第44話 返り討ちにする

返り討ちにする



朝食後、お茶を飲みつつ多少の雑談をしてから訓練を始めたから、今はちょうどお昼くらいだろうか。

外の様子は、ここに来た時とは比べ物にならないほど快適だ。

あの蒸し暑く、じっとりとした雨が降り続き、その中を泥と汗にまみれながら必死に戦い、この建物まで何とか逃げて来た時とはまるで違う。

今は、清々しい日差しのもと、心地良い風が吹いて辺りの草原を揺らしていて、このまま寝そべれば、気持ちよく眠れる自信がある。

空を見上げれば、雲一つ見えない高いところで小鳥がさえずり、平穏な時間が流れているように思えた。


そんな中、太陽の光を反射しながらくるくると宙を舞い、放物線を描くと、やがて地面に重量物が突き刺さった。

それは、カイルに弾き飛ばされたミリアの両手剣だった。


そして、ミリアはその場に崩れるように腰を下ろすと、両手をついて肩で大きく息をする。

夥しいほどの汗が頬を伝い、地面へと滴り落ちる。

先ほどまで激しく動かしていた体が、回復を優先しているかのように動かなくなり、震える腕と足はもう力が入らず、起き上がることすらできなくなっていた。


「はぁ、はぁ… もう… ダメな… の…」


そのままパタンと地面に倒れると、ミリアはそのまま眠りに入ってしまった。

だが、よく見ると、ミリアの隣には同じようにディアが横たわり、少し離れたところにはセレンが大の字になって眠っている。

そして、カイルの後ろでは、片膝をついたセシルが未だに荒い息をしながらも、闘志の宿る瞳でカイルを見ていた。


「さすがに、セシル以外は耐えられなかったようだな」

「はぁ、はぁ… 仕方ありませんわ… 鍛え方が… 違いますもの。はぁ、はぁ…」


やがて、セシルは息を整えると「よいしょっ」と掛け声をかけて立ち上がるが、途端にふらつくいて、カイルが素早く支える。


「大丈夫か? セシルも休んだ方が良いと思うぞ?」

「いえ、大丈夫ですわ。ちょっと立ち眩みしただけですの。 …それで、確認した結果としてはどうでしたの?」


カイルはセシルに問いかけられて、ディアとミリアの二人との模擬戦を振り返る。

まずミリアだが、両手剣を片手で持つくらいの筋力があり、実際には片手剣を扱うように両手剣を振り回していた。

太刀筋を見てもキチンと剣技を修めているようで、激しくも深みのある剣だ。

戦闘のスタイルとしては、相手の正面から力押しで攻めるタイプで、懐に入り込むタイミングも上手かった。

強いて言うなら、もう少し動き回って相手を翻弄できれば、更に強くなれるだろう。


次にディアだが、ミリアと同じく使う剣が違うだけで、剣技としては同じ流れだと思った。

片手剣を左手に持ち、ピンポイントで相手の急所を突くような攻撃のスタイルだ。

だが、力がミリアほどでは無いため、相手の方に力があれば、弾かれてしまうくらいに軽い。

しかし、それを補うように、素早く小回りの利く動きをしているため、もっと動きに緩急をつければ狭い場所での戦闘に最も適した攻撃ができるようになるだろう。


そして、二人に共通して言える事だが、注意力が散漫しているようにも思えた。

カイルの予想としては、魔族同士とは言え、もともとは欲しいものは奪い取ると言う習慣のある種族だ。

戦闘集団とは言っても、内部での足の引っ張り合いもあったのではないだろうか? もしかすると、戦闘中に背中を狙われた事があるかも知れない。

だから、注意力が全方位に向けられるため、散漫しているように見えたのかも知れなかった。


「だから、あの二人は背中を気にしなくて良いって分かれば、間違いなく今よりももっと強くなる。まぁ、俺の勝手な想像も入っているけど、こんな感じかな?」

「あら、私たちの評価はありませんの?」

「セレンは魔法使いだし、セシルはいつも訓練所でやってるから、特に変らないと思うけど?」

「いいえ。今回の模擬戦、カイルはいつもと違って、ほとんど受けに集中してましたわ。いつもと違う戦い方をしていたならば、私たちも評価できると思いますの。更に強くなるためにも必要な事だと思いますわ」


