第37話 やっと思いを伝えられる
やっと思いを伝えられる
戦闘が終了してセシルも落ち着いた頃、黒こげになっていたポニ子と、撲殺されかけたボブ子が意識を取り戻した。
回復の付与でもされているのか、二人の外傷は分からないほどに回復している。
「うぅ… 酷い目にあったわ」
「あの女、どうやら加減を知らないみたいなの…」
その二人の前には腕を組んだセシルが立っている。
二人はセシルを見ると、お互いに相手を守るかのように抱きしめ合い、セシルを睨む。
それは、たとえ自分が犠牲になろうとも、もう一人だけは必ず守り通す、そんな目をしていた。
「私は、貴女たちにそんな目で見られる理由が分かりませんわ。元はと言えば、貴女たちが勝手に始めた事ですのよ? 言っておきますが、私たちは貴女たちをどうこうするつもりなどありませんわ。この後どうするのかは貴女たちが決めなさい」
「…私たちを見逃すの?」
「どうして殺さないのよ」
「そんな事はカイルに聞きなさいよ。私たちに聞いたって答えなんて出ないわよ」
二人は怪訝な顔でカイルを見る。
カイルは何かを考えているようだったが、二人の視線に気付くと近付いてきた。
そして、カイルは少し困ったような表情をしたが、二人を見て優しく微笑む。
「そんなに不思議な話じゃないだろ? 単に俺がそうしたかったからで、特に他意は無いんだ」
「十分不思議な話だと思うの。怪しいにも程があるの」
「そうよ、私たちは貴方たちを殺しに来たのよ? なのに、その相手を生かす理由って何? 私たちに何の利用価値を見たのよ? って、もしかしたら、私たちに欲情したの!? そうか! そこの凶暴女とひな鳥だけじゃあ満足できないのね!?」
「それは好都合なの! 私たちなら、きっと満足できると思うの!」
ヘンに誤解した二人が、カイルに喰い付き気味な反応をするが、そのすぐ近くには隻眼の姫から凶暴女と改名された怒れる雷神が控えており、二人に強烈なまでの威圧を掛けてくる。
「貴様ら、また死の淵を覗きたいのか? それともただのバカなのか?」
「どっちかって言ったら、ただのバカなんじゃない? 学習しているとは思えないのよね」
「ふん! 私たちに酷い扱いをしたら、カイルに怒られるんじゃないの? そんなことも分からない凶暴女の方がバカなのよ」
「これは学習じゃなくて応用になるの。そんなことも分からないひな鳥もバカなの」
一瞬で悪くなる空気に加えて、四人からはもう少しで視認できそうなほどの殺気も漲ってきている。
このままでは第二回戦が始まってしまうと危惧したカイルが、四人の間に割って入る。
「仲が良いのは分かったから、そこまでにしてくれ。話を本題に戻したいんだが、良いか?」
仲が良いというところでは、四人が同じように頭を横に振っていたが、カイルの問い掛けには素直に反応した。
だが、依然として二人は警戒しているため、やれやれと肩を竦めてみせると、カイルは一旦二人から視線を外して、セシルとセレンの顔を見る。
その表情でカイルの考えを察した二人は、顔を見合わせると小さく息を吐き、仕方ないような顔で頷いた。
「まぁ、カイルも言い出したらセシル並みに頑固だからねぇ。 …私は構わないわ」
「あら、私はカイルの言う事であれば、迷わずに白でも黒と言いますわ。それに、カイルが訳も無くそんな事をするはずがありませんもの。 …私も異論はありませんわ」
「セシル、セレン、ありがとう。これは… 多分だけど、絶対に必要な事なんだと思う」
そして、再び二人へと視線を戻すと、まだ怪訝そうな顔をしているが、殺される心配は無くなったからだろうか、さっきと比べればだいぶ和らいでいる様にも見えた。
それでも、まるで沙汰を待つ罪人のように、こちらの表情を伺っている。
そんな状況の中で、カイルから発せられる言葉は以外なものだった。
「ポニ子とボブ子は知ってると思うけど、俺たちはハークロムと戦っている。 …いや、正しくは俺たちに干渉してくるのを止めさせようとしている。そのために二人の協力が必要だと感じたんだ。だから俺は二人を殺さない」
何を言ってる? と言わんばかりの表情を浮かべる二人は、次第に困惑の表情に変わるのは当然のことだろう。
