第28話 故郷への帰還を決意する

故郷への帰還を決意する



ゴーレムの撃退後、カイルたちは話し合いをして、次の目的地をセレンの故郷であるフェライト王国に決めた。

目的は、セレンの古代ルーン魔法をカイル達の武器に付与できるように、セレンの知っている人にお願いに行くためだ。

実際にできるかどうかは分からないが、可能性がある限りは挑戦した方が良いだろう。


今の時間はだいたいお昼過ぎくらい。

さっきの食事が昼食の代わりになったようで、まずは近くの村へと戻り、フェライト王国への行き方について検討することに決めた。


カイル達が村に到着する頃には、辺りはすっかり真っ暗になっていたので、今夜はこの村に宿泊することに決め、食事をしながら今後の話をする。


「宿の人に聞いたけど、フェライト王国に行くのは、マルテンサイト王国とベークライト王国の両方から行けるみたいだ。セレンはどうしたい? 今回の旅はセレンの故郷なんだから、セレンが自由に決めて良いぞ?」

「え? 何? 私が決めて良いの?」

「もちろんですわ。貴女の好きなようにして構いませんのよ? でも、常識の範囲内でお願いしますわ」

「何言ってるのよ。セシルじゃあるまいし、私がそんな非常識な事するわけ無いじゃない。 …でも分かったわ、ありがとう。 …じゃあ…」


そう言ってセレンの話し始めたスケジュールとは、一旦ベークライト王国へと戻り、国王に話をしてから出掛けたい、と言うことだった。

もちろん、今いるマルテンサイト王国の港からフェライト王国へ行った方が、時間的にも早いし距離も短い。

そのため、このまま直行した方が圧倒的に有利なのだが、セレンは一度戻る決定をした。


それには理由もちゃんとあって、自分たちは何日も国を留守にしているので、国王も寂しいだろうから少しは一緒にいる時間も作りたい。

と言う、なんともセレンらしい理由だった。

もちろん、カイルとセシルも快諾する。

カイル達の旅は、可能であれば急いで終わらせたいのが本音なのだが、そのために何かを犠牲にしたくないという気持ちもある。

だから、差し迫った事情が無い限りは、みんなの意見を尊重しようと決めているのだ。


「セレンも、ちゃんとお父様の事を考えて下さってますのね」

「俺達の大切な家族の一員だからな。セレンは人一倍、そう言うのに敏感なんだろう」

「…もしや、お小遣いが狙いなのかも知れませんわよ?」

「どきっ!! そ、そんなこと、あるわけ無いじゃない。あ、あは、あははは…」

「なら、どきっ!! って言うなよ」


いつものおふざけも終え、宿のベッドに入ったが、まだ時間が早かったのでセシルと何気ない会話をしていると、いつの間にか隣のベッドにいたセレンが、既にいびきを掻いて眠っている。

スタミナ切れで倒れてから、少しは寝ているはずなのに、それでも気持ちよさそうに寝ている姿を見ると、やっぱり子供の体だと体力の消耗が激しいのだろうと感じた。


「でも、これでセレンに大人と同じ体力があったら、と思うと、ゾッとしますわ」

「そうだな。怒らせたら怖い人の二人目になりそうだ」

「あら? 一人目は一体誰ですの? ぜひとも教えていただきたいですわ。ねぇ、カイル?」

「それは言えない。想像にお任せするよ」


訝しむような眼差しのまま、じりじりとセシルが寄ってくるので、隙を見て抱き締めると、セシルは驚いて目を大きく見開くが、すぐに嬉しそうに目を閉じてカイルに寄り添ってくる。

それを受け止めると、カイルは優しくキスをして、二人は眠りについた。


翌朝、セレンが気だるそうに起きてきた。


「セレン。一体どうしましたの? 元気が取り得の貴女が朝からそんなだと気持ち悪いですわ」

「…うん、どうやらね。寝過ぎたらしいのよ… だから、十分休んだはずなのに疲れてるみたい」


どうやら、寝過ぎてしまったために、逆に疲れたらしい。

それなら特に問題は無いと思うのだが、念のため朝食を食べてからセレンを少し休ませた。しばらくして、復活したセレンを伴いマルテンサイト王国の港へと向かうのだが、この時間に出発するとベークライト王国には夜に着いてしまうため、ちょっと贅沢をして馬車を借りて、マルテンサイト王国の港へ向かうことにした。

