第23話 どこまでも執拗に狙われる
どこまでも執拗に狙われる
朝食を終えたカイルたちは、冒険者スタイルに着替えてると、昨日の内に準備を済ませた荷物を持ち、国王に出発の挨拶をする。
「パパ、じゃあ行ってくるね」
「おぉ、気を付けて行っておいで」
二人でハグした後に、セレンが元気よく手を振っている。
それを優しい笑顔で見ているベークライト国王。
まるで、子供がお使いに出かけるのを父親が見送るような光景に、セシルが大きくため息を吐く。
「あれで中身は私と同じなんですのよ? 信じられます?」
先に進んだセレンを追いかけるように、カイルと並んで歩きだす。
セレンは元気良く鼻歌交じりに歩いている。
朝の件もあって機嫌が良いのだ。
カイルとセシルは究極の選択を迫られた挙句、二人だけの秘密を差し出してしまった。
これで、しばらくはセレンにからかわれるだろうが、セレンのありもしない想像を広められるよりよっぽど良いと諦めた結果だった。
やがて港に到着すると、チケットを買って船に乗り込む。
マルテンサイト王国までは約半日の航海だから、午後過ぎには到着するだろう。
泊りの客では無いため船室は無く、三人で甲板に座り話をしながら船旅を満喫していた。
「ねぇ、マルテンサイト王国のギルド長が知り合いなの?」
「ああ、昔のことだけど、俺の両親と一緒のチームだったらしい」
「私はギルド長とお会いした事はありませんが、今も現役の冒険者だと聞きましたわ」
セシルを連れて行った時は、ちょうどギルド長会議でオーステナイト王国に行ってたから、セシルはウィルと会ってない。
そう言うカイルも、冒険者登録以来会っていない事になる。
最近は事務仕事が多く、冒険に出れない事をボヤいてたとジェイクから聞いたのを思い出すが、ギルド長自ら冒険に出ると言う話は聞いた事は無いけど、ウィルならやりそうだと思った。
そして、船はトラブルが起きる事も無く、無事にマルテンサイト港に到着した。
入国の手続きも順調に終わり、その足でギルドへと向かう。
その途中、屋台を回りながらゆっくりと食事を取り、午後も半ば過ぎくらいに、ギルドへと到着した。
「おぅ、カイルじゃねぇか。随分と久し振りだな。いろいろ話は聞いてるぜ?」
「ウィルさんも久し振り。 …で、何を聞いてるのさ?」
ギルドの入り口を通り、受付に向かおうとしたところで、カイル達の後ろから、相変わらずガラの悪さが目立つウィルが声を掛けてきた。
ギルドの制服を着崩しているため、どうしてもギルド長には見えないし、その風貌も相まってどちらかと言えば、近寄りたくない部類の大人に見える。
そんな人がカイルの話を無視しながらニヤニヤしている。
「えー… この人、ホントにギルド長なの?」
セレンがカイルの後ろに隠れつつ、ヤバい人を見るような目でウィルを見ている。
セシルも反応に困っているようで、カイルにぴったりとくっついていた。
「おいおい! 何だよカイル! いつの間にそんなかわいい子を連れて歩くようになったんだ? しかも、二人もかよ!」
「うるさいわよウィル。周りにもお客さんがいるんだから、もう少し静かにしなさい」
ウィルが、セシルとセレンをじろじろと見ていると、それを見兼ねたのか奥からエレナがやって来てウィルを注意する。
エレナもウィルと同じように制服を着崩しているため、この二人が並んでいると誰も近寄ろうとしない。
今も、ウィルとエレナの周りだけぽっかりと穴が開いたように冒険者も避けて通っている状況だ。
「ハーイ、セシル。久しぶりね。元気だった?」
「エレナさんもお久しぶりですわ。その節は大変お世話になりましたわ」
そして、エレナもカイルの後ろに隠れているセレンに気付き、しゃがんで視線を合わせると、子供に話しかけるようにセレンに声を掛ける。
「わぁ、可愛いわねぇ。お嬢ちゃんはお名前、何て言うのかしらぁ?」
「…わ、私は …セレン」
