第31話 大船団が襲ってくる

大船団が襲ってくる



水平線からは大船団が迫っており、水中からは別働隊が攻めて来ていた。

それから間もなく、水中から迫ってきた海賊たちが船に取り付き、外壁を破壊し始める。


「船に乗り込むわけじゃないのかよ!!」

「船底も破壊しているかも知れない、何とか引きはがせ!!」

「ダメだ! 武器が届かない。なら魔法はどうだ? クソ!! 魔法では船体も破壊してしまう! どうする!?」


船の縁のところで冒険者たちが大声で騒いでいる。

どうやら、海賊は船に乗り込んでくると思っていたらしいのだが、予想に反して海賊たちは船を破壊し始めた。

手に持った斧で船の外壁をどんどんと破壊していく。

大船団で襲撃してくるのなら、この船を包囲する形で攻めて来るだろうし、人質は自分たちの船に乗せればいい。

あとは、追い掛けられないように他の乗組員は皆殺しにして、船も積荷を奪った後で沈めれば良い。

いずれにしても、こちらの戦力は筒抜けになっているのだから、船を取り囲んだ状態で消耗戦を仕掛ければいい。

外への連絡の手段を封じ、戦力差を見せ付けてやれば、バカな英雄気取りでない以上は白旗を揚げるに決まっている。

これなら海賊たちは被害も最小限で済む上、相手を容易に無力化できる。

現時点では大船団が有利な状況だろう。


自分たちの乗る船は破壊作業が始まり、沖合いからは大船団が攻めて来る。

その光景を見て、大慌ての冒険者達はなす術も無く右往左往していた。


「へぇ、冒険者ランクAでも、こんなに混乱するものなのね」

「船が破壊されてますのよ? 普通の人なら慌てて当然ですわ。 …普通の人ならね」

「そっかぁ、じゃあ私達は知らない内にいろいろと慣らされてるのね。カイルに感謝しなくちゃだわ」

「まぁ、海の中じゃあ踏ん張りが利かないから斧にも力は入らない。破壊するにしても、もうしばらくは大丈夫だよ。それよりも、あの船団とこの工作員の距離があり過ぎると思わないか?」


セシルとセレンは揃って首を傾げる。

カイルが言うには、このような工作員は船団との戦闘中に船に乗り込み、かく乱する事で最大の効果を発揮すると言う。

なのに、今は破壊活動に入ってはいるものの、船団が到着するにはまだ時間がかかる。

その気になれば、工作員など一瞬で始末できるのに、この戦い方には何か違和感を感じていた。


「セレン。索敵してみてくれないか? …見るのは空だけどな」

「空? 次は上から来るって事? …どれどれ?」

「そう言えば、夜間戦闘用の黒い気球と言うのを聞いた事がありますわ」


すると、セレンがカイルの袖をクイクイと引き、上を指さして頷く。

どうやら当たりのようだ。


「いいぞ、セレン。数は?」

「んー… 今んとこ二十くらいかなー。でも、まだまだいるみたい」

「では、これも追加情報として冒険者たちに話をしなくてはいけませんわ。リーダーはどこですの?」


セシルが辺りを見渡し、慌ただしく甲板を走る冒険者達のリーダーを見付けると、すぐさま自分のところへと呼び付ける。

自国の姫とは言え、慌しい中をいきなり呼び付けられた事に、多少の苛立ちを隠せない冒険者だったが、セシルからの話を聞き、表情を苛立ちから焦りに変えて走って行った。


「一応、これで上空からの奇襲も防げますわ」

「じゃあ、私達は船内へ続く、この扉を守っていればいいのかな?」

「そうだ。護衛対象者そのものは、自国から連れてきた護衛に守られてるから問題は無いだろう。要は、船内に入れなければ良いってことさ」


甲板を先輩たちに任せることにしたカイルたちは、船内への入り口のところで守りに入る。

そこからだと、他の冒険者達の動きがある程度見えるので、カイルたちはじっくりと戦闘の状況を確認することにした。


未だに、船に取り付いて破壊活動をしている海賊に対して、有効な手段が取れいていない冒険者たちは、水面で爆発を起こしたり風を使って周りの波を高くしたり、時間稼ぎのような事をしている。

