第35話 変な敵が現れる

変な敵が現れる



朝食後、野宿の後片付けをしてから馬車に乗り込み、今日の目的地の村へと向かう。

その村からは街道を外れて山越えになるが、馬車は通れるらしいので、こちらとしては大助かりだ。

だが、気掛かりと言えば、セレンから聞いたこの話は追放される前の事なので、実際に現地で確認をする必要はあるだろう。


「セレン、今日行く村は夕方ぐらいに着く予定だけど、なんて名前の村だっけ?」

「ラモン村だよ。魚料理の美味しいところって聞いてるけど、私は行った事がないわね」

「その頃のセレンは、そんな余裕は無かったでしょうから、仕方のないことですわ」


セレンがここを通ったとしたら、それは追放されて放浪の旅が始まった時だろう。

それが、今は問題解決のために仲間の想いを優先し、自分の辛さを抑えている。

だからこそ、今回の旅はセレンのためにも十分な成果が得られて欲しいと感じていた。


カイルたちはハークロムの目論見を止めるために、力と情報を求めて旅を続けているが、基本的にハークロムは自分のシナリオ通りなら邪魔をしない。

そして、このセレンの故郷への旅も未だに邪魔が入らないと言う事は、これもハークロムにとってはシナリオ通りなのだろうと考えてしまう。


「…でも、それじゃあダメなんだろうな」

「カイル? どうかしましたの?」


思わず呟いてしまった言葉を、隣にいるセシルが拾ってくれた。

左眼が見えないセシルは、必ずカイルの左隣に座っているし、セレンもそれを知っているので、セレンは右隣に座っている。

心配そうに隣からカイルの顔を覗き込むセシルの瞳には、不安の色が浮かんでいた。


「ああ、最近はハークロムの邪魔が入らないと思ってね。 …つまり、俺達の動きはハークロムの予定通りだって事なんだろう。だから、これじゃあダメなんだろうな、ってさ」

「そうですわね。ハークロムを止めるには、予定通りの動きをしていてはダメですわ。とは言っても、想定外を探す事の方が難しそうですの。ですから、私たちは今まで通り、自分たちの直感に従って動くべきだと思いますわ。考え込んではいけないと思いますの」

「そうだよねー。じゃあさ、ここでの用件が終わったら、アルマイト王国のあの遺跡に行きましょうよ。たぶん、そこにいるんじゃないの? いえ、いなくても何かの手掛かりくらいはあるかも知れないわよ?」


セレンが言っているのはファルクロム遺跡の事だろう。

確かにあの時は対抗する手段が無かったから、手を付けずにそのまま立ち去ったが、今回の旅で効果があれば行く価値はあるかも知れない。


「確かに、あそこは調べる価値はあるだろうな。それに、その行為がヤツのシナリオから外れていれば、当然の事ながら襲撃される。もしかしたら、本人が出て来るかも知れない、か。じゃあ、次の候補に入れておいて、後で決めよう」


そして、道中は街道沿いということもあって問題は何一つ起きず、夕方過ぎには目的地のラモン村に到着したのだが、村の入り口には自警団のような人が武器を携えて警備していた。

しかし、何とも頼りなく、積荷のチェックなどもせずに村の中へと誘導している。

これでは、襲撃してくださいと言っているようなものだが、裏を返せば、襲撃する価値もない、と言ったところだろう。


「お世辞にも、活気があるとは言えないような雰囲気だな」

「ええ。これは厄介者を見るような視線ですわ」

「随分と閉鎖的な村なのね。知らなかったわ」


村の中は人が少なく、冒険者は他にいないようだ。

念のため、ゆっくりと馬車を動かして狭い村の中を眺めてみるが、期待していた宿屋や道具屋は見当たらず、唯一あるとすれば小さな酒場だけだった。

そんなところに馬車で乗り付ければイヤでも目立ってしまうが、カイルたちは気にせずに酒場へと向かい、そこで食事をとることにした。

馬車から馬を外して酒場の入り口に繋ぐと、馬車には盗難防止用の結界を張り、三人で酒場へと足を踏み入れる。

中は思った以上に狭く、人もほとんどいないような状態だった。

聞くと、食事は提供できるようなので、お任せで三人分の食事を頼むと、いつものように端の席へ着いた。


すると、酒場の入り口が開き、周りの人よりもちょっと見た目のいい服を着た初老の男性が、両側にお供を連れて入ってきた。

そして、店内に入ると足を止め、ゆっくりと辺りを見渡し、カイルたちの姿を確認すると脇目も振らずに向かってくる。

そして、カイル達のテーブルのところまでやってくると頭を下げ、本当に申し訳無さそうに口を開く。


「大変失礼な事と存じますが、形振りを構っている場合ではございませんので、あえて失礼を承知の上でお尋ねします。 …そちらのお嬢様は隻眼の姫様でいらっしゃいますか?」