セレンはエレナの話し方に怯えながらも自分の名前を言うが、エレナがセレンの頭を撫でようと手を伸ばし、本気で怯えたセレンがカイルの陰に隠れて出てこなくなった。
思わぬ反応に伸ばした手を引っ込められないエレナ。
そんなぎこちない沈黙が続くと思った時、ウィルが真剣な表情で話しかけてきた。
「カイルよぉ、ちょっと話があるんだが、今良いか?」
ちょうど、カイル達もウィルに話があったため、正直この流れはありがたい。
二つ返事で答えると、奥の応接へと連れて行かれた。
「ウィルさんは2人と初めて会うだろうし、エレナさんもセレンのことは知らないだろうから、話の前に紹介しておくよ」
そう前置きして2人にセシルとセレンの紹介をする。
当然セシルはベークライト王国のお姫様で、ずっとカイルが探していた人物である事。
今はベークライト城の中だけで止めてるけど婚約した事を話した。
セレンは旅の途中で知り合い、そこから一緒に行動するようになった優秀な魔法使いである事。
そして今は二人でベークライト城に住んでいる事を話した。
「何だよ? いつの間にか婚約者ができてたんだな? しかもその姫さんが例の娘なんだろ? なら婚約って聞いても驚かないぜ。それに優秀な魔法使いか。お前が言うんだから相当な実力の持ち主なんだろうな。正直、羨ましいぜ。いいパーティーだな」
見た目と言葉遣いは悪いが、カイル達を褒めてくれているようだ。
そして、紹介も済んだところでウィルが本題に入る。
「さて、俺は見た目通りだから細かい事は好きじゃねぇ。しかも駆け引きなんて面倒な事もしたくねぇ。だから単刀直入に言うぜ? カイル、俺からの依頼を請けてくれ。報酬はここのギルドの資料室への立ち入り許可証だ。ニーアムから聞いてるって言えば分かるか? …どうだ?」
「ふぅ… この言葉足らずの補足をするわ。実はニーアムから手紙が来たのよ。恐らく、出身国でもあるマルテンサイトにも行くと思うから便宜を図って欲しいってね。そして、パーティーとしても優秀だから判断に困るなら依頼をしてみると良い、ってね」
さすがニーアムだ。
カイル達の動きを見越して、既に手紙でウィル達にカイルの目的などを伝えていたようだ。
パーティーを試されるのは仕方ないとして、ここまで順調に話が進んでいるなら受けない手は無いだろう。
セシルとセレンを見ると、二人も笑顔で頷いてくれた。
「ウィルさん。その依頼、受けるよ。ニーアムさんから俺達の目的も聞いてるようだし、その方が話が早くて助かるしね。 …じゃあ、内容を聞かせてもらって良いかな?」
「どうやら、お互いの利害が一致したようだな。 …でな、依頼の内容なんだが…」
ウィルから聞いた依頼の内容は、とある廃村に向かって消息を絶った行方不明者の捜索だ。
その廃村はこの町から馬車で二日くらいのところにあるらしい。
向かった冒険者は一チームの四名で、全員冒険者ランクはBだそうだ。
内容は廃村に住み着いた魔物の討伐で、何の魔物かは不明と言う事だ。
話を聞いたカイル達は、廃村の場所を地図で教えてもらい、明日の朝に出発する事にした。
「じゃあ、ウィルさん。俺達はこれで失礼するよ」
「ああ、よろしく頼む。 …それと、準備があるならジェイクとステラのところにも寄ってやってくれ」
それに答えるように、ウィルに軽く手を上げてギルドを出る。
そして、宿を取ると明日からの冒険に備えて準備物の確認を行う。
数日前にニーアムに依頼されて洞窟に入り、幾つかの道具を使っているので、一度バックパックを広げて三人で中身の確認をする事にした。
小分けにしたポーション類のストックケースと食器を含む調理器具一式、複数の調味料を入れた小袋。
最低限のメディカルアイテムを入れたケース、毛布数枚。
着替えなどを入れるランドリーポーチ。
これでバックパックはパンパンになる。
補充するとすれば、使用頻度の高いポーション類だ。
これはバックパックの底の方に入れてあり、その部分はチャック式になっているため、出し入れが容易に行えるのがポイントだ。
