第30話 どこにいても厄介毎に巻き込まれる

どこにいても厄介毎に巻き込まれる



翌朝。

セレンが朝目覚めると、薄暗い部屋の中にカーテンの隙間から日差しが差し込み、一筋の光の道を作っていた。

その光は、部屋の入口のところに立て掛けてある杖に当たり、キラキラとまばゆい輝きを放っている。

ちょうど杖を立て掛けた位置に、たまたまカーテンの隙間ができていて、そこから日差しが差し込んできたと言う偶然が重なったことで、朝から美しい光景を見ることができたセレンは、自然と笑顔になる。


「うん! 今日も良い事がありそうな感じがする。うふふ、幸先が良いって、こう言うことを言うのよね」


セレンは着替えを済ませると、カイルとセシルの部屋へと向かう。

着くなり、ノックもせずに勢いよく扉を開け放つが、これは既にお約束のようなものだ。だから、満面の笑顔で元気に挨拶をする。


「ヤッホー! 今朝も良い天気だよー! おはようのキスはお済ですかぁ? …って、あれ? …いない」


と、ベッドを見るが、その上に二人の姿は無かった。

だが、メイキングもされた様子も無く、シーツの乱れ具合からしても、さっきまでそこにいたと思わせる状態のままだ。

セレンが不思議にそうに辺りを見回していると、バスルームのドアが開き、中から頭と胸にタオルを巻いたセシルと、バスタオルを肩に掛けた上半身裸のカイルが仲良く出てきた。


「お? セレン、今朝はやけに早いな。さすがに出発日だから早く目が覚めたのか?」

「おやおや、朝から二人でお風呂ですかぁ? 一体、何を洗い流してたのよ」

「セレン。貴女が何を言ってるのかは大体の見当がつきますが、私達は今日からしばらくは部屋のお風呂に入れませんのよ? だから、出発前にお風呂を満喫していたのですわ」

「えー、それなら私も入ってこようかなー」


セシルが言うように、今日からしばらくは部屋のお風呂のように、ゆったりと入れる事は無いだろう。

二人の気持ち良さそうな顔を見ていると、セレンも無性にお風呂に入りたくなってきた。


「うん、やっぱり私もお風呂に入ってくるわ。先に食堂に行ってても良いわよ」

「いいえ、ちゃんと待ってますから、ゆっくり入っても構いませんわよ」


セシルに「ありがとう」と伝え、セレンは自分の部屋へと戻って行った。

それから、お風呂上りのセレンを伴って国王と食事をした後、冒険者スタイルに着替え、準備しておいた荷物を持ってベークライト城を後にした。

セレンがやけにホクホクした顔なのは、出発前に国王へ挨拶に言った時、いつものようにお小遣いをもらったからだろう。

相変わらず、セレンだけは今でも出発前に必ずお小遣いをもらっている。


カイル達は毎月、国からの予算として活動の費用を定額で渡されているが、あまりにも多過ぎて半分以上をセシルが貯蓄に回しているのだが、こんな潤沢な懐事情にもかかわらず、カイル達は贅沢をすることなく極めて質素に振舞っている。

カイル自体、もともとそのような生活だったし、セシルも国民に寄り添う派なので、贅沢は城の中だけと決めている。

セレンに至ってはカイルと同じだが、お小遣いをもらえるのは素直に嬉しいらしく、城を出てからずっと満面の笑顔だ。


そうこうしている内に、ベークライト港に到着すると、セシルが辺りを見渡して、ちょっとだけ険しい顔をする。


「どうした? セシル。何かあったのか?」

「え…? あ、いえ、何でもありませんわ。 …ただ」

「今日はやけに港に人が多くて、多くの視線を感じるのよね」


そのことは、カイルも気にはしていたが、特に敵意は無さそうなので放置していた。

だが、女性陣は周りからの監視されるような視線と、いつも以上に港が混雑しているのが気になっているようなのだが、この船に乗らなければフェライト王国には行けないため、チケットを買いながら様子を探ってみる。


「フェライト王国行きのチケットを三人分。部屋は三人一緒なら大きさは問わないけど、できればツインのベッドにしてくれると助かる。 …それと、随分と賑わっているようだけど、これは?」

