SS ダンスパーティー前日譚 後編 (一条朝日)

 友蔵さんは思った以上にスパルタだった。



 ――ダンスパーティまで二週間



「言葉遣いは、ですます口調を意識してください」

「おう!わかった」

「ん?」

「は、はいっ!わかりました!」

「一条殿の砕けた口調は、君の醸し出す親しみやすい雰囲気の一部だと思いますが、社交の場においてマイナスイメージになってしまいます」


 そんなに意識したことは無かったけど……そうだったんだ。

 思い返せば、正しい敬語なんて知らないかも。


「でも、多少砕けるくらいなら良いんじゃないか?」

「言葉遣いは、その人の性格や人柄を表します。よほど、親しい相手で無い限りやめておくのが無難です」


 なるほど……。

 天童の独特な話し方の正体は、言葉遣いだったのか。

 確かに、天童って性格とか人柄に悪いイメージは無かったな。


「次は、立ち振る舞いですね」

「立ち振る舞い?」

「まず、キョロキョロするのはやめましょう。落ち着きがなくスマートさに欠けます」

「え、でも、初めて見るものばかりで気になるじゃん」

「ん?」

「き、気になります!」

「好奇心の高さは一条殿の長所ですが、一旦我慢してください。キョロキョロしているだけで場馴れしていないのが分かります」


 まじか……。

 初めて経験するものは、思い切り楽しみたい俺にとって、これは結構きつかったりする。


「どうしてもダメ?」

「不自然にならないよう目だけなら構いませんよ」

「…………ホッ」


 安心して胸を撫で下ろす。


「それともうひとつ。常に視線を意識して生活してみてください」

「視線?」

「えぇ。あなたの周りには、たくさんの人間がいます。彼ら彼女らに常に見られていると思って下さい」

「それをして何が変わるんだ??」

「自分がどう見えてるかを意識するようになります。そうすれば、自ずと立ち振る舞いにも変化が現れますよ?今日から意識してください」


 他人を意識したことは無いな……。

 むずそ。


「それでは、次です」

「そうこなくっちゃな」

「ん?」

「よ、よろしくお願いしますっ」



 ――ダンスパーティまで残り一週間



 踊り終え、女性を元の場所までエスコートし、俺は友蔵さんの元へ歩み寄る。


「動きは良くなってますが、姿勢が疎かになっていましたよ」

「え?本当ですか?上手くやれてたと思うんですが……」

「リードすることを意識しすぎている感じがしますね」


 おっけー、姿勢ね。


「今度は、動きが固いですね。姿勢は良かったのですが……」

「そんな気はしてました」

「こればかりは慣れるしかありません。最初より格段に上達していますから、焦らずやりましょう」


 おっけー……動きね。


「動きと姿勢は良くなってます。が、あまり余裕を感じられないですね。それでは、女性は不安になってしまいますよ?」

「流石に、余裕を見せるほどの余裕は無いのですが……?」

「えぇ。一条殿が頑張っているのは承知です。ですが、それを悟らせないのが紳士ですよ」


 おっけー…………余裕を見せるのね。



 ※※※



「ぶへぇ……づがれだぁ……」


 マンションの自室に入るなり、スーツの上着をソファに投げ捨て、ベッド倒れ込む。


「踊るだけだし簡単に出来るもんだと思ってたんだけどなぁ……。正直舐めてたわ」


 意識の矯正から始まり、今週からは、ひたすらダンスと指摘の繰り返し。

 上手く踊れたと思っていても、鋭い指摘が飛んでくるものだから、結構心にくる。

 それらを改善しようと意識しすぎて、頭の中がパンクしそうだ。


「天童は小さい頃から、こんなことやってたのか」


 ボスンと枕に顔を埋める。


 ――こんなんじゃ、天童と楽しく踊ることなんて叶わねーよな


 そのまま意識を手放し、気がついたら空が白んでいた。



 ※※※



 ――ダンスパーティ前日



「御相手して頂きありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございます。お若いのにお上手ですね?幼少からダンスを?」

「いいえ、始めたのは二週間ほど前です」

「それは凄い!また、機会があれば踊ってくださる?」

「えぇ、もちろん。それでは、失礼します」


 会釈をし、その場を後にする。


「正直なところ驚いてます。まさか、ギリギリで完璧に仕上げてくるとは……」

「ということは――」

「えぇ。一条殿には、もう私は必要無さそうです」


 よっしゃぁぁっ!!よく頑張ったな!一条朝日っ!!