これで、だいぶ時間を節約できるはずだ。

馬車の荷台では、カイルとセシルが並んで座り、セレンが二人の前でゴロゴロしている。


「馬車だと移動が楽で良いんですが、体がなまってしまいますわ」

「そんなこと言うのはセシルだけよ… こんなに楽ちんなのに」

「その楽さに慣れてしまうと、いざと言う時に動きづらくなるんだよ。セレンも高速移動できるようになったんだから、その気持ちは今に分かるさ」

「後は、殴るか蹴るか、どちらかの魔法が作れれば、私達と一緒ですわね」

「セシルが言うと、何で凄く物騒に聞こえるんだろうねー… って、あれ? うん?」


それを聞いたセレンがハッとして、考え出す。

高速移動に加えて、殴るか蹴るかの物理的な打撃。

これは、幾度となく見てきたカイル達の得意な攻撃パターンの一つだ。

高速で移動してくる物体が与える衝撃は、凄まじい威力を秘めている。

言い換えれば荷馬車に弾き飛ばされるようなもので、敵はこれを食らうと、大抵は一回目で吹き飛ばされ、ふら付きながら起き上がっても二回目で気を失うか立ち上がれなくなる。三度目ともなると、もはやなす術も無く転がされ、そのまま動かなくなる。


いつもはカイルとセシルのコンビネーションでこれをやっているが、その流れの中に自分も入る事ができるのだ。

一度はやってみたいと思っていたので、セシルの言葉にがぜん、やる気が出てきた。

とは言え、非力なセレンでも敵を吹き飛ばすことのできる、物理攻撃として使える魔法が必要になる。

ガバっと起き上がると、いつものように目を閉じて考えだす。


「あら、何かを考え始めたみたいですわ」

「セシルの言った、殴る蹴るを作ってるんだよ。たぶん」


これまで、セレンが新しい魔法を作るときは、まるで誰かと相談しているかのように、ひとりであれこれ言いながら作っている。

二人は、今回もどんなことを言いながら作るのか楽しみにしていると、セレンの閉じていた目が開いた。


「よし、できた。カイル、セシル。私も殴る蹴るを作ったから、次は私も混ぜてね」

「あれ? もうできた? ずいぶん早いな」

「いつもの独り言はありませんの?」

「へ? 何? 私ってば、いつも独り言を言ってたの?」


どうやら自覚が無かったらしい。

ともかく、セレンも新しい魔法ができたみたいなのだが、本人は急にソワソワし始めた。


「…あれは、敵を待っているのでしょうか?」

「早速、試したくなったんだろうな。街道沿いでは魔物とかは出にくいって言うのに」


待っていても敵は現れないと思ったのだろう。

今度は、かなりの広範囲を索敵し始める。

やがて、頑張ったけど見付からなかったらしく、盛大な溜め息とともに、荷台へと突っ伏して動かなくなった。

どうやら、不貞寝することに決めたようだ。


それからしばらく穏やかな時間が過ぎ、セシルもカイルの肩に頭を預けて眠っていた。

そして、もう少しで城下町に入ろうかと言う時に、珍しく魔物が姿を現した。

馬車の御者が慌ててカイル達に声を掛ける。


「おい! アンタ等、魔物が出てきたぞ!! 頼めるか?」

「ああ、任せてくれ。セシル、セレン。魔物が出たようだ。すぐに出るぞ」

「ふぁあ… 寝起きの準備運動にはちょうど良いですわ」

「やっと出てきた! 待ちくたびれたわ。さあ、やるわよぉー!」


セレンがカイル達よりも先に、荷台から飛び降りて辺りを見回す。

ちょうど前方から、黒い集団がこちらに向かって駆けてくるところだった。

