第38話 いろいろと謎が繋がる

いろいろと謎が繋がる



翌朝。


「うーん… もう… 食べられない…」


カイルとセシルが戻ってくると、セレンが焚火の側の毛布の上で仰向けに寝転び、膨らんだお腹をさすっていた。

辺りを見てみると、カイルの用意した食材はきれいに無くなっており、きれいに後片付けもされていた。


「凄いな。本当にあれを全部食べたのか」

「セレンのお腹があれですもの。恐らく皆さんも同じような感じなのでしょうね」


カイルとセシルが笑いながらセレンを見ていると、仰向けになりながらセレンが微笑む。


「二人のお陰で楽しく過ごせたわ。 …本当にありがとう。家族も二人にお礼を、って言ってたわ」

「そうか、セレンが喜んでくれるなら俺たちも嬉しいよ」

「家族と和解できたんですの?」

「そうね。どこにいても、何をしてても親は親、ってのが分かったわ。確かに、私は家族として愛されていたのよ。 …あんなことがあったとしてもね」


家族との団欒で、セレンは両親と妹の言葉から自分を心配し、追い出してしまった事への後悔の念を感じていた。

あの時の状況では、セレンの追放を自分たち家族だけ反対することはできなかったのは、これからの生活もあるし、自分たち夫婦だけならまだしも、幼いカレンのためでもあった。

家族全員を犠牲にすることはできない、と、これから一生恨まれる覚悟でセレンを犠牲にしたと言う。

その後、カレンに「お姉ちゃん一人を犠牲にして私だけが幸せになんてなれない。家族全員で追放されるべきだった」と大泣きされたとも言っていた。


「結果は良好ってところだな。何にせよ、セレンと家族の問題は解決の方向に進んでると見て間違いは無いだろう。 …本当に良かったな」

「では、次に仕事の話ですわ」

「! そうだった。私たちは仕事があったんだよね。ゴメン、忘れてたわ」


セレンは、小さな握り拳で自分の頭をコツンと叩く仕草をすると、真剣な表情に変わる。

そして、辛そうにしながらも体を起こし、カイルに向かって問い掛けた。


「で? ある程度の目星は付けてきたんでしょ?」

「ん? どうしてそう思うんだ?」

「だって、ホントにいちゃいちゃしてたわけじゃないでしょ? それくらい、私にだってわかるわよ」

「そうですわね。目星、と言うよりは拠点を見付けましたわ」

「は、速っ!!」


セシルの話を聞いて、セレンは反射的に突っ込んでしまったが、その後は口を開いたまま動かなくなった。


「セレン?」

「あれ? 動かなくなりましたわ? …では、失礼して…」


セシルは右手の人差し指をセレンの左肩に近付ける。

そして「えいっ」と、可愛らしい声を掛けると、その可愛らしさとは裏腹に、セシルの指から見えるほどの電気が迸る。


「あだだだだだだだだっ!!!!」

「おおっ!!」

「セレンが変な声を出しましたわ!」

「い… 痛ったぁーーー… もぉーーーっ!! 変な声が出たのは誰のせいよっ!! あー、痛かったー… まだビリビリするわー」


セレンが放電を受けた左肩を涙目で擦っているのだが、よほど痛かったのか、まだ擦っている。

とりあえず、セレンが動き出したので、カイルも話を元に戻す。


「それで? 何で口を開けたままで固まってたんだ?」

「え? ああ、それね。だって、カイルたちが拠点を見付けたけど、何もしないで戻って来たって言うから驚いたのよ。何でそのまま帰って来たのよ」

「それには二つ答えがありますわ。一つは、セレンがいなかったからですわ。私達だけで終わらせてしまったら、後で絶対に文句を言い出しますもの。 …それと、もう一つは肝心の蛇がいなかったからですわ」

「で、その蛇がいなかった、と。まぁ、二人がいないって言うんだから、本当にいなかったのね。 …でも、そこが探している蛇のいる場所だって、どうやって結論付けたのよ? だって、いなかったんでしょ?」


