第27話 謎の一片を知る
謎の一片を知る
翌朝。
セレンは、盗賊を始末した後もそのまま起きていて、カイルが朝食を作る手伝いをしていた。
そこへセシルが起きてきたのだが、ムスッとしていて誰が見ても分かるくらい不機嫌で、良く見ると、何故か殺気にも似た、良くないものが滲み出ているようだった。
「…あら、いつもはお寝坊さんですのに、今朝はやけに早く起きましたのねぇ… 本当に、空気を読もうともしない輩には、キツめのお仕置きが必要なのかしらぁ?」
「ち、ちょっと、カイル。朝からセシルの機嫌が悪いみたいだよ? ほら! 早く何とかしてよ! キレたらどうするのよ! ってか、もう半分キレてるけどさぁ!」
「ふぅ、察してやってくれよ…」
朝から、これだけセシルの機嫌が悪いのは珍しいのだが、理由はいたって簡単。
セレンが起きてると、おはようのキスができないからだ。
ただそれだけの事なのだが、セシルにしてみれば死活問題なのである。
もし、この場に盗賊でも出ようものなら、姿を見せた瞬間、怒れる雷神に問答無用で斬り伏せられた上に、黒焦げにされるくらい、今のセシルは非常に危険な状態にあるのだった。
「はぁ… 分かったわよ。ほら、私はあっちを向いてるから、今のうちにやっちゃいなさいよ」
セレンが後ろを向いて顔を隠した。
一応は気を利かせてくれたみたいだが、こんな「いかにも」と言う雰囲気でできる訳が無いだろう。
とは言え、セシルをこのままにしておくのも危険だと考えたカイルは、軽く溜息を一つ吐いてセシルの方を向いた瞬間、雷神が行動に移り、一瞬で間を詰められた。
そして、カイルが驚く間も無く、そのまま抱き付かれてキスされる。
これぞ、まさしく電光石火と言うものだろう。
名残惜しそうに唇を離し、「ほぅ」と息を吐くと、満面の笑顔になる。
さっきまで滲み出ていた、どす黒い殺気のようなものも霧散し、変わりに聖女のように神々しいオーラのようなものを放っていた。
「セレン。ほら、見てください。今朝は本当に良いお天気ですわよぉ?」
「うわぁ… って、えぇっ!? こんなに変わるの? …そして、ホントにしちゃったのね」
セレンが見てはいけないものを見たような顔をしているが、まぁ、やるべきことはした。
あとは朝食を終えたら目的の場所を探すだけだ。
三人は、目的地の見当を付けようと、朝食を食べながら地図を開いて見てみるのだが、どう見ても今、食事をしているこの場所のようだ。
だが、地図は手書きでもあるため、それなりの誤差はあるのだろうが、この近くであることは間違い無いだろう。
「あら、この近辺ですの? とは言うものの… それと言って、特に見当たりませんわ。いつものことですけど、もう少し探索が必要ですわね」
「ねぇ、カイル。もしかしてだけど、昨日の盗賊はそこに居着いてたんじゃないの?」
「そうかもしれないな。でも、こんなところにいても誰も来ないんじゃないか?」
昨夜遭遇した盗賊たちは、カイルたちの野営の火を見て襲撃して来たのだろうが、この場所は街道からも離れている上、周りからも見えるような場所ではない。
偶然が重なったことも考えられるが、居着くにしても人通りの少ないところでは、盗賊としては成り立たないであろう。
そんなことを考えていると、セシルがポンと手を叩く。
「そうですわ。そこは彼らの拠点ですのよ。もしかしたら、そこには隠し持ったお宝が見付かるかも知れませんわよ?」
「セシルの口からお宝って言葉が出る事自体ありえないわー。そんなにお金が欲しいの?」
「セレン。私は別に、お宝を売ってお金にしたいと言っている訳ではありませんわ。ただ単に、お宝と呼ばれるものが見たいだけですの。だって、物語に出てくるような金銀財宝の山なのでしょう? 楽しみですわ」
「無いから! そんな物語に出てくるような山なんて、絶対に無いから!」
セシルの口から、意外な単語が出てきた。
一国の姫が「お宝」なんてことを言うとは思いもよらず、真に受けてしまったセレンが素で返事をしてしまう。
もちろん、セシルは金銭的なものを期待しているのではなく、本に描かれているような煌びやかな財宝を実際に見たいだけなのだ。
しかし、そんなことは絵空事だと、セレンが憤慨する。
そんなほのぼのとしたやり取りを見ながら、カイルはキャンプした場所の片付けを終えると、未だに尽きない想像を膨らませた話をしながら、三人で辺りの探索を始める。
