第32話 危うく操られそうになる

危うく操られそうになる



カイルたちと青年の距離は、魔法の使えないこの状況でも、一瞬で間合いを詰めて攻撃することのできる距離だ。

だが、目の前の青年からは見た目以外の何かを感じており、下手をすれば手加減できずにそのまま斬り殺してしまうかも知れない。

そんな感じがしている。

だから、カイルたちは動けずにいるのだが、それを知ってか知らずか余裕な表情を崩すことなく、青年はカイルたちに両腕を広げてみせる。


「見事だよ。ここまでやられたのは初めてだ。 …で、これから君達は私をどうするつもりだい?」

「別に、この船を沈めて、貴方を向こうの船に戻す。それだけだ」


カイルは青年に対して何もしないと言う。

さすがの青年もこの答には驚いたようで、緑眼を丸くしている。

今回、青年のしたことは海賊行為そのものだ。

自分を人質にして身代金を要求し、それを受け取ったら、山分けする振りをして共謀者を排除し、自分に疑いの目をかけた者は全て始末する。

乗り込んできた人員が少数なところからしても、それしか考えられない。

カイルが疑問に思っている事と言えば、その身代金で何をしようとしているか、だ。

恐らくだが、これまでも両手の指でも足りないくらい、同様の事を繰り返してきたのだろうと思えるほどに、青年の手際は見事だった。

いや、逆に良過ぎたからこそ、カイルが気付いたのかも知れない。


「私には何も罰は無いのかい? 一応、この事件の首謀者なんだよ?」

「ギルドからの依頼は貴方の護衛だ。そして、今貴方は本来乗っているべき船と違う船にいる。だから元の船へ連れ戻す。それだけです。そして、海賊は討伐するのもギルドの仕事ですが、誘拐事件の解決は今回の依頼には無いのです。 …それに」

「それに?」

「仮に貴方を捕まえたところで、効果は無いでしょう。どうせ、すぐに解放されるのでしょうから」


青年は、「よくできました」と言わんばかりの笑顔を作り、海賊たちは討伐の言葉に表情を硬くする。

やがて、先ほど打ちのめされた貴族服の男達が意識を取り戻すと、頭を振りながら青年の元へと向かう。

未だに微笑みを崩さない青年を先頭に、険しい顔をした護衛が四人、青年の後ろに控えている。


「何か、聞きたいような顔をしているね。今回の褒美として、その質問には答えよう。遠慮なく聞くと良い」


青年は、何も隠すつもりは無いと言わんばかりの笑顔だ。

本当に、カイルに邪魔された事が素直に嬉しいのだろう。

ならば、とカイルも言われた通り、遠慮なく質問を投げ掛けた。


「では、ありがたくその褒美をいただきましょう。私からの質問は、今回の騒動で得るはずだった巨額の身代金で、何をするご予定でした?」


青年の眉がピクリと動いたのを、カイルは見逃さなかった。

恐らく、ここまで読まれているとは思わなかったのだろう。

だが、カイルとて両親の教育の成果が出ただけなのだが、改めて自分の両親の冒険者として培ってきた経験の深さを思い知らされた。

未だに笑顔を崩さない青年は、カイルの質問に答えるまでに少しの時間を要したが、やがて小さく息を吐いて口を開いた。


「さすがだね。そこまで見通していたのかい。 …良いだろう、約束だしね。 …実は、ある研究機関に援助するために使おうと思ってたのさ。おっと、さすがに何の研究をしているかまでは教えられないね。気になるなら、自分で探すといい」


