第6話 働いた結果は周りの意見で決まる

働いた結果は周りの意見で決まる



すっかり夜は明けて、ベークライト城の玉座の間では、渦中の二人が未だに顔を赤くして、国王の前に立っていた。

あの後すぐに呼ばれたため、二人とも着替えもできておらず、冒険者スタイルのままだ。

しかも、二人ともカイルの血で装備を汚している。


「今更何を恥じらっているのだね? 戦闘の最中はお互いを名前で呼び合い、あんなにも息の合った連携を見せていたと言うのに」


国王はニヤニヤと笑いながら二人を見る。

どうやら、セシルをからかっているようだ。

いつから見てたんだと思うほど、戦闘の序盤からの出来事を語っている。


「いやはや、本当に昨日初めて会ったとは思えないほどだったぞ。…おぉ、そうか。そなたらは心で通じ合っておったのだったな。わはははは」


笑いながら放つとどめの一言に、セシルが更に真っ赤になった。

でも、何でその事を知ってるんだろうと思ったが、自分もマリアに話したことを思い出す。


「お父様!!」


とうとう耐え切れなくなったようだ。

セシルが国王を一喝する。


まさかとは思ってたけど、本当にセシルはここのお姫様だった。

さんざん呼び捨てにした挙句、抱きしめてしまったが、果たして大丈夫だろうか?


本当に、今更ながら自分の軽率な行動に呆れてきた。

そして、ちょっと心配になる。


「わははは、すまんすまん。こう言うことでも無ければ、お前をからかえんではないか」


普段からの仕返しか何かか分からないが、国王は至って上機嫌だ。

カイルは会話に入れないが、何となくやり取りを聞いて状況を理解した。


「陛下。そろそろお二人をからかうのはお止め下さいませんか? カイル殿がついて来れません」

「ああ、そうだな」


国王の隣に控える執事が、二人を気遣ってくれ、脱線した話を元に戻してくれた。


「さて、まずは自己紹介だな。私がこのベークライト王国の国王、アルバルト=フォウス=ベークライトだ。隣は執事のクラウス。そして、そなたの隣にいるのが私の愛娘、この王国の王位継承権第一位のセシル姫だ」


国王はまじめな顔つきになり、自己紹介をしてくれる。

セシルの紹介はカイルに対しての警告か何か分からないが、姫であり、次期王女であると宣言された。

次はカイルの自己紹介になる。

それを察したセシルがカイルの一歩後ろに移動し、カイルがその場に跪く。


「陛下。お初にお目に掛かります。私は、マルテンサイト王国所属の冒険者、カイル=ルーン=ヴェルザークと言います」


すると、カイルのフルネームに国王の片眉がピクリと動いた。


「うむ。カイルよ、跪く必要はない。そなたは救国の勇者なのだぞ?」


なんだか、すごい言われようだが、ちょっと離れたところで立っているセシルが当然のことのように胸を張って大きく頷いている。


「御恐れながら陛下、救国などとは、…少々大げさなのでは?」


実際に大げさだと思う。

単に好きな子に降りかかった火の粉を振り払っただけなのだが、偶然にもそれがたまたま王国の姫だった、と言うわけで。 


「まぁ、まずは立ってくれ」


これ以上言わせるのも失礼なので、ゆっくりと立ち上がる。

すると、さっきまで少し離れたところにいたセシルが隣に来て並び直す。

こう言う気遣いができるのはとても素晴らしいと素直に思った。


「自覚していないようだが、明らかに敵はこの城を目指していた。そなたたちの働きが無ければ城に侵入していただろう。騎士団の大半は町への対応で出払っていたのだから、城が落とされたとしても不思議ではない状況だったのだぞ?」

「私共は、外での戦闘音を聞いた衛兵の報告を受け、城門のところで様子を見ていたのです。城にいた騎士達は城内で待機させてましたが、あなたは間違いなく国のために戦いました。私たちが証人です」