一瞬にして目付きが変わり、殺意を持つように険しい表情となるセシルに、困った顔で尋ねてきた初老の男性は卒倒しそうになる。

そして、よろよろとふらつくと、カイル達のテーブルの椅子にようやくしがみついた。

お供の二人もセシルの気迫に飲まれていたようで、初老の男性の元に行く事すらできなかった。

しかし、この初老の男性はセシルの顔を見た事が無いはずなのに、あの呼び名を使った。と言う事は、あれを知る誰かに聞いたとしか思えない。

まさかとは思うが…


「失礼ですが、彼女は私の婚約者です。その彼女を誹謗する事は、私としては絶対に見過ごす事はできません。彼女への非礼に対しては後で詫びていただくとして、形振りを構っていられないと言っていた理由と、彼女へのその呼び名はどこで聞いたかを教えていただけますか?」


ゆっくりと立ち上がり、初老の男性と向き合うカイルの言葉も、気を付けていたにも関わらず、徐々に怒気が篭ってしまい、初老の男性をはじめ、お供の二名も思わず数歩引いてしまう。

だが、まだこの場に留まらなければならない程のことがあるのだろう。

カイルとセシルに恐れを抱きながらも俯いたまま立っているが、うまく言葉を発せられないようだ。

すると、この状況を見かねたのか、先ほどまで黙っていたセレンが口を開いた。


「カイルもセシルもそんなに怒っちゃダメよ。二人とも分かってるんでしょ? この人が助けを求めるために誰かにその名を聞いたって事ぐらい。なら、話くらい聞いてあげなさいよ。見なさい、二人が怖がらせるから、うまく話せなくなってるじゃない」


カイルとセシルはお互いに顔を見合わせると、小さな溜息を一つ吐いて緊張を解く。

その空気が伝わったのか、初老の男性とそのお供の二人の顔からもわずかながらの緊張が解けたようだ。

そして、その場で深く頭を下げると静かに口を開いた。


「お口添えに感謝します。ですが、私が非礼を働いた事につきまして、まずはお詫びをさせてください。いくら困っているからとは言え、言ってはならない事を口にしてしまいました。本当に申し訳ありません。その名はハークロムを名乗る漆黒の執事服の者より聞いたのです」


まずは、セレンへの感謝とセシルへの謝罪を述べたのだが、その後に信じられない名前が出てきた。


― ハークロム。


その名を聞いたことにより、カイルとセシルからは、さっきと比べようも無いほどの緊張感に包まれる。

セレンは場の空気が変わった瞬間に立ち上がり、カイルの前に待てと言わんばかりに手で制する。


「この二人に代わって、私が貴方の謝罪を受けるわ。 …じゃあ、貴方の言う困り事と、ハークロムの名が出てきた事について、詳しく話してもらえるかしら?」


セレンの言葉の後に、初老の男性は言葉を選びつつ、その口を開いて説明を始めた。

まとめると、この村から山道に入り三日程のところにある小さな村で問題が出ているそうだ。

それは、最近その村の近くの山に巨大な蛇の魔物が棲み付いて大暴れしているらしく、山を荒らし、村も襲いに来ると言う。

ただし、その村の人間がギリギリで生活できるくらいは残しているらしく、言い換えれば、その村を裕福にしないため、何者かが魔物を使って調整をしているように感じるのだそうだ。