この距離だと、まだ何の魔物が何体いるのかが分からない。


だが、やってやる。

見せてやる。

セレンの顔に自然と笑みが浮かぶ。


「セレン。貴女のその笑い方、まるで悪役のようですわよ? …ふわぁ…」


セシルがカイルと共に荷台から降りてきて、セレンの隣に立つと、伸びをしながら大きなあくびをした。


「婚約者の目の前で、よくもまぁそんな大口を開けられるわね」

「あら、私もカイルも特に気にしませんわよ? その方が自然体で良いと思いますの」

「常に一緒にいるんだぞ? そんな事ぐらいじゃあ気にもならないな」


セレンが「うわぁ…」みたいな顔をしていると、やっと魔物の姿が見えてきた。

ざっと見ると、熊にイノシシに、後は犬か? どれも大型の魔物で、熊は六本脚、イノシシは牙が鋭い刃物のようになっていて、犬は… ただの大きい犬だった。

その数は合わせて十数匹。

カイルとセシルがその気になれば、一瞬で戦闘が終了する程度の相手だが、今回はセレンが実験をしたいと言っているので、まずはセレンの好きにさせることにした。


「セレン。好きにやっていいぞ。だが、終盤は俺達との連携を試すから忘れないでくれよ?」

「じゃあ、半分くらいは貰っちゃう勢いでいくわよ?」

「構いませんわ。セレンのお手並み、じっくりと拝見いたしますわ」

「じゃあ… 行くわよっ! レイズ!<我が動きは駿馬の如く!>『スレイプニル』」


セレンは嬉しそうに微笑んだまま、突進する体制で魔法を唱えると、セレンの体がうっすらと輝き出す。


「そして、次っ! スルス・ウル!<我が一撃は巨人の如く!>『ジャイアント・キリング』」


続けて魔法を唱えると、握った拳が赤く輝く。

さっきまで笑みを零していたセレンの表情が真剣なものになり、魔物の位置を確認すると、一瞬で距離を詰めた。


「おおっ! 速いぞ!!」


思わずカイルから驚きの声が漏れる。

その声がセレンの耳に入り、真剣な顔をしながらも、口角が少し上がるのを止められなかった。

そして、セレンの実験が始まる。

まずは、先頭を走ってきた巨大なイノシシに強烈な右フックを食らわせると、イノシシの巨体が辺りにいた犬の魔物や、他の魔物を巻き込んで吹き飛んでいく。

次に、セレンは自分の右前方にいる巨大な熊を目掛けて疾走し、両足蹴りで巨大な熊をもの凄い勢いで吹き飛ばした。

それは、まるでカイルやセシルがやっているような、辺りを巻き込みながらダメージを与える物理攻撃そのものだった。


「ああっ!! これよっ!! 私はこれがやりたかったのよっ!! なんて素晴らしいの!? まるで夢のようだわ!!」


自分がやっている事に感動しているようだが、実際は結構酷い事をしている。

イノシシにしても熊にしても、セレンの移動速度が速過ぎるため、反応も反撃もすることもできず、ただ殴り飛ばされたり、蹴り飛ばされたりしているのだ。

しかも、周りを巻き込んでいるために、現場は血の海と化し、かなり凄惨な状態になっている。


「セレン。次は連携だぞ?」

「はーい。いつでも良いわよー」

「まったく、嬉しいのは理解しますが、楽しむのはいただけませんわ。これでは、ただの殺戮ですわよ?」

「まぁ、良いじゃないか。 …さて、俺達も行きますか」

「はい。仰せのままに」


カイルとセシルは顔を見合わせて微笑むと、それぞれ風と雷を纏い、セレンの後に続く。一気に距離を詰めても今のセレンには問題が無いようで、すぐさま、カイルとセシルの接近を感じ取ると、一旦後ろへと距離を開ける。


