第34話 危険な技を編み出して怒られる
危険な技を編み出して怒られる
フェライト王国へと向かう船旅も三日目。
カイルたちが見張りの時に行っている模擬戦闘も、結局はセシルが勝ち越してしまい、カイル自身もここからの追い上げができないことを認めたので、戦績を付けるのを止めた。
その代わり、いろいろな実験をしながら訓練を継続することにした。
当然、今日もお昼を食べた後に甲板へと赴いていた。
「今日もいい天気だな。さて、俺達の持ち時間はこれから夕方までだけど、今日は何をしたい?」
「そうねぇ。私は翼を出したままでの戦闘をしてみたいわ。それで古代ルーン魔法を使った時の持続性と耐久性を確認したいの」
周囲の魔法力を集めて具現化させ、魔法を使う時はそこから取り出して使うというのは、もともとセレンのスタミナ切れの対策として、セレン自身が考案したものなのだが、何気に使い勝手が良いため、既にセシルは訓練の時などに通常装備の一つとして使っている。
カイルも運用することは決めているのだが、まだ具体的な内容の検討をしていた。
ちなみに、セレンは白い鳥の翼をイメージしているのだが、何故か必ず艶のある漆黒の翼になってしまう。
もちろん、イメージを形にしているため、いくら翼の形をしていても、空を飛ぶことはできないのは当然のことだ。
「まぁ、セレンの体型では高速移動と強化攻撃だけでも消耗は激しいみたいですし、効果の確認は必要な事案だということは同意いたしますわ。だから、子供を相手にするのは不本意なのですが、必要な案件ですので私が相手をしますわ」
「へぇ、随分と挑発してくれるじゃないの。 …いいわ。その挑発、受けてあげるわよ。カイルの目の前で叩きのめしてあげるから、その後はじっくりたっぷり慰めてもらうと良いわ」
セレンも挑発を返したのだが、それが以外にもセシルにはご褒美に成り得る内容だったため、セシルはポンっと手を叩き、満面の笑みになる。
「セレン。それ、いただきですわ。 …ですが、私は慰められるよりも、褒められる方が好きなんですの。だから、カイルに褒められるようにいっぱい頑張りますわ。貴女はその引き立て役になりなさい」
「セシル。それ、言い過ぎだからね!?」
女性二人が火花を散らせているので、カイルは邪魔にならないように距離を取ると、一人で見張りを続けることにした。
船はベークライト港を出港してから、今日で三日目になるのだが、フェライト王国への行程は順調で、今は潮の流れのせいで、大きく回り込むような針路を取って目的地へと向かっている。
甲板から見てもまだ陸地は見えないが、明日になれば小さく見え始めるそうだ。
あれ以来、海賊も現れなければ金髪の青年も大人しくしており、一見平和が続いているように見えるが、ここはまだ海の上で周りには逃げる場所など何もないのだ。
油断してしまいそうになる状況だが、こんな時だからこそ、細心の注意を払うべきだろう。
そして、カイルが甲板上を見ると、女性二人の模擬戦闘が始まっていた。
甲板の中央付近で、目にも止まらない速度の二人が動き回り、セレンの拳をセシルが払い落とす音だけが聞こえてくる。
カイルが見る限り、ほぼ全開で攻撃を繰り広げるセレンに対し、セシルはまだまだ余裕の表情だ。
一方、セレンは艶のある黒い翼が濃い灰色に変わっており、そこそこの魔法力を使っているのが見て取れた。
「さすがに、物理的な戦いについてはセシルの方に分があるか…」
謎の襲撃者により、左眼を失う代わりに常人離れした反応速度を持つセシルは戦うたびに強くなっていき、今では既に人の域を超えている。
しかも、本人は絶対に認めないだろうが、カイルよりも強いのだ。
やがて、セレンの翼も消え、あえなくスタミナ切れとなったセレンが、甲板の上で大の字になって激しい息をしている。