 俺の心の中では、拍手喝采が巻き起こっていた。

 だが、表の俺は極めて冷静に――


「ありがとうございました。ここまで出来るようになったのは、友蔵さんの指導のおかげです」


 頭を下げ感謝を伝えていた。


「ホッホッホッ!私も久しぶりに楽しかったですよ。今の貴方を二週間前の一条殿に見せてあげたいですな」


 上機嫌に笑いながら、再度、俺の頭から足先まで流し見る。


「ふむ。これなら明日の社交ダンスパーティーは問題ないですな」


 静かに一つ頷き、太鼓判を押される。

 友蔵さんは、そういえば――――と続けた。


「なぜ、こんなに直近のダンスパーティーへ?もう少し、時期に余裕を見ても良かったのでは?」

「それなんですが、西園寺蓮介さんから招待を受けたんです」

「ほぅ…………」


 友蔵さんは、柔和な笑顔を引っ込めて目を細める。

 瞬間、周りの空気がピンと糸を張ったように張り詰める。


「それでは一条殿が体験した、この二週間の社交ダンスパーティーよりも、格式は上になりますな」

「そうなんですか?」

「招待制で西園寺家主催となれば……そうですね」


 西園寺ってそんなにすごいやつだったのか。

 俺に難癖つけてくる、ただただつまらない奴かと思っていた。


「ちなみにどう言った経緯で?」

「えっと……」


 ここで、俺は言い淀んだ。

 一人の女の子を巡って……なんて、妙に気恥しい。

 いや、いいか――――


「同級生に天童有紗という女の子がいまして、どちらが彼女に相応しいか決めるため、勝負をすることになりました」


 参加理由を聞いた友蔵さんは、今度は目を丸く見開いていた。


「なんと……!天童家のご令嬢である天童有紗お嬢様と同年代だったのですか。いやはや、時が経つのは早いものです」

「友蔵さんは、天童の事を知っているんですか?」

「えぇ、一度お会いしたことがあります。ですが、幼少の頃なので覚えてはおられないかと思いますがね」


 天童の家って結構お金持ちっぽいのに、その天童と面識があるって……。


「友蔵さんって、実はかなりすごい人だったり……するのか?」

「いえいえ。役割を終え、趣味に明け暮れるただの老骨ですよ」


 首を横に振り、ニコリと微笑む。


「それにしても、ダンス経験の無い一条殿に勝負ですか。はぁ……一体何を考えているのやら……」

「一般人の俺が天童と仲良くしてんのが気に入らないらしいぜ」

「なぜ、一条殿は断らなかったのです?」


 まぁ、俺も最初は断ろうとしたんだけどな。

 でも、それ以上に――――


「カチンときたからかな」

「と、言いますと?」

「『俺は天童に相応しくない』って言われてさ。そんなことをお前が決めんなって思ったら、気づいたら勝負を受けてた」


 無意識に気持ちが昂っていたらしく、拳を握りしめていた。

 その様子を見て友蔵さんは、ポツリと小さく呟いた。


「有紗お嬢様……よい友人と出会いましたな」

「え?なんて?」

「いえいえ、こちらの話です」


 首を横に振り、改めて俺に向き直る。


「最後に一つだけアドバイスを――――嘘を貫き通しなさい」

「嘘?」

「自分は上流階級の生まれだと言い聞かせ、自分も周りも騙すのです」


 真っ直ぐと力強く向けられた視線と言葉は、俺のための真剣なアドバイスだと理解する。


「出来っかな。嘘とか苦手なんだけど」

「なに、一条殿なら出来ます。自信を持って望みなさい」


 肩にポンと優しく手を置き、最後の激励を飛ばす。


「そうだ。私の家が近所なので、帰りに寄ってお行きなさい。お渡ししたいものがあります」

「え?いーって、これ以上貰うと返しきれねーよ」

「これは、私なりの後押しのつもりです」

「ん〜……じゃあ、わかった」

「敬語」

「あ………………」



 ※※※



 マンションに帰宅し、手渡されたものに袖を通す。


「うは、本当に俺か?すげー……かっこよ」


 姿見に映っていたのは、タキシードに身を包んだ俺の姿。

 腰に手を当てたり、色んなポーズを決めてみる。

 まさか、俺がタキシードを着る日が来るとは思わなかった。


「うしっ!待ってろよ、天童」


 拳をグッと握り、姿見に映った自分と拳を合わせる。

 長い長い特訓が終わり、待ちに待ったダンスパーティーに俺は赴くのだった。

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