第35話 文化祭 前編

 ――十月十一日 文化祭当日


 文化祭は三日間行われる。

 一日目は、生徒間で催しが行われる。

 残りの二日は、一般公開となる。


「お帰りなさいませ!ご主人様〜♥」

「お待たせしました〜!うさぴょんパフェとラブリーパンケーキで〜す!」


 レトロチックに装飾された教室の中を、可愛いメイド服に身を包み、メイドになりきったクラスメイトが行き交う。


 男子生徒は、メイドさんをしている女子生徒のギャップに当てられたのか、目で追っていたり、少しだけだらしのない笑顔になっていた。


「そうだな……。じゃあ、お嬢様のリッチカレーとメイドのフワフワホットケーキで」

「は、はいっ!お嬢様のリッチカレー……と、メイドのフワフワホットケーキですね!かしこまりました」


 会釈をして、ニコリと微笑み教室を出て隣の空き教室へ。

 隣の空き教室を調理場として使わせてもらっているので、調理担当の生徒にオーダーを伝える。


「あ、天童さん!料理ちょうど出来たから持って行ってもらってもいいかな?」

「はい!もちろんです!」


 料理を受け取り、席についている二人の男子生徒へ提供する。


「あ、天童さん。メイド喫茶定番のおまじないってお願いすればやってくれる?」

「おまじない……ですか?」

「そうそう。萌え萌えきゅんってやつ」


 かなりの期待感を含んだ声色で聞かれる。

 ついに来たかと……私は、静かに覚悟を決めた。



 ―――



「美味しくなぁれ!萌え萌えきゅーん♥――さ、やってみよっか?」

「お……美味しくなぁれ……。萌え……萌え……きゅ、きゅん」

「恥ずかしいのは分かるけど、それじゃ美味しくならないし喜んでもらえないよ?」

「さ、流石に恥ずかしすぎます……」

「慣れるまでやるしかないね?さ、やるよ」



 ―――



 すぅ……はぁ……と深呼吸をする。


「もちろん。ですが、一緒にやって頂いてもよろしいですか?」

「え!良いの!?やるやる、俺らもやる!」


 断られると思っていたのか、かなり前のめりになって喜んでいた。


「では、いきますね。美味しくなぁれ……萌え萌え……きゅんっ」

「「萌え萌えきゅんっ!」」


 私の後に二人の男子生徒も復唱する。

 バクッバクッという心臓の音と顔がかなり熱い。

 見なくてもわかる……顔が真っ赤だ。


「そ、それではっ!ごゆっくりどうぞ」

「「ありがとうっ!天童さん!」」


 会釈をすると、満面の笑みでお礼を言われた。

 なんというか……頑張ってよかったなって思えた気がする。

 私にとっての大仕事を終え、ホッと一息ついていると――


「有紗ちゃーん!チェキ一枚ね!」

「は、はい!チェキ……カメラ……あった!私、撮りますね」

「あ、指名は有紗ちゃんだから」

「へ……?」

「私撮るからカメラちょーだい」


 カメラを遥さんに手渡し、希望した男子生徒とチェキスペースへ。


「希望のポーズはありますか?」

「え?希望していいの?」

「構いませんよ。無茶なものは出来ませんが」

「じゃ、じゃあ……ハートとかって」

「はい、わかりました」


 私と男子生徒の手を合わせてハートを作り、遥さんがシャッターを押す。

 少し恥ずかしかったけれど、事前にポーズの候補に入っているものだったので、何とか乗り越えられた。

 …………いや、萌え萌えきゅんを超える羞恥は無いか。


「お、俺もっ!」

「私も天童さんと撮りたい!」

「…………え?」


 一人の男子生徒を皮切りに、男女問わず次々と名乗りを上げ始める。

 結果、収集がつかなくなりチェキは中止となった。



 ※※※




「あぁぁぁ〜!疲れたぁ!」

「おつかれさん。西渕がそんなになってんの珍しいな」

「体力おばけも無尽蔵じゃねぇってことだな」


 夕陽が差し込む教室の中、遥さんはテーブルに突っ伏していた。

 調理担当の男子達も椅子に腰掛けながら、女子たちを労っていた。


「おつかれ〜メイド長!バリバリ働いていたもんね」

「今日はウォーミングアップみたいなもんでしょ〜!明日からが本番っしょ」

「ね〜!萌え萌えきゅんは恥ずかしかったけど、最後ら辺慣れてきちゃった」


 遥さんや文乃さん達は疲れたと言いながらも、キャッキャと楽しく今日の感想と明日の意気込みを語っていた。


 けれど、文乃さんが『あっ……』と言い、私の方に振り向くと――


「そーいえば天童さん大変だったね!チェキ争奪戦勃発してたじゃん!」

「なんと言いますか……申し訳ないです。中止にしてしまって」

「真面目だな〜!けど、一般公開の時じゃなくて良かったよ」

「そうそう!でも、悔しいなぁ!人気ナンバーワン狙ってたのにぃ〜」

「いやでも、天童さんの『萌え萌えきゅん』見た?あれは、私たち束になっても勝てない」


 その話を聞いた男子生徒達は――


「えっ!?見たいんだけど!」

「俺達も今日頑張ったよな!ご褒美てきな……」

「絶対にやりません!」


 私の全力の拒否に、教室内はドっと笑いに包まれた。

 あの時の羞恥心を思い出し、再び顔に熱が集まってくるのを感じる。


 ふぅ……と静かに息を吐き、椅子の背もたれに体を預ける。

 心地よい疲労感に包まれながら、クラスメイトの楽しげな会話にソッと耳を傾けた。

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