第4話 出会いは唐突にやってくる

出会いは唐突にやってくる



夜、カイルの誕生会が開かれ、見知った連中がお祝いに駈け付けてくれていた。

と言ってもウィルたち四人だが、滅多に来客の来ない家にしてみれば、大事なお客さんだ。


もともと両親が「人付き合いが面倒だ」と言う理由だけでこんな魔物も出る山奥に住んでいるため、カイルの両親を知っている人たちでも来ることが難しい。

それでもお祝いに来てくれたのだから、本当に嬉しいことだ。

食卓に並ぶ料理が美味いと、会話も自然と弾んでくるようで、上機嫌のウィルが話し出す。


「そうか、やっぱり冒険者になるのか。で、どこのギルドで登録するんだ?」


ウィルがカイルの正面に座り直すと、ちょっと真面目な顔で聞いてきた。


「あれ? 所属するギルドって選べるの? てっきり住んでる国のギルドでしか登録できないと思ってたんだけど、違うのかな?」


冒険者になるためにギルドで登録しなければいけない事は聞いていた。

だが、初めて所属先の選択肢があることを知ったけど、それって何か意味があるんだろうか?


「もちろん選べる。このご時勢だしな。近隣諸国はいつ攻めてくるか分からないだろ? 冒険者として登録した国が自分の所属になるんだ。だから、もし国家間での戦闘が始まったら所属する国の戦力として召集されるんだよ。なら、どの国に属したいかは選びたいだろ?」


ウィルの話に納得する。

確かにそうだ。

こう言っては何だが、守りたいものがあるところで戦いたいと言うのが、正しい考え方だろう。

愛国心とでも言うべきか? 


「アンタの人生なんだから、好きに選べば? まぁ、決める前にいろいろと見て回っても良いだろうし。出身だからと言ってマルテンサイトにこだわる必要は無いと思うよ? ここだけの話、手続きが面倒なだけで所属を変更することも可能だからね」


串に刺さる肉をかじりながら、エレナが発言すると、ステラがジョッキを傾けながら頷いた。


「ガゼルとマリアはどうなんだ? 大事な息子はやっぱり手元に置いておきたいか?」


ジェイクがジョッキを片手に二人に向かって聞いてみる。


「いや、本人が望むなら俺たちはどこでも良いんだ。帰る場所があれば問題ないだろ?」


実家があるんだから所属はどこでも良いと、ガゼルがお酒を飲みながら言う。

マリアも頷いているから、本当にどこでも良いのだろう。

まだ出発までは時間があるのだから、もう少し悩んで決める事にした。

所属も絶対に変えられないと言う訳でも無さそうだし、焦る必要も無いと言うことで話を一度終わらせると、誕生会と言う名の飲み会は、夜が更けるまで続くのだった。


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ベークライト王国。


「お父様、おはようございます」


玉座の間で国王が大臣と話をしているところに、着替えと食事を終えたセシルが現れた。

国王は返事をしようと顔を上げて目を見張った。

そこには、いつもの様にお姫様仕様のドレスを着て、

ふんわりした淡いピンク色の髪を綺麗に流して左眼を隠したセシルが立っていた。

傷は見事に隠されており、不自然さはどこにも見当たらない。


「お、おぉセシル。おはよう。実に綺麗で見惚れてしまいそうだよ」


前日まで部屋に閉じ篭っていたとは思えないほど顔色もよく、にこやかに微笑んでいるセシルを見て国王も優しく微笑んだ。


「うふふ、ありがとうございます」


セシルも同じように優しい表情で微笑む。

お互いに挨拶を交わしてから、大臣を入れて今日のスケジュールの確認をしていく。

さすがに、セシルへの公務は当分入れるつもりは無いが、落ち着いたら少しずつ元のように公務を入れていく予定だ。


「お父様。 …実はお父様に、折り入ってお願いがありますの。よろしければ、聞いていただけませんか?」


確認が終わると、セシルが真剣な顔をして話しかけてきた。

愛娘からのお願いと言うこともあり、国王は最重要案件として聞くことにした。


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誕生会の翌日から、カイルは訓練の合間を使って、町へ出発するための準備を始めた。