「思った以上の長時間継続でしたわね。全開状態でも以前の倍以上は動けているのは確認できましたわ」
「はぁ、はぁ、 …それくらいもてば、はぁ、はぁ、 …ある程度はいけるかもね」
「セレン。貴方の翼は増やせませんの? 今は二つですが、それを六つとか… 増やせれば、それが直接魔法力に変わるのでしょう? やってみる価値はあると思いますわ」
「はぁ、はぁ、 …セシル。そこまでやったら、ただの化け物になるんじゃないの? 絶対に討伐対象にされちゃうわよ」
セレンに化け物と言う認識がある事に驚きつつも、次のチームが甲板に出てきたので、カイル達は部屋へと戻る事にした。
まだ動けないセレンを、セシルがひょいと肩に担いで歩き出す。
「…セシル。私は荷物じゃないのよ? もう少し、普通に持てないのかしら」
「では、私とカイルの子供がこのくらい大きくなった、と言う感じで抱きかかえます?」
「やっぱり、このままで良いわ…」
自分の運ばれ方について改善を要求していたセレンだが、あまりにもリアルな例えが出てきたので、これ以上の抗議はやめて大人しくセシルに担がれることにした。
次のチームのメンバーが不思議そうな顔をしていたが、あえて無視を決め込んで部屋へと戻って行く。
夕食の最中、魔法力を使いすぎたのか、セレンが食べながら瞼を半分くらい落としている。欠伸をしながら目をこすり、ゆらゆらと揺れながら何とか眠気を堪えているように感じる。おかげで、いつもの倍以上の時間がかかっているが、まだ食べ終わっていない。
「セレン。眠くなったなら、食事はやめてお風呂に入って寝ても良いぞ? 後は見張りも無いんだし、ゆっくり休んだ方がいいと思うんだが?」
「そうですわよセレン。お風呂は明日にして、今すぐに寝なさい。さぁ、早く。ほら、急いで」
「ねぇ、私を寝かしつけて、二人で何するつもりなのよ」
セレンが二人を睨むと、カイルに「何を言っているんだ?」と言う目で返される。
とは言うものの、実際にはもの凄い眠気を感じているセレンは、急いで夕食を食べると、ちょっと考えた末に、そのままベッドに潜り込み、すぐに動かなくなった。
カイルとセシルも夕食の片付けをしてからお風呂に入り、二人でベッドに入って眠りにつく。
数時間後、ふと周りの騒がしさに目が覚めたカイルは、幸せそうにカイルに抱き付いて眠っているセシルの肩を揺すり、声を掛ける。
「セシル。 …起きてくれ、セシル」
「う… ん… カイル。どうしましたの?」
「分からないが、外が騒がしい。呼びには来られてないが、準備だけはしておこう」
セシルが眠そうな目をこすりながら、ゆっくりと上半身を起こす。
カイルはベッドから降りると、セレンへと声を掛け、自分は装備を身に着ける。
少し間を開けて、セシルとセレンも起き出し、二人も装備を整えた。
三人で準備を終えて待機していると、次第に船が軋む音が聞こえ、やがて右に左に大きく傾き始めるのだった。
「ねぇ、これってもしかして、大嵐なんじゃないの?」
「それっぽいな。船は大丈夫だとは思うけど、自然現象ならどうしようもないか。外は危険だから見ることはできないけど、嵐に巻き込まれているなら待機する必要は無いか?」
「それでも、一応は様子くらい見た方が良いかも知れませんわ」
敵が攻めてくればそれを排除すればいいのだが、自然現象の場合はどうしようもない。
魔法も万能ではないため、この状況を改善することはできないのだ。
だから、こう言う時は船が沈まないよう、祈りながら嵐が通り過ぎるのを待つしかない。
百戦錬磨の猛者だとしても、荒れ狂う海に放り出されれば命を落とすことだってあるのだ。
そして数時間後。
夜が明けるとともに、外の嵐は何も害することなく立ち去ってくれた。
カイルたちは念のために甲板に出てみたが、特に何の破損も無く無事に航行しているようだった。
