国も安泰だな」


国王がセレンの頭に優しく手を乗せ、撫でながら言うと、セレンが目を細めて嬉しがっていた。

その後、冒険者スタイルに身を包んだ三人がギルドへと向かった。

今日も冒険者ギルドは賑わいを見せている。

込み合う冒険者の間を縫って受付まで行き、セレンの冒険者登録について話をすると、当然ながら怪訝な顔で見られた。

まぁ、これは想定内の事なので、ギルド長であるニーアムを呼んでもらう事にした。


「おぉ、カイルにセシル。久し振りじゃないか。今日は一体どうしたんだ?」


カウンターの奥の扉からギルドの制服を着たニーアムが顔を出すと、軽く手を上げてカイル達のところへと歩いてくる。


「ニーアムさん、お久し振りです。今日は相談があって来ました。実は…」


そう言って、カイルはセレンが冒険者になりたいと言う事を話す。

もちろん、冒険者として登録する以上は実年齢を出さないといけないが、セレンの専用魔法については一切話さない。

ただ、何度も助けられているので、実力は問題無い事を強調して説明した。


「まぁ、お前さんが実力について問題ないって言うなら大丈夫だろう。 ...しかし、そのナリで姫さんと同じ年齢、ってところだけが謎だな。 …でも、まぁ良いだろう。お前さんの言葉を信じて俺が許可を出そう」


ニーアムがにやりと笑い、親指を上に上げる。

そして、早速カウンターの女性にセレンの冒険者登録をするように命じた。


「これで大丈夫だ。認識票もすぐにできるだろう。もう少し待ってな」

「ありがとう、ニーアムさん。ところで別件で相談したいことがあるんだけど、良いかな?」


首から提げる認識票は作るのに時間がかかる。

その間、ただ待ってるのももったいないので、ギルドの情報について相談してみる事にした。


「それは、アルマイト王国のギルドが正しいだろうな。冒険者ランクの低い者にその手の情報を渡しても何もできないだろ? 下手すりゃ全滅してもおかしくないからな」

「自惚れるわけじゃないけど、俺達でもダメかな?」


ニーアムが一瞬、ちょっと困った表情をしたが、すぐに元の表情に戻す。

そして、冒険者ランクはただの強さだけではなく、あらゆる事態に直面してもそれを打破できるだけの強さと判断力、行動力が総合的に評価されてランクアップするのだ。

その指標となるのが依頼書なのだ。と、説明された。

改めて意味合いを知ることができたので、カイル達も冒険者ランクの重要性を再認識できたが、やっぱり依頼書をコツコツやってくしかないようだ。


「なによ。やっぱり冒険者ランクは必要じゃない。今からでも地道に上げた方が良いんじゃない?」

「そうですわね。 …なら、例の方法を使って依頼をこなしていく。と言うのはどうでしょう。それなら私達の必要とする情報も入るでしょうし、冒険者ランクも上げる事ができると思いますわ」

「お! それ良いね。じゃあ、せっかくだし、ここから探してみようか」

「では、言い出した私がやりますわ」


セシルが掲示板の正面を見据える。

そして目を閉じると、手を胸の前で組んで集中する。

しばらくして、セシルがしょんぼりして戻ってきた。


「…ダメでしたわ。ここにはもう無いのでしょうか?」

「まぁ、そう簡単に事が進んでくれるなら、こんなに苦労するわけ無いよな」

「一つの可能性なんだけど、他の国にはあるかも知れないんじゃない?」

「そうでしょうが… 移動する価値を考えると、闇雲に動くのもどうかと思いますわ」

「うーーん…」


三人で頭を悩ませていると、ニーアムが認識票を持って来てくれた。

ギルド長直々に持って来てくれたことに違和感を感じていると、ニーアムが一枚の紙を差し出してくる。

どうやら依頼書を持って来たようで、不思議に思いながらニーアムの顔を見ると、視線を依頼書に落とす。

どうやら依頼書を読めと言っているようだ。

カイルは依頼書を受け取って目を通すと、次のようなことが記されていた。


<依頼者:ゲマニール商会>

<依頼場所:ベークライト王国、コルトバ洞窟>

<依頼内容:素材収集(コルトバの大蛇五匹)>

<希望期日:受注後十日以内>

<報酬:金貨二枚>

<その他:対象への傷は可能な限り控えて欲しい>


どうやら商会からの依頼のようだ。

この洞窟にいる大蛇を五匹、なるべく傷を付けずに持って来て欲しい、と言う内容だ。

特に内容には違和感を覚えないが… と、依頼書をセシルに渡してニーアムを見上げる。


「実はな、この案件は進行中のものなんだが、今日で受け付けてから十日目なんだよ。ギルドでもこれまで何度か受けている依頼だから、今回も冒険者ランクDにしたんだが、誰も受けてくれなくてな。仕方無く冒険者ランクBのチームに依頼したんだが、まだ戻ってない。依頼してから既に五日は経過しているんだが、おかしいと思わないか?」