すると、捜索から数時間ほど経ったくらいで、森の中にひっそりと佇む教会のような建物を見付けた。
そこには建物を囲う壁などが無く、建物自体が凄い数の蔦に覆われており、緑の館と言っても過言では無く、一見すると森と同化して見えるため、何かがあることを前提に探さない限り、見付けることは難しいだろう。
念のため、警戒しながら近くに寄って見ると、建物の近くには幾つもの足跡があり、外には複数のテントが張られていた。
どうやら、ここで誰かが生活をしているようで、今も調理のためか煙も立ち上っている。
「…ねぇ、誰かいるけど、ここが夕べの盗賊の拠点なのかな?」
「たぶん、そうだと思いますが、武装してませんわね。野外だと言うのに、警戒していませんの?」
「おそらく、ここはあの盗賊どもの拠点で、自分たちのホームだから警戒も緩いんだろう。たぶん、自分らが襲撃されるなんて思ったことも無いんじゃないか? とは言え、非戦闘員もいるかも知れないから、一応姿だけは晒そう。それでダメなら、セレンがテストを兼ねて何とかするんだろ?」
「そうね。なら任されるわ」
カイル達は何事も無かったかのように、建物に向かい歩いていくと、辺りが急にざわついて、どこからともなく人が出てくると、カイルたちを包囲する。見渡すと人数は八人で男と女が半々だ。
カイルたちは警戒しながら三人で背中を合わせて守りを固めると、群がってきた連中に問いかける。
「君らはここに住んでるのか? 俺達はこの建物を調査しに来たんだが、中に入れてくれないか?」
「…ここから出ていけ。ここは俺達の場所だ。余所者は帰れ!」
「帰れませんわ。そこの廃墟のような建物に入れて欲しいんですの」
「ダメなら力づくでも行っちゃうよ? 良いの? 瞬殺しちゃうよ?」
「言っとくが、君らがしていることは、ここを不法に占拠してることになるんだぞ? 俺達がギルドに通報したら強制排除されるんじゃないか? …でも、俺達を入れてくれるなら何も見なかった事にすることもできるが… どうだ?」
半分、脅しにも似たような言葉を投げかけると、蜘蛛の子を散らすようにそれぞれのテントへと戻って行った。
「あれー… いなくなっちゃったよ。もしかして、盗賊とは関係無しだった?」
「あれはどう見ても、厄介事に巻き込むな、って顔でしたわ」
「テントの数と人の数が合わないから、盗賊の被害を受けたのかも知れないな。とは言え、さっきの人たちが何者なのかは俺たちには関係のないことだから、無用な戦闘が回避されたってことで良いんじゃないか?」
そして、辺りに誰もいなくなったのを確認して、カイルたちも建物へと向かい、念のために建物の外周を一回りして状態を確認する。
特に外壁には目立った破損は無く、蔦があり得ないほどに絡んでいる以外は何も無く、窓すらも見当たらない。
光を取り込まないのなら、この建物の内部の光源はたいまつかランタンを使っているのだろう。
建物への入り口は一つしかなく、その扉にも太い蔦が幾重にも絡んでいるところを見ると、この内部には長い期間、誰も入っていないことを表してた。
中に入るには、まずこの蔦をどうにかしないといけないため、仕方無く蔦を斬って入り口を開けられるようにしようかと、剣を抜いて扉に近付くとセシルが声を掛けてきた。
「カイル、ちょっと待っていただいてもよろしいですか?」
そして、セシルがカイルの前に歩み出ると、その扉に手を触れる。
すると、蔦がまるで入り口を開放するかのように動き、中に入れるようになった。
そのままセシルが扉を押すと、長い間開けた事の無かったであろう扉は、悲鳴を上げるような音を出しながら内側へと開くのだった。
そして、建物の外側から見える範囲での内部を確認すると、中部は外に窓が無いにもかかわらず、中が見渡せるくらい明るい。
どんな原理なのかは分からないが、灯りを持つ必要が無くなったのはありがたい。
カイル達が慎重に建物の内部に入ると、想像通りに扉が閉まるが、中の明るさは変わらなかった。
そして、生き物がいる気配も、魔法力の反応も無い。
改めて中を確認すると、建物の中は大きな長方形になっていてもの凄く広く、天井もかなりの高さだ。
壁も天井も床も、何の模様も無い殺風景な部屋で、特に仕掛けのようなものも見付からない。
