第24話 無事に依頼を達成する

無事に依頼を達成する



セレンが勢いよく両手を広げ、豪快に無数の炎の球体で死骸を吹き飛ばし始めた。

休む間も無く鳴り響く爆音と共にセレンの雄叫びが聞こえてくることから、だいぶご機嫌なようだ。


そして、カイル達の目の前では男がゴーレム化したまま、まだ横たわっていた。

どうやら、まだうまく動けないらしい。

だが、大人しく向こうの準備が整うのを待つ必要は無いため、カイルとセシルは魔法剣を発動し、一気に畳み掛けようと攻撃を開始する。


しかし、ゴーレムへ魔法剣の斬撃を入れるたびに、まるで砂の塊を斬るような感覚が手に伝わってくる。

そのまま攻撃を継続するのだが、一向にダメージを与えている感じがせず、頭、胴体、手足、どこを攻撃しても同じだった。


「カイル! この感触はイヤな感じがしますわ!」

「ああ! 俺もそう思う! こいつには斬撃は効かないようだ」


そもそも、今までなら気味が悪くて直視したくない深紅の核があったが、このゴーレムにはその核が無い。

男を取り込んだから核が無いのか分からないが、動き始める前に何としても破壊しなければいけない。

そうカイルの直感が囁いていた。

セシルの顔にも焦りが見えていることから、おそらくは同じ事を感じているのだろう。


「ならば!! 凍らせますわっ!!」


セシルが凍結の魔法でゴーレムを凍らせるが、表面が凍ったくらいで効き目が無いのが見て取れる。

カイルの炎の魔法で燃やしても同じだった。

すると、横たわっていたゴーレムがゆっくりと片膝をついて立ち上がろうとした。


「させるか!!」


カイルが風を纏って、ゴーレムに両足蹴りを食らわせるが、これまでのように吹き飛ばせない。

姿勢を崩してその場に倒れただけだったが、カイルに続くように雷を纏ったセシルが駆けてくる。


「カイル、肩を借りますわよ!」


カイルの前で跳躍し、肩を踏み台にして更に飛び上がると、天井を足場にしてゴーレムを目掛けて落雷となって襲い掛かる。

爆発音と共に巻き起こる大量の土煙が辺りを覆い、落雷の激しさを物語っていたが、やがて土煙が収まってくると、ゴーレムの胸の上に乗り、剣を突き立てたセシルの姿があった。

だが、あれほどの威力で突き刺したにも関わらず、剣先がやっと刺さった程度だった。


「硬さも比べ物になりませんわ」


セシルが悔しそうにゴーレムから離れ、カイルの隣へとやって来る。

今の時点では万策尽きた状態だ。 


(さて、どうする?)