カイルはなるほどと納得する。

どうやら、何かをするための先行投資をしようとしていたようだ。

しかも、内容を言えないと言う事は、カイルたちにとって脅威となり得る事なのだろう。

だが、青年の表情は少しも悔しさを見せない。

むしろ、よく止めてくれた、と言わんばかりだ。


「まるで、今回の騒動を止められた事が嬉しいように見えますね。邪魔をされた割には悔しさや怒りを感じませんが?」

「やっと私の邪魔ができる冒険者に出会えたんだ。今回の得るはずだった身代金は、その授業料だと思えば実に安いものだ。 …分かるね? 次もあるって言ってるんだよ?」


どこまでも、この青年は人を見透かしたような態度を崩さない。

カイルが手を出さないと言ったことを盾に、堂々と次回も騒動を起こします宣言をしてくる。

それには、さすがのカイルも呆れてきた。


「随分と余裕のようですので、間違いが無いように言っておきますが、次回も見逃すとは言ってませんよ? むしろ、多少痛めつけてでも止めてみせましょう」


護衛の四人の表情が一層険しくなるが、青年は余裕そうな態度を崩すつもりは無いようだ。あくまでも笑顔のままでカイルの脅しにも似た言葉を受け流す。


「構わないよ。次は次だからね。 …で、他には何かあるかい?」


笑顔で問いかける青年に、カイルが肩を竦めてみせる。

そして、青年はカイルに背を向けてから、肩越しにもう一度カイルを見る。


「さて、じゃあ私の暇潰しも意味をなさなくなったので、向こうの船に戻ろうかな?」

「そうして下さい」

「念のために聞いておきたいんだけど、君はいつから私を疑ってたんだい?」

「ベークライト王国で貴方たちが船に乗る時に違和感を感じてました。そして、向こうの船での防衛戦で貴方が様子を見に来た時に確信に変わりました。 …余計な事ですが、誘拐されそうな人はどんなに優勢でも様子なんて見に来ませんし、その後も留まったりしませんよ。何より、お忍びの人は貴族服のように目立つ衣装は着ませんね」

「あーっはっはっはっはっは、そうか、そんな綻びがあったのか。いや、次回の参考にさせてもらうよ。ご指摘ありがとう」


大きな声を出して笑いながら、青年は護衛を連れて船へと引き返していった。

徐々に遠ざかる小舟を見送りながら、カイルは手出しすらできなかった自分に無力さを感じていた。


「カイル、これは仕方ありませんわ。もし、手を出してしまえば確実に戦争になりますもの。それくらいの仕掛けはしていたに違いありませんわ」

「そうだよ。カイルの言ってた内容に、矛盾は無かった事は私が保証するわ。アイツの扱いは、次に会った時に決めれば良いのよ」


二人に励まされ、ちょっとだけカイルの心労が癒されたような感じがした。

胸のつかえもスーッと降りてくるのが分かる。


「セシル、セレン、ありがとう。 …さて、じゃあ残すはコイツ等の後片付けか?」


まるで、鬱憤を晴らすように海賊達へと向き直る。

そして、急速に高まる緊張感は海賊たちのものだ。

さきほどカイルは、海賊は討伐すると言った事に対し、後ろ盾がいなくなった今が討伐するには絶好のチャンスなのだ。

それに対し、海賊達はこれからの会話一つ一つが自分達の運命に直結しているため、選択肢の間違いは許されない事を肝に命じる。


「魔法防御を解除してもらおうか。この船は破壊するが、お前たちは好きにすればいい。もし、魔法防御の解除を拒否すれば、物理的にお前たち全員を叩きのめした後で、俺達が魔法防御を解除してこの船を沈める。自分の身の振り方を決めさせよう。さぁ、みんなを集めて、十分に話し合って選べ」


