第2話 卒業は新たな始まりである

卒業は新たな始まりである



カイルの特訓は早くも3年が経過した。

15歳にもなれば訓練もだいぶ慣れてくる。


「よしっ! 今日は7回。やっと10回を切ったぞ!」


お昼間近の最後の鬼ごっこを終え、カイルはグッと握りこぶしを作って叫んだ。


「やれやれ、こりゃ近いうちに俺たちでも捕まえられなくなるぞ」

「さすがは私たちの息子です。卒業も間近ですね」


その様子を見て二人も微笑んでいる。


それもそうだ。

当然ながら訓練は回数を追う毎にレベルが上がり、それに合わせて内容も質も変わっている。

今は二人がほぼ本気で相手をしないと、逃げ切られてしまうほどだ。

言い換えれば、ガゼルとマリアが二人掛りでないと捕まえられないほどの成長ぶりだった。

カイルは日に日に成長しているのだ。


「一般的に、16歳になれば周りからは一人前とみなされます。独り立ちして自分の道を歩むということですね。もちろん、稀に家に残ったりする人もいるようですが、よほどの理由が無い限りは「親離れできない子供」と言う称号が与えられ、陰で笑われます。この意味が分かりますか?」


つまり、カイルが独り立ちしても大丈夫なように、鬼ごっこの罰と言う名目で家事全般のスキルアップが仕込まれていたのだ。


独り立ちのことは村でも聞いてたから驚くほどの事じゃないが、あえて笑われるような称号だけは欲しくも無い。


「大丈夫だよ。俺も一応いろいろと考えてたから」


確かに、最近は色々と考えていた。

地元に残って地味に生活していくか、それとも派手に世界を旅して回るか。

でも、これは追々考えていけばいい。


「独り立ちするなら、冒険者ギルドのある町に行くことになると思いますが、あなたは町での生活に慣れてないから心配ですね。特に女性関係に関しては全くといって良いほどに免疫がありませんから」

「なに、ギルドで冒険者の手続きをしたら、あいつらが仕込んでくれるだろ。それと、女関係はほっといても大丈夫さ。なぁ、カイル」


やはり、マリアは母として1人息子のことを心配しているみたいだが、何か余計な言葉も入ってるようだ。

それに、そんな心配など今までだって無かったはずなのに、なぜ? と言う疑問が残る。 

女性関係についてもそうだが、近くの村にも女性はいるが、特に言い寄られたことも無いし、カイルに至っては気にしたことも無い。

そして、一番心配になったのはガゼルの言っていたことで、その話を真に受けると、ギルドでなにかを仕込まれるらしい。

とてつもなく不安に駆られてしまった。


そう言えば、ガゼルもマリアは今でもギルドで顔が利くと言ってたし、冒険者登録のためにカイルの本名を出したらすぐにばれるんじゃないか?

あれこれ考えてみると、いろんな意味で更に心配になってきたのだった。


そして、今日も何度か捕まっているため、罰としての夕飯の準備をしていると、マリアが近寄ってきた。


「近日中に卒業試験を行います。まぁ、今のあなたなら大丈夫だと思いますが、私たちも割と本気で攻めますから、ケガには十分に注意してくださいね。治癒の魔法でも限界があるのですから」


