第21話 言い訳をして休む事を決める

言い訳をして休む事を決める



洞窟内は想像していた以上にジメジメしていて、足元がヌルヌルしている。

おまけに下へと伸びる道は傾斜が急で、岩がゴロゴロと剥き出しになっている上に、狭すぎだ。

立つことはできるがジャンプはできない。

手を左右に広げることもできないくらいの狭さだ。

これでは剣を振ることもできないし、鞘から抜くのも大変そうだ。

これだけダメな項目を並べると、どれだけこの洞窟が酷いのかが分かるだろう。


松明すら持てそうになかったため、仕方なく危険を承知でセレンに光の玉を出してもらった。

ここで足を滑らせでもしたら一気に下まで転がり落ちて行き、その途中で剥き出しの岩にぶつかって、大怪我をしてもおかしくないだろう。

慎重に下りないと危険だと言う事もあり、三人はゆっくりと岩を伝って下りていく。


やがて、下から薄っすらと光が漏れてくると、これまでの狭さとは一変して、もの凄く広い円柱のような空間に辿り着いた。


壁と天井のいたるところが薄い青色に輝いているのは、どうやら苔が発光しているようで、これなら光の玉も必要ないだろう。

広大なこの空間は、二階建ての家以上の高さがありそうで、足元は相変わらずの岩場だが、いたるところに大小様々な潮溜まりのような水たまりがあって、足の踏み場の面積の方が少ない。

その水たまりの中をのぞくと透明度は高いのに底が暗闇になっていて見えない。

これは相当深そうで、足を踏み外さないようにしないといけないだろう。

セレンが辺りを見渡しながら、少ない足場を器用に選んで近付いてくる。


「ここ、奇麗だけど凄く危険なところだねー」

「この透明度の高い水のあるところは、大抵危険が多いんですのよ?」


カイルの隣では、セシルが眉尻を下げてイヤそうな顔をしているが、おそらくは泉のことを思い出したのだろう。

これまで、このように透明度の高い水の中には、水棲の魔物がいたことは一度も無かったこともあり、多少の油断をしていたのかも知れない。


突然の強烈な殺気に、条件反射的にセシルを守るように抱き締めると、間髪を入れずに大きな衝撃がカイルを襲った。


「カイル!? わ、わわっ!!」

「ぐ、あっ!!」


その場に倒れこむカイルとセシル。

それと同時に、セレンの魔法を唱える声が響くと、無数の光の矢が敵に向かい、光の尾を伸ばして、その衝撃を与えた主を目掛けて飛んでいった。

むくりと起き上がったカイルがバッグパックを見ると、そこには大きな引っかき傷のような跡が抉られるようについていた。


だが、さすがは高級な魔物の革で作られた、ハードレザー製のバッグパックだけあって、破れてはいなかった。


「ふぅ、驚いたよ。それにしても、さすがは銀貨90枚のバッグパックだ。これくらいじゃ破れもしないとは、安心の強度だな」

「カイル。貴方、何をのんきな事を言ってますの? 攻撃されたんですのよ? 私を庇ってる場合ではありませんわよ? もし、水中に引き込まれでもしたら、大変なことになりますわ」