底のチャックを開き、ストックケースを取り出して開ける。
「えーと… マジックポーションと毒消しとヒーリングポーションが入ってますわ。これだけあれば補充の必要は無いと思いますの」
「私の希望は毒消しが多めに欲しいわね。誰かさんもその方が安心するでしょ?」
「もしかして、それは俺の事か?」
今のストック状況としては、ヒーリングポーションを大目にしていて、毒消しとマジックポーションは少ない。
これはセシルと二人で冒険していたとき時のものを基準にしている。
主に接近戦を主体としているので、そんなに魔法力も使わないし、毒も滅多に受けた事もなかったからだ。
だが、毒はもっともシンプルで効果のある攻撃方法と言う事もあり、最近はカイルも良く毒を受けている。
今は、パーティーも三人になったので、ここでストックの見直しをしてもいいだろう。
セレンの意見も取り入れ、毒消しを多く持つ事にした。
ストックケースもサイズアップしても良いかも知れない。
「それにしてもさ、今回城を出る時にパパからお小遣いってもらったんだけど、毎回そんな感じでもらってるの?」
「…それはセレンにだけですわ」
「俺達は、毎月の予算ってことで定額を渡される。多過ぎるから毎回断るんだけど、父上がな… しかもセレンが新しく加わったから、更に増額されたんだ。 …こんな贅沢な悩み、他の冒険者達の前では絶対に言えないぞ」
周りから見れば贅沢な悩みなのかも知れないが、正直カイルはこの状況に困っていた。
カイル達が旅で使うお金は、国として既に予算化されていて、必要経費として毎月定額で支給されているのだが、その金額が多過ぎるのだ。
カイルは何度も辞退を申し入れていても、未来への先行投資と言う事で押し切られている。
せめて減らして欲しいとお願いしても聞き入れてくれない。
しかも、ギルドで受ける依頼などの報酬もそのまま貯まっていくので、カイルの財布はとんでもない事になっている。
だからセシルと相談して、余った分は貯蓄に回すようにしているのだ。
その後、ジェイクとステラの店に行き、ストックケースと毒消しを買い揃えると、準備も完了となったので、早めに夕食を取り、明日に備えて休む事にした。
翌日。
カイル達は早速、廃村に向けて出発する。
まだ村への道標があるらしいので、そこまでは街道を進む事になる。
途中、運よく馬車を拾う事ができ、道標のところまで乗せてもらった。
夕方くらいに道標に着き、そこから村への方向を見ると、古ぼけて荒れた道が森の中に続いているのが見えた。
ここからは森の中を進むようだ。
馬車の御者に礼をして、森の中へと足を踏み入れる。
森の中は思った以上に日の光が届かなくて薄暗い。
地図を見ると、この道は廃村に行くためのものなので、ここでキャンプしても大丈夫そうだ。
「足跡くらい残っていても良いと思ったんだけど、10日以上経てば消えてしまうか」
「雨とか降るだろうし、獣だって通るでしょ? なら、見えなくなってるかもね」
森の中を歩きながら、消息不明の連中の痕跡を探してみるが、これがなかなか見付からない。
夜になる前に寝床の準備をして、夕食の支度をする。
川は近くに無いようなので、魔法を使って水を用意し、食材は魔物が出なかったから宿で用意した食料を使う事にした。
「ところでさぁ、その、行方不明の冒険者たちなんだけど、最悪の結果だったとしたらどうするの?」
「そう言う場合は、認識票と所持品を持ち帰るんだ。可能であれば亡骸を持って帰りたいところだが、そのせいで俺たちが危険に晒されそうなら、せめて家族に渡せるような何かを持ち帰れば良いんだ」
「それと、遺体はアンデッド化する危険性もありますので、その場に置いてくる時は焼却することも義務付けられていますわ」
いつ命を落としてもおかしくないと言う危険を承知で、自らの意思で冒険者となったのだから、大抵の冒険者は遺書を懐に忍ばせていたりする。