そして、連携訓練が始まった。

まずはカイルが風を纏って疾風と化し、一際巨大な熊の魔物へと疾走すると、その巨大な熊の魔物を蹴り飛ばし、周りの魔物を巻き込んで派手に転がっていく。


やっと止まった巨大な熊の魔物を、息つく間も無く雷と化したセシルが魔物の集中しているところを目掛け、再び巨大な熊の魔物をもの凄い勢いで蹴り飛ばす。

すると、残りの魔物を一掃するように巻き込みながら転がっていき、最後の仕上げとして、セレンが近くの大木に向けて巨大な熊の魔物を蹴り飛ばすと、大木に激突してそのまま崩れ落ちた。

巨大な熊をぶつけられた大木は、大きな音を立てて倒れてしまった。


「あぁ… なんて気持ちのいい事なの? こんな爽快感をこれからもずっと味わえるなんて、私はなんて幸せなの?」


両手を胸の前で組み、空を見上げてセレンが嬉しそうにつぶやく。


「辺り一面血の海だと言うのに、セレンったら何を言っていますの? …まぁ、私達も同じことをしてますので、強くは言えませんが」

「まぁまぁ、良いじゃないか。あんなに嬉しそうなんだし、好きにさせてやろう。それに、当初の目的だった実験は大成功だろ? …かなりやり過ぎた感があるのは認めるけど」


セシルが魔物のいたところを眺めている。

そこは、巨大な魔物を使って巻き込んだため、他の魔物は押し潰されたり、激突して粉砕されたり、とにかく酷いことになってしまっていた。

馬車の御者も、あまりの悲惨な光景に、開いた口が塞がっていない。


いかに実験だったとは言え、やり過ぎた事に二人はちょっと反省する。

もちろん、ここまで酷いと素材としても使えないし、食料にもできない。

向こうでまだ喜んでいるセレンをよそに、カイルとセシルは炎の魔法を使い、現場の後処理を行った。


そして、やっとマルテンサイト王国の城下町へ到着すると、早速、港へ行ってベークライト王国への船券を買う。

そこからは、どんなに頑張ってもベークライト王国までは半日かかるため、三人はのんびりと甲板でくつろぎながら、港で買ったお弁当を食べていた。


「やっぱり、お弁当よりもカイルの作った食事の方が美味しいわ」

「それは嬉しいけど、こんなところでは作れないだろ? それに自炊をしたら、準備と後片付けに時間が掛かって、その分帰る時間も遅くなるぞ?」

「えー… それならいいわよ。お弁当でガマンするわ」


セレンが膨れながらもお弁当を食べているが、ひとつでは足りないらしく、二つ目をてべている。

セシルもカイルの隣でお弁当を食べてるのだが、他に何もすることが無いので時間を持て余してしまう。

すると、セシルが空を見上げながらポツリとつぶやいた。


「カイル。私、とてつもなく暇ですわ…」

「じゃあ、久し振りにアレでもやるか?」

「アレ? 何よそれ?」

「ただの模擬戦ですわ。それに、カイルとの模擬戦は久し振りですし、腕が鳴りますわ」


そんな流れで、船の甲板の上で剣の模擬戦が始まった。

船旅のようにやることの少ない旅では、模擬戦をする冒険者も少なくない。


強くなるためには移動の時間も無駄にせず、いつでもどこでも己を鍛えられるのだから、このような光景は珍しくもないし、すぐに観客も集まって周りを囲まれる。

知らない内に賭け事にまで発展していることだって普通にあるのだ。


カイルとセシルも、どこかの冒険者が模擬戦をしているのを見た事があったので、同じように甲板での模擬戦をするようになった。

今までの戦績は十三勝十一敗で、何とかカイルが勝ち越してはいるが、セシルの反応速度は戦闘をするごとに上がっているので、じきにカイルよりも速く、そして強くなるだろう。