「いや、だが、セシルを庇うのは条件反射みたいなものだから、やめろと言われても無理な話だよ。それに、今俺達に攻撃してきたヤツはセレンが始末済みだ」


セシルが後ろを見ると、セレンに射貫かれたと思われる魚人みたいな魔物が水面に浮かんでいた。

それは、人と同じくらいの大きさだが腕や足は異様に細く、指の間には水かきがあり、口は大きく鋭い牙が無数に並んでいた。

ちょうど魚の顔を人間の顔の位置に持ってきたような感じで、直視したくないような酷い顔をしている。


「こんなのがこの水の中にいるのに、何でこんなに透明度が高いのかしら」


セレンが不思議そうに水を観察していると、急に水たまりの中から先ほどの魚人の手が伸びてきて、セレンの顔を掴もうとする。

しかし、その手は一陣の風が吹き抜けると同時に、折れた枝のようにその場にパタリと倒れた。


「セレン、大丈夫か?」

「う、うん。あり… がと…」


咄嗟の出来事に反応できなかった。

カイルがいなかったら水の中に引き込まれていただろう。

想像するだけでセレンの心臓がより早い鼓動を叩き、頬をイヤな汗が一筋流れた。


「おそらく、あのヘンな生き物はこの下にたくさんいると思いますわ。気を付けないと水の中に引きずり込まれてしまいますの」

「じゃあ、困った時のセレンか。何かいい方法は無いか?」

「また私? …最近は随分と便利屋の出番が多くなったような気がするわ」


そう言いながらも、セレンは目を閉じて考えを巡らせる。

複数個のシンボルを組み合わせて、現状に最適な状況を作り上げるにはどうすれば良いか、集中して考える。


「うーん… そうだよねぇ… え? うん、うん、そう。あー… そうだね。でもさぁ、え? そうなの? えぇー… 本当かなぁ… うん、うん。まぁ、良いか」


お馴染みの自問自答が始まった。

何を言っているのかは分からないが、ただ聞いてると何かを妥協しているようにも取れる。

そして、目を開くとニヤリと笑った。


「じゃあ、行くよ。 …ラーグ・アンスール・イス・オセル!<水よ、わが声を聞き、氷の大地をもて>『氷の大地』」


セレンが足場に手を添えて魔法を唱えると、セレンの手から白い冷気が流れ出し、白い煙となって足場を舐めるように流れていく。

そして、その煙が通った後はカチカチに凍った氷の大地と化していた。


「ほら、これなら大丈夫でしょ? 結構分厚くしておいたから、あのヘンなのには割れないと思うわよ?」

「いつ見ても、ふざけているとしか思えない光景なのですわ。この面積を一瞬で凍らせるなんて… どんな魔法力の量なんですの?」


セシルが、足元の氷を剣でガシガシ突いているが、とてもではないが割れる気配がない。

この上で戦闘しても問題ないだろう、と言えるくらい十分に分厚い氷だ。


「あー… でも、ちょっと疲れてきたかも…」

「そりゃそうだろう。新しい魔法を作って最初の発動だ。魔法効率とかも考慮して無いだろうから、魔法力を垂れ流しで使ったのと同じだよ。しかもこの規模だろ? 普通なら卒倒しててもおかしくは無いと思うぞ?」