これくらいしか思い付かないものか、と呆れていると、後ろから声を掛けられた。


「この中では、君たちが一番冷静なようだね。不躾な質問で申し訳ないが、君らならこの状況をどう打破するのか聞いても良いかい?」


カイルが振り向くと、貴族服に身を包んだ金髪の青年が涼し気な顔をして立っていた。

そして、その後ろには護衛と思われる数人が控えており、金髪緑眼の青年は楽し気に微笑みながら、カイルからの答えを待っていた。


「…そうですね。私たちなら何度か海に雷を落として工作員を一掃します。それと、まもなく上からも襲撃されますが、この時も落雷の方が有効でしょうね。海と空の敵を叩けば、残すは船団のみになりますが、時間がまだあるので、ここへ来るまでには次の備えができます」

「ふぅん。面白い考えだね。良ければ私はここで見てても構わないかな?」

「そちらが良いのであれば、貴方の好きにしていただいて構いませんよ。私たちはまだ動くことはありませんから」

「そうか。邪魔しないようにしているから、こちらは気にしないでくれ」


青年は、カイルの後ろに陣取ると、護衛の一人が椅子を差し出す。

そして、それに腰かけると、眼前で行われている戦闘に興味があるのか、身を乗り出して食い入るように見ていた。


(自分が狙われているのに、随分とのんきなものだ。 ...いや、余裕なのか? いずれにしても彼は要注意だな)


「カイル。そろそろ上からもお客さんが来るわよ」


セレンの言葉で上を見ると、幾つもの黒く丸いものが月明かりに照らされていた。

だが、他の冒険者たちは海面の海賊に気を取られ、上空からの敵に気付いてない。

これでは、せっかくセシルが伝令を走らせたと言うのに、意味が無くなってしまう。


「他は気付いてないようだな。なら仕方ない、上は俺達がもらうとしよう。 …セシル、いいか?」

「貴方の仰せのままに」


セシルが天に向かって掌を向けると、耳をつんざくような轟音が鳴り響き、雷が空を縦横無尽に走り抜け、黒く丸いものが幾つも空から悲鳴と共に落ちてくる。

それは、船から少し離れたところに落ちては大きな水柱を立て、他の冒険者達も何事が起ったのかと、カイルたちの方を向いていた。


そこから立て続けに三つの雷を走らせると、ほとんどの黒く丸いものが落下する。


「おおっ、これは素晴らしいぞ!!」


青年は思わず椅子から立ち上がると、今も無数の雷が走り抜け、黒く丸いものが落下している空を見上げた。


「セレン。どうだ?」

「うん。上は大丈夫みたいよ? 気になるレベルじゃなくなったわ。後は… あの船団が三十分くらいでこっちに来るくらいかな?」

「よし、じゃあどさくさに紛れて下ももらってしまおうか。 …セシル。いいかな?」

「お任せください」


再び、セシルが掌を天にかざすと、未だに縦横無尽に走る雷と共に、カイル達の乗る船の近くにも次々と雷が落ち始める。

すると、辺りから耳を覆いたくなるような、悲鳴と叫び声が聞こえてきた。

セシルの雷に感電したショックから来るもので、これで海に潜んでいた海賊も全滅した。


「すごいな… 海に雷を落として感電死させるとは、その発想は素晴らしい。しかも、船の至近距離に落とす事で、威力も上げているとは… いや、実に見事だ」


青年がセシルの雷に感嘆の声を漏らし、称賛の言葉をかける。


「お褒めに預り光栄ですが、私はカイル… 彼の指示に従ったまでですわ」


セシルは青年に向かい、目を閉じて軽く一礼すると、再び向き直って警戒を続けた。

青年は、セシルの礼儀正しい行動もそうだが、他の冒険者さえも寄せ付けないその強さに惹かれているようだった。


そして、船に取り付いていた海賊も一掃されたため、する事の無くなった冒険者達のリーダーがカイルの元にやってきた。


「君たちの援護に感謝する。おかげで助かった」

「いえ、私達も少しでもお役に立てたのであれば光栄です。もう間も無く船団が来るでしょう。私達は引き続き船内への入り口を警護しておりますので、何かあればお呼び下さい」


