第29話 いろいろと実験してみる
いろいろと実験してみる
朝食後、翌日に控えたフェライト王国への旅に必要な準備をするため、カイル達の部屋にはセレンの姿もあった。
いつも通りにバックパックとショルダーバッグ二個の中身を全部取り出して、一つずつ確認していく。
とは言え、先日の旅ではカイルの実家に滞在していたので消耗品の類は使っておらず、補充しなければいけないのは食材くらいだった。
「明日、出発前に港で食材を買い込んで行こう。それ以外に何か欲しいものは無いかな?」
「私は特にありませんわ」
「うん、そうね。私も大丈夫だと思うわ」
「よし、じゃあ次は行程の確認だけど…」
まず、フェライト王国へ行く方法だが、海によって他の国と隔離されたようになっているため、船でしか行く事はできない。
しかも、海洋国家だけあって、海賊船も多いと聞いている。
船は、港を持つ国であればどこからでも出港でき、当然ベークライト港からも行く事ができる。
航路としては潮の流れもあり、フェライト港まで五日は掛かるらしい。
つまり、船で移動している五日間は何もできずに暇を持て余すわけだが、往復で十日程度と言ったところだろう。
次に、セレンの故郷へ行く方法としては、近隣の村までは定期的に乗り合い馬車が出ているらしく、馬車で近隣の村までが片道四日くらいかかるみたいで、そこからは徒歩で山に入り、幾つかの山を越えていく。
そこで片道三日くらいだと言っていたから、往復での移動日は十四日程度となる。
そして、村に到着してからはセレンの指示に従うことになるのだが、実際に行ってみない事には判断ができないらしいし、もしかしたら仕事と引き換えに、と言う条件が出るかも知れない。
そう考えると滞在期間は不明確だが、余裕を持って五日くらいかかると見積もれば、ベークライト王国からの往復と、現地での作業を入れると合計で二十九日となる。
あくまで大枠だが、約1ヶ月も「ベークライト城には戻って来れない」と言う事実を目の当たりにすると、国王も随分と寂しい期間が続くのだろうと、想像することができる。
だが、ここで立ち止まる訳にもいかないため、国王が寂しさを紛らすためにセシルを弄るのであれば、それは必要な代償だと受け入れなければいけないのだ。
「カイル。私に対して、お父様からの弄りを仕方無いから我慢してやってくれ、みたいな視線を送るのは止めていただけません?」
どうやらセシルがカイルの視線に気付いたらしく、カイルの思っていることがそのまま伝わってしまったようだ。
付き合いもこれくらい長いと、考えも読み取れるようになるのだろうか。
「カイルの場合は顔に出るのよ。今の表情なら私にも理解できるわ」
セレンが、やれやれと言った感じでカイルを見ている。
これからは、顔に出ないように気を付けなければいけないと思いつつ、装備の確認と行程のチェックを終えた。
そして、明日からの戦いに備えて、以後は自由時間となった。
セレンは二人に挨拶すると「さて、勉強でもしようかなー」と言い、本を二冊持ってギルドへと向かって行った。
カイルとセシルはいつも通り、城の訓練場へと向かう。
野外に設けられている城の訓練場は、かなりの広さがあるため、多くの兵士がここで訓練を行う事ができ、今も二~三人のグループが幾つか戦闘訓練をしていた。
そんな中で、一際周りの注目を集めている場所があった。
それは訓練場のやや端のところで、カイルとセシルが互いに木刀を持ち、鋭く、そして速く、木刀を打ち付け合う音が絶え間なく響き、セシルの使う独特の剣術と、カイルの我流剣術が激しくぶつかり合っている。
さすがに魔法剣や高速移動は使わないが、二人ともかなりの速度で戦闘を行っているため、周りの目を引いてしまうのだ。
それに、二人の力はほぼ拮抗しており、ほぼ全力で打ち合っているにも関わらず、まるで舞台の台本に沿った演出のように、お互いの剣を紙一重でかわし、打ち付けていく。
既に観客と化した多くの兵士は、自国の姫君の織り成す剣技に、つい見惚れてしまっていた。
そして、この模擬戦は、最終的にセシルがカイルの木刀をへし折って勝負がついた。