まぁ、問題と言えば、他の冒険者たちが軒並み船酔いしていた事くらいだろうか。
それから二日。
何事も無く船は航行を続け、五日目のお昼前には無事にフェライト王国の港へと入港することができた。
カイルたちの護衛任務も到着までなので、無事に任務は終了と言う事になる。
金髪の青年には始まりの挨拶をしていないので、当然終わりの挨拶もしないことに決めた。
というか、関わりたくなかったので、カイルたちは早々に退散してきた。
船から降りると、セシルが腕を上げて大きく伸びをする。
「あぁ、やっと大地を踏めましたわ。やはり、地に足がつくと言うのは良いものですのね」
「カイルー… 私はお腹が空いたー」
「分かった。入国審査が終わったら、まずは腹ごしらえをしよう。その後でギルドに行って、任務完了の報告をしてから今夜の宿探しだ。できれば今夜はゆっくりと休んで、セレンの故郷への出発は明日にしたいんだけど、それでも良いか?」
セシルとセレンは笑顔で了承してくれたので、まずは入国審査へと向かった。
ここでも特にトラブルも無く、順調に審査は完了したので、その足で町へと入り、食事を食べに行く。
入った店は白い壁が目立つやや大きめの建物で、入り口から美味しそうな匂いが漂ってきたのを、セレンが嗅ぎ取って見つけたものだ。
中もそれなりに広く、六人掛けの丸テーブルが幾つか置いてあり、多くの客で賑わっていた。
カイルたちはこう言う店に入る場合、大抵は端の方の席を選ぶ。
男一人に女二人、しかも女の片方は子供の容姿だと、何かと人の目に付いてしまう。
特にセシルは容姿も良いため、絡まれることもしばしばあるのだが、カイルがその都度追い払っている。
そう言うのが煩わしいために、人目につきにくいところを選ぶようになった。
端の方のテーブルに着き、注文をしてから周りを見渡すと、冒険者も多くいるようで、昼間からジョッキを持ってワインを飲んでいるようだった。
やがて、カイルたちのテーブルにたくさんの料理が並び、セレンは大喜びで頬張って食べている。
カイルとセシルも料理に手を付け始め、セレンからフェライト王国の事を聞きながら食事を済ませると、ギルドへと足を運んだ。
どこの国のギルドも同じような作りと配置で、港と城に近い位置に建てられているようだ。
さすがに建築はその国の特徴を取入れられているが、派手でも無ければ地味でもなく、町の風景に溶け込んでいるようにも見える。
中は当然ながら冒険者が多く、掲示板の前には人だかりができていて、待ち合わせをしているのかフリースペースのテーブルにも多くの冒険者が集まり、何やら話をしているようで、活気のあるギルドだと感じた。
カイルたちは、受付に設置してある魔法陣で認識票の更新を行った。空間に表示される内容を確認していくと… 今回の護衛任務の完了が記録されていた。
受付に話をして依頼の報酬をもらうと、思った以上の金額が入っていたから驚きだ。
「これも嫌がらせなのでしょうか? 素直に喜べませんわ」
「そうだよな。他のチームが幾ら貰ったのかは分からないけど、五日間の護衛で金貨十枚なんて、絶対に有り得ないぞ」
「良いじゃない。くれるって言うんだから。ありがたく貰っておきなさいよ。そして、どっかでパーッと使っちゃえばいいのよ」
セレンの言う事ももっともだ。
受け取らないって選択肢は無いんだから、持ってて気持ちの悪いお金はすぐに使えばいい。
だが、旅の準備は全て終わっているし、船では消耗すらしなかったので、カイル達はギルドを出ると、宿探しをしながら町の中をゆっくりと歩いていた。
「とは言ったものの… 金貨十枚をすぐに使えるような事って、普通無いよな?」
「セレンの言う事ももっともですけど、無理に全部使わなくても良いと思いますわ。そんな贅沢をするのなら、教会にでも寄付した方が良いと思いますの」
