第39話 割とすんなりと受け入れられる
割とすんなりと受け入れられる
カイルたちの目の前では、怒りを抑え切れないセレンが、右に左に歩きながら暴言を吐き散らかしているのだが、先ほどまでの理不尽なやり取りを聞いている身としては、止める事もできないために、今は気が済むまで好きなように言わせている。
「ああっ! もうっ!! 何なのよ、アイツはっ!! 村の外の人間、って誰が出したのよっ!! あぁ、もうダメ! ブチ切れそう。セシルの気持ちが分かるわー。痛いほど分かるわー。今ならフェライト王国全体を余裕で焦土にできそうだわー」
「セレン、そんな物騒な事を言ってはいけませんわ。村長自らが率先して出してしまった手前、戻せなくなったって事くらい、貴方なら分かるでしょう?」
「なら、誰が私を村の一員に戻すって言うのよ! …まぁ、戻りたいわけじゃないけどさ。でも、もう面倒くさくなったからベークライト王国に帰りたいわー。あの、ふっかふかのベッドで泥のように眠りたいわー。今なら十日は眠れそうだわー」
「十日って、冬眠でもするのかよ」
「ものの例えでしょ!! 知ってて突っ込むんじゃないわよっ!!」
現在、カイル達はルテラ村の外、蛇の討伐前に野宿したところにいた。
村長に無碍にあしらわれ、セレンが絶叫した後も粘り強く交渉したのだが、どこまでも平行線から改善されなかったため、カイルが無理やりここへと連れて来たのだ。
それから今の時間までセレンの鬱憤を晴らすべく、言いたい放題にさせていたら夕方になってしまった。
カイルたちも、セレンの言うことは最もだと思っているため、今夜はここで野宿したら明日ベークライト王国へ戻る事に決めた。
セレンに、これ以上嫌な思いをさせたくないと言うこともあるが、今回の旅では今まで謎だったものがいろいろと繋がったこともあり、王族でありながら罰則の抜け道を使って戦争を企てている存在も判明した。
ベークライト国王で陛下への報告が盛りだくさんになったが、これだけでも今回の旅での収穫はあるために、無理に聖域へと行く必要は無いのだ。
ただ、セレンの望みが叶わなかった事だけが、カイルとセシルには残念で心残りだった。
「とにかく、交渉すらできずにセレンの要望は打ち切られたんだ。良い意味で考えれば、逆にその方がスッキリしてよかったんじゃないか? セレンの家族には気の毒だけどさ」
「そうですわね。私もそう思いますわ。ところでセレン。 …聖域、って何ですの?」
セレンは、今回の大蛇討伐の依頼達成における報酬として、自分の要望を聞いて欲しいとお願いをした。
そして、実際にお願いしたのだが、敢え無く要望は却下されたのだが、それは聖域への立ち入り許可だった。
難しい顔をして黙ってしまったセレンは、しばらくすると小さく息を吐き、カイルとセシルを見る。
そして、おもむろに頭を下げた。
突然の事に驚くカイルとセシルだが、セレンが頭を上げて話し出す。
「ゴメンね二人とも。実は私、二人にはまだ話してなかった事がまだあるの…」
そう切り出したセレンが話し出した内容は、付与についての事だった。
このルテラ村には、決められた者以外は入る事ができない聖域と呼ばれる場所があるのだが、例外としては村長が認めた者は入る事ができるのだそうだ。
そして、その聖域こそが付与を行う事の出来る唯一の場所と言われているらしい。
セレンがなぜ、それを知っていたのかと言う疑問は「お母さんが教えてくれたから」で納得することにした。
その場所を使って、セレンはカイルとセシルの剣にルーン魔法を付与しようとしていたのだが、それができなくなったために、珍しくセレンが荒れていたのだ。
「と、言うわけなのよ。本来ならもっと早くに言っておくべきだったのに、言い出すタイミングを失ってしまって… 本当にごめんなさい」
「なんだ? それくらいで謝らない方が良いぞ? 俺やセシルにだって、誰にも言えない秘密くらい幾つかあると思うぞ?」
「ちょっと待ちなさい。今のは聞き捨てならないわね。 …ねぇ、私に何を秘密にしてるの? 教えなさいよ! ほら、白状しなさい! さもないと、また想像で言っちゃうわよ!?」
「あらら… カイル。これは逆効果でしたわ」
セレンが突然小悪魔のような笑みを浮かべると、両手をにぎにぎしながらセシルへと近寄って行く。
