第45話 何とか森を抜ける
何とか森を抜ける
騎士団と言う名のハンターを全滅させてからすぐ、カイルたちは死体の処理を行った。
地面に大きな穴を掘り、そこに馬の死体も一緒に埋める。
本来なら、セレンに焼き払ってもらっても良かったのだが、ここはカイルたちにしてみれば未知の土地でもあるため、不用意に燃やす事で何らかの現象が起きるかも知れない。
騒ぎになる可能性だけは避けたかった。
その後は、明日の朝の出発に向けて、それぞれが準備を始めた。
カイルはハンターたちとの戦闘を行う前に狩っていた魔物の解体を行い、保存食を作っていた。
これからベークライト港までは、どれくらいの日数が掛かるのか未知数だし、港町で食料が調達できるかも分からない。
だから、保存食も多めに準備しておく。
やっぱり、何処で何をしていてもお腹は空くし、どうせ食べるなら美味しく食べた方が士気も高まると言うのがカイルの両親からの受け売りだからだ。
そして、早めに夕食を済ませると、明日に備えて眠りにつく。
翌日。
カイルは明け方早く起きると、みんなに気付かれないように朝食と昼食の準備始める。
いつものように、歩きながらでも食べられる簡単なものを作っていた。
そして、ほとんどを作り終えると、次に家の掃除を始める。
すると、物音を感じたのか、ディアとミリアが起きてきた。
「…カイル。こんな朝早くから、一人で何をしているの?」
「なに? お弁当を作ってたの? しかも、掃除まで始めて… どこの母親よアンタは」
「そう言えば、あまり詳しく話してなかったけど、俺は実家では三年間ずっと家事担当だったんだよ。まぁ、いわゆる罰ゲーム的なものかな?」
罰ゲームで三年間も家事を担当させられるって、一体何をしてきたのだろう。
ディアとミリアは顔を見合わせて考えるが、詳しく話を聞いているうちに、カイルの家事スキルがやけに高いのも頷けた。
「それで、お弁当を作って時間が余ったから掃除しているの?」
「いや、この家は俺達の命を救ってくれたところだからな。出る前に掃除くらいはしておこうかと思ったんだよ。家なんだし、そう言う感謝は見える形にしたいだろ?」
「さすがは母親ね。その考え方はいいと思うわ。じゃあ、せっかくだし、私たちも手伝うわ。元々私たちの家だったんだしね」
カイルは笑顔で応えると、三人で掃除を始める。
ここは、もともと物が少なかったからそんなに汚れてはいなかったが、さすがに五人で三日も過ごしていれば、それなりに生活感も出てきて汚れていた。
やがて、全体が綺麗になると掃除を終わらせ、セシルとセレンを起こしに行く。
そして、全員が着替えと旅支度を終えると、ディアとミリアは家の扉を閉めて鍵をかけると結界を張った。
「もう、戻って来ないかも知れないけど、今までありがとうね」
「でも、何があるか分からないし、もう戻る事も無いとは言い切れないの。だから、誰も入れないように、この空間を閉じて封印していくの」
二人が扉に手を当てて、住んでいた家に別れを告げる。
魔族でもそう言う事をするんだと、思わず感心してしまった。
それから、辺りを索敵してみたが、未だに反応は無い。
と、言うことは、まだ追っ手は来ていないようだ。
だから、予定通り進むことにする。
「よし、この辺で食事にしよう。それと、食べながらで構わないから、話を聞いてくれ」
しばらく進み、事前に決めていた森への突入口に到着する。
ここからは休む事すら出来ないかも知れない事から、食事をするために一旦休憩を入れる事にした。
カイルはみんなに食事を渡すと、これからの行程について話し始めた。
内容としては、これから森に入るにあたり、有事に備えて全員で魔法力を具現化して装着していく事。
隊列は、先導を兼ねて先頭にミリア、その後ろにセレン。
セレンの左にディア、右にセシル。
最後尾にカイルとした、セレンを中心にした一点集中で森を突き抜ける。
戦法としては突破を優先し、邪魔な敵だけを始末する。
その際は先頭のミリアが対応し、左右から迫り来る敵はディアとセシルが対応。
セレンは中央でミリア、ディア、セシルのサポート。