それは、セシルに付けられた傷の代償だということも分かったが、それでもまだセシルよりは強くありたいというのが男心だ。


そして、早速始まった甲板での模擬戦はすぐに多くの観客を呼び、激しさが増していった。もちろん、風も雷も使わない純粋な戦闘なだけに、己の技量が問われている。


カイルの戦闘スタイルは実戦重視で鍛えられているため、正々堂々と言う概念は無く、使えるものは何でも使い、隙や弱点があれば遠慮なく狙う。

実戦の生き死にを分ける戦闘において、相手の実力を確かめるなんて真似など絶対にしない。

どちらかと言えば、先手必勝の最大戦力で一気に攻め抜くスタイルだ。


そのため、実戦ではそれなりの強さだが、模擬戦になるとカイルの実力は発揮できない。むしろ城で剣術を学び、古文書で自己研鑽していたセシルの方が圧倒的に強い。


だから、今回の模擬戦では二勝三敗と負け越してしまい、これで通算十五勝十四敗となった。

そろそろベークライト港に着くと言う知らせを受け、模擬戦は終了。

隣で満面の笑みを浮かべているセシルを伴ってセレンの待つところへと向かうと、セレンは一人、マリアからもらったルーン魔法の本を読んでいるところだった。


「あれ? もう終わったの? …で、戦績は? って、セシルの顔を見れば分かるか」

「あぁ、とてもスッキリしましたわぁ。全力で戦える機会ってなかなかありませんもの」

「セレンの思ってる通り、セシルの勝ち越しだよ。やっぱりちゃんとした剣技ってのは強いな。俺も何か学ぼうかと迷っている」

「でも、カイルは本気を出してませんわ。技の勝負でしたら私が有利なのかも知れませんが… 実戦形式だったら、私など瞬殺されてしまいますわ」


ここで言うところの本気とは、殺気を纏うようなレベルの話だ。

まさか、模擬戦でそんなことはできるはずも無いし、それ以前にセシルに殺気を向けることなどできるはずがない。


「いや、セシル。本気って言ったら殺気も込められてしまうじゃないか。俺は父さん… と言うより母さんか。…そっちの影響が大きいから、模擬線では本気を出せないよ」

「あー… 卒業試験で殺されかけたってヤツね。確かに、お母さんなら分かる気がするー」


など、そんな他愛も無い話をしている内に、ベークライト港に到着した。

入国審査も無事に終え、久し振りのベークライト王国の大地を踏みしめると、やっと帰ってきたと実感する。

早速、カイル達は自分達の家であるベークライト城へと向かった。


「パパーっ!! ただいまぁーっ!!」


玉座の間に入るなり、セレンが駆け出した。

国王も立ち上がると、玉座を下りてセレンを抱きとめる。


「おお、セレンよ。良く無事に戻ったな。元気にしていたか? 私は寂しかったぞ?」

「うん! 元気だったよ。じゃあ、寂しくても頑張ったパパを、私がいっぱい抱きしめてあげるー」


セレンと国王が微笑みながら抱きしめ合っている。

普通なら感動する光景なのだろうが、セシルが冷ややかな眼で抱き合う二人を見ていた。


「何度も言いますが、あれで中身は私と同じなんですのよ?」


そして、旅の報告をして、次の目的地について話をする。


「…そうか、次はフェライト王国へ行くのか。あそこはアルセノンの収める国だが、海洋国家だから海の幸が旨いのだ。ただ、海賊も多いようだから十分に注意するのだぞ? して、いつ発つのだ?」

「うん。今回は私がスケジュールを決めていいって事になったの。だから、いろいろ準備の日程も考えて十日後に出ようと思うの」

「ほぅ? 十日後か。今回はまた随分と余裕を取るのだな。私はありがたいが、そなた達は構わないのか?」

「ええ、今回の目的地はセレンの故郷と言う事も関係しますわ。セレンの心の準備もありますし、私達もここのところずっと戦いっぱなしでしたから、ゆっくりと体も休めるべきだと思いますの」