そこまで見抜かれていたかとカイルが頭を掻く。

確かに、今回の模擬戦は相手の本気を見るためのもので、いつものカイルの戦い方であれば、先手必勝のスタイルで、一度攻撃が始まれば一連の動作が終わるまで止まることは無い。

だが、今回はひたすら受けに徹する事で、普段の模擬戦では見えないところを観察し、隙を見て反撃していたのだ。

まぁ、そうしなければ、セシルと剣を交えても立っていることなどできないだろう。


「そこまで見抜いたとは凄いな。 …よし、分かった。セシルとセレンの評価もしよう」


まずはセレンだ。

魔法使いと言う点で挙げれば申し分が無いレベルだと思う。

遠距離から近距離、支援に回復、最近は高速で移動し、物理攻撃もできるようになった。

セレン一人いるだけで戦況がひっくり返るレベルだが、その代わり弱点はやはりスタミナ切れだろう。

ルーン魔法は魔法力の消費が半端じゃなく大きく、古代ルーン魔法なら尚更だ。

漆黒の翼を使ったとしても、長時間の戦闘には耐えられない。

だから、セレンを活かすなら短期決戦が望ましいだろう。

仮に長期戦にもつれ込みそうな場合は、支援に徹する方向で切り替え、攻撃に転じた場合に漆黒の翼を使って短期決戦に持ち込むのがベストだ。


「後は… もっと高さを利用した方が良いと思うんだ」

「高さ、ですの?」

「そう。セレンの身長だと敵の後ろが見えにくい。なら、誰かを踏み台にして辺りを見れば、どっちのルーン魔法で攻撃すれば良いか、ある程度は目安が付けられるだろ?」

「なるほど。そうですわね」


そして、最後はセシルだが、個人としての戦闘力は既に群を抜いている。

カイルでも互角かそれくらいだろう。

修得している剣技が更にセシルの攻撃力を上げていて、重心の低い位置からの回転剣舞は、二本の剣を使う事もあって非常に強力だ。

縦、横、斜めのどの位置からも斬撃を繰り出せるため、一度嵌ると抜け切る事が難しい。


「ただ、動きの大きい剣技だから、一連の動作中に外されると無防備になるところも出てくるし、やっぱり消耗戦になると不利だよな。だから、従来の型よりも、これまでの戦闘で使い続けてきた動作の組み合わせで新しく動きをアレンジしてみても良いかと思うんだ」