カイルが腰を折って返礼すると、冒険者達のリーダーは軽く手を上げてメンバーの元へと戻って行った。


「どう見ても、君たちの方がここの現場対応に相応しいと思うんだけど、どうしてそのような扱いなんだい?」

「今回の依頼につきましては、冒険者ランクで選別されたようなのです。私達はランクDですが、彼らはランクAなのです。私達はベークライト王国のギルド長と面識があり、何度か仕事を請け負った事があるので、その流れでこの依頼にねじ込まれたのでしょう」


カイルはわざと肩を竦めてみせると、青年は可笑しそうに笑った。


「謙遜しなくていい。そのギルド長の判断は正しい。私も事実、冒険者ランクと実際の実力はイコールで繋がらないと思っているのだ。そういう意味では、君たちは良い例なんだろう」


青年は何でもお見通しと言うような目でカイルを見ている。

その目に見られ続けるのは何だか危険な感じがしたので、カイルは向きを変えて甲板を見る。


海賊の船団はすぐ目の前に迫っており、その数は十五隻確認することができた。

海賊はこちらの船の破壊は諦め、こちらに乗り込んでくることにしたようで、縁のところでは数人が武器を構えて待機している。


カイルは状況を確認し、すぐにでも動いた方が良いと判断した。

一気に乗り込まれると何かと厄介だし、その前に終わらせたいと考えていた。

その為には、まず後ろにいる青年に声を掛けた。


「向こうの連中が一気に押し寄せると、守る側が不利になります。私達はその前に向こうの船を沈めてきます。そうすれば、しばらくは大人しくなるでしょう。だから、私達はこの場所から離れる必要がありまが、以降の事は護衛の方にお任せしても?」

「ああ、もちろん構わないよ。私も、危険はなるべく早期解決したい派なんだ。私の事は後ろの連中に任せるよ。それよりも、君たちの攻撃に興味があるから、まだ見させてもらうよ」


カイルは青年に一礼すると、セシルとセレンに向き直る。

そして、お互いに頷き合うと冒険者達のリーダーのところへと向かった。

事情を説明し、向こうの船団へと乗り込むことを話すと、さすがに驚きの声を上げられたが、すぐに理解を示し、カイル達が船団に乗り込むことを了承してくれた


「ギルド長が君らを推薦した理由が分かるような気がするよ。おそらく、俺達とは戦闘の質が違うんだろうな。だから、君らは好きに動いて構わない。むしろ、その方がいいだろう」

「ありがとうございます。じゃあ、俺達は乗り込みますので、この船と護衛対象をお願いします」


冒険者達のリーダーへ一礼すると、セシルとセレンに声を掛ける。


「よし、じゃあ行こう。セシル、セレン。準備は?」

「私はいつでも構いませんわ」

「私も良いわよ」


カイルはセシルをお姫様抱っこすると、セレンが肩に乗ってくる。

そのまま、月の出ている夜空に向かい、風を使って大きく跳躍し、ある程度の高さになった時点で敵船目掛けて疾走し、一番近い敵船の甲板の上に着地した。

甲板上には乗船していた海賊のほとんどが出ていたため、かなりの人数が集まっていた。

そんな中、肩に子供を乗せ、腕には女性をお姫様抱っこした男が突然降り立ったのだから、海賊たちもその光景に驚きを隠しきれていない。


その一瞬の隙をカイル達が見逃すはずも無く、まず初めに動いたのがセレンだった。

カイルの肩から勢いよく飛び出すと、甲板の中央部分に降り立ち、両腕を左右に広げる。

すると、セレンの両方の掌に大きな炎の球が出現し、左右の手を一気に自分の胸の前で合わせると、両手に出現していた大きな炎の玉は四方へと弾け飛び、海賊たちを貫いて船に火を点ける。