普通なら、食事を作っているところに寄って来たのなら「今夜はなにを作るの?」と、メニューを聞くような流れでなのに、予想に反してマリアが物騒な話をしてくる。

どうやらケガをする前提での話らしい。

確かに、治癒の魔法と言っても新陳代謝を促進させ、細胞を活性化させることである程度のキズは治すことができる。

だが、骨折や欠損を伴うケガ、病気には効果が無いため、治療所に行かなきゃ治らない。


「...あのさ、それって、今言うことなの? 夕食を食べながらじゃダメなの?」


あえて突っ込ませてもらったが、マリアは聞いてないフリをしているのか鼻歌を歌ってる。


夕食でも試験の話しは出ず、「カイルの料理にも磨きがかかってきた」と喜んで食べている。

それを見て、カイルは料理人と言う選択肢ができたかも知れない。

別に料理も嫌いではないため、卒業試験の結果次第では方向転換も考えておこうかと、割と本気で考えてしまうのだった。


そして、いよいよ卒業試験が行われる日。

空は穏やかに晴れており、お昼を食べた後はそのまま昼寝をしたくなるような暖かさで良い天気だ。

こんなに心地良い天気だと、人も増えて見えるようになるのか、両親の他に四人いるのが見える。

それもしっかりと武装していたのだ。


皆、見た目は両親と同じくらいの年齢で、それぞれが素人目で見ても強いって分かるほどの雰囲気だ。

片手剣の男女二人、槍と大盾を持った男、魔法使いらしい杖を持った女性の四人だ。


「ねぇ、普通に溶け込んでるから思わずスルーしちゃうところだったけど、その物騒な人たちは誰なのさ?」

「俺たちの昔のチームメンバーだよ。お前の話をしたら、ぜひ混ぜろって聞かなくてな」

「今後も踏まえれば、大人数を相手にすることも有り得る。だからこの機会はちょうど良い」


どうやら、ガゼルたちが前に組んでいたメンバーらしく、カイルが生まれた頃はしょっちゅう来てたみたいだ。


「そーゆーことだ。んじゃ、簡単に自己紹介するぞ。俺はウィルでコイツ等のリーダーだ。

で、この片手剣の女はエレナ、大盾はジェイク、魔法使いはステラだ。まぁ、よろしく頼むぜ」

「わぁ、ホントに簡単な紹介だね...」


リーダー格の男性がすごい簡単な自己紹介をする。

みんなが「よろしく」と言ってくるので、カイルも慌てて挨拶を返した。


「よし、お前等、気合入れてくぜ! ガゼルとマリアの息子だからって遠慮すんなよ!? 今のうちに人生の厳しさってモンを教えてやれ! 多少のケガくらいは気にすんな!」

「うわぁ... 本気だよ、あの人たち」


随分と好戦的らしく、会って間もないと言うのにやる気満々だ。

カイルは覚悟を決めると、人数が増えたことによる作戦の変更を考え始める。


(…特にあの四人はチームだから、個別に来るって事は無いだろう。分散する必要があるな。…なら、あの場所に誘導するか…)


カイルが真剣な表情でいろいろと策を練っていると、ガゼルたちも同じように集まって何かを話していた。


「なぁ、ガゼル。正直なところお前んとこの息子、実際はどの程度なんだ?」


対戦相手であるカイルの戦力を確認し、作戦を組み立てるため、ウィルがガゼルに聞いてくる。


「あぁ、俺とマリアでも個別なら良い勝負ができるぞ」

「ウソはいけませんね。正直一対一ならカイルの方に分があります。ただし、私たちが本気を出さない、と言う前提ですが」


ガゼルの虚勢に、マリアがやれやれと言った表情で訂正する。

やはり、自分の息子が日々成長し強くなっていく事自体は嬉しいが、遅れをとるのは納得ができないらしい。


「そりゃそうだ。お前らの言う本気を出すってことは、相手の息の根を止めるってことだろ? それにしても、お前らがフツーに戦って良い勝負なら、俺たちじゃあとてもじゃあねぇが勝ち目はねぇな。しかし、よくもまぁ自分たちの息子をそこまで仕込んだもんだ。ギルドの上位クラスでも歯が立たねぇじゃねぇか。 ...なら、存分に楽しませてもらおうぜ。久し振りの戦闘だしな」


ウィルと他のメンバーは、嬉しそうに武器を持つ手に力をこめていた。


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その頃、ベークライト王国の王城では姫の16歳の誕生日の準備が行われていた。


軽く100人を超える人数を収容できる大ホールには、純白のクロスが敷かれたテーブルが規則正しく並び、上にはキャンドルや花、食器が並び始めている。

多くの使用人が行き来しながら着々とパーティーの準備が進められており、当の主役であるセシル姫は、今夜行われる自身の誕生パーティーで着る衣装を探していた。


一部屋まるまる使うほどのクローゼットには百を超えるドレスが所狭しと並んでおり、その中をセット中の髪のまま、下着姿で侍女たちを連れて楽しそうにドレスを選んでいる。

そして、長い時間をかけて悩んだ結果、2着のドレスが選び出された。

薄い紫を基調としたキラキラと輝く装飾を施され、胸元が開き気味のちょっと大人を思わせるドレスと、淡いオレンジを基調としたフリルとリボンをふんだんに使ったお姫様なドレスだ。