「さすがですわ。では、早速構想を練ってみますわ」

「悩んだら声を掛けてくれ、その時は一緒に考えよう。じゃあ、俺は昼食の準備をしてくるよ」

「分かりましたわ」


セシルは微笑むと、剣を構えてゆっくり動きながら、カイルからのアドバイスについていろいろと考え始める。

カイルは家に戻り、昼食の準備を始めるのだが、結局セシルを除く三人は昼食ができるまで目を覚ますことは無く、食事の匂いに目を覚ましたのだった。


「はぁ… 私たち魔族の訓練でも、あんなに過酷じゃないわよ? アレが毎日なら逃げ出しちゃうわ。アンタらが普通じゃないのよ? ちゃんと理解してる?」

「でも、これで貴方達の強さの秘密が分かったような気がするの」

「私だってこのレベルの訓練は久し振りよ。でも、カイルの両親に訓練を受けた時はもっと酷かったわよ? なにせ、朝から晩までずっと全開だったもの」

「そうですわ。私たちが手も足も出せずに鎮圧されるくらいですもの。カイル自身は相当鍛えられてきたんでしょうね」

「化け物を育てるのは、やはり化け物なの」

「まったく。とんでもない化け物と関わっちゃったわー」


女性陣が食事をしながら、午前中の訓練についていろいろと語っている。

心なしか、当初の空気の悪さは全く無くなったようで、今も訓練以外の話で盛り上がっていた。


「ねぇねぇ、実際のところ、ポニ子とボブ子はどっちが強いの?」

「速さの牛か、力のまな板か、どっちもどっちな感じがしますわ」

「たぶん、ポニ子… ん? 牛? …どっちなの? でも、ディアの方が強いの」

「どっちでも構わないけど、ひな鳥もブチ切れ姫も呼び名は統一しなさいよね! 紛らわしいでしょ!?」


再び、場が緊張に包まれる。

セシルは初めて自分が“ブチ切れ姫”などと呼ばれている事を知り、怒りが湧き上がるも、自分も牛やまな板と呼んでいるため反論できない。

この構図を見ると、セレンとミリアは特に気にしない派だが、セシルとディアは「お前にだけは言われたくない」派らしい。

今も、ミリアとセレンは話をしているが、ディアとセシルは火花を散らしていた。


「なぁ、戦闘中は呼び合うんだぞ? 周りの人が聞いてもおかしくないように、名前にした方が良いんじゃないか? 偶然にも、俺達は全員三文字の名前なんだぞ?」

「そうなの。カイルはここで再会した時から、私たちを名前で呼んでくれてるの」

「お互いに呼ばれてもイヤな思いをしないように、名前で呼びましょうよ。ねぇ、ディア、ミリア。いいでしょ? セシル」


ミリアはあまり話さない感じがするけど、自分の思いは素直に言ってくれる。

だからセレンも同じタイプのミリアに賛同し、自ら率先して名前で呼ぶ。

それに対して何も言えなくなったセシルとディアは、しばらく見つめ合った後、ぎこちなくも手を握り合った。


「ええ、セレンの言う通りですわ。 …では、ディアとミリアで呼ばせていただきますわ」

「そうね。ミリアが言うんですもの。私も名前で呼ぶわよ、セシル、セレン」


握り合う二人の手に、更に二つの手が重なった。


「セシルはディアと似ているの。だから、二人はいずれ仲良くなると思うの。もちろん、私達もね、セレン」

「うん。私は友達は多い方が嬉しいもん」

「ああ、俺もそう思う。これからの事はディアとミリア次第だけど、今はお互いに力を合わせて頑張ろう!」


最後にカイルが一番上に手を乗せて、四人を見る。

それぞれに、恥ずかしさや嬉しさが入り混じった表情をしているが、これで気持ちは一つになったと思う。

じゃあ、次に移ろうかとカイルが嬉しそうに微笑んだ。



そして、昼食後…


「ディア! そっちに行きましたわ!」

「見つけた! 任せてセシル! セレン! そっちは大丈夫!?」

「うん。大丈夫! ミリアが来てくれた!」

「セレンと仕留めたから心配ないの! セシル、次の索敵をお願いするの!」

「近くにはいませんわ。ミリア、移動しますので先導してください」


森の中に響き渡る女性たちの声は、元気にお互いを呼び合い、フォローしながら魔物を倒していく。

この魔物狩りは、食後にカイルから指示された内容で、食料調達が目的だ。

ここに来てからは食べてばかりなので、当然食糧庫は減ってきている。

そろそろ補給しなければいけないし、チームとしての連携訓練を兼ねて行われていた。

始めの頃は、お互いに意識し過ぎて動きがギクシャクしており、何度か魔物に殴られそうになるも、そこはカイルがうまくフォローしていた。

やがて、見兼ねたディアとセシルが率先して声を掛け合い、それに乗る形でセレンとミリアがついてきた。

今では、自然と連携が取れるようになり、カイルのフォローすら必要なくなっている。