セシルが顔を引きつらせながらセレンの魔の手から逃れようとしていると、小枝を踏み折る音が聞こえた。
だが、それに対して誰も警戒をしない。
それは、カイルが動いていないからだ。
基本的に、野宿をする際はカイルが常時索敵をしている。
警戒すべき対象が近付けば、カイルの雰囲気も変わるので、セシルとセレンはカイルの反応を見て動きを決めていた。
でも、今ここへと近付く人物に対しては警戒する必要が無いようだ。
だとすれば、この場所へ来る人物は限られている。
「カレン。 …出てきなさい」
セレンが優しく言葉をかけると、木々の間からセレンの妹が顔を覗かせる。
この村に来た時には遠目にしか見てなかったけど、こうして見てみるとやはり姉妹なんだと思う。
セレンを大きくしたらこんな感じになるんだろうな、と思わず想像してしまった。
「あ、す、すみません。突然お邪魔してしまい… 私はカレンと言います。昨日はお食事をいただいて、本当にありがとうございました。 …それで、その、姉のセレンに用事があって、ここに来ました。 …少し、姉と話をさせていただいても良いでしょうか?」
「ああ、礼には及ばないし、セレンと話す事はもちろん構わないよ。君らは家族だろ? それから、俺はカイルで彼女はセシルだ。セレンと話すなら、俺達は席を外そうか?」
カイルが気を利かせて、セシルと一緒に歩き出そうとすると、セレンに呼び止められた。
「そのままで大丈夫よ。カレン、カイルとセシルは私の新しい家族なの。だから、隠し事はしないわ」
「家族… 分かりました。じゃあ、失礼して話を進めさせていただきます。実は、姉さんと村長さんが喧嘩別れした後で、村長さんが私にこれを渡してきたの」
そう言って、セレンの前に差し出されたカレンの手には、何か小さな破片が乗っていた。
セレンはそれをまじまじと見つめると、小さくため息を吐き、カレンを見る。
「これは鍵なのね?」
「うん。そう言ってた」
「まったく、こんな芝居するくらいなら、最初から渡しなさいよね。 …さて、予定よりちょっと遅れそうだけど、 …カイル、セシル、これから行ってもいいかな?」
セレンはカレンから鍵を受け取ると、その小さな手にギュッと握り締める。
そして、カイルとセシルにベークライト王国へ帰る事をやめ、当初の目的地へ向かっても良いかと相談すると、もちろんカイルとセシルは快諾してくれたので、セレンは笑顔でお礼を言うと、早速聖域へと向かう事にした。
聖域と呼ばれるその場所は、村の外れから少し歩いたところにある遺跡の事で、今は誰も近付かないため、そこへと続く道は荒れていた。
カレンはセレンといろいろ話をしたかったのか、一緒について来て、今もセレンと話ながらカイルとセシルの前を歩いている。
「ああして二人並んで歩いてると、やっぱり姉妹ですわね。どこもかしこも似てて、あれがセレンの成長した姿なんだなって思ってしまいますわ」
「見てて分かるくらい、本当に仲の良い姉妹だな。まだ多少はぎこちなさが残ってるけど。時間さえあれば、すぐにでも元のように戻れるさ」
主にカレンがセレンに質問するのだが、それに答えるセレンも満更ではなさそうだ。
いつの間にか、二人は笑顔で話ができるようになっていた。
そのせいか、セレンの歩く速さもだんだんと遅くなるが、カイルとセシルは気にしない。
これでセレンの失われた時間が少しでも取り戻せれば、それで良いと思っていた。
やがて、森が切れると、目の前に重厚な扉が現れる。
遺跡と聞いていたから建築物かと思っていたら、岩山を加工したような遺跡で、その入り口がこの重厚な扉なのだろう。
その扉に鍵穴らしきものは見受けられず、ただ扉の近くには中央に小さな窪みのある台があった。
セレンは、握っていた小さな破片をその窪みにはめ込むと、ピッタリと嵌った。
すると、目の前の重厚な扉に薄く輝く魔法陣が現れ、そこから鎧と武器を装備した泥人形が数体現れた。
これは、どう見ても出迎えではなく迎撃のようだ。
「どう言う事だ? 鍵を使って開けたとしても、迎撃されるのか?」
「倒して良いか分からないのは困りますわ」
セレンはカレンを後ろにして杖を構える。