「ねぇ、ここってさぁ、空間的におかしい気がするのよ」
「そうですわね。外周を歩いた距離と、ここを目算した距離ではかなりの違いがあると思いますの」
「そして、極め付けは… アレか」
そう言って三人の視線が向けられるのは、その空間でひと際目立っている像だった。
人よりもちょっと大きめのこの像は、ちょうど部屋の真ん中の位置に置いてあり、台座の上に立って剣を天に掲げている姿だ。
モデルが誰なのかは分からないが、軽装の剣士に見える。
一番の謎は、この像はなぜここにあるのか? なのだが、祭るにしても祭壇も何もないのだ。
それ以前に、誰も訪れることのない空間なのに、埃などが一切無いことだった。
まるで、この剣士を奉るためだけに建てられたようなこの建物に、カイル達は違和感を感じざるを得ない。
「うーん… ちょっと気味が悪いわね」
「でも、ギルドで見つけた本のタイトルは「剣士の放つ希望の光」でしたわ。そう考えると、この像がその剣士なのでは? としか思えませんの」
「いずれにしても、ここは違和感しか感じない。早めに終わらせよう」
実はこの剣士は建物のガーディアンで、侵入者を確認すると攻撃してくるんです。
と、言われた方が納得するくらいの像を目の前に、カイル達は次にどうするか決められずにいた。
すると、セシルが意を決したように歩き出し、剣士の像の前で止まる。
そして、ゆっくりと手を伸ばし、剣士の像に触れると、像が輝き出した。
「おいおい、ウソだろ? これって出来過ぎじゃないか?」
「まぁ、そう言う事もあるって分かったから良いじゃない。次も使える手だよ」
そんなやり取りをしていると、不意に背後に気配を感じたので、反射的に振り向くと、そこにはいつの間にか老人が立っていた。
白色のボロを纏い、長く伸ばした白髪を後ろで結び、長い髭に捻じれた木の杖を持っている。
腰が曲がっている分、身長はセシルよりも低いくらいだが、その眼力は物凄かった。
いかにも聖職者の風貌と言った感じで、薄っすらと体が透けているように見えることから、精神体なのかも知れないと感じた。
「お主らは何者だ。なぜここにいる? …いや、その前にどうやってワシを呼び出した?」
そして、突然に用に声を発し、当然のような疑問を投げ掛けてくる。
その内容からして、カイルたちがこの建物を訪れるために待っていた訳では無さそうだ。
カイルは戸惑っているセシルに代わり、ここを訪れた経緯を説明した。
「私たちは旅の者です。昔の記録にここの事が書いてあったので、助けを求めてやってきました。そして、彼女が剣士の像に触れたら貴方が現れたのです」
「ふん。なるほどな。…つまり、お主は神の刻印を持つ者、と言う訳か。ならば、目的は希望の光であろう?」
「…はい。そうです」
話が早い。
それ以前に、セシルやセレンに付けられた傷は神の刻印と呼ばれることも分かった。
そして、どうやらこの老人は、希望の光を求める者のために存在しているようで、セシルが像に触れた事により、自身が現れたという結果として、神の刻印を持つ者が希望の光を欲していると受け取ったようだ。
だとすれば、老人の言う神の刻印を付けられるのは今の時代だけではなく、昔からあったことになる。
もしかすると、このような建物はマルテンサイト王国以外、世界各地に同じような場所があるのかも知れない。
だが、今は老人の話を聞く方が先決で、カイル達は老人の話の続きを待つ。
「まず。その傷だが… それは神によって付けられたものだ。しかし、神は気まぐれだからな。何の目的で誰が付けたのは分からんが、取りたければ付けた本人に取ってもらうしかないだろう」
「と、取れるんですの!?」
「もちろんだ。ただ、そのためには誰が付けたのかを知る必要がある。 …その方法までは分からんがな。だが、常に近くで見られている事は間違いないだろう。見付けた後は交渉次第だな」
その後、老人は事の発端と思われることについて、詳しく話してくれた。
悠久を生きる神は、自身に行動の制限をかけたり、条件を付けたりして、自分なりの暇潰しをしているらしい。
中には壮大なシナリオを作り、自分たち以外の者を巻き込み、実演させて楽しんでいる者もいる、と。
様々な事をして気を紛らわせていないと、自身を保つ事ができず、何もせずにいる期間が長くなるとやがて無となっていき、その神は消滅してしまう。