「ちょっと大人なドレスと、私好みの可愛らしいドレス。どっちがいいか迷うところですわ」


セシルは2着のドレスを目の前に腕を組むと、再び悩み始めた。

これは決まるまでに時間がかかりそうだ。

侍女たちはいつものことだと微笑み、暖かく見守っていた。


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一方、カイルの方は…


「では、そろそろ始めます。確認ですが、まずはカイルがスタートします。その5分後にギルドチームが出撃」


ウィルたちが頷く。


「その5分後に私たちが出撃です」


ガゼルが頷く。


「お互いにフルコンタクトでの戦闘を許可します。ただし、気絶程度で抑えてください。魔法の使用も許可しますが、攻撃に関しては物理魔法ともにやり過ぎた場合、私がすぐさま叩きのめします」


青ざめたウィルたちが顔をお互いに見合わせると、何度も頷いた。


「この試験については制限時間を設けませんが、カイルもしくは私たちのどちらかが闘不能になった時点で終了となります。夜間戦闘はいろんな意味で危険ですので、その前までには終わらせてください。もし、日没までに終わらない場合や、戦闘のマナーが悪い場合は私が強制的に排除します」


全員が最後のマリアの言葉にギョッとする。

マリアが最強なのはこの場にいる全員が知っていて、試験が日没までに終わらなければ全員が排除されてしまう。

そうしたらこの試験も不合格となり、笑い者のレッテルを貼られてしまう。

それだけは勘弁だ。

なら、先手を取っていくしかない。

カイルはマリアに強制的に排除されないよう、勝つための戦闘イメージを作りだす。


「では、カイル! 行きなさい!!」


マリアの号令でカイルの卒業試験が始まった。

周りの空気が一瞬にして戦闘中のような緊張に変わる。


「さあ、行くぞ!!」 


カイルは前方に向かい、全力で駆け出した。

そして随分と距離を稼ぎ、後ろの気配も完全に消えてからしばらく経った。

そろそろギルドチームが出る頃で、仕掛けを始めるためにカイルが動く。


カイルはわざと移動速度を落とすと、予め決めていた目的地を目指して向きを変える。

そこは、今回の四人を攻略するために思い付いた場所だ。

すると、ほどなくして、後方から迫る四つの気配を感じた。


さすがにガゼルとマリアの冒険者仲間だけあって行動が早い。

そしてカイルは腰の愛用の剣を引き抜くと、方向転換する。

もちろん、向かうのはウィルたちのところだ。


「…じゃあ、行くぞ!!」

 

カイルは風の魔法を使い、自分を押し出すように発動させる。

通常、風の魔法を使う場合、攻撃で使うことがほとんどだが、狩りの最中、風の魔法で攻撃した獲物が、魔法を受けて飛んでいったのを見て「これだ!!」と思い付いた。


最初は魔法の当て方を間違えたと思った。

切断するような鋭利で薄い風ならば飛ばずに切断されるのだが、獲物に対して風を面で当てるようにすれば風圧がかかって飛んでしまう。

だから、こめる魔法力の加減さえ間違わなければ、自分も飛ばせるんじゃないかと考えた。

練習を始めた頃は力の加減が難しく、自分の魔法で怪我をすることもあった。

それでも諦めず、コツコツと試行錯誤を繰り返した結果、何とか直線運動ができるようになり、そこから更に実践を織り込み、最近では空中で向きを変え、加減速までできるようになった。


これはカイルのオリジナルの技で、攻防に使えるため今はメインで使っている。

これが決め手となり、鬼ごっこを優位に進める事ができていた。


文字通り、疾風と化したカイルは、どんどん加速しながらウィルたち目掛けて疾走する。

カイルの魔法力を察知しながら後を追って来るウィルたちは、カイルが物凄い速度でこちらに近付いてくるのを感じていた。


「来るぞ!! 信じられねぇくらい速ぇ、何してるか分からねぇが警戒しろ!!」


ウィルが他のメンバーに大声で警戒を促す。

彼らの陣形は、アタッカーのウィルとエレナが並んで並走し、その二人の間、アタッカーの両方が見える位置でディフェンダーのジェイクが続き、その後ろ、全体が見える位置でウィザードのステラ。