その魔物が最近、村に来ると人を攫っていくようになり、どんどん村の人が少なくなってきている。

魔物退治としてギルドに依頼するも、資金が足りず相手にされなくて困っている時に、突如現れた漆黒の執事服を着た謎の初老の男にこう告げられた。


― 間も無く、この近くの村に隻眼の姫を連れた剣士がやってくる。彼らに事情を話して協力を仰ぐといい。私の名を出せば、彼らは必ず引き受けるだろう。


その村から売りに来る食材や毛皮もこの村には必要なものなので、どうにかしてその村を救って欲しい。

本来なら、その村の者が直接お願いするのが筋なのだが、いつ来るか分からない人を待つことができないため、代わりにこの村の村長である自分が待っていた。

と言う事だった。


「…その依頼を受けますわ。もともと、私たちもその村へ行くつもりだったのですから」

「ありがとうございます。 …あの、依頼の報酬の事なのですが… その…」

「報酬は必要ない。その代わり、俺たちの馬車を置かせてくれるのと、馬の世話をしてくれると助かる」

「それはもちろん、お引き受けしましょう。 …ですが、その程度のことでよろしいのでしょうか?」

「いいのよ。さっきセシルも言ったけど、私達も行く予定だったんだし、いくら馬車が入れる道とは言え、下手に馬車で乗り込んで戦闘中に身動きが取れなくなるかも知れないなら、最初から置いてった方が良いのよ。でも、置きっ放しでも馬の世話とかがあるから、対応してもらえるとこっちも助かるの」


村長はカイルたちの話を聞き、馬車はこの酒場にそのまま置いててくれれば、馬の世話と馬車の手入れをしておく事と、この酒場での食事代は村長が払う事、そして宿が必要であれば村長の家を提供する、と言う提案をくれた。

カイルたちは宿以外の提案を受け入れると、食事の後で早速出発する事を話し、村長は安心した顔で戻って行った。


「何よ。私の村でそんな大変な事が起きてるの?」

「その魔物、絶対にハークロムの差し金ですわ」

「まぁ、ハークロムにしてみれば、俺達がこの先に進む事に対して、何らかの問題があるんだろうな。絡んできた事がそれを物語っている。つまり、この旅はハークロムのシナリオから外れているんだろう」

「それならば、私たちの考えは当たりと言うことですわ」


食事を終え、馬車から必要な荷物を取り出すと、酒場の店主に声を掛けて三人はセレンの故郷であるルテラ村へと出発した。

これまでの行程は馬車を使っていたので短縮できたが、ここからは徒歩に戻るため、当初の予定通り、村までは三日の道のりになるだろう。

カイルが大きなバックパックを背負い、セシルとセレンはカイルの後に続いて山道に入る。

森の中の深い闇に誘われるような道を夜に移動する事は命知らずだと言われるが、索敵しながら進めば特に問題はないし、セシルもセレンも暗闇を移動する事に不安は無いと言っているので、進めるところまで行こうと決めた。

