第36話 怒らせるととんでもないことになる

怒らせるととんでもないことになる



翌朝。

カイルは日の光を感じ、薄く目を開く。

ここは、昨晩現れたハークロムの手先を名乗る変な男と戦闘した場所だ。

毛布に包まるカイルは、焚火の近くにあった大きな木に体を預けて胡坐をかいて座り、その近くでセレンが寝ている。

毛布の中では、セシルがカイルの膝の上に座り、カイルの胸元に体を預けて眠っていて、セシルの体を抱き締めるようにカイルの腕が回されていた。


どうしてこんな風に寝るようになったかと言えば、それは間違いなくセレンの仕業だろう。

ラモン村で馬車を置き、徒歩で進むために荷物をまとめた際、セレンは高級寝具を馬車に置いてきた。

だがその時に、いつも野宿の時に使っていた毛布を一セット、わざと置いてきたのだ。


そして、昨夜の戦闘後に荷物を回収し、寝ようとした時に毛布が一セット無くなっていることが発覚し、どうやって寝るのかで少々揉めたのだ。

カイルとしては、ちゃんと横になって寝るべきで、セレンは体が小さいからセシルも一緒に眠れるだろうと言ったのだが、セシルが猛反対したのだ。


「カイルは火の番をしながら体を休めてますのよ? ならば、私もそれに倣うのが筋ですわ」


セシルは、言い出したら一歩も引かないため、ムダに口論して寝る時間を失うなら、素直に従った方が良いと判断したカイルは、セシルの提案を受けることにした。

やけににやけた顔をしているセレンが気になるが、もうここまで来たらどうしようもない。全てを受け入れるまでだ。


「じゃあ、俺とセシルで交代しながら火の番をすればいいんだな?」

「そうですわ」

「なら、私は何事も無かったかのように寝ちゃうわよ? どうやって眠るのかはお任せするけど、明日に影響しないようにしてね? うふふふ…」


セレンが含みのある笑い方をして、毛布に包まった。

それでも多少は気を遣っているのか、カイル達に背を向けている。

だが、セレンの事だ。

いつ、こっちを向くか分からないから、寝付くまでは安心できない。

すると、不安そうな顔をしたセシルが、カイルの袖をクイクイと引いてきた。


「どうした? セシル」

「…もしかして、私の意見はご迷惑でしたでしょうか?」


こう言う風に、カイルに迷惑をかけたかも知れないと、思い込んでしまった場合のセシルは、先ほどまでの強情さが一転して弱腰になり、すぐに右眼が潤み始める。

カイルもそれを知っているので、安心させるように優しくセシルに語りかける。


「迷惑なんてことは無いよ。だから、心配しなくても大丈夫だ。ただ、俺はセシルも横になって休んだ方が、疲れも取れるんじゃないかって思ったんだよ」

「でも、いつもカイルは火の番をしながら休んでいますわ。カイルの方が人一倍動いてますのに、疲れが取れないのではないかと思いまして…」


セシルは胸の前で手を組み、カイルから視線を反らす。

カイルはセシルと出会う前から、かなりの頻度でこのような事をしてきた。

あの両親に鍛え上げられてきたのだから、少々の事では体調を崩す事も無い。

だが、セシルにしてみれば自分たちは火の番もせず、のうのうと横になって眠っているのが申し訳無いのだと言う。

セレンみたいに割り切ってくれると楽なのだが、相手が最愛の婚約者ともなると、そうもいかないのだろう。

申し訳なさそうな表情で、チラチラとこちらを見てくる。

カイルはセシルが組んでいる手を、両手で包み込むように握ると、セシルに微笑みかける。


「俺は大丈夫だよ。セシルも知ってるだろ? あの両親に冒険者として育てられてきたんだ。これくらい何て事は無いよ。それよりも、セシルが疲れてしまう方が心配なんだよ」

「それはそうですが… いえ、私も見た目以上に丈夫なんですのよ? おそらくは、この傷のせいでしょうが… とにかく。私もカイルが疲れそうなのがイヤなのですわ。たぶん、これはお互いに思っている事でしょうから、カイルの方が折れて下さい」