カイルとセシルは泥人形の攻撃を弾きながら、どうしたものかと考えていると、魔法陣から新たにゴーレムが姿を現した。
それは、巨大熊の魔物と同じくらいの大きさで、目の付いていない顔でカイル達を見下ろしていた。
「ちょっと、ヤバそうなのが出てきたわよ? カイル、セシル、泥人形と遊んでる場合じゃないわ!」
「そのようだ! セシル、行けるか!?」
「もちろんですわ!」
「セレン、カレンを守ってくれ!」
「任せて!」
「よし! 行くぞ!!」
始めにセシルが雷を纏うと、カイルの肩を踏み台にして、ゴーレムの顔を目掛けて跳躍すると顔を蹴り上げる。
そして、そのままゴーレムの肩に乗ると、首筋に剣を突き立てるが、剣の先端くらいしか刺さらない。
カイルも風を纏うとゴーレムに向かって疾走し、ゴーレムの足を狙って攻撃をする。
まるで嵐のような怒涛の攻撃を足に受けているゴーレムは、やがてバランスを崩すとその巨体を仰向けに倒し、地面を震わせた。
セシルはゴーレムが倒れる際に再び上空へと跳躍すると、仰向けに倒れているゴーレムの核に向けて雷となり、剣を突き刺した。
そして後を追わせるように上空から金色の雷を落とすと、一瞬遅れて周りの空気を振るわせるほどの雷鳴が轟いた。
未だに雷鳴が鳴り響く中、仰向けに倒れるゴーレムの胸の上には、核に剣を突き刺したセシルが跪いている。
そして、片腕を空に掲げると、再び雷鳴が轟いて金色の雷がセシルの手に向かって幾つも降り注ぎ、そこから剣を通してゴーレムの内部へと雷を誘い込む。
さすがに一回の落雷だけではビクともしないようなので、続けざまに何度も雷をゴーレムへと落とすと、セシルは剣を核に突き刺したまま、ゴーレムから離れる。
すると、口角を上げて待ち構えていたセレンが両腕を空に掲げ、声高らかに魔法を唱える。
「ハガル・イス・ハガラズ・ウル・エイワズ!<雹と氷をもって作られる雷よ、破壊の力で死を与えよ!>『雷の執行』」
そして、再び辺りに雷鳴が轟くと、セシルが放ったよりも巨大な雷が、核に突き刺さる剣に向けて何度も繰り返し降り注ぐ。
雷がゴーレムを打つ度に、その巨大な四肢が大きく動き、落雷の強大さを物語っていた。
やがて、全ての雷が降り注ぎ終えると、ゴーレムは体の全てのつなぎ目から煙を上げ、体も動かなくなった。
泥人形も、知らない内にいなくなってしまったようで、辺りは再び静寂に包まれた。
カレンは、以前にも姉の力を見ていたが、今見たのはその時の比ではない。
あまりにも強大過ぎる力に恐れを抱いてしまった。
震えが止まらないし、顔も多分引きつっているだろう。
でも、こんな顔を姉に見せる訳にはいかない。
また姉を悲しませる訳にはいかない。
何とかしないといけない、と考えていると、セレンが振り向いて微笑んだ。
「いいのよ、カレン。それが普通の人の当然の反応だから気にしないで。あの二人が異常なだけよ。まぁ、見てたから分かると思うけど、私以上の強さでしょ? だから、あの二人は私を受け入れてくれるし、私もあの二人の前では本当の私でいられるの」
その言葉を聞いて、カレンは全てを理解する。
事実、姉の力はこの村には大き過ぎる。
持て余すほどの力を持つと普通の生活に支障をきたしてしまうし、その力は封じることもできない。
でも、冒険者になり、更に似た強さのカイルとセシルが一緒にいれば、姉は何の遠慮も無く、その力を発揮できる。
まさに、この二人と一緒にいるための力なのだろう。
そう思うと、スッキリと納得することができた。
「うん。私も今思った。 …と、言うより理解したわ。姉さんの力は、あの二人と一緒にいるために必要なものだったんだね」
カレンがちょっと悲しそうな顔をしたが、セレンの居場所はもはや自分のところではないと分かってしまったので、頑張って笑顔を作った。
笑顔を交わす姉妹を見てから、カイルはゴーレムに視線を移す。
この巨大な体型といい、この醜悪な外見といい、これは絶対に巨大熊の魔物を例の実験でゴーレム化したものに違いない。
こんなものがここにいる、と言う事は、ハークロムが近くにいる可能性がある。
だが、すぐにカイルの中でその想定は無いと判断された。
( いや、ハークロムがいるなら、もっと分かりやすく出てくるはずだ。ならば、ヤツの言う道化とやらが仕掛けてきた、と考える方が正しいか?)