冒険者登録を終えたとしても、当面は仕事もあんまり入らないだろうから、多少の貯えは必要になる。


だから、町で売れる獣の毛皮や薬草、毒草、鉱石なんかを持てる分だけ集めていた。

行く道中でもそれなりに集められるけど「もしも」と言うこともある。

準備はしていても困ることは無いだろう。

これも、マリアに教育された賜物で、こういうところでは特に慎重になるのだった。


今も目の前に3メートルを越える熊が横たわっているし、イノシシも担いでいる。

これも解体して毛皮と干し肉を作る事に決めているのだが、どうやって運ぼうかと腕を組んで悩んでいた。

またソリを作るか? と、考えているのも、実は魔法を使っての運搬方法が分かっていないからだった。


腕組みをしながら考える。

すると、なぜか別の事が頭に思い浮かぶ。

最近は考え始めると、いつも思い浮かぶのはあの声の主だ。

果たして大丈夫だったろうか? と考えるも、それを確かめる術が無い以上、心配することしかできない。

カイルは相手の名前はおろか、どこにいるのかも分からないのだ。

何もできないもどかしさに、ついつい悶々としてしまう。


その瞬間、物凄い殺気を感じた。

思わず目を見開き、振り向こうとするが、すでに首筋に刃が突き付けられているために動けない。


「これが実戦なら、あなたは既に殺されていますね。狩りの最中に呆けるとは… 何を考えていたのですか?」


厳しい顔をしたマリアが、カイルの首に短剣を突き付けていた。


「はぁ… 死に掛けたのですよ? つまり、あなたの命よりも重要なことですか?」


本来なら死に掛けたのに、今でも困ったように何かを考えているカイルを見て、マリアがため息を漏らす。

カイルは躊躇うような素振りを見せたが、覚悟を決めるとマリアに話し掛ける。


「…母さん、ちょっと相談に乗って欲しいことがあるんだ」


自分では絶対に解決できない悩みなら、自分よりも物事を知っている人に聞いてみた方が良いと思ったからだ。

マリアなら何か糸口が見つかるんじゃないか? そう思ったから覚悟を決めて聞いてみることにしたのだ。


自分ですら理解できていないのに、あの話をすれば精神状態を心配されそうな出来事だと思う。

だから、カイルは自分の中で整理をしながら、なるべく分かりやすく順を追ってマリアに説明した。


「なるほど、あの時の言葉にはそんな事情があったと。卒業試験の時の立ち直りの速さも、そう言う事なら納得できますね」


そんな、常識ではありえないと思われる事でも、すぐさま納得するあたり、さすがは母親だと思った。


「あくまで個人的な意見ですが、 …私なら自分の直感を信じて探します。あなたもそれを信じたからこそ声をかけたのでしょう? もっと自分を信じるべきですね」


マリアがこれまで冒険者として経験してきた中には、当然カイルの話のように常識では理解できない事も少なからずあった。

だからこそ、カイルの経験した出来事も理解できる。

なぜならば、起こった事実と言うのは、その当事者にしか分からないからだ。


(なるほど、直感か)


マリアのアドバイスを元に、カイルは考えをまとめてみる。


(…その直感をどう使う? 相手の情報がまるで無いんだから、まずは情報を探すのが先決だが、その方法をどうするか…)

(…依頼か?) 