セシルからの折れろ宣言が下されれば、カイルがどう頑張ってもその決定は覆ることは無い。

カイルはセシルの手を握ったまま、軽くため息を吐いて微笑む。


「分かったよ。じゃあ、一緒に火の番をしながら休もう」

「はい! ありがとうございます!」


満面の笑顔で返されてしまった。

そして、二人並んで座り、火の番をしながら小一時間ほど経ったくらいで、セシルがぴたりとカイルにくっついて来て肩に頭を乗せる。

どうやら体を休めるようだ。

でも、いくら火の側にいると言っても夜は冷えるものだから毛布を掛けようとしても、自分だけならいらないと言う。

いろいろと考えた末、カイルは毛布を羽織り近くの木に体を預けると、セシルに向けて腕を広げる。


「おいで、セシル」


始めは何の事を言っているのか分からなかったセシルだが、やっと意図を掴むと顔を赤く染めながらもカイルの胸に飛び込む。

カイルは開いた毛布を閉じるようにセシルを抱き留めるとセシルの髪に顔を埋めた。


「やっぱり、セシルは良い匂いがするな」

「うふふ、嬉しいですわ。 …それに、とても暖かい」

「さて、それじゃあ体を休めるとしますか。大人しくしてるんだぞ?」

「はい」


そして二人は目を閉じて体を休め、そして翌朝に至る。

目覚めた後、スッキリとした顔のセシルは超ご機嫌だ。

カイルの方もいつもと変わらない様子で朝食の準備をしていた。

しばらくするとセレンも起き出し、三人で簡単な朝食を取る。


「ねぇ、カイル。セシルが超ご機嫌なんだけど、何か心当たりはあるのかしら?」

「セレンが毛布を一セット忘れてくれたからだろ?」

「そうですね。セレン、貴方は良くやりました。カイル、これから野宿の時はあれで寝ましょう。私はその方がよく休めますの」

「ああ、そうだな」


すごく嬉しそうに言われると否定することができない。

これから野宿をするたびに、カイルは腕の中の柔らかくて暖かい、いい匂いと格闘しながら体を休めることに決まってしまった。

でも、案外自分も気に入ってしまったので、それは良しとしよう。


そして、朝食も終わり荷物をまとめると、カイル達はルテラ村に向けて出発する。

道のりは昨日と変わらず、起伏も大きくない道を、山の奥に進むイメージで進んでいた。昨日の男が再戦を求めてやって来るんじゃないかと索敵はしていたが、どうもそう言うことも無いようだ。