そして、前の記憶を持たずに生まれ変わる「代替わり」と言う現象が起こると言う。
巻き込まれた側としては迷惑な話だが、その代償として何かしらの恩恵があるらしい。
それが、セレンの話していたルーン魔法であり、セシルの異常な反応速度なのかも知れない。
そう考えると、いろいろと合致してくる。
そして、ふと気付く。
「俺達の近くで見ている人外の者って言ったら… ハークロムの事か?」
「でも、ハークロムはどちらかと言うと、使われている側に感じますわ。執事服も着ていることですし…」
「うーん… だとすれば、ハークロムの上にいる神が首謀者だと思った方がいいか」
カイル達を執拗に狙い、何かをさせようとしているのも、ハークロムにとっての暇潰しなのかも知れないが、セシルの言うように神が執事服を着ているのも違和感があり、どちらかと言えば使われている方と言った方が頷ける。
そんなことを考えていると、老人が話を切り替えた。
「さて、本題に戻ろう。まず、お主らに聞くが、希望とは一体なんだ? 何の事を指しているのだ?」
「何… って、そんなの、この世界の平和じゃない。争いの無い世界を望むのは当然でしょ?」
「あるいは、みんなが幸せに暮らせる世界、でしょうか」
老人が静かに首を横に振り、そして言い聞かせるように話し出す。
「良いか? お主らが今言った希望とは世間一般的なものだ。だが、この広い世界で、本当に皆がそれを望んでおるのか? もしかすると、反対の事を望む者もいるかも知れないのだ。その者にしてみれば、お主らは反対の事を言う敵になるわけだ。分かるか? それでは力にならんのだ」
「じゃあ、もっと個人に限定して、具体的な表現にしないとダメって事なの?」
「そうだ。魔法だってそうだろう? 明確なイメージがあるからこそ、それが現象として起こるのだ。ならば、希望と言う言葉も同じだと思えばいい。それは、お主らの最も身近にあるはずのものを指す。それを力とするのだ。そうすれば… 神と… て…」
話の後半部分で、突然老人の姿にノイズのようなものが現れ、姿が掻き消えてしまった。
そして、急に辺りが緊張感に包まれ、とても嫌な予感がしてくる。
見ると、セシルとセレンも表情が険しくなっていた。
「…ねぇ、カイル。これって絶対に何かいる感じよね?」
「ああ、そうだな」
「正面ですわ!!」
セシルが叫んだ瞬間、カイル達の正面の壁が爆発し、辺り一面が煙に包まれて視界が遮られる。
そして、壁を破壊した何かが視界が利かない中、何かがカイル達に向かってくるのを感じ、カイルが叫ぶと同時にセシルとセレンが動き出す。
「来るぞ!!」
「数は一つだけですわ!!」
「カイル! この煙を何とかして!! 壁に穴が開いたから大丈夫でしょ!?」
セシルが敵の数を確認し、セレンが戦闘しにくいため、カイルに風を使うように要求した。
カイルは風の魔法を使って外の空気を取り込むと、天井付近で風を巻いて煙を吸い上げる。
すると、カイル達に向かう敵の姿を確認することができた。
敵は漆黒の衣装を纏い、黒色の防具を要所に装備していて、頭には額当てのみだ。
見た感じでは、ベークライト王国のギルドで依頼された、蛇狩りの時に出てきた黒装束を思わせる。
だが、あの黒装束よりも動きは遅い。
ならば、先手必勝だとカイルが先手を取り、風を纏って敵に向かって疾走すると、一気に間合いを詰め、魔法剣を発動して敵に斬り掛かる。
疾走している速度をそのままに、敵をすり抜けながら斬撃を入れようとしたところで、敵が急に加速した。
敵は、カイルのすぐ脇を抜けようとするが、それに気付いたカイルは体当たりで阻止する。
尋常じゃない速度でお互いに接触したため、二人はもつれ合って転がるように転倒し、よろよろとその場で立ち上がる。
敵の足が止まったところを狙ったセシルが敵に斬り掛かり、甲高い金属音を鳴り響かせると、そこから敵との斬り合いが始まった。
セレンがその後ろで様子を見ているが、その右手には光の弓が握られている。
カイルも再び風を纏って相手の隙を伺っていて、二人とも、すぐに飛び出す準備ができていた。
セシルと斬り合いをしていた敵は徐々に押され始め、少しずつ後ずさりしていくと、敵は自分の不利を感じ取ったのか、攻撃では無く防御に徹するようになった。