それを回収するのも冒険者としての義務となるため、遺体の回収などについても決められていることがあるのだ。
そんな話をしながら、明日からは本格的に捜索を始めることもあり、早目に休もうとセシルとセレンが毛布に包まるのを見届けて、カイルは火の番をする。
深夜、むくりとセシルが起き上がった。
トイレかと思っていると、こっちに近付いてくる。
目を見るとボーっとしているようなので、寝ぼけているようだ。
「どうした? セシル」
「…うん。忘れ物を思い出したの…」
忘れ物? 何を忘れたんだ? と思っていると、両手で頬を押さえ込まれて、そのままキスされた。
「…これで良し」
そう言って自分の毛布に戻り、そのまま眠りについた。
どうやら、約束を思い出したらしい。
カイルは顔を赤くしながら、思わず微笑んでしまった。
翌朝。
朝食を終えた後、キャンプの後始末をして廃村へと向う。
深い森を道なりに歩き、半日くらいで森を抜けた。
いや、抜けたと言うよりは開けた場所に出た、と言う表現が正しいだろう。
そして、目の前には誰も住んでないと思われる家が多くあり、入り口らしきところに半分外れた看板があって、ここが目的地の廃村である事が分かった。
「…何とも気味の悪いところですわね」
「私もこう言うところは苦手だわ」
女性二人はこう言う雰囲気が苦手みたいで、嫌そうな顔をしている。
魔法を使ったりゴーレムを倒したりしているのに、こう言う雰囲気に弱いという、ちょっと意外な一面を見たような気がした。
この廃村はそれなりに規模が大きく、ざっと見ても五十戸くらいは家がありそうだ。
その大半が崩れ落ちており、家の戸もほとんどが開け放たれていたり、外れたりしていた。
見ると、村の真ん中の道を進んだ外れのところにちょっとした高台があり、村を見渡せるようになっている。
カイル達はそこを拠点にキャンプする事に決めた。
バックパックとショルダーバッグを置き、念のために結界を張っておく。
必要な道具だけを選び出し、携帯用の入れ物に入れて村の探索準備を整える。
「村全体は索敵できないけど、今のところこの近くには誰もいないみたいだ」
「じゃあ、捜索対象は既にいなくなってるかも知れない、ってこと?」
「それも踏まえた捜索なのでしょう。さぁ、行きますわよ」
今の段階で無人なのは確実だ。
だとすれば、既に… ということも有り得るか。
期待はせず、やるべき事をやるために村の捜索を開始した。
一軒一軒、中を確認して痕跡を調査していくのだが、これくらいの規模の村だから捜索はそれなりの時間を要し、最後の一軒を調べ終わる頃には既に夕方になっていた。
だが、これで村にある家は全て確認が完了した事になる。
「行方不明の方はいませんでしたし、痕跡もありませんでしたわ。本当にこの村なのでしょうか?」
「入れ違いも有り得るんじゃないの?」
「村の名前も合ってるし… 何だろ? 何か違和感を感じるんだよなぁ…」
セシルとセレンの意見ももっともだ。
なのに、カイルは何か違和感を感じていた。
足跡ではなく、もっと根本的な何かが無いような気がするのだが、それが何なのかが思い付かない。
「ところで、消息を絶った方々は何をしに来たんでしたっけ? 忘れてしまいましたわ」
「確か、魔物の討伐だったと思ったわよ?」
「っ!! それだ!!」
二人の話を聞いていたカイルが急に大きな声を上げると、二人は驚いてカイルを見た。
「そうだよ! この村、魔物と戦闘した痕跡が一つも無いんだよ! 村に巣食っていたならここで戦闘があったはずなんだ。でも、ここまでの道のりにも、この村のどこにもそんな形跡は無かった。ここ数日での出来事なのに、何事も起きてないようなこの光景がおかしいんだよ」
セシルとセレンは改めて村を見てみると、自然に朽ちていったような感じに見えて、どこにも戦った跡が無い。
少なくても魔物の討伐に来たのなら、多少の戦闘は起きているはずだし、キャンプした形跡すら見当たらない。