「つまり、俺達に大蛇を五匹確保した上で、行方不明の冒険者たちを見付けて来いって言ってるの?」


ニーアムが真剣な顔で頷く。

そして、セシルから渡されて読み終えた依頼書をセレンから受け取り、ニーアムが説明をしてくれた。


数ヶ月前から、冒険者を狙った人攫いが目立ってきた。

ランクAの冒険者もチームごと攫われたりしており、被害も全国で発生しているらしい。

全国ギルド長会議でも上位の議題に挙げられており、各ギルドでも対策を講じ始めているが、どれも効果は見られない。

冒険者に護衛を付けるなどバカな意見も出始めてきているため、各冒険者には十分な注意喚起を行い、依頼書の冒険者ランクも確実なところを指示するように決めた。

そのためか、行方不明になる冒険者は激減したが、最近また増え始めてきたらしいのだ。


「そう言えば、私達がアルマイト王国に行く時に助けた冒険者も、何者かに攫われたと言ってましたわ」

「四人組のマルテンサイト所属の冒険者、だったか?」

「うん。そうだったね」


ちょうど、セレンと初めて会った時の出来事だ。

その時の話だと、相手はかなりの組織力があるような話をしていたが、少なくとも冒険者を生け捕りにできるくらいの実力はあるのだろう。

そう言う意味では、野放しにしているのは危険だと思うのだが、肝心の情報が一切無い。

仮に今回の依頼書の件が、これに関わっているとするならば、冒険者ランクBのチームが攫われたことになると言うことは、間違いなく冒険者ランクA以上の実力者が数多くいるのだろう。


「でも、ニーアムさん。これがその人攫いに関わっているとして、俺達が対応できるの? 冒険者ランクDだよ? 念のために言っておくけど」

「これは俺の独り言だが、お前らは冒険者ランクと実力が一致してないと思ってる。だから特別な成功報酬として、ここのギルドの資料室を開放しよう。どうだ? これはそれくらいの案件だぞ?」


なるほど、ハイリスク・ハイリターンと言うところだ。

ギルドとしてみれば、依頼者からの信頼で成り立っているから、それを失うわけにはいかないため、依頼内容だけは最低でも達成しなくてはいけないだろう。

カイルはセシルとセレンを見ると、二人はにこやかに頷いてくれた。


「分かりました、ニーアムさん。この件は引き受けましょう。で、いつ出ればいいですか?」

「助かる。実はかなりマズい状況なんだ。すぐにでも出て欲しいところだが、準備があるだろ? 馬車を用意するから、それで城まで行くといい。そして、その馬車はこの依頼が終わるまで好きに使えるようにしておこう」


驚きだが、馬車を一つ、この依頼のために貸してくれると言う。

もともと、カイル達も馬車を用意しようと思えば簡単に用意できるのだが、冒険の最中は空になる馬車の見張りをすることもできないし、わざわざ御者を立てても、今度は御者を警護する必要があるため、カイル達には必要ないと思っていた。


その後、手配された馬車が来たので、カイル達は準備のために一旦、城へ戻る事にした。

目的地は馬車で約半日くらいの距離だと言う。

洞窟の規模が全く分からないので何とも言えないが、これまでの経験を踏まえると単純に計算しても、往復分を含めて五日くらいだろう。

荷物の準備も終わり、陛下へと挨拶をして馬車へ乗り込む。

御者として、ギルドが冒険者を手配してくれたので、目的地まで案内してくれるらしい。


そして、やや急ぎ気味で馬車を走らせること数時間。

夕方近くになって、ようやく目的地のコルトバ洞窟に到着した。

着いてすぐにカイルの表情が険しくなる。


「カイル、どうかしましたの?」

「そうよ。不安にさせる顔しないで欲しいわ」


セシルとセレンがカイルの変化に気付き、不安そうに近付いてくる。

カイルが指をさした先には、幅が広くて流れの速い川があった。


「見てくれ。この洞窟は下に向かっている。そして近くにはあの川があるだろ? 絶対に洞窟内に水がある。それに、地底へ潜る洞窟だから、水漏れもあるかも知れない。これは、思った以上に厳しい探索になりそうだ」

「探索中に天井が崩れて、洞窟内に水が入り込んで来たらお終いですわね」


セシルのあり得る想定に、セレンが黙り込む。

だが、後には引けない。

これも冒険なのだ。


高い餌に釣られてしまったと考えるのはまだ早いだろう。

なぜなら自分には最高の仲間がいるのだから、最高の結果を出せるように頑張らなければならない。


「さぁ、行こう!」


鼓舞するように声を出すと、カイル達は洞窟内へと足を踏み入れていくのだった。


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マギーの部屋

部屋の中は灯りを落としているが、机の上の読書灯は付けられており、机に向かうマギーの顔を薄暗く照らしている。

その薄明かりの中で、マギーは手紙を書いていた。


「Aへ報告。本日、セレン様を同志として迎え入れました。これで姫様とカイル様が御不在の時でも状況の把握が可能になります。また、セレン様も姫様への焚き付けを引き受けてくれました。以降、新しい情報が入り次第、ご報告させていただきます。」


マギーは部屋を出ると自室の扉の脇にある箱を開け、その中に先ほどの手紙を入れる。


「さて、これで良し、と。後はセレン様の頑張りに期待しましょうかねぇ」


そして、マギーはこれからの楽しみに胸を躍らせながら、眠りにつくのだった。

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