「カイル! この敵は何か企んでいますわ!」
セシルの警告とほぼ同じタイミングで、敵が一気に後ろへと距離を取り、自身を足元に出現させた魔法陣で囲んだ。
それを見たセレンが光の矢を放つが、その出現した魔法陣に阻まれる。
「やっぱりこっちの魔法では通らない!」
セレンが悔しそうに顔を歪める。
敵は、魔法陣に囲まれた状態だとその場から動けないらしく、肩で大きく息をしながらカイル達を睨んでいる。
「…話に聞いてたのと随分違うじゃねぇか。これじゃあ割に合わねぇ」
「誰に何をどう聞いたんだ?」
「はっ! そんなこと言うと思うのか? まぁ、襲撃に失敗した俺はもう終わりだ。 …だから最後に置き土産をくれてやるぜ!」
どうやら、誰かにそそのかされてカイル達を襲撃しに来たようだが、目的を果たせなかったために、戻ったら始末されるのだろう。
最後の切り札をつかって何かをしようとしているらしいが、物理的な攻撃は魔法陣に阻止されてしまうし、セレンの通常魔法でも同様に効き目が無い。
「セレン、何とかならないのか? 上位魔法は?」
「無茶言わないで! あれは違う頭を使うのよ! 使い分けにも慣れてないのに、すぐには切替えられないよ!」
「ははははっ もう、何をしても無駄だ。 …お前らも、道連れにしてやるぜっ!!」
敵を囲う魔法陣が怪しく輝き始めると、足元から無数の黒いものが現れて、敵の体に固着していく。
みるみる内に敵の体は黒い物体に覆われ、カイル達の見慣れた物になりかけている。
「ねぇ… あれって、そうだよね」
「間違いないだろうな。今は手も足も出せないから黙って見てるしかないけど」
「ご存知でした? このリルブライト大陸でのゴーレム遭遇率はかなり少ないみたいですのよ? 大抵は会ったら殺されるからでしょうが、これで私たちはこれで四度目ですわ」
「たぶん、カイルが好かれてるのよ」
「それは聞き捨てなら無い発言ですわ。カイルを好いて良いのは私だけですの。無論、ヤツは絶対に許しませんわ」
決して余裕があるわけでは無いのだが、何か話していないと不安になってしまう。
今、こうしてる間にも、目の前で苦悶の顔をしている男から目が離せない。
やがて、岩のように大きく凹凸した体が出来上がり、役目を終えた魔法陣が音も無く消えた。
そして、カイル達の前には、見上げるほどの黒いゴーレムが、出口を塞ぐように立ちはだかる。
「やっぱり、倒さなきゃいけないんでしょ?」
「もちろんですわ。こんなのを野放しにはできませんのよ?」
「セシル、セレン。コイツには核が無い。ベークライトの時と同じだと思う。 …だから」
「分かってるわ。私は古代の魔法を使っていけばいいのね」
「なら、私が後に続きますので、カイルは先制をお願いしますわ」
それぞれの役割を決めたので、後は目の前の敵を倒すのみ。
一気に向かおうと、カイルが風を纏い直すと、ゴーレムの腕が一瞬にして細く薄くなり、刃を思わせる形状に変化した。
それを構えるように掲げ、前傾姿勢になると勢いよく突進してきた。
動きはそんなに早くないが、あの刃の腕は触れると厄介そうだ。
まずはあれを無力化しなければいけないだろう。
「行くぞ!!」
カイルが掛け声をかけると、疾風となってゴーレムに向かう。
瞬く間にゴーレムとの距離を詰めると、カイルは挨拶だと言わんばかりに、すれ違いざまにゴーレムの片腕に魔法剣で斬りかかる。
だが、剣がゴーレムの体に当たると、まるで岩を斬り付けたような感触がして、どうにも気持ちが悪い。
それでも、斬撃はある程度有効らしく、全体を覆っている岩のようなものが、細かくボロボロと崩れるように剥がれ落ちた。
だが、片腕は切り飛ばせてはいない。
そして、セシルがゴーレムへと向かっているが、攻撃できるまでの距離がまだ足りないため、その時間稼ぎをセレンが受け持った。
「ソル・ユル!<太陽の弓よ!>『アポロン・レイ』」
セレンが古代ルーン魔法を唱えると輝く弓が現れる。
それを構えて引き絞り、ゴーレムに向けて放つ。
照準はゴーレムの両腕だ。
ガゼルとの模擬戦では、無数の光輝く矢が現れて一気に放たれたが、今回はまるで連射でもしているかのように、無数の光り輝く矢が続けざまにゴーレムの両腕へと突き刺さり、その都度大きな爆発を起こしている。