国王が事の大きさを説明し、クラウスが全て見ていたと証言する。


「そうですわ。私も見ておりましたので間違いありませんわ」


セシルが自慢げに胸を張って言い切る。

玉座の間には他にも人はいるのだが、皆、一様に頷いていた。


「わかりました。その栄誉、謹んでお受けいたします」


もはや、逃げることもできなくなったので、素直に国王からの感謝を受け取ることにした。


「さて、明日の夜に昨晩の慰労を兼ねて、城下で祝いの席を設けようと考えていた。カイルよ、そなたももちろん参加でよいな?」


さすがに今夜では早過ぎるだろうし、ギルドや町の被害もある。

それに、可能性としては敵の追撃も予想されるため、日をずらしたのだろう。

しかも、城下での祝勝会と言うことは、誰でも参加できると言うことだ。

そうすることで一体感ができ、結束も更に強くなるだろうし、国とギルドへの信頼も高まるはずだ。

さすがは国王だとカイルが感心した。


「はい、ありがとうございます。喜んで参加させていただきます。では、城下に宿を取りますので、詳細はギルドに聞けばいいでしょうか?」


喜んで参加することを伝え、城下に下りて宿を取ろうと思ったのだが、国王に呼び止められた。


「おいおい、何を言っておる。ここに滞在して皆と一緒に行けばいいではないか」

「!? お父様!! さすが、良いお考えですわ!! ええ、そうですわカイル! そうしましょう!」


国王は、カイルがこのまま城に滞在するのが当然だと言わんばかりに言うと、すかさずセシルも握り拳をつくって父親の意見に賛同する。

この手のやり取りは、こちらに勝つ見込みが無いのが分かるため、争うこと自体が無意味だ。

だから、カイルも降参したことを示すように軽く両手を上げる。


「分かりました。では、お言葉に甘えさせていただきます。それと、一度ギルドへ行って今回の報告と、少し情報収集をしてきたいと思います」


今回の襲撃について、全体像を知りたいと思ったし、いろいろ聞きたい事もあるため、ギルドに行くことは決めていたのだった。


「昨夜のあやつの件か?」


国王が表情を硬くする。

ハークロムの事は国王達も見ているし、その強さも目の前で見たことにより実感できているはずだ。


「はい。敵はハークロムと名乗りました。そして、私とセシル …姫を名指しで呼び、また来る事を言い残しました。今回はセシル姫のおかげで助かりましたが、次までに何かしらの対策が必要です。

そのためにも何かギルドで情報が得られないかと思ったのです」


あの言い方だと、すぐには来ないと思うが何かしらの対策は必要なのは間違いない。

敵だってセシルの攻撃に対する対応を当然してくるだろう。

いずれにしても、もっと情報が欲しいのだ。


「なるほど。そなたの意見はもっともだ。私も全面的に協力しよう。だが、条件がある」

「ありがとうございます。 …で、条件ですが、どのようなものでしょうか?」

「うむ。では条件のことだが、私はそなたの事をずっと前から知っておるし、そなたがセシルの心を救ってくれたのも当然ながら知っておる。父親である私にすらできなかった事を、そなたはやってのけたのだ。セシルとの強いつながりをもってな。だからこそ、そなたにはセシルを姫ではなく、一人の人間として扱ってやって欲しいのだ。この城の皆はそなたの事を認めておる。だから周りは気にせず、先ほどまで言っていたように呼び捨ててやれ。そして、私達にも普通に接してくれ。見よ、そなたがセシルに姫なんて付けて呼ぶから、セシルが落ち込んでるではないか。分かったか? それが条件だ」


見ると、セシルが目に涙を溜めてうつむいていて、今にも泣き出しそうになっていた。


「ありがとうございます、陛下。じゃあ、普通にさせてもらいます。…セシル、俺が悪かったよ。ゴメン。謝るよ」


国王の配慮に感謝してセシルの手を取ると、しっかりと目を見て謝罪する。


「分かっておりますわ。城に来て早々、普通の態度を取られたら、逆にお父様も驚きますもの。貴方がそのような方で無い事は重々承知しておりますわ。ただ、ちょっと拗ねてみただけですの」


それはそうだろう。

さすがのカイルでも、初対面の国王を前に娘を呼び捨てにできる訳がない。

まずは失礼の無いように話をすることぐらい承知してるが、その結果がセシルをちょっとだけ悲しませてしまった。

でも、これが最善だと思っての行動だったのだ、と言うカイルの胸の内を読み取るかのように「うふふ」とセシルが満面の笑みを浮かべる。


「それと、ギルドには私もご一緒いたしますわ」


そして、セシルは「でも」と付け加えると、カイルに一つの提案をする。


「まずは体を休めないといけませんわ。装備も綺麗にしなければいけませんし、ギルドへ行くのはそれからでも構わないと思いますの。仮に、火急の用であれば、向こうから出向いてきますわ」