「ええ、どこの国の方か分かりませんが、どうやらお忍びの旅の途中のようですね。多くの冒険者がお供として雇われているようですよ? …では、こちらがチケットになります」

「ああ、ありがとう。 …それにしてもお忍びねぇ… 面倒ごとだけは遠慮して欲しいな」


そう言いながら視線を船の甲板へと続く通路に移すと、貴族服を着た五人組が目に入る。

金髪の青年を中心に、前には剣を携えた男二人、後ろには杖を持つ女が二人だ。

カイルは多少の違和感を感じ取りながらもチケットを受け取り、軽く手を上げて礼をするとセシルとセレンの元へと戻った。


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カイル達の出発日から二日前。


ベークライト王国ギルド内にあるギルド長の執務室では、ニーアムと貴族服に身を包んだ二名の男性が、長テーブルを挟んでソファーに座っていた。

相手が貴族と言う事で、ギルド長の執務室で対応していたのだが、どうやらギルドへ依頼に来たようだ。

そして、その内容にニーアムは頭を悩ませていた。


「フェライト王国までの護衛任務ですか」

「そうです。我々としては冒険者ランクAのみで固めたいと考えてます。それに…」


この男性の話した内容とは、オーステナイト王国の皇太子がお忍びで各国を回っている。目的は彼らにも伝えられてはいないが、訪問先の城には顔を出さず、城下町とその周辺を探索しているらしい。

特に力を入れて何かをしているようには見えないので、どうも遊びだと思われるのだが、一国の皇太子が目的も明かさずに動き回っているので、それなりの護衛が必要であり、口の堅い者と腕の立つ者が数名、各国で必要となっている。

自国の騎士を冒険者風に仕立て上げて、数名を護衛として付けているが、これでもまだ足りないため、こちらのギルドでも協力をいただきたい。

と言う内容だった。


オーステナイト王国の皇太子が勝手に動き回ることは、各国においても穏やかな話ではない。

何かとキナ臭い話の多い国の事だから、何かの視察だと勘ぐる者も出てくるだろう。

それに、いくらお忍びとは言え、各国のギルドに立ち寄って護衛の任務を依頼してくるということは、少なからず情報は漏れていると思った方がいい。

パーティーのリーダーが口が堅いとしても、メンバー全員がそれに当てはまるものではないのだ。

事実、それが原因で、重大な依頼に失敗した事だって過去には幾つかある。

だからこそ、情報は正しく取り扱わなければならない。

ニーアムも、定期的に各冒険者達へ冊子を渡し、情報の取扱いについて注意を促しているくらいなのだが、なかなかうまくは伝わっていないのが現状だ。

だから、今回も同じように情報は漏れてしまうのだろうと見積もっていた。


その場合、城下町にいる分には問題無いと思うが、一旦町の外に出てしまえば状況的に不利になるだろう。

特に気を付けなければいけないのは、海路での海賊との遭遇だ。

城下町を抜けた野外での盗賊などは、護衛対象が無事ならば何とかできるのだが、海の場合は船も守らなければいけない。

なぜなら、船を沈められた時点で命を落としてしまうし、運良く救命艇で脱出できたとしても、海上で闇雲に動くことは遭難することを意味してしまうため、救援が到着するまで何とか命を繋げなくてはいけない。

そのため、海上での事故は命を失うケースの方が多いのだ。


だから、海路での護衛任務と言うところが、ニーアムを悩ませていた。

護衛対象を守りつつ、海賊を退け船を守る。

これだけでも最低二チーム必要だが、情報が漏れていた場合を想定すると、襲撃される危険性もある。

そう考えると、チームは多いほど安全だから、可能な限りは多くのチームを入れたい。

相手の様子から見ると金銭的なものは全く問題無いだろうから、問題はどのチームを送り込むかと言うところだろう。

多過ぎれば情報が洩れてしまう、統率も取れにくくなる。

しかも出発は二日後に迫っており、それまでの間に準備しなければいけない。


ニーアムの本心としては、条件が多くて時間も足りない事だから、何とか穏便に辞退したいところなのだが、相手が相手だけに断ることができない。


(ならば、私の信頼できるパーティーに声を掛けるしかないか…)


