第25話 実家には何か秘密がある
実家には何か秘密がある
「バーク!! お前ら生きてやがったのかぁ!! 随分としぶてぇじゃねぇか!!」
「当り前だろぉ!? てめぇより先にくたばるつもりはねぇんだよ!!」
それは、カイル達が廃村で救助したバーク達を、ギルドに送り届けた時のウィルからの第一声と、それに続くバークの声だった。
その声の大きさに、ギルドのホールにいた他の冒険者が全員、ウィルたちの方を一斉に向く。
だが、暑苦しい男二人の抱擁を見せ付けられ、ほとんどの冒険者が項垂れていた。
「いやぁ、本当に助かったぜ。 …さて、これが約束のものだ。受け取ってくれ」
そう言われてウィルが差し出したのは、資料室の使用許可書だった。
しかも有効期限なし。
ベークライト王国のギルドの資料室と同じで、いつでも見る事ができると言う事だ。
既に、隣にいたセレンが「早く資料室に行きたい」と目を輝かせ、鼻息を荒くしているので、現地で回収した認識票をウィルに渡すと、早速資料室へと向かう事にした。
「じゃあ、ウィルさん。俺達は早速、資料室に行ってみるよ。バーク達もまたどこかで」
「ああ、前回と言い、今回と言い、手を煩わせてすまなかったな。今後、困ったことがあったら遠慮なく声を掛けてくれ。俺達はアンタらの助けになろう。約束する」
「そうだな。俺達ギルドもお前らの力になるぜ。だから、いつでも来な!」
「ありがとうございます。私達も何かあればお力になりますわ」
「そーだよ、遠慮なく言ってね。安くしとくからさ」
ウィルとバークに声を掛けると最上階へと向かう。
ベークライト王国のギルドでは特に見張りは立ってなかったが、ここでは厳重な警備が敷かれており、完全武装の冒険者が警備を行っていた。
ウィルからもらった使用許可書を警備に見せて中に入ると、中の光景はあまり良いものでは無かった。
本棚はあるのに、床に積み上げられた本の山があったり、本棚の中が揃ってなかったり、とにかく乱雑だ。
この状況を見て、すぐにウィルを想像してしまった。
ギルドの資料室も、ギルド長に似るのだろうか。
ニーアムのところはきれいに整理整頓されており、使う側も気持ちよく利用できたのだが、ウィルのところは、まず片付けをしたくなった。
「うわー… これは、ウィルさんを表してるみたいだわ」
「使う前に、片付けたくなりましたわ」
女性二人も拒否反応が出そうな状態になっていたのだが、時間も惜しいので読みながら整理整頓をすることにする。
床に積んである本は、読んだ後にテーブルに乗せておき、本棚から取って読んだ本も、同じようにテーブルに置いておく。
そうして本棚が一つ空になったら、テーブルの本を本棚に並べていく。
そうやって、ほぼ一日かけてカイル達の作業が完了した。
結局、ここでの収穫は何も得られず、セレンの探す本も無かったようで、セシルと一緒に残念がっていた。
とにかく、ここでのやる事が終わったので、食事と宿探しをするためにウィルに資料室を借りた事のお礼に行くと、ジェイクがウィルと話をしていた。
そして、カイルを見つけると、にこやかに近寄ってくる。
「おお、カイル。久しぶりだな。セシルも元気そうだし、そちらのお嬢さんは始めましてだな。私はカイルの両親と昔パーティーを組んでいたジェイクと言う者だ。今は武器防具屋を経営しているから、何かあったら立ち寄ってくれ」
「ど、どうも。私はセレンです。最近、カイルたちの仲間になったの。今後ともよろしくです」
まだ、人見知りなところも残っているセレンが、ジェイクと自己紹介をかわす。
それを見届けて、ウィルがカイルに話しかけた。
「何だ? 資料室はもうお終いか?」
「ええ、残念ながら探し物は見付かりませんでしたわ。ジェイクさんもお元気そうで何よりですわ」
「ねぇ、ウィルさん。ここの資料室なんだけどさ、なんか品揃えが悪いんじゃないの?」
「あのなぁ、嬢ちゃん。あの資料室は俺の趣味で仕入れてんじゃねぇんだよ。残念だがな」