何せ、カイルはディアとミリアにハークロムを裏切って自分たちに協力しろと言っているのだ。
こんな話を知られた日にはハークロムに始末されてもおかしくないだろう。
いや、ハークロムのことだから、このやり取りすらも想定内のはずだ。
「…私たちはどうすればいいの? 貴方の命令を聞くべきなの?」
「でも、大事な戦いにも負けてしまったし、このまま戻っても始末されるかも知れない。 …なら、この話を聞いた時点でハークロム様を裏切ったようなものだから、今の内にこちらへ来い、そう言ってるの?」
二人が困惑しているのは当然のことだが、可能性として一番高いのが戻った先で始末されることだろう。
ハークロムも言っていたが、この戦いは大事な観客が来ていた。
そんな大見せ場だったのに、予想に反して負けてしまったのだから、その大事な観客とやらは激怒したに違いない。
その責任は取らなければいけないのだが、方法は一つだけだ。
それを受け入れるか、カイルの誘いを受けて反旗を翻すか。
選択は非常に重くて難しいものになった。
「いや、これは命令じゃないし、すぐに来いとも言わない。俺は一方的に話をしただけだから、どうするかは二人で決めてくれ。大体、ハークロムはそんなことで始末なんかしないだろ? 俺たちも長い付き合いじゃないけど、基本的に思惑から外れなければ何もしないはずだ。違うか?」
「違わないと思うの。でも、私たちに選択肢を与えるよりも、勝者の権限で私たち二人をカイルの奴隷にした方が早いと思うの」
「あっ! その手があったか。そうねぇ… 私たちなら、求められればいつでもどこでもすぐに好きにできるわよ? ねぇ、良いでしょう?」
二人はふざけたように言っているが、当人としてはどちらを選んでも代償を伴うのであれば、いっその事カイルがその決定を下してくれるのであれば「敗者」として受け入れることができる。
だが、その表現が悪かったのか、再びセシルからどす黒い殺気が漏れ始めていた。
この悪ふざけもそろそろ止めないと、本気でセシルが暴れ出しそうだったので、カイルは咳払いをすると、話を元に戻す。
「あまりふざけていると、刑が執行されるぞ? でも、二人とも選択が難しいことは理解したよ。確かに、どちらを選んでも外れなんだろうからな。だから、俺から提案として言わせてもらうぞ」
そう言ってカイルが提案したのは、まず二人は一旦戻ってハークロムの指示に従うこと。
そもそもハークロムは、カイルたちを始末するために三人を送り込んだ訳ではないと考えていた。
それは、これまで襲撃してきた奴らには共通点として、明確な殺意が無いからだ。
そもそも、カイルたちを抹殺することが目的であるならば、ハークロム自身が出て来ればいいし、わざわざカイルたちの力量に近しい者を送り込んでくる必要が無いはずだ。
つまり、現状のカイルたちの力量を測るために、刺客のような者たちが送り込まれてくると言った方が理解できる。
それならば、この二人もカイルたちと戦ったし、特殊な条件化での戦闘も見せることができた。
セシルの暴走がどう評価されるのかは分からないが、粗相をしているようにも見えないのであれば、殺されると言う選択肢は無いといえるだろう。
その話を聞いて、ディアとミリアは観客の話をすべきか迷ったが、カイルたちに余計な情報を入れるのもまずいだろうと判断し、まずはカイルの言う通り、主の下へと戻ることにした。
「分かったの。まずは一旦戻る事にするの」
「そうね。私たちも少し落ち着くために帰るわ」
「ああ、じゃあまたな。ポニ子にボブ子。念のために言っておくが、警戒は怠るなよ?」
「それと、あっちで転がってる男もちゃんと持ち帰ってよ?」
カイルが手を振ると、ディアとミリアはちょっとだけ顔を赤くしてそっぽを向く。
そして、足元に魔方陣が浮かび上がると、二人と男の姿が掻き消えて、再び辺りに魔法力が満ちてきた。
カイルたちは何だか分からない戦闘に巻き込まれたような感じだったが、一先ず区切りが付いたので、置いていた荷物を背負うと本来の道に戻り、ルテラ村を目指して再び森の中へと足を踏み入れた。