海賊たちは言われた通り集まって考える。

選択肢の一つ目は、船は沈められるが、自分たちは直接殺されない。

もう一つの選択肢は、自分たちは全員殺され、その上で船も沈められる。

どちらを選ぶかは明白だ。

殺されない方に決まっている。

ただ、海に放り出されて生き残る事ができるかどうかは分からないが、希望はあるかも知れない。


「魔法防御を解除しろ! 今すぐにだ!」


海賊たちのリーダーの命令で、魔法防御が解かれる。

不可視の何かに覆われていた感覚がなくなり、魔法力が集まってくるのを感じる。

これなら、何の問題も無いだろう。


「賢明な判断だ。生き残るかどうかはお前たち次第だがな」


カイルは魔法剣を発動すると、刀身を伸ばしてセシルと同じように船を両断した。

信じられないと言う表情をする海賊たちをそのままに、ゆっくりと海中に沈み始める海賊船。

沈むたびに両断された船体が中央付近から派手な音を立てて割れていく。

カイルはセシルを優しく抱きかかえると、セレンを肩に乗せて空へと飛び上がる。

海賊たちの恨み節を聞きながら、海中に引き込まれていくのをじっと眺めていた。

最後の一人が波に飲まれたのを確認して、自分達の乗る船へと戻った。


甲板に戻ると、他の冒険者達が倒した海賊を一ヵ所にまとめ、逃げられないように結界を張っているところだった。

そして、カイル達が戻った事に気付いた冒険者達のリーダーが寄って来る。


「いや、凄い戦いだったな。思わず見入ってしまったよ」

「あ、いえ、こちらこそ勝手に動いてしまってすみませんでした。本来なら貴方の命令を聞くべきでしたが…」

「状況が状況だ。あの混戦の中では仕方ないだろう。むしろ、君たちの戦いは実に効果的だったよ」


そして、休息を取った方が良いと言われたので、ありがたく提案を受け入れてそのまま船内へと足を踏み入れた。

船内への階段を降り切ると、金髪の青年が護衛も伴わずに待ち構えていた。

カイル達がそれを無視して通り過ぎようとした時、


「お帰り。無事に海賊船は沈めて来たようだね。どうだい? これから私のところにお茶をしに来ないか?」

「今は遠慮しておきますよ。ちょっと疲れたので部屋で休みたいんです」

「そうか… 分かったよ。じゃあ、残念だがまた後で声を掛ける事にしよう。では、ゆっくりと休むがいい」


金髪の青年が残念そうに溜め息をひとつ吐いて、自室へと戻って行った。

何をしに来たのかは分からないが、少しも悪びれる事もなく平然としていた事に驚いてしまう。


「ホントにお茶のお誘いだったのかしら?」

「セレン。貴女、本気で言ってますの? アレはただ単に、私達をからかいたいだけですわ」

「たぶん、フェライト王国に着くまでずっと絡んでくるぞ?」

「えー… そんなのヤダ…」


セレンが本当にイヤそうな顔をしている。

カイルは軽く微笑むと、そんなセレンの背中を押して自室へと向かうのだった。


……

………


「ふぁあ… 良く寝ましたわ」

「だから、よく婚約者の前でそんな大口開けられるわね」


セシルがベッドの上に座り、腕を上に伸ばしながら大きく口を開けて欠伸をすると、それを隣のベッドで見ていたセレンがぽつりとつぶやいた。

だが、セシルにしてみれば普通の事であり、毎日一緒にいるカイルにしてみても特に異常な事では無かったので、セレンに対して不思議そうな顔をする。


「もういいわ… 私の感覚がズレてたようね。修正しておくわ」


げんなりしながら、セレンがベッドから降りる。

船室についている小窓のカーテンを開けてみると、日がだいぶ傾きかけていた。

カイル達は海賊の船団を壊滅させてから、金髪の青年とのやり取りで精神的に疲弊してしまったため、船室で体を休めいていたのだが、結果的に眠ってしまっていたようだ。


「やれやれ、今夜は眠れそうにないな」

「じゃあ、食後は私と甲板で星でもご覧になりませんか?」

「あー… 私は遠慮しておくわ。部屋で本でも読んでるから、二人はいちゃついてきなさいよ」


そして夕食を済ませると、セレンを部屋に残し、嬉しそうな笑顔でセシルがカイルを外に連れ出す。

二人で甲板に出ると、不思議な事に甲板には誰の姿も見ることができなかった。