そう言えば夜通し戦っていて、そのことを思い出すと体が重く感じるし、身に付けている装備品が血に塗れている。

これではギルドへ行ったときに騒ぎになりそうだし、そう考えればギルドは今すぐじゃなくても大丈夫だと思えた。


「そうだな。じゃあ、休ませてもらうよ」

「うむ、ゆっくり休むと良い。この城は自分の家だと思って良いぞ」

「では、こちらへ。私がお部屋までご案内いたしますわ」


セシルの案内で部屋へと向かう事になったのだが、こう言うのって侍女の仕事じゃないのかと疑問に思った。

案の定、向こうでは侍女が複雑な顔をしていたが、セシルが微笑むとその意図を理解したのか、微笑み返して小さく頷いていた。

そして、上機嫌のセシルがカイルを伴って歩きだし、しばらく城の通路を二人並んで歩く。

他愛のない話をしながら進んでいると、通路両脇に衛兵が立っており、そこを過ぎると内装が豪華なものに変わった。


(…これは、もしかすると…)


「セシル。急に内装が変わったけど、ここってもしかして…」

「ええ。お察しの通り、ここは王族の居住区画ですわ」


やっぱりそうか、とカイルの予想が的中した。

客間ではなく、王族専用の居住区に連れて来られたことからも、今後の方向性が想像できてしまうが、今はまだ何も言わずに大人しくしていようと思っていると、ちょっと歩いた先でセシルが止まった。


「さぁ、ここですわ」


そこには、緻密な彫刻がふんだんに施され、まさに豪華絢爛と言った風の大きな扉があった。

躊躇せずにセシルが扉を開くと、そこには巨大な空間があり、奥にはでかいベッドが置いてあるのが見えた。

この広さは、カイルの自宅が丸々入るのではないかと思ってしまうほどのものだし、周りに設置されている家具も全てが豪華なものばかりで、椅子のついた鏡台、執務机、5人くらいが並んで座れそうな大きなソファー、本がぎっしり入れてある本棚、その他の多機能テーブル。

更には洗面所、バス、トイレがあり、キッチンが無いだけで、それ以外ならここで自己完結した生活ができそうだ。

カイルはこんな豪華な部屋は見たことも無いため、呆気に取られていると、セシルがカイルの想像していた事をさらりと言い放った。


「今日から、ここを使って下さいませ。他にも必要なものがあればすぐにご用意しますわ」


セシルが部屋の中に入って、いろいろとチェックをしている。


今日からここで寝泊りするのは確定らしい。

恐らく、どんな断り方をしても、最終的にはイエスと言わせられるのなら、無駄な抵抗はしない方がいいと言う事を学んだのだ。

改めて、自分の格好を見てみると、さっきまで戦闘をしていた訳だから、当然ながら血も付いているし、体中が土や汗に塗れていた。

治癒の魔法で傷は塞いだから血は止まっているが、この状態でフカフカの絨毯を踏むのが躊躇われる。


「セシル? 気持ちはありがたいけど、こんな豪華なところじゃなくても良いんじゃないか? 俺の格好を見ても分かると思うけど、せっかくきれいな部屋なのに汚してしまうのは気が引けるんだが…」


こんな素晴らしい部屋だけあって、自分がこんなにも似合わないと言うのが、なんとも情けない。


「気にしなくても大丈夫ですわ。ここは、全然豪華じゃありませんのよ? カイルが冒険者だって事は城中のみんなが知っていることですし、お父様もそれなりに選んで、この部屋にしたのですわ。だから、遠慮など無用ですのよ?」