ゴーレムは落雷の衝撃でまだ横たわっているが、そんなに長くはもたないだろう。

すると、向こうで死骸の処理をしていたセレンが、やり切った顔をしてこちらへとやってきた。


「カイル! こっちは全部焼き切ったけど、この空間の空気がちょっと薄くなったみたい。外から空気を入れてくれない?」


先ほどの豪快な炎のせいで、この空間の空気が薄くなっているそうで、このまま炎の魔法を使っていたら、酸欠になるかも知れない。

外へ通じる道は意外と細いために、空気の供給が間に合ってないみたいなのだ。


「セレンは炎を使い過ぎですわ。もう少し加減しないと貴女が酸欠で倒れてしまいますわよ?」

「それは分かってるけど、すぐに破壊しないとマズい感じがしたのよ。だから一気に叩いたの。分かるでしょ? だって、そいつも同じ感じがするもん」


セレンもカイル達と同じことを感じていたらしい。

ならば、このいつもと違うゴーレムは相当厄介な相手なのかも知れない。

カイルは危険を感じながらも、まずはこの空間に空気を引き込むために風の渦を作ると、外から強制的に吸気させた。


「セレン、これでこの空間は大丈夫なはずだから、このゴーレムを何とかできないか?」

「…核が無いのね。全く、厄介なものを残してくれたもんだわ」


セレンは目を閉じて集中力を高めると、静かに開いた右手を前に差し出すと、軽く息を吸い込み、息を吐き出すように魔法を唱える。


「ソル・ウル・ナウズル・カウン・レイズ<太陽たる根源の力を持ちて強制的な傷を要求する>『サン・フレア』」


その魔法は、いつものセレンの魔法とはちょっと違う感じがした。

使っている言葉は似てるような気がするけど、流れる音のような、歌ってるような、心に入り込んでくるような響きだった。


そして、ゴーレムを囲うように炎の檻が現れると、まるで太陽が発する超高温の熱にも似た環境を作り出し、一気に内部を灼熱地獄へと変化させる。

真っ白に輝く檻は、その時点で超高温になっていることを示していて、いつものセレンの魔法とは違っていた。

見慣れているはずのカイルが、思わず一歩下がるほどの桁外れの威力を発揮している。

頃合いを見計らったように、セレンが開いていた手を握りしめると、一瞬にして炎の檻が掻き消えて、中心部分には炭さえも残らずに全てが消えていたのだった。


カイルとセシルの二人掛りでもどうしようもなかった敵を、セレンは魔法ひとつであっけなく消滅させてしまった。

その事実にカイルは戦慄しつつも、別のアイディアが思い浮かぶ。


「なぁ、セレン。聞いても良いか?」

「なぁに?」

「今の魔法、いつもとは何もかもが違いましたわ。これも同じ系統の魔法なんですの?」

「そうね。私の新しい力、ってトコかしら。 …ねぇ、どうだった?」


セレンとしては、実のところちょっと心配になっていた。

今までのものとはかけ離れたレベルの力であり、ベークライト王国の冒険者ギルドの資料室で見付けた本に載っていた超古代魔法。

試してみようとは思っていたのだが、正直ここまで凄いとは思ってもみなかった。

凄いのは消費する魔法力も同じで、一発撃っただけでもの凄い勢いで魔法力が持っていかれた。

使いどころが難しく、前みたいには乱発できそうにない。


(さすがにこれはやり過ぎたかしら? もしかして、引いてる?)


今更だけど、ちょっとだけ反省した。

事実、この二人を引かせるのは至難の業だ。

何せ、基準が一般人向けじゃない上に、この二人もいろいろと規格外なのだが、その二人が引いてるとなれば余程の事だろう。

セレンも二人とは付き合いも長くなっているため、少々の事では前みたいに落ち込まないが、多少なりとも心は痛む。


(しばらくはこの魔法は使わない方が良いかも知れない)


この新しい方の魔法は封印して、窮地に陥った時に使うようにしようと決め、しばらくは今までの魔法をブラッシュアップすれば良いだろうと、自分自身に納得させようとしていると、カイルが意外な言葉を投げ掛けてきた。


「セレン、その魔法って俺達の武器に当てられないか?」


セレンは考え事をしていたので、半分くらいしか聞いてなかったけど、確かにカイルは自分の武器に魔法を当てられないかと聞いてきた。


「…え? 何? 当てるの? この魔法を、カイルの剣に? 何で? 死にたいの?」

「違いますわ。そうですわね、言わばセレンの魔法を乗せた魔法剣、ですわ」


セレンには二人の言ってることが分からなかった。

いや、理解できなかった。

カイル達の魔法剣だって、かなり強力な魔法を乗せているはずで、その魔法はセレンの使う魔法のように、味方には効果の無い魔法ではない。

自分にだって魔法が降りかかる危険性はあるだろう。

それだけでも十分に危険なのに、更にその上をいく強力な魔法を乗せようと言っているのだ。


「で、でも、私が魔法を乗せるって事は、一度剣に対して魔法を放つって事でしょ? そうしたら味方にも当たる魔法になっちゃうよ? 二人への危険も今まで以上に大きくなるんだよ?」