「さすがに連携が取れると、動きが格段に違ってくるな。既に、この辺の群れでは相手にならなくなってきたか」

「でも、この森は奥に行けば行くほど、敵も強くなるし数も増えるの。だから、ここでの判断は参考までにとどめておいた方が良いと思うの」

「そうね。特に中央の岩山辺りが一番危険だわ。かなりの大物も出るらしいのよ」


カイルたちは狩った魔物を搬送用のシートに乗せ、家路についていた。

今日の成果はかなりのもので、ディアたちの家の食糧庫を補充した後、余った肉や皮、爪や牙などはまとめて町に売りに行くらしい。

今夜はみんなで解体作業だな、なんて話をしながら歩いていると、前を歩くミリアが突然草むらに身を潜める。

それを見た残りのみんなも、それぞれが草むらや木陰に身を隠した。


森の出口に一番近いところにいたミリアは小さく震えていて、良く見れば離れた木陰に身を隠しているディアも顔色を悪くしていた。


「ディア、どうした? 何が起きている?」


小声で問いかけるカイルに、ディアが声を震わせる。


「今、私たちの家の前に、武装した国の騎士団が来ているのよ… でも、何で? 何をしに来たの?」


ディアが困惑したような声を上げる。

カイルも、木陰から少し身を乗り出して見てみる。

遠目だから見えにくいが、少なくても十人以上が集まっていて、六つ足の馬に跨り、槍を手にしていた。

馬には接近戦になったら使うための片手剣も二本装着してあった。

見るからに強襲部隊だろう。

全員がフルプレートの鎧に、盾とマントを付けていた。


「ありゃ、強そうだな」

「私たちはもう、あそこには戻れないの。あの騎士団に目を付けられたら最後なの」


ディアのところまで戻って来たミリアが悲しそうに肩を落とす。

ディアも俯いたまま動かなくなってしまった。

そして、何か見付けたセレンがカイルの肩を叩く、カイルは再び家の方に目を向けると、家の中からカイルたちの荷物を持った騎士が出てきて、何か言い合いを始めた。


「マズいな。あの荷物は持ち帰られたら非常に困る」

「カイル。でも、ここで見つかるともっと厄介な事になるの。荷物よりも命の方が大事なの」


カイルの呟きにミリアが反応し、当然ながら反対を訴える。

普通に考えればそうだろう。

カイルも自分の荷物だけなら諦めもしたが、セレンのバッグの中には大事な本が入っているのだ。

それこそ、命と同等とは言えないが、限りなくそれに近い。

故郷でもらった本、ベークライト王からもらった本、カイルの母マリアからもらった本、そして、いつの間にかベークライト王国の冒険者ギルドからちょろまかしてきた本。

この四冊は全てルーン魔法について書かれている。

魔族が使えるかどうか分からないが、人間には使えない代物で、セレンだけが自身の持つ神の傷によって使えるのだ。

それで、本を見られた時に無価値と見なされてしまえば、抹消されてしまうだろう。

だから、何としても奪い返さなければと考えていた。


「ちょっと、カイル。アンタは何をしようとしているの? まさかだけど、アイツ等を相手にする気? 冗談はやめてよね」

「冗談に見えるか? それよりも奴らの情報が欲しい。知ってる事を全て教えてくれ。 …頼む、時間が無いんだ」


カイルの懇願に、諌めようとしていたディアが言葉に詰まる。

そして、やがて根負けしたのか、大きなため息を一つ吐いて、カイルに話し出すと、いつの間にか全員が近くに来ていた。

ディアからの話では、あの騎士たちは国が運営する賞金稼ぎの集団らしく、別名はハンターと呼ばれている。

国が管理しているから騎士の扱いなのだろうが、少しでも疑わしいと証拠を捏造してでも有罪にするらしい。

それなりに腕は確からしいが、実際のところは誰にも分からないそうだ。

基本的に彼らの扱う案件は対象者の確保と事実確認で、対象者が死んでいようが生きていようが構わず、本人だと判別がつけばいいらしい。


「何だよ。ほとんど暗殺者じゃないか」

「しかも、国を後ろ盾にしている、質の悪い集団ですわ」

「でもさ、あの騎士たちは国からの命令で動いてるんでしょ? なら、何でここに来たわけ? 少なくとも、私たちがここにいることは誰にも分からないんじゃないの?」


セレンの質問はもっともな意見だった。

カイルたちがここに来たのは夜だし、森を出てすぐにディアたちの家に入った。

この地に降り立ってからはずっと生死を分ける戦闘をしてきているため、緊張感が抜けることは無く、索敵が不十分なことなどあり得ない。

と、なると考えられることは一つしかないだろう。


「俺たちがここに来る事を予見できたヤツだけ、だろうな」