これがウィルたちの基本陣形で、ショートレンジでもロングレンジでも対応できるため正攻法では攻めづらい。

この陣形のお陰で、ウィルたちは幾つもの戦場を生き抜いてきた。

その歴戦のメンバーの顔に緊張が走る。


間も無く始まるであろう戦闘に心を躍らせていたその瞬間、ウィルとエレナの間を何かがすごい速度で通過して、正面のジェイクへ急速に迫る。


「っ!? ぅがっ! うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


ジェイクが自分に向かって飛んでくるものを視認する前にそれは着弾し、その衝撃で前に進んでいたにもかかわらず、凄まじい勢いで逆に後ろへ吹き飛ばされる。


ジェイクの後ろにいたステラは、自分の横をすごい勢いで転がっていったのがジェイクだと気付くのに、一瞬の間を要した。


「ジェーーーイク!!」


ウィルが最初に硬直から抜け出し、ジェイクの方を見る。

ジェイクは十数メートル離れたところで横たわっているのが見えた。


そして、不思議なことにさっきまでジェイクのいた場所にカイルがいのだ。


(なぜ、ここにカイルがいる? どこから来たんだ? いや、それよりもジェイクを吹っ飛ばしたのはコイツか?)


ウィルは一体何が起きたのか分からない表情をしていたが、すぐに状況を把握し、大声を上げる。


「カイルがいるぞ、気を抜くな!! エレナ! 迎撃だ!! ステラ! 即時離脱だ!!」


的確に状況を把握し、即座に指示を飛ばせるところはやはりリーダーだと言える。

だが、ウィルが視線をステラに向けた瞬間、ステラの体がその場に崩れ落ちた。

その背後には手に雷を纏ったカイルが手を向けて立っていて、どうやら電気によるショックで気絶させたらしい。


「ステラーーー!!」


エレナの声が響く。


カイルはその声を聞きながら、再びウィルとエレナの間を歩いて通ると、再び元来た方へ駆けていく。

その後ろ姿を、二人は動く事ができずにただ見ているだけだったが、カイルの姿が見えなくなった頃、ようやく動くことができた。


「…すげぇなアレ。見たか? あのジェイクが石ころみてぇにすっ飛んでったぞ」

「ステラもなす術もなくやられたし、アタシも見てることしかできなかった…」

「おいおい、アイツやっぱりすげぇな!! 久し振りに血がたぎってきたぜ!!」

「そうね。目が覚めたわ。 …そして興奮してきたっ!! これはヤバい!!」


二人の口元に、だんだんと笑みが浮かんでくる。


それは当然だ。

これまでウィルたちは、ギルドでも上位に入るメンバーで構成されており、受けた依頼も確実にこなしてきた。

失敗する事なんてここ10数年、一度もなかったのだ。

そんな彼らが何もできず、しかも手を出せずに一瞬で二人もやられるなんて初めての事だった。


久し振りの強敵に対する興奮が湧き上がってきて、自然と手足が震えてくる。 

カイルが向こうで待っているのだ、向かわなければいけない。 


「ジェイクとステラは、と、ここに置いてっても大丈夫そうだな」

「そうね。マリアが出てこなかったんだから、カイルの攻撃は手加減されてたんだと思う」


んじゃ、行きますか。

と、ウィルとステラの武器を持つ手に力が入る。


カイルの気配を探ると、どうやらすぐ近で止まっているようだ。

恐らくは戦う場所を既に決めてあるのだろう。

はやる気持ちを抑えながら、二人はカイルの元へ駆けていく。


しばらく走ると森を抜け、両側が切り立った岩壁になっている狭い場所に出た。

横幅は人が並んで歩ける程度だろうか。 

その真ん中あたりにカイルが待ち構えていた。


「へへ、やっぱり場所を選んでやがったか。ここじゃあ俺たちの戦い方ができねぇな」

「両側が壁になってるしね。左右に展開できない場所だとアタシらもキツイわね」


ウィルとエレナは辺りを見回しながら顔をしかめる。

彼らが得意とする、左右に展開しての攻撃を見越し、通路のように横幅の狭い場所におびき寄せられたのだ。


「この場所を選んだのは、多対一での戦闘を一対一にするためだよ。何たって、俺はウィルさんたちの戦闘スタイルを知らないんだからさ。この場所なら二人同時に攻めて来れないでしょ?」