セレンは失敗してしまった時の事を考えてしまう。

棺系の魔法は拘束からの始末に特化しているため、武器へ放つことはできない。

そうなると、もっと別の魔法と言うことになるのだが、今の段階では炎系の魔法が当てはまるだろうか。

すぐには実行できないため、城の訓練場などで練習する必要があった。


「それは今も同じだよ。だけど、それくらいしないとセレンの負担が大きくなるだろ? 負担を分け合うのは普通じゃないか?」

「それに、私達はすでに家族ですのよ? それならば、素直にお兄様とお姉様の言う事は聞くべきですわ」

「すぐにできないことは理解しているから、焦らなくて良いぞ」

「むー!! また、子ども扱いしたぁ!! 言っておくけど、私の方が年上なの! 忘れないでよね! …でも、ありがとう! うん、何か考えてみるわ」


セシルの言った「家族」と言う言葉に対し、セレンは常にそうだと思ってるのだが、他の人に言われることで更に真実味が増す。

これで更に自信が付いた。

だから、カイルのお願いにも応えられるようにしよう。

自分がみんなの助けになれるのなら、まだ家族でいられる。

セレンはまだ自身の事を話せずにいるため、心のどこかでは捨てられてしまう可能性も残してしまっている。

この二人に限って、セレンを見捨てる事などできるはずも無いと頭では理解していても、後ろめたさのせいか、弱い自分もまだ残っていたのだ。


「さて、二人に回収してもらった認識票は十八枚か。この中に探してる冒険者のものがあるかどうかだが、それはギルドで見てもらうとして、まずはここから出よう」

「そうしましょう。そろそろ良い時間だと思いますわ」

「カイル。私、お腹空いたー」


もう夜になっているだろうし、ここに残る理由も無いため、三人は地上に戻る。

外はすっかり暗くなっていて、どこか近くで不穏な空気が立ち込めていた。

三人の顔に緊張が走る。


「これは… 廃村の方からか…?」

「ええ。 …森から回り込んで様子を見た方が良いと思いますわ」

「!! あっち! 誰か来るよ。急いで森の方へ!」


物音を立てずに森の中に身を潜め、セレンの指差した方向に注意していると、廃村の方から数人が走って来る音が聞こえてきた。

それに混じり、獣の複数の咆哮も聞こえる。


「どうやら、何者かが獣に追われていて、こちらへ逃げて来ているみたいですわね」

「じゃあ、隠れてないで広いとこで待ち構えましょう。それまで生きてればの話だけどね」

「セレン。物騒なことを言うのは止めてくれ。とりあえずは、救出の準備だ」


カイル達は隠れるのを止め、さっきの広場のようなところに出ると、こちらに向かって逃げて来る何者かを待ち構える。

やがて、近くの茂みがガサガサしたと思うと、四人が飛び出してきた。

男性が二人で女性が二人。

それぞれが血に塗れていて、一人の女性は男性の肩を借りている状態で、誰が見ても分かるほどの重傷だ。

飛び出してきた四人は、この開けている場所に自分たち以外の人がいるとは思ってなかったらしく、カイル達を見て驚いていたが、冒険者スタイルを見て同業者だと理解すると、安心したのかその場にへたり込んでしまった。


「ど、同業者か! 助かった。すまないが、怪我人がいるんだ、手を貸してくれないか?」

「良いわよ。じゃあ、そこで休んでなさいな」

「後は、私たちに任せていただきますわ」


冒険者たちに救援を要請されたので快く引き受けると、安どの表情を浮かべた。

しかし、後ろから聞こえてくる咆哮を聞き、再び表情を硬くするも、立ち上がる力も無いらしく、四人で固まって震えている。


「セレン、防御を頼む。彼らを守ってくれ」

「はーい」

「セシル、何が来るか分からないけど、迎え撃つぞ」

「望むところですわ」


カイルたちは、向かって来る何かとの戦闘に備え、冒険者たちの前に出ると、カイルがセシルとセレンに指示を出す。

セレンが早速、保護した冒険者に小さな声で詠唱し、物理防御壁の魔法を発動する。

冒険者たちはセレンが何をしたのかは分からなかったが、「これで大丈夫」と言う言葉は、心身ともに疲れ果てている冒険者たちを安心させるには十分だった。

そして、さっきから地面に響く振動の強さから、追っ手がかなりの大物だと分かった。

間もなく、正面のいたるところで草むらがガサガサし出すと、突然二つの黒い物体が草むらから勢いよく飛び出してくる。

それは、巨大な六つ足の熊の魔物だった。


「セシル! 行くぞっ!」

「分かりましたわ!」


二人で魔法剣を発動して駆け出すが、風も雷もまだ纏わない。

そして、もの凄い勢いで襲い掛かる熊の魔物の迎撃を始めると、まずはセシルが先行し、先に出てきた左側の熊の魔物に狙いを定める。

一気に間合いを詰めると、熊の魔物が立ち上がる前に更に加速し、そのままの速さで熊の魔物の脇をすり抜ける。

すると熊の魔物の右前足から血が噴き出し、体重を支えられなくなった熊の魔物が勢いよく転んだ。

自分の右前を走っていた仲間が勢いよく転ぶのを見て、もう一頭の熊の魔物がその場で立ち止まるが、それは既に遅く、セシルはもう眼前に迫っていて、横からすり抜けるように熊の魔物の首を一撃で斬り落とした。