「誰もいませんわ? 普通、見張りくらい立てません? あんな事があった後なのに」

「それくらいの認識なんだろう。 …それにしても、船員の姿まで見えないのはおかしい」

「私が人払いしたのさ。邪魔の入らないところで君たちとゆっくり話がしたくてね」


気だるそうにカイルが振り向くと、金髪の青年がにこやかな笑みを浮かべて立っていた。

しかも、護衛すら連れていない状態だ。

いろんな事をやらかしているせいか、イマイチ危機感と言うものを感じられない。

…当然、反省なんて言葉は無いだろうし、むしろ失敗を次につなげていくタイプだ。


「人払いはいいのですが、船員まで払う必要はないのでは? これでは船が心配です」

「構わないよ。この辺はね、潮の流れが決まってるから、何もしなくても大丈夫なんだ」

「なるほど。きっと、全ては自分の掌の上だと言いたいのですわ」


金髪の青年は、セシルの言葉に答えることは無く、悪意に満ちた笑みを作った。

カイルは、この金髪の青年を危険人物と認識している。

悪いことをしていると言った認識は無く、遊び半分で事件を起こしている非常に厄介な相手だ。

ニーアムの依頼が無ければ、間違いなく無視し続けているくらいだ。

しかも、どこかの王族らしく、下手に手を出す事もできないから尚更に厄介だ。

本心としては、極力関わりたくなかったのだが、向こうからやって来るのはどうしようもない。

ならば、さっさと話しを聞いてお終いにしようと考えた。


「で、わざわざ人払いまでして、何か御用ですか? 私達としては、貴方には関わりたくないのですが」

「何だい? つれない事を言わないで欲しいな。君たちには存分に関わって欲しいと思っているんだよ。 …その為に、この船に乗ったんだ。楽しませてくれよ?」


愉快そうに笑う金髪の青年が言い放った言葉は、裏を返せばカイル達に接触するためにこの船に乗った事になる。

つまり、カイル達の事を知っていて、計画してきたのだ。

カイル達がフェライト王国へ行くことを決めた事自体は、特に隠す必要も無かったから秘密にしていない。

情報が洩れても不思議では無いが、 …なぜ、自分達なのかが分からない。


「…なぜ、私達なのか。その理由を聞いても?」

「ん? ああ、理由ね? 実はさぁ… 君の側を片時も離れようとしない、その女性が欲しいんだよ。大人しく私に差し出した方が身のためだと思うけど?」


金髪の青年の言葉に、カイルの体から一気に殺気が溢れ出す。

どうやらカイルの逆鱗に触れたようで、これはマルテンサイト王国での入国審査の時よりも凄まじかった。

突然、自分の身に降って湧いた話に、セシルは状況を把握しきれずにいたが、カイルの強烈な殺気を感じ取ると、ハッとしてカイルが動き出す前に抱き留める。

セシルが全力を出さないと押えていられないほど、カイルの力は凄まじい。

それは怒りと直結しているのだと知っているからこそ、セシルはカイルに大切にされていることを実感できる。

大切な人をモノのように言われたら、当然怒るに決まっている。

それはセシルだって同じだ。

金髪の青年はわざとカイルを挑発して楽しんでいるのだ。


「カイル! 挑発に乗ってはいけませんわ。私なら大丈夫ですから、落ち着いて下さい!」

「すまないが、私に見せ付けるような真似はしないで欲しいものだね」

「貴方は何が望みですの? 私じゃなくとも、その気になれば女性など簡単に手に入るでしょうに」

「ふん。あんな見た目だけを重視し、人の顔色を伺ってはへつらい、見えないところで人を蹴落とすような生き物を女性とは言わないだろう? 女性とは、君のように一途で、心配りができる気高い人を指すのだよ。だからこそ、私は君が欲しいんだ」


あくまで持論を語る金髪の青年に、セシルは嫌悪しか抱けない。

カイルも多少は落ち着いたようで、突進しようとする力こそ弱くなったが、隙を見せれば斬り付けてしまうような緊張感は健在だ。


「貴方からの申し出はお断りいたしますわ。私にはカイルと言う婚約者がいますの。だから、私の事は諦めていただきますわ」

「婚約しただけで、まだ婚姻は結んでいないのだろう? そんなものは関係無い。さぁ、どうする? 我が身を守り国を亡ぼすか? それとも我が身を犠牲にして国を守るか? 選ばせてやろう」