最後の一本が刺さるのと同時に大爆発を起こし、ゴーレムの両腕が弾け飛んだ。
その足元には体を覆っていた大量の岩のようなものと共に、両腕が落ちている。
そして、ゴーレムがぐらりと傾き、倒れかけたその時、爆発の煙の中からセシルが現れて攻撃を始める。
剣がゴーレムの体に入るたびに、体を覆う岩のようなものがボロボロと崩れていき、セシルの攻撃が激しさを増すごとに、崩れ落ちる量も多くなる。
このまま攻め切れるかと思った瞬間、ゴーレムが一気に後ろへと距離を取ると、先ほど弾け飛んだ腕のところから、剣のような鋭いものを出現させる。
そして、それを構えてセシルへと突進した。
それは、ゴーレムとは思えないほどの俊敏さで、あっと言う間に距離を詰めてしまうが、その行動は離れた場所で戦闘を見ていたカイルに気付かれており、セシルへと攻撃を開始する直前に、疾風と化したカイルに凄まじい勢いで蹴り飛ばされた。
不意を突かれたゴーレムは勢いよく転がり、壁に激突して止まったが、攻撃はこれだけでは済まない。
「ソル・ユル!<太陽の弓よ!>『アポロン・レイ』」
セレンの声が高く響き、再び光輝く矢の的にされた。
光輝く矢の連射が激しくゴーレムに襲い掛かり、爆発を伴う攻撃に晒されたゴーレムは、背後の壁に阻まれているため、これ以上後ろへは下がれない。
なのに、前方からは連続する爆発と、それに伴う衝撃波が問答無用で襲い掛かる。
通常の人間ならば、跡形も残らず消し炭になっているだろうが、ゴーレムは違った。
無意味に防御力が高いため、攻撃の最後まで受け切ってしまう。
痛みや苦しみを感じているのか、表情と呼べるものが確認できないために何とも言えないが、見てるこっちの方が痛々しく感じてしまうほどの攻撃だった。
「セレン、あまり飛ばし過ぎるとスタミナ切れになるぞ!」
「そうですわ! お子様なのですから無理をしてはいけませんわ!」
「むー!! 二人して私を子ども扱いするなぁっ!! イス・ナウズル!!!<凍てつく氷像となれ!>『セルシウス・コフィン』」
そして、セレンは今日一番の大きな声で文句と共に魔法を唱えると、さっきまで爆発の連続だったゴーレムが、今度は一気に氷像へと姿を変える。
この氷像にする魔法も、従来のものと違ってもの凄く透明度が高く、破壊できそうにないと見て分かった。
以前、海賊のリーダーを同じように氷像にした時は、空気も混じった白濁した氷だったが、今回のものはクリスタルのような氷で、それは別次元のもののようにも見えた。
やがて、目の前のゴーレムが動かぬ氷像となり、辺りを包んでいた緊張感も霧散すると、カイルは開放感から「ふぅ」と一息吐く。
すると、後ろで何か音がした。
新しい敵かと思い、剣の柄に手を掛けながらセシルと共に振り向くと、そこには床の上に大の字になり、気持ちよさそうに鼾を掻いて寝ているセレンの姿があった。
あの警戒心の強いセレンが寝たということは、敵への脅威は無くなったと言えるだろう。
カイルとセシルはお互いに顔を見合わせて笑い合う。
「やっぱりスタミナ切れじゃないか。それにしても、さすがはセレンだ。最後に美味しいところを持ってったか」
「あれほど気を付けろと言いましたのに、言う事を聞かないのはセレンの専売特許ですわ」
セシルは、もう一度像のところへ行き、手で触れてみたが、何も起きなかった。
あの老人が出現する条件があるのかは分からないが、直感的にもう現れないと感じた。
「もう少し話を聞きたかったのですが、もう出て来そうもありませんわ」
「あぁ、俺もそう思う。とりあえず、セレンはもう少し休ませてやりたいから、あまり気乗りはしないけど、ここで小休憩しようか」
「そうですわね。私たちも消耗していることですし、賛成ですわ」
その後、気持ちよさそうに寝ているセレンを起こさないように注意しながら、バッグパックから屋内で使用するキャンプ用マットを取出すと、ゴーレムが破壊した壁の一部を使ってかまどを作り、食事の準備を始める。
お湯が沸くのを待ちながらセレンの方を見ると、セシルが膝枕をしていた。
セレンの髪を優しく撫でながら、愛おしそうに寝顔を見つめているセシルを見ていると、まるで聖母が子供に慈愛を与えているかのように見えた。
その光景に、カイルが思わず見惚れてしまっていると、僅かに頬を赤らめたセシルが小さく微笑む。