「そうだ、カイル。ガゼルとマリアが家に戻ってるぞ。しばらくは家にいるとも言っていた。時間があるのなら、顔を見せたらどうだ? 二人の紹介もしていないのだろう?」
昨日、ジェイクが家の手入れに向かった時には既に戻っていたらしく、仕事は完全に終わったわけでは無いらしいが、しばらくは動かなくても良いため、こっちにいるとの事だった。
「ありがとう、ジェイクさん。じゃあ、俺達の用件が終わったら行ってみるよ」
「カイル。私はご両親にご挨拶をさせていただきたいのですが… こちらを優先させてはいけませんか?」
「そうよね。私もカイルの両親に会ってみたいわ」
セシルが上目遣いで訴えてくるなら断る理由はない。
セレンも会いたいって言っていることだし、久し振りに帰ってみることにした。
「分かったよ。じゃあ、明日は俺の実家に行ってみるか」
「はい!!」
「やったー!!」
はしゃぐ二人を連れて、カイル達はギルドを出ると、今夜の宿探しに向かうのだった。
翌日。
いつもより早めに起きたカイルは、早速身支度を整えると、宿の台所を借りてお弁当を多めに作った。
なるべく食器を使いたくなかったので、サンドイッチやおにぎりなどを作り、旅の準備をする。
カイルの家はここから約1日かかるため、できるなら早めに出たいと思い、歩きながらでも食べられるようにお弁当を作っていたのだ。
準備もできて部屋に戻るとセシルが起きていて、カイルの姿を見つけると駆け寄って来る。
「カイル。どこに行っていたんですの? 心配しましたわ」
「ごめん、心配かけたね。歩きながら食べられるように、お弁当を作ってたんだよ」
「歩きながらですの? …それはそうと、私に心配をかけたのですからお詫びくらいは欲しいと思いますの。 …セレンはまだ寝てますわ」
「ああ、俺の家までは遠いんだよ。だから早く出ようと思ってたんだ。 …じゃあ、お詫びだ」
セシルの頭に手を乗せ、軽く撫でるとセシルが嬉しそうに目を細める。
そのまま顔を近付けて、チュッと軽くキスをする。
名残惜しそうに唇を離してセシルの顔を見ると、赤くなりながらも不満気な目をしている。
どうやら、軽いキスでは物足りないらしい。ちょっと頬を膨らませていた。
最近は、セシルもかなり積極的で活発になっている。
セレンの影響もあるだろうが、良い傾向にある。
そんなセシルの要望には応えたいところだけど、こればかりは仕方ない。
不満気に膨れているセシルに見えるように、セレンの方を指さす。
セシルが凄い勢いでセレンの方を向くと、毛布を被り直そうとして失敗したセレンと目が合った。やっぱり起きてたようだ。
「い、いやぁー… 朝からお熱いですなぁ。あ、私には構わなくて良いわよ。ほら、カイル。もう一回やってあげなさいよ」
「セレン。貴女はもう少し空気を読んだ方が良いと思いますの。カイル、次からは二部屋にした方が良いと思いますわ」
「セレンが空気を読んでくれてればもう一回してたよ。だけど、さすがにセレンの目の前ではできないだろ? …それと、宿は一部屋だ。襲撃されると大変だからね。さぁ、今日は着替えたらすぐに出よう。移動しながら食べられるように朝食は用意してるから」
朝のやり取りも無事に終え、冒険者スタイルに着替えると、荷物をまとめてカイルの実家へと向かった。
カイルの実家はここから街道に沿って、半日くらいの距離にある村へ行き、そこから山に入った更に半日くらいかかるところにある。
だから、今出発すれば、カイルの家には夜には到着するだろう。
「ねぇ、急ぐ時は馬車って使わないの?」
「セレン。これも鍛錬の内ですの。だから貴女も鍛えた方が良いですわ。一番体力が無いんですのよ?」
「えー… でも私は魔法使いだよ? ムキムキの魔法使いなんていないよぉー」
既に歩き疲れたのか、セレンがうなだれて歩いている。
その点、セシルは城でも鍛錬をしていただけの事はあり、スタスタと軽快に歩いていた。