「分かりました。その条件でパーティーの選考に入ります。 …ただ、お願いがあって、ランクAと言う縛りですが、できればランク問わずにしていただきたいのです」


ニーアムが条件の変更を申し立てると、当然ながら貴族服の二人は理由を求める。

いつ発生するか分からないトラブルや襲撃など、いろんな想定をした場合、それを回避できるのはランクAが妥当だろうと、オーステナイト王国のギルドは結論付けた。

それを無しにしたいと言われたのであれば、理由を聞くのは当然のことだろう。

しかし、ニーアムの考えは別のところにある。


実際、ニーアムの信頼できる冒険者を出したいと思った時、幾つか当てはまるチームの中の最有力候補は、実力はランクA以上にもかかわらず、ギルドの仕事をしていないために、いつまでもランクDの冒険者のチームがあるのだ。

ニーアムとしては、依頼を確実に達成させるために、ぜひこのパーティーを入れたいと考えていた。

ただ、普通の冒険者ではない上、頻繁にギルドを訪れない事から、連絡を取る事が非常に難しいのだ。

だから、貴族服の二人への説明はこう締め括る。


「冒険者ランクと実力は必ずしも一致しませんし、彼らは私が最も信頼するチームの一つなのです」


ニーアムの自信に満ちた表情で、迷い無く言い切られると二人は頷くしかない。

最終的に、依頼に就かせるチームはランクAの冒険者を4チームと、カイルのチームを入れておいた。

ただし、カイルのチームについては未確定だが、連絡が付けば必ず入れる事を約束した。


「後は、これが彼らにとって必然であれば、絶対に合流できるだろう」


ニーアムは窓の外を向いて呟くと、今回の依頼について選抜したチームへのコンタクトを開始した。



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カイル達は船に乗り込むと、早速手配した部屋へと向かった。

船はいつもと同じようなものなので、部屋のレイアウトもあまり変わらないが、狭いながらもお風呂があるのは助かる。

部屋に荷物を置くと、セレンがテーブルで紅茶の準備をしていた。

フェライト王国までは五日かかるため、まずはリラックスする事にしたのだ。


「今回は、そのお忍びと言うのもあるためか、冒険者と護衛の数が多過ぎて、甲板での模擬戦ができませんわ。全く、その王族とやらも自前の船を用意すれば、こんな混雑など起きませんのに。自己中心的な貴族ほど、民を蔑ろにしがちですわね」


セシルが紅茶を一口飲み、ティーカップから唇を離して残念そうに言うが、後半からはそのお忍びでやって来たと思われる王族とやらの批判が始まった。


今回は、ニーアムが送り込んだ冒険者ランクAのチームが四つ入っており、これだけで二十人くらいになるのだが、その他に元々の護衛が二十人くらいいる。

彼らは護衛と言うが武装はしておらず、商人や旅人の装いをしているのだが、身に付いた騎士としての立ち回りは消すことができないようで、見る人が見れば一発で分かる。

なので、今回の船旅においては、事情を知らないカイル達以外は、関係者で固められているような形になる。

もっとも、カイル達もまさか自分達がニーアムによって、メンバー入りさせられている事など、まだ知らされていなかった。


「えー… そうなの? じゃあ、物凄く長い五日間になりそうね」

「その事だけど、この海域は別名「海賊通り」って呼ばれるくらい、海賊が多いらしいぞ?」

「ですが、仮に遭遇したとしても私たちの出番はありませんわ。そのための護衛やら冒険者ですもの。彼らの好きにさせておけばいいのですわ。あんなにたくさんいるんですもの、これで私たちに応援を要請してくるようでしたら、指をさして笑ってやりますわ」