さっきの戦闘で無駄に時間を使ってしまったため、行程を急ぎながらも話題はさっきの二人の話になる。
「ねぇ、カイル。聞いてもいいかしら?」
「あの二人の事だろ? そうやって俺に聞いてくるって事は、セレンは分からなかった、って事か。じゃあ、セシルはどうだ? 何か感じるものは無かったか?」
「残念ながら私には何も感じませんでしたわ。ですが、実際にカイルは感じているのでしょう? 私たちと何が違うのかも分かりませんわ」
セレンを仲間にした時は、カイルとセシルは同じように「助けなくてはいけない」と心で感じたから手を差し伸べた。
だが、今回はセシルですら何も感じていない。
カイルたちと同じように感じることができるセレンでも、特に思うところは無かったようだ。
なのに、なぜカイルはあの二人を助け、協力してくれるように頼むのか、そこがセシルとセレンには分からなかった。
「これも新しい発見なんだろうけどな。 …ちなみに、あの二人は魔族だったけど、知ってたか?」
「は? 魔族? この人間界に? 何でまた、異種族が入り込んでるのよ。それに、魔族の特徴とも言える縦長の瞳孔じゃなかったわよ?」
「セレン。恐らくそれは変身能力ですわ。そこだけは私も聞いた事がありますの」
「セシルの言う通りだ。ちなみに、魔族の他にも竜族や妖精族、その他の種族も人間界にはそれなりにいるんだぞ?」
さすがにそこまでは知らなかったのか、セシルが足を止めて驚いている。
セレンは既に理解の範疇を超えたのか、驚く表情は見せないまでも、セシルと同じように足を止めた。
「まぁ、父さんと母さんからの受け売りだけどな。大体、何の目的があって人間界にいるのかもわからないし、第一俺たちにはそれを見分ける術がない。ただ、あの二人には、こう… 何と言うか… うん、やっぱり直感なんだろうな。それを感じるんだよ」
何かしらの目的があって、自分たちの住み慣れた世界からこっちの世界に来ているのだろう。
相手は本来の姿形を変え、人間界で活動するのに相応しい格好と、人と共存するために決まり事を受け入れて生活をしているのだ。
目立ってしまっては活動も制限されたり、警戒されたりして、本来の目的を達成できなくなるかも知れない、と言うのが主な理由だとも聞いている。
だが、異種族間交流ともなれば、いつの間にかお互いを好きになることで愛が芽生え、生活を共にするために種族の垣根を飛び越えると言うのだが、なぜか最終的には人間の暮らすところに落ち着くらしい。
単純に、人間が変身能力を持たないために、他の種族の生活環境に馴染めない事が大きな理由らしいのだが、この世界は想像以上に異種族間での交流が進んでいるのだ。
「リルブライト王、お父さんが言うんだから間違いは無いでしょうけど、ホントにそう言う事はあるのね。確かに、まだ知るべき情報ではないか。これが公にされたらパニックになるわよ」
「そうですわね。調べてみたら、実は自分の両親の片方は人間じゃありません、って言われたら、自分の存在意義を考えてしまいますわ。 …とは言え、両親の愛の元に産まれてきた事も事実ですし、実に奥の深い話ですわ」
「これまで黙認されていただけだからな。全てを公開するにはまだ早過ぎるんだろうし、言うにしても幾つか段階を踏んでからだろう」
森の中を歩きながら異種族間交流の話を続けているカイルたちは、やや開けた場所に出ると、先導するセレンが手を上げた事でその歩みを止める。
時間的にはもう少しで夕方になろうとしていた。
セレンは辺りを調べ始めると、一本の枝を折ってカイルとセシルに見せる。
「ほら。ここ、切り口がまだ新しいでしょ? 生木を切って乾燥させるために切ったのよ。だから、ここは村からそんなに離れてない場所だと思うの」
「そうか。ならここは、普通の人が歩いて往復できる距離って事だ。じゃあ、今夜はここで野宿して明日、村へ入るようにしようか」
「では、私とセレンで薪を拾いに行ってきますわ」
この場所は、小さいながらもうっそうと茂る木々が無く、空も見えるようなところだった。
最近誰かが歩いたような形跡も無いため、野宿するにはうってつけの場所だ。