まぁ、セレンは幼児体型で体が小さい分、スタミナも無いから余計に疲れやすいのかも知れない。
話をしながら歩いていると、やがて山へ入るための村に到着した。
「あぁー… やっと着いたぁー…」
「まったく、だらしないですよ? セレン」
村に入ってすぐのところでセレンが座り込んでしまった。
途中で何度も休憩をいれたのだが、余程疲れたのだろう。
村人がカイルに気付き、近寄ってきた。
「おお、カイルじゃないか。久しぶりだなぁ。これから家に行くのかい?」
「あ、どうも。ご無沙汰してました。 …はい。これから仲間と家に行くところです」
「そうか。じゃあ、二人によろしく伝えてくれ。それと、ここから先の道中は十分に気を付けて。お嬢さん方にはキツイ道かも知れないからな」
それからしばらく休み、セレンもだいぶ回復してきたのを見計らい、カイルの家へ向かうべく、山の中へと入って行った。
予想はしていたが、セレンは早々にリタイアしそうだったので、魔物搬送用のシートに乗せて運搬している。
家へ続く道は険しく、歩き慣れているセシルでも辛そうだった。
「こ、ここで、カイルは、毎日鬼ごっこ、していましたの?」
カイルとの話を思い出したのかも知れない。
額に汗を浮かべて、息を切らせながら懐かしい話を切り出してきた。
カイルは周りの木々を見渡し、大きく息を吐きながら答える。
「ああ、そうだ。ここで鬼ごっこをしていて、母さんに殺されかけた時にセシルの声に救われたんだ」
「母親に殺されかけるって、一体どんな訓練なの?」
まぁ、普通はそういう反応だと思う。
だから、セレンが不思議に思っても仕方ないだろう。
カイルが当時の状況を詳しく説明すると、2人とも「あり得ない」って顔をしていた。
セレンをシートに乗せているので、思った以上進むことができているが、セシルの疲れが酷そうなので、近くにある水辺で休憩することにした。
「わぁ、いい眺めじゃない」
「ふぅ、だいぶ進みましたわね」
「セシル。無理させて済まなかったね。ここは山の中ってこともあったから、なるべく早く着いた方が良いと思ったんだよ」
「うふふっ 私はカイルの言う事であれば何でも従いますわ。好きに命じていただいて構いませんのよ?」
「聞いた? カイルが命令すれば、セシルは何だって言う事聞いてくれるってー。うふふふ…」
「セレン。私はカイルの命令にだけ従うのですわ。貴女の考えをカイルに言わせてもダメですのよ?」
いつも通りの軽口を交わしながら体を休めていると、ふいに場の雰囲気が変わった。
すぐに三人の顔にも緊張が走り、手探りで休憩道具を片付けると、索敵をしながら辺りを警戒する。
すると、突然足元に亀裂が入り、そこから見た事も無いものが飛び出してきた。
見た目は四つ足の獣だけど、体が岩に覆われていて顔と呼べる物体はあるが、目や鼻、口は無い。
だが、ゴーレムでもなさそうだから判断に困る。
ただ、向こうには戦う意思があり、こちらを見て興奮しているのは間違いなかった。
「先制して終わらせるぞ!!」
「分かりましたわ!!」
「行くよ!! ウィン・ユル!<光の弓よ>『光破弓』」
カイルとセシルが左右に分かれた瞬間、セレンが正面に向かい手を開き、光の矢で岩の化け物を撃つ。
光の尾を伸ばしながら無数の矢が岩の化け物の体に突き刺さると、矢を刺されたことに激怒した岩の化け物が、二本の足で立ち上がった。
だが、その隙にカイルとセシルが交差して敵に斬り込むと、敵は魔法剣での斬撃に深手を負い、力なくその場に崩れ落ちる。
カイルがとどめを刺そうとした時、頭上から二人組が飛び込んできて、カイルとセシルは警戒しながら距離を取った。
「あれ? もう終わっちまったか?」
「貴方が遅いからですよ」
「あれっ!? 父さんと母さん?」
「「えっ?」」
久し振りの親子の再会だった。
しばらく、五人で顔を見合わせていると、カイルの足元で岩の化け物が動き出しそうになり、慌ててとどめを刺す。
その動きをきっかけに、会話が始まった。
