第41話 訳の分からない事に巻き込まれる
訳の分からない事に巻き込まれる
ベークライト王国へ向かう船に乗り込み、特に何のトラブルも無く二日目が経過した。
三日目になっても航海は極めて順調で、行きのように海賊が大船団で襲撃してくる事も無ければ、海洋生物の魔物も出て来ないという、非常に順調な航海だ。
だが、敵対する者がいないということで、セレンの付与した効果の確認が取れない事態に陥っていた。
「でも、このまま安全で順調な航海ができているなら、特に構わないんだけどな」
「それじゃあ、セシルの付与ができないでしょ?」
「そんなに急ぐほど火急の用事でもありませんし、そもそもセレンなら、結界さえ張れれば場所は選びませんわよね?」
セレンが「そりゃそうだけど…」と物足りなさを感じさせる表情を作るのは、製作者だからと言うこともあるだろうし、それ以上に検証を行いたいようだ。
先ほどから、しきりに船の縁から身を乗り出して獲物がいないか確認している。
「セレン、あまり身を乗り出し過ぎると、海に落ちちゃいますわよ?」
「まさか、自分を餌にしようとしてるのか?」
「そんな訳無いでしょ! 獲物がいないか見てるだけよっ!」
ぷりぷり怒りながら海を見ているが、そんなに都合よく敵が現れることは無く、結局はお昼まで粘ってみたけど、何の収穫も無かったので部屋に戻る事にした。
特に何かをする事も無く、セレンは読書に夢中になり、カイルとセシルはお茶を飲みながら雑談をしている。
そんな感じで夕方を迎えて、いつも通りに食堂で夕食を食べる。
そして、部屋へと向かう途中、セシルがふと気付いた。
「そう言えば、私たち以外の誰とも合いませんわね。厨房も空でしたし、あの男性も乗船した時以降、見掛けていませんわ…」
「そもそも船って、動かすのに最低何人必要なんだっけ? 一人じゃ無理だよな。あー… でも最新の技術だとそう言うのもあるのか? その辺は良く分からないけど…」
「ち、ちょっとカイル。怖い事言わないでよね… なら、この状況は何なの?」
セレンが震えながらカイルの裾を掴み、辺りを警戒しながら索敵をしてみるのだが、自分たち以外の魔法力の反応が無い。
念のために、魔法力の弱い人も検知できるくらいまで感度を上げてみたが反応はなかった。
その結果に、思わず肩が大きく跳ね上がる。
「セレン。怖いなら索敵なんかするなよ」
「な、何よ。カイルはこの結果を知ってたの? …って、何でもっと早く言わないのよ」
「カイルも私も、たった今知ったのですわ」
事も無しげに話すセシルにムッとしながらも、セレンは結果をどう受け止めるべきか悩んでいると、カイルに肩を叩かれた。
「セレン。今の状況がおかしいというのは認識できた。まずは部屋に戻ろう。いろいろと考えるのはその後だ」
そして、部屋へと続く廊下を歩いていると、次第に視界の景色にノイズが入っていく。
それはだんだんと景色を侵食していき、やがて視界は全て闇に閉ざされた。
と、その瞬間、ハッと我に返った。
沈んでいた意識が一気に浮上するが、辺りは漆黒の闇に包まれているのは理解したが、今の状況がつかめていない上、呼吸も荒くなっていて、うまく息をすることができない。
(このままではダメだ。まずは落ち着かなくては…)
カイルは再び目を閉じて深呼吸する。
左の方からセシルの良い匂いがするし、後ろからセレンの魔法力を感じる。
差し当たり、二人が無事な事は確認できた。
「セシル、セレン、聞こえるか?」
「カ、カイル? 無事ですのね。良かった」
「もう、一体どうなってるのよ。下手に動けないじゃない」
どうやら二人も、カイルと同じくらいのタイミングで目が覚めたようだ。