セシルの言葉に、セレンはラモン村の村長が言っていたことを思い出した。

だが、腑に落ちない点もある。

それは、場所の特定だ。

この二人の言うことを疑う訳ではないが、蛇の痕跡を見付けるのはとても難しいと聞いたことがある。

他の魔物であれば、生態などの記録をギルドで見ることができるのだが、蛇に関しては目撃情報を元に捜索するのが一般的だ。

村の連中が敵の場所を知っているとも思えない。

セレンが限られた情報の中で内容を整理していくが、うまく繋がらない。

頭をひねって考えていると、セシルが笑いながら話す。


「さすがのセレンでも、これだけの情報ではまとめ切れませんわ。これは後から説明しますので、話を戻しますわよ?」

「うーん、そうね。じゃあ、後から聞くことにするわ。それで、いないってことはどこかに行ってるのかな?」

「それが分からないんだ。かなり広範囲での索敵にもかからないから、いるなら相当遠くにいるんだろうな。いずれにしても、これから行くんだから、セレンも確認してみてくれ」

「二人の索敵にも掛からないなんて、何かがおかしいような気がするわ」

「それに関しては、私とカイルも同意見ですの。ですが、まずは腹ごしらえですわ」


セシルがパンッと手を叩き、この話を一旦切る。

それから、三人で朝食の準備を始めるのだが、昨日の猪の肉は既に無くなっているため、カイルたちは戻ってくる途中で何匹かの鳥を捕ってきたようだ。

しかも、既に解体済みなのですぐにでも調理ができる状態だった。


「凄いわね。私たちが本当に全部食べ切るのを想定した上で、獲物を獲ってきたのね」

「うふふふ、私たちもいろいろと考えてますのよ?」

「セレンのことだからな。絶対に食べ切るって分かってたよ」


やっぱり、この二人は自分のことを誰よりも良く知っていると思った。

もしかしたら、本当の両親や妹よりもセレンの事を理解しているのかも知れない。

この、お互いに自然体で分かり合えるという感覚が、今のセレンには堪らなく心地良いものだった。

自然と零れてしまう笑みに、セレンが張り切って朝食の準備を手伝う。


だが、今朝の朝食は鶏肉の串焼きで、空腹ならばその匂いで間違いなくお腹が鳴るのだが、今のセレンは昨日の夜に食べたものがまだ残っていて、こんなに重そうなものを朝から食べる気になれなかった。