「えーと… うん。お前らがここにいる理由は家で聞こう。そろそろ夕食の時間だし、食べながらにするか」
「では、私は先に家に戻って準備をしておきます。ガゼルはみんなを連れてきて」
「ああ、分かった。俺らはここでもう少し見回ってから戻るよ」
夫婦の会話が終わった瞬間、マリアの姿が風と共に消えた。
ガゼルはそれをにこやかに見送ると、カイル達を伴って周囲の見回りをする事にした。
「あの岩みたいなヤツな。最近出始めたんだよ。見た目はあんな感じだから分からないけど、結構凶暴でな。生態系にも影響が出そうだからって、ギルドが俺に調査と対処の依頼をしてきたんだ。まぁ、俺達はゴーレムからの派生だと思ってるがな」
「じゃあ、それ以外はまだ何も分かって無いんだ?」
「ああ言うのは、ベークライト王国では見た事がありませんわ」
「でも、そんなに強くなかったわよね?」
「ははっ、それは違うぞ? あれはギルドの認定ではランクBに相当する。大きさや固体に差があるからだけど、ランクCだとチーム戦でも苦戦するレベルだ。ソロなんて自殺行為だけどな。それと、自覚が無いようだから言うが、お前らが強いんだよ。さっきの戦いっぷりだと上位のランクAくらいだろうな」
確かに、カイル達は他の冒険者に比べると、優位な特技があるために強い部類に入るとは思っていたが、それを父親に肯定されると、ちょっと嬉しくなる。
そして、見回りを続ける事数十分。
目の前にさっきの岩の化け物が出てきた。
その数は五体。
「俺は二体やるから、残りは任せた。ちなみに、俺が二体をやり終わっても、そっちが残ってたら俺が食いに行くからな?」
ガゼルはニヤリと笑うと、風を纏って群れの中に疾走する。
そこから二体を拳で打ち飛ばして、群れから遠ざけた。
「カイルと同じ技を使いますのね。 …でも、剣を持ってるのに、どうして素手なんですの?」
「技もだけど、素手で戦ってるのは俺も初めて見た」
「ちょっと! 早くしないとカイルのお父さんに全部取られちゃうよ?」
セレンの言葉で我に返る。
カイル達の視線の向こうでは、腰の剣を抜かずに岩の化け物を素手で殴り付けているガゼルの姿が見えた。
やけに楽しそうなのが気になるが、それは気にしないでおこう。
「セレンの言う通りだな。父さんに先を越される前に、俺達も行こう!」
「分かりましたわ!」
「うん、やろう!」
そして、カイル達も戦闘を開始する。
その奥では、二匹目の岩の化け物も素手で破壊したガゼルが、興味深そうにカイル達の戦いを眺めていた。
今回の戦いにおいては、遠慮なしで一気に終わらせるため、カイルもセシルも魔法剣を発動し、風と雷をそれぞれ纏っている。
初めにセシルが雷と化して先行し、三体並んだ真ん中にいた岩の化け物1体を、外に向けて凄い勢いで蹴り飛ばす。
次に風を纏ったカイルが疾風と化して、側面から一体を蹴り飛ばし、もう1体に激突させる。
そして、先ほどセシルによって蹴り飛ばされた一体は、再びセシルによって蹴り飛ばされ、カイルがぶつけてもつれ込んでいる二体に激突させた。
斬撃では無く、蹴り飛ばす事で三体を一か所に集めると、狙ったかのようなタイミングでセレンが灼熱の檻を作り出し、三体を捕らえる。
最後に、セレンが開いた手を握ると、灼熱の檻の中を一気に消滅させた。
「ふふん。どうよ? ざっとこんなもんね」
「これは、この前の強力な方ですわね」
「やっぱりすごい威力だな。塵ひとつ残さないのがセレンらしいけど」
カイル達の戦いを見て、ガゼルは自分の手が震えていることに気付いた。
戦闘が始まる前に声を掛けた程度で、それ以外は会話と言う会話はしていない。
なのに、まるで打ち合わせでもしていたかのように、見事な連携が取れている。
カイルがガゼルたちの元を離れてまだ二ヶ月も経っていないと言うのに、既に二人の仲間がいて、深い絆で結ばれている。
ガゼルは自分の息子の驚くべき成長に喜びを感じていた。