ふと、視線を感じて顔を上げると、セシルと目が合った。
心配そうな顔でカイルを見つめている。
「どうした? セシル」
「いえ、随分と怖い顔をしてましたので、何か悪い事でもあったのかと心配になりましたの」
「ああ、ちょっと悪い予感がしてるんだ」
そう言って、カイルは先ほどまで考えていた事をセシルに話すと、納得したように頷く。
「確かに、ハークロムなら直接出てくると思いますわ。なら、こんな搦め手みたいな方法を取るのは道化の仕業と思った方が自然だと思いますの」
カイルとセシルがゴーレムについて話していると、セレンがカレンを連れてやって来た。
そして、未だに魔方陣が浮かび上がる重厚な扉を見て、悪態を吐くように言い放つ。
「私たちを客と思っていないのか、それともハークロムの手先が待ち構えていたのか分からないけど、随分と私たちを近付けたくないようね。でも、ここまでされたんだから、反撃する権利はあるわよね? 見てなさい。こんな扉、ぶち壊してやるわ」
鼻息の荒いセレンは、何かを考え込むように目を閉じると、セレンの元に周囲の魔素が集まってくる。
それは、通常魔法で使われる魔素の数倍にもなり、しかもまだ集めている。
そばにいるカレンが恐怖にセレンから距離を取ると、その気配を感じたのかセレンは目を閉じたまま軽く微笑んだ。
そして、目を開くと大剣を振りかぶるように両腕を振り上げる。
「アース・ウル・カウン・ナウズル!<最高神オーディンの力を持ちて、我が敵への傷を強制する!>『オーディン・ソード』」
大声で魔法を唱えてその両腕を振り下ろすと、それはまるで不可視の大剣で重厚な扉を両断するような動きだった。
だが、腕が振り下ろされると、実際に重厚な扉はまるで野菜を切るように真っ二つに切り開かれ、ゴーレムが倒れた時と同じように大地を振るわせた。
「ふん。この程度で私を止めようなんて、随分と舐められたものね」
「よほど頭にきているようですわね。これで聖域とやらも、これからは誰でも入り放題ですわ」
「まぁ、中に入ってみて、本当に重要なものなら後で結界を張ればいいだろう」
「姉さんは相変わらずだけど、 …やっぱりお二人も同じなんですね…」
カレンは、目の前に転がっている、自分の手では掴めないほどの厚みのある扉を見た。
そして、それを一切の迷いも無く、しかも一刀の元に両断した事に驚く。
だが、セレンはそれを当然のような物言いをするし、最後にカイルは後から何とでもできる、と言う言葉で締め括った事に驚きを通り越し、呆れさえ覚えた。
その想いが顔に出てしまったのか、こちらを見ていたセレンと目が合うと、顔を寄せられて耳元で囁かれる。
「私は今更だから何とも無いけど、あの二人はその顔には慣れてないの。絶対に怒りはしないけど、傷付くかも知れないから、その顔は私の前だけにしてね」
「う、うん。ごめんね。姉さん」
「良いのよ。さっきも言ったけど、それが普通なんだから。まぁ、滅多にこんな事も無いだろうから仕方ないわよ」
セレンはカレンの肩を叩くと、扉の無くなった洞窟の入り口に入り、奥へと足を踏み入れる。
入り口から伸びる通路はすぐに終わり、広い空間が広がっていた。
「ここは… 前に見た事のある光景ですわ」
「あれよ。マルテンサイト王国の希望の光の遺跡と雰囲気が同じなのよ」
「灯りがいらないのは助かるな」
あの時は、このような空間の真ん中に騎士の像があり、それに触れると精神体のようなものが現れて、カイル達にいろいろと教えてくれたのだ。
まだ、希望と言うものについての答えは出ていないのが正直なところだが、真実に一歩近付いたような気がしたのは確かなことだった。