「ふぅ、私の勝ちですわね。これで通算十五勝十五敗ですわ」
「ああ、負けたよ。本当に日を追う毎に強くなってるんだな」
最後はお互いに握手をして模擬戦を終了する。
すると、二人を囲うようにできていた人の壁から拍手と歓声が鳴り響き、ベークライト王国騎士団団長のホルエルが歩み寄ってきた。
「いや、良い戦いを見せてもらったよ。カイル殿も姫様もお強い。我々でも勝利することは難しいでしょうな。お二人とも実によい剣技で、兵士たちも大いに勉強になりましょう」
「ホルエルさん。セシルの剣技はともかく、俺のは我流だから、何の参考にもなりませんよ?」
ホルエルの話を聞いた兵士たちも笑顔で頷いているが、カイルは両親に叩き込まれた剣技しか知らないため、自身の振るう剣が正統なものなのか分からない。
それなのに、このような評価を貰っても良いのだろうかと思っていると、セシルが小首を傾げて不思議そうな顔をする。
「カイルのご両親は高名な冒険者ですのよ? その両親の剣を受け継いでいるのに、何を言っていますの? 実戦形式と言うのであれば、これ以上の参考は無いと思うのですが」
「そうか? 正々堂々の戦いじゃあ勝てないし、相手の弱点を攻める事が前提だし、使えるものは何でも使うと言う戦い方は、あまり人様に見せるものじゃ無いと思ってたよ」
いまいち、見せるための剣技と戦うための剣技の違いが分かり辛い。
カイルの場合、実戦形式でしか訓練をしたことが無く、型なんてものも当然知らない。
素振りはするものの、攻撃の構えなども全てが自己流だ。
極力、動作を少なくすることで、いかに動きやすくスムーズに次の動作に移れるか、少ない攻撃の手数で相手を倒すことができるかを目指してきた結果の自己流なのだった。
「ふふ、カイル殿。それが戦いと言うものであり、試合ではないのだ。我々も平時は試合だが、戦場に出れば様々な命を守るための戦いをする事になる。だから戦う力の方が戦力としては重要なのだよ」
「そうですわ。事実、私達は実戦の方が多いけれども、まだ生きてますもの。十分に通用している証拠に他なりませんわ」
カイルはホルエルとセシルの話を聞き、自身の振るう剣の意味を改めて知ったような気がした。
「そうですね。戦う理由がある以上、必ず勝たなければいけません。だから、俺達もみんなと一緒に戦いますよ」
「ああ、よろしく頼む。ところで、カイル殿に姫様。もし、よろしければ兵士たちに稽古をつけてやってくれませんか? もちろん、お二人の都合が優先されますが、若干の平和ボケしている兵士たちを叩きのめしてくれて構いませんよ?」
突然の申し出に、カイルとセシルはお互いに顔を見合わせて頷くと、ホルエルに向かい微笑み返す。
「俺達にできる事なら、喜んでお手伝いさせていただきます。でも、こう言うのは初めての事なので、上手くいくかは分かりませんよ?」
「ああ、それで構わない。兵士たちも喜ぶ事だろうし、二人に稽古をつけてもらえるのなら、今後の戦闘へのフィードバックもされることを考慮して、多少のケガも彼らの勲章としてくれて構いませんな」
ホルエルとの話を終え、カイルが周りを見ると、すっかりやる気になっている兵士たちに囲まれていた。
セシルも同じように多くの兵士に囲まれているが、どちらかと言えば、セシルに痛めつけて欲しいような顔をしているのが多いような気がした。
そして、カイルとセシルを相手とした実戦形式の稽古が始まると、まずは基本となる一対一の対戦を行い、一本取られたら負けと言うルールに設定した。
仮に、カイルに負けても、セシルとは対戦できるため、兵士にしてみれば二人と戦う事できるのだから、経験としては良い機会となったに違いない。
それから約一時間ほど経過すると、カイルの周りには横たわる兵士で埋め尽くされていた。当然、セシルのところも同じように、横たわる兵士で埋め尽くされているが、その表情は恍惚としており、どうやら、セシルに打ちのめされるのが嬉しかったようだ。
こうして、カイルとセシルは稽古を終えると、ホルエルと握手を交わし、部屋へと戻っていく。
予想外の稽古をしたことで、いつもよりも大量に汗を掻いてしまったため、装備を外し、お風呂場へと向かう。