ニコニコと笑みを浮かべながら、カイルがゆっくりと歩み寄ってくる。

己の武器を握りしめ、ウィルたちの緊張が最高潮に達した瞬間、突然巨大な爆発音が聞こえた。

しかも、それはウィルたちのすぐ後ろからだった。

そして、条件反射的に振り向いてしまうウィルとエレナ。

二人はすぐに「しまった!」と正面に向き直すが、既にカイルの姿が見えなくなっている。


「や、やられた!?」 

「くそっ! まさか、こんな簡単な手に引っ掛かっちまうとは! この狭い場所を俺達に見せたのは正面からの真っ向勝負だと思わせるためか!」

 

ウィルとエレナはすぐさま索敵を始めたが、全く反応が無い。

ここで仕掛けてきたと言うことは、この場所からは離れていないはず。

二人は、互い背中向きになってカイルの気配を探ろうとしたその直後、いきなり現れた反応に対して咄嗟に顔を向けた先は、何とお互いの中間点だった。


そこには両腕を開き、既に炎の魔法を両手に展開させたカイルが、ウィルとエレナにその照準を向けていた。


「しょ、障壁を張れっ!!!」


ウィルは叫びながら障壁を張ると、その直後に目の前で爆発が起こった。 

カイルの魔法が着弾し、凄まじい熱量を発しながら爆風が衝撃となって突き抜けていく。 

間一髪のところを何とか障壁で防ぐことに成功したウィルが顔を上げると、カイルを挟んで向こう側にいたエレナの体が、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。


「エレナぁーーーーーっ!!!」


仲間が倒され、その名を叫ぶウィルの懐へ、あっという間に入り込んだカイルは拳に雷の魔法を纏わせ、そのまま拳をウィルの腹部に打ち込んだ。

戦闘中に敵から視線を外してしまったウィルは、カイルの打撃でその体をくの字に曲げると、その場にゆっくりと崩れ落ちる。

カイルは反対側で倒れているエレナの無事を確認すると、一息ついて次の場所へと向かった。


カイルは索敵しながら森の中を駆け抜けていくが、その表情はまだ緩まない。

手練れを四人瞬殺できたとしても、この程度ではまだまだ安心なんてできないからだ。

なぜなら、まだ二人残っていて、しかもその二人は凄まじいほどの強敵だ。


そして、暫くするとカイルはガゼルの気配を察知した。

だが、動いている様子は無いところを見ると、どうやら待ち構えているようだ。

ゆっくりと深呼吸をして、カイルは標的に向かって加速する。

そして到着した先で、ガゼルが崖に面した広い場所でカイルを待っていた。


「よぉ、予想よりも早かったな。すでにウィルたちでは物足りないか」


ニコニコしながらガゼルが聞いてくる。

相変わらず緊張感の無い雰囲気だが、一切の隙も無い。

まともにやり合っても体力が無くなるだけだし、まだマリアも残ってる。

ならば、ガゼルには悪いが早々に終わらせてしまおうと、カイルが思わず口元を緩めた。


「父さんが相手なら… ここは一先ず、逃げる!!!」


そう言ったカイルは崖を向くと、風の魔法を発動して宙に浮きあがった。

魔法が発動した瞬間、周りへと吹き出す風に一瞬顔を背けてしまったガゼルだが、すぐさま顔を上に向けると、視線の先には飛び上がったカイルが既に小さく点になっていた。

目の前で起こった突然の出来事に驚き、呆気にとられるも、すぐに我に返る。


「ちょ、ちょっと待て!! 俺から逃げるってのかぁ!?」


急いでカイルの後を追おうとした瞬間、ガゼルは後ろから肩を叩かれた。


「え?」


ハッとして振り向いたガゼルは、カイルの電気ショックによって、あっという間に意識を手放してしまうのだった。


「まさか、こんな簡単な手に引っかかるとは思わなかったよ。後から母さんに怒られると思うけど、頑張ってね」


カイルは小さく笑うと、最後の試練に向かい歩き出した。



これまでの戦闘をすべて見ていたマリアは歓喜に包まれる。

自分たちの子供は贔屓目に見ても強いと思ってたが、ここまでなんて想像もしてなかった。

現役を退いているとは言え、自分たちの元メンバーで当時は最強の一角を担っていた四人の冒険者を一気に抑え込んだのも素晴らしいし、相手の裏を読む術も非常に良い。

特に、自身の動くイメージがちゃんと行動に反映されているのがとても良い。

そして、父親すら罠に嵌めて瞬殺したのは特に良い。


(これは…、私もちょっと本気でやっても良いレベル? いや、やるべきだ!! やらなきゃ失礼だろう!!)