「私たちの動向を知るもの、と言えば…」

「ハークロム様しかいないの…」


ミリアの確信を付く一言と、やはり見られていたと言う事実に全員が黙り込む。

だが、今はそんな事をしている場合じゃなく、少なくともセレンの本だけは取り戻さなければいけない。


「話を戻すぞ。さっきのディアの話でアイツ等の事は大体理解した。だから行動に移すが、ここからは俺とセシル、セレンの三人でやる。ディアとミリアはここで待っててくれ」

「ち、ちょっと、本気でやるの? 相手の強さは未知数なのよ?」

「私は、カイルがやると言うなら何でもやりますわ。それくらいの覚悟は常に持ち合わせていますの」

「な、なら、私たちも一緒に戦うの」

「それはダメでしょ? まだ、ミリアたちは無関係だと思われてるかも知れないんだし、それを踏まえて私たちが行くのよ。だから、ここで私たちの帰りを待ってて」


神妙な表情になるディアとミリアだが、状況は理解しているらしく、何かを言おうとしては言葉を飲み込んでいた。


「俺たちなら大丈夫だ。だから心配するな。 …よし、行こうか」


カイルはゆっくりと立ち上がると、セシルとセレンを伴って、何事も無かったかのように森を抜けていく。

そして、すぐに騎士たちはカイルたちに気付き、正面に並んで対面する事になった。


(まだ、包囲してこないと言うことは、こちらを油断させて何かを確認しようとしているのか?)


「失礼だが、君らは何者だ? なぜここにいるのだ?」


リーダーだろうか、一人の男を乗せた馬が前に出て、カイルたちを値踏みするように見ながら問いかけてきた。


「見ての通り、私たちは冒険者です。その冒険者に何しに来た? と聞くのはどうかと思いますが?」

「ふん。ふざけた事を… もう一つの質問だ。この家の住人はどこにいる?」

「住人がおりましたの? だから、中は綺麗になってましたのね? でも、私たちが来た時には誰もいませんでしたわ」

「悪いとは思ったけど、休むために勝手に借りちゃったのよねー」


こう言う時のセシルとセレンは、ためらわずに嘘をつく。

その自然な受け答えにリーダーらしき人物は戸惑いつつも、更に質問を続ける。


「いや、ここの住人がな、二日前に帰還しているはずなのだ。なのにいない、となればおかしいとは思わんか?」

「それはそっちの都合だろう? 俺たちには関係の無いことだ。それにだ、考えても見ろよ? 居合わせれば厄介事になるかも知れない住人がいるよりは、誰もいない方が助かると思わないか?」

「ふむ。こちらの誘導にも引っ掛からないと言う事は、本当に知らんのか? まぁ、いいだろう。お前たちは有罪だ、大人しく我らの指示に従え」


至極当然のような流れでカイルたちは有罪にされてしまった。

だが、カイルたちはそんなことには驚きもせず、逆に相手を煽るように仕向ける。


「ほぉ? いきなり有罪とはな。教えてくれよ。俺たちは何をして有罪にされたんだ? 仮にも全員が同じような装備を身に付けるような組織にいるのなら、せめて理由くらい言うもんだぞ? まったく、強引な奴らだな」

「私としては、カイルもこれくらい強引だと嬉しいのですわ。見習ってみません?」

「でもでも、最初は女の方がリードしてもいいらしいわよ? でも、やっぱりカイルも多少の強引さを身に付けた方がいいかも。ねぇ、彼らにやり方を聞いてみたらいいんじゃない?」

「そりゃいい。なぁ、俺にもそんなに強引になれる秘訣を教えてくれよ。いいだろ?」


三人のやり取りを聞いていたリーダーらしき男が、遠回しに馬鹿にされていると気付き、怒りで震え始めるのだが、それは当然のことだろう。

有罪だと言ったのに、まるで相手にされていないのだからこのような屈辱は無い。

おもむろに槍を振りかざすと、全員に通達する。


「この三人に国家反逆罪を適応する。王国騎士団の名の下に、速やかに排除せよ!!」


残りの騎士達は、リーダーらしき男の指示に返事をすることなく、一斉にカイル達に襲い掛かる。

騎士団を名乗る連中の人数は全員で十二名。

装備は全員同じで、槍を構えて六つ足の馬が突進してくる。


「なら、こちらは正当防衛を適応する。セシル! セレン! 遠慮無しだ! やるぞ!」

「はい!!」

「分かった!!」


カイルとセシルは、セレンの姿を隠すように並んで前に立つと、その場で風と雷を纏い、襲い掛かる騎士団の中に突っ込んで攻撃を開始する。

陣形を保って突進してくる騎士団の両端の騎士がそれぞれ馬ごと両断され、風と雷はそのまま疾走していくと、二人が走り去った後ろには、背中に漆黒の六枚の翼を大きく広げたセレンが口角を上げて立っていた。