探す手がかりが無い以上、困り事としてギルドに依頼している可能性も否定できない。

なら、自分の直感で依頼案件を探せば何か見付かるかも知れない。

方法としての試す価値は十分にありそうだ。

そうなれば早く出発することにした方がいいだろう。


「母さん、出発の事だけど、準備も入れて3日後に出発するよ」

「いいえ、明日にしなさい。3日後なんて遅すぎますね。せっかくのチャンスを逃すのですか?」


少なく見積もった日数でも即答されてしまった。

しかも、明日行けと言う。

準備がまだ終わってないのに、随分を無茶を言われている。

少なく見積もってみたが、さすがに明日は早急すぎるんじゃないか? と思ったところに、


「相手を待たせてはいけませんね。必要最低限の準備だけして、すぐに発ちなさい」


マリアが微笑みながら言った。

声の主の事を思って「すぐに行け」と言ったのだろう。

我が子を想う親心に思わず感動した。


「その子を見つけたら、すぐに家に連れてきなさい、私が直接査定します」


感動は遥か彼方へと飛び去り、カイルはマリアの言葉に笑顔を引きつらせた。


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ベークライト王国の訓練所にはセシルの姿があった。

いつものドレス姿ではなく、動きやすさを要所に取入れた魔法銀の装備に身を包んでいる。

その冒険者スタイルで騎士剣を両手で握り、素振りをしていた。

フワフワした淡いピンク色の髪は、訓練の邪魔にならないよう、うまく左眼を隠したまま後ろできれいにまとめている。

長時間訓練をしているためか、その額からは幾筋もの汗が流れているが、それでも一振りごとの体のブレも無く、ひたすらに素振りを続けていた。


セシルは幼い頃から護身術のひとつとして、ある程度の剣技を城の騎士から学んでいたのだが、今回の襲撃を機に尚更に訓練に励むようになった。

基礎は大事だと教わっているため、今日も一人で黙々と訓練をしていたのだ。


(…希望の力って本当にすごい。あれから食欲も戻り、体も元通り動けるようになりました。何より、心を覆っていた黒いモヤモヤが全てなくなってしまいました)

(…あの方を待つことも、むず痒いけど喜びさえ感じてしまいます)

(…実際に私はあの方を呼んではいませんが、何故か私の元に来てくれるような気がするのです)


だから、強くなろう。

これ以上は誰にも迷惑をかけないように。自分の身は自分で守れるように。

いつの日か必ず来てくれるあの人のために。

そして、共に歩むことができるように…。


想像して頬を赤く染め、少し微笑みながら、セシルは基礎訓練を行っていた。


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「父さん、母さん。じゃあ行ってくるよ」


翌日、カイルは大きめの荷物を持ち、両親に軽く挨拶する。

今生の別れではない。

同じ国にいるならば、たまに帰ったりするかも知れない。

だから、出掛けるような挨拶をした。


「あぁ、気を付けて行ってこい。そして、冒険を楽しんで来い」

「私たちももう少しで出ますが、ここがあなたの家だと言うことを忘れないように」


二人も笑顔でカイルに声を掛ける。

そして、カイルは親元を離れ、一人前の冒険者になるために、町へと出発した。

…いや、正しくは声の主を探し、その助けとなるために旅立つのだ。


カイルを見送った後、ガゼルとマリアも仕度を続ける。

もともとの出発の予定はもう少し後だったのだが、なるべく早く仕事を終わらせて、息子の帰りを待とうと予定日を繰り上げていたのだった。

結局、二人は依頼された仕事について、どこで何をするのかをカイルには伝えることはなかった。

あえて今は何も教えず、もう少ししてから全てを話そうと決めていたのだ。


その頃、カイルの向かう町までは、途中にある村を経て馬車で半日の行程なので、人の足なら1日くらいかかるところなのだが、運よく馬車に乗せてもらえることになり、午後過ぎには無事にマルテンサイトの城下町に到着することができた。