セレンはテーブルに突っ伏して考える。

カイルの言うように、暇つぶしと言う意味では、海賊が出るのは大いにありがたい。

だが、セシルの言う出番が無い、という事も頷ける。

カイル達に船長が応援依頼をするとなると、今の護衛達が使えなくなったか、手が足りなくなるくらいの敵が出てきた時ぐらいだろう。

とは言え、数十人の護衛がいるのだから、カイルたちの出番など無いに等しい。


「はぁー… なら、私はひたすら勉強をしてるしかないかなぁー。幸い、本もあるしね」

「セレンはまだやることがあるから良いですわ。ですが、私達は何もありませんのよ?」

「何よ、二人はこの部屋でずっといちゃいちゃしてればいいじゃない。そうしたら、五日間なんてあっという間でしょ? 心配しなくても、私は外に出てるから安心して」

「そうですわね。では、セレン。早速ですが、今すぐ部屋から出てもらえますか?」

「早過ぎるのよ!! お茶くらい飲ませなさい!! って、まだ脱ぐなーーーっ!!!」


最近は、セシルの冗談もかなり上達してきて、今もセレンに言いながら、シャツのボタンを外し始めていた。

セレンも冗談だと知りつつも反応してしまう。

二人のやり取りを見るたびに、カイルは嬉しくなり、思わず笑い出してしまうのだった。


それにしても、これは本気で悩む案件だ。

甲板で模擬船などができない以上、部屋に閉じ篭っているしかないのだが、それで五日は本当に長いだろう。

カイルが椅子の背もたれに体重を預けていると、部屋のドアをノックされる。

セレンがドアを開けると、そこには冒険者が立っていた。


「えーと、どなた様?」

「これは失礼しました。私はベークライト王国ギルド所属の冒険者です。こちらは冒険者カイル殿の宿泊する部屋で間違いないか?」

「そーだけど? ご用件は?」

「これをカイル殿に渡して欲しい。ギルドから預かってきたものだ。確かに渡したぞ?」


カイル達の部屋を訪れた冒険者はそう言うと、セレンに手紙を渡して部屋を後にした。

セレンが手紙の差出人を見ると、ニーアムの名前が書いてあった。

それを見ただけで、何かイヤな感じがした。


「カイル。これ、ニーアムさんからの手紙だってさ。何かさー、怪しくない?」

「ニーアムさん? 何だろ? 確かに怪しいよな」

「あまり、と言うか、まったく良い感じがしませんわ。タイミングが良過ぎですもの」


女性陣が当然のように声を上げるが、言われてみればそうだろう。

カイルは今回の旅の話をニーアムにはしていない。

可能性があるとすれば、毎日のようにベークライト王国のギルドに行ってたセレンから、何か話を聞いたのかも知れない。

そうだとしても、カイル達がこの船に乗ることは知らなかったはずなのに、こうして手紙を用意しているという事は、とりあえず名前は入れておいたが、来なくても仕方ない。

でも、いたならよろしく頼むと言ったところか。


カイルは手紙を開いて中身を確認する。

内容としては、今回のオーステナイト王国の皇太子がお忍びで旅を行うに当たり、ベークライト王国からフェライト王国までの道中を護衛する一団に参加して欲しい。

カイル達はニーアムからの特別推薦で、当日に来れなくても問題は無いが、偶然にも居合わせる事があれば、その時はよろしく頼む。

そして、もう少しギルドにも顔を出して、冒険者ランクを上げてもらうと非常に助かる。と、綴られていた。


「随分と都合の良い依頼ですのね。拒否権は無し、と言う事ですわよ?」

「この手紙を持ってきた冒険者も、いい感じはしなかったわ」

「まぁねぇ… 大方、ニーアムさんの特別推薦ってのが引っ掛かってるんだろ? なにせ、俺達は表に出る実績がほとんど無いからな」

「それに、まだ冒険者としてのランクは最低のDのままですわ」