「でも、アイツが絡んだお金を寄付するのもどうかと思うのよ。シスターに渡すのも何かイヤじゃない? もちろん、お金に善悪は無いんだけど、出どころがね… ちょっと」
セシルがグッと言葉に詰まる。
どうやらセシルもあまり良いとは思っていないようだ。
セシルがこれほど人を嫌うと言う事も珍しく、今も難しい顔をして何かを考えている。
そして、ハッとして顔を上げ、ポンっと手を叩く。
「そうですわ! 馬車を買えば良いんですわ。ちょうどそれくらいのお値段ですし、戻ったら後は現地で売れば良いんですわ。そうすれば、旅の行程も短くなると思いますの」
確かに、馬車があれば移動も格段に早くなるし、荷台もあれば休むにも便利だ。
急がずに休みながら行けば替え馬もいらないし、御者も必要ない。
まぁ、それでも金貨十枚ではおつりが十分に来るほどだけど、消費としては大きいだろう。
「じゃあ、馬車を買いに行こうか。 …うまく良いのが売ってれば良いけど」
「そうしましょう。お金もそれなりに余りますから、その後で寝具と食材を買い込めば良いのですわ」
「うわ… 今回の旅はちょっと豪華になりそうだわ。不謹慎だけど、もの凄く楽しみね」
お姫様なのに、ちょっと主婦っぽい発言のセシルと、いつもより快適に過ごせそうな事を喜ぶセレンを連れて、カイル達は町の入り口にある乗合馬車のところへと向かった。
「まいどありー」
馬屋が元気よく挨拶する。
カイル達が手に入れた馬車だが、それほど大きくないこの馬は、走ると言うよりは運ぶ、と言うような太くがっちりした体格の馬で、性格も穏やかな良い馬だ。
荷台も大きく、三人が横になってもまだ余裕の広さがある。
これで金貨七枚は破格な値段だったので、余ったお金で希望通りに大量の食材と高級な寝具も準備した。
そして、早速使いたいと言い始めたセレンの要望に応え、宿は取らずにそのまま出発することにしたのだった。
未だかつてない豪華な旅に、セレンが荷台でゴロゴロし始めるのを、御者台に乗るカイルとセシルが笑って見ていた。
セレンの話だと、ここから街道沿いに馬車で四日。
そこから山越えの道に入ると言うのだが、少人数のこの馬車なら半分の日程で行けるだろう。
初日は野宿して、二日目に到着する予定の村では宿を取って休むことに決めた。
それにしても、やはり街道は安全らしく、騎士や冒険者の往来が多く見られる。
やがて、一つ目の村が見えてきたがここは通り過ぎ、そこからしばらく進んだところで見つけた大きめの湖のところで馬車を止め、少し早いが今夜の寝床を作ることにした。
セレンが馬を休憩させ、セシルとカイルで食事の準備をする。
近くにあった石を積んでかまどを作り、林から薪を取ってきて、火力を調整しながら夕食を作る。
今日は久し振りの野宿だし、少しは力をつけた方が良いと思ったので、買い込んだ大量の食材からいろいろと選び、今夜はちょっと豪華な夕食にした。
「ここの湖は奇麗な水だったから、沸かせば安全な飲み水にもなるし、水を気にしないで休めるってのは、ホントにいいな」
「いやぁー、豪勢ですなぁ。カイルの料理も美味しいし、今回の旅はアタリだわー。さすがにお風呂までは無理だったけど、それでも快適だわー」
「セレン。馬車を使うのは今回だけですのよ? それに、あまり無駄遣いはよろしくありませんわ」
セシルがお姫様らしからぬ節約の話をしながらも、この豪勢な料理だけは満更でもなさそうな表情をしている。
やがて食事も終わり、片付けを済ませるとセレンはそそくさと荷台へと入っていく。
そして、しばらくすると、セレンの喜びの声が聞こえてきた。
どうやら使い心地は良かったようだ。
カイルとセシルも、しばらく何気ない会話を楽しんでいたが、セシルが小さく欠伸をしたので、今夜はここで終わりにする。
「じゃあ、いつも申し訳ありませんが、先に休ませていただきますわ」