お互いに背中を流し、並んで湯船に浸かっていると、セシルがカイルの肩に頭を乗せてくる。
「いよいよ明日からが勝負ですわ」
「そうだな。これがうまく行けば、やっとハークロムとまともに戦うことができるようになる。だから、前向きに考えていこう」
「希望の光だけはまだ自由に使うことができませんが、何かきっかけさえあれば、すぐだと思いますの。これが片付けば、やっと貴方と平和に暮らすことができるようになりますのね」
「ああ、そうだ。そのためにも一緒に頑張ろう」
「はい。全ては貴方の仰せのままに…」
カイルがセシルを抱き寄せると、セシルが顔を上げて目を閉じる。カイルも目を閉じると、二人が平和に暮らす未来のために、勝利する誓いの口づけを交わすのだった。
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カイルとセシルが兵士たちと訓練を行う一時間ほど前。
ベークライト王国のギルド資料室で、セレンは一人で古代ルーン魔法の本を読んでいた。
現在、セレンの手元には3冊の本がある。
一冊はカイルの母、マリアからもらったもので、古代ルーン魔法の基礎的な内容と、魔法に使うシンボルとその意味合いが書いてある。
もう一冊がベークライト国王からもらったもので、古代ルーン魔法を竜族がアレンジした内容が書いてあり、シンボルの意味合いも若干だが表現を変えてあった。
そして、ここベークライト王国のギルド資料室にあった古代ルーン魔法の歴史が書かれた一冊の本。
セレンは、古代ルーン魔法の歴史と基礎を学び、使用するシンボルの意味合いを竜族のアレンジしたものと組み合わせる。
そして、その内容を理解することで、魔法自体の威力を上げる事ができている。
この三冊の本のおかげで、セレンの魔法に対する能力は跳ね上がり、もはやカイルとセシルに後れを取らないくらいまで強くなっている。
(ただ、唯一の問題点は、スタミナ切れが早い事だよねぇ…)
この小さな体では保有できる魔法力も少なく、周りから魔法力を取り込む奇跡が施されているローブを着ていても大きな違いは無かった。
ならば、何とかして保有する魔法力を増やせないだろうか?
セレンが目を閉じて考え始める。
うーーん、と唸りながら考えること十数分。
パンッと手を叩き、セレンが勢いよく立ち上がる。
「そうか! その手があったわ!! よし、早速城に戻って実験してみましょう!!」
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お風呂から上がり、スッキリしているカイルとセシルの前に、腕を組んで鼻息を荒くしたセレンが立っている。
「どうしたんだ? そんなに鼻息を荒くして、何かあったのか?」
「セレン。あまり興奮するのは体に良くありませんわ」
「興奮してるのはセシルでしょ? 私は、二人がお風呂でいちゃいちゃしてる間、ギルドの資料室で勉強してたのよ。で、思いついた事があるから、ちょっと私に付き合って欲しいの」
唐突に告げられ、良いも悪いも聞かれないまま腕を掴まれると、そのままセレンに連れられて、カイル達は再び訓練場へと向かうのだった。
「で? セレン。俺達に何をさせるつもりなんだ?」
「今度は何を思いついたんですの?」
「まぁまぁ、ちょっと意見を聞きたいと思ったから、これからすることを見ていて欲しいのよ。まず、説明なんだけど…」
そう言ってセレンが話し始めた内容とは、魔法力を集めて具現化させ、魔法を行使する際にはそこから魔法力を調達して使う、と言うものだった。
カイルとセシルは話の内容は理解したものの、イメージができずに困っていた。
「あ、困らなくて良いのよ? ただ、私がやることを見てて、意見を貰えれば良いの」
そして、セレンは目を閉じると、辺りにある魔法力を集め出した。
セレンの好みなんだろうか、集められている魔法力は淡いピンク色をしていて、セレンの体に纏わり付くように集まって何かを形作り始めた。
それにしても、集めた魔法力を具現化させるという時点で、既に人間離れしているように思えるし、こんな事は誰も思い付かないだろう。