「昨夜はたらふく食べたようだけど、セレンも食べるか?」

「…いいえ、私は遠慮しておくわ。昨夜食べ過ぎちゃったし、まだお腹に残ってるのよね」

「だらしないですわね。内蔵もちゃんと鍛えておかないと、いざと言う時に生き残れませんわよ?」

「まぁ、そう言うと思って、葉野菜も幾つか取ってきたんだ。セレンにはサラダを作ろう」

「ありがとう、助かるわ」


セレンに話しながら、セシルが鳥の串肉をガツガツ食べている。

その姿は豪快で、実にいい食べっぷりなのだが、一国の姫が串に噛付いている姿は、セシルの正体を知る冒険者が見たら軽く混乱しそうな姿だった。


「朝からそんなにガツガツ食べられるセシルが羨ましいわ」

「お母様が言ってましたの。よく食べるといろいろと大きくなるのですって。だから、セレンも頑張って食べた方が良いと思いますわよ?」


セレンがカイルの用意してくれた野菜を口に入れながら「うわぁ…」って顔をしてセシルを見る。

一通り、セシルとセレンの絡みを眺めていたカイルも、串肉を食べながら昨夜のことについていろいろと聞いていた。

そして、簡単に食事を済ませると、カイルが立ち上がる。


「さて、そろそろ動こうか。事の詳細については歩きながら話そう」


セシルとセレンは揃って頷くと、三人で後片付けをしてから荷物を持ち、森の中へと入っていく。


「昨夜、セレンと別行動を取った俺たちは、昼間仕掛けた罠を見に行ったんだよ」


罠と言うのは、村長の家で「討伐は明日にする」と言った話の事だ。

カイルたちはルテラ村が襲撃されるにあたり、誰かが様子を見ているんじゃないかと思っていた。

巨大な蛇が訪れて、住民がギリギリ生活できる程度に暴れていくのは、いろんな意味で調整されているようだと、ラモン村の村長も言っていたからだ。

ならば、誰かがルテラ村で監視していて、襲撃をする日程や内容を決めているんじゃないかと考えたのだ。

だから、村長のところで討伐の話をすれば、その監視人は必ず動くはずだと、そう考えて索敵をしながら村の入り口で待ち構えていると、見事に索敵が反応した。


それは、村の入り口ではなく、そこからちょうど反対側の柵のところだった。

その場所へ行ってみると、そこは柵と森の距離が目と鼻の先くらいの距離のところで、その柵の一部が開いて誰かが出てくるところだった。


「柵の一部が偽装された扉になっていましたの。まさかそこから出入りしてるとは思いませんでしたわ。でも、森との距離もすぐですから、場所的には最適なのでしょうね」

「村人には内緒で、誰かが何かのために作ったんだろう。おそらくは関係者しか知りえない仕掛けだと思ったから。俺たちはそいつを尾行したんだよ」


その仕掛けから出てきた人物は女のようで、普通に村娘の格好をしていた。

服装もスカートを履いており、とても森の中を歩くような恰好ではないのだが、森の中へ入る前に周りを見渡し、誰も見てないことを確認すると森へと姿を消した。


「まぁ、普通の人間でカイルとセシルの気配に気付ける訳も無いわよね」


そして、話をしながら一時間くらい歩くと、森が切れて岩山が出てきた。

その岩肌をなぞるように回り込んでいくと、先導していたカイルが足を止める。

そして、セレンの方を向くと、前方の方を指さした。

カイルが何も言わないと言う事は、声を出してはいけないのだと理解し、慎重にカイルの前に出て指し示す方向を見ると、ちょっと離れたところに冒険者風の男が二人立っていた。


それぞれ違った装備に身を包み、まるで見張りのように時折左右を気にしている。

そして、その二人の男の後ろにちょっと小さ目な洞窟があるのを見付けた。

男の身長から見て、その洞窟は屈まないと入れないくらいの狭さで、とてもではないが簡単に入れるようには思えない。


「ああやって見張りを立ててる時点で十分に怪しいわ。やっぱり中には何かがあるんだろうねぇ」

「セレンの考えが正しいと思う。索敵しても中に人がいるみたいなんだが、大蛇と呼ばれるような存在は無いんだ。今も人サイズの反応しかない」

「だから、直接中に入って確認をするのですわ。昨日の探索はここまででしたの」


セレンが頭を引っ込めて三人で小声で話す。

カイルとセシルは直接中に入って確認した方が良いと考えているようだが、もちろんセレンも同意見だ。

ただ、問題はあの狭そうな洞窟内では風や雷などの使用制限がかかることだろう。

セレンのルーン魔法はどこでも使えるが、カイルたちは洞窟のような狭い場所では、得意とする魔法が十分に使えずに苦戦している。


だが、そこで考え出されたのが、セレンの提案した魔法力を具現化して持って行き、そこから魔法力を取出して行使する、と言うものだ。


「いよいよアレの実践導入、ってところかしら?」

「私たちは模擬戦闘で、ある程度は使ってましたわ」

「なんだ。じゃあ、その辺は心配しなくても良いのね? なら、早速やっちゃう?」

「ああ、そうしよう。だがまずは、紳士的に挨拶に行こうじゃないか。あの洞窟は出入り口が一緒で、他に抜け道が無いのは確認済みだからな」


カイルは昨夜の時点で風を使い、洞窟内の抜け道を探したが、入り口らしき穴以外に道は無かった。

少なくとも、人が通れるサイズの空気の抜け道は無い、と言う事だ。


「へぇ、風を使える事って便利なのね。私も覚えてみようかな?」

「セレンならすぐに覚えそうですが、悪戯に使っちゃいけませんよ?」


他愛もない会話をしながら見張りの男たちのところへと進むと、男たちはすぐに武器を抜いて警戒する。

だが、まさかここに人が来るとは思わなかったのか、カイルたちが近付くにつれて極端に動揺していく。

そして、男二人の目の前でカイルたちが足を止めた。


「お、お前ら、どこから来たんだ? ここに何しに来た!」

「落ち着いてくれ、俺たちは冒険者だ。君らも同業者なんだろ?」

「こ、答えろ!!」

「だから、落ち着いてくれと言っているんだ。 …そもそも冒険者に「何しに来た?」は無いだろ? 未知を求めて冒険してるんだよ。そもそも、依頼じゃなくても自由に動き回れるのが冒険者だろ? そっちこそ、そんなとこで何してる? その穴は何だ? 中に誰かいるのか?」