本来なら、一日も早く問題を解決すべきだとは思うが、セシルの言うように体を休めることも必要だ。

当然、国王は嬉しそうにしているが、セレンは浮かない顔をしている。

さすがにまだ、故郷へ帰ることについて、心の準備ができていないのだろう。

国王もその辺りは感じ取ってくれたらしく、食事の時はよく話し、よく笑ってくれた。


それから数日はいろいろと準備を進めてきたが、セレンの心は逆に追い込まれていた。

カイルとセシルは相変わらず、城の訓練場で模擬戦闘を行っていて、セレンは一人ベークライト王国のギルド資料室で古代ルーン魔法の本を読んでいた。


セレンも時間稼ぎでしかないことを知ってはいるのだが、いざとなると、とたんに弱い自分が出てきてしまう。

カイル達と出会い、弱い自分とは決別したと思っていたのだが、やはり心の片隅にまだ残っていたようだ。


そして、出発まで後二日となった夜。

今日も自分の弱さにがっかりしながら、セレンはベッドの上に寝転び、天井を眺めていた。

すると、セレンの部屋の扉を誰かがノックする。


(誰だろう? こんな夜中に…)


こんな時間に誰か来るなんて珍しいと思いながら扉を開くと、そこにはベークライト国王が立っていた。


「…パパ? 一体どうしたの? こんな時間に」

「セレン。今、ちょっと良いか?」


いつに無く真剣な表情の国王の言葉に、思わず頷いてしまう。

だが、立ち話をするのも失礼になるので、部屋の中へと案内すると、テーブルに着かせ、紅茶を淹れようとしていると、国王が小さく微笑んだ。


「セレンよ。私はそなたの父親だ。だからそんな事などせずとも良いのだぞ? 今夜はな。そなたに贈り物を届けにきたのだ」

「贈り物?」


国王が、わざわざ贈り物を届けにセレンの部屋を訪れる。

そんな、普通なら有り得ない出来事が信じられず、驚きに目を丸くしていると、国王がセレンに一冊の本を手渡した。


「これはな、古代ルーン魔法の事が書かれている書物だ。私が持っていて本棚の肥やしにするよりも、セレンに渡して実用的に使ってもらった方が、何倍も効果があるだろう?」

「…ありがとう、パパ。 …でも、どうして古代ルーン魔法の本なんて持ってるの?」

「うん? …まぁ、いろいろとあるのだよ」


カイル達が、マルテンサイト王国から戻ったその日の夕食の時に、セレンがルーン魔法を使うと言う話もしてある。

だから持って来てくれたのだろうが、どうして人には使えないこの本を持っているんだろうと言う疑問が残る。


セレンが国王からもらった本をペラペラと捲っていると、一枚の紙が挟まっていた。

それを取り出して国王を見ると、優しく頷いた。


(この紙を見ろってこと?)


セレンがその手紙に目を落とすと、誰かに宛てた手紙のようだった。

国王が「見ろ」と、こんな夜更けにも関わらず、持って来てくれたのだから、今読まない訳にはいかないだろう。

セレンはその手紙を読み始める。


『私の最愛の家族へ。この手紙を読んでいると言う事は、私がいなくなって城が混乱しているかも知れません。でも、どうか心配しないで下さい。そして、何も言わず姿を消した私を、どうか許してください』


このような書き出しで始まる手紙には、ベークライト城からいなくなった一人の女性から、国王へと宛てた感謝と謝罪、そして別れの言葉が書き連ねてあった。


掻い摘んでみると、差出人の女性は国王の妻でセシルの母親。

その母親の出身地で起こった事件のため、強制的に連れ戻される事が決まったこと。

まだ乳飲み子だったセシルを連れて行く事ができないこと。

セシルにはその事実を知らせずに、自分は死んだことにして欲しいこと。

などが書かれていた。


『最後に、最愛の夫アルバルトへ。竜の身である私を、人と変わらずに愛してくれた日々を、たとえこの身が果てようとも、私は心に刻み、ずっと忘れません。そして、セシルへ。こんなお母さんでごめんね。貴方の成長を見守れないのがとても残念だけど、お母さんは毎日、貴女への愛を祈り続けるわ。だから、どうか元気でいてね。そして、お父さんを大切にしてね』


最後まで、国王とセシルを愛していることを綴り、手紙を締め括っていた。

この手紙を読み、セレンの心にはセシルの母親の愛の大きさを感じ、国王やセシルがどれだけ愛されているか伝わった。

そして、セレンはいつの間にか涙を流していた。

セシルの母親は、止むを得なく別れる事になってしまったが、家族を愛している事はこれからも永遠に変わらない。

そう言っている。


(じゃあ、私の事はどうなんだろう? 本当のお父さんもお母さんも、止むを得なくて私を見捨てたの? …まだ、私を …愛してくれているの?)