セレンの道案内や近道を使った事もあって、通常の行程よりも進みが早い。

やがて、深い森を抜けると、カイル達は崖の道に出る。切り立った岩の上に立ち、前を見ると眼前に広がるのは更に深い森と、その奥の方に小さく湖が見えた。

セレンが一歩前に出ると湖の方に指をさす。


「あの湖の近くに私の村があるの。この進み具合なら、夜になる前に着くかもしれないわね」


予定は三日かかるところを二日で到着するのだから、現地人の案内は必要だと再認識した。

そう思って出発しようとした時、カイルの索敵に反応が現れ、一旦動きを止めて集中する。


「敵ですの?」

「まさか、またアイツ?」

「いや、 …どうだろう? 反応が三つあるんだ。 …動いてないようだが、もしかして、俺たちを待ってるのか?」

「後で邪魔をされるくらいなら、今の内に叩いた方が良いと思いますわ」

「そうね。村に付いた途端に周りを巻き込んで来るかも知れないし、その前に大人しくさせた方が良いと思うわ」

「よし、じゃあ誘いに乗るとしますか。くれぐれも、警戒を怠らないようにしてくれよ」


そして、カイルたちは村へのルートを外れると、索敵に反応した場所へと向かう。

しばらく森の中を進むと、急に目の前が開けた。

そこは、大きさを測るのも諦めたくなるほどの巨大な円形の空間で、木も草も生えておらず、違和感しか感じないような空間が広がっていて、その中心に三人立っていた。

カイルたちはその三人に近付くと、カイルを見た男が殺気を漲らせる。

昨日の男と同一人物のようだが、装備を付けておらず、服はところどころ破れていて血が付いている。

カイルを見て興奮しているのか、目は血走ったように赤く染まり、口からは獣のように涎を垂らしていた。

しかも、鎖に繋がった首輪のようなものを付けており、その鎖は男の両側に立つ女性の一人が握っていた。

二人の女性は同じ軽装の装備に身を包み、真紅のマントを羽織っている。

この二人は、同じ顔をしている事から双子のようで、髪型と武器で見分けられそうだった。

ポニーテールの方が片手剣を腰に下げ、ストレートボブの方が両手剣を背中に吊るしている。

どう見ても、この女性二人が男を使役しているように思えた。


カイルたちは間合いの外で立ち止まると、それを見計らったかのようにストレートボブの女性が一歩前に出る。

そして、開いた片手を胸に当て、もう片方の手を腰の後ろに回すと、礼をするように

深く頭を下げる。

次にポニーテールの女性が一歩前に出ると、両腕を広げて声高に話し始めた。


「お集りの皆さま。本日はこの舞台をご照覧下さいました事、心より厚く御礼申し上げます。これより行われますは、魔法剣士と隻眼の姫によります、私たちとの死闘でございます。今後の舞台をご満足いただくためにも、この両名の実力をしかと見ていただければと思います。この度は、何卒最後までお付き合いいただけますよう、お願い申し上げます」

「ち、ちょっと、勝手に話を進めてるけど、私はどうするのよ!」

「そこのひな鳥はちょっと黙ってた方が良いと思うの」

「誰がひな鳥よっ!! くっ…」


会話に自分が含まれていないことに文句を言うセレンだが、ストレートボブの女性にひな鳥扱いされた事に言い返そうとすると、目で更に威圧された。

セレンが口をつぐむほどの威圧感とは、相当なものだ。


「この死闘は他でもない、とても高貴な方々も見ているの。だから茶番にはできないの。そちらも、死ぬ気で来た方が良いと思うの」

「そして、反則と魔法優位の差が無くなるように、このエリアの魔法力を全て消す! 勝負するなら純粋に力で来い!」


ポニーテールの女性が天高く手をかざすと、カイル達のいる円形の空間から魔法力が消え去った。

これで、魔法が使えなくなり、カイルたちの高速移動は元より、魔法剣も使えなくなってしまったが、一番の問題はセレンの攻撃手段が一切封じられてしまったことだ。

しかも、カイルたちがどう戦うか考える間も無く、女の手により男の鎖が外されると、興奮しきっている男は、右手に漆黒の剣を握り締めて、カイルを目掛けて突進してきた。


「この状況で戦うしかない! セシルはセレンを守ってくれ! そして、セレンは何か解決案を考えるんだ! 行くぞっ!」

「分かりましたわ! セレン! 私から離れてはいけませんよ!」

「魔法を使えなきゃ、私はただの子供だもんね。分かった! 何か考えるから、カイルはアイツらを足止めしてて!」


そして、死闘を繰り広げるための舞台が始まった。


カイルはわざとセシルから距離を取る。

それは、自分を囮にしてこの男を沈黙させるのが先だと感じたからで、あの二人の女性の強さが未知数である以上、確実にこの男を先に仕留めるべきだろう。

そして、男に気を取られている訳では無いが、女性二人も動き出しており、一人は男のすぐ後ろにいるし、もう一人はセシル達の方へと向かっている。


カイルは、自分に向かってくる男に対して同じように突進すると、男が武器を振り上げるのと同時に加速し、男の股下をくぐる。

そして、目の前に迫っているストレートボブの女性に向けて腰の剣を抜き、横に一閃する。女性は高く飛び上がってその斬撃を回避すると、カイルは女性を無視してそのまま走り出し、二人との距離を離してから止まった。

不意を突かれた男とストレートボブの女性は、方向転換するとカイルの方に向かって駆け出し、カイルは剣を構えてそれを待つ。

ストレートボブの女性の方が足が速く、あっという間にカイルとの距離を詰めると、両手で握っている大剣を振りかぶり、それを一気に振り下ろす。

カイルは体をずらしてその斬撃をかわすと、剣を握っていない方の手で殴りつけると、ストレートボブの女性はそれを片手で防ぐが、力負けしてそのままの勢いで飛ばされた。

すると、カイルはストレートボブの女性を追撃せずに、まだこちらに向かっている男に向かって駆け出すと、カイルの動きについて行くことのできない男のその頭部に、剣の石突を叩き付けた。