セレンの発想力には毎度の事ながら驚かされる。
カイルとしては殺気を具現化させる事に覚えはあるが、それには集約と定着と放出の切り分けができないとうまく行かない。
それを自身のイメージに合わせて作る事が難し過ぎるのだ。
それを難なくこなすセレンには驚かされるが、それ以上に気になるのがその色だった。
それは、誰が見ても即答できるほど分かりやすい、淡いピンク色の鎧となった。
額当て、胸当て、肩当て、腕当て、ドレスのようなスカート、ブーツ。
その全てが淡いピンク色でちょっと気持ち悪くなりそうだ。
「セレンの言ったことは十分に理解したし、アイディアとしては画期的だと思うんだが… その色じゃないとダメなのか?」
「さすがに、全身その色では変に誤解されそうですわ。戦場では逆に目立って浮いてしまいますわよ?」
「だーかーらー! 今はイメージだって言ってるでしょ!? あんたらに見せるために、わざとこんな色にしてるの!! 見るとこが違うのよ!!」
セレンに怒られた。
気を取り直し、色以外でセレンの作り出した鎧を見ると、魔法力を実体化させて作ったものらしく、鎧のイメージが正しく反映されているようで、ちゃんと硬く、鎧としても正常に機能しているようだ。
そして、実験と言う事でセレンが古代ルーン魔法を使い、訓練場の端にある大木をへし折ると、淡いピンクの鎧の一部が欠けて、鎧の下に着ていたローブが薄っすらと見えるようになった。
何度か魔法を使うと、胸当ての部分が光の粒子を撒き散らすように消失する。
だが、何だろう。
とてもいやらしいものを見ているような気分になる。
「なるほど。魔法力を集めて具現化するって、こう言う事を言うのな?」
「これ、魔法を使うたびに無くなっていきますの?」
「そう。見せかけの鎧みたいなものなんだけど? どうかな?」
「いや、どう? って言われても、これはダメだ。魔法を使うたびに鎧が無くなっていんだろ? いくら見せかけだとしても、身に着けている物が無くなっていくのはダメだ。防具としての意味を成さないだろ? それに、だんだんと防具が消えていったら、周りの奴らが気になって戦闘に集中できなくなるじゃないか」
実際に、戦闘が行われている最中に、装備品が消えていったら防具としての意味が無い。
それに、戦闘中に防具が消えていくってことは、アンダーウェアが丸見えになる。
そんな状況でまともな戦闘ができるはずも無いだろう。
少なくとも、セシルには付けさせたくない。
いろいろと言いたいところだが、セレンもある程度は理解しているだろうから、答えを聞いてから方向性を決めることにした。
「まぁ、イメージだから何でもいいのよ。ただ、身のまわりと言った時に思い付いたのが鎧だったのね。逆に聞きたいんだけど、他に何かあるかしら?」
セレンが、人差し指で顎を支えるような仕草で考え始めたが、こうなると長くなりそうだ。
「セレンなのですから、翼とか角とか尻尾とかを生やしてみたらどうですの? 似合うと思いますわ。そして、魔法力が少なくなるたびに色を薄くしていけばいいと思いますの」
「あー、それいいかもね。じゃあ、早速やってみるわ」
「どれっ!」と掛け声をかけて、セレンが自分の背に翼を付けてみる。
イメージは天使のような鳥の翼にしたはずなのだが、実際に出来上がったのは悪魔風の蝙蝠みたいな黒い翼だった。
自分のイメージとは違ったものができてしまい、不満気に頬を膨らませている。
「あれー、どうしてこんな翼になっちゃうかなー」
「お、セレンらしい翼じゃないか。色も良いし、良く似合ってるぞ?」
「何よ! 私が黒いとでも言うの? こんなにも純真な乙女を捕まえて!」
「ぷっ、うふふ。な、何を今更な事を… ふふっ、言ってますの? セレン、貴女はもっと… うふふふ、ま、真っ黒ですわよ? ふ、うふふ… あはははははっ!!」
「セシル、笑いながら答えるなんてひどーい、しかも最後は素で笑ってるじゃないの!」
そして、何度かチャレンジして、蝙蝠みたいな翼は鳥の翼の形にはなったのだが、色だけは真っ黒のままだった。
「うふふふ。あー、可笑しい。セレン、やっぱり貴女は黒いのですわ。もう認めなさい」