セレンの魔法が特別なのか、敵船が古かったのかは分からないが、思ったよりも燃えるのが早かった。

燃え盛る炎に包まれた船の上では、海賊たちが逃げ回り、辺りには無数の悲鳴や怒号が聞こえる。

その甲板の上で、勝ち誇るように胸を張るセレンだったが、やがて船の縁にいるカイルとセシルに顔を向ける。


「ちょっと、セシル。私だけを働かせるつもり? いつまでカイルに抱かれてるのよ」

「ここはセレンだけでも大丈夫だと判断しましたの。私がいても邪魔になるかも知れないなら、下りない方が良いと思いませんか?」

「結果論だが、セレンだけで問題無かったようだな」

「…ふぅ、まぁ良いわ。なんか釈然としないけど、この調子でどんどん行きましょう」


勢いよく燃え続ける船を残し、カイル達は次の船へと移動する。

次はセシルが行くことになったので、降下の途中で降ろしてもらう。

カイルが甲板に降り立つ頃には、既にセシルが一振りの剣を持ち、甲板に仁王立ちになっていた。

この船でも、海賊たちは信じられないものを目の当たりにしたように動けなくなっている。セシルは魔法剣を発動すると最初に船のマストを両断し、そのままの勢いで船を真ん中から両断する。

船を両断するような荒技は、闘気を纏わせる長さを変更すればできるようになるが、結構な鍛錬が必要になる上、纏わせる闘気の量も極端に多くなる。

これが出来るようになれば、魔法剣の長さはいくらでも伸ばすことができるので、今回のように船の両断も容易にできるようになるのだ。


「とても、一国のお姫様の成せる業には見えないわ。あのマストもそうだけど、船を両断するなんて、普通の冒険者は絶対にやらないわよ」

「いや、やらない以前に、やれないだろ?」

「ふぅ… 不謹慎ですが、物足りませんわ」

「ますます、お姫様らしからぬ言動になってきたわよ?」

「セレン。これは、私を退屈にさせる相手に非があるのですわ」

「ねぇ。それって、どんな屁理屈なのよ!?」


魔法剣を解除し、腰の鞘に剣を収めながらセシルがつぶやいた。

そして、カイルに向かって両腕を差し出すと、その腕を取って当然のように優しく抱き上げ、再び空へと飛び上がった。

カイルの肩に乗るセレンが「うわぁ…」って顔をしているが、それはおいておこう。


「カイル。これでは埒があきませんわ。あの木造船を一気に撃沈してはいけませんの?」

「そうだな。俺達は必要最低限の力で戦闘しているし、それぐらいは構わないか?」

「一隻一隻回るのもひと手間だよ? なら、一気に終わらせた方が良くない?」


二人に言われると、確かにここまで慎重にする必要も無いと思った。

それに、別にカイルたちの力を隠す必要もないため、それならば一気に終わらせた方が良いと判断する。

だからセシルにお願いをした。


「よし、じゃあセシル。残りの船は一気に終わらせよう。セレン、海中の処理も頼めるか?」

「分かりましたわ!」

「うん! 木っ端微塵にしちゃうよー」


カイルは空中で静止すると、セシルが両手を広げて空に掲げ、珍しく魔法を唱える。


「来たれ! 裁きの雷よ!! 我らに仇成す彼の者らに、天より振り下ろされる金色の鉄槌となれ!! トールハンマー!!」


先ほどの雷とは比べ物にならないほどの、巨大で激しい雷が幾つも天より降り注ぎ、海賊の船団の数をどんどんと減らしていく。

セレンは器用にカイルの肩に立つと、両腕を広げ静かに目を閉じて集中する。

すると、セレンの周りに無数の真紅の炎の玉が出現し、セレンの合図を待つように辺りを浮遊し始める。


「アンスール・ギューフ・エオロー・マン・アルジス・ティール・カノ・エイワズ!<我が言葉を聞け、愛と友情の元に、我が仲間を守護せよ。戦士の炎よ彼の者に死を!>『爆炎塵』」