カイルからの速度の乗った攻撃に、悶絶した男がその場に崩れ落ちようとするその瞬間、男の首元に強烈な手刀を一撃入れて気絶させると、胸倉を掴んで思い切り投げ飛ばす。

それは僅か数秒の出来事で、まだこちらに向かって駆けて来るストレートボブの女性の方へと駆け出し、一気に距離を詰めるとその場で足を止めての斬り合いが始まった。


一方、セシルとセレンはポニーテールの女性に押され、ほぼ受けに回っている。

速さを活かした移動攻撃はセシルも得意とする技だが、実際に受ける立場になるとやりにくくて仕方がない。

しかも、セレンを守りながらでは攻撃に転じることも難しい。

徐々に後ずさりながら、相手の剣を必死で受けている。


「セレン! 難しいでしょうが、落ち着いて考えなさい!」

「そうよ! いろんな意味で難しいのよ! あー、もう! こんな手間の掛かることをさせるなんて、後でとっちめてやるから覚悟しておけよ!!」

「セレン! 貴女、言葉遣いができてませんわよ!」

「セシルには言われたくなーーい!!」


セレンも集中することができず、焦るばかりだが、実際に何をどうしろと言うのか。

とは言え、カイルとセシルから無茶なことを言われるのは毎度の事だし、結果としては何かを思い付いている事も事実だから、今回も絶対に何かを思い付くはず。

そして、セレンは脳内に一気に電流が流れるような感覚を覚えると、動かしていた足を止めた。

そして、考える。

セシルはセレンが足を止めたのを見て、何かを考え始めたのだと分かった。

ならば、この位置は絶対に死守しなければならない。

相手からの攻撃を止める事だけに集中できるようになったセシルの動きが良くなり、完全に受けに徹する事で相手の足を止めることに成功した。

セシルと対峙しながら、ポニーテールの女性が「チッ」と舌打ちをする。


その間、セレンの頭は高速で回転を始めていた。

基本的に、魔法とは周囲にある魔素を自分の体内に取り込んで、呪文と言う名の制御回路を組み上げて行使する。

そして、魔素は自分の体内にも存在しているのなら、できるかも知れない。

そして導き出された答えを口にする。


「使いたいところに無ければ、あるところから引き出せばいい。そう、自分の中から!!」


セレンが思い付いたのはカイルの行った実験だった。

何も使えない状況での戦闘を想定したカイルは、自分の闘気を使って戦っていた。

そう、自分の体の中にあるのは闘気だけじゃなく、魔素もあるのだ。

外から取り込めない分、自分の物を使うわけだから、使い過ぎると精神力に作用して昏倒してしまうが、加減を間違わなければいけるだろう。

いや、やらなければいけない。

やることが決まったセレンが動き出した。


「セレン!」

「レイズ!<我が動きは駿馬の如く!>『スレイプニル』からの、スルス・ウル!<我が一撃は巨人の如く!>『ジャイアント・キリング』」


セレンの声と共に体が淡く光ると、その姿が一瞬にして掻き消え、ポニーテールの女性が勢いよく吹き飛ばされると、そこには拳を振り抜いた状態のセレンが立っていた。


「さすがはセレンですわ。もしかして、自分の中の魔素を使ってますの?」

「当たり。カイルの話を聞いててよかったわ。でも、これでは長続きしないわ。 …さて、続きはどうしよう?」


すると、向こうからひと際高い金属音が響き、カイルとストレートボブの女性が刃を合わせて鍔迫り合いをしているのが見えた。

そして、少し離れたところには、気絶から復帰した男が石突で殴られた痛みに悶絶していた。

それを見たセレンが、何かを思い付いたように手をパンっと叩くと、ニヤリと微笑んだ。


「そうだよ! 何も、自分からじゃなくても良いんだ! …アイツは結構魔素を持ってそうだし、大人しくさせるためにも、やってやろう! セシル! その馬の尻尾をお願いね!」