乗せてもらった馬車の荷台には、道中、空気を読まずに仕掛けてきた野盗が5人ほど縛り上げられていた。

当然、カイルに返り討ちにされ、拘束されたのだ。


野盗は町の警備隊に連れて行くと褒賞金が出る。

今回は、馬車の持ち主が目撃者となってくれたので、調書の作成もスムーズに終える事ができた。

カイルは馬車に乗せてもらったお礼として、野盗5人捕縛の褒賞金を全額提供した。

さほど大きな金額では無かったが、まさか全額くれるとは思ってなかったらしく、馬車の持ち主は驚いていたが、気持ちだと言うと素直に受け取ってくれた。


一仕事を終えたカイルは、いよいよ冒険者ギルドに足を向ける。

各国にある冒険者ギルドは、王族に匹敵する権力を持っている。

それは、もしも戦争が始まった場合、ギルドに登録された冒険者はその国の重要な戦力として戦場に出ることになるからだ。

城仕えの騎士に比べ、冒険者はいろいろなところで戦闘を行っているため、戦い慣れしている戦力は実戦で非常に重宝されるのだ。


だからこそ、ウィルは自分が戦う場所は自分が自由に選ぶべきだと言ったのだ。

カイルはまず、ウィルと相談してみようと考えた。


町の中にはギルドへの道を示した看板が幾つもあったので、道に迷うことは無かった。

マルテンサイトの冒険者ギルドは、港に近いところに位置しており、周りからも目立つような一際大きい建物だった。

外装は特に豪華でもなく、風景と同化した落ち着きのある建物だ。

出入り口の両側には警備員が武装して立っており、出入りする冒険者達を鋭い目で見ている。


「よし、行こう!!」


カイルは軽く息を吸い込むと、自分に気合を入れてギルドの中に入って行った。


「おぅ、やっと来たか。おぉい! エレナ! カイルが来たぞ!!」


すると、入り口を入ってすぐの所で片手を上げて挨拶してくるウィルに、カイルはガックリとした。

奥にあるカウンターの向こうからはエレナが走ってくる。


「人が緊張して入って来たってのに、こんな所でなにしてんのさ? で、なんでエレナさんはカウンターの奥から出てきたの?」


まさか、俺が来るのをずっと待ってたわけじゃないよな? と、カイルが考えていると、


「全く、アンタも来るのが遅いのよ! アタシらがどんだけ待ってたと思ってんの!? あ、一応言っておくけど、ウィルはギルド長で、アタシは副長だから。 …口のききかたには注意しなさいよ?」


顔を合わせるなりエレナに怒られた。

やっぱり待ってたらしいし、この二人はギルドの幹部だそうだ。

そっちの方が驚きだった。


「ギルド長、副長、ここで何をされているのですか? 周りの冒険者が驚いてます。

公務にお戻りください」


すると、すぐにギルドの警備員がやってきて、カイルに絡んでいる二人を連れて行こうとするので、カイルは心の中で「いいぞ、連れてけ」と祈っていたが、二人は逆に警備員に食って掛かる。


「おぅ、コイツの担当は俺ら二人ってもう決められてんだよ。それともナニか? お前はガゼルとマリアからの命令を無視できるってぇのか? あぁ?」


ウィルは二人の名前を出し、警備員にその命令を無視できるのかと脅している。

そのやり方は、ウィルの外見と妙に合っていると思ってしまうほどマッチしていた。

それにしても、担当なんて、いつ決めたのだろう?


「!? あ、あのお二人からの命令では逆らえません。大変失礼しました!! では、ギルド長、副長、引き続きよろしくお願いいたします!!」


警備員は直ちに直立すると、敬礼をして謝罪する。

カイルは、ガゼルとマリアの影響力がまだこんなにあるのか、と逆に驚いてしまうのだった。 

しかし、あの警備員はどちらかと言えば、驚きと言うより恐れていたように思える。

もしかして、あの二人に逆らってしまうと、心に根付いてしまうほどの恐怖が訪れるのかとカイルも他人事のようには思えなくなってしまった。


「「んじゃ、行こうか」」


警備員に勝った二人が、にこやかにカイルの両脇に立つと、腕を掴んで引き摺るように奥の部屋へと連れて行った。


部屋の中にはテーブルとソファがあり、奥の方には事務机と大きな本棚が幾つか置いてある。

どうやらここはウィルの部屋らしい。

テーブルを前に、促されるように椅子に座ると、その正面にウィルが座る。

エレナはコーヒーを全員分用意すると、ウィルの隣に座り冒険者登録が始まった。


「さて、まずは確認だ。お前は冒険者として、いざと言う時の戦力として、マルテンサイト王国のために力を行使する。これで間違いはないか?」


最初に一番重要なことを聞いてくるのは当然のことだ。


「聞きたいんだけど、他の国にいた時に戦争に突入したらどうなるの?」


だから、カイルも一番聞きたい事を聞いた。

この返答しだいでは、冒険者になるのはもっと先になるかも知れないからで、カイルの人探しが当面の最優先事項だからだ。


「国外にいる時に戦争状態に突入したら、まずはそこのギルドに行くことになる。そこでギルドからの指示が出るから、それに従うことになる。まぁ、最終的にはギルドの認識票の情報を元に所属する国への退去指示が出るだろうな」