「そんな顔をしなくとも、後でカイルにもしてあげますわ」
「え? 俺、どんな顔してた?」
「羨ましそうな顔をしてましたわ。 …もしかして違いますの?」
どうやら、カイルが見つめていたのを、膝枕が羨ましくて見ていたんだと受け取ったようだった。
半分は合っているけど、それは言わないでおこう。
そこで、カイルはさっき感じた事を言ってみた。
「まぁ、それは随分と褒めていただけますのね」
「いや、正直に思っただけだよ。まるで宗教画のようで、思わず見惚れてしまってた」
顔を赤くしながら、恥ずかしそうにうつむくセシルはとてもきれいで、そう言った仕草にも思わず見惚れてしまう。
いつまでも見ていたと思っていると、お湯が沸いた事で止まっていた時間が戻ってきた。
それから、ベークライト城から持ち出した紅茶を淹れ、セシルと二人でゆったりと飲んでいると、その匂いに釣られたのか、セレンが目を覚ました。
「あ、あれ? ここはどこ? 何で私は… セシルに膝枕されてるの…?」
まだ起き抜けで焦点の合ってない目をしながらゆっくりと起き上がり、辺りをきょろきょろと見渡している。
セシルが、ゆっくりと状況の説明を始めると、話を聞いていたセレンが顔を赤くしながら顔を背けた。
「ははは… ごめんなさい。まさか本当にスタミナ切れになるなんてね… はぁ、反省しなきゃだわー…」
本人は乾いた笑いをしているが、カイルとセシルはその危険性を見抜いており、いつか伝えようと思っていたから、今言うのがタイミング的にはいいだろう。
「なぁ、セレン。その古代ルーン魔法だけど、現状の課題を解決するまでは、使わない方が良いんじゃないか?」
「へ? 課題? って、何それ?」
「セレン。貴女は自覚がありませんの? いいですか? 貴女は古代ルーン魔法をある程度使うと眠ってしまいますのよ? …これは本人の意思に関わらず強制的に、ですわ。魔法だから大抵は魔法力が切れると思うのですが、貴女の場合はそれをつかう体力に問題がありますの」
セシルがセレンの鼻先に人差し指を向けて、認識不足になっているところを指摘する。
これまでのルーン魔法なら何度も使ってたが、スタミナ切れを起こしたことは一度も無く、戦闘後でも元気に暴れてたくらいだ。
なのに、古代ルーン魔法を覚え、使い始めた時から、何度か魔法を使うと糸の切れた人形のように、ぱたりと倒れて眠ってしまう。
それは戦闘中であっても例外ではなく、現にカイルの実家での模擬戦でも寝ている。
セレンの事だから、ひとりの時にそんなことはしないだろうし、そんな状況にならないように注意はしているのだが、何事にも「絶対」はない。
そのため、最悪のケースとして、ひとりでの戦闘中に強制的に眠りに入り、なす術も無く… と言う最悪なシナリオが出来上がってしまう。
その危険性を、カイルとセシルはセレンに指摘していたのだ。
「うーーーーん… どうしたものかなぁ?」
「そんなに悩んでも、すぐに答えなんて出ませんわ。だから、選びなさい」
「へ? 何を選ぶの?」
「古代ルーン魔法を使わないか、ルーン魔法と使い分けできるようにするか、だろ? 今の時点で、すぐにスタミナを上げるなんてできる訳無いんだからな」
「うーーーーん… どっちがいいかなぁ?」
カイルの作った野菜スープを食べながら、うんうんと唸っているが、セレンが悩むのは当然の事だ。
カイルの実家での訓練時、セレンはマリアにこの魔法を昇華させろと教えられていた。
ならば、自分のものになるまで使い続け、そこからオリジナルのアレンジして更に使い込む。
そうしたやり方は覚えただけでは決してできず、とにかく数多くの実戦を積み重ねることが重要なのだが、ルーン魔法を使い分けたり、必要な時にだけ古代ルーン魔法を使っていたのでは、いつまで発っても昇華なんてできるはずが無い。
かと言って、カイルたちの言うように「絶対」は無いのだから、最悪のシナリオを否定することができない。
結論として、どちらを選ぶかなんて、答えられるはずがない。
いつにも増して悩んでいるセレンを見て、カイルとセシルが提案をする。
「よし、分かった。じゃあ、こう言うのはどうだ?」
「貴女は、カイルと私の前でのみ古代ルーン魔法を使う。もちろん、問題が解決するまでですわ」