「繰り返すぞ!! お前らは何者で、ここに何しに来たんだ!! 答えないと殺すぞ!!」


男たちの動揺は益々エスカレートしていき、二人とも握った剣をいつ振り上げてもおかしくは無い様子で、こちらからの問いかけには何一つ答えず、カイルたちへ何をしにどこから来たのかを繰り返し聞いて来るばかりで話にならない。


「カイル、このような輩とは、話をするだけ時間のムダですわ」

「これは、強引に押し通った方が良いと思うのよね。ちゃんと話を聞くって事を、教え込んだ方がいいんじゃない?」

「二人とも慌てないでくれ、もう少し待っても良いんじゃないか?」


カイルは再び男たちの方に向き直り、今度は殺気を纏わせて睨み付けると、男たちはその眼光に息をのみ、その場にへたり込んでしまった。

それを見たカイルは纏う殺気を霧散させると、セシルの方を向く。


「セシル。この二人をビリッとやって気絶させてくれないか? 無礼を働いた分を加味してさ」

「うふふふ、全ては貴方の仰せのままに」


胸に手を当てて腰を折るような仕草で優雅に礼をすると、セシルはカイルの前に立ち、へたり込んでいる男たちを見下ろす。

そして、軽く開いた手を男たちに向けると、一気に放電した。

バリバリと雷特有の派手な音を鳴らし、見た目以上に強力な電撃を受けた男たちは、声を上げることもできず、その場に昏倒する。

セシルは、時折ビクビクと痙攣する男たちを見下ろしたまま、にっこりと微笑む。


「多少の手加減をしましたが、数日は眠ったままですわ」

「カイルも気を付けた方が良いわよ。あのビリビリは本当に痛いから」

「し、失礼な! カイルにそんなことはしませんわ!」


自分の両肩を抱くようにしながら震えるセレンに、セシルが憤慨している。

カイルは昏倒している二人の男を見て、改めてセシルは怒らせないようにしようと誓うのであった。


「それにしても、外であれだけ騒いだのですが、誰も出てきませんのね?」

「相当深いんじゃない? もしくは狭いから音が届かないのかもね」

「じゃあ、入ってみるか。 …それと例のヤツも実践導入してみるから、二人とも準備してくれ」


そして、それぞれが魔法力を集めて具現化を始める。

この作業には詠唱も何もいらず、必要なのは明確なイメージと、それを維持し続ける想像力だけだ。

セレンは相変わらずの漆黒の翼、カイルとセシルは装備している鎧の上から、更に防具を付けたような半透明で薄く輝いているオーバーメイルだ。

カイルは、周りから見ると異様な姿に、恥ずかしさを覚えながらも必要なことだと諦める。


「…よし、じゃあ行こう。入り口は狭そうだから注意してくれよ?」

「セレンは立ったままでも入れそうですわね。羨ましいですわ」

「セシルこそ、お尻が引っ掛かって入れないんじゃないの?」


そんな、仲の良い二人のやり取りを見ながら、カイルが最初に穴へと入っていく。

しゃがまないと入れないような入り口に入ると、遠くに光が見えたのだが、どうやらそこまではこの体勢で進まなければならないようだ。

進むのに邪魔なため、セシルと二人で剣を腰から外す。

中は奥から光が見えるため、灯りが無くても何とか進めるくらいだった。

そんな中、狭く細い道はしばらく続き、ようやく光の漏れているところに着くと、そこは巨大な地下空間が広がっていた。


通路から体を出して体を伸ばし、改めてその空間を見ると、小さな村なら丸々1つは入るくらいの広大な広さだった。

そして、その空間には色々な物が置かれており、見た限りでは数十人はいるであろう人間は、ほとんどの者が白い衣服に身を包み、口元も白い布で覆っていた。

その人達は、何かを観察して記録したり、誰かと話し合いをしたり、飼育している動物に餌を与えたりしていた。


「ここは… 見た感じは研究者… だな。じゃあここは実験場ってとこか。でも、これらの資材はどこから搬入したんだ?」

「たぶん、どこかに結界が張ってあるのだと思いますわ。そして、人は私たちが通ってきたあの狭い通路を通っているんですのよ」

「それにしても、誰も私達に注意を払わないのね。 …ここの人達、大丈夫なのかしら? 危機感そのものが欠如してるのかな?」


カイル達が入り口を通り、この空間の中に入り込んだのは、多くの人が目撃しているはずなのに、誰も何を言うことも無く、黙々と自分の作業をしている。

中でも、カイル達の注意を引き付けたのは、この前相手にした巨大な熊の魔物が余裕で入りそうな大きさをしている半透明の浴槽のような形をしたもので、それは何かの液体で満たされており、しかも中には何かが入っていた。