「では、セレンは暫くは魔法の使用は禁止ですわね。こんなところで倒れられても対応に困りますもの」

「もっと、言い方はないのかな!?」


差し当たり、セレンは回復に専念してもらうため、魔法の使用を禁止にした。

これから先は、何が起こるか分からないこともあり、セレンの魔法は温存しておきたい、と言うのも休ませる理由の一つだった。

そして、カイル達は氷の大地を踏みしめながら、巨大な空間の探索を始めた。

すると、ちょうど対面側の壁に通路があり、更に奥へと進めるようになっているのを見つけた。

その通路は下りてきた通路よりも広く、天井もそれなりに高い。

剣を振り回してもぶつからない程度には広い。

足場も、先ほどみたいに水たまりが幾つもあるわけでは無く、普通の通路になっていて、通路は多少うねっているものの、分かれ道は無い。

壁に触れてみるとひんやりしていて、滑らかな手触りがした。


「全然、蛇のいる気配が無いんけど、どこにいるんだろうな」


通路の真ん中を索敵しながら進むカイルだが、まったく敵の反応が無い。

そのまま、しばらく道なりに進んでいくと、また大きな部屋に辿り着いた。

そして、後ろにいたセシルとセレンが部屋に入った瞬間、入ってきた入り口が凄い速さで閉じた。

閉じ込められたと思っていると、次に天井の一部が開いて水が勢いよく部屋に入り込んでくる。


「!? 水攻めか?」

「あまいわっ! ラーグ・アンスール・イス・オセル!<水よ、わが声を聞き、氷の大地をもて>『氷の大地』」


カイルの声にいち早く反応したセレンが、天井に向けて手をかざし魔法を唱えると、天井が見る見る凍りついていき、流れ込んでいた水も氷と化した。

そして、先ほど閉じてしまった入り口は、セシルの炎の魔法剣によって強引に斬り開かれた。

だが、部屋を出てみると、先ほどとは違った景色が見える。


「おかしいですわ。間違いなく閉じたところを斬り開きましたのに…」

「俺もそう思ってる。もしかすると、この洞窟自体が形を変えられるのか?」


入ったところと同じ場所から出てきたと言うのに、見える景色が全く違う。

部屋に入る前は通路だったのに、今は別の広い部屋に出た。


「まずいな。方向感覚を狂わせようとしているのか?」

「私は方向音痴よ? 念のために言っておくけどさ」

「私は渡り鳥並の方向感覚ですの。ですから、何の心配も要りませんわ」


そんな話をしながら、部屋の中へと足を踏み入れると、スッとセシルがカイルの前に出た。

そして、足を止めて正面を見据えると、腰の剣を一本抜いて炎の魔法剣を発動し、逆手に持って構える。


「セシル。どうした?」

「私達は狙われてますわ。 …正面のやや右方向から殺気に似たものを感じますの」

「そ、そんな… 私は何も感じないわよ!?」

「索敵にも掛からないが、セシルが言うんだから間違いは無いだろうな」


視線は逸らさずに、緊張に似た声色でセシルが告げる。

しかし、カイルもセレンも何も感じていないが、セシルの緊張した姿を見れば一目瞭然だった。

突如、周りの緊張感が高まったかと思った瞬間、セシルが剣を高速で振り抜くと、それに合わせるかのように、水が蒸発する音が聞こえる。

それから続けざまに四度、セシルの剣があらゆる場所へ振り抜かれ、その度に水の蒸発する音が聞こえた。


「何これ? 狙い撃ちされてるって事? カイルの索敵にもかからないのに? それに、この刺激臭は…」

「毒か? すぐに症状に現れないから即効性では無いだろうし、直接浴びなければ大丈夫かも知れない。それと、索敵にかからないのは魔物じゃないからだと思う。普通の生き物の魔法力は小さいから、それを探そうとしたら、集中するだけで動けなくなるよ」


セシルの後ろでは、敵の攻撃が見えない二人が状況を確認している。

その間にも幾度と無くセシルと敵の攻防が続いていた。

敵の攻撃がセシルにしか見えていないのは反応速度が優れているからだろう。

常に雷をその身に纏い、光速の速さで動き回りながら剣を振っているセシルだからこそ見えるのだ。


「っ!! 見付けましたわ!!」


そして、何かを探していたセシルが叫び、一気に駆け出した。

湿気の多い洞窟内では雷を作りにくいため、普通のダッシュなのだが、それでも速い。

近付くにつれて激しくなる攻撃も、足を止めることなく全て斬り伏せながら駆けて行き、目的の場所に到達すると通路に剣を突き刺す。

すると、先ほどまでの緊張感が霧散するのを感じた。


少しの間、動きを止めていたセシルが剣を通路から引き抜くと、そこにはセシルの腕ほどの太さの蛇が一匹、頭を貫かれて息絶えていた。


「ふぅ、なかなかの集中でしたわ。まさか毒を飛ばしてくるなんて想定外ですもの」

「お疲れ様。私には最後まで何が起こってたのか分からなかったわ。さすがはセシルね。後でカイルにいっぱい頭を撫でてもらうと良いわ。で、これが敵の正体?」

「そんなんで良いなら、いくらでも撫でてあげるよ。 …それと、コイツが依頼の品みたいだな」


カイルに撫でてもらう事が決まり、嬉しさにニコニコしているセシルの前で、カイルとセレンは動かなくなった大きな蛇を見ていた。

長さはセシルが二人分くらいの長さで、太さはセシルの腕よりも太い。

重さも相当なもので、セレンと同じくらいはあるだろう。

色は全体的に白に近い灰色で、この部屋の色と酷似している。

これなら見付けにくいと言うのも頷けるが、驚くべきはこの蛇は魔物で、通常の左右の目の他に、額と思わしきところにも一際大きな目が付いていた。

いわゆる三つ目の蛇なのだった。


「この蛇は初めて見るけど、普通の蛇じゃなく魔物だったんだな。額にも目が付いてるってことは、相手との距離を正確に測っているんだろう。好戦的で特に接近戦を主とする蛇ってこと以外でも、体が景色に同化しているように見えるから、注意が必要だな」

「注意が必要なのはわかるけどさぁ、私たちには見えないじゃん。結局はセシル頼みってことなの? そして、これが一匹目って事?」


事実、今回の蛇は魔物であるにも関わらず、セシル以外気付くことができなかった。

カイルの使う索敵は、魔法力を探してその場所を感知するものなのだが、魔法力を感知できなければ相手を見付けることすらできないのだ。


「情けない話だが、俺ですら感知できないんだ。だから、セシルには申し訳ないが、頑張ってもらうしか無いなぁ。それと、蛇はそれで合ってるから残り四匹だ。五匹確保した時点で町に戻ろう。まずは依頼を達成させる事が先決だからな」