そして、ここにも同じように空間の真ん中辺りに像がある。
近くで見てみると、自分の身の丈よりも大きな杖をつき、ローブを着た聖職者のような像だった。
そして、その像の前には、何かに使ったであろう木の枝や道具が幾つか置いてある。
おそらく、ここで付与をしていたのだろう。
セレンがすたすたとその像に近付いて行くと、頭の中に誰かが語りかけてきた。
「ほえ? 何? …え? そうなの? …ふんふん。 …は? 何で今頃言うわけ? …うん。でもさぁ… そりゃそうだけど… へぇ? …うん、まぁ、いいわ」
セレンはその場で足を止めると、ブツブツと独り言を言い始めた。
その様子を見たカレンは、姉の突然の行動に戸惑っているが、カイルとセシルは慣れたものなので、セレンのひとり劇場を見守っている。
「あ、あの… すみませんが、姉は… 一体どうしたのでしょうか? これは…」
「これは、セレンが何か重要な事を考えていると言う事ですわ。主に、新しく魔法の開発をする時にこう言う感じになりますわね」
「ま、魔法の開発!? 姉が、ですか?」
「ああ、セレンはたまにこんな風に、独り言を言うようにして魔法を開発するんだけど、その効果は抜群なんだよ。すでに、幾つか作ってるしな」
カレンは驚き過ぎて、何が何だか分からなくなってしまった。
カイルたちの言っていた魔法の開発。
言うのは簡単だが、実際にはとてつもなく高度な事で、一般人で魔法の知識も乏しいカレンですら、魔法を新たに作り出せることなど不可能だと知っている。
何せ、魔素を使って別次元へアクセスを行い、そこから魔法力として借りた力を、イメージ通りに事象変異させるための、複雑な構成式を作らなければいけないのだ。
基本的に、借りた魔法力は使い切る必要があるし、事象変異を起こすための魔法力の流れや出力などは、一つ間違えば災害急の被害が出るとさえ言われている。
言い換えれば、うず高く積まれた瓦礫の山の上で、一つも瓦礫を崩すこと無く全力疾走して下まで降りてくるようなものだ。
それ故に、人間程度のレベルでは魔法など作り出すことは不可能。
そう教えられてきたのだが、目の前の姉はブツブツと独り言を言いながら不可能を可能にしてしまっている。
そんな姉に、思わず驚きを通り越して呆れてしまった。
やがて、セレンは独り言を終えると、まるで何も無かったかのように、何の躊躇も無く目の前の像に触れる。
すると、マルテンサイトの遺跡と同じように像が光り、像と似たような老人が透けた体でセレンの後ろに現れた。
「そなたたちは何者だ? ここは、既にその役割を終えた場所だ。望むものなど何も無いのだぞ?」
「私たちは見ての通りの冒険者よ。それよりも、ここは役割を終えた、って言ってるけど、ここを使って、今でも武具に付与を施していたはずなんだけど?」
「それは、私ではない。ここを勝手に使っている輩の仕業だろう」
その言葉に、聞いていた全員が驚く。
付与をしていた、と言う事はセレンから聞いていたが、今の話だと「勝手に使っていた」と言っているのだ。
つまり、付与を施すための設備か道具はあるが、所有者の許しも得ずに勝手に作っていた、と言う事になる。
その事を、セレンが確認のために聞いてみると、老人はゆっくりと頷いた。
そして、次の疑問を投げ掛ける。
「でもさ、所有者の許しが有ろうと無かろうと、出来上がった結果は同じなんじゃないの?」
すると、老人は横に首を振る。
つまり、所有者の許しがあると出来上がりも変わる、と言う事か?