「ぐぬぬぬ…」
セシルが涙を浮かべながら笑い、セレンが悔しがる。
この光景はしばらく続いたが、改善されることは無かった。
そして、この訓練場は使える時間も限られているため、仕方なくそのままの姿で実験を継続することにする。
セレンが魔法力をそこから取出し、標的に向かい古代ルーン魔法を幾つか使ってみると、セレン自体の魔法力はそのままで、翼の色が薄くなった。
どうやら、色はともかく、結果に対しては満足のいく内容みたいだったので、カイルとセシルに実験についての意見を聞いてみた。
「セレン、その翼はすぐにできるのか? 実用性を考えたら、一瞬かそれくらいの短時間で展開できないと、戦闘では使えないかも知れないぞ? あー… でも、俺達がその間の時間稼ぎをしても良いのか?」
実際に敵と遭遇し、戦闘が開始された直後のことを考える。
運用としては良いアイディアだし、結果としては申し分無いと言えるのだが、展開までの時間については今後の検討課題になるだろう。
迎え撃つのならともかく、襲撃された場合は攻撃開始までの時間が長くなると不利になってしまう。
だが、その間はカイルたちがサポートできれば、現状としては問題ないだろう。
「カイル、それでは単独での戦闘には使えない、と言う事になりますわ」
「そうだな。迎撃なら問題は無いだろうが、襲撃や奇襲では戦闘開始にかける時間が長いと不利になる。それらを想定して、展開速度を向上させるのが次の課題か?」
「そうよね。カイル達みたいに一瞬で展開できないと使い物にならないわよね。 …うん、ありがとう! そういう意見が欲しかったんだ。もう少し何か考えてみるね」
セレンがカイル達に手を振って、訓練場から走り去って行った。
「黒い翼を生やしたまま戻って行ったけど、あれで良いって事かな?」
「セレンですもの。たぶんですが、実用の段階では、もっと艶のある黒になると思いますわよ?」
セレンの背中を見送りながら、カイルとセシルは戦場で黒い翼を優雅に広げ、攻撃魔法を繰り出しているセレンの姿を想像し、「ああ、似合ってるな」と納得するのだった。
それから、カイルとセシルも自分達の部屋へと戻って来たのだが、カイルがソファーに座ったまま、何かを考えているように集中していた。
セシルが気になってカイルに寄り掛かると、微笑んで肩を抱いてくれたのだが…
いつもよりも、反応が薄いような気がする。
カイルと一緒に暮らすようになってからまだ二ヶ月程度だが、四六時中一緒にいるため、薄っぺらな関係とは言えず、むしろ濃密な関係だとセシルは自負している。
だからこそ、この微妙な変化にも気付くことができるのだが、どちらかと言えば、今のカイルは心ここにあらずと言う感じがした。
カイルが考え事をするのはよくあることなのだが、セシルへの反応がここまで薄いのはとても珍しく、さすがにこれだけ薄い反応をされると、セシルも段々と寂しくなってくる。
「ねぇ、カイル。どうしちゃったんですの? 私、ちょっと寂しくなってますのよ?」
やや悲しく響いたセシルの声色に、カイルが即座に反応して、すぐにセシルの方に向き直ると、優しく抱きしめる。
「ああ、すまない。さっきのセレンの実験を見ててさ、何か閃きそうだったんだけど、それでセシルを悲しませるのは間違いだよな。本当にゴメンよ」
カイルの耳元辺りで「ほぅ」と息が吐かれ、セシルが抱き返してくる。
その抱きしめる腕に込められる力は、まるで絶対に離すまいと思わせるように段々と強くなる。
「…カイル。私はもう、貴方無しでは生きていけませんの。それほどまでに、私は貴方に依存してしまっていますわ。 …呆れるかもしれませんが、貴方が隣にいないだけでも不安に駆られて落ち着きませんの。 …本当に面倒くさい女になってしまいましたわ」
まさか、カイルからの反応が薄いと言うだけで、自分がこんなにも落ち込むとは思ってもみなかったのだろう。
情けなさと悔しさが混じる声色でセシルが吐露する。
もちろん、カイルもそのことは十分に理解しているし、むしろそれでも良いとさえ思っているのだが、カイルの感覚がズレているのかは分からない。
だが、カイルにしてみれば面倒な事では無いのだ。