「分かりましたわ。では、蛇については私にお任せ下さいませ。行方不明者の方も捜索しながら蛇を探す方が効率的ですわね」

「よし、それで行こう」


大きい蛇を魔物の輸送用シートで包みバッグパックに括り付けると、思っていた以上に重かったが、今は仕方ない。

そして、セシルの提案どおり、蛇と行方不明者を探しながら部屋の奥にある通路に向かった。


その後、通路を暫く進んでいると、カイルの視界の端に何かが入り込んできたと思うと、それはいきなり飛び掛ってきた。

咄嗟の事で反応が遅れたため、仕方なく腕の防具で防ごうと腕を上げると、すごい勢いでカイルの左側から手が伸びてきた。

その手はカイルに向かって飛び掛ってきた物を素早く掴むと、それはセシルがやっと握れるほどの太さの蛇だった。


「カイルを噛んで良いのは私だけですわ」


握られたままの状態でも威嚇してくるかのように、大きく口を開けてセシルを睨んでいる蛇だったが、セシルが冷ややかな瞳で首を掴んでいる蛇に誤解を招くような言葉を告げると、そのまま蛇を握り潰した。

セレンが「えぇー…」と言う目でカイルを見ている。


「セレン… 分かってると思うが…」

「もちろんよ! 心配しないで、マギーさんにしか言わないから!」

「違うだろ!? そんな事はしても無いし、されても無いって事だよ! それにマギーさんに言うのはダメだ」

「セレン? マギーに話すと余計に話がこじれますわ」


カイルが、さっき括り付けた輸送用のシートに蛇を追加しているのを見ながら、セシルがセレンをたしなめる。

話の最中、セレンは上に何かを感じたので上を向くと、天井から蛇が大口を開けてセレンに向かい落ちてくるところだった。


「何よー、誤解させる物言いなのはセシルでしょ…? って、え? えぇっ!? …っと、わわっ!!」


カイルは作業中でこちらに背中を向けているし、セレンは2人ほど速く動けない。

自身に向かってくる蛇を確認できても身動きが取れないのでは意味が無い。

これはマズい、と思った瞬間、落下してくる蛇の頭がもの凄い勢いで何かに殴られたかと思ったら、そのまま殴り飛ばされてゴロゴロと地面を転がり、壁に激突してそのまま動かなくなった。