しかし、結果的には付与された武具は事実として存在するのだ。
「付与を終える際に、ある術を施すのだ。それが無いと、付与を施した術士は確実に命を縮めるだろう。それが、決められた者にしか付与を許さない理由でもあるな」
なるほど、ある種の呪いのようなものが発動するらしい。
ならば、付与と言う技術が非常に高度で、それを施されたものが高額になるのも頷ける。
すると、セレンが何かを思い付いたように、再び口を開いた。
「もしかして、ゴーレムを作るって事も同じなの?」
「はて、ゴーレムとな? ゴーレムが何を意味しているのかは分からんが、守護者と言う作られた生物の事を言うのか?」
「ゴーレムって、人型のような形をしてるけど、岩みたいなので作られていて、胸には核と呼ばれる丸いものが埋め込まれてるの。大抵は… そうね、何かを守らせるために置かれている、と言っても間違いでは無いと思うわ」
「ふむ。恐らくは我らの言うところの守護者だろう。確かに、それを作る際も最後に術をかける。もともと、物と呼ばれるものに力を吹き込むのだ。自然の摂理に反するものは呪いを受けるのが理だ。だが、必要な場合もあるだろう。ゆえに、選ばれた者にのみその力を与え、付与された物や守護者が不必要に増えたりしないようにしているのだ」
セレンはポンっと手を叩いて納得した顔をする。
これまで、ゴーレムを作って呪いを受けている物たちは、許しを得ずに勝手に作ったために呪いを受けていたのだ。
そして、それは付与についても同じことが言えるのだろう。
だから、教会や特定の人だけが付与をすることができていたのだ。
ゴーレムは危険性を鑑みて封印された技術なのかも知れない。
それを無断で使ったことへの呪いなのだ。
「ありがとう、納得したわ。じゃあ、後は大丈夫ね。もう、いいわよ?」
「何? そなたはここに付与をしに来たのではないのか?」
「そうね。事実、付与を教えてもらおうかと思ったのよ。だけど、何だか頭の中に方法が入ってきたから、もう大丈夫みたい」
「…なるほど。すると、そなたは神の傷を持つ者か。ならば、納得だ。 …では、付与の始まりも理解したのか?」
「もちろんよ。 …付与は、もともと人が神に背くために力を必要とした事が始まりね。だけど、そのために武器を強化するとすぐにバレてしまう。だから、それをごまかす為に、始まりは木の枝に付与をして武器に変えた。だから付与もその考えをそのまま継承している」
セレンがニヤリと笑いながら、老人に説明すると、それを肯定するかのように老人はゆっくりと頷いた。
「それほど理解しているなら問題ないだろう。それに、神の傷を持つのだから、そなたを止めることもできぬよ」
「でも、お陰で呪いの事も聞くことができたから、そこは感謝するわ。 …それと、最後に教えて。私たちに襲いかかってきたのは守護者なのかしら?」
「アレは守護者ではない。私の守護者を見た者が自前で作ったものだろう。アレは脆すぎるからな。だが、ここの番人として利用すべく、何もせずに放置しておいたのだ。仮に、鍵を持つ者でも強大な力には警戒が必要だからな。いつもの老人であれば通したのだが、そなたらの力は大き過ぎる。それで襲撃したのだが、扉も破壊された事だし、じきにここも本当の意味で使われなくなるだろう」
そして、老人は薄く笑うと姿を消し、辺りが静寂に包まれる。
結果的に、セレンは目的のものを手に入れたわけだが、この聖域と呼ばれる場所はもう二度と使えなくなってしまった。
カイルとセシルは、村の人が困るのではないかと思っていると、カレンが近寄ってくる。
「ここは聖域と呼ばれる場所でしたが、先ほどの話を聞くと、付与をしていた村長がなぜいつも体調が悪く、お医者さまでも治せないと言っていた理由が分かりました。でも、これで終わりです。私たちの村にこそ、このようなものは必要ないんです」
もともとは、村人には内緒で村長が付与をしていたのだろう。
だが、所有者の許可が下りなかったために、呪いと言う名の制裁を受けていて、それが原因で体調が悪かったのだ。
だが、それもこの遺跡を使用不能にしたため、もう、新たに呪いを受けることも無いだろう。
セレンを見ると、遺跡内で何かを探しては拾っている。
そして、しばらくすると幾つかの道具を抱えて戻って来た。
「カイル。これ、貰っていきましょう。付与に使えるものなのよ」
「良いのか? 勝手に持ち出して」