だから、カイルもセシルを抱きしめる力を強め、自分の想いを伝えるように語り掛ける。
「俺は、面倒だなんて思ったことは一度も無いぞ? むしろ、心地良ささえ覚えている。俺の感覚がズレてるのか分からないけど、セシルに依存されるのは大歓迎だ。俺たちはお互いに支え合っているから、どちらかがいなくなると、その支えが無くなってしまう。だから、不安に狩られてしまうんだよ」
お互いに命を助け合ったのだから、依存し合っていても不思議ではなく、むしろ普通のことだとカイルは思っている。
だからこそ、どちらかが欠けてしまうと無性に不安に狩られてしまい、取り乱してしまうのだ。
無論、カイルだってセシルがいなくなったら冷静さを保てる自信が無いと分かっているため、今のセシルの気持ちは痛いほどに共感できる。
そして、セシルもまたカイルの気持ちが良く分かるため、カイルの言葉に込められた思いが痛いほどに伝わってくる。
カイルの肩に顔を埋めていたセシルから嗚咽が聞こえると、セシルが泣き止むまで、カイルはずっとセシルを優しく抱きしめ、背中を撫でていた。
「ぐすっ 見苦しいところをお見せしました」
鼻の頭を赤くして、セシルが恥ずかしそうに謝る。
「良いじゃないか。もう国王からは公認された夫婦なんだ。言いたい事があれば言って欲しいと思うのは俺だけじゃないだろ?」
「そうですわね。ふふっ、カイル。ありがとう。おかげで落ち着きましたわ。 …ところで、何を考えてましたの? よろしければ、私も一緒に考えますわよ?」
やっといつものセシルに戻ると、カイルが考えていた事について聞いてくる。
カイルも何を考えていたのか順を追って、セシルへと自分の考えていたことを話した。
「…私達も、ですの?」
「そう。俺達もだ」
「念のために、理由を聞いてもよろしいですの?」
「構わないよ。むしろ、言うべきだろうな。セシルの気にしている理由だけど…」
今回、セシルに伝えたカイルの考えていた事、それは「セレンと同じように俺達も魔法力を具現化させて身に纏った方が良い」と言った内容だ。
セシルの気にしている理由だが、これまでの戦闘の中には、閉鎖された空間など、魔法力そのものが少ないため、カイル達の得意とする高速移動ができない環境もそれなりに多かった。
ならば、魔法力をある程度溜めておき、それを使って風や雷を作れば屋内でも高速移動が可能になると考えたのだ。
「カイルの言いたい事は理解しましたわ。そこで確認なのですが、私達も黒い翼にしますの?」
「それは無いだろ? 黒い翼はセレン専用だと思ってるんだ。魔法力を具現化させるのは慣れないと難しいけど、形造るイメージだけは作っておいた方が良いと思ったんだよ。だから、俺達は何が良いかを考えてたんだ」
「分かりましたわ。 …セレンの時は思い付きで意見できましたが、いざ自分がするとなると、思い切った形にすることが難しいですわ」
セシルも難しい顔をして考え込んでしまったが、確かにそうだろう。
セレンの時は自分の事ではないため、結構好き勝手言っていたようにも思えるのだが、いざ自分が身に纏うとなるとちゃんと考えたい。
だからカイルは考え事をしていたのだ。
二人揃って頭を悩ませていると、部屋の扉がノックされた。
「カイル様、姫様。マギーでございますぅ。皆さま宛のお手紙をお届けに上がりましたぁ」
「マギー、入りなさい」
「失礼致しますぅ。 …では、こちらになりますねぇ」
「ありがとう、マギーさん」
カイルはマギーから手紙を受け取り、差出人の名前を確認すると、セシルが寄ってきてカイルの手元に目を向ける
「どなたからですの? 私達宛と言ってましたが…」
「レオニムさんからだよ」
「レオニム… あぁ、アルマイト王国の執事の方ですわね。では、セレンのところに行きましょうか」
この手紙の宛先はカイル、セシル、セレンの三人宛てだ。
当然、セレンにも見せる必要があるだろうから、セシルと一緒にセレンの部屋へと向い、扉をノックすると、中からセレンの声が聞こえてきた。
「はーい。どうぞー」
二人は遠慮なく部屋へと入ると、そこには机に向かい、本を読みながら紙にペンを走らせているセレンの姿があった。