不意に感じたふわりとした感覚に意識を戻すと、ベークライト王が膝をついてセレンを抱き締めていた。


「セレン。私はお前の過去を知らないが、これだけは言える。 …例え、どんなことがあったとしても親は子を愛しているのだ。 …愛せないこと自体あり得ないのだ。何があってもな。だから愛を恐れるな」


セレンを抱き締める腕に少し力を入れながら、優しくセレンを諭す。


「…うん。 …何となくだけど、パパの言いたい事は分かったよ。私はいつの間にか、本当の両親からの愛を疑っていたんだね」


そして、ベークライト王はセレンの両肩に手を掛けると、


「…それとな、手紙の内容で分かったと思うが、その本は私の妻のものだ。そして、妻は人では無く、竜族の娘だったのだ。 …これはセシルにはまだナイショだぞ?」


国王がちょっと寂しそうに微笑んだが、最後には微笑んでセレンにウィンクする。


「え? なら、この本はパパの大切なものなんじゃないの?」

「何を言う。私が自分の娘に与えるのだ。別に問題は無かろう?」


国王は椅子に座り、セレンの淹れた紅茶を飲みながら、さも当然の事のように言う。


「ふむ。セレンよ、紅茶を淹れるのが上手いではないか。 …これは、マギーか?」

「うん。マギーさんに教えてもらったの。 …パパ、ありがとう。私はもう迷わないわ」


セレンはやっと気持ちの整理がついたような気がした。心の奥に引っ掛かっていた何かが溶けて無くなったのを感じ、気持ちが軽くなる。


「やっと、いつものセレンの顔に戻ったようだな。フェライト王国での良い土産話を期待しているぞ?」

「うん! 期待して待っててね」


会話を終えると、国王がセレンを抱き締め、セレンの背中を手でポンポンと叩くと、国王は笑顔でセレンの部屋を出て行った。



翌日。

カイルとセシルが着替えを終えても、セレンは現れなかった。

いつもはカイル達の部屋へ、ノックもせずに入り込んで来ている頃なのに。

そして、そんな気配すらも無いことに、セシルが心配する。


「カイル。セレンは大丈夫でしょうか? だいぶ思い詰めていたようですわ」

「ああ、ちょっと心配だな。セレンが調子悪いと俺達のリズムも狂ってしまう」

「では、様子を見に行きましょうか」


カイルとセシルはセレンの部屋へと向かう。

扉の前で立ち止まるが、部屋の中からは誰かが動いている気配は無い。

もしかすると、ベッドにもぐって思い悩んでいるのではないか?

 