カイルは早速かまどを作り始めるが、辺りには手頃な石が無いのでスコップで地面を掘り、その土を使ってかまどを作る。
しばらくしてセシルとセレンが薪を持って来てくれたので、火を起こして食事を作り、その後は食事を終えるとやや早い時間だが、明日に備えて眠る事にしたのだった。
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どこかの遺跡の一室。
淡い光が床から立ち上ったかと思うと魔方陣が現れ、そこに三人の姿が現れた。
そして、光と魔方陣が消えると目の前の扉を開き、どこかに向かって歩き出す。
石造りのこの部屋は、歩くと音が反響するような磨いた石で造られた広い部屋で、そこをコツコツと規則正しく響く足音は二人分、その後をズリズリと聞こえる耳障りなノイズは、誰かが引き摺られる音だ。
ポニーテールを左右に揺らし、毅然とした態度で颯爽と歩くディアと、その隣を少し眠そうな顔でストレートボブのミリアが並んで歩き、そのミリアの手はぐったりとして意識の無い男の後ろ襟を掴んで引き摺っている。
やがて、大きなドアの前に立つと、ディアは大きく深呼吸をしてノックする。
「ハークロム様、ディアとミリア、その他一名、ただ今戻りました」
「…入りなさい」
ノックしてから返事が来るまでの時間がとても長く感じるのは、あんなことを言われた後であれば仕方の無い事だろう。
でも、聞こえてきた声はいつもと変わらない感じがしたので「ほっ」と小さく息を吐くと、ドアノブをぐっと握り締めながらゆっくりと開く。
ドアを開けて真っ先に目に入るのは、執務机に向かって書類に目を通しているハークロムの姿だった。
ディアとミリアは男を入り口のところに置くと二人並んで足を進め、執務机の前で足を止める。
すると、読み終えた書類を書類受けに入れ、ハークロムが顔を上げた。
その顔はいつも通りの無表情で、今回の件で怒っているかどうかは分からない。
変に言葉を発して機嫌を損なうのは間抜けのすることなので、ここは何も言わずに黙っていることにした。
ミリアもディアの顔色を見て同じ事を考えたようで、大人しくディアに寄り添っている。
「ディア、ミリア。今回の件はお疲れ様でした。あの御方も大層お喜びで、二人に褒美を与えるようにも言われてます。二人は何か欲しいものなど希望はありますか? 無論、何でも叶えることを約束しましょう」
「…今回のことで、お喜びいただけたのなら、それでだけで十分な褒美です」
「あの御方のご好意を無下にしてはいけません。それこそ失礼に値します。 …ミリアはどうですか?」
「私たちは、特に何も要らないの。 …いえ、今は何も思い付かないの」
ハークロムがディアを見ると、神妙な面持ちでディアが頷いた。
これは、嘘偽りの無い気持ちで、ディアとミリアは殺されなければそれだけで良いと思っている。
その想いが伝わったのか、ハークロムは怪訝そうな表情をして口を開いた。
「何か、勘違いをしているようですが、私は貴女たちをどうこうすることは考えてません。先ほども言いましたが、あの御方にお喜びいただいたのです。それなのに処分する必要は無いでしょう? …それとも、彼からの願いを気にしてますか?」
思わず、ディアとミリアの体が誰が見ても分かるように大きく反応してしまう。
ハークロムがそれを見て、珍しく声を出さずに口角を上げる。
それが逆にディアとミリアに恐怖心を植え付けた。
「わ、私たちは! …あの者に与するつもりは…」
「好きにしていいと言ってます」
「…え? ...ハークロム様。い、今、何と仰ったの…?」
「う… あ…」
突然のハークロムの話に、ディアとミリアは何がなんだか分からなくなり、言葉も上手く発せられなくなっている。
状況を理解することがこんなにも難しいとは、思ってもみなかった。
が、ハークロムはそんなことはお構い無しに、どんどんと話を進めていく。
「ふむ、今決めろというのは酷と言うものですね。分かりました。では、次の舞台までに決めてください。先ほども言いましたが、貴女たちがどうしようと構いませんし、彼らの元に行く事で、更に舞台が素晴らしいものになるのなら、その方が良いかも知れません。いずれにしても、二人で話し合った方が良いでしょうね。 …下がって良いですよ」