そして、全ての打ち漏らしと背後の敵をカイルが受け持つ。
何らかの出来事が生じた場合はセレンの広範囲攻撃を使って周囲の敵を吹き飛ばし、体制を整える。
と言うものだ。
「相変わらず、カイルの負担が大きいと思いますの。セレンは仕方ありませんが…」
「でも、絶対に変えないと思うわよ? カイルの性格上」
「最後尾は、全体の指揮を担う者のポジションでもあるの。だから、カイルが最適なの」
「さぁ、私たちは余計な事を考えずに、やるべき事をしましょう!」
「そろそろいいか? じゃあ、ここからは未知数の戦闘に入るんだ。お互いを見てサポートしながら進もう」
先の見えない戦闘において、一番厄介なのは注意力の散漫だ。
だからこそ、仲間で声を掛け合い、支えながら行動していく事が重要になる。
そのために、昨日は連携の訓練もしたし、チームで過ごす時間も多くしたのだ。
可能な限りできる事はしてきたから、後は仲間を信じるだけだ。
カイルが立ち上がりかけると、ディアが手でカイルを制して立ち上がり、みんなに声をかける。
「カイル。ちょっと良いかしら? 今の内にみんなに言っておきたい事があるの」
「ああ、構わないぞ」
ディアはミリアの顔を見ると、ミリアが小さく微笑んで頷いた。
そして立ち上がってディアの隣に並ぶ。
ディアがみんなの顔を見て口を開いた。
「時間は取らせないから、簡潔に言うわね。 …私たちはこれからチームとして、今まで誰もした事の無い無謀な挑戦をするわ。だけど、私たちなら成し遂げられると信じてる。そして、これからも私たちはずっとチームであり続けるわ」
「ディア。それだと言葉足らずなの。 …つまり、私たちはこれからもずっと、貴方たちと行動を共にするの。前にカイルに誘われたのもあるけど、今回の事で私たちの居場所も無くなってしまったから、ディアと話して決めたの。だから、私たちを受け入れて欲しいの」
強さを良しとする魔族が、自分たちよりも弱いであろう人間に頼み込む。
カイルたちとの事情を知らない他の魔族が見たら唖然となるだろう。
もしかすると、罵声が飛んで来るかも知れない。
それでも自分たちで考え、みんなにお願いをする二人の勇気は、賞賛に値する。
緊張した面持ちのディアとミリアに、セシルとセレンが顔を見合わせて頷く。
「あら? 貴女たちはこの作戦だけで解放されると思っていましたの? それはずいぶんと甘い考えですわよ?」
「セシルも正直じゃないわね。もちろん、私たちは大歓迎よ。と言うより、カイルがそう決めてたんだから、誰も文句なんて言わないし、言うつもりも無いわ。それに、仲間が増えると言う事は、野宿の時の私たちの仕事も減るって事でしょ? いい事ずくめじゃない」
女性四人が堪え切れなくなり、場違いに笑い出すと、大きな局面の前に気持ちが一つに固まった気がする。
「じゃあ、同じ志を持つもの同志、気持ちが一つになった事だし、そろそろ行こうか。新しく出来上がったチームの初仕事だ。ミリア、先導は任せたぞ!」
「任せて欲しいの。最短距離を突破するから、ちゃんと着いて来るの。それじゃあみんな、魔法力の装着を始めて欲しいの」
ミリアは森の入り口を目の前に、皆の方を向いて魔法力の具現化を促す。
ディアとミリアも、昨晩カイルからやり方を教えてもらい、自分たちの具現化した魔法力の装着ができるようになっている。
それぞれ形は違うがセレンを除く四人は、いわゆるオーバーメイルにしている。
やや遅れてセレンが漆黒の翼を広げた。
それを合図のように見ていたミリアは、それから何も言葉を出す事無く、ただニヤリと笑うと、踵を返して一気に森の中へと入り込む。
いよいよ、過去に例の無い無限に魔物の湧く森の横断が始まった。
風が森の木々を避けて吹き抜けるように、ミリアを先頭にした五人の集団が疾走していく。
だが、さすがに魔物が無限に湧く森と言われるだけあって、すぐに多くの魔物の気配がそこら中に集まってくる。
それでも先導のミリアの足は止まることはなく、ミリアのやや後ろを走るセレンの目付きが変り、その周りに無数の真紅の球体が現れて浮遊する。
「アンスール・ギューフ・エオロー・マン・アルジス・ティール・カノ・エイワズ!<我が言葉を聞け、愛と友情の元に、我が仲間を守護せよ。戦士の炎よ彼の者に死を!>『爆炎塵』」
そして、魔法を唱えると、浮遊する無数の真紅の球体を射出せずに、その場で待機させる。
やがて、セレンの目にも襲い来る無数の魔物の姿が見えた。
セレンは人差し指を立てて、ミリアの進行方向を指し示すと、セレンの周りを浮遊していた幾つかの真紅の球体が、迫り来る魔物に向かいもの凄い速度で射出される。
ミリアは自分の真後ろから幾つもの真紅の球体が飛び出していくのを体感したが、自分以外のものに直撃すると周りを巻き込むような大爆発を起こし、魔物の群れにぽっかりと大きな穴を開ける。
セレンの広範囲攻撃が有能過ぎるため、それが立て続けに行われるとミリアの出番は無くなる。
ちょっとは楽なの? とミリアが考えてしまった瞬間。
「こらーー! ミリア! 気を抜くなって言われてるでしょ? 先導なんだから、もっとシャキッとしなさいよ。それとセレン! あんまり優秀過ぎると長持ちしないわよ!! 少しは自重して、ミリアにも仕事をさせなさい!」
ミリアの左後ろから怒号が飛ぶ。
さすがに付き合いが長いだけあって、ミリアの性格はお見通しのようだ。
セレンも、まさか自分が言われるとは思ってなかったのだろう。
思いきり、肩を跳ね上げていた。
それにしても、走り出して既に十数分が経過しており、先の見えない森の終わりを目指すには、少々ハイペースでの進攻なのかも知れない。
敵からの攻撃はまだ少ないが、さすがに連続して襲撃されると、徐々に疲労も溜まり会話も少なくなってくる。
すると、セレンが突然声を上げた。
「わ、わわっ!? あーーー!! ダメ! ダメ! で、出ちゃうよ! どうしよう!」
内容からして、今浮遊させている炎の魔法が維持できなくなってきたんだろう。
すぐさま放出したいのを必死で我慢しているようだ。
(みんなの疲労からしても、この辺が頃合いか?)
そろそろ休憩を入れようかと思い、空いた空間を探していたが見つからず、もう少し進もうかと思った矢先、いよいよセレンが我慢できなくなったように、ソワソワし始める。
ならば、ここしか無いと判断したカイルが指示を飛ばした。
「ミリア! ここで一旦足を止めよう! セレン! 全方位へ放出してくれ! その後は、全員セレンの元に集合だ!」
「ミリア! 私を上に飛ばして!」
「分かったの! さぁ、来るの!!」
ミリアは足を止めると反転し、セレンの方を向いて片膝を付く。
そこにセレンが駆け込むと、ミリアに向かってジャンプして、セレンの足を掴んだミリアが、空高くセレンを投げ飛ばした。
「周りの木が邪魔だけど、何とか見渡せる! これならこのままで大丈夫!」
周りにいる敵の位置を、高い場所から確認したセレンは、魔物の数と大きさを見て必要な分だけの真紅の球体を発射して、残った分は飛び上がった時に一番最初に目に入った、ひと際大きい魔物へと全弾発射した。
辺りで一斉に巻き起こる連鎖的な大爆発で、ぽっかりと空いた空間にセレンが着地する。そして、そのタイミングでカイルが巨大な布みたいなものを広げ、全員がすっぽりと隠れるように覆い被せる。
これにランタンを使えば、中も暗闇にはならず、お互いの顔も見れるようになった。
「よし、上出来だ。みんな、あまり大きな声を立てないでくれよ?」
「カイル、これは何ですの?」
「へー… 魔物の毛皮ね。なるほど、臭いを隠すためのものよ。よく思い付くいものね」
「でも、お陰で休む事ができるの」
「それにしても、いつの間にこんなものを作ったのよ?」
これは、魔物狩りをした時の残骸だ。
もう少し時間に余裕があれば町に売りに行こうとしてたが、それをハンターに邪魔をされたため、素材として余っていたのだが、捨てようかと思った時にこの使い方を思い付き、夜の内に作っていたのだ。
そして、この効果は絶大で、魔物たちはカイル達の匂いが無いため、集まらずにウロウロしている。