調子に乗っている青年は、セシルに向かって自分と国のどちらが大事なのかを選べと言ってくる。

相手は、大国と言われるオーステナイト王国だ。

兵士の数も多く、常に戦闘配備をしているような国だけに、皇太子が王に直訴すれば、簡単に戦争が始まるだろう。

その判断をセシルにさせようとしているのだ。


「貴様… いい加減にしろよ!? そんな事、セシルに選べるわけがないだろ!?」

「ほぉ、君は自国を戦争に巻き込みたいのか?」


金髪の青年は、カイルとセシルを弄ぶように言葉を連ねる。

じわりじわりと責め立てられる感覚に、二人は冷静な判断ができなくなってきていた。

魂が委縮してくるのを感じる。

このままだと飲み込まれてしまう。


「ちょっと貴方。私の大切な家族に何て事してくれてんのよ!? …もちろん、それ相応の覚悟はあるんでしょうね?」


突如、後ろから声が聞こえてきて、三人が船内への入り口のところを一斉に見ると、そこには、誰が見ても怒ってるのが分かる表情で、腕を組んだセレンが立っていた。

カイルとセシルも、セレンの始めて見る怒りの表情に驚いている。

だが、金髪の青年だけは、面白そうにセレンを眺めていた。


「君は… 確か、セレン… だったかな?」

「そうよ。でも、馴れ馴れしく呼ばないで欲しいわね。特に貴方にだけは名前で呼ばれたくないわ」

「これはこれは、失礼したよ。で? 君は一体何をしに出てきたのかな?」

「決まってるでしょ? 貴方のバカみたいな問いかけの答えを言いに来たのよ。 …そして、どちらも選ばない、その要求は拒否する。が、私達の答えよ。だから、もう帰りなさい」


金髪の青年は、面白そうに目を細めると、セレンに向き直る。


「面白い事を言うようだけど、そんな事が通用すると思っているのかい?」

「なら、さっさと国に帰って親に泣き付きなさいよ。好きな女ができたけど、自分の思い通りにならないから悔しい、ってね。だから、相手の国と戦争をしようって言えばいいじゃない。 …できるならね」

「…なかなかできるようだ。正直、君を見くびっていたよ。まぁ、いいだろう。今日のところは引き下がるけど、また来るからね」

「ふん! 二度と来るな!」


金髪の青年は船内の入り口に向かって歩き出し、セレンへと手を上げて船内へと姿を消した。

甲板にはカイルとセシル、セレンの三人だけが残されて、少しの間気まずい雰囲気が流れてしまう。


「セレン、セシル。済まなかった。本来なら俺が止めるところだよな」

「ホントに、何やってんのよ? セシルをバカにされたくらいでブチ切れないでよね!」

「でも、あれほどまでに怒りを露にするカイルは、初めて見ましたわ」


カイルが甲板に座り、夜空を見上げながら大きく息を吐いた。

まるで、心の中のもやもやも一緒に吐き出すように、深く長く息を吐く。


「あいつ、セシルをモノ扱いしたんだ。それだけでダメだった…」

「ふーん。じゃあ、私でもブチ切れてくれるの?」

「セレンだったら、相手を怒鳴り付けるくらいかなー」

「ちょっと!! さらっと差を付けないで欲しいわ!!」

「セレン。これだけは仕方のない事ですわ。私と貴方とでは、天と地ほどの違いがありますのよ?」

「もー! セシルもひどい!」


そして三人で顔を見合わせて笑い出す。

ひとしきり笑った後、カイルはゆっくりと立ち上がり、セレンの頭に手を乗せて優しく撫でる。


「セレンのおかげで助かったよ。冷静に考えれば、すぐに戦争なんてできるはずも無いことくらい、分かるハズなんだけどな」

「仕方無いわよ。アイツ、精神操作系の魔法を使ってたもの。私くらいしか分からなかったんじゃないかな? それに、装備に付与されている祝福も効かないくらいだし、そもそも二人に有効な魔法を使うなんて、相当な腕の持ち主だわ」