先ほどの転んだ熊の魔物は、後続するカイルによって首を切断され、一瞬にして二頭の熊の魔物を仕留めると、カイルとセシルは背中を合わせて左右を警戒する。


セシルは、自分の背中にカイルの温かみを感じ、自然と顔がほころんでしまう。

戦闘中に不謹慎だが、これだけは仕方の無い事だ。

更に正直に言えば、今すぐにでもカイルの背中に抱き付きたい衝動に駆られているが、そこは何とか踏み止まっている。

恐らく、この場にいるのがセレンだけなら、迷わず抱き付いているだろう。

軽く頭を振って邪念を振り払っていると、セレンからの怒号が飛んできた。


「こらぁー! セシル! 顔がにやけてるぞっ!! それと、カイルにくっ付かなくても警戒できるでしょ! ちょっと離れなさい!!」

「イヤですわっ!!」


戦闘中に交わされる二人の軽口に、カイルも思わず笑ってしまう。

話の内容にもよるだろうが、油断では無く余裕があるのは良い事だからだ。


すると、少しの時間を空けてカイル達の側面から小型の熊の魔物が数匹現れた。

それに続くようにカイルとセシル、二人の正面に一頭ずつの大型の熊の魔物も現れる。


「セレン!」

「いいわ! 小物の群れは任せて!」

「セシル!」

「はいっ!! 私達の正面、熊の魔物ですわ!」

「よしっ! 行こう!!」


一瞬の判断に迷いは無く、カイルは小型の熊の魔物をセレンに任せると、自分たちはそれぞれの正面に現れた大型の熊の魔物に向かう。


カイルに任せられ、ご機嫌のセレンはお得意の光の弓を使い、小型の熊の魔物を次々と射抜いていく。

一方のセシルも一気に駆け出すと、自分の前にいる大型の熊の魔物の間合いに入り込み、逆手の構えた二本の剣での回転斬りにより、脇の下や関節部、首の部分など、皮膚の柔らかい部分を狙っていく。