この距離では、船にいる冒険者達に魔法の詠唱は聞こえないだろうと判断し、セレンがルーン魔法を放つと、一斉に海面を目掛け、真紅の炎の玉が凄まじい速度で海中に突き刺さり、ある程度潜ったところで大爆発を起こす。

海中をかき回すように連鎖的に起こる爆発に、セシルの雷によって破壊された船が、更に粉砕されていく。

船の沈没からなんとか逃れることができた海賊たちは死に物狂いで泳ぎ、この海域から離脱しようと試みるが、セシルの落雷による感電と、セレンの海中爆発による波のうねりに飲まれ、全員が海の藻屑と化した。


船に残った冒険者達は、船の縁のところでカイル達の戦い方を目の当たりにし、何が起こっているのか理解するのに多大な時間を要した。


「何であんな戦力を持ってるのにランクDのままなんだよ…」

「姫様もあの子供も凄まじいな。 …見た目通りではないと言う事か」

「空に滞空しているのは魔法なのか? 一体、何者なんだ彼らは」


好き放題言っている冒険者たちの後ろから、涼し気な声が聞こえてきた。


「おそらく… 彼らは戦う目的が違うんだよ。だからギルドへの貢献が薄く、ランクも上がらない。だけど、自分たちの目的のためだけに戦いへと身を投じているからこそ、あのような戦い方ができるんだろうね。 …それにしても、あの女性は姫君なのかい?」

「え、ええ。私達の所属するベークライト王国のセシル姫です」

「ふぅん。で、彼と子供は何者?」

「男の名はカイルと言い、チームリーダーです。噂ではセシル姫と婚約したとか… ですが、町への通達にはありませんでした。 …それと、子供の方はセレンと言い、最近あのチームに加入したようですが、それ以上の詳しいところは分かってません」

「そう、ありがとう。参考になったよ」


冒険者へにこやかに礼を言うと、青年は船内へと戻って行った。

その足取りは実にゆっくりとしたものだが、徐々に口角が上がり、何か良からぬことを画策しているような笑みを浮かべていた。


海上では、カイル達の攻撃は続き、順調に海賊船を沈没、破壊していったのだが、一番後ろにいた一隻で足止めを食らう。

それは、セシルの放つ雷を魔法防御で耐えたのだ。

しかも、海中をかき回すような連鎖的爆発にも耐え、他の船とは一線を画しているのが分かった。

カイル達は直接戦闘をすべく、船の甲板へと降り立つが、すぐさま取り囲まれてしまう。しかも、この船は魔法防御に加えて、魔法力が使えないように結界が張られているようで、カイルも魔法剣が発動できずにいた。