これらの事実を元に考えて見ると、一つのシナリオが思い浮かぶ。
依頼を受けた冒険者の一行は、目的の村に着いたが人はおろか魔物もいない。
その足ですぐに魔物の探索の範囲を広げると、村の中ではなく外で魔物と遭遇した。
だから村の中には何も無いのだ。
「では、村の周りも捜索した方が良いですわね」
「じゃあ、暗くなる前にぐるっと回ってみましょう」
三人は村から出て森に入ると、村の周りを回るように再び捜索を開始する。
この周辺に山は無いため、歩きにくさは感じられない。
捜索を始めてしばらくした頃、セレンが何かを見つけてカイルを呼んだ。
「カイル、見つけたよ。これでしょ?」
セシルと共に向かってみると、辺りの木には斬撃による斬り傷が無数にあり、草も何かが倒れたように押し倒されていた。そこから更に森の奥までそのような痕跡が続いている。
「ここから更に奥へと向かったようですわね」
「よし、行ってみよう。セレン、お手柄だ」
「えへへ、ありがとう」
こう言う時、なぜか背の小さい子が目の前にいると、無意識に頭を撫でてしまう。
嬉しそうに撫でられているセレンを、羨ましそうにセシルが見ている。
後でセシルの頭も撫でておかないと、また夜中に起き出してきそうだと思った。
そして、本当に起き出してくるのか興味はあったが、セシルには気の毒な事だからやめる事にした。
そして、更に森の奥まで足を踏み入れると、急に開けた場所に出た。
かなりの広さのその場所には、木や草は一切生えておらず、剥き出しの地面が顔を覗かせており、その真ん中のところには大きめの岩があった。
「…もの凄く罠っぽい気がするわ」
「戦闘の形跡も、ここで終わっているようですわ」
「隠し陣でも敷いてるのか? …セレン、頼めるか?」
「…そうね。分かったわ。 …行くわよ。 ソウェイル・アルジス・アンスール・サガズ・カノ・イサ・ウィン・ギューフ<生命を守護するものよ、我が声を聞け、変革の始まりを妨げ、調和を贈り給え>『魔力喰らい』」
明らかに怪しげな存在感を出している岩を対象に、セレンの魔法解除をかけてもらう。
だが、何の変化も無かった。
「あれ? もしかして何とも無いわけ? もう、何なのよ? これ」
「まぁ、結果として何も無かったんだ。それで良いじゃないか」
セレンが何も反応を示さない岩に文句を言っているが、カイルも正直なところ何かあると思っていたので、これは肩透かし食らった気分だ。
慎重に、辺りを警戒しながら三人でその岩のところへと向かっていくと、岩の陰に穴が開いているのが見えた。
その穴は奥へと誘うように階段状になっていて、下りて行くことができそうだ。
そして、幾つもの足跡が階段を下りるように続いているのを見つけた。
「やっぱり、下へ向かったようですわ。ですが、このいかにも、って感じの入り口は怪し過ぎますわね」
「普通の人ならそう思うんだろうけど、その人達の足跡を見るに、迷うこと無く中に入ったんだよね。ってことは、下で何かあったんだ?」
「そうみたいだな。さて、行ってみるか。二人とも、十分に注意してくれよ?」
下に降りたであろう冒険者たちの足跡は、入り口のところで戸惑った形跡も無く、中へと続いている。
通常なら、こんな怪しい入り口はしばらく辺りを確認したり、岩の周りにおかしなところが無いかを見るものなのだが、そう言った跡が無いのだ。
もちろん、離れた場所で観察した結果からの突入なのかも知れないが、いずれにしても中に入らないことには始まらない。
三人は、カイルを先頭にして狭い入り口をくぐり、下へと下りていく。
中は当然の暗闇だ。
たいまつはキャンプに置いてきたため、セレンの光の魔法で周りを照らしながらの捜索となる。
かなりの深さまで下りてきたが、一向に下に着く気配が無い。
振り返って見ると、地上への出口がかなり小さくなっているので、相当深いのだろう。
やがて、平坦な通路になったので、最下部へと到着したようだ。
「やっと下に着いたか」