なるほど、それなら大丈夫そうだ。


「そこだけ聞ければ大丈夫。俺、マルテンサイト所属でいいよ」

「即答なのね。世界は見て回らなくて良いの? …って、そうか。急いでるんだもんね」


即答したことにエレナが反応する。

両親から聞いたのか、どうやらカイルが急ぐ理由を知ってるらしい。

確かにエレナも言っていたが、最初は世界を回ってから決めようかと思っていた。

だが、やるべき事が見えた以上、早く冒険者登録をした方が良い。

そうじゃないと、依頼を受ける事ができないからだ。

それに、実家もあることだし、所属は自国がいいと思ったのだ。


「そうか、分かった。まぁ、面倒な手続きは必要になるが、所属する国は変更が可能だから心配すんな。んじゃ、これが認識票だ。無くすんじゃねぇぞ?」


ウィルからギルドの認識票が手渡された。

それは、四つ角を落とした小さくて薄い長方形のプレートで、端の方に穴が開いてるのが見えることからすると、紐か何かを通して首からぶら下げるのだろう。

それにしても、登録に必要な書類とか無いのだろうか? 今回、カイルは何も書いたりしてないのに、認識票の出来上がりが随分早かった。


「来るって聞いてたから、あらかじめ作っといたのよ。必要な手続きは全部やっといたから、掲示板の依頼もすぐに着手できるわよ? そっちがメインなんでしょ?」


エレナがニコニコして掲示板の方を指さす。

どうやらマリアの手回しが行われたようだ。

だから二人が担当になったのかと、カイルが納得する。


でも、これですぐに動くことができる。

それは素直にありがたい。

そして、認識票はいわばギルドお墨付きの身分証明となり、国境での出入国審査でも使われるし、何よりこれがあると、宿屋で宿泊拒否されずに済むと言う、便利アイテムみたいなものだ。

素材は金属のような板で作られており、そこには名前と血液型、所属国が刻印されている。

また、認識票は常に所持する義務があり、それは死んだ時の身元確認にも使われるらしい。

更に、認識票には特殊な魔法が付与されており、受付カウンターに設置してある刻印式の魔法陣に乗せると、ギルドで追加した情報が見れるようになっている。


追加の情報とは、依頼を受けた件数や達成数、冒険者ランク。

そして、その他。

これはいわゆる功績や犯罪履歴で、本人には見えずギルド職員にしか見ることができない情報だ。

これがギルドに行く度に最新の情報に更新されるわけだ。


「二人ともありがとう。仕事が早くて助かるよ。じゃあ、俺は早速掲示板を見てくるね」


意味深にお礼を言うと、二人は状況すら知ってる風に笑ってきた。


「カイルよ、礼はいらねぇから例の子を早く見つけてやれ。俺達にできることは何でもしてやる。お前は何も心配せず、やるべきことをしろ。そして、その子を俺たちの前に連れて来い」


最後の言葉はマリアの言っていることと似ていたので聞こえない振りをしたが、カイルはウィルとエレナに笑い掛けると、早速掲示板を見に行った。


掲示板はギルドの入り口の右にある壁一面に広がっており、まだ多くの冒険者が掲示板を見ていた。

巨大な壁を利用した掲示板には、依頼書が所狭しと貼り付けられていて、ざっと見ただけでも百枚以上は貼られれているように見えた。


依頼書には必要事項が記載されており、依頼の名称、依頼者の名前、依頼の場所、詳細な内容や具体的な指示、希望する期日、報酬金額。


これらをギルドが精査し、依頼のランク分けを行い、最後にギルド長が承認のサインをしてから貼り出す。


依頼書には希望日もあるため、期日ギリギリのものはギルドが冒険者を逆に指名して依頼を達成させる。

そのため、依頼を出せば基本的には必ず達成される事から、依頼者はギルドを信頼して依頼を出してくる。


冒険者は自由に依頼を選ぶことができ、やりたい依頼書を受付に持っていく。

受付は依頼内容と冒険者のランクを確認し、依頼書受付を行い、双方で行程の確認して

受理票を冒険者に渡す。

冒険者はそれを持って依頼者のところに行き、依頼内容を遂行する。

終わったら依頼者に依頼完了のサインをもらい、それをギルドの受付に提出して報酬をもらって終了、という流れだ。


仮に、依頼を受けた冒険者やそのチームが全滅した場合、または確認した行程期日ギリギリになった場合も、ギルドは冒険者を逆指名して依頼を達成させる仕組みだ。


まぁ、これはガゼルやマリア、ウィルたちに聞いてるから問題ないだろう。

次の心配は、目的のものがカイル自身のランクを超えた依頼内容だったらどうするか、だ。


当然、登録したてのカイルは最低ランクに位置している。

冒険者ランクは、それなりの依頼達成の実績と、ギルド長の承認があれば上がる仕組みだ。

その他にも、有事の際にどれだけ活躍したか、日常的に国とギルドにどれだけ貢献したか、と言う内容でも評価されるらしいのだが、最終的にはギルド長のご機嫌次第だと言われている。