しっかりと整備されている訳でも、荒れている訳でもないが、いるだけで不安になってしまう。

そんな感じが漂う森の山道を一歩一歩踏み締めるように足を進めていく。

やがて三時間くらい進み、そろそろ今日の行程を終わらせようとしていたところで、急に辺りの雰囲気が変わるのを感じた。


「そろそろ寝床を作ろうと言う時に襲撃なんて、空気が読めないのは魔物独特のものなのでしょうか? 何にせよ、不快ですわ」

「その意見に同意するわ。まぁ、私たちを休ませる気が無いんじゃないの?」


女性二人が辺りを警戒しながら、肩に掛けていたショルダーバックを外してカイルに渡してくる。

それを受け取ると、カイルはバックパックと一緒にまとめて足元に置くと、腰の剣を引き抜いた。

すると、だんだんと木々がざわめき始め、辺りからうなり声が聞こえてくる。


「村を襲ってるのは巨大な蛇の魔物って言ってたから、これは違うよね?」

「蛇は唸りませんわ。だから別の魔物で、明日の朝食ですわ」

「気を付けてくれ! 来るぞ!!」


突然、木々の間を抜けて黒い塊が猛スピードで走り込んでくる。

辺りが暗いために数を数えづらい。

すると、セシルは目を閉じ、腰から抜いた二本の剣を逆手に構えてセレンの前に立つ。

そして、木々を抜けた黒い塊が一斉に襲い掛かってくるが、セシルの高速の斬撃の前に正面から向かって来た全ての魔物が一瞬にして斬り伏せられた。

セシルの間合いの外にいた第一波の残りの魔物が、カイル達の間を通り抜けると、そのままの勢いで向きを変えるとまた突進してくる。

しかも、後ろからも次の群れが襲い掛かってきていた。


「セシルはまた前を頼む。俺とセレンは戻ってくるヤツらを叩くぞ」

「分かりましたわ」

「うん! いくよっ! ウィン・ユル!<光の弓よ!>『光破弓』」


セレンの手の中にある光が弓の形に変化し、その弦を引き絞ると輝く矢が現れる。

そのまま矢を射ると、無数の光り輝く矢が黒い塊に突き刺さり、辺りを巻き込むほどの爆発が起きる。

カイルが入らなくても、セシルとセレンだけで魔物の群れを殲滅できているため、カイルが取った行動は、広範囲索敵を行いこれらの魔物の群れを操る者を探し出す事だ。

こんな時間に、魔物が集団で襲ってくることは普通ならあり得ないことだ。

だから、誰かが群れを操っていると考える方が正しいだろう。

目を閉じて集中し、広範囲の索敵をすると、一際大きい反応を見つけた。


「セシル、セレン。ここは任せた。俺はちょっと奥に行って、この群れを操ってるヤツを叩いてくる」

「構いませんが、あまり私から離れてはいけませんわよ?」

「いいから早く行きなさい。それに、も少ししたらセシルもそっちに向かわせるから、安心していいわよ」


セレンに礼を言うと、セシルに微笑みかけ、反応の強いところへと疾走するが、魔物の群れも一人外れたカイルには目もくれず、セシルとセレンを狙って攻撃を継続していた。

これは好都合だと、道なき道を風の如く疾走するカイルは、近くにいる魔物もそのまま置き去りにしていくと、目標の前に姿を現した。

そこには冒険者風の格好をした男が一人、武器も抜かずに木に寄り掛かり、腕を組んでカイルの方を見ている。

軽装に身を包み、白いマントを羽織っている男は、見た感じでは三十代くらいのやや痩せ型で、短く切りそろえた茶色の髪が、熟練した冒険者だと思わせている。

今にも飛び掛かって来そうな雰囲気なのに、じっと我慢して待っているようだった。


「俺が来ることに気付いていながらも、そうやって待ってる理由って、何かあるのか?」

「いや、あの方の用意する舞台に上がろうとしている玩具を見ておきたくてな。 …で、隻眼の姫はどこだ? 俺が待ってたのはお前じゃない。その女だ」

「なるほど。お前はハークロムの手先ってことか。それと、当然ながら彼女をお前に会わせる義理は無いし、会わせるつもりもない。諦めて帰れ」


ゴミを払うように、男に向かって手を振るうと、さすがに男の表情が強張った。

そして、男が寄り掛かっていた木から体を離した瞬間に、姿が掻き消える。

そして、カイルの背後に回り込むと髪を掴んで持ち上げ、首に刃を立てて後ろから顔を近付けてきた。


「いい気になるなよ? 質問をしているのはこっちだ。お前は俺に聞かれた事を素直に答えれば良いんだよ。今ここで死にたいのか? さぁ、ほら女を連れて来いよ。特別にこの俺が直々に検分してやるよ。じっくりと、たっぷり時間をかけてなぁ!!」