「それにしても暗いですわ。セレン?」
「はいはい、また便利屋の出番って事ね」
セシルに頼まれると、セレンが一歩前に出て魔法を使い、光の玉を幾つか作り出す。
そして、暗闇で見えない天井に向けて魔法を放った。
すると、光の玉は一気に輝きを増し、辺りを照らし出すと、今まで見えなかった空間の奥まで見渡せたことで、カイル達は驚愕する。
「…なんだ? コイツ等」
「分かりませんわ… 気配も魔力も感じませんの…」
「いつの間に… こんなに」
今まで暗闇だったから見えなかったのかも知れない、だとしても一切何も感じなかったのに、今カイル達の目の前には、数え切れないほどの「何か」がいた。
大きさも様々で、全体的に黒い。
武器のようなものを持つ者もいれば、何も持たない四足のものもいる。
だが、こちらに襲ってくる気配は無く、何かを待つように、ずっと立ち尽くしている。
しばらく待っていても動きそうに無いので、危険を承知で近くに行ってみる。
「セシルとカイルはいつもの高速移動ができないでしょうから、私が不測の事態に備えておくわ」
セレンが万が一に備え、いつでも魔法を発動できるように、先ほどの位置で待機している。
セシルを伴い、群れのところまで足を進めると、
「これ… は、死骸… か?」
「こんなにたくさん、 …でも、なぜこんなところに? それに、立ってる意味が分かりませんわ」
動かない群れは全てが死骸だった。
しかも全てが立っている状態で大量にある。
ざっと見積もっても五十を超えるくらいはあるだろう。
この空間は、向こう側の壁が辛うじて見えるくらいの広さで、天井は見上げるほどに高い。
なぜ、こんなところに集めているのか分からないけど、これで動かない理由がハッキリした。
もしかしたら、この中に探している冒険者がいるかもしれないが、ここから探すのは大変そうだ。
「ぐ、うぁっ!!」
「セレン!」
突如、セレンのうめき声が聞こえた。
すぐに振り向くと、セレンの首を後ろから掴み、こちらを睨んでいるフードを被った奴がいた。
ここは地下に位置しているのでセシルの雷はすぐには使えないが、カイルの風はある程度使えるため、瞬時に風を纏うとセレンを捕まえている奴を見据える。
「お前が誰かは知らないが、その子を放してもらおうか」
「お前らこそ、何しに来た? ここをどうやって見つけた? 他にも誰かいるのか?」
「質問だらけですわね。それを聞いてどうしますの?」
「もう一度言うぞ。その子を放せ。こちらの要求を呑まなければお前の安全は保障しない」
「いいや、まずはお前らの目的を話せ。交渉はそれからだ」
どうやら話は通じそうだが、何かを隠しているようで、まだセレンを放してない。
セレンも顔を歪ませて痛みと苦しみに耐えている。
念のため、攻撃態勢を保ちつつも、この廃村に来た目的を話すと、その話を聞いた相手は一瞬で顔色を変え、攻撃的な雰囲気に変わる。
どうやら逆効果だったようで、ますますセレンが危険になってきた。
「最終警告だ。今すぐその子を放せ。さもないと…」
カイルの纏う風が渦を巻き始めた。
これは、警告の意味も踏まえてわざと目立つ演出をしている。
セシルが何も言わずに見守っているのは、もちろんカイルを信用しているからだが、いつでも飛び出せる準備はしていて、僅かながらピリピリしているところを見ると、雷を内側に潜めているようだ。
そして、あのセレンが大人しく捕まったままなのも、カイルの指示が無いからだ。
大抵、何かして欲しい時は前もって言われるし、突然のことでもカイルに名前を呼ばれるだけでカイルの考えが伝わってくる。
だが、今は何も言われてない、と言う事は何もしてはいけないと言う事だ。
だから、気付かれないように魔法力を練り上げつつ、その時をじっと待つ。
「く、くそ…」
顔を歪ませ、どうするか迷っているようだが、掴む手は弱くなっているみたいで、セレンの顔もさっきまでの苦しさは無さそうだった。
(そろそろ、時間切れか?)