窓を開け、バルコニーの確認をしながらにこやかにセシルが答える。

やはり、無駄な抵抗だったことが確認できた。

どう言う経緯でカイルのことが城中に周知されたのかは怖くて聞けないが、セシル達もカイルのことを想ってのおもてなしなのだろう。

これ以上、抵抗するのは相手への失礼にあたるため、カイルはありがたく申し出を受けることにした。


「本当にありがとう。遠慮なくこの部屋を使わせてもらうよ。じゃあ、早速一休みさせてもらおうかな」


荷物を広すぎる部屋の隅に置いて、腕を上げて伸びをする。


「うふふっ。そうなさって下さいませ。私も休ませていただきますわ。では、後ほど私がお迎えに上がりますので、それまではお部屋でゆっくりしていて下さいませ」


そう言って、セシルが当然のように部屋の奥に進んで行くと、ベッドの脇にある扉に手を掛ける。


「ちょっと待った! セシル。その扉は?」

「もちろん、私の部屋に続く扉ですわ。うふふっ、ご心配なさらずに。お父様が用意していた事ですのよ? だから、私の部屋もここに変える事にしましたの。あぁ、そうそう。この扉には鍵がありませんから、私のところにはいつでも好きに来ていただいて構いませんわよ」


もちろんの意味が分からないし、扉には鍵無しと言うが気になるが、ここは何を言っても無駄だろうと、カイルはそれを受け入れた。


「分かったよ。それより、これから風呂に入ってひと眠りするけど、入ってくるなよ?」

「あら、お約束はいたしませんわよ? うふふっ」


いたずらっぽく笑いかけると、セシルが頬を赤く染めて微笑んだ。


パタンと扉が閉まるのを確認すると、風呂に入るために風呂場へ行くが、当然ながらその巨大さに驚いてしまう。

カイルの自宅のリビング並みに大きい風呂だったが、それも気にしないことにした。


まずは装備を外して、シャワーで体についた汚れと肌にこびり付いた血を洗い流す。

そして、やたらと大きな浴槽に身を沈めた。

湯温はやや高めで個人的にはこれくらいがちょうど良い。

大きく息を吸い込み、肺に溜まったその空気を吐き出すと、これまでの疲れがウソのように消えていく。


体を洗っている時、いきなり後ろからセシルが来ないかと警戒していたが、さすがに初日から全開で飛ばすはずも無いだろうと、それだけは安心できた。

十分にお風呂を堪能してから、脱いだ服を洗濯し、装備も綺麗に拭き上げる。


バルコニーを使っていいと言ってたので、持ってきた替えの服に着替え、洗い物と装備品は物干しに掛けて乾かす。


そして、これまた大きすぎるベッドに倒れ込み、ベッドのいい香りを思いきり吸い込みながら目を閉じた。


(…昨日は大変な一日だった。まさか、冒険者登録したその日にトラブルに巻き込まれるなんてな…)


でも、早くセシルを見つけることができたのは良かった。

ハークロムの事もあるけど、これからのことは一休みしたら考えよう…

そして、カイルは意識を手放した。


それから少しして、ベッドの隣のドアから小さくノックが聞こえた。


「し…失礼いたしますわ…。もう、お休みになりましたの?」


セシルがおずおずと顔を覗かせると、ベッドの上では、カイルが倒れ込んだまま、気持ちよさそうに寝息を立てていた。


「だいぶ、お疲れのようでしたものね、ゆっくりとお休み下さいませ」


優しく微笑み、ベッドに腰掛ける。


「うふふっ、やっと会えましたわ。私は名前もお伝えしてませんでしたのに、本当に私を探し当ててくれました。会うなり私の名前を呼んで下さいました。あれは本当に驚いたんですのよ? そして、一緒に戦ってくれました。守ってくれました。…とても …とても嬉しかった。私、ずっとずっとずっとずーーーっと、貴方が来るのをお待ちしておりましたのよ? もう、絶対に離れませんわ」