カイル達の心配事が実際のものになっているかも知れない。

そう思っただけで、もうじっとしている事はできななくなり、意を決して扉をノックする。


セシルが一度ノックをしても、何の変化も感じられず、部屋の中も動きは無いようだ。

カイルと顔を見合わせ、セシルは緊張した表情で扉を強めにノックし、セレンに呼びかける。


「セレン、ここを開けてください。 …セレン! いないのですか!? セレン!!」

「…セシル、うるさいわよ? そんなに怒鳴らなくとも、ちゃんと聞こえてるわ」


扉を叩きながらセレンに呼びかけていると、しばらくして扉が開く。

そして、目の下に黒い隈を作ったセレンが出てきた。

その表情は、十分に眠れていない事が伺える。


「…セレン。貴女、大丈夫なんですの? 目の下にひどい隈ができてますわ」


セシルが胸の前で手を組んで、心配した表情でセレンに声をかけた。

セレンがセシルの心配そうな顔をみて、パチパチと瞬きしている。


「え? 何? 私ってば、そんなにひどい顔してるの?」

「ああ、見るからに寝不足って顔してるぞ。セシルも言ってたけど、目の下にひどい隈ができてる」

「何か、気になって眠れなかったんですの? よければ、私達が相談に乗りますわ」


セレンは「ああ」と思い、手をポンと叩くと、手に持っていた本を二人に見せる。


「これ、パパにもらったのよ。これを夢中になって読んでたら夜が明けちゃったみたいね」

「へぇ、セレンがそんなに夢中になるなんて、何の本なんだ?」

「古代ルーン魔法の本。しかも、お母さんにもらった本と合わせて読むと、すごく分かりやすいの。もう幾つか新しい魔法もできてるわ」

「すごいですわ。 …それにしても、お父様はなぜ古代ルーン魔法の本を持っていたのかしら?」

「パパも、いろんな事情があって手に入ったらしいわね」


多少表現を変えたが、ウソはついていない。

セレンがそう言ったのには理由がある。

それは、国王の話とあの手紙を見る限り、間違いなくセシルの母親は生きている。

しかも人間ではなく竜族だった。

セシルでさえ知らないこの事実を、国王がまだ話してない事を考えると、これはセレンが伝えるべきではないと思ったのだ。


(それに、ナイショだとも言われているしね)


「それよりどうしたの? 二人揃って朝から私のところに来るなんて珍しいじゃない」

「セレン。毎朝ノックもせずに入ってくる人が、今日に限っていくら待っても来なかったら心配の一つでもしますわ」

「あら? ってことは、私の事を毎朝待っていてくれた、って事かしらぁ?」


セシルが「しまった!」と言う表情をしたのをセレンは見逃さなかった。


「ふふん。良いのよ? セシル。本当は私に見て欲しいんでしょう? カイルとのラブラブっぷりを。そして、伝えて欲しいんでしょう? マギーさんに。そこから、いろんなところに発信されるものねぇ。なら、もっと正直になりなさいよ」

「な、何を言っているのかしら? そんな事ありませんわ」

「良いわよぉ? セシル。やっぱり、これから毎朝お邪魔するわ。もちろんノックなんてしないわよ? だから、おはようのキスをする時は十分に注意することね。うふふふ…」

「セレン。あまり、セシルを挑発しないでくれ。 …さぁ、朝食に行こう」


カイルは、セレンに挑発されて真っ赤になっているセシルと、まるで悪役のように含み笑い続けるセレンを連れ、食堂へと向かった。


カイルたちは、ベークライト城にいる時は、家族揃って朝食を食べる事にしている。

国王もそれを望んでいるし、カイルたちも普段は留守が多いため、その方が良いと思っているからだ。

朝食も食べ終え、食後のデザートを食べている時に、セレンが次の旅について話を始めた。


「パパ。予定通り明日、フェライト王国へ出発するわ。またしばらく寂しくなるけど、私たちの帰りを楽しみに待っててね」

「うむ。セレンに抱き締めてもらうためにも我慢するさ。 …セシルはもう抱き付いてくれなくなったからなぁ。本当に、寂しい限りだぞ」

「お父様、それは仕方ありませんわ。私が何歳だと思ってますの?」

「セシル、年齢は関係ないのよ? …ああ、そうか。パパよりもカイルに抱き付きたいものねぇ。うふふふ…」

「セレン。当たり前の事を言わないで欲しいですわ」

「ほう、そうか… カイル、そなたが原因なのだな?」

「父上、勘弁してください」


国王とセレンが楽しそうに笑い、カイルとセシルは疲れたようにため息を吐く。

セレンに笑顔とやる気が戻り、フェライト王国へ行くことを決意することが出来た。

明日はいよいよ出発だ。


これが上手くいけば、カイル達はセレンの負担を減らすことができるし、それ以上にハークロムへの対処法を手に入れられることが大きいだろう。

実際に行ってみない事には分からないが、カイルの心は大丈夫だと言っている。

だから心配はしない。


だが、騎士の像から現れた老人が言っていたように、ハークロムはこれを見ているかも知れないが、ハークロムのシナリオ通りに進んでいるのなら邪魔はしないはず。

逆に、出て来るならそれは想定外の事なのだろう。

いずれにしても、この旅は成功させなければいけないと心に誓うのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る