「セレン! 無理をしてはいけませんよ!? それと、馬の尻尾ではなくてポニーテールですわ!」

「それは、わざわざ言い直す事なの!?」


セレンに殴り飛ばされたポニーテールの女性が、口元の血を腕で拭いながら立ち上がり、セシルが相手を見据えると、左手の剣を腰の鞘に戻して、右手の剣を相手に向ける。

そして、見合わせたようにお互いに向かって駆け出すと、機動力を活かした攻撃が始まった。


セレンは男の元へ疾走すると、途中で気付いた男がゆるりと立ち上がり、咆哮を上げてセレンへと向かう。

だが、セレンは自己強化中なので、この程度は何の障害にもなり得ない。

男が漆黒の剣を振り上げると、セレンは更に加速して男の懐に入り込むと腹部に鋭い一撃を食らわせる。

その衝撃に、体がくの字に曲がる男の顎を下から拳で突き上げると、男は体を一回転させてうつ伏せに倒れた。

そして、セレンは男の背に飛び乗ると、片手をその背中に置く。


「さぁ、私にアンタの持つ、ありったけの魔素を渡して昏倒しなさい!!」


まるで、悪者のように口角を上げて笑うセレンは、宣言通りに男から魔素を吸い上げる。男は言葉を発することも動く事もできず、グングンと魔素を奪われていき、やがて男の体がビクビクと痙攣すると、白目を剥いて気絶してしまった。

セレンは口元を緩めたまま、ゆっくりと男の背中の上で立ち上がる。


「あーっはっはっはー!! 補給完了!! さぁ、ここからが本番よ!! 私の姿に刮目しなさい!!」


セレンが声高らかに笑いながら叫ぶと、その背に漆黒の六枚の翼が現れる。

それは、セレンの子供の顔には似合わない、邪悪ささえ感じるような黒い翼だった。

一番最初に戦力から外れた少女が、一気に逆転して溢れんばかりの魔法力を漲らせ、声高に叫んでいるのを見て、ポニーテールの女性とストレートボブの女性は動きを止め、剣を下げてしまった。


だが、カイルもセシルもそれに対して追撃を行わなかったのは、どちらかと言えばセレンの姿に驚いていたからだった。

以前、セレンはスタミナ切れの件でセシルに翼の枚数を増やしたらどうか? とアドバイスを受けていたのだが、その時セレンは「ただの化け物になるから」と断ったのに、今は六枚の翼をこれ見よがしに出している。


…思い直したのだろうか?