既に、待てる時間を越してしまった。
これ以上待つと言う事は、こちらには攻撃する気は無いと取られ、逆に相手に舐められる。
セレンを無事に助け出すのなら、このタイミングを逃してはいけない。
「セシル!」
「分かりましたわっ!!」
セシルに声をかけると、セシルの体から一気に雷が迸り、凄まじい速度で飛び出す。
さすがに準備していただけあって動きが速く、まさに電光石火と言えた。
相手が一瞬怯んだように見えたが、すぐ思い出したようにセレンを掴む腕に力を込めると、再びセレンの顔が苦痛に歪み始めるが、それは既に遅過ぎた。
あっという間に間合いを詰めたセシルが、無力化の一撃を相手に食らわせる。
「っ!?」
「あっ! 痛っ!!」
声を発すること無く、その場に崩れ落ちる正体不明の相手と、手を離された拍子に尻餅をつくセレン。
セシルの問答無用の一撃で、その場を支配していた緊張感が一気に霧散した。
「大丈夫か? セレン。助けるのが遅くなって済まなかったな」
「うん、大丈夫。カイルがすっ飛んで来なかったから、何かをしようとしていることはすぐに分かったしね。 …まぁ、コイツも手を出す相手が悪かったわ」
派手に地面に打ち付けたお尻を撫でながら、セレンが立ち上がる。
倒れている人物の頭に被ったローブを取ると、中身は見た目が中年くらいの男で、身分を示すものは何も無く、荷物らしき物も持っていなかった。
キャンプへ移動するのも手間なので、ここで男の意識が戻るのを待ち、それから尋問する事にした。
しばらくして、気絶していた男は意識が戻ると、喚き散らすことなく自分のおかれている状況の確認を始める。
大きく頭を動かすことなく、目と手足をわずかに動かすことで、自分の体のどの部位が拘束されているのかを確認する。
確認できる範囲では後ろ手に縛られ、両足首も拘束されている。
おまけに魔法による檻にも入れられているようで、脱出は不可能な状況にあることを理解した。
カイルは離れた場所でずっと男を監視していたが、その動作を見る限り、捕虜になるのは初めてではないことが分かった。
「カイル、見ましたか? 彼は意識が戻った直後に、自分のどこを縛られてるのか確認しましたわ」
「ああ、見た。自分がどこにいるのかは問題ではないみたいだな」
「ふぅん? じゃあ、生かされている理由も分かってるってことね。やるじゃない」
男の動きを監視していたカイルのところへ、夥しい数の死骸の確認をしていたセシルとセレンが戻ってきた。
二人も男の動作を見たのだろう。
それでも、臆すること無く的確に相手を見て状況を把握したのはさすがだと感じた。
「まぁ、そうだろうな。自分から話すことはしないだろう。 …セレン、セシルお疲れ様。で、どうだった?」
「冒険者らしき死骸はたくさんありましたわ。だから、取れる分だけ認識票を外してきましたの」
「補足すると、セシルが「らしき」って表現したのは、何かしらの変化が始まっているものもあったからよ」
セシルとセレンの話では、死骸の中には腐敗やミイラ化では無く、明らかに外部からの干渉による変化が起き始めているものがあると言う。
その数は多くなく、二十二体だという事だ。
「…変化?」
「そうですわ。そのことについては、彼に聞いてみた方が良いと思いますの。聞き取りは私達に任せていただきますわ」
セレンが難しい顔をして、拘束されている男を睨んでいる。
そこには、いつものセレンには見られない怒りにも似た感情が見て取れた。
「分かった。俺も立ち会うが、セシルとセレンが進めてくれて構わない」
「ありがとう、カイル。 …セレン、始めますわよ」
「......」
2人が男のところへ歩き出し、それにカイルも続く。
男は、地面の上に転がされた状態だが、セレン特性の「炎の棺」に入れられているので、男の生死はセレンに委ねられていると言っても過言ではないだろう。
そんな男の目の前に立ち、静かに見下ろすとセレンが口を開く。
「こっちを見なさい。ゴーレム使い」
カイルは自分の耳を疑う。
聞き間違いでなければ、セレンはこの男をゴーレム使いと言った。
と言う事は、この男はゴーレムを操ることができるのだろうか?