母マリアの顔は歓喜の笑みを浮かべ、自身を纏うオーラはなぜかどす黒いものに変わっていった。

それは、冒険者ギルドでは絶対に敵に回してはいけない人物の一人、と言うことで知られている、本気モードのマリアだった。


「さぁ、最終決戦を始めよう」


マリアはゆっくりと歩みだした。


一方、カイルはマリアの居場所を探す必要は無かった。

なぜなら、試験開始から自分の動きに合わせ、一定の距離を保ってついて来ていたのだから。


カイルは見晴らしの良い広い場所に出ると、中央まで進む。

そこは森の中にできた空き地みたいな場所で、ぽっかりと穴が開いたように木々が生えていない。

ちょうど円の形をしていて、闘技場のステージくらいの広さはありそうだった。


どうせ、マリアに小細工は効かないのだから、真っ向からの戦闘になるだろう。

ここなら邪魔なものは何も無いから、存分に戦える。

準備が終わり、ゆっくりと振り返ると、そこには当然のようにマリアがいて、微笑みながらカイルを見つめていた。


「…よく、ここまで成長しました。あなたが彼らと戦闘している間、私はずっと見てました。誇らしかった。眩しかった。 …そして、とてもワクワクして私自身を抑え切れなくなった。 …私が久し振りに本気が出せる相手は、あなたしかいない。 …さぁ、始めましょうか」


見た目と口調はマリアそのものなのに、中身は全くの別もののように感じるのは、マリアの体から溢れ出しているどす黒いオーラのようなモノが原因だろう。

それは、まるで生き物のように地面を這い、こっちへゆっくりと近付いてくる。


カイルは見た瞬間、本能的にヤバいと感じた。

なぜなら、それは凝縮された殺気で、しかも尋常ではない勢いで垂れ流しているからだ。

実の息子相手に本気になる母親もどうかと思ったが、そんなことを考えている暇は無い。

このままでは冗談抜きで殺されてしまう。

本来なら止めるべき試験管が我を忘れてしまっているために、残念ながら戦闘は継続中だ。

カイルはとっさに回避行動を取ろうとするが、その体はピクリとも動かない。


「…体が、動かない…?」


まるで、石化の魔法をかけられたかのように、指一本すら動かすことができない。

しかも、マリアから発せられる殺気に絡め取られ、ゆっくりと締め上げられてるように息苦しさも感じている。

猛烈な殺気を漂わせながら、ゆっくりと向かってくるマリアを見て、立ち尽くすことしかできないカイルは、本気で死を覚悟した。


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その頃、ベークライト王国の王城では、セシルがまだドレスを選んでいた。

どちらもお気に入りなので、決められないでいるようだ。

そこへ侍女の一人が本を持って近付いてきた。


「姫様、なかなか決められない時は、一度違うことを考えてみると良いそうですよ?」


そう言うと、侍女が一冊の本をセシルに差し出す。


「そうなんですの? では、せっかく本を持ってきていただいたのだから、気分転換でもしましょうか」


セシルはローブを羽織り、手渡された本を受け取った。

その本のタイトルは『勇者と姫』。

どこにでもある、勇者が悪い魔王に攫われた姫を救い出すと言う物語で、セシルも小さい頃によく読んでもらった記憶がある。


もちろん、セシルも何度も読んだ事のある本だったが、改めて読んでみると、ある部分が気にった。


(何度も読んでいるはずなのに、今まで気になった事なんて無かったのに… なぜ?)


自身に芽生える、理解の出来ない感覚に戸惑うセシル。

その様子を不思議に思ったのか、本を渡した侍女が声をかける。


「姫様。どうかなさいましたか?」

「いいえ、何でもありませんわ。ただちょっと気になっただけですの。 …この、姫を救いに来た勇者が、魔王の力の大きさに竦んでしまった時に掛けた姫の言葉なのですが…」


そう言って、また本をじっと見つめている。


何がそんなに気になるんだろうと、侍女はその本を覗き込んで、セシルが気になっているところを読み上げてみた。


「えー...と、勇者様、あなたは自身の危険も省みず、私を助けに来てくださいました。さぁ。今こそ勇気をもって邪悪なる魔王を打ち倒してください。 …? 姫様はこれのどこが気になるのですか?」