依頼書の掲示場所はランク分けされており、一番上がSランク、そこからAランク、Bランクと下がって行き、一番下がDランクとなっている。

Dランクでできる依頼内容は、難しくない討伐や探し物ってのが定番らしい。


さて、探してみるかと、カイルは静かに息を吐き出すと目を閉じる。

そして想いを言葉にする。


『俺は君を探し出すと約束した。その約束を果たすために、力を貸して欲しい』


やがて、卒業試験の時に感じたような感覚に包まれた。

今は助かるが、これは一体どんな力が働いてるんだろう? なぜ、使えるんだろう? 疑問は尽きないが、考える事は一旦置いておこう。

今はこっちの方が重要だ。


掲示板の一番下、その端の方に何かを感じた。

そして、目を開けて見てみると、その部分が微かに光って見える。


(おいおい、ウソだろ? …見付けた。 …ホントにあったよ)


偶然では片付けられない事実に驚きを隠せないが、今はそんなことを言っている場合じゃない。

カイルは掲示板に近付き、依頼書を剥がすと手に取って内容の確認をおこなう。


<依頼者:セシル>

<依頼場所:ベークライト王国>

<依頼内容:探索>


依頼者のところに書かれている名前を見た瞬間、自分の直感が「この名前だ」と告げた。

ここまでハッキリと分かるのは初めての経験だが、思いのほか腑に落ちた。


(名前は、…セシルか。よし、名前は分かった。場所はベークライト王国? …って隣国だよな。他の国からも依頼って来るのか? それにしても、場所の指定がされてないし、依頼内容は探索になってるけど、これくらい自国でできないのか? 希望期日と報酬は?  …何も書かれていない? え? こんなんでよく貼り出せたな)


この怪しさ満載の依頼書。

でも、不思議なことにギルド長のサインもある。


(これ、ウィルさんなら知ってるよな? 自分で承認したんだろうし。 …聞いてみるか)


カイルは幾つかの疑問を持ちながらも、依頼書を受付に持っていく。


「これ、情報が足りないと思うんだけど、詳しく知りたい時は誰に聞けば良いの?」


受付のお姉さんに依頼書を見せて、他の情報が無いか確認すると、「ちょっとお待ち下さい」と言われること数分、思った通りウィルが呼ばれてきた。


「あぁ、そいつのことは覚えてる。特殊なまじないをかけてるから、貼り出してくれるだけで良いってベークライトのギルドから頼まれたヤツだな。お前がそれを持ってるってことは …そいつがアタリってことか?」


事情を知るウィルが納得したようにニヤニヤしている。


「よし、俺が直々に承認してやるよ。ほら、貸しな」

「ベークライト王国だが、隣接する国がマルテンサイトしか無いからお互い友好関係にある。だから、あんまり警戒しなくていいぞ。それに、あそこは国とギルドの関係も良好だし、俺らみたいな外の人間にも寛容だ」


依頼書をウィルに渡すと、受理票を書きながら、ウィルがベークライト王国について一通り説明してくれる。


「行き方だが、陸路と海路の両方が使える。ベークライトのギルドは港に近いところにあるから海路の方がお勧めだな。半日くらいで向こうに着くぞ。それと、旅の準備をするなら、ジェイクとステラの店に行ってやれ。武器屋と魔法屋をやってるからな」