気持ちよさそうに目を細め、カイルに撫でられながらセレンが魔法について話始める。

金髪の青年は、カイル達と会話を始めた直後から精神操作系の魔法を使い始めた。

セレンは魔法力の放出を感じ取り、急いで甲板へ出た時には、カイルとセシルは半分以上絡め捕られていて、もう少しで支配下に置かれるところだったと言う。


「アイツとは憎らしいほど相性の良い魔法なんだろうね。凄くきれいに発動してた」

「セレンに種明かしされたと分かれば、しばらくは大人しくしているでしょうか?」

「どうだろう? いずれにしても、あと四日は注意が必要だな。部屋に籠っていた方が良いと思う」

「うん。私もそう思うわ」

「なら、セレンには目隠しと耳栓が必要になりますわ」

「セシル。一体、カイルと何をしようとしてるのよ…」

「例の約束だよ。今朝の分と今夜の分が残ってるからな」


軽口を言えるくらいに回復したカイルとセシルは、セレンを伴って部屋へと戻って行った。


翌日。

フェライト王国への船旅二日目は、良く晴れて海も穏やかだ。

こんな日は甲板で横になりたい気分だが、カイル達は部屋に籠り、金髪の青年と接触しないように注意していた。

だが、本を読んで勉強しているセレン以外は何もすることが無く、装備品の手入れをしたり、荷物の再確認をしたりしていたが、お昼を過ぎるくらいには暇を持て余すようになっていた。


「言っちゃ悪いけど… 暇だわ…」

「ひたすら部屋にいるのも結構苦痛ですわ… セレンがいなければ別なのですが…」

「何よー… 体よく追い出しにかかるつもりなの?」

「別に、カイルと二人っきりなら何日でも籠ってられるのに。と、遠回しに言っただけですわ」

「ぜんぜん遠回しじゃないんだけどね…」


セシルとセレンが不毛な争いを始めてしまったが、無理もないだろう。

カイルですらストレスが溜まりつつあり、このまま残り三日間、正常な精神状態でいられる気がしなかった。


「こう言う時のセレンは、何か思い付かないか? 例えば転移か転送か… そんな便利どころ魔法作成」

「カイル。それは無茶と言うものよ。そもそも、カイルだって魔法を使うくせに、そんなに万能じゃないって知ってるでしょ?」


セレンに怒られた。

そして、セレンが説明してくれた内容は、物体を移動させる場合、任意の場所に出現させた魔法陣内に、対象物を分解して送り込み再構築すると言うものだ。

その場合、一番重要な事は、転送先の場所に異物が無い事の確認だろう。

魔法陣も万能じゃなく、異物があってもそのまま書けてしまうのだ。

そして転送対象を分解して送り込み、再構築した場合、異物も一緒に構成されてしまい、全くの別物になってしまう。

下手をすれば、壁の中に再構築されるかも知れず、そうなったら確実に死を意味する。


「だからね。転送先の状態が分からない以上、安全に送り込むことはできないのよ。私の目の届く範囲なら可能だけど、それじゃあ意味ないでしょ? それに、座標だって指定しなくちゃいけないし、いちいち調べるのも面倒なのよ。そういう意味で却下よ!」