カイルの手を取り、やさしく微笑みながら想いを口にする。


「ちょっとくらいは良いかしら?」


そう言って、いたずらっぽく微笑むと、カイルの隣に横になり、ゆっくりと目を閉じた。


「…うぅ …うん?」


そろそろお昼と言う頃、カイルが身じろぎして目を覚ます。

が、どうにも様子が変だ。

やけに右腕が重いと右腕の方を見てみると、幸せそうな顔をしてセシルが寝ていた。


ちょっと寝た隙に、好きになった女の子が自分の隣りで眠っている。

そんな信じられないシチュエーションにカイルの緊張感も最高潮に達してしまう、と思ったところで、いつも隠している左の顔があらわになっていることに気付いた。

見ると、額の左側から左の頬にかけて大きな斬り傷がある。

これは、刃などの鋭いもので斬られたのではなく、爪や刃を潰した斬れ味の悪いもので引き裂いたような傷だろう。

だから傷の幅も大きく、最悪なことにその傷が左眼を通過しているため、左の眼は完全に潰れてしまっていた。

これではもう閉じたままで二度と開くことは無いだろう。

どんな経緯で付けられた傷かは分からないが、悪意ある者が負の感情を込めて付けた傷であるため、治癒などの魔法が一切効かず、このように目立つ傷が残されたのだろう。

この国の次期女王であるセシルの顔に、こんな傷が付いたままにしておくはずが無いことからも、この傷に込められた悪意の深さを感じてしまう。

目の前で幸せそうに眠る愛くるしい少女の心を折った原因は、多分これだと思った。


それでも今は、元気に笑い、いたずらな顔をし、恥じらいに頬を染める。

時折、寂しそうな表情を見せることもあるが、それでも気丈に頑張っている。

本当に強い女性だ。

初めて会った時から、既にカイルは心から惹かれていた。


その寝顔に見惚れていると、


「…うぅ ...ん…」


右の長いまつげが微かに動き、赤見がかった大きな目が開いた。

ぼんやりと、まだ完全に覚めていないその目は、カイルを見ると大きく見開かれる。


「あ、あれ? なんで? なんでカイルがここにいるの?」


言葉遣いも素になっている。

どうやら状況が飲み込めていないようだ。


「ここは俺の部屋だよ。俺の知らない内にセシルが来たんだろ?」


そう言って、繋いだままの手を見せる、…と、途端にセシルの顔が赤くなる。


「こ、これは、失礼しました!!」

「大丈夫だよ、ありがとう。おかげでいい夢が見れたよ。セシルに添い寝してもらうと夢見が良いなら、今夜もお願いしようかな?」


いたずらに微笑んで、冗談で今夜も添い寝してくれないかとお願いをしてみた。

ぼんっ!と音がしそうなくらいの勢いで、セシルが更に真っ赤になってしまった。


「あ、あのっ、そ、その… わ、私で良ければ、 …い、いつでもご奉仕させていただきますわ」


なんか違う方に行きそうな感じだったので、カイルは話題を変える。


「考えとくよ。さて、お昼を食べたらギルドに行こうか」

「は、はいっ!!」


まだ、現実に戻りきれてないセシルを伴い、城の食堂へと向かった。


食堂ではシェフが気を利かせてくれて、中庭に準備してくれていた。

今日は天気が良く、外での食事がとてもおいしい。

二人でゆっくりと食事をとり、装備を身に付けてからギルドへと赴いた。


ギルド内は、昼下がりにも関わらず、大勢の冒険者であふれていて、皆、昨晩の襲撃のことで話が盛り上がっていた。


カイルたちは、冒険者たちの間を縫って受付に行く。

簡単に報告を済ませると、昨日のことについていろいろと聞いてみたが、有用な情報は無かった。

襲撃された場所も、敵の数も出現場所も、全てがきれいに町中に散っているのだが、それが逆に不自然さを感じさせる。


今回、意図的に町全体に散らしたところを見ると、こちらの戦力を分散しつつ町に足止めをさせるのが目的だったのだろう。

ハークロムのような別動隊は他にいなかったようだが、やつらの本来の目的が不明のままだ。 

いずれにしても、今回の事件は何も分からない、後味の悪いものだった。


とは言うもの、再び襲撃することを仄めかすような宣言をして行ったのだから、警戒だけは継続することした。

セシルも了解してくれたので、二人でギルドを出ようとすると、受付の人に呼び止められる。

何事かと思ったら、お金の入った布袋を渡された。

ずっしりしてるから、結構入ってるようだ。


どうやら、襲撃の際に戦闘に参加した冒険者への褒賞金らしい。

ちなみに、撃退ランキングもあったらしく、カイルとセシルは13位だそうだ。


セシルがそれに対して不謹慎なのでは? と言っていたが、今回のような全冒険者を対象にした依頼の場合、冒険者への褒賞金はランキング順となっているらしく、遠回しに「報酬が欲しければもっと強くなれ」と言うギルドからの思いもあるのだろう。


さて、せっかくギルドに来たというのに情報が無いのなら、これ以上やることも無い。

暇を弄ぶくらいならギルドの依頼でも探そうかと思ったが、今は隣りにセシルがいる。

まさか、お姫様を冒険に連れ出せるわけもないし、かと言って明日の夜までやることが無いのも事実だ。


(…あ、そうだ)