ニーアムが、この手紙を先ほどの冒険者に渡した時に、カイルたちのことをどう説明したのかは分からないが、ギルドで調べればカイルたちの情報はある程度分かるだろう。

伏せてあることとしては、セシルがベークライト王国の王女だと言うことぐらいで、それ以外の冒険者ランクやこれまでの依頼内容などは公開されている。

ギルド長直々に、冒険者ランクが最低のカイルたちを今回の依頼にねじ込んだとなると、想定されるのはカイルたちがニーアムのお気に入りだから、となるだろう。

今回の依頼はお忍びの貴族を護衛する内容だから、褒賞金も多額になるだろうし、自分たちの実績も積むことができる。

何よりも、選抜メンバーに選ばれることは、冒険者にとってこれ以上に無い実績となる。


「うわー… そりゃあ、さっき冒険者もあんな態度に出るわ。悪い言い方をすれば、私たちはニーアムさんのお気に入りだって思われちゃってるんだもんね」


この依頼を受けなければ、今後のカイルたちの信頼に関わるのでは? と、セシルが懸念していたが、ニーアムに限ってそんなことは無いだろうと、カイルがささやかながらフォローを入れる。

とは言え、他の冒険者からしてみれば、滅多にギルドにも顔を出さず、実績もほとんど無い冒険者が、ニーアムに気に入られているのが不満なのだろう。

事情をある程度知っている者であれば、カイルがベークライト城を後ろ盾にしていると思っているのかも知れない。

いずれにしても、カイルたちの実力を知らない冒険者にとっては、今回のカイル達への扱いは不当なものでしかないのだ。


「おそらくは、ニーアムさんも相当困ってたんだろうな。いつ顔を出すかも分からない俺達を指名するくらいだ」

「では、五日間の暇潰しができたかも知れない、と思ってよろしいのでしょうか?」

「他の冒険者の心情としては、私達にはでしゃばるな、って言いたいんだろうね」

「じゃあ、一応は筋を通すためにも、他の冒険者のみなさんへ挨拶にでも行きますかねぇ」


カイルが腰を上げると、セシルとセレンもそれに続く。

今回、依頼に参加している冒険者達はランクも上位であることから、セシルがベークライト城のお姫様だと言う事を当然知っている者も少なく無いだろう。

カイルとしては、セシルが周りから違う目で見られるのがイヤだったが、ニーアムの紹介を受けた以上、ベークライト王国のギルドに所属する冒険者達には、挨拶をしなければいけない。

それも、チームメンバーを連れて、顔合わせもしなければいけないのだ。

女性陣に気付かれないよう、小さくため息を吐いたカイルは、二人を伴って甲板へと足を運ぶのだった。


カイル達が甲板に出ると、四つのチームの冒険者たちはそれぞれに動き回りながら、周りを確認をしているところだった。

早速、近場の冒険者に声を掛けてリーダーに挨拶をする。

当然ながらセシルを見て一歩引き、挨拶を述べてセシルがそれに応じる。

次に、セレンを見て驚きの顔をしてカイルを睨む。

自国の姫様を連れ回すだけじゃなく、こんな小さな子供まで戦場に出すのか? みたいに責めている表情だが、カイルはそれらを一切無視して挨拶を済ませる。

なにせ、セレンの説明がとても難しい上に、言えない事があり過ぎるからだ。


こんなやり取りを四チーム分行い、精神的に疲れ果てたカイルが、セシルとセレンに励まされて甲板から船内に戻ろうとした時、船首の方からざわめきが聞こえてきた。


「あら? 何やら騒がしいですわね」

「海賊でしょ? この場合」

「俺達には関係なさそうだけど、ここで知らない振りでもしたら、立場がもっと悪くなりそうだし、ニーアムさんにも迷惑をかけちゃうからなぁ。気乗りしないけど、一応見てみるか?」


カイル達はなるべく周りの邪魔にならないように、ざわついている船首へと足を向けると、そこは既に人だかりができており、カイル達からは何も見れないような状態になっていた。