「…父さん? 何かヘンな顔をしてるよ?」
「ヘンな顔って何だよ? お前の父親だろ? それよりも、この周囲にはもういないようだ。マリアが怒り出す前に家に帰るとするか。ちなみに、いそいで帰るんだが、俺について来れるか?」
「セシルは大丈夫だと思うけど、セレンが無理だ。だからセレンは俺がおぶっていくよ」
「ぐ… セレンが羨ましいですけど、仕方無いですわね」
「やったー! じゃあ宜しくね、カイル」
セレンの前に屈んでカイルの背に乗せると、ガゼルが勢いよく走りだした。
それに続いてセシルとカイルがガゼルの後を追う。
一時間くらいかかって、ようやくカイルの家に到着した頃には、辺りは真っ暗になっていた。
家の中ではテーブルに大量の料理が並べられており、その匂いにセレンのお腹が鳴る。
「うわぁ、美味しそう」
「いっぱい走りましたから、お腹が空きましたわ」
「さて、食べる前で悪いけど、俺から紹介をさせてもらうよ。簡単な紹介しかしないから、詳しい事は食事しながらでも聞いてくれればいいかな」
そして、セシルとセレンにガゼルとマリアの紹介をすると、次にガゼルとマリアにセシルとセレンの紹介をした。
セシルについては、カイルが探していた相手である事、ベークライト王国の姫である事、カイルと最近婚約した事を告げた。
セレンはアルマイト王国への船の中で仲間になった、優秀な魔法使いだと伝えた。
「じゃあ、後は食べながらにしよう。せっかくの料理が冷めちゃうからね。 …じゃあ、
いただきます」
「「「「いただきます」」」」
そして、食事をしながらの会話が始まった。
最初は、ガゼルが先ほどの自分が見た戦闘についてマリアに話をしていた。
我が子の成長と、仲間との素晴らしい連携を嬉しそうに話すと、話を聞いていたマリアはだんだんと興奮に頬を染めてきたと思うと、爆弾的な発言を投下した。
「ならば、明日は私達と模擬戦ですね。もちろん、本気で来て構いません。良かったですね、ガゼル。これでスッキリできそうです」
「ああ、そうだな。 …って事で済まないが、明日は俺達の憂さ晴らしに付き合ってくれ」
「憂さ晴らしって… ホントに本気でやっちゃって良いの?」
「ああ、構わない。セレンのとっておきを披露しても大丈夫だぞ? そこの二人は別次元だからな。俺ですら本気で戦って、勝ったことが一度も無いんだ」
「出し惜しみしないで良いのなら、私達もスッキリできそうですわ」
「お? 良いねぇ。さすがは息子の婚約者だ。明日が楽しみになってきた」
そうして、戦闘の話が終わると、次は名前の呼び方の話になった。
ガゼルたちも、いちいちさん付けで呼ぶのには他人行儀だと言ってるし、セシルとセレンもよそよそしいのはイヤだと言っている。
そこで、ガゼルが切り出した。
「息子の婚約者と信頼する仲間なら、俺達にとっても娘達みたいなもんだ。だから呼び捨てにさせてもらうぞ?」
「もちろんですわ。なら、私はお父様、お母様と呼ばせていただきますわ」
「私は、お父さんとお母さんって呼びたいわ」
「ふふふ… ガゼル。私達にやっと娘ができましたね。それも、こんなに可愛い娘達が一気に二人も」
「ああ、嬉しい限りだ。これから存分に甘えて良いぞ?」
ガゼルとマリアが嬉しそうに笑っている。
訳あって一人しか子供を持つことが許されなかったマリアの目には、喜びの涙が浮かんでいた。
そして、最後に婚約の話になった
「それにしても、こんなに早く婚約になるとはなぁ… 想像もしてなかったよ」
「あんなに苦労して探してた娘を、やっとの想いで見つけたのです。当然でしょう」
「そうだな。 …カイル、セシル。婚約おめでとう。俺達夫婦はこの婚約を認めよう。ただ、一つだけ頼みがある」
「お父様、お母様、ありがとうございます。 …それで、頼みとは…?」
ガゼルとマリアが認めてくれたことで、両家公認となり、正式に婚約が成立した事になる。
だが、ガゼルはカイル達に頼みがあると言ってきた。