と、カイルが思い出した。


「セシル。覚えてるかな? 魔法剣のこと。興味があるなら教えようか? って言ったけど」

「もちろん、覚えてますわ。教えて下さいますの?」


襲撃の時に言ったことを聞いてみると、嬉しそうな顔をするので、早速、城に戻り訓練場での練習を始めることにした。


今回は、剣に魔法を付与させるための練習だ。

そのためにセシルも魔法銀の剣ではなく、普通の騎士剣を使ってもらう。


まずはセシルに、どういった仕組みになっているかを、カイルが実演しながら説明する。

剣を構えると、集中して闘気を剣に送り込むのだが、これは剣を使うものなら普通にできる事だ。

次に、剣全体に闘気が行き渡ったらそのまま維持させるのだが、これが最初の難関だ。

集中が乱れると、剣に乗せていた闘気が霧散してしまうため、常に一定量を送り込む必要がある。

そして、闘気の乗った刀身に魔法を乗せるのだが、闘気はそのまま維持しながら、目的の魔法を発動しなければいけない。

上手くいけば、これで魔法剣が発動したことになる。


「これは… 凄いことを考えつきましたのね。私はそのようなこと、思い付きもしませんでしたわ。さすがはカイル、革命的ですわ」


と、感心したようにセシルが大きく息を吐いた。


一言で言えば、闘気を出しながら魔法を使うという、二つの事を同時進行しなければいけないのだが、これは慣れれば誰でもできるようになるし、更に訓練すれば複数の魔法を乗せることも可能だ。

一般的な魔法剣は魔法銀の剣に魔法を掛けることで成り立つため、魔法銀のもの以外には魔法を乗せることはできないとされている。


しかし、カイルのそれは魔法銀の代りに自分の闘気を使うため、基本的にはどんなものにも魔法を乗せられるようになる。

それに、使わなくなったら、闘気を消すだけで魔法も霧散するし、魔法を乗せたまま闘気ごと敵に向けて放てば、魔法攻撃としても使う事ができる。


聞くだけだと簡単そうだけど、実際にやるのは難しいらしく、セシルもなかなかうまくできないようだが、決して諦めずに練習をしている。

そして、コツコツとできるところから伸ばしていき…


「やった!! できましたわ!!」


たった数時間で魔法剣が使えるようになった。

セシルの魔法センスは大したものだ。


「じゃあ後は、実践を踏まえた訓練をしようか。これは、戦闘中に魔法剣を発動するための訓練だから、戦闘中に闘気を纏わせるための集中力、魔法を使うための集中力、これらが必要になる。慣れれば一瞬でできるようになるから、繰り返してコツを掴もう」


そして、模擬実践訓練を始める。

お互いに使うのは木刀。

この模擬戦闘の中で、セシルが魔法剣を発動できれば合格だ。


ちょっと軽めに行こうかな? と思った矢先、セシルが中腰のまま勢いよくカイルに向かって駆け出してきた。

しかも、なかなか速い! 

そして、いつの間にか二刀を逆手に構えている。


そこから、一気に間合いを詰めると、右手から横薙ぎの一撃が出てくる。

その横薙ぎをギリギリで後ろに避けると、すかさずセシルの体が回転して、左手からも横薙ぎの一撃が出てくる。

初太刀をギリギリで躱したカイルは二撃目の木刀を躱せないため、その攻撃を木刀で受けると、頭上から右手の一撃が降りてくる。

それを避けると、同じように頭上からの左手の攻撃が来た。

しかもセシルは中腰のままだから、この高低差がどうにもやり辛い。

右に左にセシルの体が回転し、その都度攻撃が出てくるから、カイルは防御主体になってしまう。


そして、喉元に右手の一撃が来たところで、後ろに距離を取ってしまったカイルの目に映ったのは、

今まさに飛び込んで来ようと言う体勢で、二刀に魔法剣を発動したセシルの姿だった。


「カイル? 見ました? 私、戦闘中に魔法剣を発動しましたわよ?」


セシルが嬉しそうにその場で飛び跳ねている。

それは、あっと言う間の出来事だった。

カイルが本気ではなかったとは言え、決して甘く見ていたわけでは無く、セシルが想像以上に強かったのだ。


「あ、あぁ… いや、すごい剣技だな、初めて見たよ。そして、魔法剣も合格だ」


それにしてもあの剣技。

重心を低くすることで攻撃する時の回転の姿勢を安定させ、小さい体型を活かして小回りを主体にしているのか。


通常の斬撃の他に、回転による遠心力も加わるから、体重差があったとしても大きな違いは出ないだろう。

受け側にしてみれば位置が下がるから受けにくいはずで、難点と言えば運動量が多い事くらいか。


「まるで、セシルのために編み出された剣技だな」

「うふふ。すごいでしょ? 城の図書室にあった古文書で覚えたんですのよ」


ふふん、と嬉しそうに胸を張る。


「あれで魔法を使った移動も合わせられれば、ほぼ無敵になるんじゃないか?」

「あの、カイルがいつも使う風の魔法みたいなものですわね?」

「セシルの魔法センスならできると思うんだよ。でも、セシルは風ってイメージじゃないんだよなぁ… なんだろ? ピンと来ないんだよ」

「そうですわね。私、風はあまり得意ではありませんの。光系の魔法が得意ですわね」

「光… 光ねぇ… うーーん…」

「私も何か考えてみますわ。さて、動いたらお腹が空きましたわ。そろそろ食事にしませんこと?」


お腹をさすりながらセシルが微笑むと、カイルたちは訓練場を後にして、食事に向かった。


そして、食事も終わり、風呂にも入り、そろそろ寝ようかと言う場面なのだが、カイルの目の前には大きな枕を抱いた寝巻き姿のセシルが、顔を赤く染めてモジモジしながらベッドの脇に立っている。


淡いピンク色の髪の毛はしっとりと濡れており、シャンプーの良い匂いがふわっと漂ってくる。

薄い水色のワンピース風の寝巻きは、ゆったりとしたサイズになっているが、寝巻きなのにフリルがふんだんに使われている。

胸のところに大きめなリボンが付いており、セシルの実年齢よりも幼く見えてしまうが、それがまた素晴らしく良い。


それだけでカイルの顔は赤くなり、心臓の鼓動が聞こえてきそうになる。

もしかして、お昼に言った添い寝の話を、本気で受け取ってしまったのか?


「え、と。俺が一緒に寝ようってお願いしたんだよな?」…コクリと頷く。

「俺は嬉しいんだけど、セシルはホントに良いの?」…コクリと頷く。

「へ、陛下にバレたらまずい?」………ちょっと間をおいてふるふると首を振る。

「ありがとう。じゃあ、一緒に寝ようか」ぱあっと笑顔になる。


もしかして、追い返されるんじゃないかって心配してたのかもしれない。


二人でベッドに入るも、なんだか気まずい。

なんか、隣からは石鹸のいい匂いがするし、お互いに心臓の音がうるさい。

添い寝のお願いなんてするんじゃなかった、と思いそうになったけど、セシルが勇気を出してきたのに、それをムダに出来るわけがなかった。


「…俺さぁ、ずっと山の中で暮らしてたんだよ。で、ウチの両親が…」


突然、カイルは昔話を始めた。

そう言えば、お互い名前以外のことなんて知らないのだから、そう思って話をしてみた。


主に失敗したこと、両親にしごかれたこととか、セシルも笑いながら聞いてくれてた。

そして、いつの間にかセシルの寝息が聞こえてくる。

幸せそうな顔をして微笑みながら眠っている。

その手は俺の寝間着を握って放さなかった。


「おやすみ、セシル」


そうしてカイルも微笑みながら目を閉じた。



翌日、二人はいい夢を見て目覚めたと思う。

良い意味でさっぱりとした表情になっている。

恥じらいはまだ残るが、それを上回る幸福感を感じていた。


お互いに朝の挨拶を交わし、いったんセシルは部屋に戻り着替えてくる。


国王を交えての朝食を終え、再びセシルとの模擬実戦訓練に挑む。

セシルの上達振りは目を見張るものがあり、例の剣技はカイルも半分以上は本気を出さないと

まともな勝負にならないほどにまで上達していき、お昼過ぎには魔法剣の起動ですら、一瞬で完了できるようになっていた。


お姫様をこんなに鍛えて良いのかと思ったが、国王は全く気にしておらず、むしろ、娘が喜ぶのなら、と更なる訓練もお願いしてきた。

ふと、カイルが気になったのは、セシルの異常なまでの成長速度だった。

通常、初見の技などは内容を教えてもらったとしても、自分の中で噛み砕いて試行錯誤し、失敗を積み重ねて自分のものにしていくのだが、セシルの場合は砂に注いだ水があっと言う間に吸収されてしまうように、技の再現をしていく。

果たしてそれはセンスが良いの一言で終わらせていいものだろうか、他に何かの要因があるのではないかと思わず勘ぐってしまう。

目に傷を負ってから鍛え始めたと言っていたが、そうなるとここ数日でのあの上達振りと言う話になる。

セシルを疑う訳ではないが、本当に人なのかとカイルは思わず身震いしてしまうのであった。


そして、夕方。

カイルたちは馬車で城下の広場に向かうと、そこは大きな広場で、今夜は先日の襲撃に対する祝勝会が開かれる。

国が主催し、町の人全員が参加対象だ。


広場に並べられたテーブルには、城と町の料理人が競い合い、所狭しと料理が並べられている。

やがて、辺りも暗くなり、ランタンの明かりが広場を灯し始めた頃、


「お集まりの皆さん。これから我等がベークライト王国、アルバルト国王陛下よりお言葉を頂戴します」


ギルド長が進行を始めた。


「我等が国民、ならびに冒険者ギルドの誇り高き冒険者たちよ。此度の戦い、真にご苦労であった。

そなたたちのお陰で、犠牲者は無く、魔物たちも殲滅することができた。皆の働きの結果である。今宵は祝いの席を設けさせてもらった。さて、グラスは持ったか?」


国王がグラスを高々と掲げる。


「栄えある冒険者ギルドと、勇敢なる我等が民に!!!」


国王が声を張る。


「我等がベークライト王国に!!!」


冒険者ギルドと町人が声を張る。


「さぁ! 今宵は存分に楽しめ!!!」


国王の宣言でお祝いが始り、一気に騒がしくなった。


「よぉ、お前がカイルか? そして、そっちは… 姫様だな?」


会場の隅の方でセシルと食事をしていると、中年の冒険者らしき人に声を掛けられた。

かなりの筋肉質で、強そうな雰囲気を醸し出している。


「そうだけど、そっちは?」


自分は名乗りもせず、いきなり声を掛けてきたことで、ちょっと警戒する。

食事を続けたまま、索敵もしてみたが、特に異常は見当たらなかった。

まさか、このタイミングで襲撃はしてこないだろうが、用心はしておいた方が良い。


「あ? あぁ、すまん。俺はここのギルド長で、ニーアムだ。そんなに警戒しないでくれ」


両手を上にあげて敵意が無いことを示す。


「いえ、こちらもすみませんでした、つい…」


勘違いとは言え、警戒していたことを謝罪するが、何しに来たのかが分からない。

そう思ってると、目の前にお金の入った布袋がドサッと置かれる。

その音からしても、かなりの量が入っているようだ。

近くにいた冒険者連中が、そのお金の音に反応して一斉にこちらを向く。


「これは礼金だ。町の連中に話を聞くと、お前らは城も守ってくれたらしいじゃないか。それに対する報酬としては正当な額だと思うぞ? だから、遠慮なく受け取れ。それがお前らの義務でもある」


周りの連中にも聞こえるように、やや大きな声で話をするニーアムに、冒険者連中がザワつき始める。


「他の連中にも十分聞こえただろ? こうすれば、いい仕事にはいい報酬が出ることを学習して、

もっといい仕事をするようになるからな」


ニーアムはにやりと笑うと、カイルたちに背を向け、手を上げながら去っていった。


「私たちの頑張りをちゃんと見ていてくれた、と言うことですわね」


セシルが微笑む


「働いた結果と言うのは、周りがちゃんと見ていてくれて、それが形として残るのだよ」


ぽん、とカイルの肩に手を乗せた国王が、お前たちの働きはみんなが見ていたんだと言う。

カイルは周りを見渡すと、ギルド、町人、城の関係者みんなが、楽しげに酒を酌み交わし、話に華を咲かせている。


カイルはこの国に来てまだ二日目だが、この国のためなら戦っても良いかと思い始めていた。

それほどまでに、この国が好きになり始めていたのだった。

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