侍女は特に気にならないが、今も難しい顔をしているセシルに尋ねてみる。


「そうですわね… 誰しも、自分より強大な力を持つ者の前に立った時、竦んでしまうのは当然のことだと思いますの。なのに、勇気をもって打ち倒せ、と言うのは少々乱暴なのではないでしょうか? 何と言えば良いのか… もっと… こう、勇者様の気持ちを理解した上で、掛けて差し上げる言葉があるのではないかと思いましたの…」


セシルはちょっと悩んだ末に、自分の思うところを話してみた。

これは、頑張れない人に頑張れと言うようなもので、言い方が悪いと無責任な言葉になってしまう。

それならば、その人が頑張れる要素を持っていることを気付かせ、立ち上がらせるための言葉をかけるべきだろう。


「では、姫様ならどのようにお声をお掛けになるのでしょう? ぜひ、私たちにお聞かせ願えますか?」


侍女は優しく微笑んでセシルに問い掛ける。

それは、決してセシルを試すような発言などでは無く、純粋に心優しい姫だったら、どんな声をかけて勇者を鼓舞するんだろう、と言う気持ちからの言葉だった。


「えぇ!? わ、私だったらですか?」


動揺したらしく、セシルはほんのりと頬を赤く染める。

まさか、自分ならどうするか聞かれるなんて想像もしてなかったからだ。


そして、深呼吸を一つしてから胸の前で両手を握りしめ、セシルはゆっくりと目を閉じると、勇者に思いを馳せる。


(…彼は私を助けに行くと決めた時、どんな気持ちだったのかしら? 怖かったかな? それともまだ見ぬ私に思いを馳せてくれていたのかしら? 魔王と対峙した時はどんな気持ちだったのだろう? 怖くて逃げたかったのかな? でも、私に格好いいところを見せたかったから我慢してたのかな? 私を助けた後に掛ける始めの言葉は決めていたのかしら?)


自身を物語の姫に重ね合わせ、いろいろと想像してみる。

そして、その想いを可憐な唇から言葉に乗せて紡ぎだす。


『…勇者様。どうか私の声に耳を傾けて下さいませ』


シン… と、辺りが静寂に包み込まれる。

そして、セシルの透き通った声が聞く者の魂に響いた。


『今、貴方様は目の前にいる強大な敵の力の前に、ご自身が竦んでいらっしゃると思いますが、それは決して恥ずべき事ではありません。今の貴方様はご自身の勇気をお忘れになっておられるだけなのです』


16歳の少女とは思えないような、勇者を想う心からの声。

絶対なる力の前に竦んでしまった勇者を責めるのではなく、優しく包み込むように言葉をかける。


『思い出して下さいませ。私を救うと決め、立ち上がったときの勇気を。ご自身なら苦難を乗り越えられると信じた希望を、その身に傷を負おうとも挫けずに戦い続けてきた強さを』


そして、自身が忘れていたであろう最初の気持ちを思い出させるように、もう一度その時の気持ちを確かめさせるように、声は優しく紡がれる。


『さぁ、勇者様。お顔をお上げください。そして前をご覧下さい。そこには貴方様の通られる道が見えるはずです。 …そして強大な敵がその道を塞いでおります。でも、よくご覧になって下さいませ。その強大な敵の後ろには道がしっかりと続いております。それは、貴方様がこの先歩むべき道なのです』


自分の進むべき道が示される。

その道は閉ざされていない、それは絶対に乗り越えられる。

立ち上がれ! 負けるな! と、言葉の優しさは変わらないが、声に力が宿る。


『…勇者様、どうかこの苦難を乗り越え、私と共にその先に続く道を歩んで下さいませ。私は貴方様をいつまでも信じております』


声は最後まで優しさを添えたまま、共に歩んで行こう、信じている、と語り掛けた。 


辺りは静まったままだ。

そして、セシルは自分が涙していることに気付く。

なんで? と考える間もなく、感動した侍女たちにもみくちゃにされるのであった。


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卒業試験の最中、絶体絶命の状態になっているカイルの耳に、己を奮い立たせる言葉が聞こえてきた。

いや、聞こえたのではなく、心に感じた。

少女の声だったが、確かにその声は己に負けるなと言っていた。

その声は優しくカイルの背中を押してくれ、恐怖で動けなくなった足を動かし、目の前の強敵に立ち向かう勇気をくれた。


ふと、自分の胸の辺りが薄く光輝いてるのが見えた。

魔法を発動したわけでは無いのに、なぜかこの光は自分を守ってくれていると感じた。


これならいける。

と、カイルの瞳に光がよみがえる。

剣を握り直し、正面から迫り来るマリアに向き直る。


(もう大丈夫だ! さぁ、いくぞ!!!)