この暗闇の中では状況が把握できていないため、無闇に動く事すらできず、一先ずその場でいろいろと確認をしていく。
「よし、まずは二人とも無事だな。よかった。 …次はこの暗闇と足元の水だが、まずは灯りを点けるぞ? 索敵したけど反応が無かったから大丈夫だろう。魔法で火を灯すから、暗闇に慣れた目に気を付けてくれ」
カイルが小さい炎を掌に出すと、ぼんやりと辺りが見えてくる。
どうやらカイルたちは船室にいるようだった。
さっきまでの行動が夢だったのか、食堂の帰りにこんな風になったのかは分からないが、荷物もここに来て置いた状態のままだ。
バックパックからランタンを取出し、灯りを移すと部屋全体を見渡すことができた。
やはり、足元は足首くらいまでの水で満たされているが、普通に考えてもこれは海水だろう。
すると、セレンが何かを発見したのか、部屋の隅の柱の根元に顔を近付けると、カイルとセシルに手招きする。
二人が近付くと、セレンが柱の根元を指さすので良く見てみると、そこには小さな札のようなものがあり、焼け焦げて剥がれ掛けていた。
「これは眠りを誘う符だと思うわ。海水の塩分に触れて焼けたのね」
「じゃあ、海水が触れなかったら、私たちはあのままでしたの?」
「眠りを誘う… か。幾つか分からない点があるけど、まずは甲板に出よう。足元の海水からして、この船は沈みかけてるかも知れない」
「もしくは、既にある程度沈んでしまっているか、ね」
カイルたちは荷物を持ち、部屋の扉を開けてみると、当然ながら通路も足首ほどの高さまで海水で満たされていた。
そして、甲板に出ると、辺りは漆黒の闇に包まれたかのように真っ暗で、この辺一帯が凪のように静かで風も吹いていなかった。
空も、星を見ることもできないほど真っ暗なのは、分厚い雲に包まれているからだろう。
「周りには何も見えませんわ。こんなにも真っ暗闇では、近くに陸地があるのかも確認できませんわ」
「町や灯台の光すらも見えないし、星も見えないから方角も分からないかぁ」
「それよりも船だ。今がどれくらいの時間なのか分からないけど、この沈み方だとかなり浸水しているようだし、感覚的に今も沈んでいるようだ。おそらくだが、この船自体はそんなに長くもたないぞ? 脱出用のボートを探そう」
そして、カイルたちは脱出用のボートを探してみるが、どうやら全て無くなっているようで、ロープは何かで切断されたような形跡があり、意図的に切られたと思われた。
「最悪だな。視覚的な情報は明るくならないと得られない。だけど、それまでこの船が沈まずにいるとは思えない。 …今のところは八方塞がりだな」
「えーと。まずは原因よりも打開策だよね。 …カイルの負担が大きくなるから、あまりお勧めしたくない案があるんだけど、聞いてみる?」
「参考までに聞かせていただきますわ」
セレンの案は、カイルが二人を抱えて上空へと飛び、雲を抜ける。
そうすれば星が見えるようになるため、そこで方角を確認することができる。
その後は陸地があることを前提に、運を天に任せて飛んでもらう。
と言うものだった。
「それは俺も考えてたけど、大半は運頼みだよな。とは言え、セレンでもその方法しか思い付かないんだな?」
「まぁ… 情けない話だけどね。頭がうまく働いてないような感じがするのよ」
「それも、仕掛けられた罠のひとつなのだと思いますわ」
「私もそう思う。その辺は無事に陸地に辿り着いたら、存分に検証しましょう」
「そうだな。まずは脱出だが…」
カイルは短く息を吐くと、上空を見上げる。
雲まではかなりの高さだし、雲の厚みもあるから、思った以上に飛ばなければならないだろう。
だが、ここで何もしなければ船の沈没に巻き込まれてしまう。
ならば、できることは全力でやるべきだろう。
「よし、セレンの案で行こう。二人とも、準備してくれ」
「ふう… まさか本気でやるなんて、正気の沙汰とは思えませんわ。私は賛同しかねますわ。沈没のギリギリまで待てれば、他にも得られる情報があるかも知れませんのよ?」
「でも、他に罠が仕掛けられているかも知れない。現状として、早期離脱が最善だと思うわ」
確かに、いくら油断していたからといって、カイルたちを簡単に騙せるのなら、気付いたことへの対処もしているはずだ。
向こうの目的がハッキリしていない以上、気付いた後のことは時間との勝負になるだろう。
もちろん、セシルの言うように沈没するギリギリまで待つことが出来れば、もっと調査することもでき、情報を得られるかも知れない。
だが、それまでの安全は誰にも保障することが出来ないのだ。
カイルは、不安を隠し切れないセシルを何とか説得して抱きかかえると、セレンをバックパックの上に乗せて、一気に上空へと飛び上がる。
そして、みんなの不安をかき消すように早く、鋭く雲を突き抜ける。
すると、カイルたちの目の前には、満点の星空が広がっていた。
「うわぁ… 凄い星空。こんなの初めて見たわ」
「雲を抜けると、こんな景色が見ることができますのね。 …素敵ですわ」
「よし、これで方向は分かった。だが、さすがに高度を上げ過ぎたようだな。冷え込みが激しい」
カイルは方向を確認すると西を目指し、セシルたちを抱えて勢い良く飛び出した。
今、雲の下に降りると、方角が分からなくなってしまうため、ある程度は雲の上ギリギリを飛行していく。
「カイル! 速過ぎはしませんか? これでは、貴方の体力の方が持ちませんわ!」
セシルはカイルに抱えられているため、まともに風圧が掛かっていて、想像以上のその力に、カイルがとんでもない速度で飛んでいることが伺えた。
どうみても短距離飛行では無いはずなのに、最初からこんなに飛ばして良いものかと、セシルは胸の奥に一抹の不安を覚えていた。
「大丈夫だ、ある程度飛んだら高度を落として滑空する。それまでの辛抱だ。それに…」
「それに?」
「今、起きている事は全てが未知の出来事だ。それを自分たちの望むままに行動する事こそが冒険者じゃないか? だから今、俺たちは冒険を始めたところだ!」
この状況で冒険と言い切れる当たり、さすがはあの両親の息子だと感じる。
セシルとセレンの心配を余所に、楽し気な顔を見せているカイルだが、セシルとセレンは短い時間とは言え、カイルと共に何度も死線を潜ってきている。
だから、カイルの楽しげな表情が作られたものだとすぐにわかった。
それでも、女性二人に心配をかけないように気を遣っている辺りが、カイルの強さの一つなのだろう。
「やれやれ、男の冒険心なんて分かりたくないけど、無理だけはしないでよね。それこそ、これから行く場所そのものが未知なんだろうから、カイルに動けなくなられても困るのよ? 私にポンコツの相手をさせないで欲しいわ」
「な…! セレン! 私はポンコツなのではありませんわ」
「はいはい、そうですねー。ってことで、カイル。分かってるわよね?」
「ああ、大丈夫だ。そうならないようにするさ」
どれだけの時間を飛べば良いのかも分からない。
そんな不安すらも吹き飛ばすように、カイルは速度を気にせずひたすら飛び続ける。
どれくらいの時間を飛んだだろう。
抱えるセシルはうつらうつらとしているし、落ちないようにカイルの腰とロープで結んだセレンも、カイルの背中にしがみついたまま、さっきから動かない。
何一つ音の無い世界でカイルは一人、無心で西を目指してひたすら飛び続けている。
その中で、ずっとカイルの心に引っ掛かっていることがあった。
それは…
(いまは「いつ」なんだ?)
星を見ればある程度の時間も分かるが、それは「今」を示しているもので、その「今」がフェライト王国を出港してから何日経っているのかが分からないのだ。
船の乗組員がいなかったことから、船は出港してどこかのタイミングで操船されなくなっているだろう。
もしかしたら、潮の流れに乗って、どこかをグルグルと回り続けていたのかも知れない。それに、暗闇とは言え、辺りに何も見えないと言う事からも、出港して陸地が見えなくなるくらいは進んでいる。
つまり、出港からそれなりの日数が経過しているはずなのだ。
「くそっ!」
答えの出ない謎に、つい悪態をついてしまうが、首を振って余計な考えを追い出す。
今は一刻も早く陸地を目指さなければいけない。
それが、最優先事項だ。
それから、更にかなりの時間を飛んだが何も変化は無く、夜もまだ明ける気配は無い。
そろそろ、カイルも体の疲労がたまり始めているのを感じていたので、まだ飛べるうちに雲の下に降りて確認することにした。
徐々に高度を下げて雲の中に入ると、顔に何か小さなものが幾つもぶつかってくる。
どうやら、氷のようだ。
カイルはセシルを抱え直すと、少し降下の角度を大きくして早めに雲を出ると、雲の下では強い雨が降っていた。
ひどく冷たい雨がカイルたちの体に容赦なく打ち付けるように当たり、急激に体温を奪っていく。
セシルもセレンも相当冷えているはずなのに、何も言わないところをみると、カイルに気を遣っているのだろう。
(このままだとみんなの体力が持たない。どこか、降りられる場所は無いか?)
やがて、夜も明け始め、辺りが白んでくると、やっと前方に陸地が見えてきた。
それを見て、カイルの気持ちも落ち着きを取り戻し、最後の力を振り絞るように更に加速する。
それからしばらくして、ようやくカイルは陸地に到達する事ができた。
それから、どこか降りられる場所を探そうと更に高度を落としていくと、急に体に纏わり付くような湿気が襲い掛かってきた。
「こ、これは、雨に濡れたのもありますが、かなり気持ち悪いですわ」
「凍えるくらいの寒さから、一転して茹だるような暑さって、ここはどこなんだろ?」
「俺もだいぶ気持ちが悪くなってきた。早く、どこか降りられる場所を探そう」
そして、前方に高くそびえる山を見付けたので近寄ってみると、その側面には岩肌と思われるところがあった。
カイルはそこへ向かうと、高度を下げて様子を見ながら速度も落とす。
「後は、周辺を歩かないと分からないか?」
「カイルの負担を考えると、今すぐにでも降りた方が良いと思いますわ」
「そうね。カイルが倒れると、セシルもポンコツになるんだから、その辺も注意してよね」
「むぅ… まだ言いますのね? でも、それに関しては何も言い返せませんわ」
セレンの忠告に、セシルが頬を膨らませる。
やっと陸地を見つけた事で、多少ながらも笑顔が戻りつつあるのは良い傾向だろう。
そして、カイルは地面へと着地すると、セシルとセレンを降ろすのだが、足から一気に力が抜けていき、立っていられなくなったカイルはその場に両手と両膝をついてしまう。
しかも、それだけでは収まらず、抜け始めた力は際限なく失われていき、段々と目の前が暗くなってくる。
もう少しで意識をも失ってしまうギリギリのところで、やっと力が抜けていくのが止まった。
これまで、両親とのさまざまな訓練のなかで、同じように力が抜けていく現象はあったが、さすがに意識まで飛びかけた事は無かった。
あまりの出来事に心臓の鼓動が早くなる。
「カイル! 大丈夫ですの!?」
「あ、ああ。ずっと飛び続けてたからかも知れないけど、足にうまく力が入らない。ここで少しだけ休ませてくれ」
「せめて、木陰まで移動しましょう。ここだと雨が直接当たるわ。セシル、カイルを運んで」
さすがにセシルには、正直に意識まで飛びかけたとは言えない。
言ったら二度と同じような事はできなくなってしまう。
だから、上手く誤魔化すような返答をしてしまった。
でも、セシルは大人しく頷いてくれると、カイルに肩を貸して立ち上がらせると、少し歩いたところにある大きな木のところへと向かった。
そこは、大きな木が伸ばす太い枝に守られているような所で、雨の雫は落ちてくるが、直接雨が当たらない分、体力の消耗は少ないはずだ。
セシルは根元のところにカイルを寝かせると、膝枕をする。
「さあ、カイル。濡れてて気持ち悪いかも知れませんが、少し休んでください」
「ああ、すまない。ちょっとだけ、休ませてもらうよ…」
そう言うと、カイルは静かに目を閉じ、すぐに穏やかな寝息を立てて眠り始めた。
「本当は服を脱げれば良いのでしょうが、ここでは無理ですわね」
「そうね。カイルが起きたら落ち着ける場所を探しましょう。まずはそこからね」
セシルが木の幹に体を預けて小さく息を吐くと、セレンも地面に腰掛けて息を吐く。
それは、お互いにやっと一息つけた瞬間だった。
「さて、カイルが起きるまで、私達も体を休めましょう」
「セシルも寝て良いわよ? まともに風圧を受けていたんだから、カイルほどでは無いにせよ、体力は消耗しているはずよ? 私はそんなに疲れてないし、後でカイルにおぶってもらうから大丈夫。それに、警戒しないといけないでしょ?」
「とりあえず、二人で索敵していれば大丈夫だと思いますわ。だから、貴女も休みなさい。それと、カイルにこれ以上負担をかけるんじゃありません。いいですか? 貴女も歩くのですわ」
「えぇー… 服がべた付くからヤダ」
そして、二人で小さく微笑むと、セシルとセレンも目を閉じる。
索敵は掛けっぱなしだし、特に問題は無いだろう。
だが、この森では招かれざる客をもてなすため、多くの魔物が続々とカイルたちの下に集まりつつあった。
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どれくらい休んだのだろう。
カイルは周りに漂う魔法力の異常さに気付き、目を開けた。
すると、カイルの目にはセシルの形の良い胸が飛び込んできた。
膝枕の特権であるその素晴らしいまでの光景に、久し振りに下から見たその重量感たっぷりの壮観さと、目覚め直後のご褒美のような光景に動揺を隠せず、自分の鼓動が早くなるのを感じてしまうのだが、今はそれどころではない。
辺りの魔法力に気付かれないよう、ゆっくりと離れてセシルを見ると、気持ち良さそうな顔をして眠っていた。
その傍らには、セレンも胡坐をかいて眠っている。
二人ともよほど疲れていたのだろう。
本当ならば、もう少しゆっくりと眠らせてあげたいところだが、そうも言っていられない。
申し訳なさを感じながら、カイルが二人を起こす。
「セシル、セレン。起きてくれ、敵だ」
肩に手を乗せて、軽く揺すると二人とも目を覚まし、同じように周りの雰囲気に気付いた。
辺り一面に漂う緊張感に、二人とも声を無くして警戒すると、カイルが二人の肩に手を乗せたまま声をかけた。
「まだこの明るさって事は、そんなに時間は経ってなさそうだ。俺の索敵にもかからなかったから普通の魔物とは違うのかも知れない。だけど、辺りはすっかりと囲まれているみたいだし、ここは… 体にはキツイけどやるしかないな」
「でも、この状況でもっと日が昇ったら、更に気温も湿度も上がるでしょうから、長期戦になるのは避けたいですわ。蒸し上がる前に終わらせるのが得策ですわね」
「そうよね。今でも暑いのに、更に蒸し暑くなったら、ますます動きたくなくなるわ」
それぞれに意見を言いながら、戦闘準備を進めて行く。
すると、カイルたちの僅かな闘気を感じ取ったのか、魔物の集団が動き始めた。
一斉に襲い掛かってくるその光景は、まるで津波のようだった。
「来るぞ!! セレン!」
「分かったわ! 開戦の狼煙ね!」
「派手にいきなさい!!」
「じゃあ、遠慮なく!!」
カイルとセシルが重い体に鞭を打ち、セレンの数歩前に出る。
そして、魔法剣を発動すると、押し寄せる敵をものともせず、一撃のもとに次々と敵を撃ち破っていく。
そして、セレンはまず意識を集中し、背中に漆黒の翼を生やそうとするのだが、うまく魔法力を集められず、一対の翼しか作り出せなかった。
だが、集められるだけまだ良いだろう。
そして次に、両腕を目の前で交差し、目を閉じて集中すると、セレンの周りに夥しい数の真紅の球体が現れる。
「アンスール・ギューフ・エオロー・マン・アルジス・ティール・カノ・エイワズ!<我が言葉を聞け、愛と友情の元に、我が仲間を守護せよ。戦士の炎よ彼の者に死を!>『爆炎塵』」
そして、閉じていた目を開くと、魔法を唱え終えるとともに交差した腕を勢いよく左右に広げる。
すると、セレンの周りを浮遊していた夥しい数の真紅の球体が、セレンの腕の動作に呼応するかのように、一斉に敵へと向かって飛んでいく。
その真紅の球体は、敵に接触すると大きな爆発を伴い、辺りの敵もまとめて炎で飲み込んでいった。
セレンが打ち出した開戦の火蓋は、大きな爆発と衝撃波を伴って、派手に切って盛大に落とされた。
だが、さすがのカイルとセシルも、止め処なく押し寄せてくる敵の前進は止め切れない。
敵を斬り飛ばしながらも、じりじりと押されて行き、岩肌に沿うように後退させられていく。
セレンはカイル達の少し後ろで、光の弓を構えてカイル達のサポートをしているが、攻めてくる敵に終わりは見えない。
しかも、最悪なことに、辺りの気温が徐々に上がり始めてきたのだった。
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どれくらいの敵を斬っただろう。
カイルとセシルは既に息が上がり始めている。
途方も無く長い時間、ずっと全力で剣を振るっているのだから、むしろ良くこんなにも長い時間、戦っていられたと褒めて欲しいくらいだ。
しかし、まだまだ敵の数は減ることは無く、どこから出てくるのか分からないが、後から後から湧いてくる。
そろそろ限界に近いかと思ったその時、セレンの声が高らかに響き渡った。
「サガズ・ソウェイル・ウィン・ウルズ・エイワズ!<夜明けを照らす太陽よ、光の力を持ちて彼の者達に死を!>『破邪の浄光』」
両手を天に掲げてセレンが魔法を唱えると、セレンを中心に広範囲に及ぶ光の柱が出来上がり、その中にいる魔物は降り注ぐ光に飲み込まれ、灰も残さず消え失せる。
その凄まじいまでの威力にカイルとセシルも驚くが、セレンは自身の持つルーン魔法の本を読んだのと、カイルの母マリアからの指導もあり、使う魔法は威力も範囲もこれまでのものを遥かに超えていた。
「さぁ、これでちょっとは休めるはずよ。今の内に息を整えましょう」
肩で大きく息をするセレンに、カイルとセシルも無言で頷く。
もはや、声を出すのも一苦労だった。
だが、セレンのおかげで、ほんの数十秒だけど休むことができたのは大きいだろう。
カイルは徐々に腕に力が戻るのを感じた。
しかし、セレンを見ると、漆黒の翼はその色を薄くし始めていた。
ここにきて、かなりのペースで古代ルーン魔法を使っている。
そのため、相当な魔法力を消費しているはずだ。
恐らく、この翼が無ければ既に卒倒しているかも知れない、そんな状況だった。
「それにしても、俺達はセレンに相当助けられてるな」
「そうですわね。私とカイルの二人だけだったのなら、すでに押し潰されてますわ。こう言う休憩ができることは本当にありがたい事ですの」
「ち、ちょっと、やめてよね。あまり持ち上げないで欲しいのよ。 …すぐに調子に乗っちゃうからさ」
辺りはだいぶ明るくなり、見合わせた三人が汗と泥にまみれた顔で笑い合う。
少しは休めたおかげで、それなりに力は戻りつつあるし、セレンの翼もやや色艶が増してきた。
大丈夫、まだ頑張れる。
カイルは剣を握る手に力を込めた。
「!! 来たわよ!」
セレンの声で前方を見ると、熊の魔物を中心に、イノシシや大型犬、シカや馬などの魔物が辺り一面を覆い尽くし、再び押し寄せて来る光景が見えた。
「セレン。あの光の魔法はあと何回くらい使えそうだ?」
「うーん… 確実なところはあと二回ね。倒れてもいいなら三回かな」
「では、二回ですのね。じゃあ、さっきと同じで岩肌を回り込みながら隠れられる場所を探しましょう。 …あまり私の好むところではありませんが、隠れるところは見つかると言う前提でいきますわよ? 良くも悪くも運を天に任せて… 冒険ですわ」
セシルらしからぬ発言を合図に、カイルたちは再び戦いを始める。
岩肌を回り込みながら、敵を斬り飛ばして隠れる場所を探すが、そんなに都合よく洞窟なんて見つかるはずが無い。
だが、諦めずに剣を振るうのは、こんなところで終わらせないと言う思いであり、その気持ちだけで戦っているようなものだった。
「カイル! 右前方を見てください! 森の切れ目が見えますわ!!」
「よし、森を抜けよう! セレン!」
「行くわよ! サガズ・ソウェイル・ウィン・ウルズ・エイワズ!<夜明けを照らす太陽よ、光の力を持ちて彼の者達に死を!>『破邪の浄光』」
そして、再び巨大な光の柱が立ち上がり、その中にいる全ての魔物を眩い光が飲み込んでいく。
辺り一面を一掃すると、さすがのセレンも背中の漆黒の翼が掻き消え、地面に両腕をついてしまう。
カイルたちは、重い体を引き摺りながら森を抜けた。
そして、森を抜けて目にしたものは、どこまでも続く見渡す限りの草原で、いつの間にか雨は上がり、蒸し暑さも収まっていた。
魔物たちも森からは出れないようで、草原と森の境界線のところで唸り声を上げていた。
「何とか、森での窮地は乗り切ったようだな。まずはここで少し休もう」
「ええ。でも次はこの草原ですわ。今のところ、何かあるようには見えませんが、今は休むことにしましょう」
「さっきまでの暑さとは比べ物にならないほど違うけれど、やっぱり暑いわ。本当に、ここはどこなんだろ?」
カイルはバックパックを降ろし、中からポーション類を取出すと、セシルとセレンに渡す。本質的な疲れまでは取れないまでも、魔法力と体力は回復しておくべきだろう。
カイルも、二種類のポーションをグイっと飲み干すと、空になった瓶をバックパックに入れてその場に倒れ込んだ。
そのまま眠ってしまいたい衝動に駆られるが、さっきの森も魔物は索敵にかからなかった。今までの敵とはだいぶ違うみたいだし、草原にも魔物がいるかもしれない。
だから、ここは体を休めるだけにしておこう。
そう思いながら体を起こしてみると、セシルとセレンが横になり、二人仲良く寄り添って眠っていた。
空は曇ったままで、雨は止んでいるがとても暑い。
これで日差しが出てきたら、もの凄く蒸し暑くなるんだろうと思うと、曇ったままで助かったと思った。
カイルは二人が飲んだポーション類の空の瓶を回収してバックパックに入れると、改めて辺りを警戒する。
まだ立ち上がれるくらいまで気力は回復してないが、今のところ見える範囲には何も無さそうだ。
「どこなんだ? ここは… それに、俺たちは何かに巻き込まれたのか?」
手掛かりは何もない。
まずは、二人が目を覚ますまで、カイルは体を休めながら警戒を続けるのであった。
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