そして、大型の熊の魔物はセシルに細切れにされると、その場に崩れ落ちた。

カイルも大型の熊の魔物と対峙すると、力業での魔法剣で手と足を切断し、倒れたところで首を切断した。


セレンの防御壁に守られている冒険者たちは、この戦闘の一部始終を見ており、カイル達のチームとしての信頼の強さを目の当たりにしていた。

とてもではないが、相手に自分の命を預けるくらいの信頼関係ができなければ、側面から迫りくる魔物を無視して自分の戦闘に集中なんてできない。

しかも、自分の背中にも敵がいるのに、後ろを全く見もせずに戦闘している。

少なくとも、自分たちにはそのような戦い方はできないと感じていた。


セレンが全ての小型の熊の魔物を射抜き、沈黙するのを見計らうかのように、森の奥の方から木を薙ぎ倒しながら迫って来る大きな魔法力があった。


「どうやら、こいつで最後らしいな」

「最後も熊かな?」

「間違いなく、熊ですわね」


他愛のない話をしながら、正面から現れる敵を待つと、予想通りの六つ足の熊の魔物だった。

だが、それは想像よりもはるかに大きく、カイル達を目の前にゆっくりと立ち上がる。

見上げるほどの高さはあるだろうか、目も三つ付いていて、それだけでも異様なのに、首から何かをぶら下げているのが見えた。


「セシル。あれ、何だと思う?」

「アミュレットにも見えますが… 切り離す程度でしたら簡単ですわよ?」

「いや、外さなくても倒せるならやってしまおう。なんかアイツは危険な感じがするんだ」

「では… 行きますわっ!!」


セシルが先行し、カイルがすぐ後を追走すると、巨大熊も突進してくる二人を警戒し、身構えた。

そして、セシルが間合いにもう少しで入ろうとしたその時、巨大熊が凄まじい咆哮を放つ。それは衝撃波のように大地を削り、二人へと迫り来る。

カイル達の後ろには先ほど助けた冒険者がいて、物理防御の壁で守られており、問題は無いと分かっていても、避けることができなかった。

カイルはセシルを背にして、衝撃波を受けようと身構えると、セレンの声が高らかに響いた。


「アルジス!!<守れ>『障壁』」


すると、カイルとセシルが防御壁に包まれ、衝撃波は防御壁に阻まれて霧散する。

事無きを得て「ふぅ」とカイルが息を吐くと、向こうでセレンが憤慨している。


「もぉー!! そっちにいないからって、私を忘れるなぁ!! もっと頼れっ!!」


もちろん、カイルとセシルがセレンを頼らない訳がなく、今はただ、冒険者を守る事に集中して欲しかったのだが、セレンには物足りなかったらしい。

攻撃を回避された巨大熊は低く唸り出すが、心なしか、その唸り声は音程を刻んでいるようにも聞こえた。

すると、その唸り声に共鳴するかのように巨大熊のアミュレットが輝き出す。


「まずいっ!! みんな、行くぞっ!!」


今のカイル達にはその一言だけで十分だ。

既にお互いを感じ取れているから、細かい指示なども必要ない。

カイルとセシルが弾けるように左右に展開した瞬間、その隙間から数え切れないくらいの大量のセレンの光の矢が巨大熊へと降り注いだが、アミュレットの光に阻まれ霧散してしまう。