その周りに何人も白衣の人が集まっていて、観察しているようにも見える。


「なぁ、セレン。危機感の欠如じゃなく、アレを見るのに夢中になってるんじゃないか? アレが何かは分からないけど、こんなところに隠しててる時点で、まともなもののはずがないだろ?」

「さて、どうしましょうか。一人くらい攫ってきますわよ?」

「セシルが物騒な事を言うなんて珍しいわね。大丈夫だと思うわよ? ほら、言わなくても向こうから誰か来たもの」


セレンが指をさす方向から、白衣の女が一人でやってきた。

口元を隠しているから表情は分からないが、目だけを見ると怒ってるように見える。


「ちょっと貴方達、一体ここで何をしているの? …って、それは、もしかして新しい奴隷を連れて来てくれ… ムガッ!!」

「おい! お前が誰を指してそんな事を言ったのか分からないが、口には気を付けろよ? まぁ、ちょうどいい。こっちに来い」


白衣の女が、セシルかセレンを見て新しい奴隷だと勘違いしたようだが、その言葉を言い終える前に、カイルの手が白衣の女の口を掴んで、その後の言葉を言わせなくした。

そして、カイルに口を掴まれたまま、奥の方へと連れて行かれる。


「いいか? 今から手を離すが、俺が指示すること以外、何もするな。質問に対してウソをついたり、誤魔化そうとしたら… 細切れにしてあいつらのエサにする。分かったか?」


カイルは腰の剣を抜いて切っ先を見せると、白衣の女は顔を青くしながらコクコクと何度も頷いた。

カイルがゆっくりと手を離すと、本当にそのまま動かないのは、脅しの効果だろう。


「まずは質問だ。ここでは何をしている? 詳しい説明はいらないから端的に話せ」

「…分かりました。ここは新種の魔物を作ってます」


最初の質問の答えから頭が痛くなる。

ただでさえ、魔物が増えて困っている所もあるというのに、新種の魔物を作り出すのだと言う。

だが、もしかしたら、魔物の相手をさせるための研究かも知れないと、少しだけ期待する。


「その目的は?」

「来たるべき戦争に向けた、戦力増強のため」


カイルの期待は見事に打ち砕かれてしまった。

どこかのバカが、戦争を目論んでいて、そのための戦力として新種の魔物を大量に生産するために作った施設だと言うことが分かった。

その時、カイルは人工の魔物と聞いて思い当たる節があるのを思い出した。


「聞くが、三つ目で六つ足のデカい熊を作ったのはお前らか?」

「…そうよ。実戦でのデータを取りたかったけど、何者かにやられちゃったみたいなの」

「討伐したのは俺達だ。なら、付与のアミュレットもお前たちの仕業か?」

「そうよ」

「アレはどこで作ったんだ?」

「それは知らない。本当よ! 誰かが持ち込んだの。コイツが使うべきだって…」


カイルが前にマルテンサイト王国のギルド長、ウィルの依頼で廃村に向かった際、バーク達が襲われていた時に現れた魔物だ。

身体強化と魔法力増強を付与されたアミュレットを装備し、カイルとセシルの魔法剣を握って止めたのを覚えている。

バーク達に冒険者ランクAと認定された熊の魔物だが、それがここで作られていたのだ。

しかも、来たるべき戦争とやらに備えて。


「この実験は誰からの指示だ?」

「…フェライト王国の国王陛下からよ」

「ウソですわ。各国の国王は自身が戦争の発起人になってはいけない、と言う決まりがありますのよ。もちろん、それを破った場合の厳しい罰則もありますわ。だから、国王自らが指示することも、国王の意思を代弁して代理人が指示することも有り得ませんわ」