セレンにしてみれば、転送や転移はリスクが高すぎて、やる気にすらならないようだ。

座標も必要となると、なにかリストとして持ってなきゃいけないから、それも面倒だろう。

「ふぅ」とカイルも思わずため息を吐くと、上の方がやけに騒がしくなってきた。

そして、カイル達の部屋のドアが勢いよく叩かれる。


「すまん! 魔物の群れがやってきた! 申し訳ないがすぐに甲板まで来てもらえるか!?」


他の冒険者からの応援要請だ。

本来、依頼を請け負っている冒険者はその内容にもよるが、基本的には依頼を達成するために、目的以外での戦闘は行わない。

だが、今回乗船しているメンバーは全員が依頼関係者だから、カイル達にも魔物討伐のお願いに来たのだろう。


「カイル。いい暇潰しが出来そうですわ。早速行きますか?」

「ああ、そうだな。っと、その前にセレン、何か良い魔法防御って無いか?」

「やっぱりそう来るわよね。じゃあ、何か考えようか…」


カイルとセシルが見守る中、セレンが目を閉じて考え出す。


「えーと… うん。そうでしょ? いや、でもそれはちょっと… え? ダメだよ。うん。」


そして、パッと目を開けると、セレンは紙を取出して何やら書き始める。

前回は独り言も言わず、すぐに魔法を作り出したが、今回はまた独り言を言っていた。

カイルとセシルの視線の先では、紙にペンを走らせながら「だからダメって言ったじゃん!」などと言っているところを見ると、やはり誰かと話しているのだろうか?


「あの独り言は、言う時と言わない時、これは何か違うのでしょうか? とても気になりますわ」

「それよりも、俺は誰と会話してるのか興味があるな」


そして、見守る事数分。

紙に走るペンも止まり「ほら、これだって言ったでしょ?」と言う声と共に、セレンが立ち上がった。


「さぁ、できたわよ。これなら大丈夫だと思うけど、一般的な魔法が使われる事が前提での魔法防御だから、特殊な魔法とかだったら効かないわよ?」

「それで良いと思う。それで大半は防げるって事だもんな」

「セレン。それは私達の魔法も無効になりますの?」

「んーとね… 一応は、外から来るものに対しての防御にしたつもりだから、大丈夫だと思うんだけどね」


最終的には「まぁ、やって見なくちゃわからないね」と言う事で終了した。

セレンはカイルとセシルを自分の近くに寄らせて、早速作りたての魔法を発動する。


「アース・ウル・ロークル!<アース神よ、根源たる力をわれらより流せ!>『スペルレジスト』」


セレンが片腕を天に掲げて魔法を唱えると、掲げた腕を中心に人が数人入れるほどの魔法円が浮かび上がる。

それは、対象範囲内の人物の体を調べるようにゆっくりと降下していき、足元から床に到達すると、その魔法陣は流れるように消えていった。


「よーし、これで大丈夫なはずよ」

「よし、じゃあお手並み拝見、ってとこだな」

「アレが来ないことを祈りますわ」


セレンの確認の後、カイル達は部屋を出て甲板へと足を運んだ。

すると、そこにはカイル達の想像を絶する光景が広がっており、魔物の群れと聞いて余裕だと思い込んだ自分を反省した。


そこに広がっていた光景は、カイル達の乗る船に横付けされた一隻の船と、獣の魔物なのか人型の魔人なのか、区別の付けられない巨大な黒い生物が一体と、その他にも動物型の魔物が数十匹、それらが甲板上で暴れ回り冒険者達を蹂躙していた。

そして、見る限りではこちらが圧倒的に不利のようで、既に数人の冒険者が倒れており、船の端の方で治療を受けていたが、見るからに重傷を負っているようだ。

他にも、戦闘中の冒険者もいたるところに傷を負い、出血しながら必死に防衛しているようだった。

向こうは物量と機動力を活かして攻撃してきており、正体不明の黒い生物を軸に、動物型の魔物が冒険者たちの集中を乱すように攻撃を繰り出しながら走り回っている。

そんな状況でも戦線を崩さずに耐えているのは、冒険者ランクAの集団だからだろう。


それでも、もう少しでバランスが崩れようとしているところだ。

カイル達は気を取り直すと、それぞれの武器を抜き、混戦する戦場へと足を踏み入れる。そして、未知なる魔物との戦いが始まるのだった。

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