セシルがお礼を述べ、その頼みの内容を聞くと、ガゼルとマリアは真剣な顔でお互いを見合わせてから、カイル達の方を向く。
「さっきも言ったが、俺達はこの婚約を認める。カイルがベークライト王国へ婿入りすることも含めてだ。その上で、頼みがある。 …それは、ヴェルザークの名だけは残して欲しいということだ」
「それは… もちろん構いませんわ。すると、私の名前はセシル=ルーナ=ヴェルザーク=ベークライトですわね」
「そうだな。それと、セレンもヴェルザークを名乗っても良いぞ。何て言ったって俺達の娘なんだからな」
「え!? 本当に良いの!? ありがとう、お父さん! じゃあ、私の名前はセレン=ライクチェット=ヴェルザーク=ノイマンだね」
「二人とも本当にありがとう。 …でも、このヴェルザークの名はとても大事。後でお父さんから言われるから、よく聞いて欲しい」
セレンが嬉しさの余り、ガゼルに抱き付くと、それを普通に受け止め、嬉しそうにセレンの頭を撫でている。
「ほら、料理はまだあります。セシルとセレンはもっと食べなさい。そうすればもっと大きくなれるし、出るとこも出ます。カイルはそう言うのが好きですね」
「分かりましたわ、お母様。私、もっといただきますわ」
「私はもう、お腹いっぱい。おいしかったー」
「カイル。ヴェルザークの話は長くなりそうだから、明日改めてすることにしよう。 …それと、しばらくはウチにいてくれ。いろいろと教える事、やることが出てきた。それくらい良いだろ? それとも急ぎの用事があるのか?」
ガゼルからしばらく滞在するように言われる。
カイル達はベークライト王国のギルドの資料室で見つけた、本に挟んであったメモを頼りに、印の場所を探す予定だった。
だが、最優先事項では無いし、カイルの実家へ行くこともベークライト王国の国王へ手紙を出している。
だから、安心してガゼルの申し出に応じることにした。
食後、マリアたち女性陣は台所で洗い物や後片付けをしながら話をしていた。
「お母さんの料理は、やっぱりカイルと同じ味がしたよ。とっても美味しかった」
「ありがとう、セレン。カイルは私が三年間仕込んだ。だから私と味は変わらないはず」
「私もお母様みたいに、お料理が上手だと良かったのですが… そうすればカイルにも食べていただけますのに… もっと練習すべきでしたわ」
「セシルはこれからでも大丈夫。私が教えるから、きっと上手になる」
「ありがとうございます。お母様」
「気にしなくても良い。 …それに私を含め、セシルとセレンも同じだから。 …これは明日話しましょう」
マリアが意味深な話をしている時に、ガゼルとカイルは外でお風呂の準備をしていて、今は薪割りをしながら話をしている。
「なぁ、カイル。セシルとセレンの事だが… あの二人はお前と一緒だからこそ本領を発揮できるんだ。無いとは思うが、絶対に手離すなよ」
「それはもちろんだよ。でも、さすがだね。もうそこまで分かってるんだ?」
「たぶん。そのことも明日話すことになると思うから、その時に詳しく聞いてくれ」
そして、お風呂はいつも通り… だと思ったら、珍しく女性陣が三人で入っていた。
なので、仕方無く男二人でお風呂に入る。
さすがに寝る時はいつも通りで、カイルとセシルがカイルの部屋で寝て、セレンがガゼルとマリアの部屋で寝た。
セシルと並んで寝ていると、カイルに話しかけてきた。
「今日、初めてセレンと一緒にお風呂に入ったのですが… セレンの背中には大きな傷跡がありましたわ。ちょうど大きな爪で引っ掻いたような。 …それは …私の左眼と同じような傷でしたの」
「そうか。 …なら、セレンが自分の事を語ってくれる日も近いかもな」
「そうですわね。 …でも、セレンはとても嬉しそうでしたわ。ベークライト城でもそうでしたが、ここでは新しくお母様もできたって… それはもう、はしゃいでましたわ」
「それは良かったよ… さて、明日は模擬戦だし、そろそろ寝ようか」