フェライト王国の国王が戦争準備の指示をした、と言う話に間髪入れずにウソだと断言するセシルを、白衣の女が睨みつける。

カイルもそんな罰則があることは知らなかったし、おそらく白衣の女も知らなかった事だろう。

だが、このウソが白衣の女を不利にしてしまった。


「お前… 俺の言った事を理解した上でウソをついたのか?」

「ひ、ひぃぃぃぃぃ」


わざとらしく殺気を漲らせ、白衣の女にゆっくりと近付くと、恐怖に顔を引きつらせて後ろへ後ずさりしようとするが、うまく体が動かないらしく、ついには腰を抜かしてしまい、その場にへたり込んでしまった。

それでもカイルが一歩一歩近付いて行くと、白衣の女の呼吸が過剰なほどに早くなっていく。


「カイル、それ以上近付いたらその女、死んじゃうよー」


腕を掴まれたカイルが振り向くと、セレンが首を横に振っている。

カイルは小さく息を吐くと、漲らせていた殺気を霧散させた。

そして、未だに恐怖に震え、過剰なほどの呼吸を繰り返す白衣の女へと顔を向ける。


「ウソはつくな。次は無いぞ。 …お前以外にも話を聞けるヤツはまだいるんだからな」


カイルは最後に、お前は殺しても別に構わないと、遠回しに言い放つ。

冒険者と違い、研究者は命に執着があるのだろう。

白衣の女はブンブンと首を縦に振った。


「改めて聞くぞ。誰の命令でこの実験をしてるんだ?」

「…オーステナイト王国 …皇太子殿下」


最後は消え入りそうな声だったが、ハッキリと聞こえた。

まさか、国王ではなく、その息子が戦争を始めようとしているとは、まったくの想定外だ。


「…アイツか?」

「そうですわね」

「金髪のアイツね」


カイルたちの脳裏には例の金髪碧眼の青年の顔が思い浮かぶ。

最初の印象は最悪だったのだが、今の話を聞いて尚更に印象が悪くなった。

おそらく、次に会った時には問答無用で掴み掛かるかも知れない。

そう思いながら白衣の女へと視線を落とす。


「大体想像はしていたと思うが、この施設は破壊する。ルテラ村から攫ってきた人はもういないんだろ? 俺も、無駄な殺しはしたくないから、今の内に他の研究者を連れてここから出ていけ。ただし、何も持ち出すなよ」

「み、見逃してくれるの!?」

「もし、また同じ事を繰り返したとしても、必ず俺達が現れるぞ。その時は、殺してくれと懇願したくなるほど、じわじわと苦しめてやるからな。 …さぁ、行け」


白衣の女は、ガタガタと震える足を何とか動かし、何度か転びながらもこの場からいなくなる。

すぐに辺りは騒然となり、バタバタと研究者たちが走り回る。

だが、物は持ち出してはいけないと言われているので、出口に向けて人が殺到していた。

そんな様子を見ながら、カイルは小さく息を吐いてセシルとセレンを見る。


「ごめん、さすがに無抵抗の人間は殺せなかった。 …やった事を考えれば、俺は間違った判断をした事は分かるんだが…」


悲しそうな顔をして、うなだれるカイルをセシルが優しく抱きしめる。

そして、カイルの頭を撫でながら、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「良いのですわ、カイル。貴方はそのままで良いのです。何も、全てを一人で背負い込む必要はありませんわ。これまで分からなかった謎がいろいろと繋がった。この事実だけで十分ですわ」

「それに、そのための私たちじゃない。大丈夫よ。カイルは何も間違っちゃいないわ」

「セシル、セレン。 …ありがとう。さぁ、仕上げをしよう」


カイルたちは、逃げ惑う研究者たちの間を抜けるように進むと、魔法で設備を破壊し、書類などを焼き払う。

周りには、逃げ惑う研究者たちの悲鳴と設備の爆発音、研究対象の燃える音が響いており、こんなところなど、徹底的に破壊し尽くす勢いだ。

そして、あらかた始末を終えようと言う時、天井にもの凄い魔法力を感じた。


「上だ! 何かいるぞ!」


カイルの声にセシルとセレンが同時に上を向くと、そこには天井の岩肌に貼り付いてカイルたちを見ている巨大な蛇がいた。

そして、カイルたちが気付いた事を知ると、隠れるのを止めて天井から降ってくる。

着地と共に大地を震わせた大蛇は、鎌首を上げるとカイルたちを威嚇し始めた。

カイルよりも太い体の蛇は長さの見当がつかないが、少なくとも家一軒くらいを余裕で締め上げるくらいはあるだろう。

すると、蛇と対峙するカイルの横を通り、セシルが前に出てきた。

その両手には既に剣が握られており、雷の魔法剣も発動している。


「この程度の魔物。カイルが相手をするほどのものではありませんわ。今頃になってのこのこと出てくる魔物など、私が身の程と言うものを知らしめて差し上げますわ」

「そうか? 分かった。じゃあ、頼むぞセシル」

「貴方の仰せのままに」


そして、一瞬何かが霞んで見えると同時にセシルが一本の剣を振り切る。

すると、何かが蒸発するような音が聞こえた。

これは、以前ベークライト王国のギルドでニーアムに依頼された案件で、似たような攻撃をする蛇がいたのを思い出す。

おそらくは、ここで作られてベークライト王国に持ち込まれたのかも知れない。


カイルがそんなことを考えている間に、戦闘は遠距離から近距離に変わっており、セシルと大蛇は剣と牙での激しい攻防を繰り広げていた。

だが、この戦闘はセシルの反応速度があるからこそ、速さとしてはほぼ互角に見えるが、相手の蛇はそもそもの大きさが違うため、攻撃力に大きな差が生じている。

徐々にセシルが押されてくると、大蛇はその隙を狙って尻尾での攻撃も加えてきた。

向こうからの攻撃の手数が一気に倍となり、セシルの額には汗が浮かび始めるが、それでも何とか持ち堪えているのはセシルの反応速度の成せる技だ。

セレンも援護として魔法を打ち込んでみるも、大蛇を覆う鱗に弾かれて表面すらダメージを受けてない。

そして、蛇からの攻撃のタイミングを見計らい、カイルが戦闘の中に強引に割り込むと、その表情を見て意図を理解したセシルが後ろに距離を取ると、汗を拭いて息を整える。


セシルと入れ替わったカイルは、攻撃力はあるものの反応速度はセシルに劣るために、どうしても受けに回ってしまう。

だが、ここを押えることができれば、僅かでもセシルの体力を回復する時間を作る事ができるので、それだけでもこの場を死守する意味合いがあるのだ。


カイルの背中を目の前に、セシルは大蛇の弱点を見つけようと必死で戦闘を見ている。

だが、カイルの体に傷を負うたび、飛び散る血を見るたびに、セシルの心の奥底から激しい怒りの炎が燃え盛る。

目の前で自分の愛する者が傷付けられていく。

その許し難い出来事に、相手を殺せと、いつまで黙って見ているのだと、心の奥に潜むもう一人のセシルが叫んでいる。

実際、セシルの心は限界に近かった。

まるで、相手に喰い付かんとばかりに歯をむき出しにして殺気を漲らせ、もはや自分を抑えることができなくなっていくと、このまま燃え盛るような怒りに身を任せることに決めた。

一気に吹き荒れる殺気の渦に、相手を始末するイメージが幾つも思い浮かぶ。

その中から飛び切り残酷な始末の方法を選択したセシルが、口角を上げて飛び出そうとした瞬間、後頭部を何かで叩かれた。


「痛っ!」


すると、さっきまで吹き荒れていた殺気の渦が霧散し、ハッとするセシルが後ろを見ると、握り拳を持ち上げてセレンが睨んでいた。


「ちょっとセシル! いくら何でもこんな時に暴走しないでよね! カイルを助けるんでしょ? なら、ちゃんとしなさい!」

「セレン… ありがとう。おかげで助かりましたわ」

「セシル! 俺はまだ大丈夫だから、落ち着いて考えてくれ!」


体の大部分を血に染めて、強がるカイルがセシルに叫ぶ。

そうだ、カイルが必死に時間を作ってくれているのだから、落ち着いて状況を見極めなければ…

セシルは目を閉じて考える。

まず、あの大蛇の硬い鱗の前では斬撃は効かない、魔法剣も魔法もダメだ。

それならば、刺突しかないだろう。

それも、超高速で一点突破に特化した刺突だ。

セシルは目を開いてセレンを見る。


「セシルが何を言いたいかは分かってる。私の魔法も効かなかった。あの鱗のせいね。だけど手があるとしたら…」

「刺突からの魔法攻撃で内部から破壊する。肝心な刺突は必ず刺してみせますわ!」

「そうね。それしかないと思う。まぁ、セシルなら大丈夫でしょ。その後の事は任せなさい」


セシルは顔を上げると、カイルへと視線を戻すと、決意を胸にカイルへと呼び掛けた。


「カイル!」


それだけで十分なのはカイルにも伝わっている。

その証拠に、カイルの動きが変わっていて、両手で持っていた片手剣を右手に持ち替え、左手はこの死闘とも呼べる戦闘の中で己の血を使い、一瞬にして闘気を纏った血の剣を作り出した。