「セシルの言う通り。だから、俺達の前では全開で使って良いぞ? ただし、状況を見て使うかどうかの判断をしてくれ。それと、古代ルーン魔法の訓練もやっていこう。セレンもそれが望みなんだろ? 納得できるまで俺たちが付き合うから、安心していいぞ」
「うん! 分かったわ。ありがとう、二人とも」
セレンが満面の笑みを浮かべながら、肉にかじりつく。
一応は、これでセレンのスタミナ切れ問題は、条件付きで解決したのだった。
そして、次が本番だ。
「さて、じゃあ本題に入ろうか」
「本題… って?」
「セレン。貴女は、ここに何しに来たのか覚えていませんの?」
セレンが手をパンっと叩き、「ああ、そうか」みたいな顔をした。
カイルがやれやれと言った顔をすると、先ほどの騎士の像から現れた老人の言ったことの要点をまとめる。
1、セシルとセレンに付いている傷は神の刻印と呼ばれている
2、その傷は付けた本人に取ってもらう事ができる
3、そのためには誰が傷を付けたのかを知る必要がある
4、傷を付けた張本人は近くで見ている事は間違いない
5、希望と言うのはもっと身近にあり、それを力にすることができる
「こんな感じかな? 他に捕捉とかあるか?」
「それで概ね合ってますわ。 …私達に付けられた傷は、付けた本人であれば取り除ける、と言う事ですのね。そして、私達の近くで見ている。と」
そう言いながら、セシルが辺りを見回す。
もちろん、そんな簡単に見付かる訳も無いのだが、思わず確認してみたくなったのだろう。
「そうね。そして、この傷が無くなると、私もセシルも普通の女の子に戻れるってことね」
「相手を倒す必要があるかどうかは分からないけど、もしもその力を失ったとしても、俺達の身近にあるって言ってた希望を力に変えれば良いのか」
「これでストーリーはできましたわ。後は、その通りに事が進めば良いのですが…」
「ねぇ、これは提案なんだけど、もう一つ保険をかけた方が良いと思うのよ」
セレンが意外な提案をしてきたが、カイルとセシルはお互いに顔を見合わせて「わからない」と言う顔をする。
「いや、そんな顔されてもねぇ… 私が言いたいのは、希望の光を力に変える事は決定事項だから良いじゃない? そして、さっきも言ってたけど私の負担を軽くしたいなら、カイル達の武器に古代ルーン魔法を付与しても良いんじゃないかって思ったのよ」
「前に俺がお願いしてた事か。で、それは可能なのか?」
「私にはできないけど、できる人物を知ってるのよ」
「セレン。貴女、もしかして里帰りしようとしていますの?」
セレンが難しい顔をしながらも強く頷いたが、心なしか表情が強張っているようにも見える。
だが、それは当然のことだろう、自分を見捨てた家族や知り合いが住んでいるところに戻ると言うのだ。
出て行けと言われたのに、のこのこ戻ってきたと知ったら、どんな事を言われるかわからない。
いや、セレンが怖がっているのは、自分と一緒に行くカイルとセシルに対し、どんな言葉を投げ付けられるのかが心配だった。
自分は何を言われてもいい。
だけど、この二人にはそんなことはしないで欲しいと思っている。
自分に居場所をくれた大切な仲間にだけは、心無い言葉を投げ付けて欲しくない。
「セレン。お前はやっぱり考えが顔に出るようだな。でも大丈夫、心配は要らない。俺とセシルは何を言われようとも大丈夫だ。なぜなら、セレンが正しいって事を誰よりも知ってるからな。だから安心しろ」
「そうですわ。貴女の事は私達の方が知っていますのよ? もちろん、一緒にいる時間はまだ短いのですが、共に潜り抜けた死線の数だけは負けませんわ。だから、貴女の故郷の方が私たちに何を言ったとしても、私達の心には貴女の言葉しか入りませんわ」
嬉しかった。
カイルとセシルは初めて会った時からそうだったけど、絶対に相手を責めずに、何かを失敗したとしても、その失敗を笑い飛ばし、次につながれば良いと言ってくれる。
何よりも、セレン自身を認めてくれている。
それが素直に嬉しかった。
だからセレンは誓う。
(絶対に私の想いを形にしてみせる。そして、あの二人の力になるんだ)
胸の前で握った拳は、セレンの想いを表しているかのように、固く握られていた。
そして、セレンの里帰りが始まるのであった。
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