思わぬ仕切り直しのような流れに、その場にいる全員が気まずい雰囲気になる。

男は背にセレンを乗せたまま昏倒しているため、ポニーテールの女性とストレートボブの女性は二人並んでカイルたちに向き合った。


「さて、これからどうするんだ? 仕切り直すのか? それとも一旦引くのか?」

「…待って欲しいの。今、考えてるの」

「何よ、想定外の事には対応しきれないの? ちゃんとしてよね? 仕掛け人なんでしょ?」

「黙れ、ひな鳥。ぴーぴー騒ぐな」

「だから! 誰がひな鳥なのよ! 勝手に変な名前を付けないで!」

「そうですわ! なら、せっかくですし、皆さんで自己紹介でもいかがですか?」

「セシルは本気で言ってるのか冗談なのか分からないのよ!」


セレンが自分の呼び名について憤慨していると、セシルがポンっと手を叩いてとんでもないことを口走る。

それに対して、反射的にセレンが反応してしまうのは仕方のない事だろう。


「ほら、ちょっと大人しくしてよう。ボブ子が考えに集中できないだろう?」

「…ボブ子、ってまさか私の事なの? なら、こっちは何て呼ぶの?」


考え事をしていたであろうミリアが、カイルからの妙な呼び名に反応し、ディアを指さす。


「ポニ子で良いんじゃないか?」

「巨乳と貧乳、もしくは牛とまな板でも良いと思いますわ」

「あのねー、見た目や身体的特徴を呼び名にするのは良くないと思うのよ」

「アンタ達がそんな事を言うの? なら、私のひな鳥ってのも、同じようなもんでしょ?」

「はん! ピーピー騒ぐだけのひな鳥ってのは、見た目でも、身体的特徴でもどっちでもないでしょ! だから、アンタはひな鳥なのよ!」


セレンが悔しそうに拳を震わせている。

カイルは二人の髪型を呼び名にしようとしていたのだが、セシルは胸の大きさで呼ぼうとしている。

ポニーテールの女性とストレートボブの女性はやれやれといった表情で頭を抱えていた。


「私たちに呼び名が必要なの?」

「俺たちの中で会話する時に、君らの呼び名が無いと不便だろ? 何とでも呼んで良いなら勝手に付けるけど」

「既に勝手に呼ばれてるじゃない! 何よ! ポニ子とかボブ子って!」

「そっちもでしょ! どうして私だけひな鳥なのよ! カイルとセシルはどうなってんの!」

「魔法剣士と隻眼の姫でしょ? その二人だけはまともそうな呼び名だけど、ハークロム様が付けたんだから仕方無いのよ」


何だか、話が違う方向に行きかけている。

ここで修正しておかないと、ハークロムが出てきそうだ。


「なぁ、本題に戻らないか?」

「そうね。どこまで話したかしら?」

「ところでポニ子、そこの男はとても強いの。本気を出してないのに、軽く私をあしらうくらいなの。だから、私たちの血に入れたら更に強い子が産まれると思うの」

「誰がポニ子よっ! まったく、アンタまで私をそんな名前で呼ばないで! …でも、ミリアが言うんだから間違いは無いみたいね。なら、その男を商品にして仕切り直すってのはどう? そうすれば、ちょうど二対二になるじゃない」

「ち、ちょっと待ちなさい!! カイルを賭けての争奪戦ってこと!? ...悪い事は言わないから、それだけはやめた方がいいと思うわよ?」


セレンがギョッとした顔をして、慌てて二人に考え直すように話しかけるが、どうやら、この話は元には戻せないようだ。

カイルを賭けて、死闘を繰り広げるように話が進んでいるのを、セレンが顔色を青くしながら必死で止めようとしている。

ポニ子とボブ子とセレンが言い争っていると、凄まじいほどの殺気が辺りを一瞬にして包み込んだ。

思わず息をのむポニ子とボブ子。

セレンは一目散にその場から走り去ろうとするが、体が言う事を聞かず、次第に目に涙が溜まってくる。

カイルですら逃げ出したくなるような殺気だから、普通の人なら既に卒倒しているだろう。


「…貴様ら、誰に断ってカイルを景品扱いしている? どうやら、直接体に教え込む必要があるようだな。覚悟しておけよ?」


殺気を漲らせるセシルがゆっくりと足を踏み出すと、カイルを除く三人が思わず一歩、後退りする。

そして、猛烈なセシルの殺気が一気に溢れ出すとともに、セシルが三人目掛けて突進する。


「牛とまな板はここで叩きのめす!!」

「ポニ子! やらないとダメなの!」

「ああ、もう! コイツを止めるわよ! ひな鳥も来なさい!」

「ち、ちょっと! 私まで巻き込まないで!!」

「セレン!! 貴様もかっ!!!」

「ひ、ひえぇぇぇぇ! 私は違うってば!!」


そして、女子四人の凄まじいまでの死闘が幕を開けた。

ブチ切れ中のセシルは、二本の剣でポニ子とボブ子の二人を相手取り、壮絶な斬り合いが始まる。

一対二での戦闘となっているが、狂戦士状態のセシルは難なく対処しており、一瞬の隙を突いたセシルは、右手の剣を離してポニ子の胸倉を掴むと、ボブ子を凄まじい勢いで蹴り飛ばした。