カイルの肩に手を掛けると、セシルは顔を近付けてチュッと軽くキスをして荷台へと入って行った。
それを笑顔で見送ると、火の番へと戻った。
深夜、カイルも体を休めながら火の番をしていると、隠そうともしない好戦的な殺気を感じて目を開ける。
方向は街道から外れた林の方で数は十数人程度。
カイルが溜め息をついて待っていると、中型犬の魔物を引き連れた冒険者風の集団が姿を現したのだが、既に武器を抜いており、最初から殺す気満々のようだ。
「ようやく見つけたぜ? ずいぶんと羽振りが良いみたいじゃねぇか。俺達にもお裾分けしてくれねぇか? なぁ?」
「何だ? わざわざ探してたって言うから、何の事かと思えば、お前らお金が欲しいのか。なら、さっきの余りがあるから、欲しいなら持ってけよ。ほら」
どこで見ていたのか分からないが、カイルたちがいろいろと買っているのを見ていたようで、買ったものを奪いに来たついでに、カイルたちも身包み剥ごうとしているのが手に取るように分かった。
当然のことながら、この手の相手は面倒なので、すぐにでも帰ってもらおうと、盗賊と思われる集団の前にお金の入った袋を放り投げると、重そうな音を立てて地面に落ちる。
まさか、本当にお金を出してくるとは思ってなかったのか、それとも罠だと思っているのか、盗賊たちはお互いに言い合ってるだけでなかなか取りに来ない。
「おいおい、お前ら盗賊なんだろ? ならそいつを持って早いとこ帰ってくれないか? 明日も早いから、もう休みたいんだよ」
気だるそうに言うと、盗賊もやっとその気になったのか、袋を取りに来て中身を見ている。
「すげぇ、コイツ金貨なんて持ってやがった! おい、まだ何か持ってるんじゃねぇか?」
盗賊どもの視線がカイルに集まり、武器を構え直すとじりじりと寄って来る。
何に警戒しているのか分からないが、みんな険しい表情をして汗まで掻いている。
「何に警戒してるのか分からないが、後は何も出てこないぞ? それだけあれば十分だろ? だから大人しく帰れ。 …それに、欲を出し過ぎると取り返しのつかない事になるのは想像できるだろ? いいか? これは忠告じゃなくて警告だ」
「いや、思い出した。さっきお前は女と子供を連れていただろう? 死にたくなければ両方差し出せ!」
カイルからの警告を無視して、どうやらセシルとセレンをご所望のようだ。
カイルは「ふぅ」と小さくため息を吐くと、盗賊どもを見ながらゆっくりと立ち上がる。
「二人は寝ているんだ。あまり大きな声を出すんじゃない。あの二人に起きられて大変なのはお前たちだぞ? まぁ、どちらか片方が起き出してきても結果は同じだけどな」
「うるせぇ! お前に指図される覚えはねぇんだよ!! さっさと連れて来い!!」
カイルがまだ下手に出ているのを良い事に、盗賊たちはヒートアップしていき、大声でカイルに罵声を飛ばし、脅しの言葉を投げつけている。
カイルは二人が気になって馬車の方を向くが… 誰も出てこない。
「あれ? どっちも起きて来ないの? はぁ… なら仕方ない。今夜は俺が担当か」
カイルは肩を落としながらも、今回は自分で処理をしなくてはいけないと思い、再び盗賊たちの方を向く。
と、ある事を思い出した。
セレンが魔法力の具現化の練習をしていたのを見て、カイルは魔法力では無く闘気の使い方について考えていた。
余り時間が無かったから、考えるだけで実験をしていなかったのを思い出した。
(ちょうどいい、実験に付き合ってもらおう)
カイルの想定するケースは、魔法が上手く使えない環境下や、武器が無い状況での戦闘だ。
魔法力が具現化できるなら、闘気も上手く形にする事ができるんじゃないかと考えていた。事実、魔法剣を使う際は闘気を刀身に纏わせている。