男の下卑た笑い声を聞いていると、カイルの中にある闇の部分が、ジワジワと心を染めていく。

セシルを侮辱する者を生かしておくな、すぐに殺してしまえと心が騒ぎ出す。

カイルもセシルの事でちょっかいを出されると、いつもより好戦的になるし、過剰気味になる事は自覚していて、それは日を追うごとに悪化していく一方だ。

だから、気を付けていても些細な事でもその感情が姿を現してしまうのだが、何とか精神力でそれを押さえつける。


「か、彼女はここにはいない。それは辺りを見れば分かるだろ? それとも、それぐらいの事すらも分からないのか?」

「ふざけるな!! 貴様なんて、その気に… ぐっ!! 何ぃっ!!」


男がカイルの首に付けた刃を引こうとした時、カイルの魔法で男の足元の土が崩れ、体制が大きく崩れた。

男はよろける体を何とか転ばせずに済ませたが、片膝と片手は突いてしまう。

そして、その隙を見逃さなかったカイルが拘束を解き、逆に男を遠慮なく殴り飛ばす。

地面を転がされるように吹き飛ばされ、よろよろと片手をついて起き上がろうとするが、胸倉を掴まれて持ち上げられ、そのまま腹に拳を埋め込まれた。

「くはっ!」っと息が漏れるが、それで収まるはずも無く、そこから片手でのラッシュが次々と腹に打ち込まれていく。

男の口元から血が滲み出ているが、そんな事もお構いなしにラッシュが続けられた。

やがて、男の意識が混濁してきたので殴るのを止めると、胸倉を掴んだまま近くの木に叩き付けた。

男は何も言葉を発せず、その場にズルズルと崩れ落ち、その喉元に逆に剣を突き付けられる。


「これで形成逆転だな。それにしても、あの程度の攻撃でここまでやられるとは… 油断してたのか? それとも、もともとその程度なのか?」

「く… くそ…!! いい気になるなよ! なら、遠慮は無しだ!!」


男はボロボロになりながらも、地面に突けた手を中心に大規模の爆発を起こす。

爆風に耐えるカイルだったが爆心地から近いために、衝撃波で吹き飛ばされてしまった。

男はカイルを追って跳躍し、吹き飛ばされているカイルへと一気に距離を詰める。

そして、お互いに地面に足をつけると、その場で片手剣での斬り合いが始まった。

始めのうちは互角に見えていた斬り合いも、先ほどのダメージが大きかったのか、すぐに男の方が押され気味になってきた。

使う剣はほぼ同じ様な片手剣だが、カイルはいつも通りに闘気を纏わせた炎の魔法剣だ。相手の剣は何もしていない普通の剣であるため、カイルの魔法剣と刃を合わせているだけで、目に見えてダメージを負っていくのが分かる。

カイルも違和感を感じたため、相手の剣に狙いを定め折る事に決めた。

男が片手剣を両手持ちして振り下ろしてきたところを、刃の側面にカイルの剣の刃を当てるように一閃すると、甲高い金属音と共に男の剣は半分くらいのところで折れた。

切っ先の方は回転しながら上昇し、きれいな弧を描いて男の足元に突き刺さった。

そのついでに、カイルはくるりと回転し、剣の石突で男のこめかみを殴りつけると、突然の衝撃に耐えられなかった男がその場に倒れた。


「なぁ、聞いていいか? お前、本当にハークロムの手先なのか? 剣を折られるような剣技で、しかもそんなに弱いのに。俺がその気ならとっくに殺されてるぞ?」

「ぐ、うぅ… き、貴様、いい気になるなよ」


よほど悔しかったのか、カイルを睨みながら唸り声を上げている。

だが、武器は折れていて使い物にならないし、体のダメージも想像していた以上に大きい。

このまま戦闘を継続できたとしても、目の前の男に殺されるのは目に見えていた。


「そもそも俺達の目的はお前じゃない。もういなくなれよ。その方が余計な手間がかからなくて済む。それと、これ以上彼女にちょっかい出そうと言うなら… 次は確実に殺すぞ。それも、俺の忠告を無視した事を十分に後悔できるくらい、たっぷりと時間をかけて、じわじわとな。殺してくれと懇願したくなるような思いをさせてやる」

「く、くそ! この場は引いてやる! 次こそ覚悟しておけよ!!」


捨て台詞を吐きながら、男はカイルの前から姿を消した。

その後姿を見送りながら、カイルが「ふぅ」と溜息を吐くと、その後ろの木陰からほのかに頬を染めたセシルと、呆れた顔のセレンが姿を現した。

カイルに近寄りながら、セシルは抜いていた二本の剣を腰の鞘に戻し、男の去っていった方へ顔を向ける。


「なんだか、変な男に好かれたようですわね」

「よしてくれよ。セシルの気配にも気付けなかったヤツだぞ? そもそも、何をしにきたのかも分からないんだ。とは言え、ハークロムの名前が出てきたな」

「じゃあ、ここにいるんじゃないの? だとすれば、私は初顔合わせになるのね」


まだセレンはハークロムと顔を合わせたことが無いため、今回本人が出てくるのであれば初の対戦となる。

だが、セレンはそれとは別に難しい表情でカイルを見据えると、言葉を続けた。


「それにしても、さっきのは何なのよ? あんな一方的に痛めつけて。まぁ、かなり加減してたようには見えたけど? だからと言って、戦いと言うより喧嘩みたいな事をするなんてカイルらしくないじゃない。一体どうしちゃったのよ」