いつになく真面目な顔をして机に向かっている姿だけを見ると、中身がセシルと同じ十七歳と言われても違和感はなかった。
…背中から生えている艶のある黒い翼を除けば、だけど。
「セレン、貴女はいつまで翼を生やしていますの? …しかも、前よりも艶が出てますわよ?」
「また、何かの実験中なのか?」
「まぁ、似たようなものね。今は何もしない状態での消耗の度合いを検証しているの。ちなみに、あれから二時間くらい経ってるかしら?」
「二時間経ってもそんなに艶々してるのか…」
つまり、訓練場で生やした翼が未だに残っていることになるのだが、魔法力を霧散させずに定着させ、維持し続けるのは非常に難しい。
原理としては、魔法剣と同じで闘気を纏わせた武器に魔法をかけるのだが、その魔法を維持し続けるのは困難で、慣れるまでにはそれ相当の時間が必要だ。
なのに、セレンは考えついてすぐに実行したのに、未だに継続し続けている。
しかも、本を読みながらメモを取ったりしているところを見ると、意識も分割しているのだろう。
その魔法力のコントロールのセンスには毎回驚かされる。
「セレンが黒い理由が分かるような気がしますわ」
「セシル。それ酷くない? …で、二人揃って何しに来たのよ。まさか、私を笑いに来たわけじゃないでしょ?」
カイルはセレンにアルマイト王国から手紙が届いた事を告げると、封を切って中身を取り出す。
三人は部屋のソファに腰掛けると、セシルが代表して手紙を読み始めた。
『その節は、我が陛下の悪戯にお付き合いいただきました事、心よりお礼申し上げます』
随分と固い書き出しから始まったが、それ以降は普通の文面になり、中身はファルクロム遺跡の調査報告になっていた。
手紙の中で、あの遺跡はある神が人間だった時に、実際に使われていた場所で、その人物が神格化した際に、一緒に遺跡として奉られるようになったらしい。
どんな神が奉られているかはまでは記録に無かったが、「仕える神」と言う言葉があった。
「仕える神? …何それ? 神なのに何かに仕えてるって事?」
「もしくは、誰かに使える方々が、その仕える神を崇めているのかも知れませんわ」
「まさかな… ハークロムが着てるのは執事服だろ? なら、誰かに… と言うよりは、他の神に仕えてると言った考え方もあるか?」
セシルとセレンの顔が強張るのは、それがあり得ない話ではないからだ。
その辺はハークロムに直接聞いてみないと分からないと思うが、今回の旅で成果が出ればハークロムとも会話できるくらいの余裕ができるかも知れない。
そういう意味でも、今回の旅は非常に重要な位置付けになるだろう。
セレンの眼にも決意が現れていた。
その日の夕食は、国王が英気を養うようにと気を利かせてくれて、いつもよりも豪勢な料理が並び、みんなで楽しい時間を過ごしていた。
「さて、いよいよ明日からそなた達はフェライト王国へと旅立つ事になる。そこでの成果次第で我々の問題も一気に解決するのだ。これまでの長い旅路の果てに待つのはそなた達の明るい未来だ。私も朗報を待つが、まずは無事にこの城へと帰って来ることを約束してくれ」
「分かりました。必ず無事に皆でここに帰り、良い報告をさせていただく事を約束します」
その後、セレンは部屋で明日の荷物を整理していた。
今回はちょっと長旅になるだろう。
いつもよりも多めに服などを準備し、最後に古代ルーン魔法の本を自分のショルダーバッグに詰め込むと、ベッドの上に寝転んだ。
「いよいよ明日、出発だわ。 …絶対にやり遂げてみせる」
天井に向けて自分の拳を突き出し、セレンは自身に言い聞かせた。
故郷への帰還は、セレンにとって最大の冒険となるかも知れない。
しかも、これがみんなの未来に繋がっているなら、絶対に失敗はできない。
(…大丈夫。私ならやれる。大丈夫…)
セレンの想いは決まっている。
だから後ろじゃなく、前を向きひたすら進むだけだ。
そして、いつの間にかセレンは目を閉じて、深い眠りにつくのだった。
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