猛烈な勢いで転がされるボブ子を他所に、胸倉を掴んだままのポニ子に顔を近付けると、低く言い放つ。


「…まずは貴様からだ、牛。殺しはしないが、死ぬほど苦しませてやる」


そして、辺り一面に轟く轟音と共に、金色の雷光がセシルに向かって降り注ぐ。

いつのまにか、セシルもセレンと同じく自分の内部にある魔素を使って雷を呼んだようだ。

それから巨大な雷を幾度と無く落とし、ポニ子を感電させていく。

幾重もの金色の雷が轟音を轟かせ、数を数えるのも嫌になるほどの落雷の直撃を受けたポニ子は全身を黒焦げにされ、煙を上げながら意識を飛ばした。

そして、その場にポニ子を投げ捨てると、次にセシルは、蹴り飛ばした先であまりの凄惨さに腰を抜かしているボブ子を睨みつける。


「まな板。次は貴様だ。牛と同じように死ぬほど苦しませてやる」


恐怖のためか、体を震わせるが、助けを呼ぶための声も出せないようだ。

そして、セシルの体が一瞬で掻き消えると、ボブ子はもの凄い一撃を下から顎に食らい、そのまま上に吹き飛ばされる。

だが、その途中で足を掴まれると、勢いよく地面に叩き付けられた。

カハッと肺の空気が押し出され、息ができずに薄っすらと目を開けると、仁王立ちしたセシルがボブ子をまたいでいて、拳を振り上げている姿が見えた。

そして、一瞬の間を空けた後、降り注ぐ拳のラッシュに、ボブ子は身動きすることも、息をすることもできず、ただひたすらに殴られ続ける。

最後の一撃がボブ子の胸元に入ると、セシルが声高に言い放つ。


「爆発しろっ!!」


その言葉を言い終えた瞬間、ボブ子の胸元で大爆発が起こる。

背には地面、胸には拳があり、ボブ子の体はどこにも逃げることができない。

その状態での大爆発は、ボブ子にとってとどめとも呼べる一撃となり、まともに直撃を受けたボブ子は意識を飛ばし、そのまま動かなくなった。


「…次は貴様か? セレン」


ゆっくりとセレンの方を向くと、セレンは涙目で白旗を振っていた。

目を閉じて「はぁ」と大きくため息を吐いたセシルは、再び目を開くとカイルに向き直る。


「見ました? カイル。私、勝っちゃいましたわ! …これで、正式に貴方は私のものですの。 …もう二度と、誰にも邪魔はさせませんわ」


両手を胸の前で組んで、カイルに満面の微笑みを向けた。

常々、セシルだけは怒らせないように気を付けているカイルだが、この一方的な制裁を目の当たりにすると、更にセシルには優しくしようと心に決めるのであった。


カイルたちからだいぶ離れたところには、セレンにありったけの魔素を吸い取られ昏倒している男。

セシルの近くには、何度も落雷を受けて感電し、意識を失っているポニ子と、何十発も殴られ、最後には大爆発に巻き込まれて意識を失っているボブ子が横たわっている。

向こうの用意した手駒は全て撃退されたので、この舞台は幕を下ろしたのであった。



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「あははははははっ」


口元を押さえて、一人の女性が恥ずかしげも無く声を出して笑っている。

あまりに可笑しかったのか、目元にはうっすらと涙も浮かんでおり、腰にかかる程の美しい金髪の髪も、女性の笑い声と共に揺れていた。

目の前の水面に映る、先ほどのカイルたちの戦闘を鑑賞していた始まりの女神は、話の矛先がカイルの争奪戦に変わった辺りから笑みを浮かべて笑い始めていた。


「はぁー… あぁ、面白かった。久し振りにこんなに笑ったわ。ハークロム、今回の舞台の演目はなかなか楽しかったわよ? 次も期待させてもらうわね」

「お褒めに預かり、光栄でございます。 …ですが、お見苦しいところもお見せしてしまい、申し訳ありません」

「良いのよ。結果的には楽しめたのだし、あの子の弱みも見えたし… ね」


始まりの女神は、セシルがカイルの事で暴走したのを見て、セシルを何とかするためには本人ではなく、カイルに干渉すればいい事をこの演目で見ていた。

本来、女神の力を使えばすぐにでも実行できるというのに、それさえも行わずに流れだけを傍観し、必要であれば外力を上手く使って自分の思うところへと誘導する。

そんな手間さえも、永遠を生きる女神にしてみれば娯楽の一つなのだ。


「では、次に始まりの女神様にご覧いただく演目には、その辺りもご用意させていただきましょう。それが貴方様の望まれる事の近道になるかも知れませんので」

「そうね。じゃあ、お願いするわ。 …それと、あの二人の子にも何かご褒美をあげた方が良いんじゃない?」


ハークロムに微笑を向けると、胸に手を当ててハークロムが体を折る。

それを見て満足した始まりの女神は、霧が晴れるようにその姿を消したのであった。

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