確かに、セレンの言う事はもっともで、本来ならあそこまで一方的に痛めつける必要は無かったのだが、あの男はカイルに対してやってはいけない事をしてしまったのだ。

もちろん、その自覚はあるのだが、後悔はしていない。

セシルを侮辱するのであれば、相手が何者であろうとも徹底的に攻撃し、自分のしたことを後悔させる覚悟を持っていた。


「あの男は、セシルを侮辱したんだ。だから、当然の報いだ」

「は? …つまり、セシルのことを悪く言ったから一方的に痛めつけた、って事?」


無言で頷くカイルに、セシルが頬に手を当てて嬉しがっている。

自分のために激しい怒りを露にしてくれる事に喜びを感じているようだが、セレンは大きくため息を吐き、頭を振った。


「はぁ、お互いに同じような事でブチ切れするなんて、本当に似た者同士なのね。でも、そういうのは私たちだけの時にしてね。他に誰か見ていたら大変なことになっちゃうわよ?」

「あぁ、分かったよ」


カイルが気持ちの入っていない答えをするが、それは自分の中でまだ折り合いが付いていないからだろう。

セレンの言うように、カイルやセシルがブチ切れするのは相手を思い遣っての事だから、百歩譲って仕方ないと思うこともできるが、一方的に痛め付けるのは話が違ってくる。

仮にも一国の王女の婚約者であるならば、それなりの人間性が求められるため、カイルが我慢できずに叩きのめすのを、他の誰かが見ていたとしたら大きな問題になってしまう。

あんな短気で人間性の欠片も見えないような婚約者で本当に良いのか? と。

それは、セシルだけではなくベークライト王にも迷惑を掛けてしまう。

だが、個人的な感情もあることから、セレンは身内の前だけでやってくれと言うのだ。

それを頭では理解していても、まだ気持ちの整理が付かないカイルは、大きく深呼吸をすると、セレンに謝罪して話の話題を変える。


「セレン。済まなかった。俺の個人的な感情で自分以外に迷惑を掛けてしまうことは理解するよ。もう少し自制できるように心掛けるよ」

「いいのよ。私だって偉そうなことは言えないからね。みんなで注意していければ良いんじゃない?」

「そうですわ。私も多少は自制できるように心掛けますわ。ですから、カイルも私と一緒に頑張りましょう」

「セシルは多少じゃなくて、もっと自制してね?」

「とりあえず、三人で自制しよう。それが一番効果があるかも知れないからな。ところで、さっきのヤツなんだが、何か違和感を感じなかったか?」


そう聞くと、女性二人は顔を見合わせて首を傾げる。

カイルが違和感として感じたのは、あのおかしな男は剣の腕も大した事ないのに、ハークロムの事をなぜ知っているのかと言うところだ。

とても操られているようには見えなかったし、やったことと言えば獣の魔物を率いて攻撃を仕掛けてきて、最終的にはカイルにボコボコにされたことぐらいだ。

それに、何をしに来たのかも分からない。


「カイル。ああ言うのは考えるだけ無駄ですわ。真相は当事者にしか分かりませんもの」

「そうだね。また性懲りも無く出てきたら、同じようにとっちめて聞き出せばいいのよ」


女性二人は最初から考えることを止めており、次に出てきたら尋問すれば良いということで話は落ち着いた。

カイルも、これ以上考えていても何も分からないと判断し、気持ちを切り替える。


「そうだな、分かったよ。考えるのは後にして、ちょっと遅くなったけど、ここで野宿をしようか」


そう言うと、カイルたちは放っていた荷物を取りに行き、そこで一夜を過ごすことにするのだった。


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カイルに一方的に攻撃された男は、森の奥の方にある洞窟へと入ると、


「はぁ、はぁ、くそっ! アイツ等、次はただじゃおかないぞ! 絶対に皆殺しにしてやる!」


足元の小さな石を蹴飛ばすと、岩壁に拳を叩きつけて毒づく。

そして、折れた剣を片手にずっと握り締めたままだったのを思い出すと、岩の床に投げ捨てる。

なだらかな岩の上を剣が滑る音を聞きながら、再び足元の小さな石を蹴飛ばして毒づいた。

すると、滑る剣を何者かの足が踏みつけ、洞窟の暗闇の中から姿を現した。

それは、洞窟の闇と変わらない程の漆黒の執事服に白髪の初老の男性、ハークロムだった。


「おやおや、随分と荒れているようですね。それに、派手にやられたようだ。でも、貴方の役割は道化なのですよ。先ほどの立ち回りも見せていただきましたが、さすがは道化に相応しい働きでした。そこは褒めてあげましょう」