そして、間髪を入れずにカイルとセシルが左右から攻撃を仕掛けるも、巨大熊に魔法剣そのものを掴まれてしまった。

超高温になっている魔法剣を握り締めているため、巨大熊の手からは黒い煙が立ち上がっている。

すると、カイル達の攻撃を全て止めた巨大熊が口角を上げた。


「おいおい、ウソだろ? 魔法剣を握って止めるのか? 何だよこの熊は。しかも、笑いやがるか」

「くぅーっ!! 今夜の食べ物になるくせに、生意気なのよ! 毛皮にして部屋に飾ってやるんだから!」

「セレン。それならあまり傷を付けてはいけませんわ。やるならお腹を裂くのですわ」


だが、まだカイル達には余裕があった。

なぜなら、カイルとセシルはまだ高速移動をしていないし、セレンに至っては上位の魔法も使ってない。

正直なところ、他の冒険者の前ではあまりカイルたちの本気の攻撃は見せたくない。

変に目立ちたくないと言うのもあるが、一番はセレンの強力過ぎる魔法は人目に晒さない方が良いと話していたからだ。

だから、セレンもこのような場合、あまり派手な魔法を使わない。

だが、攻撃のネタも尽きてしまった以上、このままでは消耗戦になってしまうため、その前に始末することにした。


「さて、仕方ないから、そろそろ終わりにしよう。いくぞ、セシル」

「全ては貴方の仰せのままに。では、仕上げですわ」

「そうだね。私、お腹空いたから、早く済ませてよね」


巨大熊が何かを感じ取ったのか、突然大きく口を開けるとアミュレットがそれに反応し、開いた口に大きな炎が集まり出した。

それは、見ただけでも危険だと分かるほどの炎で、次第にその大きさを増していき、咆哮と共に打ち出そうとしたその瞬間、カイルとセシルが剣を離す。

そして、カイルが一瞬で風を纏うと、その背にセシルを乗せて疾風と化すと、巨大熊の顎を膝で蹴り上げながら上へと吹き抜けた。

すると、自分で集めた炎が口の中で暴発し、轟音と共に大きな巨体は仰向けになって倒れ込む。

そこから、カイルの背に掴まっていたセシルがカイルの肩を使って飛び上がり、片腕を天に掲げると、耳をつんざくような轟音がとどろき、セシルに向かって雷が落ちる。


「さぁ、仕上げですわ!! 豪雷っ!!!」


その声と共に、まるで落雷のように巨大熊に向けて剣を突き立てる。

だが、セシルの攻撃は一度で終わる事も無く、それから更に落雷は何度も続き、迸る雷をその身に纏ったセシルの下で、巨大熊が何度も感電させられる。

そして最後に、ビクビクと痙攣している巨大熊に突き立てている剣に、その身に纏う雷をも一気に流し込んだ。

巨大熊は三つの眼を大きく見開き、耳を塞ぎたくなるような声を上げながら、もがき苦しみ、やがて大きく開いた口から夥しい量の煙を噴き上げると、そのまま動かなくなった。

そして、その巨大熊を討伐すると、辺りに立ち込めていた不穏な空気が消えていくのだった。


「ふぅ、久し振りの落雷でしたわ。たまにはこう言う刺激も良いものですわ」

「…だってよ? カイル。ちゃんとセシルに刺激を与えてあげなさいよ」

「セ、セレン!? あ、貴女、一体何を言っていますの!?」

「えー… だって、刺激が欲しいんでしょー? なら、ちゃんとカイルに言いなさいよぉ」

「あぅ…」


このような口論で、セレンに勝てるものはいない。

それを知っているから、カイルはほぼ無視していたのだが、律義にも反応してしまったセシルは顔を赤くすると沈黙してしまった。


「それにしても、こんな巨大な熊の魔物なんて初めて見た。おまけに何かの技まで使ってたし、一体何がどうすればこんな魔物ができるんだろうな」

「その話も必要ですが、まずは保護した方々を連れて、キャンプへ戻った方が良いかと思いますわ」

「そうだよ。私はお腹空いてるのにー」


忘れていた。

慌てて冒険者のところに行くと、傷はセレンが治してくれていたようで、外傷はすっかりなくなっていた。

だが、消耗が激しかったため、仕方無く、魔物を運搬するシートの上に乗ってもらい、浮遊させながらキャンプへと向かった。


薪を集めて火を焚き、かまどを作るとお湯を沸かしつつ料理を始める。

セシルもセレンも食べる方が専門なので、基本的に料理はカイルが作っていて、今もさっき倒した魔物を捌いて食材にしている。

消耗の激しい冒険者の四人は野菜のスープをメインに、食べやすくした肉も入れて体力を回復してもらう。

セシルとセレンはお腹が膨れるように、肉をメインとしたスタミナ料理を作った。

みんな美味しそうに食べてくれたので、作る側としても嬉しい限りだ。


食べ終わると、冒険者の四人はすぐに横になってもらう。

睡眠による体力の回復が一番効果があるため、寝れる分だけ寝てもらおう。

セシルとセレンは城から持ってきた紅茶を楽しんでいるようだ。

カイルは索敵しながらさっき倒した熊の魔物を解体していて、最後に巨大熊の魔物を捌こうとした時、熊の胸のアミュレットの事を思い出した。


「二人とも、ちょっと来てもらえるか?」

「どうしましたの?」

「なぁに? どしたの?」


カップを置いて、二人がやって来ると、カイルは解体用のナイフで巨大熊の胸の部分にあるアミュレットを指した。

それは、コインよりも一回りほど大きい銀色のメダルのような形状をしており、麻紐のようなものでしっかりと結ばれていたところを見ると、誰かが意図的に付けたものだろう。


「で、これだけど、何だと思う?」

「何かが付与された装飾品ですわね。 …えぇと、これは… 身体強化と、魔法力増強ですわね。こんな付与、初めて見ましたわ」

「ふぅん… って事は、魔法力を籠めないと発動しないんだ。 …なら、この熊は誰かに調教されてたのかしら?」

「もしくは、実験だろうな」


この熊が使う事を前提としたような付与が施されたアミュレットもそうだが、問題はそれを誰が付けたか? だろう。

おそらくはこの廃村で何かの実験をしてたと思われるのだが、と、考えていて思い出した。


(ここはハークロムがゴーレムを大量に作らせていた場所だ。それにこの付与を与えるとしたら…)


段々とカイルの顔が険しくなってくる。

この「まさか」は実現してはいけない。

ハークロムはゴーレムの軍隊を作って戦争でもしようと言うのだろうか?


「…カイル、どうかしましたの? ずいぶんと怖い顔をしていますわ」

「何か思いついたんでしょ? いいから、私達にも話しなさいよ」

「…ああ、そうだな。 …これは俺の思い付きだから確信はない。ここにあった事実だけで考えてみたんだが… いいか?」


そう言ってカイルが話し始めたのは、ハークロムによるゴーレム強化実験だ。

まずは一体のゴーレムを生み出し、それにこの付与を施したアミュレットを装備する。

そうすれば、通常よりも更に身体強化され、魔法力も増大になったゴーレムが出来上がる。それを戦場に放てば、あっと言う間に強化されたゴーレムによって蹂躙されるだろう。

そして、そこでできた死体を基に更にゴーレムを作り出し、付与を与えれば強化されたゴーレムの軍隊が出来上がる。

ここは、その実験に使われているのではないか?