「そうですわね。 …では、おやすみなさい」
と、セシルが目を閉じたので、カイルはセシルの髪を撫でながらお休みのキスをした。
「うふふ… おかげで、良い夢が見れそうですわ…」
「おやすみ、セシル」
そして、二人はいつも通り寄り添って眠りについた。
翌朝。
「おっはよー!! 起きてたかな!?」
この前、ノックせずに扉を開けてセシルに殺されかけたと言うのに、性懲りも無くノックせずに勢いよくドアを開けた。
だが、この日は既に二人とも起きていて、装備もしっかりと身に付けられていた。
ドアのところに立っているセレンを見て、セシルが声を掛けた。
「セレン、おはようございます。どうしたんですの? そんなところで立ったままなんて」
「お、おはよう、セシル。今朝は随分早いなぁー …って」
「模擬戦で気合が入ってるんだよ。遠慮する必要も無く、全開でやれるなんて滅多に無いぞ? …それでも負けるんだろうけどな」
「ほら、ご飯にしましょう。お父様とお母様がお待ちですわ」
そして、朝食後にはカイルの家の裏に広がる広大な土地での模擬戦が始まろうとしていた。
始めに、ガゼルからルールが告げられた。
・時間は無制限だが、遅くても日没前で終わらせること
・勝利条件は相手からの降参、もしくは戦闘継続不可の判断がされた場合
・即死などの精神系の魔法は禁止。他の毒や麻痺、広範囲攻撃は可能
・相手への攻撃は意識を奪う程度、カイル達に限っては制限なし
・逃走は厳禁
「こんなとこだが、何か質問はあるか? …無いなら、すぐに始めるぞ。この剣が地面に刺さったら戦闘開始… だっ!!」
ガゼルが天高く剣を放り投げた。
クルクルと回りながら弧を描き、やがて重力に引かれて地上へと落下してくる。
そして、剣が地面に刺さった。
先制はカイル達が取った。
まずはカイルとセシルが重なるように並んで駆け出し、一気に間合いを詰めると、カイルが一瞬で風を纏い、ガゼルの後ろにいるマリアへと斬りかかる。
それをマリアは見切って横に避けると、カイルに自身を追わせるように駆け出した。
ガゼルのすぐ横をカイルが吹き抜けたが、ガゼルは目を逸らさずにセシルを見ている。
すると、雷を纏ったセシルが雷となってガゼルへと斬り込んだ。
ガゼルはそれを避けることなく、自身の握る剣でセシルの二本の剣を受け止めると、激しい金属音が辺りに響き、セシルの足が止まった。
「そこっ!! ウィン・ユル!<光の弓よ>『光破弓』」
セシルの動きが止まった瞬間に、セレンの声が高く響き、輝く弓からは無数の光の矢が放たれる。
それはセシルを避けてガゼルへと降り注ぐが、ガゼルは矢が当たる瞬間に高速移動で躱し、視線をセレンに向ける。
だが、その隙をついてセシルがガゼルの目の前に雷を纏って移動し、そこから斬撃による斬り合いが始まった。
セシルは回転しながらガゼルに連続攻撃を繰り出すも、ガゼルは防戦しながら巧みに反撃をしている。
見た目には互角に見えるが、やはり力では適わないらしく、セシルが押され始めた。
「次っ!! アンスール・ギューフ・エオロー・マン・アルジス・ティール・カノ・エイワズ!<我が言葉を聞け、愛と友情の元に、我が仲間を守護せよ。戦士の炎よ彼の者に死を!>『爆炎塵』」
セシルがガゼルを足止めしてくれているので、セレンは次の魔法の準備に入る。
セレンの周りを浮遊する無数の真紅の炎の球体は、セレンの突き出される腕の動きに合わせてガゼルへと射出される。
それは、目標に着弾すれば爆発するが、球体自体が当たり判定をすることで同じように爆発する。
ガゼルはまたも高速移動で全てを躱すと、球体は誤判定をして辺りが爆発によって煙幕が張られたようになる。
それを好機と見たセシルが再び雷を纏うと、ガゼルの周りを雷となって走り抜けながら斬りかかる。
しかし、ガゼルは剣をうまく使って、その斬撃を全ていなしている。