カイルは風の魔法を発動すると、疾風の如くマリアに向けて疾走する。

胸のところで薄く輝いていた光も、カイルが立ち直ったことで役目を終えたように、いつの間にか消えていた。

マリアも、恐怖から立ち直ったカイルに驚きを隠せないが、剣を構えて突進してくるカイルを迎え撃つために剣を抜いた。


ひときわ高く、辺りに金属音が響き渡る。

疾風の如く突進してきたカイルの剣をマリアが剣で受け止めたのだ。


ここでお互いの動きが止まり、そこから足を止めたまま剣での打ち合いが始まった。

激しくぶつかり合う剣同士の金属音が辺り一面に鳴り響く。

その音を聞きつけ、ウィル達とガゼルが駆け付ける。


「こりゃ… 凄ぇ…」


ウィルがカイルたちの戦いを見てつぶやく。

その隣りでは、ガゼルが真剣な表情で二人の勝負の行く末を見守っている。


「ちょっと…マリアが本気になってるじゃない!! これ、やばいんじゃないの!?」


エレナがマリアの様子を見て顔が青くなる。

ステラとジェイクは目の前で繰り広げられる壮絶な戦闘に声も出せなかった。


二人の打ち合いは激しさを増し、お互いの体は捌き切れなかった斬撃で傷が幾つも付いていく。

一瞬でも気を抜いたら斬り付けられるため、魔法を使う余裕などない。


母親は本気モードに入っていて戻る様子など無いし、このままでは押し切られ、いずはれ力尽きる。

やるなら今しかないと、カイルは意を決して行動に移った。

その瞬間、その場にいた全員が目を疑い、打ち合いの最中であるマリアでさえ、思わず手を止めそうになった。

それほどまでにカイルの取った行動が信じられなかったのだ。


なんと、カイルは打ち合いの最中にも拘らず、体に傷を負いながらも足を一歩踏み出し、マリアの爪先を押さえ込むように踏み付けたのだ。

しかも、剣の間合いが一歩分詰まったため、一瞬にして二人の動きが鈍くなる。

マリアは爪先を踏み付けられているため、動いて間合いを取ることができない。


(やられた!!)


更に、驚きはまだ続き、カイルはそのまま剣を手放すと、両腕に仕込んだナイフに持ち替えた。


「ナイフ!? し、しまっ…」


声を上げたのはマリアだ。

だが最後まで言い切る前に、カイルの怒涛のラッシュが始まる。

一歩分内側に入ったことで、剣からナイフの間合いに変わったのだ。


カイルもこの絶好の機を逃すまいと、最後の力を振り絞り攻め上げる。

マリアは防戦しかできず、最後は一瞬の隙を突いたカイルがマリアの首筋にナイフを突き付け、お互いの動きが止まった。


「よし!! そこまでだ!! もはや、結果は言うまでも無いよな? カイル、合格だ」


ガゼルの声でカイルの卒業試験は終了した。

成績としては全戦全勝、文句なしの合格だ。


「やったーーーーーーーーーーーっ!!」


思わず声を出してしまった。

ヤバいと思ってマリアを見てみると、物凄く悔しそうに、目に涙を溜めてカイルを睨んでいる。

よほどカイルに負けたのが悔しかったのだろう。


「グスッ …よく …頑張り …ました。 …合格 …ですね。グスッ」


悔しさを抑えながら、やっと絞り出すように声を出した。


「凄ぇじゃねぇか!! マリアを泣かしたヤツなんてそうそういねぇぞ!」


ウィルが笑いながら肩を組んでくる。

ジェイクやエレナ、ステラも笑いながら声をかけてきて、カイルの健闘を称えてくれた。

その後、落ち着きを取り戻したマリアの言葉で、今夜は反省会と言う名の飲み会の開催が決定した。


そして…


「カイル。明日からは私との実戦を想定した戦闘訓練になります。覚悟しておきなさい」


マリアのリベンジとも言える爆弾が落とされ、


「え? えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


カイルの声が静寂を取り戻した森の中に響く。

それは、卒業試験は合格したものの、更に過酷な訓練の始まりを迎えた瞬間だった。

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