ここから出る時には一戦しないといけないが、目の前のセレンの背中には、艶のある漆黒の翼が今でも健在だから、まだ魔法力的には問題無いだろう。
すると、ディアが心なしか、ソワソワしているように見えた。
「ディア、どうかしたのか?」
「え? あ、いえ、何でも無いの… ん? 何でもあるかな? うん。たぶん、問題があると思う」
「何? 何が問題なのよ」
「う、うん。あのね… その… えーと…」
何やら、顔を赤くしてモジモジしながら、何か言葉を選んでいるようだ。
あいにく、カイルはその辺の空気を読めないため、ディアの言葉を待つしかない。
と、セレンがポンっと手を叩いて、ディアに耳打ちする。
すると、ディアがよく察してくれた、と言わんばかりに大きく頷きながらセレンの手を握る。
いまだに何の事か分からず首を傾げるカイルに、小さくため息を吐たセシルは、コホンと咳払いすると小声で話す。
「トイレの事ですわ。ディアはそれを気にしていますの。さすがの私も、それだけはまだチャレンジし兼ねますわ。で、何か策はありますの?」
「まだ!? って、アンタいずれはやるつもりなの!?」
「ディアの思っていることを、迷わず、しかもためらいもなく言えるセシルに脱帽なの。そして、セシルへの鋭い突っ込みもさすがはディアなの」
途中で会話についていけなくなったセレンが、呆れたような顔で未だに話を続けている三人を見る。
カイルもまた、この話をいつまでも引っ張っていると、いつまでも先に進めなくなるので、強引に会話を元に戻す。
「ちょっといいか? みんなの心配事になってるトイレの事なら心配はいらないぞ。これを見てくれ」
そう言って、カイルが取り出したものは、人が一人がすっぽり覆い被せる事の出来る毛皮だった。
それを目的に作ったもので、説明しようと思ったらディアが先走りしたようだ。
「体も拭きたいだろうと思ってな。その間、俺が外に出るためにも使えるから用意したんだ」
「あら、別に私はカイルの前でも問題ありませんわよ?」
「平気なのはセシルだけなの」
「ホントに、セシルは恥じらいってものを知らないのね」
「それは仕方無いわよ。だって、毎日カイルに脱がせ… むぐっ!」
一瞬にしてセレンの後ろに回り込むと、セシルはセレンの口を手で塞ぐ。
そして、一気に話題を変えた。
「さぁ、そろそろ出ませんこと? あまり長居も禁物ですわ」
確かに、それなりに休めたと思う。
ハンターたちの追っ手は無いと思うが、できるだけ遠くへ行くべきだと感じていた。
「よし、じゃあ出ようか。ミリア、向かう位置は問題無いか?」
「安心して欲しいの」
「セレン、行けるか?」
「もちろんよ。一気に行くからね。準備はいい?」
毛皮の中でセレンが目を閉じて腕を胸の前で組むと、真紅の球体が無数に現れてセレンの指示を待つように浮遊する。
そして、準備が整うとセレンが目を開いて魔法を唱える。
「アンスール・ギューフ・エオロー・マン・アルジス・ティール・カノ・エイワズ!<我が言葉を聞け、愛と友情の元に、我が仲間を守護せよ。戦士の炎よ彼の者に死を!>『爆炎塵』」
すると、セレンの周りに浮遊していた真紅の球体が全方位へと発射され、毛皮の外では大きな爆発音に混じり、魔物の断末魔の声が何度も繰り返し聞こえた。
そして聞こえる静寂に、ミリアとディア、セシルが毛皮から飛び出して辺りを警戒すると、その間にカイルが毛皮を畳み、バックパックに括り付けた。
「さぁ、行くのっ!」
それを見届けてミリアが駆け出し、みんながそれに続いた。
それから何度かの休憩を挟み、体感的にはお昼を回ったくらいで長めの休憩を入れる。
さすがに疲労の色が濃くなってきたようにも思えたが、それでもまだ士気は高い。
朝に作ったお弁当を食べながら、全員で状況の整理をすることにした。
「まず敵だけど、無限に湧いてくるにしても、それぞれは強くないから戦闘そのものは問題無いと思うわ」
「巨大な魔物も難なく倒せてるから、それは正しいと思うの」
「そうなると、問題は森を抜けるまでの距離ですわね。全く分からない、と言うのも精神的に疲れてしまいますわ」