「は、はい。それでは、 …失礼します」
「ちゃんと… 二人で話し合うの」
二人はハークロムに頭を下げると、部屋を出て外に出る。
ドアを閉めて少し歩いたところでガックリと膝を崩し、二人ともその場にへたり込んでしまった。
「はぁー、死ぬかと思ったわ。 …これで、死が間近に感じたのは二回目になるのかしら」
「でも、ハークロム様も何を考えてるのか分からないの」
「次の舞台までに進退を決めろ、って事でしょ? …どうすりゃいいのよ?」
「でも、すぐに答えが出ないのは迷っている証拠なの。だから、もっとよく考えるの」
「はぁ」と大きく息を吐くと、ディアはゆっくりと立ち上がり、ミリアと共に自分たちに用意された部屋へと戻るのだった。
そして、部屋に戻るとミリアが思い出したように立ち止まる。
「ミリア、どうしたのよ?」
「アレを、ハークロム様の部屋の中に置き忘れてきたの」
ディアが「えぇ…」って顔をして、ミリアが「今更取りに行けないの」と諦める。
結局は、そのままにしておくことに決め、あの男がどうなったのかは、誰も知らないこととなった。
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明け方近く。
カイル達が野宿していると、遠目でカイルたちを見ている者たちがいる。
弓の間合いでも無く、人の目で見る距離だ。
つまり、攻撃をするつもりは無いが、気になるから見ていると言った感じだ。
当然ながらカイルは気付いているが、危険を感じていないため、あえて無視していた。
それに、ここで人がいるということは、セレンの村の人以外にありえないため、セレンが起きるまでは、こちらからの接触はしないことにしていた。
すると、カイルの胸に体を預け、右肩に頬を預けて眠るセシルが、身じろぎしてうっすらと右目を開いた。
「う… うん… もう、朝ですの?」
「ああ、森に囲まれてるからだけど、そろそろいい時間かな」
セシルがカイルの腕の中で伸びをすると、大きなあくびをする。
すると、セレンも同じようなタイミングで目を覚まし、むくりと起き上がった。
「似たような事を前にも言ってたけど、よく婚約者の腕の中で、そんな大口を開けられるわね」
「私も何度も言いますが、私たちは常に自然体ですの。取り繕うことなど何一つありませんわ」
セレンが眠い目をこすりながら、セシルにいつものような軽口を飛ばせば、セシルも持論を返してくる。
そこから続くやりとりを微笑みながら見ていたカイルだが、さっきの事をセレンへと告げる。
「セレン、そう言えば夜明け前に何人か俺たちを見に来た人がいたぞ? この辺で明け方にいる人間って言ったら、セレンの村の人で間違いないよな?」
「そうなの? 全然気付かなかったわ… って、こんなところに夜明け前に来るって何なのかしら? 警戒している訳でも無さそうだし…」
セレンにも心当たりが無いようだが、そのことだけを気にする事はできないため、まずは先へ進むことにした。
そして、しばらく歩くとまた森が開けているところに出た。
前の舞台と違う点としては、カイル達の目の前には、人の数倍はあろうかと思われる程の木材で村を囲うように壁が作られていたことだ。
入り口は一箇所のみで、槍を持った自衛らしき門番の男がいる。
カイルたちが近付くと、当然のように立ちはだかってきた。
「冒険者か? ここに来た目的を話してもらおう。それと村に入るためには通行税を支払ってもらうが、それでも構わないか?」
「そちらの見立て通り、俺たちは冒険者だ。ラモン村の村長の依頼でここに来たんだが、ここの村長にその旨を説明したいからお目通り願いたい。それと、通行税もちゃんと言い値で払うから安心してくれ」
大抵の冒険者は金銭を出すことに否定的だ。
もちろん、余裕が無いわけでは無いのだが、その金があれば飲み食いや娯楽に使いたいと考えている。
と言うのは、セレンから見た冒険者の第一印象らしい。
だから、通行税も払わずに済むならそうしたいし、村としてみれば貴重な収入源だから、交渉くらいはしてもいいと考えていた。
なのに、この冒険者たちは値段も聞かず、言い値でも大丈夫と言う。
「あんたら、本当に冒険者なのか?」
思わず、門番の男が怪訝そうにカイルたちを見て呟く。
すると、見慣れた顔を見付けた。
「!! お、お前… もしかして、セレンか!? …い、一体、何をしに戻って来たんだよ!!」
「そうよ。セレンよ。ここに来た理由は彼が話したでしょう? さぁ、分かったら通してちょうだい」
門番は驚く、二年前にここを追い出された少女は絶望に打ちひしがれて弱っていて、間違ってもこれほど逞しく希望に満ちた表情はしていなかった。
状況を掴み切れず、門番の男は軽い混乱に襲われているようだ。
「驚いているところ申し訳ないが、セレンは俺たちの大切な仲間だ。対応には注意してもらわないと困る。それと、村長への連絡は速めにお願いしたいんだが?」
「あ、ああ、すまなかった。 …じゃあ、村長を呼んでくるから、ここで待っていてくれ」
門番の男は、カイルからの問いかけで我に返ると、村長を呼びに村の中へと入っていく。
カイル達は言われた通りに村の入り口で待っていると、村の入り口にはだんだんと村の住民が集まってきた。
そして、こちらを見て何かボソボソと話している。
カイルたちの後ろでセレンの小さな溜息が聞こえたので、セレンの方に体を向ける。
「はぁ… ここは二年経ってても辛気臭いところは変らないのね…」
「セレンが出る前からこうだったのか?」
カイルの問いかけにセレンが頷く。
昔から、この村のみんなはどこか暗い顔をしていた。
村が森に囲まれていて、全体的に薄暗い感じがするのも原因の一つだと思うが、それ以前に生きることに対してどこか前向きではないと感じていたのだ。
近くの村まで歩いても三日かかるのに、戦力はまったくと言っていいほど増強しないため、村に盗賊などが入れば言いなりになるか、どこかに隠れて盗賊がいなくなるのを待つしかない。
そして、略奪され尽くされた村で細々と命を繋いでいる。
そんな村なのだ。
とは言え、ここはセレンの故郷だから両親と妹、友達だった人もいる。
何とかしたいと思うのは当然の事だろう。
セレンは、ムズムズしてきた気持ちを押えながら入り口に集まる人たちを見ると、そこには見慣れた顔が三つあった。
忘れもしない両親と妹だ。
だが、三人はセレンと目が合うと、目を伏せてその場から立ち去ってしまった。
動きが止まり、開いた口も塞がっていないセレンに気付いたセシルが、セレンの肩に手を乗せて小さく話しかける。
「あそこにいたのは、ご両親と妹さんですの?」
「…うん。でも、良く分かったわね」
「周りの人と違う表情だったからな。すぐにわかったよ」
「そうですわね。娘が無事に生きていてくれた事の安心と…」
「俺とセシルの素性を知らないから、セレンと一緒にいさせて大丈夫なのか? って不安な気持ち、と言ったところだろうな」
「自分の手で捨てておいて… ずいぶん勝手な事を思ってるのね」
セレンが俯いて足元の小石を蹴飛ばすと、村の入り口から門番の男が、村長らしき人物と一緒に出てきた。
かなり年配の男性で、見た感じだと六十歳を超えていると思うほど、その顔には皺が深く刻み込まれていた。
眼光も朧気で、杖を突きながらやっと歩くような状態だ。
「これは冒険者殿。ラモン村の村長から話を聞いてきたと伺いましたが、間違いはありませんか?」
「その通りだ」
「では、失礼ながら隻眼の姫であることを、証明していただけますかな?」
「断る」
「…はて。では、私は何をもって、あなた方を当人だと判断すればよろしいですかな?」
「必要無い。ハークロムが言ったんだろうが、この件は俺たちが対応する。もちろん、報酬も必要ない。そちらは我々が誰であろうと、この問題が解決すれば良いのでは?」
セシルを見世物みたいに言われ、思わず殺気が出そうになったが、何とか押えた。
カイルの後ろではセシルがカイルの服を掴んでいるし、セレンも真後ろで杖をカイルの背中に押し当てている。
暴走するな、と言わんばかりの対応だ。
カイルもちょっと落ち着くために、小さく息を吐いた。
それに合わせて、後ろの二人の緊張感も和らいだような気がする。
「分かりました。しかし、報酬は必要ないとなりますと、何か対価を差し出す必要がありますな。何か要望はおありですかな?」
「ああ、ある。依頼を達成した時の俺達の希望は、セレンの願いを聞く事だ」
「…セレンの願いを聞く… ですか」
「まぁ、無理難題では無いはずだから、まずは聞くだけでいい。その後の判断は任せる」
「分かりました。それなら良いでしょう。では、こちらの話を聞いていただけますか?」
そして、村長の家へと移動すると、この村で起こっている現象についてカイル達に話し始めた。
大枠としては、ラモン村で聞いた内容と特に差異はなく一致する。
だが、他に目新しい情報も特に無かったので、それ以降は魔物の討伐についての話し合いをする。
その結果、明日討伐に出ることに決めたので、本日の話し合いは終わりとなった。
村長の家を出ると辺りは日が暮れかかっていたので、カイルたちは村を出てちょっと離れたところで野宿の支度に取り掛かる。
セレンに荷物の番とかまど作りを頼むと、その間にカイルとセシルは狩りに出かける。
猪を三頭ほど狩り、近くの川で解体してからセレンの元へ戻ると、お湯を沸かしてくれていた。
「ねぇ、猪三頭って多過ぎない? 一体、何日分の食糧を確保する気なのよ?」
「いや、こう言うのは多い方が良いだろ?」
「多い方が良いだろう? じゃないわよ! こんな時間から保存食を作るとも考えられないってことは、食べるんでしょ? いくらなんでも三人だけじゃ食べ切れないと思うよ?」
「セレン。ここはカイルに任せておいた方が良いと思いますわ」
そう言いながら、三人では食べきれないほどの料理をカイルが作っていく。
野宿での料理だから基本的には焼くことが多く、煮るのは水も時間もかかるため、カイルもあまりしないのだが、今回はなぜかスープも作っている。
ただ、どれも量が多いと思うのはセレンだけのようで、カイルも当たり前のように作っているし、それに対してセシルも何も言わない。
やがて、大量の料理ができると、カイルがセシルと一緒に立ち上がる。
「セレン。俺はこれから星を見ながらセシルを口説いてくる。だから、先に食べててくれ。もちろん、全部なくなっても構わないからな」
「ち、ちょっと待ってよ! 何? 二人でどこ行くのよ!? 私一人でこんなに食べ切れるわけ無いじゃない!」
「セレン。私とカイルはしばらく戻れませんわ。いえ、戻る気はありませんわ。だから、気兼ねなくゆっくりして下さいね」
そう言うと、セシルは辺りを見渡して、それからセレンを見る。
そこまでされればセレンだって気付く。
「ふう」と息を吐くと、カイルとセシルに顔を向ける。
「分かったわ。この食事は私が責任をもって片付けるから、二人はあっちでいい事してきなさいよ。しばらく戻って来るんじゃないわよ!」
カイルとセシルはセレンに微笑みかけると、そのまま森の中へと姿を消した。
しばらくして、セレンは焼いた肉にかじりつき、モグモグと食べながら、
「…いるのは分かってるんだから、そろそろ出てきなさいよ」
すると、森の中から男が一人と、女が二人出てくる。
そして、セレンの前で立ち止まると、地面に座るセレンの前に座り込んだ。
「父さん、母さん、カレン。 …久し振りね。元気そうで何よりだわ」
「セレン… 私たちは、お前に酷い事をしてしまった。許してくれとは言わないし、恨んでくれても構わない。私たちも後悔しない日は無かった。でも、お前は生きていてくれた。言えた義理ではないが、本当に良かった…」
セレンの目の前で、父親が涙を流して想いを語ると、母親も妹も同じように涙を流し、俯いていた。
「…私の場合は生きる事に必死だったから、恨む余裕なんて無かったわよ。 …毎日、どうやって生きていくか、どうすれば死なずに済むか、それだけで精一杯だったわ。でも、今はもう違う。あの時私が捨てられたから、今の私があるの。私もやっと自分の居場所を見つけることができたの。だから、私の事は心配しないで」
セレンが微笑むと、家族は驚いたように顔を上げる。
まるで信じられない、と言った表情だが、それは紛れも無い事実だ。
セレンは捨てられた事によって、結果的にカイルとセシルに出会った。
この二人は、セレンの全てを受け入れてくれるし、絶対に否定をしない。
何よりも、全面的に信頼してくれる。
これほど嬉しい事は無い。
だから、セレンもカイルとセシルを絶対的に信頼している。
「最近は特に感じるの。あの二人が私をもの凄く信頼してくれていて、平気で命まで賭けてくれるの。だから、私も二人を信頼しているし、二人のためなら命だって賭けられるの。出会ってまだ半年も経ってないけど、もう何十年も一緒にいる感じがするのよ」
「…そうか。セレンにも本当の仲間を見つけられたのか。 …本当に良かった」
本当に嬉しそうに話をする娘に、家族の皆が救われていた。
だが、この笑顔を得るまでには、様々な事があっただろう。
その原因を作ったのは自分たちなのだから、自分たちは罪を償わなければならない。
でも、どうすれば良いか分からない。
「娘がやっと幸せを掴んだけど、それに至るまでの出来事を悔やんでて、何か償わなければならない、でもどうすれば良いか分からない、って思ってるでしょ?」
セレンが「ふふん」と胸を反らし、家族を見る。
相変わらず暗い顔をしてるが、ちょっと前までの自分も同じようなものだったと思うと、あの二人に出会えたことは本当に感謝すべきだと思った。
そして、目の前にいる家族にも、笑顔が戻るべきだと思い、セレンは口角を上げる。
「いいわ。なら、私が罰を与えてあげる。それならいいでしょ?」
「ああ、そうしてくれ。私達もその方が良いと思う」
「分かったわ。じゃあ、覚悟なさい。 …いい? 罰として、この料理を全て食べ切る事!
残しちゃダメよ? せっかくカイルが作ってくれたんだから。大丈夫、私も手伝うから、さぁ食べましょ?」
呆気にとられる家族を横目に、セレンはガツガツと食べ始める。
「やっぱり、カイルの料理は美味しいわ。ほら、カレン。貴方も食べなさい。まだ育ち盛りなんだし、食べないと出るとこ出ないわよ?」
「ね、姉さん… 何を言ってるの? …でも罰なんだし、いただくわ。 …え? ホント、美味しいわ。ほら、父さんも母さんも食べて」
カレンが串に刺した肉を二人に渡すと、二人とも観念したように食べ始める。
そして、本当に美味しそうに食べるのだった。
しばらくの間、ポツリポツリと会話をしながら食べていると、父親が口を開く。
「本当に美味しい料理だが、私たちはいただいても良かったんだろうか?」
「何を今更言ってるのよ。あの二人が気を遣ってくれてるんだから、悪いと思うなら残さずに食べてちょうだい。残したら、私が全部処理しないといけない約束なのよ?」
「本当に、良い人たちに巡り合えたわね。母さんも嬉しいわ」
「うん。私も姉さんが羨ましいわ」
「まぁ、結果論だけどね。 …さっきも言ったけど、あの二人は私の力も私の事情も全て知った上で接してくれている。全面的に信頼してくれているし、裏切ることもしない。だから私は幸せなの」
夜空を見上げ、セレンはこれまでの出来事を思い出すかのように目を閉じる。
小さく息を吸い込み、それを吐き出すと、目を開いて家族を見る。
先ほどまでとは異なり、だいぶ表情も柔らかくなっているようだ。
家族と話をすることができて、想いを伝えることができて、本当に良かった。
そして、カイルとセシルに心の中で感謝すると、家族に対して宣言した。
「だから私は、これからもあの二人と一緒にいる。もう、ここには戻らない。だから、みんなも私の事は思い出の中にだけ留めておいて、新しい道を歩んで欲しいの」
まっすぐな目で見据え、想いを言い切った。
家族はまた涙を浮かべると、セレンのところに集まり、みんなで抱き合って涙を流した。
それは、悲しみの涙ではなく、これから歩み始める新しい道への、期待と喜びの涙だった。
ひとしきり泣いた後は、セレンが大きく声を上げた。
「さぁ、まだ料理が残ってるから、最後まで食べるわよー!!」
それから夜が更けるまで、家族四人の楽しい団欒は続くのであった。
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