第42話 怪しさは置いといて休息をとる

怪しさは置いといて休息をとる



二人が横になってしばらく経ち、眠っていた二人が身じろぎしたと思ったら、鬱陶しそうな顔で起き上がった。


「…暑い! こんなとこで寝れるわけ無いじゃないの!!」

「うぅ… 体中がべた付いて気持ち悪いですわ… これが乾いたら、凄い匂いがしそうですわ」


もちろん、服はまだ濡れたままだし、先ほどの戦闘でたくさん汗も掻いたから、服がべた付くのは当然だろう。

それよりも、この纏わり付くような暑さが耐えられない。

実のところ、カイルは暑さが苦手だ。

寒いなら何か着ればいいし、寄り添えばお互いの体温で温められる。

だが、暑さだけはどうしようもなく、脱げるなら脱ぐが、裸になったらそれ以上は何もできないし、だるくて動きも鈍くなるからだ。


そうは言っても、ここにいても何もできないし、どうしようもない事は分かり切っているため、カイルたちは重い体を引き摺って荷物をまとめると、早速移動を始める。

辺りは見渡す限り草原が広がっていて、近くに町や村など人がいるようなところは見当たらない。

当然、どこに向かえば良いかも分からない。


「少なくとも、森から離れるのが正解だろうな」

「では、森を背に進んでみましょうか」


セレンは既にぐったりしていて、会話にも参加してこない。

カイルはバックパックを背負うと、その上にセレンを乗せ、セシルと共に歩き出す。

セシルだって相当疲れているはずなのに、文句の一つも言わずについて来てくれるところから、カイルにかなりの気を使ってくれているようだ。

本来なら無理をさせるような事はしたくないのだが、今はそうも言っていられない。

セシルの気遣いには助けられていた。


その後も、しばらく歩いたが何も見えないし景色も変わらない。

行く当ても無く歩くのは気持ちも滅入ってしまうが、空をずっと飛び続けるよりはよっぽど良い。

地に足が付いている分、安心は出来た。

すると、遠くの方に小さな建物らしきものを見付けた。


「カイル、あれは… 建物でしょうか? 不自然に一つだけ建ってますわ」

「建物だな。とりあえず行ってみよう。セレン、起きてるか?」

「…言ったでしょ? こんなに暑いのに寝れるわけないじゃないの。 …それにしても、本当に怪しい建物ね」


言われるまでも無く、誰が見ても怪しいだろう。

だが、雨風をしのげて、一時的だとしても体を休める事ができるのなら、怪しくても立ち寄るべきだ。

セシルもセレンもそれを知っているから、黙ってカイルの後をついてくる。


やっと建物の前までやってきた。

外観はあまりダメージが見えず、蔦も生えてなければ苔も付いていない。

だが、人が入らなくなって結構な年月が経っていることだけは、鍵穴の錆付き具合で何となく読み取る事ができた。


とりあえず、扉を開けてみようと取っ手に手を伸ばすが、あと少しのところで手が止まる。船の沈没から始まった今回の一連の出来事を考えると、目の前の怪しい建物に、どうしても手を触れることができなかった。

これが罠では無いと言い切れない以上、念には念を知れておいた方が良いだろう。

多少休めたおかげで、考える余裕も出てきたカイルはセレンに声を掛ける。


「セレン。疲れてるのに申し訳ないんだが、頼めるか?」

「もちろん良いわよ。私も気になってたし、その方がみんな安心できるでしょ?」

「すまない」


セレンはカイルの背中から降りると、多少ふらつきながらも、建物を目の前に目を閉じて両手を掲げ、ゆっくりと魔法を唱えた。


「…ソウェイル・アルジス・アンスール・サガズ・カノ・イサ・ウィン・ギューフ<生命を守護するものよ、我が声を聞け、変革の始まりを妨げ、調和を贈り給え>『魔力喰らい』」


以前は、セレンを中心に展開する、魔法の罠などを解除する魔法だったが、今ではセレンの認識した範囲に展開できるようになった。

そのため、目の前の建物すべてに展開できている。

だが、建物からは罠の痕跡は見つからなかった。


「どうやら大丈夫のようね。でも、内側に結界を張っていて、中に入ると発動するものもあるから、念のために建物の内部も確認したいわね。と言うことで、カイル。ここを開けてちょうだい」

「よし、じゃあ開けよう。一応、俺から離れててくれ」


カイルは取っ手に手を掛けると、力を込めて手前に引く。

見た感じでは鍵がかかって無かったようなので、引けば開くはずなのになかなか開かない。

カイルが力を入れるたびに、扉の蝶番もミシミシと音を奏で、今にも壊れてしまいそうだ。

その扉を開けるために格闘する事数分、カイルの額に汗が幾つも浮かんできた頃、やっと扉が軋んだ音を上げながらゆっくりと開き出した。


「はぁ、はぁ… やっと開いた。はぁ、はぁ… 随分、使ってなかった感じがするけど、セレン、中も頼む」

息も絶え絶えに、カイルが入り口のところで、地面に膝と両手をついた。

カイルがこれほどまでに消耗した事も、セシルとセレンの前でこのような姿を晒したのも極めて稀な事だった。


「カイル、大丈夫ですの!? さあ、肩を貸しますわ。苦しいでしょうがもう少し頑張りましょう」

「さて、もう少し待っててね。今、中を済ませてくるから」


セシルがカイルの元に寄り添い、肩を貸して立ち上がると、セレンがその間を通り、辺りを見回しながら慎重に建物の中へと入っていく。


「すまない… まだ、うまく体に力が入らないんだ。セレンの確認が終わったら、中に連れて行ってくれるか?」

「何を言いますの。私は貴方の妻ですのよ? 今更、何を確認する必要がありますの?」

「そうだな。俺が悪かったよ。 …ありがとう。 …おっと!?」


カイルがバランスを崩して倒れそうになるのを、セシルが抱き止めるような形で何とか踏み止まる。

抱き合うようにカイルを支えていると、鎧を付けていても分かるような震えをカイルから感じた。

恐らく、力の使い過ぎと疲労で、体の感覚がおかしくなっているのだろう。

熱っぽくあるようにも思えた。


「…こんなに、体の調子が悪くなるまで無理をしてどうしますの? 貴方がここで倒れたら、私はどうすればいいのです? 無茶な事でもしなければいけない事は承知していますが、それなら私達をもっと使って下さい! …お願いですから、一人で無理な事だけはしないで…」


セシルはカイルにしがみつくと、堪えきれずに涙を流してしまう。

こんなことをしている場合ではない事も十分に理解しているが、湧き上がる感情は抑えることができない。

カイル一人に無理をさせて、自分は何もしていないことが余計にセシルを追い込んでいた。

そんな中でも、カイルは何とか腕を動かし、震える手でセシルの頭を撫でてくれる。


「…あぁ、すまない。心配をかけてしまったな。 …だけど、男には引けない時があるんだよ。好きな女に無理はさせたくない、いいところを見せたい。ってな。 …それで、こうやって抱き締めてもらえるなら、頑張った甲斐があるってもんだ」

「カイル… もう、貴方って人は… こんな時に」


涙を浮かべながらも笑顔を作ると、カイルが頷いた。


「…それでいい。 …ああ、やっぱり、セシルの笑顔は良いな。初めて会った時の笑顔が今でも鮮明に思い出せるよ」


そして、カイルの足に再び力が入ると、セシルの肩を借りながら、何とか体制を立て直す。


「…話は終わったかしら? 中は大丈夫みたいよ? でも、その扉には封印が施されてたみたい。カイルもよく開けられたものだわ。それと、船の事もあったから、奇跡が施されてないかも確認したわ。最後に、部屋の壁のところに暖炉があるから、火を点ければ服も乾かせるわね」


入り口からセレンが顔を覗かせて、中の状況を報告する。

内部の安全も確認できた今、カイルたちは建物の内部へと入って行った。


内部は外見とは裏腹に、清潔感が保たれているようで、セレンが確認しているから当然隠し扉も存在しない。

誰も手入れなどしていないはずなのに、塵一つ落ちておらず、広さは普通の宿屋の部屋よりもちょっと広いくらいだろうか。

セレンの言うように、壁に暖炉があって、簡単なキッチンが部屋の端の方にあり、中央にはテーブルを挟んで寝台のようなものが二つ置いてあった。

さすがにお風呂までは… と思って、奥の扉を開くと、トイレとお風呂があった。

今さっきまで、ここに誰か住んでましたと言っても不思議では無いほど、ここは生活感の残っている部屋だった。

今までなら絶対に避けて通るような怪しさだが、背に腹は代えられない。


「危険を覚悟する必要がありますが、まずはカイルを休ませるべきですわ。それに、私たちも疲労を回復しなければいけませんし、ポーションでは回復しきれないほどに消耗していますもの。 …それに、服を脱いで乾かしたいですわ」

「その意見には私も賛成。まずは回復が最優先よね。じゃあ、この寝台みたいなところにカイルを寝かせましょう」

「二人とも、すまない。 …少し、眠るよ…」


そう言って、カイルは目を閉じると、すぐに寝息を立て始める。


「本当に、無理ばかりしますのね」

「でも、その気持ちは分かるわ。私たちも立場が逆なら、同じことをするでしょ?」

「…そうですわね。なら、私たちもこれからは、お互いに無用な気遣いはやめて、仲間を頼ると言う事をしていかなくてはいけませんわね」


セシルとセレンは、お互いに顔を見合わせて小さく微笑むと、ハッとしたようにセレンが大きく目を見開いた。


「!? セレン。どうしましたの!?」

「セシル、マズい事になったみたいよ」


セレンがマズいと言うような顔をする。

セシルは索敵を開始し、辺りの警戒を始めるが何も感じない。

やはり、ここの敵は特殊なのかと考えていると、セレンに肩を掴まれる。


「セ、セレン! 何がありましたの!? 私には何も感じませんわ!」

「違う! そこじゃない! カイルが寝込んでるとなると… 私たちは食事できないんじゃないの!? これは由々しき事態よ!! そう、これは死活もんだ… 痛っ!!!」


死活問題。

そう言いかけたセレンは、突然の衝撃に目から火花が出るかと、本気で思ってしまった。


「い… いったぁーい!! 何すんのよっ!!」

「セレン。この場の雰囲気を和ませようと思っての事かも知れませんが、生憎と例えが悪過ぎたようですわ。これでは笑えませんもの。 …貴女、こんな訳の分からないところで死にたいのですか?」


突如として襲い掛かるセシルの殺気に、周りの温度が急激に低下してくるのを感じた。

そして、同時に身の危険も感じ取ったセレンが、大慌てで取り繕う。


「ゴメン。確かに冗談がきつかったわ。だとしても、そう言う場合は普通、ゲンコツじゃないの? 何でセシルは肘なのよ。頭が凹むかと思ったわ」

「事実、凹ませるつもりでしたが、それを止めた私の良心に感謝して欲しいですわ」


真顔で言い切るセシルに恐怖しつつ、セレンはセシルの肘をくらった頭を撫でながら本題に入る。


「さて、セシルの調子も戻ったところで、これからの動きを決めましょう」

「? 動きですの?」

「そうよ。効率良く動きましょう。だって、いつまでもこんな怪しいところにいたくないでしょ? だから、役割を決めるのよ」


セシルもその意見に賛成し、二人で役割を決めると、テキパキと動き始める。

セシルは暖炉に薪を入れて火を点け、洗濯物を干せるように段取りを行う。

薪は部屋の陰に山積みにされており、太さも乾燥具合も申し分なかったし、洗濯干しのロープも準備してあった。

セレンはもしかしてと思い、キッチンの食材入れを開けてみると、豊富な食材が所狭しと詰められていた。

しかも、パンまである。

試しにちぎって一口食べてみる。


「…柔らかい。 …ウソでしょ? でも、これで確信した。 …ここは誰か住んでるようね。しかも、今現在は留守にしているだけなんだわ」


だが、今は緊急事態だ。

家主には申し訳ないが、帰るまでは使わせてもらおう。

セレンは腹を括り、お風呂の準備を始めた。


一方、セシルはカイルの装備を外し、濡れた服を脱がせていた。

もちろん、既に自分は装備も服も脱いでいて、今は下着姿だ。

ここだけの話、セシルは大抵カイルに装備を外してもらいつつ、服も脱がせてもらってたりする。

いや、最近は自分で脱ぐ方が少ないかも知れない。

もちろん、ベークライト城の自室だけの話だ。

…今のところは。

だから、逆の立場になると心臓の音がうるさく、そして速くなってしまう。

ついでに顔も赤くなる。

ドキドキしながらも、カイルの服を脱がせていると、セレンが声を掛けてきた。


「セシル!」

「ひゃあっ!!」


ビクンと肩を大きく弾ませ、セシルが驚きの声を上げる。

その声に驚いて、セレンが目を丸くすると、二人の間で時間が止まった。

そして、最初に我に返ったのはセシルの方だった。


「セレン、脅かさないで欲しいですわ。 …一体何があったんですの?」

「へ? あ、ああ。あのね、気付いたことが一つ… いえ、二つあったのよ」

「今の状況で更に気付くと言う事は、決定的な何かを見付けましたのね?」


無言で頷くセレンに、セシルも真面目な顔で応える。

そして、セレンの口から発せられた言葉は、セシルにとって意外な事だった。


「セシルはカイルに服を脱がせてもらってるんでしょ!? まぁ、下着までは無いとしても、いつからそんな事させるようになったのよ!?」

「ど、どうしてそれを知ってますの!?」

「そんなの見れば分かるわよ! だいたい、カイルの服を脱がせるのに、どれだけ時間をかけてるの!? それはつまり、セシルがカイルを脱がせ慣れてないからでしょ? 二人の性格からして、どっちかが脱がせてあげる、ってなるじゃない。それでセシルが脱がせ慣れてないなら、カイルが脱がせてるって事でしょ!!」

 

こじつけのような話だが、握り拳を震わせながらセレンが力説すると、セシルは全てを見通されたように動けなくなってしまった。

 

「で? いつからなのよ。しかも、カイルに脱がせてもらってるなんて、セシルの見た目からは想像もできないわね。 …今に、下着も脱がせてもらうようになるんじゃないの?」

「そ、それも… ちょっと… 実は、その…」

「既にやってんのかっ!?」


真っ赤になって俯くセシルを一喝すると、セレンは脱力したように、その場に座り込んでしまった。


「まぁ、2人は夫婦なんだし、私も特に構わないんだけどさ。でも、たまにね、別に今の状態でも夫婦生活ってできるんじゃないの? つまり、旅なんかしなくても城で幸せに暮らせるんじゃないか、って思っちゃう事があるのよ」

「カイルも私も、その事は常に考えてますの。でも、ハークロムに目を付けられて、事ある毎に刺客を差し向けられるとすると、私たち以外の誰かが犠牲になってしまうんじゃないか、って。それなら、原因のハークロムを止めれば問題なく静かに暮らせるんじゃないか。そう思って私たちは旅を続けていますの」

「なるほどね。私はまだハークロムと対面したことが無いからだけど、二人がこれほどまでに警戒するには、それなりの理由があるって事なのよね」


セレンはまだ会った事の無い未知の敵、ハークロム。

話を聞く限りでは、人外の者だけあって物理的な攻撃は一切効かないし、唯一希望の光を使った攻撃が、過去に一度だけ通ったことがあると言う。

それ以外の攻撃はまるで効果がなく、二人の魔法剣でも斬れないし、傷も付けられなかったと言っていた。

そんな相手を倒すべく、可能性の一つとして、セレンの使う古代ルーン魔法をカイルとセシルの剣に付与する。

その目標は半分達成していて、カイルの剣に付与した古代ルーン魔法の効果を確認できれば、セシルにも同じ付与を施すことができる。

仕上げは、実際に有効かどうかを、本人相手に実戦で確かめるしかない。


その為の旅なのに、今はこうして訳の分からない何かに巻き込まれ、怪しさでいっぱいの建物を使わせてもらっている。


(…あれ? そう言えば、何かセシルに言おうかと思って… って、何だったっけ?)


と、思い出した。

セシルが変な事をしていたせいで、話の方向がズレてしまっていたのだ。


「…と言うのを発見したし、確認したのよ。 …だから、ここは今も確実に誰か住んでる」

「食糧が満載のキッチンに、暖炉や物干しの準備まで完璧に揃ってる。 …でも、生活感からして、とても危険人物が済んでいるとは思えませんわ。もし、家主が戻ったらキチンと事情を説明すれば分かってくれると思いますの。まぁ、必要ならお金も払いましょう」


すると、セレンのお腹が可愛らしい音を鳴らす。


「さて、じゃあ私達も食事をしてしまいましょう。カイルはいませんが、食材が豊富にあるなら、そのままでも食べられるものがあるかも知れませんわ」

「やっぱりそうなるわよね…」

「いや、ちゃんと料理くらいはしようぜ?」


セシルとセレンが一斉に声のする方を見ると、下着姿のカイルが立っていた。

だが、いつもと雰囲気が違うと言うか… 何と言うか…


「カイル… だと思うんだけど、何と言うか… やけにスカスカというか、人間っぽいと言うか… うーん。なんだろ? よく分からないわ」

「そうですわ! 気力と魔法力を感じませんのよ。だからやけに物足りなさを感じるのですわ!」

「ご名答。さすがはセシルだな。 …確かに、今の俺はいろいろと回復するために、戦いに必要なものは全て眠ったままだ。でも、眠ったままだと身の危険があるから、体だけは覚醒して動けるようにしてるんだよ。だから、今の俺はその辺にいる普通の人間ってとこか」


つまり、戦闘するための能力の全てを眠らせたまま、精神だけで体を動かしているということだろう。

あまりの規格外っぷりに驚くセシルとセレンをそのままに、キッチンへと向かうとあれこれ食材を出して、いつものように料理を始める。

とりあえず、食事の事はカイルに任せて、セシルとセレンは濡れた服を乾かすために、物干しを用意して服を掛けていくと、セレンも自分で脱ぎながら下着姿になった。

これで、暖炉の前に乾かす服を並べ終えた。


「おーい。そろそろこっちも良いぞー」


いいタイミングで、カイルも食事を作り終えたらしく、二人に声を掛けてきた。

キッチンから食事をテーブルへと運び、三人で食べ始める。

疲労も溜まっていたため、ちょっと濃いめの味付けにしてあるらしく、汗で失った塩分を補給しつつ、カロリーの高い食事でお腹を満たす。


「はー… 一時はどうなるかと思ったけど、カイルが半分でも復活してくれて、とても助かったわー」

「やっと体が落ち着いてきた感じですわ」

「じゃあ、今の内に二人でお風呂にでも入ってきたらどうだ? セレンが準備してくれてたんだろ?」


カイルが食器を片付けながら、二人に呼び掛ける。

いつもならセシルと一緒にお風呂に入るのに、今回は遠慮しているようで、セシルも戸惑った様子でカイルを見ていた。


「さっきも言ったけど、今の俺は、いつもの俺を知る者であれば、当然違和感を感じるだろうな。だから、気にしなくてもいいぞ。見張りくらいはできるから、二人で済ませてくれると助かる」