そこで思い付いていたのだが、実験までできなかった幾つかの考えを、この盗賊たちで試せるのだとすれば、これはカイルにとって都合が良い事なのかも知れない。
カイルの目付きが変わるのを盗賊たちは見ていなかった。
だから、まだ自分たちに余裕があると勘違いしてしまっている。
「おい! いつまで待たせてんだ? 俺達も暇じゃあねぇんだぞ? って、 …え?」
盗賊たちの言葉の途中で、カイルは剣も持たずに丸腰で駆け出す。
まさかこの人数を相手に一人で向かってくるとは想像していなかった盗賊たちは、その場から動けずにいた。
そして、近くにいた一人の髪を無造作に掴むと、そのまま後ろへと蹴り飛ばすと、カイルの拳には、蹴り飛ばした盗賊の抜けた髪の毛が何本か掴まれていた。
そして、拳ごと掴んだ髪の毛に闘気を込めると、まるで鋭い針のようにピンっとまっすぐになる。
これをちょっと後ろで倒れている盗賊の頭に突き刺すと、見事絶命させることに成功した。
「よし、イメージ通りだ。 …さて、君らには悪いが、俺の実験台になってもらうよ。去れと言ったのに言う事を聞かず、欲を優先した君らが悪いんだ。 …判断を誤ったな」
続いて、大地に手をつき一気に闘気を流す。
厚さのイメージは一枚の薄い紙、長さは自身の持つ片手剣と同じ長さ、それを大地から引き剥がすように持ち上げると、カイルの手には地面と同じ色の薄い剣のようなものが握られていた。
この、何も無いところから剣を作り出すカイルの異常さに、盗賊たちは逃げたくても体が動かない。
それを見逃す事も無く、カイルは駆け出して距離を詰めると、手近な数人をその剣で斬り飛ばす。
闘気を纏う薄刃の剣は、盗賊たちの装備をもものともせず、綺麗に両断する。
「ふむ、刀身はイメージ通りの薄さになったな。切れ味は抜群だし、後はこれに鍔があれば良いのか? 抜き身の剣だと何かと危険そうだしな… まぁ、改良の余地あり、だな」
自身の作り出した薄刃の剣の自己評価をした後、纏わせていた闘気を振り払うと、薄刃の剣は一瞬にして土に返り、カイルの足元にパラパラと落ちた。
それからカイルは、木の葉をナイフ代わりに投擲したり、木の枝を装備の上からも貫ける刺突武器にしたり、やっと動けるようになった盗賊の攻撃を大地から作り出した盾で防ぎ、中型犬の魔物が咬み付いてくるのを、葉っぱで作った防具で防いだ。
そして、大地の剣を造り出した時と同じように、水からも薄刃の剣を造って攻撃を続けると、盗賊たちは中型犬の魔物も含めてみるみる数を減らし、残りは一人となった。
「概ね今回の実験は成功、ってところか。魔法力に比べれば消耗の度合いも低いし、持ち運びの必要も無いから、これを通常装備にするのもありだな。 …さて」
辺りに転がる盗賊達を見ながら、実験結果を再度評価し、最後に残った一人に向き直る。
その一人は、両足をガタガタと震わせているが、泣きそうな顔をしながらも未だに剣を構えている事に、思わず感心してしまう。
「二度も帰れと言ったのに、無視した末路がこれだ。まだ剣を構えてる事は褒めてやるが、後一つ、実験が残ってるんだ。生かして帰す気は無いから、覚悟しろよ」
言い終えると、カイルの姿が消えた。
最後は風を纏って盗賊の後ろに回り込み、その背に掌を当てると闘気を流し込み、イメージする。
それは…
「闘気を激しく振動させ、体の内側から破壊する!!」
流し込んだ闘気にイメージを反映させると、盗賊は体のいたるところから出血し、その場に崩れ落ちた。
「うーん… 砂のように分解されると思ったんだけど、イメージとだいぶ違うな… それに見た目が悪い。もう少し強く、いや、速く振動させた方がいいのか? まぁ、また機会があるだろうから、その時にでも試すか」
そうして、火の番に戻ろうと後ろを振り向くと、セシルとセレンが驚いたような顔で立っていた。
カイルは焚き火のところへと歩き、薪を追加してその場に座るが、セシルとセレンはまだ立ったままだ。