セレンが恐る恐る視線を向けると、右フックを振り抜いた状態のセシルと目が合った。


「…大丈夫ですか? セレン。余所見をしていると危ないですわよ?」


自身の腕ほどの太さの蛇を、平然と素手で殴り飛ばしたセシルににっこりと微笑まれ、セレンは無言でコクコクと頷くことしかできなかった。

三匹目をシートに入れると、さすがにずっしりとくる。

これまで襲ってきた蛇はどれも同じくらいの大きさだから重さも相当なものだった。


「これ、後二匹だろ? 持って行くのも大変だな」

「それなら、いつも通りにシートを浮かせて持ち帰れば良いのですわ。 …アレも乗せる事ですし」


通路の先に見えた部屋の入り口に入ると、すぐにセシルが腰の剣を二本抜き、逆手に構えて前方を見上げた。

そこには見るからに特大の蛇が鎌首をもたげ、舌を動かしてこちらを見ている。

普通なら、蛇に睨まれたカエルと言う言葉通りに竦んでしまうのだろうが、カイル達にしてみれば、ただのその辺にいる大きな蛇くらいの認識だ。


「ただの大きな蛇が、生意気にもこちらを威嚇していますわ。全く、私を直視していいのはカイルだけですのよ? 身の程と言うものを… 教えてあげますわっ!!」


よほど蛇に睨まれたのが気に入らなかったのか、多少ご立腹のセシルが一気に駆け出した。

蛇も、駆け出したセシルを一飲みにしようと、大口を開けて向かってくる。

蛇が首を一瞬で伸ばすと、間合いを一気に詰めてセシルを飲み込もうとした瞬間、眩い金色の光と共にセシルの姿が掻き消えた。

そして、次の瞬間には蛇の上顎にセシルの剣が突き刺さり、そのまま下顎をも貫いて床部分に縫い付けられる。

そこには、蛇に剣を付きたてたセシルがいて、全身に雷を纏った状態のまま剣に数回の雷を通すと、蛇は激しくのた打ち回り、やがて動かなくなった。


「ふん、鍛錬が足りませんわ。それにしても、この蛇の採取は本当に冒険者ランクDが適正なのか疑問になってきましたわ」


蛇に刺した剣を抜き、鞘に収めながらセシルが鼻息を荒くする。

確かに、これまでに倒してきた蛇は、どれも大きく大蛇かそれ以上のもので、最初の毒の攻撃はセシルじゃないと対処できなかった。

カイル達もそれなりの修羅場を幾つか潜り抜けてきたこともあり、今回の依頼は冒険者ランクDでは難しいだろうと感じていた。


「でもなぁ、ニーアムさんも元々は冒険者だし、こう言う間違いが冒険者を危険に晒してしまう事も知ってるはずなんだけど…」

「なら、蛇自体が変わったと思った方が良いんじゃない? 依頼書には蛇って書かれていたし、これはどう見ても大蛇でしょ? 欲しがってる人が間違うとは思えないのよね」


蛇と大蛇の線引きがどこなのかは知らないが、ここに横たわっている蛇は間違いなく大き過ぎる。

果たして、これほどの大きな蛇を本当に欲しがっていたのかは分からないが、蛇は蛇として確保しなければいけない。

詳しいことは帰ってから、報告がてらニーアムに聞くことにした。


「とりあえず、あと一匹か」

「やっぱり、これも持ち帰るんですのね…」

「そりゃ当然でしょ。だって、蛇だもん。それにしても、これで金貨二枚ってのは安過ぎじゃない? もう少し乗せてもらわないと割りに合わないわよ? これ」


さすがにシートには包み切れないので、ここに転がしておくことにした。

他に誰も来ないことを前提に、魔物に食べられないように結界を張ると、これまでの三匹も一緒に置いて、先に進むことにした。


そして、最後の一匹を見付けるべく奥に見える通路に入ろうとすると、部屋のいたるところから無数の蛇が現れ、一斉に襲い掛かってきた。

これは一見すると気持ちが悪く、それに数が多過ぎだった。


「セレン!」

「分かったわ! …サガズ・ソウェイル・ウィン・ウルズ・エイワズ!<夜明けを照らす太陽よ、光の力を持ちて彼の者達に死を>『破邪の浄光』」


セレンが右手を天に掲げて魔法を唱えると、洞窟内にいるにもかかわらず強烈な光を放つ玉が出現し、そこから迸る閃光が辺り一帯に広がっている蛇を一掃していく。

その、浄化の光に晒された蛇は成す術も無く灰になっていった。


「あぁっ!! ごめん! 全部灰にしちゃった」

「これは仕方ないだろ? でも助かったよ」


勢いで全てを灰にしてしまい、せっかくの五匹目を逃してしまったと反省するセレンに、あんなに大量に出てきた蛇を加減して攻撃するのは難しいだろう? とカイルがなだめる。


「セレンはもう少し加減を覚えた方が良いと思いますわ。消耗も激しそうですし、長時間の戦闘を想定するのであれば、魔法力の温存は必須ですわよ?」


そう言って差し出す手には蛇が一匹捕まれていた。

どうやら、あの混雑の中で1匹確保していたらしい。

さすがはセシルだ。


「ありがとう、セシル。おかげで依頼達成だよ」


つい、セシルの頭に手が伸びてしまい、そのまま撫でてしまった。

「ほぅ」と息を吐いて嬉しそうに目を細めるセシルに、カイルも思わず微笑んでしまうと、となりでセレンがうなだれていた。


「ねぇ、いちゃつくのは城に帰ってからにしてくれる? そろそろ外に出たいんだけどさ」


そして、さっき転がしていった蛇も引きずって、何とか地上への出口にたどり着くと、辺りはすっかり暗くなっていた。

洞窟の入り口のところには心配そうな顔をした御者が待っており、カイル達の顔を見てホッと安心したように息を吐いた。


さすがに、馬車とは言え暗闇の中を走らせるのは大変なので、今夜はここで野宿する事に決めた。

野宿に慣れた冒険者が御者を務めてくれたので、いろいろと準備を手伝ってくれたのはありがたい。

夕食はカイルが作り、御者も入れて4人で食事にした。

その後は洞窟から持ち帰った蛇を保管するために結界を張り、明日に備えて早めに休む事にした。


その深夜。


「カイル、ねぇ、起きて」

「う… ん? セレンか、 …どうした? トイレか?」


カイルは、いつも通り体を休めながら火の番をしていると、セレンに呼び掛けられた。

こんな夜中に珍しいと思い、思い付いた事を素直に口にしてみたら、顔を赤くしたセレンに頭を叩かれた。


「ち、違うわよ! …それよりも、何も感じないの? 囲まれてるわよ? ここ」


一瞬にして眠気が覚める。

ちょっと深めに索敵すると… 確かに囲まれているし、数も多くじわじわと攻め込んで来ている。

カイルの索敵にかからないと言う事は、普通の敵じゃないのだろう。


「セレン、馬車と御者を物理防御で守ってやってくれ。俺はセシルを起こす」

「分かったわ」


セレンが御者を起こして状況を説明した後に、物理防御を張って馬車と御者、蛇5匹とカイル達の荷物を防御していると、セシルがまだ眠そうな顔で起きてきた。


「…夜襲ですの?」

「正体不明の集団だ。数は少なくとも十人以上で距離はすぐ近く、既に包囲されていて、相手はおそらく人間だ」


必要な情報だけを端的に伝える。

守るべきものは物理防御をしてあるから、そっちはそんなに気にしなくても良いだろう。

ならば、敵の姿を確認してから対処した方が良いかも知れない。

その間に、カイルとセシルは風と雷を纏うと、魔法剣を発動して戦闘に備える。


程なくして、音も無く黒い服を纏った影のようなものが、カイル達を囲むように現れた。

人数は視界にいるだけで十二人。

良く見るといつもの影ではなく、顔を隠しているだけの人間のようだ。

全員が軽装で両手に短刀を装備しているところからして、接近戦で戦うタイプだろう。


「襲撃の理由くらいは聞かせてくれるんだろうな?」


無言でじりじりと近付いてくる連中は、態度で分かるように、答える気はなさそうだ。


「この類は聞くだけ無駄だと思いますわ」

「同感だわ。この際だから、礼儀と言うものを教えてあげた方が良いわよ?」

「そうだな。おい、お前ら! それ以上近付いたら攻撃するぞ。これは警告だ」


黒衣装の集団はカイルの警告も聞かずに近付いてきた。

その瞬間、カイルとセシルの姿が消える。

セシルが正面の数人を斬るべく雷となり、カイルは右手の数人を相手に疾風の如く吹き荒れる。

セレンは残った広範囲を光の矢で攻撃すると、この一瞬にしてほとんどの黒衣装がその場に崩れ落ち、または吹き飛ばされた。

そして、その中の一人をカイルが取り押さえて地面に組み伏した。


「異様に弱いな。怪しい気もするが…」


自殺されないように口に詰め物をして、カイルが周りを見渡す。

セシルが警戒し、セレンが結界の中に倒した黒衣装の死体を入れている。


「っ!!」


捕らえていた黒衣装が崩れ落ちると、その首からは血がどくどくと流れていた。

やられた黒衣装を特にカイルが守っていたわけではないが、自分たちのすぐ近くにいたはずなのに、誰にも気付かれずに首を斬られた言う事実に三人が戦慄する。


急いで索敵をしても何も引っ掛からない。

すると、ふとカイルは違和感を感じ、その方向を見た瞬間、何かと目が合った。

そして、そこには濁った目をした黒衣装がもう一人いて、短刀を構えてカイルに斬りかかろうとしていたところだった。

カイルが条件反射で黒衣装を横薙ぎに斬り付けるが、短刀で受け止められて金属音が高鳴り、戦闘に気付いたセシルとセレンが攻撃に参戦する。


「ウィン・ユル!<光の弓よ>『光破弓』」


セレンが黒衣装に手をかざし光の矢を幾つも打ち込むが、途中で掻き消えてしまう。

魔法防御と言うよりは、魔力を霧散させたような感じだ。

それに、カイルが魔法剣で応戦しても、黒衣装の短剣はビクともしない。

普通の短刀では無いのだろうが、今はそんなことを気にしている余裕は無く、黒衣装に反撃されないようにするためにも、効果は無いが攻撃をし続けるしかない。


すると、黒衣装がすごい勢いで横に吹き飛ばされた。

見ると、セシルが高速移動による両足蹴りを食らわせたようで、蹴り飛ばされた黒衣装はゴロゴロとすごい勢いで転がると、木にぶつかって動きを止める。

続いて、その瞬間を逃さないようにと、風と化して追走したカイルによって再び蹴り飛ばされる。

そして、再び木にぶつかって動きを止めた黒衣装が、セシルによって容赦なく蹴り飛ばされて向かい側の木に激突し、その場に崩れ落ちた。

さすがに三度も蹴り飛ばされて、木にぶつけられるとダメージも大きいようで、その場に崩れ落ちたまま動かなくなった。

だが、これで終わりでは無い。


「カノ・ティール・アンスール・カノ・ウルズ・ナウシズ・エイワズ!<炎を司る軍神よ、我が言葉を聞け、炎の力をもって、我が敵を束縛し、死を授けよ>『炎の棺』」


動かなくなっても信用していないセレンによって、最後は炎の檻に閉じ込められた。

未だにピクリとも動かないと言うことは、もしかしたら気を失っているかも知れない。

だが、不用意に近付くのは危険であるため、このまま放置することにした。


「コイツは一体何なの? 私の光の矢を無効化させたわよ?」

「魔法剣にも耐えるような短剣を持ってるくらいだ。結構な組織のヤツだと思うぞ?」

「せっかく生け捕りにしたのですから、このままギルドに連れて行った方がいいと思いますわ」


まだ、黒衣装は檻の中で横たわったまま動かない。

なのに、セレンの檻に閉じ込められているにも関わらず、カイルは不安感がまだ取れず、それどころか逆に緊張感が高まっていく。

そして、それは一瞬の出来事だった。

やはり、誰も気付かないタイミングで黒衣装が懐に手を入れたかと思うと、何かをセシルに向かって投げ付けた。

黒衣装が懐から手を抜いたところを目撃したカイルが、すぐにセシルを守るために前へ立つのは当然の動きだった。

その直後、カイルの左胸の防具が無いところに、黒衣装の投擲したナイフが突き刺さった。

カイルはその場で膝を付きながらも黒衣装から目を離さない。


「このっ!!」


セレンが檻を発火させ、中にいるものを超高温で焼き尽くすと、しばらくして、檻の中には灰しか残ってなかった。

それを見て、やっと場の空気が元に戻り、カイルが大きなため息を吐いた。


幸いなことに、カイルに刺さったナイフは急所を外れていたのと、毒などが塗られていなかったため、セシルの治癒魔法で傷を治してもう事ができたが、これが即効性の毒が塗られていたらと思うとゾッとする。


「油断でも慢心でもなく、純粋にアイツの動きに反応し切れなかった。そう言う意味でも、俺はまだまだなんだな」

「でも、私たちは前に比べて、格段に強くなっていますわ。そんなに悲観しなくても良いと思いますの」

「そうだよ。全てに対応できるような万能者だったら、私たちの出る幕が無いじゃん。チームなんだし、皆で補っていこうよ」


二人に宥められ、気分は晴れなかったが、気持ちとしては楽になった。

それからは寝直すこともできず、日の出と共に馬車にいろいろと乗せてギルドへと戻る。

ギルドに到着し、受付でニーアムを呼んでもらうとすぐに奥から出てきてくれ、朝から掲示板の前で混雑している冒険者の間をすり抜けるようにして、カイル達に声をかける。


「おぉ、無事戻ったか。 …何だ? 随分とひどい顔をしてるじゃないか? 何があったんだ?」


そしてカイル達は洞窟での出来事をニーアムに語り出した。

まず、行方不明の冒険者はまだ発見できておらず、先に依頼を優先させるために洞窟の詳しい捜索はしていない事。

次に、洞窟内の蛇は特殊な攻撃をしてくる固体がいた事、サイズが巨大で実際に戦ってみても冒険者ランクDでは厳しいと感じた事。

最後に、洞窟の外で野宿をしていたときに、変な黒衣装の連中に絡まれた事。

そして、そいつらは特殊装備をしていた事と、そいつ等の死体を持ち帰ったから確認して欲しい事を伝えた。


「やっぱりお前らを遣わして正解だったな。過程はどうであれ、結果は最適だ。依頼を達成して、未知の敵の遺体を確保した。これ以上は無いだろ? それと、行方不明の件はこっちでやっとくから心配しないでくれ。依頼を受けた冒険者も覚悟くらいはしてるだろうからな。だが、手遅れになる前に捜索隊を出すとするよ」