周りにいる冒険者達から漏れてくる言葉を拾うと、どうやら相手は大型船が一艘で、こちらの船とある程度の距離を取りながら並走している。

甲板には何人か出ており、魔法では無く弓を使って、何射かこちらに矢を射っている。

こちらは特に反撃はせず、状況を見守っている。

と言うような感じだ。


そして、しばらくすると相手の船が段々と距離を取り始めた。

どうやらこのまま離脱するらしい。

だが、他の冒険者達も護衛の人達も、何もせずにそのまま見送るようだ。

その事に、カイルが思わず声を上げてしまう。


「あの船をそのまま帰すつもりなのか?」


カイルが周りの冒険者に対して責めるような口調で問いかける。

普段、カイルは誰かを責めるようなことはしないのだが、今回は違う。

普通ではない守るべき対象者がいるのだ。

危険性を孕むものは排除すべきだと感じているために、このような口調になってしまった。


「今の向こうの攻撃を見ただろう? こちらには被害は無いし、そもそも向こうの船に乗り込む手段が無いんだ。なら、第二波の想定をして準備するしか無いんだよ」

「あの船を撃沈しても消耗するだけだから、まとめて叩いた方が効率が良いと思うんだ」

「君らは冒険者ランクAじゃないんだろう? やり方が違うんだ。黙っててくれないか?」


想像通りなのだが、軒並みカイルの意見が否定されているため、勝手な事ができないカイルは、これ以上の追及を諦めることにした。


「そうですね。私達はランクAでは無いので、攻撃については皆さんにお任せします。余計な事を言ってしまった事について謝罪しますし、邪魔な私達は下に戻る事にしましょう」


カイルは一礼をすると、他の冒険者たちに背を向ける。

途中、後ろから失笑が聞こえたが、それを無視して船室へと向かう。

部屋への道中、カイルは二人に話しかけることも無く、やや速足で進むと、その後ろをセシルとセレンが神妙な面持ちで付き従う。

そして、部屋の扉を閉めて、カイルが二人に向き直って言った。


「敵は今夜必ず攻めてくる。上の連中も気付いてる奴はいたが、あれは斥候で、俺達の数を数えていた。間違いなく全員を仕留める勢いと物量で攻めてくるだろう。念のために準備した方が良いと思うんだ」


真剣な表情でセシルとセレンに話しかける。

二人としては、カイルが何か考えていたのは知っていたが、まさか海賊退治の準備をするとは思ってもみなかったのだ。


「何? あの冒険者達を助けるの? あんな扱いされたのに? それに、彼らも備えるって言ってたから、別に私達の出番は無いんじゃないの?」

「私はずっとハラハラしてましたわ。また貴方がブチ切れるんじゃないかと思って…」

「セレン。俺は二人が何もされなければ別にバカにされようが、物を投げ付けられようが気にしない。それと、セシル。俺は毎回ブチ切れてないだろ? 過去に一回だけのはずだぞ?」

「でも、一回はブチ切れてるのね…」


その一回と言うのは、マルテンサイト王国の入国審査の時の事だろう。

セシルに手を出そうとした検問官に対して、強烈に脅したのをセシルがまだ覚えていたようだが、それ以来はブチ切れていない。

どちらかと言えばセシルの方がブチ切れているのだが、今はそんな事を言っている場合ではない。


「確かに、あの冒険者達にしてみれば、斥候を倒したところで何の価値もないだろうが、あの斥候はこの船の確認をした。一体どれだけの戦力が押し寄せるて来ると思う? ここには皇太子って言う金づるがいるんだ。向こうは総力戦も辞さない覚悟だろうよ?」