男も、驚いたようにセレンを見上げると、動揺を隠せないのか、目が泳いでいるのが分かる。
「その様子では、まさか言い当てられるとは想像もしてなかったようですわね」
「カイル。コイツはとんでもなく危険よ。死骸を魔法でゴーレムに変えられるのよ」
「ゴーレムを操るんじゃなく、ゴーレムを作っているのか?」
「両方ですわ。私もこの目で見るまでセレンの話が信じられませんでしたわ」
カイルが言葉を失う。
ゴーレムを操るだけじゃなく、作り出す? 死骸を利用して?
あんな厄介なものを生み出せると言うのだろうか?
単体での遭遇なら、これまでも対処したこともあるので大した事ではないだろうが、あれが大量に作り出せるのは問題だ。
攻め方次第では、すぐに国を落とすことだって難しくない。
それなら、この男に聞くべきことは決まっていた。
「アンタは誰にゴーレム製作の依頼を受けたの? この技術は禁忌のはずよ。そして、禁忌を犯したのなら、それ相応の呪いも受けているはず」
「く、はははは。そこまで知ってるとは、お前も見た目の年齢じゃないって事か」
「何よ! レディの年齢を詮索することも禁忌なの! それよりも、ちゃんと話なさい!」
「…まぁ、良いだろう。どうせ俺はもう終わりだからな。 …依頼者は漆黒の執事服を着た人外の老人だ。しかも大量に作れ、ってなぁ! これで良いんだろう。 …聞いてるぜ? 魔法剣士と隻眼の姫さんよぉ。くはははははははは。 …いいね、最高の表情だぜ! それになぁ! もう一つサービスすると、ゴーレム使いは俺だけじゃない、まだ他に何人もいるんだぜ! どうだ! 絶望したか!? ふはははははは!」
カイルとセシルが一気に硬直する。
セレンは二人から聞いた敵の事だと理解した。
未だに高笑いを続ける男を見下ろして、三人は動けずにいる。
意外なところでハークロムの名前が出てきたからで、しかも人外だと言う情報も入った。通りでこちらからの攻撃が一切通じない訳だ。
人の作り出した武器では太刀打ちできないからこそ、希望の光のような特殊な力が必要になるのだろう。
そして、高笑いを続けていた男が最後に叫ぶ。
「最後の最後で良い仕事ができそうだ!! さぁ、俺の置き土産をくれてやるぜ!! 受け取りな!!」
男の胸が深紅に輝き出し、横たわる地面に魔法陣が現れる。
そこからは黒い光が無数に浮かび上がり、男の体に固着していくと、見る見る黒い物体と化していく男を見て、三人が戦慄する。
男の体は倍以上に大きくなり、セレンの檻も掻き消されてしまった。
だが、まだ三人は動けない。
(早く動いて対処しなければいけないのに… 動け! …俺の体! 動け! そしてセシルを守れ!!)
カイルの硬直が解けた。
そして、二人の肩を叩き、意識をこっちに向けさせると、セシルとセレンも動けるようになる。
「セレン! あっちの死骸がゴーレム化する前に全て破壊してくれ!! セシル! 俺達はこのゴーレムを破壊するぞ!!」
「分かりましたわ!!」
「任せて!!」
三人が一斉に動き出す。
これは間違いなくハークロムが仕組んだことで、敵はどこまでも執拗にカイル達を狙っていたのだった。
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