そう言うと、カイル達が確保してきたものを一緒に検分する。

始めに蛇だが、包みを開いたニーアムが驚いていた。


「あぁ… 確かにこれは冒険者ランクDには厳しいだろうな。だが、先月も同じような依頼があったんだが、その時のサイズはどれも剣の柄ぐらいの太さだったぞ? それがたった一月でこんなにでかいサイズになるのか?」


カイル達の遭遇した蛇はどれも大型で、剣の柄レベルなんて一匹もいなかったのは確認している。

魔物が急速に巨大化している、と言う事だろうか。


「で、コイツ等が未確認の黒衣装というヤツか。 …コイツ等は始めて見るな。装備品も知らないものばかりだ。オーダーメイドだとしても表に出てくるような奴が作るような代物じゃないだろうな。 …お? アーティストサインがあるぞ」

「アーティストサイン? 何それ、聞いたこと無いよ?」


ニーアムの話では、アーティストとは職人を指す言葉らしく、芸術家や音楽家などもアーティストに分類されるようで、ニーアムが見つけたのは黒衣装の装備品を作った職人のサインだそうだ。

サインを入れるほどの代物であるならば、いろんな意味でも自信作なのだろう


「じゃあ、その人を探せば今回の黒衣装にたどり着くのかな?」

「そんなに簡単なもんじゃないが、答えの近くには辿り着くだろう。だが、この件はギルドに任せておけ、答えを見つけたら教えてやる。それは約束しよう。それと、お前らにはこれだ」


ニーアムから紙を渡される。

内容を確認すると、ベークライト王国の冒険者ギルドの資料室への入室許可証だった。

しかもカイルたち三人限定で、入室許可証には無期限と記されており、いつでも入れるようだった。


「へぇ、本当に許可してくれるんだ」

「当然だろ? 俺の頼みを聞いてくれたんだ。これくらいのサービスはするさ。それと受付に寄ってってくれ、報酬を用意してあるからな」


ニーアムはにやりと笑うと、軽く手を上げて奥へと戻って行った。

早速、カイル達が受付に行くと、テーブルの上に袋が乗せられる。

セレンが中身を確認すると、中から金貨が三枚出てきた。


「カイル? 金貨が三枚入ってたわよ?」


セレンが金貨を一枚摘まんでカイルに渡す。

今回の依頼の報酬は金貨二枚だったはずなのに、それが三枚あるって事は… 

間違いではないと思うが、確認だけはすることにした。

受付にそのことを話すと、特別ボーナスとして金貨一枚が追加されたとのことだった。


「なかなかやるじゃない、ここのギルド長。見直したわ」


ギルドを出てから食事を取った後、屋台の串物を食べながら、城への帰り道を歩くセレンが嬉しそうに特別ボーナスの話をしている。


「まぁ、滅多にあることじゃないし、今回の仕事にちょうど釣り合う金額だと思うぞ?」

「そうですわね。ギルドの資料室にも入れるようになりましたし、早速今日から行かれますの?」


ギルドの資料室がどれほどのものか分からないが、今日は行く気になれないのが正直なところだ。

なにせ、夜中ずっと戦ってたんだ、今日くらいはゆっくりしたい。


「いや、今日は戻ってゆっくり休もう。夜中戦ってたから体も心も休めるべきだよ」

「賛成ですわ。良いですこと? セレン。今日は大人しくいるのですよ?」

「はーい。んじゃあ、セシルもちゃんと休むのよ? いちゃいちゃもダメだからね?」


休みにする事に賛成したセシルが、カイルの腕に抱き付いてくる。

それを見たセレンが釘を刺してきて、そこから女性二人の言い合いが始まった。


早くハークロムの思惑を止めなくちゃいけないのは分かるが、心を休める事も必要だろう。

そう、自分に言い訳して、今日は休む事に決めた。

城に帰り、陛下に報告した後、それぞれの部屋に戻る。


「あぁ、お風呂に入りたいですわ」

「それは賛成だ」


着替えもそこそこに二人でお風呂に入り、今回の冒険の疲れを取る。

そして湯船に二人並んで入り、長い時間話をしながら自分達の時間を満喫した後は、二人仲良くベッドに入り睡眠をとる。

そしてよほど疲れていたからか、すぐに寝息をたて始めた。

さぁ、明日はギルドの資料室に行こう。

そう思って、カイルも眠りにつくのであった。


その時、セレンはマギーに今回の内容を伝えていた事を、仲良く寄り添い眠りについている二人は知る由もなかった。

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