「さぁ! 私の力に刮目しなさい!! レイズ!<我が動きは駿馬の如く!>『スレイプニル』 からのスルス・ウル!<我が一撃は巨人の如く!>『ジャイアント・キリング』」


そして、体が薄く光り輝くセレンが前傾姿勢をとると、騎士達の目の前から消え去る。

次の瞬間には陣形の中心を走る騎士が、何者かに顔面を殴られたように馬上で頭を後ろに持っていかれ、そのまま落馬して地面を転がされる。

一気に三人の騎士を失った上、目標を完全に見失った騎士の隊列は、状況を確認するために前進を止めるが、それが仇となる。

先ほど疾走していった風と雷が勢いを増して戻ってきかたと思うと、更に四人の騎士を斬り裂き、雷はそのまま駆け抜け、風はその場に留まって竜巻を呼ぶ。

周りにいる数人の騎士達がその竜巻に巻き込まれると、呆気に取られる騎士の数人が再びセレンに殴り飛ばされた。


十二人いた騎士は、カイル達の手によってわずかな時間で九人が始末された。

魔族国家の中でも荒くれ者が多く、手に負えないものが集められた騎士団、別名ハンター。

そのリーダーが一番最悪な男で、本来なら一番先に森へ送られているはずなのだが、その腕と狡猾さを見込まれてハンターのリーダーを務めている。


そんな魔族国家の中でも、手が付けられないその騎士団を一方的に、しかも圧倒的な力で殲滅していく。

その姿に、森の中から様子を見ていたディアとミリアが戦慄を覚える。


「凄い… やっぱりカイルたちは強い… まさか、本当にあの騎士団を簡単に倒していくなんて」

「ディア、私たちは選択をする時に来ているの。だから、何がいいのか良く考えて選ぶの」


二人は顔を見合わせて頷く。

そして、カイル達の方はほぼ終わりに近付いており、残すはリーダーの男のみとなった。


「お、お前らは一体何者なんだ? 俺の精鋭達がこんなにもあっさりやられるなんて、普通ならあり得ないんだぞっ!!」

「だから何度も言ってますわ。私たちは冒険者だと。ちゃんと聞いていませんの?」

「なんだ、覚えてないのかぁー。そんな頭でよく部隊を率いる事ができるわねー。やっぱり強引さだけだったのかな?」

「ぐ… ぬぬぬ…」

「セシルもセレンもそんなに煽るなよ。コイツには聞きたい事があるんだ」


カイルは、まだ煽り足りなさそうな二人にここで待つように手で遮ると、魔法剣を発動してリーダーの男の元へと向かう。

リーダーの男も戦意はまだ失っておらず、カイルを睨む目にも力が宿っていた。

思わず口角が上がってしまうカイルは、風の力を使わずにこのリーダーの男と対決する事を決めた。

やがて、槍の間合いに入るとカイルは足を止める。


「さて、一つ聞かせてくれ。お前らに俺たちを始末させようとしたのは誰だ?」

「言う訳が無いだろ? …言える訳が無い。俺には呪いがかけられているんだからな。命令を無視したらすぐさま魂を消されるって訳さ。だから、お前の質問にも答えられない」

「そうか… わかったよ。 …ところで最後くらいは勝負に付き合ってやるが、どうする? もし、イヤなら一瞬のうちに終わらせてやるぞ?」


リーダーの男の表情が一転し、より厳しい顔つきになった。

どうやら、最後は騎士として一騎打ちを望むらしく、馬を下りると腰を落として槍を構えた。


「馬上じゃなくて良いのか? その得物なら対面じゃない方がいいだろ?」

「俺にはこの方が性に合ってるんだ。お前の指図は受けない」


そう言ってリーダーの男は槍を掴む手に力を込める。

そして、カイルとリーダーの男が向かい合い、お互いの隙を伺っていると、さっきまでリーダーの男が乗っていた六つ足の馬がゆっくりと歩き出すと、カイルの横を通り過ぎて、森の方へと向かう。