パチパチと手を打ってハークロムは男に近寄ると、男はその場から後ずさりを始めた。

それを怪訝そうな顔で見るハークロムは、不思議そうな表情で男の顔を見る。


「おや、貴方は弱いと言われて荒れていたのでは無かったのですか? 手も足も出せないほどに叩きのめされて悔しかったのでは無かったのですか? 私がそれを補おうとしているのですよ。 …なぜ、逃げるのです。道化ならそれらしく振舞いなさい」

「ハ、ハークロム様、これ以上貴方様の力を入れられると、私の自我が持ちそうにありません」


男は後ずさりながら近付いてくるハークロムに両手を向けて懇願する。

初めて出会ったときに力を入れられたのだが、後一歩で自我が崩壊すると直感が訴えたのだ。

だが、目の前のハークロムはそんなことを気にすることもせず、ゆっくりと近付いてくる。


「それがどうかしましたか? 言ったでしょう? 貴方は道化なのですよ。なら、道化らしく振舞いなさい」

「がっ!!」


ハークロムは言葉の最中に姿をかき消すと、男の目の前に現れてその顔を手で掴む。

そして、その手に徐々に力を込めていくと、男の顔を掴むハークロムの腕から黒い靄のようなものが現れ、男の体へと浸食していった。


「ぐ! あ! あぁっ!! がぁっ! あああああああああ!!!」


声にならない叫びを上げ、男の四肢が男の意思に関係なくビクビクと動く。

やがて、全ての靄が男の体に入り込むと、男はだらしなく四肢をだらんとぶら下げた。

そして、ハークロムが顔を掴んでいた手を話すと、男はそのままその場に崩れ落ちた。


「道化は恐れを知らぬ者。立ち向かう敵が強大でも恐れずにおどけて見せるものです。そして、それが接戦にもなれば観客はその戦闘に目を奪われ、道化が敵の素晴らしさを引き出すのを心待ちにするのです。そうすれば、素晴らしく強大な敵は、最後に我が女神様の手にかかり、その胸に抱く希望を絶望へと変えるのです。そこから全てが始まるのです」


ハークロムは目の前に手を差し出すと、何かを握るような動作をして、そのまま引き抜いくと、その手には漆黒の剣が握られていた。

それを男の近くへと突き刺すと指を鳴らす。

すると、奥の方から人影が現れ、そこから二人の女性が姿を現してハークロムの前に跪く。二人は一見すると同じ顔をしており、髪型が違うだけで、装備は同じ軽装の冒険者風のものを身に付けている。

ポニーテールの女性は腰から剣を下げており、ストレートボブの女性は両手剣を背中に背負っていた。

ハークロムは二人の女性から横たわる男に視線を移して口を開く。


「さぁ、この剣を貸し与えましょう。そして、特別に私の右手と左手も貸してあげます。こうすれば三対三になりますね。ですから、この舞台を存分に楽しませなさい」


ハークロムが視線を男からその近くにある泉に移すと、そこにはカイルたちが焚き火の側で体を休めている映像が映し出されていた。

この一日でだいぶ進み、あと一日ちょっとで目的地のルテラ村に到着するだろう。

ハークロムは地図を開くと指でとある場所を指し、二人の女性に命令する。


「ディア、ミリア。貴女たち二人はこの場所にこの男を連れて行き、魔法剣士と隻眼の姫を試してきなさい。今回の舞台はあの御方もご覧になられます。決して失礼の無いように、楽しんでいただけるように、あの者たちの相手をして来なさい」

「はい」

「了解したの」


ハークロムは二人の返事に頷くと、闇の中へと姿を消していった。

そして、洞窟内に再び静寂が広がると、二人はゆっくりと立ち上がる。


「ディア、仕事なの」

「分かったわ、ミリア。でもさぁ、これが起きないと移動できないわよね」


二人は木の枝で突いてみたり、小さな石を投げてみたり、いろいろと試して見たが、なかなか起きようとしない。

小さな溜息を吐いて、ポニーテールを揺らしながらディアが口を開く。


「もう! 全然起きないじゃない。 …仕方ない、時間になったら引きずって行こう」

「その時は、首に縄を掛けて引っ張った方が良いと思うの」


二人は表情を変えずに淡々と話をすると、カイルたちの迎撃のための出発の準備を始めるのであった。

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魔法剣士と隻眼の姫 いとうゆきひろ @yu-kirschwasser

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