「情報はどこかで必ず漏れる、って事ね。でも、尚更私達は出しゃばらない方が良いんじゃないの? だって、良くも悪くも文句しか言われないんでしょ?」

「言い方は悪いかも知れませんが、ギルドが私たちを特別枠として指名した時点でダメですわね」


とは言え、今更正論を言っても仕方ないし、既に事は進み始めている。

海賊にしてみれば、多少の犠牲を出してでも押えたい人物が乗っているのだ。

自分の持てる戦力全てを投入しても確保したくなるだろう。

最悪の想定は、他の海賊と連携してきた場合で、一気に戦力は跳ね上がるが、戦闘は連携が利かなくなるため、乱戦になる事が想定される。

混乱した戦場から一人の人物を攫う事は簡単だから、それを狙っている事も考えられる。

斥候を送り出してきたくらいだから、この海賊は頭が切れるかもしれない。

それぐらいこちらとしても、慎重になるべきだろう。


本来であれば、斥候の船を見つけた時点で追い掛けて攻撃を仕掛けるべきで、見逃すことなどあってはいけない事だ。

もちろん、追いかけるときは索敵しながら、待ち伏せされていないのを確認する必要はあるだろうが、それくらいしなければいけない案件ではあるはずだ。


「ちなみに、俺なら間違いなくこの船を囮に使う。そして自分は別の船で行くだろうな」

「そして、そのことはギルドには言わない、ってトコかしら?」

「その男は、自分一人のせいで、どれだけの人を巻き込んでいるのか理解していませんのよ。とは言え、そのの人物は間違いなくこの船に乗ってますわ」

「替え玉じゃない事は確かだろう。なら、進んで狙われるつもりなのか? …いや、何かは分からないけど、絶対の自信があるんだろうな」


カイルも、護衛対象の人物がこの船に乗り込むところをしっかりと見ていて、見た目からも替え玉じゃないと分かるほどの気品があった。

どんな理由でお忍びをしてるのか分からないが、中身はとんでもないものなんだろうなと思った。


そして、三人は夜間戦闘に備えて持ち物などの準備をし、軽く食事をしてから仮眠をとった。

夜もだいぶ更けた頃に三人は目を覚まし、装備を整えて甲板に出る。


外は波もそれほど高くなく、むしろ穏やかで風も弱い。

空には大きな月も出ていて、海面を薄く照らしていた。

冒険者の一チームが見張りをしていて、船の四方であくびを噛み殺しながら水平線を見ている。

どう見ても緊張感に欠けているようだ。

カイルは見張りに声を掛ける事も無く、甲板の中央に進むと索敵を開始する。


「随分と広範囲を探りますのね」


セシルが声を潜めて聞いてくる。

本来、月も出ていて波も穏やかな場合は、向かってくる船影も見付けやすいため、夜襲には向かないとされている。

だが、事情が事情だとカイルは睨んでいて、その場合の襲撃方法も両親から教わっている。


「潜水してくるの? ホントに?」

「ああ、賭けても良い。潜るための道具なんていくらでもある。今夜の状況を見れば、大抵は夜襲など仕掛けてこないだろうと考えるはずだ。それに初日って事もあるしな」

「はあ… さすがにあの両親の息子、ってトコね。普通、考え付かないわよ。そんなの」

「つまり、焦らなくても絶好の夜襲日和があるはずだから、こんなに周りが良く見えるような夜には仕掛けてこないだろう、と考えたその裏を突く、と言う事ですの?」


カイルは無言で頷くと、索敵の範囲を徐々に広げていく。

そして、船の四方から静かに泳いでくる魔法力を感じ取った。


「ほら、おいでなすった。数は二十くらいか? …いや、もっと多いな。四方から迫ってきている。セシルも感じ取れるか?」

「…ええ、大丈夫ですわ。 …捕捉しました」

「じゃあ、私は一応周りの冒険者に声を掛けて来るね」


カイルとセシル。

二人が同じものを捕捉したのなら間違いはないだろうと、セレンは見張りの冒険者達に敵が迫っていることを告げる。

最初はバカにしていた冒険者達も、自分たちのやり方で敵を発見したらしく、表情が一変して戦闘態勢に入る。


「他の冒険者達にも声を掛けた方が良いと思う。恐らく、見えないところには船団が待機しているはずだ。そして、斥候の襲撃が始まれば動き出すだろう」

「そうだな。助言に感謝する。おい! 準備するぞ! 急げ!!」


話を聞いた冒険者の一人が、船内へ他の冒険者達に声を掛けに走る。

カイル達は、他の冒険者達の邪魔にならないように注意しながら待機する。

やがて、船内から多くの冒険者が出てきて、甲板は一気に慌ただしくなった。

そして、奇襲を悟られた海賊たちは上空へ向けて合図を送る。

それは、花火と同じように夜の空を駆け上がり、大輪の花を咲かせた。


しばらくして、水平線に無数の灯りが灯る。

それは、水平線が船の灯りでいっぱいになるくらいの物量で、船団が大挙してこちらへと針路を合わせて向かって来ているところだった。

そして、水中からも上陸部隊が迫ってきていた。


フェライト王国へ向かう初日の夜に、海賊の大船団による夜襲がいよいよ始まったのである。

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