「そうだよね。あれだけ走って来たんだし、相当進んでると思うんだけどなー」
やはり話は、あとどれくらいで森を抜けるのか、と言うところに行き着く。
確かに、それが一番気になるところだが、ディアもミリアも森を抜けたことが無いから分からないらしいし、地図を見ているとしても、目印も無いために方向は分かっていても現在地が合っているかは分からない。
だが、今のカイルたちは、ミリアの方向感覚に頼らざるを得ないのだ。
「そこは大丈夫よ。ミリアの方向感覚は渡り鳥並みなんだから。地磁気でも狂ってなければ… 問題は… ない… は… ず…」
徐々に小さくなっていくディアの声に、カイルが納得したように手を叩く。
これは想定外のことで、確かにそれならば方向が分からなくなるのは当然のことだった。
「そうか。地磁気か。それは見落としてたな。って事は、今はどっちを向いてるかも分からないか。俺達は岩山を背に回り込んできたから方向は狂わなかったが…」
「最短ルートを通り抜けようとした私達は、ちょっとした罠にかかったっぽいわね」
「修正案は何かありますの?」
五人で頭を悩ませるが、都合のいい答えなんて出ない。
この森の木は背丈が高いために太陽も見えないし、日が落ちても星だって見えないだろう。
それならば、やれることは一つしかない。
「よし。ちょっと、飛んでその辺を見てくる。セシル、付き合ってくれ」
「もちろんですわ! 喜んで!」
「は? 飛ぶ? 何言ってんの?」
「ディア、カイルは空を飛んで森の切れ目を探そうとしているの。もしくは方角を確認するの」
「まぁ、普通に考えれば非常識な事よね。でも、じきにディアとミリアも慣れるわ。と言うよりは、慣れざるを得なくなるから覚悟しておきなさいよ?」
セレンが遠い目で見ていると、いそいそとカイルとセシルが外に出て行く。
そして、風を感じたかと思うと、一気に二人の魔法力が遠のいていくのを感じた。
すると、しばらくして遥か上空の方で雷鳴が轟くのが聞こえたかと思うと、続けざまに何度か落雷し、その度に地面が大きく揺れ、時間をおいて大質量の何かが大量に落ちてくるのを地面の振動が伝えて来た。
「ち、ちょっと!? あの二人、外で何やってるのよ!?」
「何…って、そりゃ上空で何かに襲われたに決まってるじゃない。魔物がいるのは、何も地表だけじゃないんでしょ?」
「あの二人に挑む魔物も気の毒なの」
しばらくすると、ホクホクした顔のセシルが満面の笑顔で毛皮の中に入ってきた。
毛皮の外ではカイルがまだ何かとやり合っているらしく、絶え間なく魔物の断末魔の声が聞こえてきて、それが静かになったかと思うと、カイルが入ってきた。
「…ねぇ、外での出来事を教えてもらってもいいかしら?」
ディアが恐る恐る聞いてくるので、カイルが説明を始める。
話としては、セシルを抱えて上空へ飛ぶと、森の切れ目はすぐに確認できた。
降下した後でも方向が分かるようにマーカーもしたのだが、翼竜のような魔物が大量に押し寄せてきたので、セシルは雷を呼ぶと、落雷を起こして目に見える範囲の魔物を全て落とした。
そして、セシルが毛皮の中に入ると同時に、落下した翼竜の魔物を喰らいに他の魔物も集まってきていた。
そこでカイルが見つかったために、集まった魔物は全て掃討してきた。
と言う内容だった。
「あいつら、俺に食事の邪魔をされたと思ったらしいな」
「あのねぇ… 何度も言うけど、魔族国家の誰も入ろうとしないような森なのよ!? 犯罪者を処刑するための場所なの! 今までいきて戻ってきたヤツなんていないのよ!? それなのに、簡単な言葉で終わらせるんじゃないわよ!!」
「ディア。そこを気にしてはいけないの。私はもう悟ったの。私たちの普通は、すでに通用しなくなったの」
それは、まるで掃き掃除でもしてきたかのように、辺りの魔物を一掃してきたカイルの言葉と、それに突っ込みを入れるディアと、優しくディアをなだめるミリアの言葉だった。
「それに、カイルのお陰で進むべき道は見えたの。じゃあ、早速行こうと思うの」
「そうですわね。できれば夜までには森を抜けたいですわ」