「二人ともどうした?」
声をかけても、まだ動こうとしない。
「セシル? セレン?」
もう一度声をかける。
今度は名前で呼んでみた。
すると、何かを思い出すようにハッとした表情になると、カイルの方を向く。
「す、すみません。 …あまりにも信じ難いものを見たものですから、自分の中で処理するのに時間が掛かってしまいましたわ。それにしても、とんでもない事をしましたのね」
「そうよ。普通は大地からも水からも剣を作る事なんてしないし、考えもしないわよ。身の回りにあるものを武器にする事はあるかも知れないけど、カイルのそれは別の次元で問題なのよ。 …そんな認識無いでしょうけど」
「そんなに疑問符が出るような事か? だって、魔法も使えず武器も無い状態で戦わなくちゃいけない事だってあるだろ? 今のはそれを想定したんだよ」
セレンが呆れた顔をすると、セシルがやれやれと言った顔で話し始める。
「いいですか? カイル。今、貴方がした事は、非常に危険な事なんですの。そもそも、その環境下を想定すること事態が危険ですのよ?」
セシルが力説する内容は、その方法自体がとても危険な考え方で、それは暗殺にもっとも適した力だと言う。
なぜなら、武器の持込が禁止された状況でも、髪の毛一本あれば事足りるし、花瓶の水を使えば剣や盾も作り出せるのだ。
それが闘気の強さに比例するから尚更に危険極まりない。
最悪、自分の血でも武器を作り出せるとなると、安全と言う言葉はもはやどこにも存在しない事になる。
「それでも、使う側の人間次第なんだろうね。まぁ、やっちゃった事は仕方無いけどさ」
「それをセレンが言うのか? 自分も相当危険な魔法を使うだろ?」
セレンの魔法は対象範囲が広域だし、威力だけ見てもカイルの実験とは比べものにならない。
だから、セレンの魔法の方が危険だと思っていると、セシルに肩を掴まれ、真剣な表情で視線を合わせてくる。
「カイル。セレンも私と同じように危険で強大な力を持っていますが、私達のそれは刻まれた傷の影響によるものですわ。ですが、貴方のそれは違いますのよ? その発想と闘気を扱えれば、誰にでもできる事なんですのよ? 人も場所も、何の制限も必要としない、言わば純粋な力、そのものなのですわ」
「もちろん、カイルが想定する環境下ってのも、絶対に無いとも言えないしね。だから、それ以外で使わなければ大丈夫なんじゃないかな?」
カイルは、そこまで言われてようやく納得した。
確かに、セシルとセレンのやってる事は、見ても真似できるものじゃない。
だが、カイルの編み出したものは、それなりに戦える人が見れば再現する事ができるのだ。
その結果次第では、編み出した人がどうこうされる事ではないが、それなりに自責の念は生まれるだろう。
セシルとセレンはカイルのために、それを気にしてくれているのだ。
「分かったよ。これは、俺の不注意だった。通常は封印しておいた方が良いだろうな」
「いえ、私達もでしゃばった真似をしてすみませんでした」
「でも、カイルの心の負担を考えての事だから、そこは勘弁してね」
「二人ともありがとう。 …あぁ、話をしてたら夜が明けてしまったな」
「まったく、これは誰のせいなのよ!?」
三人で顔を見合わせて笑う。
その後、セレンの魔法で盗賊達の遺体を処理してもらい、カイルとセシルが朝食の準備を進めていると、山間から太陽の日差しが届いた。
「今日もいい天気みたいですわ」
「じゃあ、ご飯食べたら出発だね」
「よーし、朝も豪勢にいこうか。二人とも手伝ってくれ」
「「はーい」」
そうして三人は楽しそうに食事をしてから、次の目的地である村へ向けて出発をするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます