第5話 空気の読めないヤツはどこにでもいる

空気の読めないヤツはどこにでもいる



カイルに手を握られ、大きく目を開くと同時に恥ずかしそうに目を伏せる女性。


フワフワした淡いピンク色の髪をきれいにまとめ、流れるような前髪は左眼を隠している。

整った顔立ちで、ぷっくりとした唇も、とても魅力的だ。


そんな子が頬を赤く染めて、恥じらうようにモジモジしている。

身長はカイルよりも頭半分くらい小さく、歳は15~16歳ぐらいに見えるが、女性らしさも窺うことのできる身体つきをしていた。


カイルはその女性の手を握ったまま、見惚れてしまっている。

たぶん、顔は赤くなっており、心臓は言う事を聞かないくらい鼓動を早くしている。

言い表す事のできない感情が溢れ出しそうだ。

パニックになりかけていると、可憐な声が聞こえてきた。


「…あ、…あの… …ど、どうか …なさいましたか…?」


羞恥心に耐えられなくなったか、目を潤ませながら女性がおずおずと話しかけてきたのだった。


カイルは我に返ると、握っていた手を放し、一歩離れた。


「…あ」


女性が何となく寂しげに小さく声をあげる。


「あぁ、こ、これは失礼しました。つい、あなたに… 見惚れて… しまって… その…」


反射的に謝罪を行うも、思わず本音が出てしまい次の言葉が出てこない。

しかも、「見つけた!」と、カイルの心が告げている。

この女性に間違いない。

女性は更に顔を赤くするが、目は反らさず、カイルの顔を嬉しそうに見つめている。

どうやら、次の言葉を待っているようだ。

カイルは、やっと見つけた嬉しさを抑えつつ、やさしく微笑み言葉を出そうとしたその瞬間。

表の通りで、耳をつんざくような激しい爆発音が鳴り響いた。

爆発か!? 地面はその衝撃の大きさを物語るように振動を伝えている。


(何か起きた!)


カイルが外に駆け出すと、そこは狩り場で感じる独特の雰囲気に包まれていた。

規模はまだ分からないが、どうやら襲撃を受けているようだ。

すぐに女性も出て来て周りを確認している。


「君は戦えるの?」


カイルは女性に問いかける。

ギルドで見掛けて道具屋で会ったんだから、間違いなく彼女は冒険者だろう。

なら、避難した方が良いと言うのは失礼なことだ。

だから、戦えるのか聞いてみた。


「大丈夫ですわ。絶対に貴方の足手まといにはなりません」


嬉しそうに微笑みながら答えを返す。


(…あれ? これって一緒に戦っても良いってこと?)


カイルが思わず心の中でガッツポーズした。


「よし、分かった。じゃあ、行こうか」

「はいっ!」


通りに出て、音のした方向に目を向けると、ギルドの方から煙が上がっている。

どこかの建物が燃えているようで、夜の闇に向けて大量の火の粉を撒き上げていた。


すでに多くの冒険者が通りに出ており、同じように状況を確認していて、いたるところで聞き慣れた金属音や獣の雄叫びが聞こえてきた。

どうやら、何かと交戦中のようだ。


すると突然、二人の前に黒くて大きい何かが現れた。

目は赤く染まり、口からは涎を垂れ流している。

熊のようだが、腕が一対多い。四本腕の熊だ。大きさは3メートルくらいの巨大熊だ。


「魔物の襲撃か…」


くそ、空気の読めないヤツだ。

と、言おうとした時、ブツブツと後ろから聞こえてくる。


「ブツブツ… せっかくいい所でしたのに …ブツブツ …空気の読めないヤツですわ …ブツブツ… 絶対に許さないわ…」


どうやら同じことを思ってたらしい。

心の声がちょっと漏れていたのが聞き取れた。

早めに終わらせようと剣を抜くと、彼女に問いかける。


「他にも魔物がいそうだから、ここは早めに終わらせよう。連携を取るためにお互い呼び捨てでいこう。俺はカイル、君は… セシルだね?」


名前を呼ばれた女性は驚いたように目を丸くする。


「遅くなってゴメン。でも、やっと君を探し出せた!」


彼女の眼を見ながら、わざと笑顔で言い切った。

ぼんっ! と言う音が聞こえそうなくらいの勢いで、セシルの顔が赤く染まる。


「は、はいっ!! 私も… 私もずっと、ずっとずっと貴方をお待ちしておりましたわ!」


胸の前で手を組み、満面の笑顔で答えてくれた。

その可愛すぎる仕草にカイルも頬を染めながら、戦闘開始の声を上げた。


「じゃあ… 行こうか!!!」


手始めに、カイルは風の魔法を使い、疾風と化して目の前の巨大熊に斬りかかる。


「え? ち、ちょっと! カイル!!」


目の前で、突然とんでもない速度で正面から巨大熊に斬りかかるカイルに、セシルは驚きの声を上げる。

カイルは巨大熊とのすれ違いざまに、脇の下を斬り付け、そのまま反対側へと抜ける。

そして、抜け切ると同時に反転し、再び疾風となって飛び上がると、左側の首を斬り付けた。

動物の熊ならこれで崩れ落ちるが… さすがは魔物。

これくらいではびくともしないようだ。

セシルの前に戻り巨大熊に向き直ると、ダメージはありそうだが、あまり効いてないようだった。


目を見張るような疾風が、巨大熊を斬りながら一往復した。

それを目の当たりにしてセシルは驚きを隠せない。


「攻撃の速度も凄いのですが、魔法と剣技を組み合わせて使うと、こんな攻撃ができますの?」


信じられない、と言う顔をして独り言のように呟く。

その間にも、巨大熊は自分を斬り付けたカイルに狙いを定め、四つ足ならぬ六つ足で突進してきた。


「じゃあ、これならどうだ!!」


そう叫ぶと剣に闘気を流し、それを炎の魔法で包むと、剣が鮮やかな赤に輝いていく。


「えぇっ!? まさか、魔法剣ですの!?」


セシルが驚きの声を上げる。

剣に魔法を付与して攻撃する魔法剣は、見た目ほどにダメージが少ないため、使い手はほとんどいない。

魔法力と体力を多く消費してしまう上に、魔法銀の武具にしか魔法を乗せられず、その素材となる魔法銀そのものが高価であり、武具に加工すると更に高額になってしまう。

そのことからも研究が進まず、魔法剣の使い手がなかなかいない原因となっている。


「まだだ! もっと高温にするために、風を取り込む!」


カイルは剣に輝いている炎に対し、更に風の魔法を乗せ、大量に空気を送り込む。

すると、赤く輝く炎は更なる空気を取り込み、やがて青白く輝きだし、凄まじい高温になっていることを示した。


「し、信じられませんわ… 魔法を二つ付与して火力を上げるなんて… それに、青白い炎なんて初めて見ましたわ… それよりも、あの剣は魔法銀じゃないのに、どうやって魔法を付与していますの?」


信じられないものを幾つも目の当たりにして、思わずセシルが声をもらす。

そして、突進してくる巨大熊に向かい、カイルは魔法剣を構えると再び風を纏って疾走する。

カイルと接触する直前、巨大熊が立ち上がり、右腕を振り上げる。

が、そこに腕は無かった。


一瞬の間を置いて、ドンッ! と言う音と共に、丸太のような腕が一本、巨大熊の正面に落ちてきた。

一体、何が起きたのか分からず、立ち尽くす巨大熊だったが、カイルがその隙を見逃さず、懐に潜り込むと正面から斜め上に飛び上がり、巨大熊の首をカイルの魔法剣が両断した。

そして、その数秒後に巨大熊が大きな音を立てて倒れ込んだ。


斬撃された断面は全て焼き切れており、血も出ていない。

それは、巨大熊が現れてから五分もかからない討伐となった。


「よし、コイツは討伐完了っと。セシル、大丈夫?」


魔法剣を解除し、腰の鞘に剣を戻しながら、驚きの余り動けなくなっているセシルに声を掛ける。


「す、すごいですわっ!! わ、私あのような魔法剣、初めて見ました!! あんなに太い腕と首を一太刀で切断したことも信じられませんわ!! それに、どうやって通常の剣に魔法を付与するのかは分かりませんが、使い手が違うとこんなにも凄い威力になるんですのねっ!! 素敵ですわ!!」


少しの溜めの後、興奮気味にセシルが声を上げた。


「あ、ありがとう。あれは闘気に魔法を纏わせてるんだよ。興味があるなら教えようか?」

「ぜひ、お願いしますっ!!!」


カイルの申し出に即答するセシルは、胸の前で手を組んで嬉しそうにしている。

もちろん、教えることを約束してカイルたちは次の行動へと移ることにした。


「さて、次に行こうか。 …っと、索敵するからちょっと待って」


自然と魔法剣を教える流れになってしまった。

嬉しくて思わずドキドキしてしまうが、何とか平静を保って、索敵をはじめると…


「索敵… ですの?」


何それ? 的な感じで、可愛らしく小首を傾げたセシルが聞いてくる。

平静を装っているカイルが疑問になっていることを聞くと、どうやらこっちでは索敵と言うよりも自分の目や気配で敵を探すのが主流らしい。

カイルは魔法力を周りに放出し、生き物の魔法力を感じとる方法を使っている。

気配は見付けられないけど、生き物なら魔法力が少なからずあるため、見付ける事は容易だ。


それに、気配の無いゴーレムでも検知することができるし、魔法力だって全然使わなため、訓練次第では相当遠くまで範囲を広げることもできると言う、マリアから教わった冒険者必須の技術だ。

と、聞いていたのだが、セシルの反応を見る限りではそうでも無いらしい。


狩りをしてる連中なら、これくらい使えて当然なんだけど… これも、あとでセシルにも教えてあげよう。

と、セシルに説明しながら索敵していると、 …見つけた。

町中いたる所に点々としていて、その数は… 20~30体くらいか...? それなりにいるようだが、何か違和感を感じる。


「ここは城下町だし、こんなに目立てばすぐに冒険者や騎士が出てくるって分かりそうなのに、配置を町中に分散させる理由って何だろう?」

「戦力の分散か、もしくは陽動… でしょうか?」


思わずつぶやいた言葉にセシルが反応する。


やっぱり、誰でも今のような話を聞けばそう思うだろう。

確かに、いきなり出てきて町を混乱に落としたってことは、注意をどこかに引き付けるためなのだろうが、町中に分散してるということは、町の中だけに戦力を集中させておきたいと言うことも有り得る。


なぜなら、一か所だけに集中させると暇になるやつが出てきて、根源となる敵探しをするからだ。

ならば、特定できないほどに敵を分散させれば、そちらの対応をしている間は町外れが手薄になる。それが目的なのだろうか? と思い、さっきよりも索敵の範囲を広げると、ひときわ大きな魔法力と共に、幾つかの魔法力が町外れに向かっているのに気付いた。


「セシル。ここから東の方、町の外れに向かってるヤツがいる。そこには何がある?」

「城ですわ!!」


セシルはハッとしたように顔を上げ、叫んだ。


「!? 急ごう!! セシル、先導してくれ!!」

「分かりましたわ!! 行きますわよ!!」


セシルの話を聞くなり、カイルたちは城へ向かって駆け出した。


その頃、ギルドでは大規模な魔物討伐隊が編成され、町のあちこちで戦闘が繰り広げられていた。

城からも騎士団が派遣され、討伐隊と協力して魔物の数を減らしている。

町の人たちは家に閉じこもり、家の中で戦いが終わるのを、ただひたすらに待っていた。


襲撃してきた魔物は、主に動物型の魔物だった。

しかし、動物型とは言え魔物だ。

通常の獣よりも頑丈で強い。

中には魔法を唱える動物型の魔物だっている。


それ故に、魔物との戦闘は命がけだ。

何があるか分からないため、一瞬でも気を抜くことはできない。

しかも、個体ごとに差はあるものの、魔物は体が大きいほど強い。

熊ほどの魔物であれば3~4人で倒すレベルだ。

ソロなんて自殺行為に等しいと言われている。


そんな中…


「なぁ、これ見ろよ。傷口から見て一太刀だ。こんな太さを両断ってできるもんなのか?」

「傷口が焼き切れてるが、魔法じゃあこんな切り口にはならないよなぁ。魔法剣ってのもあるが、こんなに切れるモンでもないだろ」

「なら、やったヤツもバケモンだってことか」


討伐隊が、この辺りに出没した魔物の中でも大きい部類に入る巨大な熊の死骸を見つけてつぶやいていた。


そこから城へ向かうため、町の中を二人で疾走する。

途中、カイルたちの行く手を遮った魔物たちは返り討ちに会い、倒された死体が点々と続いていた。


「はぁ、はぁ… もうすぐ、城の城門が見えますわ!」


カイルを先導するために、前を走るセシルが声を張るが、息が上がり始めている。

ずっと走り続けているのだから無理も無い。


「急ごう! 敵の気配は、既にこの先に行ってる!」


カイルも索敵の結果をセシルへ共有する。


このまま走っていても、セシルの足に合わせていては、間に合わなくなるかも知れない。

それに、セシルの反応からして城の関係者であることは間違いない。

恐らくは…

敵がどこまで行ってるか分からないが、少しでも早く追い付く必要がある。


仕方無いと判断したカイルが、セシルに声を掛けた。


「セシル! ゴメン!!」


カイルはセシルに一言謝ると、前を走るセシルを追い抜きざまに、後ろから抱え上げる。

まぁ、いわゆる『お姫様だっこ』である。


「いくぞ!!」


そして、自身に風を纏わせ一気に飛び上がる。

その後ろを風が後押しし、更に高く舞い上がった。


「わわっ!? な、なに!? き、きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」


セシルがカイルの首に抱き着く形で絶叫する。


「空を飛んでる…」


しばらくした後、ちょっと落ち着きを取り戻したセシルが、目を輝かせている。


まぁ、緊急事態だし仕方ない。

あまり人前で飛ぶな、とマリアからきつく言われていたが、今は仕方ないと自分に言い聞かせ、短い時間だけど目の前の可愛い生き物が必死に抱き着いてくる感触を楽しむ。


(…不謹慎だけどな)


少し飛ぶと城門が見えたので降下する。

ちょっと残念がるセシルを降ろし、索敵を始めると、後方に反応がある。

町から城までは丘を回るようなルートだが、空を飛べば直線距離でこちらの方が速いため、追い越したらしい。


(良かった…まだ城門まで来ていなかった)


「どうやら間に合ったようだ。夜空の散歩もなかなか良かっただろ?」

「突然抱き上げないでくださいませ。 …心の準備ができませんでしたわ…」


からかうように言うと、ふいっと顔を背け、セシルが真っ赤になる。

うん、やっぱり可愛い。


「…来た」


カイルが言うと、正面から6体の魔物が姿を現した。

最悪な事に全員人型だ。

人型は人間と同じに魔法や武器を使う。

身体能力は強化されてるから膂力も熊以上だし、魔法力は無限に近いとも言われている。

希望としては一対一で戦いたいところだが、そうも言っていられないだろう。

細身のヤツを中心に5人が囲んでいる状態だ。


「…あの細いのがリーダーか?」


6人は武器を持たず、軽装に近い装備を身に着けている。

だが、装備自体が黒色を主体としているようで、ここからだと何をどこに装備しているか分からない。

見た感じではチームみたいだが、バラバラにも見える掴みどころの無い連中だ。


「待て、お前らは何者だ? 目的はなんだ?」


声の届くところまで来たようなので、話が通じるか分からなかったが、一応問いかけてみた。

まだ剣は抜いていない。


「お前には関係ない。答える義務もない。死にたくなければ道を空けろ」


通じたけど、聞く耳は無いようだ。

まだ相手からの魔法力は感じられない。


「待てって言ってるだろ? そもそも、タダで通れると思ったのか?」


なおも進もうとするため、カイルは挑発しながら剣を抜く。

セシルもそれに合わせて魔法力を高め始める。


「どうやら死にたいようだな。 …なら、ここで屍を晒せ!!」


真ん中のヤツが叫ぶと同時に、5体の魔物が散るように散開した。

距離を取り、動き回る。

その動きからして、かなり戦い慣れしてるようだ。


「セシル!! 距離を取りながら援護してくれ!!」

「分かりましたわ! 行きます!!」


セシルが動きながら口を動かしている。

どうやら詠唱を始めたようだ。


カイルはいつも通りに風を纏い、剣に闘気と魔法を通して青白い高温の炎に変化させる。

そして、周りに展開した5人では無く、中心に残った一人に狙いを定めて疾走した。

一瞬で距離を詰めると、カイルの魔法剣が相手の左脇から右肩に向けて刃が走り抜ける。

すれ違いの斬撃だったが、手ごたえが無い、まるで霧を斬ってるようだ。


斬撃の結果を確かめる間もなく、セシルの元へ向かう。

3体がセシルに向けて、攻撃を繰り出そうとしているのが見えたからだ。

3体とも魔法を使うのか、セシルに手を向けている。


カイルは風の力で更に加速し、3体を照準内に収める。

まずは1体目の懐に飛び掛かると、そいつを射出台にして2体目に飛び付き、同じようにして3体目に斬りかかる。


射出台代わりにされた2体は弾き出され、3体目はカイルの斬撃を障壁を使って受け止めようとしたが、障壁ごと魔法剣によって斬り裂かれ、その場に倒れた。


「よし、コイツ等には攻撃が通じる!!」


すかさず、カイルの背後からセシルの光による追撃魔法が幾筋も射出された。

放たれた魔法は光の尾を伸ばしながら2体に直撃し、その場に崩れ落ちて動かなくなった。

セシルの魔法命中精度はかなり高い、あれならピンポイントでの狙撃もできそうだ。


それを見た残り2体は動きを止め、リーダーの元へと戻る。

不測の事態が起きた時の対処もできているようだ。

はやり、このまま早めに終わらせた方が良いとカイルが判断した。


「もう一度聞くぞ? お前らは何者だ?」


カイルは殺気を込めて言い放つ。


「答える義務はないと言ったぞ」


またも、無下にあしらわれた。


目的を確認するのは、今後の追撃を考慮してのことだ。

相手の狙いが分かればその対処もできる。

本当であれば聞き出したいところだが、あの口調からして言うつもりも無いのだろう。


「カイル、敵はたぶん精神体だと思いますわ」


すると、セシルが耳打ちしてくる。


「…精神体? なんだそれ?」

「こちらの場には実体は無く、本体は離れた場所にいて意識だけを具現化して戦闘させているのですわ」


よほど分からないって顔をしていたのだろう、セシルが補足してくれる。


「なるほど、実体が無いから斬撃が効かないのか。じゃあ、魔法剣も物理的な攻撃だからダメだな。魔法もイメージは霧に向かって魔法を放つようなものか?」


まだ魔法は試してないが、効果があるかどうかはやってみないと分からなそうだ。

どうしようかと思案していると、待機していた2体が攻撃を開始してきた。


「セシル! まずはこの2体を片付けるぞ!!」

「分かりましたわ!!」


即席とは言え、なかなか良い連携が取れているようだ。


カイルは、セシルに敵の照準が定まらないよう、2体の相手をかく乱しながら縦横無尽に疾走する。

セシルはすぐさまカイルの考えを理解し詠唱を始めた。

カイルは相手の注意を自分に引きつけながら、自身も炎の魔法を展開する。


準備ができた段階で顔を向けると、セシルもこちらを見ていた。

アイコンタクト完了。

カイルは疾走すると2体の中央で立ち止まり、手のひらを2体に向けた。

カイルが急に停止したため、敵も一瞬動きが止まる。


(かかった!! よし、今だ!!)

「燃え上がれ!!」


瞬間、激しく2体が燃え上がる。


「凍てつけ!!」


カイルの意図を読み取り、わざとタイミングをずらしてセシルも叫び、氷の魔法を2体に向けて放つ。


炎で高温に熱せられた体が急速に冷凍され、体に無数のヒビが入る。

そして粉々になって崩れ落ちた。


「さて、あとはお前だけだな」


カイルが剣の切っ先を向ける。


「…使えない奴らだ」


だるそうに言いながら手を伸ばすと、何もない空間から漆黒の剣が現れた。

そして、剣を握った瞬間、目の前から敵の姿が消えた。


(高速移動!! くそっ、狙いはセシルか!!)


カイルも瞬間的にセシルの元に疾走する。

そして、金属音ではない鈍い音がした。


「ぐぅっ!!」


カイルはセシルの目の前に立ち、ギリギリのところで敵の刃を自身の剣で受け止めていた。

相手からの一撃が重い。

どうやら身体強化しているようだ。

見た目は変わってないが、今も自分の剣を通して感じる剣圧は凄まじい。


(くそっ! この黒い剣は何でできてるんだ? 受けた音は金属音じゃなかったぞ?)


瞬間的に移動したせいで体勢が悪い。

このままだと押し切られてしまいそうだ。


「…よく止めたな」


カイルから離れると、間合いを取る。


「お前、わざとセシルを狙ったな?」


コイツは危険だ。

ずっとセシルを狙って俺の弱点にするつもりか。 

なら、その前にやるしかないだろう。


カイルも一瞬で間合いを詰めると、通り抜けながら斬り付ける… が、やはり手応えが無い。

向こうは剣を握っているのに、こっちの攻撃はすり抜ける。

一体どうなってるんだ!?


「これならどうですかっ! 光よ、降り注げ!!」


セシルが天に向けて両腕を開くと、敵の頭上に中規模の魔法陣が現れ、まるで雨のように光が降り注いだ。

まるで光のカーテンのように降り注ぐ光は、一つ一つがそれなりの破壊力を持っているらしく、地表に激しい凹凸を作っている。


闇の眷属ならば、光が属性的に効果があるかも知れない。

しかし、敵の様子を見るとダメージを受けているようには見えない。

漆黒の剣をだらりと下げたまま、ゆっくりとカイルに向かって歩いてくる。


「魔法すら効かないのか…」


カイルは剣を握り直し、迎え撃つ体制を取る。

剣も魔法も効かない相手に対して、どう戦えばいい?


思考は止めずに迎え撃つ。

今は何としてもここを切り抜ける。

迷ったら死ぬ。

だから、迷うな。 


カイルの疾走と共に敵との間合いが一気に無くなり、お互いに足を止めての斬り合いが始まった。

しかし、それは一方的な斬り合いにしかならない。

敵には実体が無く、カイルの剣はことごとく空を斬る。


そして、そこに生まれる一瞬の隙を逃さず、敵の剣がカイルの体を刻む。

時間を追うごとにカイルには傷が増えていき、装備は自身の血に染まっていく。

足元には血がしたたり落ちている。


(…長期戦になれば負ける)


それならと、敵の武器を狙った武器破壊を試みるも、金属とは思えない感触に破壊できる感じがしない。


(…手詰まりか? いや、それ以前にここで殺されるのか? くそ! セシルを守ると誓って、ここまで来たんじゃないか! なのに、手も足も出せずに殺されるのか!?)


カイルの顔に焦りの表情が出ている。

だが、絶対に諦めはしない。


(…あぁ、カイルがあんなにも追い込まれていますわ。 …私には何もできないのでしょうか? 魔法も剣も通じない相手に… 一体どうすれば良いの? …もし、このまま… そうしたら、私は… 私は…)


諦めと言う魔の手が、再び手を伸ばし、ゆっくりとセシルに迫ってくる。

だが、


「…諦めるものですか! やっと待ち望んでいた希望が現実になったのに! これからなのに! だから、私は絶対に諦めませんっ!! 何か、何か方法があるはずです!! 考えなさい!!」


自身に喝を入れ意識を高める。

すると、自分の内側に光が宿り始めた。

それは、さっき使った光の魔法などでは無く、セシルの胸の内にある希望と言う光だった。

徐々に輝きを増し、セシル全体を包み込む。


(…この光には覚えがある!! そう、私を闇の淵から救ってくれたカイルの光ですわ!!)


意識を手に集中するとその光はセシルの手に集約されていき、やがて暖かく穏やかな光を放つ玉が完成した。


これならいける。

セシルの胸に自信が湧いてくる。

そして、手を敵に向け、自身の胸の奥から出てくる言葉を紡ぎ出す。


「希望という名の光の下に、闇の眷属は退きなさい!!」


カイルと斬り合う敵に目掛けて、光の玉を発射する。


「ぐ、ぐあぁぁぁぁぁ!!」


カイルを擦り抜け、敵だけに直撃した光の玉は、霧散することなく敵の精神体にダメージを与えている。


光が闇を侵食するように、精神体全体に光の攻撃が浸透していく。

やがて、一片の欠片も残さず、闇は光によって打ち消された。


「…ふむ。まぁ、良しとしますか。それにしても、その光はなかなか面白い」


闇が消え去ったところに、白髪で口ひげを生やした初老の男性が立っていた。

まるで執事服のような黒い衣装は見事に装飾されている。

初老とは思えない鋭い眼光でカイルとセシルを射貫く。


「町の方も鎮圧されたようですし、当初の目的は達成できました。私の名前はハークロムと言います。あなた方は… カイルとセシルでしたか? あなたたちの名前と顔は一応覚えておきましょう。

…では、私はこれで失礼しますが、近々またお会いしましょう。それまでには舞台に立てるくらいにはなっていて下さい」


ハークロムと名乗る男は優雅に腰を折り、カイルとセシルに挨拶をすると、その姿は朝日と共に消え去った。


「ふぅ、一先ず終わったかな。セシル、ありがとう。おかげで助かったよ」


自分に治癒の魔法を掛けながらカイルがセシルに近付いていく。


「はい!! でも、私の方がカイルにたくさん助けていただきましたし、こちらこそありがとう、ですわ!!」


セシルが嬉しそうに抱き付いてきた。

正直な事を言うと、こんな時は装備がジャマだ。

特に胸当てをお互いに付けてるから、抱きしめた感じがしない。


「そうか。じゃあ、お互い様だな。でも、せっかくの装備が俺の血で汚れてしまうから離れた方が良いぞ?」

「イヤですわ!!」


速攻で拒否された。

おかしくなって思わず抱き返す。

すると、女の子特有の柔らかさと良い匂いに、自然と鼓動が早くなってきた。


(…良い雰囲気だな…)


しばらくお互いに抱きしめ合っていると、


「あー… 申し訳ないが、そろそろ城に戻ってこないかね?」


ベークライト国王をはじめ、城のみんなが、城門のところに集まっていて、こちらを見て笑っていた。


条件反射的に離れて距離をとる。

お互いに顔が赤くなっているが、今は仕方が無い。

顔を見合わせて、思わず二人で笑い出してしまった。


(…ここにも空気の読めないやつらがいたか)


こうして、深夜の攻防戦が終わりを告げたのだった。

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