ディアとセレンもその意見には賛成のようで、急いで後片付けを始める。
そして、準備が整うとミリアを先頭に走り出す。
今回はカイルのマーカーがあるために、迷うこともなく一直線に進むだけだ。
進むべき道が指し示されたことで、みんなの士気も一気に高まり、この走りで終わらせる勢いで進み始めるのだった。
「見えたの! 森の切れ目なの!」
それから何度かの休憩を入れ、そろそろ夕方も近くなる頃だろうかと言うくらいに、ミリアが声を出してゴールが近い事を告げた。
その声を聞き、全員が最後の力を振り絞って疾走する。
すると、目指す森の切れ目のところには、巨大なイノシシの魔物の集団が待ち構えていた。その牙はまるで刃のように長く鋭く、血に飢えた剣のように鈍い光を放っている。
そして、森の入り口で狩って来たイノシシよりも遥かに大きいその体は、突進してきた時の衝撃は大木すら簡単に薙ぎ倒すだろう。
そんなイノシシが数える事さえ諦めさせる程の集団で、接近してきたカイルたち目掛けて突進してくる。
「どうやら、アイツ等が最後の関門だ! 陣形を解いて各自近接戦闘を開始! 森を抜けても追って来るだろうから、このまま殲滅するぞ!」
「私はこのまま直進するの!」
「私は左奥に進むわ! セレンは私とミリアの間に入って!」
「うん! 分かった!」
「なら、私は右奥へ行きますわ! カイルは私の左側へ入ってください!」
「了解だ! さぁ、みんな! 行くぞっ!!」
カイルの掛け声と共に扇状に展開し、巨大なイノシシの魔物との戦闘を開始する。
敵は同じ種類の魔物の集団とは言え、個体差は必ずあるために、こちらへ向かってくる速さにも違いが生じるところを確実に叩く。
カイルが正面の一体を走りながら魔法剣で両断すると、そのままその集団の中を駆け抜け、近くにいる敵は容赦なく両断していく。
そして、群れを抜けた後は反転すると、もう一度群れを駆け抜けるまで両断していく。
カイルが十体目を両断し、群れを抜けたところで足を止めて周りを見ると、すぐ左ではセシルがカイルと同じように、駆け抜けながら敵を斬り伏せていた。
更に、右の方ではミリアが足を止めて両手剣を片手剣のように振り回し、近付くものを力任せに斬り飛ばしていて、セレンは高速移動は行わず、一定の範囲内で襲い掛かるものを殴り飛ばしている。
ディアは襲い掛かる敵よりも速く動き、敵の間をすり抜けながら確実に急所を突いた攻撃をしていた。
(これなら大丈夫だろう)
カイルは自分に襲い掛かって来る敵を両断すると、再び駆け出す。
それから、しばらくその場で戦闘を繰り広げ、最後の一体をセレンが殴り飛ばして、やっと巨大なイノシシの魔物の群れは完全に全滅するのであった。
「はぁ、はぁ、や、やっと終わったの… 思った以上に数が多くて手間取ったの」
「まさか、この期に及んで、後から後から湧いて出て来るとは思いもしませんでしたわ」
「そ、それでも、やり切ったんだから良いじゃない。さ、さぁ、早くこの森を出るわよ…」
「そうだよね。あと少しでいろいろと切れちゃいそう…」
思った以上の群れの多さに時間がかかってしまい、終わりに近付く頃にはスタミナ切れになりかけていた。
セシルでさえ息を大きく乱しているし、セレンに至っては背中の翼も消えていて、ふらふらしている。
そして、ようやく森を抜けると草むらに次々と倒れ込んだ。
大の字になり、肩で大きく息をしている。
カイルも膝に手をついて息を整えると、辺りを見渡した。
もうすでに日は傾いており、夕焼けが辺りをオレンジ色に染めていた。
そこから、少し歩くと崖のようになっており、その先は海が見えるけれど他の陸地は見えない。
右手を見ると、緩やかな下りになっており、海岸線沿いに見てみるが町らしきものは見えなかった。
だが、森も見えないため、ここからはこの海岸線に沿って歩き、目的地を探すようになるだろう。
「はぁー… やっと森を抜けられたー… ほぼ一日コースだったわね」
「こんなに走るのも、随分と久し振りなの。 …しばらくは走らなくても良いと思うの」
「今夜はここに野宿かな?」