その二本の剣を使い、その場に足を止めて猛攻を始める。

その猛攻の中、カイルの肩を足場にしてセシルが跳躍し、大蛇の頭に飛び乗ると、更に大きく跳躍して天井に剣を一本刺す。

そして纏っている魔法力を使って巨大な雷と化すと、大蛇の頭を目掛けて雷と共に突進する。

カイルとセレンはすぐさま距離を取ったため大事には至らなかったが、落雷を受けた蛇は轟音と共に地面へと叩き付けられ、その衝撃による土煙が晴れると、大蛇の頭にはセシルの剣が深々と刺さっていた。


その剣を握ったまま、片手を上にかざして再び雷を呼ぶと、この空間で呼び出された雷は天井に刺さった剣に集約され、そこからセシルを通じて大蛇に突き刺さる剣へと降り注いだ。

空間内には雷の轟音と共に、大蛇の暴れ狂う音も響き渡り、数度の落雷で大蛇の口から煙が上がり始める。

セシルの体に纏われていた魔法力のオーバーメイルが消えると同時に、さすがのセシルも大蛇の頭の上で片膝をついた。

それを見たカイルが大蛇の頭に飛び乗ると、セシルを抱えて距離を取る。


「ハガル・イス・ハガラズ・ウル・エイワズ!<雹と氷をもって作られる雷よ、破壊の力で死を与えよ!>『雷の執行』」


そして、二人が離れるのを確認すると、セレンの唱える魔法と共に、セシルの落とした雷の数倍もの大量の雷が、間を空けること無く次々と降り注ぐと、最終的には大蛇の頭を破壊した。

辺り一面に大蛇の頭部の破片が飛び散り、あっという間に血の海に変えてしまう。

頭部を失った大蛇の体がのた打ち回り、地響きを鳴らしながら、その体を大地に横たえた。


こうして、カイルたちの働きによって、大蛇は討伐され、ゴーレムとキメラの施設は完全に破壊された。

やっとの思いで洞窟から出てきた三人は、まずはその場に倒れ込む。

まだ日中で空は晴れているはずなのに、深い森の中にいるせいで薄暗かったが、大蛇を倒した実感はある。


「セシルとセレンのおかげで何とか依頼は達成できたようだな。ありがとう。助かったよ」

「カイルが時間を稼いでくれたから、討伐できたのですわ」

「三人いたからでしょ? 私たちだからやれた。それが事実であり結果よ」

「そうだな。 …さて、もう少し休んだら村に戻ろう」


辺りは静まり返っており、研究者たちは既にどこかへと行ってしまったようだ。

カイルたちはしばらく寝転んだあと、ルテラ村へと戻った。

既に事態の解決を知ったような村長が待っており、カイルたちが近付くと深々と頭を下げる。


「事情は逃げてきた研究者たちから聞きました。この村は、あなた様方のご活躍によって救われました。心より感謝いたします。ありがとうございました。 …では、約束通り、セレンの話を聞きましょうか」


村長がセレンに向き直る。

セレンは、ちょっと躊躇ったが、はっきりと希望を口にした。


「聖域への立ち入りを許可して欲しい」


村長はセレンの要望を聞くと、厳しい表情になり、体を強張らせた。

そして、セレンと睨み合うこと十数秒、村長の口から出た言葉は、意外なものだった。


「…その要望を聞くことはできない。特に村の外の人間なら尚更だ」

「へ? ち、ちょっと待って。村の外の人間って、村長が勝手に私を追い出したんじゃない。私が自発的に村を出たなら納得するけど、それって意味が違うわよ!」

「だが、結果は同じだ」

「な、何よそれ!! アンタねぇ!! そんな理不尽な言い訳が、この私に通用すると思ってんのー!!!!」


セレンの怒りの咆哮が村中に響き渡る。

村長からの言葉は、カイルたちとルテラ村の信頼の糸を断ち切るには十分すぎる言葉だった。

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