急いでるんだろうから海路で行けと言いながら、書き終えた受理票を渡されると、武器屋のジェイクと魔法屋のステラのところにも顔を出せと言ってきた。


「ああ、いろいろ入用なものもあるから顔を出すよ。ところで、素材の買取ってどこでやってるの?」


準備してきた荷物を軽くするために、資金に換えようと思ったのでウィルに聞いてみたら、

ジェイクとステラ、二人の店でも買取してることを教えてくれた。


「ありがとう。じゃあ、二人のとこに顔を出したら、その足で依頼者の所に行くよ」


カイルはウィルに手を上げてギルドを後にすると、約束どおりジェイクとステラのところへと足を向けた。

到着した二人の店はどちらも大きく、従業員を雇ってるレベルの本格的なお店だった。

カイルが行くととても喜んでくれて、更にサービスもしてくれたのだが、素材の買取で優遇されたのはとても助かった。


その後、準備が整ったので港に向かうと、船に乗って目的地へと出発する。

海路はほぼ直線だから、半日くらいの航海だそうだ。

これが陸路だと、山を大きく回らなければいけないため、半月はかかるらしい。

そして、順調に船が進み、夕暮れには無事にベークライト王国へ到着した。


外国では当然ながら、入国のときと出国のときに審査が行われる。

目的はいろいろあると思うけど、一番は入出国のときの犯罪者や密輸などの取締りだろう。

また、入国時の検問は逃走防止のために大抵は海上で行われることが多いそうだ。


だから持ち物なども厳重に調べられる。

その点、ギルドに所属してればそれなりの信頼もあるし、身分証としての認識票もあるから比較的審査も時間がかからないし、武器を携行していても何の問題も無い。

無事に入国できたカイルは、早速ギルドへと足を運んだ。

ベークライトのギルドは、マルテンサイトに比べるとやや小さな作りになっている。

港へと続く大通りに面していて、周りにはいろいろな店が並んでいる。

そこには多くの人が行き来していて活気のある国だ。


そろそろ夜になるためか、見掛ける冒険者の数も少ない。

みんな食事や冒険の最中なのだろう。

受付へ向かおうとすると、入り口から入った右側の壁にある、掲示板のところにいた後姿の女性が視界に入った。


マントをつけているため装備までは見えないが、長めのフワフワした淡いピンク色の髪を

後ろで綺麗にまとめている。


特におかしなところは見当たらないのに、なんで気になってしまう。

ただの冒険者だと思うのだが… いつしか、カイルは見惚れてしまい、気付けば足を止めてその女性を眺めていた。

ハッとしたカイルは気を取り直し、受理票を受付に出すと、こっちにも同じような依頼が来ていないか確認してみる。


すると、受付の人が驚くようにカイルを見て、何かの書類を取出し、それを読みながら紙に何かを書いている。

思わず体に緊張が走るが、何かをした覚えは無い。

そもそも国外に出たのも初めての経験だ。


「申し訳ありませんでした。この件は直接お城の方で確認されると良いでしょう。門番の方にこれをお渡しください」


不安そうにいろいろと考えていると、受付の人にそう言われ、封筒を渡された。

城で聞けと言う事は、ここでできることはもう無いと言う事だ。

時間を見ると城へ行けるような時間ではなかったので、明日行く事に決めた。


カイルは受付を離れ、先ほど女性がいたところを見るが、既にいなくなっていた。

ギルド内を見渡してみたが… いないようだ。

もしかしたら、と思ったのだが、いないなら仕方ない。

今夜の宿を探しに行こうとしたところで、カイルは魔法力を回復させるためのマジックポーションを買い忘れてたことを思い出す。


ステラの店で他の必要な道具は買ったが、あいにくマジックポーションは売切れていた。

別にポーションが無くても魔法力は自然に回復するのだが、その量は微量だ。

カイルは数時間眠れば全回復するが、人によっては使い過ぎると完全に回復するまで数日かかる人だっている。


そんな時に、一気に魔法力を回復できる道具がマジックポーションだ。

状況によっては休む暇も無く戦い続ける事だってあり得るから、用意をするに越したことは無い。

道行く人に場所を聞き、道具屋に入りマジックポーションを買い物かごに入れていく。

三つほど取り、四つ目に手を伸ばした時、ふいに左隣から手が伸びてきて、カイルよりも先にマジックポーションに手を掛けた。

カイルもマジックポーションを取ろうと手を伸ばしていた為、その手の上から握るように手を置く感じになってしまった。


むにゅ


暖かくて柔らかい感触だ。


「あ…」


左隣から女性の声が小さく聞こえてくる。


「へ?」


カイルが間抜けな声を出した。

そしてお互いに顔を見合わせる。

それは、カイルの目的が早々に達成した瞬間だった。

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