「そうした方が良いと思いますわ。これから進む方向も決めなければいけませんもの」
カイルが海岸線のところから戻ってきて、足元にバックパックを降ろし、中の物を取り出しながら声をかける。
「そうと決まれば、野宿の準備だな。ディア、ミリア何匹か美味そうなのを狩ってきてもらえるか?」
「ええ、良いわよ」
「ついでに薪も取ってくるの」
「ありがとう、助かる。セシルとセレンはかまどの準備を頼めるか?」
「はーい」
「分かりましたわ」
カイルは辺りを見回してキノコや葉物を探しつつ、夕食の準備を始める。
しばらくすると、ディアたちが獲物を担いで戻って来た。
首にイノシシを担いで歩いてくる姿を見ると、遠い日の自分を見ているようで、思わず笑い出してしまった。
「カイル、ディアの何がそんなにおかしいの?」
大量の薪を腕に抱えたミリアが、バラバラと薪を置きながら聞いてきた。
不思議そうに首を傾げているディアも、何で笑われているのか分からないようだ。
「あ、いや、数ヶ月前の話なんだけど、実家の森で狩りをしている時に、弱ったセシルの声を聞いたんだ。それを励ましたんだけど、その時の俺は今のディアみたいにイノシシを肩に担いでいたんだよ。それを母さんに見られて大笑いされたのを思い出したんだ」
「ふーん、そんなことがあったのね。ちなみに、セレンに聞いたんだけど、そのお母さんって、カイルを殺しかけたんだっけ?」
思わずカイルが苦笑いしてしまう。
殺されかけたのは事実だし、その時にセシルに助けてもらったのもまた事実だ。
「ああ、そうだよ。それで、その時にセシルに助けてもらったんだ」
「まぁ、随分と懐かしい話をしてますのね。私も久し振りに聞きましたわ」
かまどに使う大きな石をゴロゴロと置きながらセシルが微笑み、その大きな石をセレンがかまどの形に積みながら笑っていた。
そこからカイルがかまどに鍋を置き、ディアたちが狩ってきた魔物を捌いて煮込み始める。
ただ料理が出来るまで大人しくしているのももったいないので、灰汁を取りながら昔の話をすると、みんなが笑いながら聞いてくれた。
ミリアは魔族でもそんな鍛え方はしない、と呆れていたし、ディアはマリアの徹底したやり方に感銘を受けていた。
セシルとセレンは、マリアとガゼルの事を改めて知る事ができたと喜んでいた。
みんな、森を抜けた事で気持ちも楽になったようだ。
食事を終えると、隠れる時に使った大きな毛皮を使い、カイルを外に出すとみんなで体を拭き、明日に備えて早めに休む。
当然ながら、カイルはセシルを抱きながら火の番をして体を休める。
ディアとミリア、セレンは大きな毛皮に包まって寝ていた。
「やっとここまで来ましたわ。あと少しですの」
「ああ、でも目的地に着くまでは十分に注意していこう。下手をすれば、港町から追っ手が上ってくるかも知れないからな。でも、いい仲間ができて良かったじゃないか」
カイルが微笑みながらセシルへ問いかける。
これまで、セシルは対等な友人と呼べる仲間はいなかった。
カイルと出会い、セシルは表情がクルクルと回る明るい女性になった。
それから、セレンが仲間になり同性の友人ができてからは益々活発になった。
そして、今回同じくらいの年代の女性が二人仲間になったことで、更に良い刺激を受けているようだ。
間違いなく、セシルにはいい影響になっていると思う。
「そうですわね。同性の友人が増えるのはとても嬉しいですわ。今まで、遠慮なく話せるのはカイルだけでしたが、セレンが仲間になり、更にディアとミリアが仲間になってくれたことで、私は遠慮なく話せる相手が増えましたの。それは、とても嬉しい事なのですわ」
本当に嬉しそうに話すセシルをギュッと抱きしめると、そのままお休みのキスをして、カ イルとセシルはそのまま眠りについた。
何とか森を抜けたのだ。
ここから港町へも無事に行けるように、細心の注意を払って頑張らなければ。
セシルの寝息を聞きながら、カイルは心に誓うのであった。
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