セレンが小さくため息を吐くと、セシルの背中を押して小声で話しかける。


「カイルが一番辛いのよ。今の状態では戦う事すらできないのに、動けない事で迷惑をかけたくないから半覚醒してくれたんじゃない。セシルがそんな顔しちゃダメよ」


ハッとしたセシルが思い直して頷くと、それを見たセレンが小さく微笑んだ。

それから、二人でカイルに向かい直る。


「分かったわ。じゃあ、セシルとお風呂に入るから、その間の見張りをお願いね」

「では、すみませんがお願いしますわ」


カイルは軽く手を上げて応える。

そして、二人がお風呂に入るのを見届けてから食器を洗い、寝台に腰掛けると目を閉じて自身の回復具合を確認するのだが、まだ一割にも達していなかった。


「やれやれ、ここに来てから二時間くらいか? それでこんな回復量じゃあ、先が思いやられるな…」


腕を上にあげて伸びをすると、そのまま寝台に横になる。

いろいろと考えてしまいそうになるが、まずは回復を重視しなくてはいけないため、余計なことは意識から外した。


「そうだ。回復に専念しなければ… 今の俺は役立たずだからなぁ…」


動けなければ何もできないが、そのためには回復しなければならない。

そして、回復するためには基本的な食べて寝るしか方法は無いと諦めて、改めて部屋の中を見渡す。

セレンの話では、誰かが住んでいるのは間違いないらしいが、寝台が二つあると言う事は、一人で住んでいるわけでは無いだろう。

だが、本や情報誌などが見当たらない事から、常駐ではなく必要に応じて来ているのかも知れない。


「辺境の駐屯地… いや、見張り小屋ってとこか?」


いろいろと想像を働かせていると、お風呂場から二人がさっぱりした顔で出てきた。

まだ下着姿だが、さっきまでの沈んだ表情はすっかり消え失せているので、ホッとする。


「こんなに暑いのに、お風呂で汗を流すと、こんなにもスッキリするのね」

「生き返ったみたいですわ」

「水を用意しておいたよ。氷も入れてるから冷えてて気持ちいいと思うよ」


キラキラと目を輝かせてセレンがカイルからコップを受け取り、セシルにも渡す。

そして喉を鳴らしながら一気に飲み干した。


「かぁーっ!! この一杯目って、何でこんなに美味しいんだろ? 不思議だわー」

「ふう。美味しかったですわ。ありがとう、カイル」

「じゃあ、後はそのまま休んでてくれ。俺は警戒を続けながらお風呂に入るよ。それと… すまないが、何かあれば起こすから、そのつもりでいてくれ」


申し訳なさそうに表情を崩すカイルに、セレンが無言で歩み寄るとカイルの腹に思いっきりパンチする。

今のカイルでは、セレンの一撃でもそれなりのダメージを受けるらしく、その場に片膝をついた。

セレンと視線が同じ高さになると、おもむろにセレンの胸に頭を抱えられた。


「…セレン?」

「カイル。貴方が私達のために、そんな状態で覚醒してくれてるのは十分に理解してるわ。だから、私達に謝らないで。私達は家族でしょう? なら、助け合わないと」

「そうですわ。何も遠慮は要りませんわ。できる人ができることをすれば良いのですわ」

「…分かった、ありがとう。じゃあ、頼むよ」


やっと頭を開放され、セレンを見ると優しく微笑んでくれる。

その笑顔に癒されると、カイルはお風呂場へと向かっていった。

笑顔のまま見送るセレンの背中に、後ろから何か冷ややかなものが感じ取れる。


「セレン…」

「あー… ゴメンね、セシル。つい、勢いでやっちゃったよ。あははは…」

「今回は特別ですわ。 …次回は私に譲るようにして下さい」

「ははは… うん。気を付けるわ」


そして、セシルとセレンはそれぞれ寝台に横になると目を閉じた。

よほど疲れていたのだろう、二人ともすぐに寝息を立て始める。


しばらくして、カイルはお風呂から上がると、寝台の二人が熟睡しているのを確認する。

そして、暖炉の前に掛けていたおかげでちょうど良く乾いた洗濯物を取込み、仕分けして畳むと、自分の服を着て扉の所へと向かった。


「もう良いぞ。いつまでもそこにいないで、中に入ってきたらどうだ?」


そう言ったものの、返事も無ければ扉を開ける気配も無い。

仕方なく扉を開けると、そこには不審者を見るような表情の女性が二人立っていた。

その二人は一見すると同じ顔をしているのだが、髪型が違うだけだ。

装備は同じ軽装の冒険者風で、ポニーテールの女性は腰から剣を下げており、ストレートボブの女性は両手剣を背中に背負っていた。


フェライト王国でカイル達に戦いを挑み、セシルに一方的にやられた魔族のディアとミリアがそこに立っていたのだった。

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