カイルが自分の考えを伝え終えると、シンと辺りが静まり返るが、それは当然の事だろう。

その内容には真実味があるため、冗談でも笑えない。

体をイヤな汗が流れていった。


「誰も分からない事だと思うのですが… ここで実験をしていた男は始末しましたわ。 ですが、他にもいると言っていましたわ。そもそも、ゴーレムを作る技術なんて、誰も知らないと思いますの。それに、セレンの言っていた呪いと言う言葉も気になりますわ」

「まぁ、私も資料を読んだだけの知識しかないんだけど、人の命に関わる禁忌を犯すものは、自分にも跳ね返ってくるみたいね。それと付与なんだけど、自由自在に付与できるなら、それはとんでもない富を生み出すわ。でもそんな話は聞いた事も無いし、付与自体どうやるのかも分かってないみたいなのよ」


セレンの言うゴーレムに関する呪いとは、術者の寿命を蝕むもので、ゴーレムを作るほどに寿命が削られていき、最終的には自分をもゴーレムに変えてしまうという。

そして、肝心な「誰がゴーレムを作るための技術を提供したのか」は不明なままで、付与についてもそれは同じだ。


「分からないところは今後ハッキリしてくると思うんだけど、今現在としては両方が事実としては存在しているんだろ? なら、そんな技術を持った人は厳重に管理されてるんじゃないか? そして、時期が来れば何かを仕掛けるんだろうな。舞台に上がる者として」