すると、六つ足の馬は突然向きを変えると、一気にカイルへと向かって疾走してくる。

気付いたセシルが、すかさず雷を纏って首を落とすと、六つ足の馬は大きな音を立てて地面に倒れこんだ。

当然、カイルは後ろの二人に完全な信頼をしているため、この程度では振り向きもしない。

むしろ、目の前のリーダーの男は、出足を挫かれたように動けなくなった。

その隙をカイルが見逃すはずも無く、一瞬の内に距離を詰めたカイルは一太刀でリーダーの男の首を刎ねた。

これで、ハンター12人が全て殲滅した事になる。


その後、カイルたちは荷物を回収し、森から出てきたディアとミリアの二人と合流した。


「やっぱり、カイルたちの強さは別格なの。まさか、ハンターの一団をたった三人で全滅させるなんて、誰も想定なんかしてないの」

「それに、荷物も無事に回収できたようね。 …ところで、そこまでして回収したかった荷物って何なの? 私たちには言えないようなものなの?」


ディアが不思議そうに聞いてくるが、それは当然の事だろう。

少なくとも、これから事を起こそうと言う時に目立つ事は誰だって避ける。

しかも相手が組織立っていて力も未知数なのであれば尚更だ。

なのに、そんな状況にもかかわらず、危険を冒してまで取り戻すものが、一体何なのか気になるところだ。


「ん? ああ、それはな…」


そう言って、カイルがセレンに目配せすると、セレンがショルダーバッグから四冊の本を取り出した。

そして、ディアとミリアに見えるように地面に置いたバッグの上に乗せる。


「は? これ? これなの? って、ただの本じゃない!」

「でも、ただの本ならあんな事はしないと思うの。だから、とても大切なものなんだと思うの」

「うん、正解ね。これは、とても大切な本で、私の使う魔法について記されているの。しかも、本によって書かれている内容も異なるから、どれか一冊でもなくなると大変なのよ。それに、本当はこれをくれた人たちにとって、この本はとても大切なものだって事なのよ」


本の表紙に手を乗せて、慈しむように撫でるセレンの顔をみれば、どれだけ大切なものなのかが分かった。


「だから、ディアもミリアも大切な何かがあれば、迷わず俺たちに教えるんだぞ? それは必ずみんなで守るからな」

「え…? 私たちの物までも守ってくれるの? …あ、ありがとう…」

「今更何を言ってますの? それは当然のことですわ」

「だって、私たちはもう仲間だもんね」

「仲間… 少なくとも、魔族にそう言う習慣はないの。 …だけど、何となく理解したの。だから、私も… ありがとう… なの」


照れくさそうなディアとミリアは、みんなに礼を述べると、嬉しそうに笑った。


「さて、ディアとミリアに聞きたいんだが、あの騎士団はどこから来たんだ?」

「この魔族国家で騎士団が駐留するのは、王都リトンだけなの」

「この馬の足で一日くらいの距離かしらね」

「では、追撃は早くても明日と言う事ですわ」

「じゃあ、今夜はここで休んで、明日の朝に出発した方が良いのかもね」


暗殺なのか始末なのかは分からないが、カイルたちへの襲撃は失敗に終わり、この事実はまだ王都でさえも分かっていない事だろう。

仮に異変に気付いたとしても、そこから兵を集めて出発するまでにはだいぶ時間がかかり、その間はカイルたちもいろいろと準備ができる。

だが、ハークロムが見ているとなると、話は変わる。

ほぼ同時進行で見ているハークロムならば、その気になればすぐさま兵を送る事ができるのだ。

その場合、ここまでの距離を考えても、一日くらいは猶予がありそうだ。


「よし、最悪の事態を想定して、今夜はここで休み、明日の朝に脱出に向けての作戦に取り掛かろう」


全員が頷くのを見て、カイルがそれぞれに指示をする。

いよいよ、この魔族国家からの脱出劇が始まろうとしていた。

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