「構わないと思いますわ。先ほどの会話からして、セレンがここの管理責任を譲渡されたようなものですもの。神の傷を持つ者を止められない、と言ってましたわ」
「さすがね、セシル。その通りよ。だから、ここはこれから私の領域になるの。当然、私の好きにさせてもらうわ。さぁ、用も済んだから村に戻りましょう」
外に出ると、辺りはすっかりと暗くなっていた。
セレンは荷物をカイルに渡すと、鼻息も荒く、村へと足を進める。
そして、村に着くなり村長の元へと向かい、家の前で村長を呼ぶと、中から杖を突いた村長が出てくる。
「何用ですかな? いつまでもここに残られても困るのだが…」
「大丈夫よ。言いたい事さえ言えればすぐに出て行くから。でね、あの遺跡は破壊したから、もう使えないわよ。もちろん、所有者からの許可をもらって、私が管理責任者になったから破壊したのよ。 …だから、誰にも文句は言わせないわよ」
セレンはいつもの高い声を低く落とし、言い聞かせると言うよりは命令に近い声色で村長に告げる。
村長は驚きを隠せないようだったが、セレンの言う事を理解したのか、やがてゆっくりと頷いた。
「そうか。お前はあの領域で、あの方にお会いしたのか。 …それが、神の傷の力なのか」
「そうよ。だから、村長が間違った付与をしているのも分かったの。これからは、それをする必要は無いんだから、体もそれ以上は悪化しないはずよ」
セシルは、セレンの話に納得した。
なぜ、遺跡をわざわざ破壊したままで放置して来たのか。
セレンなら破壊した扉くらい直せるはずなのに、壊したままにした。
まるで、誰かにこれ以上使わせないようにしているかのように。
村長の事を想っての行動だったのだろう。
セシルはセレンの優しさを見たような気がした。
やがて、村長は何も言わずセレンに背を向けると、そのまま家に入っていくと、セレンも何も言わず、そのままカイルたちの元へと向かう。
「さぁ、今日はもう遅くなったから、また外で一泊してから帰りましょうか」
セレンがわざと大きな声を出して、その場を立ち去る。
村長は家の中で扉に背を預け、セレンに救ってもらった事を小さな声で感謝するのだった。
「カレンも後は家に帰りなさい。明日は見送りに来ちゃダメよ?」
そう言い聞かせ、セレンはカレンを追い返した。
翌朝。
カイルたちが野宿の後片付けを終え、ベークライト王国へと向かうべく、ラモン村に向かおうとルテラ村の入り口に差し掛かると、そこには村人が総出で待ち構えていた。
何事かと勘ぐるカイルたちに、村長が歩み寄る。
「この度は、冒険者様のご厚意で、賊を討伐していただきました。また、遺跡の問題も解決していただきました事、この村の代表として、厚く御礼を申し上げます。 …そして、セレン。私の身勝手な保身のために、お前の人生を台無しにしてしまった事を、心から詫びよう。本当に済まなかった。 …これからは、いつでもこの村に遊びに来てくれ。それと…」
すると、セレンの母親が歩み寄って来て、セレンに一冊の本を差し出した。セレンがそれを手に取って見ると、ルーン魔法の本だった。
「これはね。昨夜、遺跡の賢者様が村長さんのところに現れて、セレンに渡すように言ったそうなのよ。だから、これを受け取って。 …そして、またこの村に来てね」
そして、セレンを優しく抱きしめる。
涙声で何度も「ごめんね」と繰り返す母の背中を撫でながら、母親が落ち着くのを待つ。やがて、母親がセレンから離れると、セレンが村長に言う。
「さっき、村長が言ってた事は、ちょっと間違ってるわ。だって、私はこの村から出されなければ、この二人と出会えなかったもの。だから、掛け替えのない仲間と出会うための事だったと、今は感謝してる。 …だから、ありがとう。 …気が向いたらまた来るわ」
そう言うと、セレンはみんなに背を向けて歩き出す。
カイルとセシルは微笑むと、村の皆に一礼してセレンの後を追った。
「もう、早く来なさいよ! 遅いと置いてくわよ!?」
一人でずんずんと歩いて行くセレン。
前は一人で悲しみに押し潰されそうな気持でこの村を背にした。
でも今は、振り返ると誰よりも信頼できる二人の仲間がいる。
この二人のためにも、今回得た力を有意義に使おう。
ベークライト王国の家に帰るまで、時間は十分にあるんだ。
セレンは希望に胸を膨らませ、カイルとセシルの前を力強く歩くのだった。
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