「管理… と言っても、国とかでは無さそうですわね」

「人外の者、ってキーワードも出てたよね。もしかすると、そっちに管理されてるかもよ?」


カイルの仮説はあくまでも事実を元に、最悪のケースを想定しているのだから、本当のところは関係する者以外、誰にも分からない。

セレンが言ったように、人外の者として、ハークロムが関わっている可能性も大いにある。

だとしても、対ゴーレムについての備えはできるので、ベークライト王国に戻ったら陛下へ報告することにした。


そして、話を終えると、明日に備えて休むことにする。

セシルとセレンが毛布に包まると、やがて寝息が聞こえてきた。

そして、深夜。

カイルが火の番をしながら体を休めていると、案の定セシルが起き出してきた。

目がボーッとしてるので、やっぱり寝ぼけているようだが、たまにセシルは寝ぼけた振りをすることが分かっている。

カイルとしてはどちらでも構わないが、そんなことをするセシルはやはり可愛いと思った。


「どうした? セシル。忘れ物でもしたか?」

「…うん。お休みのキスをしてなかったの」

「そうか。でも、今朝はおはようのキスもしなかったぞ?」

「…うん。お城を出てからしてないの。だから、その分もしていく」


そして、昨夜のように頬を掴まれると、そのままキスされた。

唇を重ねるだけのキスだが、セシルの想いが伝わるような感じがする。

ゆっくりと唇を離すと「ほぅ」と息を吐き、満足そうに微笑んだ。


「うん。今のは今朝の分。次は今夜のお休みのキス」


そう言って、また唇を重ねる。

さっきよりもちょっと長い。

惜しむように唇を離すと抱き付いてきた。

「ふぅ」と深く息を吐き、耳元で囁く。


「…鎧が邪魔だけど、明日のおはようのキスもしていくね」


本日三度目のキスは抱き付かれたままされた。

カイルが鎧を付けてるので体は密着できないが、心なしかセシルの鼓動が伝わってくるような気がする。

それは、カイルと同じドキドキが強くて速かった。

しばらくして、ゆっくりと唇を離すとカイルの肩に頬を乗せる。


「…うん。満足した。これで、いい夢が見れそう」

「それは良かった。じゃあ、良い夢を見てくれ。 …愛してるよ。セシル」


ボンッと音が聞こえそうなくらいの速さでセシルの顔が赤くなると、カイルの肩に頬を乗せたまま、ふるふるとしていたが、耳元に口を寄せてくる。


「私も愛してる。貴方だけをずっとずっと、これからも、いつまでも、たとえ魂になったとしても永遠に… 貴方だけを愛しているわ」


嬉しさに涙をぽろぽろと流し、しばらくして微笑むと、チュッと唇に軽く触れるキスをして自分の寝床へ戻って行った。

愛しい未来の妻の後姿を見送り、再び火の番に戻るが、カイルの胸の高鳴りはいつまでも続いていたのだった。



翌朝。

保護した冒険者四人は、全員が元気に起きてきた。

体調も良好でお腹を空かせていたらしく、ちょうどセシルとセレンも起き出してきたので、朝食の準備をする。

今日からギルドへ戻る行程となるので、朝からしっかりと食べて体力をつけてもらおうと、大量にある熊の肉をふんだんに使い、朝食とは呼べないくらいの量を作る。

総勢七人で食事をしていると、チラチラと見られているような気がして、セシルとセレンも気になっているようだ。


「なぁ、何か俺達の顔に付いてるか? そんなに見られると気になるんだが…」

「あ、ああ、すまない。間違ってたら申し訳ないが… もしかしてアンタらはアルマイト王国に行く時に俺達を助けてくれた冒険者じゃないか?」


四人のリーダー的な男の話を聞いてるうちに、確かに四人助けていたことを思い出した。

だが、その時はセレンとの出会いもあったため、そっちの印象が強過ぎて忘れてしまっていたようだ。


「やっぱりそうか! ずっと探してたんだよ。でも、昨夜のスープを飲んで確信したんだ。

 …と、すまない。自己紹介がまだだったな。俺はバーク。コイツは魔法使いのエル。コイツはアタッカーのアムニア。そしてマルチアタッカーのカートだ。よろしく頼むぜ」


それから、カイルたちも簡単に自己紹介を済ませてバークの話を聞くと、アルマイト王国でしばらく休養した後、カイル達に改めてお礼をするために探し回っていたようだ。

だが、カイル達もあの時は名乗りもしなかったため、バーク達は仕方なく特徴で探そうとしてマルテンサイト王国に戻ったものの、何をするにも資金不足だったために今回の依頼を引き受けた。

そして、廃村までは来たのはよかったのだが、問題の魔物はどこにもおらず、周囲を探したが何も見つかなかった。

だが、二日前にあの熊の魔物の集団に遭遇し、昨日まで戦っていたが戦線を崩されてしまい、逃げている途中でカイル達に助けられたらしい。


「いやいや、またアンタらに助けられるとはな…」

「でも、無事で何よりですわ。生き残ったからこそ言える事ですもの」

「ねぇ、バーク達の冒険者ランクはBなんでしょ? あの熊ってそんなに強いの?」


うなだれてしまったバークにセシルがフォローを入れるが、セレンによってふたたび撃沈されてしまう。

それを見兼ねたのか、エルとカートが口を挟んできた。


「一応ね。私達はランクBになってからそれなりに長いの。あの熊だって中型くらいなら別にどうって事は無いんだけど、あの巨大熊は別格だったわ。あれはランクAの上位クラスよ」

「そうだな。我らが弱いと言うよりは、君らが強過ぎるのだ。君らこそ本当にランクDなのか?」


確かにあの巨大熊は、カイル達がそれなりに本気で戦わないと勝てないくらい強かった。

決してバーク達が弱いのではなく、カイル達が強過ぎたのだ。

ただ、ギルドには所属していても、ギルドの仕事をしないから冒険者ランクが低いままなのである。


「ギルドの仕事をしないのに、何でギルドに入ってるのよ!?」

「彼女を探すために国を移動する必要があって、ギルドの認識票は利用価値があったから」


いつになく真剣な表情と、迷うことなくハッキリと言い切った力強い声に、隣のセシルが顔を赤く染めて涙目になる。

セレンが「うわぁ…」って表情をしていた。


「良いじゃねぇか。惚れた女のためにまっすぐを貫くのは簡単な事じゃねぇ。その為にギルドも足場にするとは… 恐れ入ったぜ」

「でもさぁ… それからが大変よ。何せ、誰がいても気にすること無く、人目もはばからずにいちゃいちゃしてんのよ? 私なんて空気並の扱いよ」

「!? その内容、私たちに聞かせてもらっても良いかしら?」

「セレン。貴女も出会った時に比べれば、最近はいろいろとおしゃべりになりましたわ」


どこに行っても、女性陣はその手の話が好きなようで、セレンとセシルを捕まえると目を輝かせて話を聞き始める。

セシルも、嫌々ながらも満更でも無さそうに話しをしているのを見ながら、男三人は黙々と朝食を食べていた。


結局、カイル達の探していた冒険者がバーク達だと分かったので、朝食後にはギルドへと戻る事となった。

当然ながらバーク達と一緒に帰ることにしたので、総勢七名での移動となる。


それから約二日。

主に街道を使っているため、魔物や盗賊も出ることなく、大所帯の移動に疲れはしたものの、無事にマルテンサイト王国の冒険者ギルドに到着することができた。

これでカイル達への依頼は、無事に達成することができたのだった。

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