つまり、この船の上では高速移動はもちろんの事、魔法も魔法剣も使えないのだ。

それでも余裕そうな表情を崩さないカイルに、海賊のリーダーらしき人物が声を掛ける。


「なかなか派手にやってくれたじゃないか。しかもご丁寧に、わざわざ挨拶にまで来てくれるとはな。 …クソが! なめやがって!」

「いやぁ、向こうで待ってたんだけど、君らが全然来ないから、待ちくたびれてね。帰られても困るから、こっちから出向いて来たんだよ。なのに、歓迎もしてくれないとはな」

「仕方ありませんわ。品が悪そうですもの。この方達に歓迎してもらっても嬉しくありませんわ」

「本当よね。せっかく来たんだからお茶くらい用意しておきなさいよ。気が利かないわね」

「くそ… コイツ等… どこまでもなめやがって…!」


お互いに軽口を交わして睨み合うが、カイル達の余裕な表情に疑問を抱いたようだ。


「随分と余裕そうな顔してるな。魔法が使えないことぐらい知ってるだろうに。女の前で恥を掻きたくないってとこか?」

「攻撃の手段は他にもあるんだ。魔法を封じられたくらいじゃ何も変わらないさ。それよりも帰って寝たいんだ。この船で最後だし、もう終わりにしてもいいか?」


向こうの連中の眉間に刻まれる皺が一層深いものに変わる。

どうやら怒ってるようだが、カイルの「攻撃の手段は他にもある」と言う言葉が、海賊たちの一斉攻撃をためらわせていた。


「なぁ、提案があるんだが…」

「投降すること以外は聞かないぞ」


向こうの目つきが怒りに加えて憎しみも宿るのは当然だろう。

ギルドや国においては海賊、盗賊を許さない。

冒険者はそれらを捕らえれば褒賞金が支払われ、捕まった方はギルド経由で国に引き渡される。

盗賊や海賊行為には常習性があり、多少の罰では再発するため、今では終身刑となっていて、殺されなくても死ぬまでの強制労働が待っているのだ。


それを何とか回避するための交渉を行いたいところだが、カイルは聞く耳を持たない。

ならば、と言う事で海賊のリーダーは口角を吊り上げる。


「仕方無いな。なら情報だ。これを聞けば、いくらお前でも…」

「必要無い」


興味無さげに話を打ち切るのは、この手の話は必ずと言っていいほど、今回の情報元の話しかない。

カイルにしてみれば、余計な情報をよこされても困るのだ。


「な、何!? いらないだと!?」

「当たり前だ! どうせこの襲撃についての裏の話をするんだろう? もしくは誘拐劇の真犯人ってところか? いや、自分たちのバックにいるヤツの事かも知れないな。どうだ? ここまで出されたら、もうネタ切れだろ? 他に何かあるのか?」


カイルが腰の剣を抜き、海賊のリーダーへと斬りかかろうとした時、側面から何かが凄い速さで近付いて来るのが見えた。

視線を横にずらすと、貴族服を着た二人が剣を構えてカイル達に突進してくるところだった。

カイルはもちろん、セシルもセレンも気付くのが遅れたため、回避では無く剣を受けることにする。


「セシル! セレンを頼む! 魔法を封じられたら、ただの可愛らしい子供でしかない!」

「むー! カイルも私を子ども扱いするなー! でも、本当の事だから助かる!」

「セレン! 私の後ろにいてください!」


突然戦闘に乱入してきた二人の貴族服の男達の攻撃を受けながら、カイルは二人がやってきたその先を見る。

すると、船の縁に手を掛けて一人の青年が姿を現した。

更にその後ろには、今攻撃してきた二人と同じような貴族服を着た女性が二人いる。


全員で五人。

つまり、ベークライト港で乗り込んだ人数と同じであることから、あの青年を含む五人がギルドからの依頼対象で、この状況を見ても彼らが襲撃者の雇い主なのだろう。

そして、カイル達を攻撃している2人は、動きこそそれなりに早いが、他は全然ダメだ。


「セシル! 一旦体制を整えよう。状況を整理したい」


カイルは攻撃を受けながら、セシルへと簡単な指示を飛ばす。

それを無言で頷くと、セシルは前傾姿勢となり、一気に攻め上げて貴族服の男の攻撃を弾くと、隙のできた腹部へと強力な一撃を入れる。

その場で膝を突いた貴族服の男の側頭部を蹴り飛ばすと、そのまま沈黙させた。


カイルも受けから攻撃に転じ、片手剣を振るいながら空いた手で貴族服の男の胸倉をつかむと、勢いよく引き寄せて剣の柄を側頭部に叩き込む。

そして、激しい痛みに貴族服の男の注意が反れたのを見計らい、反対側の側頭部を蹴り飛ばした。


二人を無力化したカイルとセシルは、事の真相を聞き出すために青年へと向き直る。

三人と対峙した青年は、逃げる素振りなど見せず面白そうに微笑むと、ゆっくりとカイル達のところに向けて歩き出すのだった。


この謎の金髪緑眼の青年は、何を考えているか分からない。

しかも、カイルたちと敵対していることを知られても気にしていないようだ。


(一番厄介な相手だ。この手のヤツが一番やりにくい)


だが、こちらが攻撃してこないと分かるのだろう。

余裕の表情は変わらない。

だから、カイルも対話に応じる事にした。


大船団との戦闘は粗方終わったが、まだ仕上げが残っているようだ。

カイルは溜息をつくと、金髪の青年と向かい合った。


仕掛け人との対話が、今始まろうとしていた。

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