「それなら、これ!! カノ・ティール・アンスール・カノ・ウルズ・ナウシズ・エイワズ!<炎を司る軍神よ、我が言葉を聞け、炎の力をもって、我が敵を束縛し、死を授けよ!>『炎の棺』」
ガゼルの周囲に炎を纏った檻が出現し、ガゼルをその中へと拘束するが、一瞬にしてガゼルの斬撃で檻が破壊されてしまった。
悔しそうな表情を見せるセレンを余所に、セシルが再び斬り込んでいき、ガゼルとの斬り合いになったが、今後はみるみるうちにセシルの体には傷が付けられていく。
「なら、次はこれっ!! ソル・ウル・ナウズル・カウン・レイ… <太陽たる根源の力を持ちて強制的な傷を…> ぐっ!」
その魔法を聞いたガゼルが攻撃を一転させ、目の前のセシルに一撃を入れて気絶させると、高速移動でセレンの目の前に現れ、魔法を唱え終える前に、セレンに一撃を入れて沈黙させた。
ガゼルの圧勝である。
一方、マリアとカイルは共に斬撃での攻防を繰り広げていた。
お互いに片手剣で足を止めての斬り合いで、それは段々と速く、そして力強くなっていく。
一撃の重みが徐々に増してきたことにより、カイルの反応が遅れ始めてきた。
それは、マリアが本気になり始めていることを指していて、消耗戦だと状況が悪くなると判断したカイルが、再びナイフによる不意打ちに切り替える。
しかし、その動きを見逃さず、マリアの剣でカイルの両腕に仕込んでいたナイフが弾き飛ばされた。
そして、両腕を斬り付けられ、握りが甘くなった剣も弾かれ、カイルの負けも決まった。
その後、何度か再戦するも、上手く分断されて、なす術も無く撃沈された。
分断されないように固まると、広範囲攻撃で一網打尽にされる。
夕方近くになると、もう三人はくたくたになっており、セシルは立ち上がる事さえできなくなっていた。
セレンも既に地面に大の字になって動かない。
マリアは満足した顔をすると、夕食の準備のために家に戻り、ガゼルとカイルは女性二人を家まで連れて行って休ませた。
そして、夕食時になると二人はほぼ回復し、五人で食卓を囲むと戦闘の話で盛り上がる。
「さすがはお父様とお母様ですわ。私達はまるで歯が立ちませんでしたもの。こんなにも本気で戦ったのは、初めてカイルと模擬戦をした時ぐらいでしたわ」
「みんなも十分に強かった。私は危うく本気になるところだった。 …おかげで私もスッキリした。これほどの爽快感はしばらく無かったから、本当に嬉しい」
「いや、ホントに危なかったよ。俺もかなり本気になりかけた。そうじゃないとお前らを押えられなかったからな。特にセレン。お前が一番ヤバかったぞ?」
「え? 私? だってお父さんもお母さんも普通に避けてたじゃない」
「避ける時は本気で避けていた。でも、ひとつだけ私達でも危ない魔法が混じってた。それだけは全力で阻止した」
「セレン。それって、アレか?」
「うん。あれだね」
それは、セレンがベークライト王国のギルドの資料室で見つけた本に書かれていたもので、あまりにも強大な力だったため、まだひとつしか魔法を作って無かったのだ。
それを今回の模擬戦で何度か使ったが、 …いや、使おうとしたが、最後まで魔法を唱える事ができなかった。
途中でジャマされたり、気絶させられたりしたのだ。
「セレンの魔法についてはまだ本人の口から聞いて無いんだろ? なら、俺達からは何も言わないし、セレンはそのことで気に病む必要はないぞ。まぁ、セレンには寝る時に詳しく話してやろう」
「こ、この魔法の事を知ってるの!?」
「もちろん。少なくとも私は知っている。ガゼルは聞いた事があるだけ」
今回、実家には挨拶するために来たのに、だんだんと主旨が違ってきているような気がしてきた。
と、言うよりは、ガゼルとマリアは何かを知っていて、それを伝えようとしているのだと感じた。
実家には、本人すら知らない何か秘密があると思うカイルであった。
そして、両親からの教育と言う名の試練はまだまだ続く。
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